彼の望みはいつだって、変わらない。 Phantom Magician、210 それはもう不機嫌そうな表情になった親友は、あたしが止めるのも聞かずにさっさと奴を召喚した。 それを待った十数分のまぁ、長いこと長いこと。 とりあえず、全然頼んでいなかった料理を適当に頼んではみたものの、焦燥感で目眩すらしそうだ。 そして、 「待たせたな、二人共」 「…………っ」 「急に呼び出してごめんね、サラ」 指定時間ぴったりにやってきたサラの顔を、あたしはとてもではないが見れなかった。 蛇野 サラ――サラザール=スリザリン。 高校時代からの悪友でありながら、ハリポタ世界から来たという存在。 彼がそれであることについては、ストンとあっさり納得できたものだが。 しかし、今後どうやって接したら良いのか、なんてあたしには分からなかった。 日常が、非日常であったことを知った時、人はどうしたら良いのだろう。 で、あたしが顔を上げないでいることに気づいたのだろう、 ぐりは自分の隣にサラを座らせると(中々に新鮮な席順だ)、奴もごく普通に飲み物を注文する。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………っ」 気まずい沈黙。 なんなんだ、この状況は? あたしか?あたしが話し出さないといけないのか? いや、でもあたしは止めたんだから、ここはぐりが切り出すべきで。 って、事情もよく分かっていない彼女にどう切りだせっていうのかは分からないんだけど。 あまりに重い空気に、居たたまれない気分だけが膨らんでいく。 今すぐ、逃げたい。 逃げ出したい。 家に帰って布団を被って、知らん顔して寝てしまいたい。 でも、こっちを見つめてくる二対の視線に、それができないことも分かっていた。 やがて、サラの分の飲み物が運ばれてきて。 店員さんが十分に遠ざかったその瞬間、口火は切られた。 「……具合はどうだ?」 「!」 いつもと変わらぬベルベットのような声に、ぱっと、思わず顔を上げる。 まず、伸ばしっぱなしのくせにキューティクル抜群の銀糸が目に入り。 きめ細やかな白い肌。 薄い唇。 細い鼻梁。 そして、深い深い慈愛で溢れた宝石色の瞳が、こっちを見ていた。 それを見て、あたしも確信する。 嗚呼、この男は全部知っている。 あたしの罪深さも、業も、なにもかも。 「……さ、ら」 「少し、痩せたか?」 でも、それでもなお、こいつは優しくあたしに微笑むから。 固く強ばっていた心が、ゆっくりと解けだした。 「おっまえ……っお前が、勝手なこと……!」 「そうだな。私が勝手なことをしたせいだ。すまない、」 「〜〜〜〜〜っ」 理不尽な八つ当たりも、サラは全然気にしていないという風に笑う。 それどころか、殊勝に謝ることさえしてみせるから、あたしはもうどうして良いか分からない。 「き、らいだ」 「ああ」 「サラのそういうとこ、嫌い……っ」 「だろうな」 さっきと違って、もう涙は出なかった。 でも、代わりに言葉が。想いが、溢れて止まらない。 嬉しい。うれしい。逢えて嬉しい。 悔しい。くやしい。手の平にいたことが悔しい。 悲しい。かなしい。嘘を吐いていたコイツが悲しい。 でも、好きだ。 大好きだ。 こうして、あたしを見てくれるコイツが、本当に好きだ。 異世界から来たとか訳の分からない身の上を持っていたって、それは変わらない。 本当はリーマスと逢わせてくれたコイツには、感謝しか、ないのだ。 けれど、想いとは裏腹に、あたしの口は恨み言しか吐き出せない。 本当に可愛くない女だ、と他人事のように思う。 「どう、してくれるんだよ……っもう、あたし、戻れないじゃんか」 「戻る?」 「そうだよ!戻れない。戻れない……っ」 昔、サラ達と他愛ない話に花を咲かせていた頃には戻れない。 切ないほどに愛おしい、あの世界にも戻れない。 そう、戻れないのだ。 がしかし。 『戻れない』 その言葉に、ふと、そういえば目の前のコイツも、そうじゃないかということに気づく。 お前は、思わなかったのか? 『心の読めない誰か』を探して、異世界まで来て。 今まで大事にしていた物全部、あっちの世界に置いてきたお前は。 本当はグリフィンドールとかとも、仲良かったんでしょ? だって、スティアがホグワーツのこと話す時、いつだって楽しそうだったんだ。 本人は気づいていないみたいだったけど。 本当に本当に、嬉しそうだったんだよ? 「サラは……逢いたく、ないの?」 「…………」 ぽつり、と思わず溢れた疑問に対して、サラは珍しくほろ苦い笑みで応えた。 そこにあったのは、寂寥感だ。 もう手に入らない遠い過去を懐かしんで、惜しんで。 それでいながら大事にしまい込んでいる、表情だった。 「死んだ者には、逢えないさ」 「っ」 さらり、と発せられた一言。 その重みと、やる瀬なさに、声を失った。 「後悔はしていない。私は全てを失うことを分かった上で、ここにやってきた。 例え、過去に戻れたとしてまた選択する時が来たとしても、私はやはり同じ道を辿るだろう」 「…………」 「もちろん、大切だった。失いたくはなかった。 が、ここに来て気づいたことがあるんだ」 そして、彼は笑う。 それは、今まで見たことがないくらい、綺麗な綺麗な微笑みだった。 「私は、なにも失ってなどいないのだ、と」 「え……?」 「失っていない。例え逢えなくても、彼らは私の傍にいる」 「っ」 それは、詭弁だと思う。 サラザール=スリザリンが発するとも思えない、負け惜しみだ。 でも、彼は、それは綺麗な表情で、迷うことなくそう断言した。 だってもう、ここにいるのはサラザールじゃなくて、蛇野 サラだから。 まるで、お前もそう認めてしまえば楽になる、と言われているかのようで、 あたしは抗うように首を振る。 「二度と会えないなら……失ったのと、変わらないよっ」 逢いたい。 逢いたいんだ。 だって、思い出じゃ、抱きしめてくれない。 キスもしてくれない。 「寂しいのか?」 「さみ、しいよっ」 「私達がいても?」 「そうだよ。だって、二人は二人で、リーマスじゃない……っ」 リーマス。 リーマスりーますリーマス。 嗚呼、今、貴方はなにをしていますか? あたしを探して、ボロボロになんてなっていませんか? ご飯は食べていますか?チョコを食べ過ぎていませんか? あたしは、元気です。 寂しいけど、元気で仕事だって頑張ってます。 でも、貴方の代わりなんて、どこにもいませんでした。 貴方に逢いたかった。 貴方と笑いたかった。 貴方を傍で支えたかった。 だから、それを願っただけ。 けれど、それは物語の歯車を狂わせた。 狂って狂って。 自分の人生すらも軋みだした。 もう戻れない。 後で悔やんでも悩んでも。 それならば。 貴方に恥じないように胸を張ろう。 そう、思っていました。 でも。 もう貴方の隣に戻れないことが、こんなにも辛い。 貴方は私の一部でした。 切り離すことができても、傷口は膿んで、いつまでも熱を持っています。 貴方も、そうですか? 貴方も、そうだったんですか? 「…………」 どうしようもない胸の痛みに、目を閉じる。 そして、ほんの少しの間を置いてから、ぎゅっと痛いくらいに握りしめた手に、細くて骨張った手が添えられた。 「お前のリーマスに、逢いたいか。」 「あい、たいよ……っ当たり前じゃんか。逢いたい、逢いたいよっ」 「なら――」 ――逢いに行け。 「っ!!!」 「死んだ者には逢えない。が、奴は生きているだろう? それなら、逢える。私が逢わせる」 「さ、ら……?」 温かい手の温度に、のろのろと顔を上げる。 サラは、真摯な表情であたしを真っ直ぐに見つめていた。 「後悔はしていない。私は全てを失うことを分かった上で、ここにやってきた。 例え、過去に戻れたとしてまた選択する時が来たとしても、私はやはり同じ道を辿るだろう。 だが」 逢えるのなら、私も逢いたい。 「!」 「私がこちらに来た時は、準備が足りなかった。だから一方通行で終わってしまった。 しかし、今は違う」 「え?」 「準備は十全だよ。お友達」 「!」 「残る問題は全部、の心持ちだったんだ。 お前が望んだから、あれはお前を戻した。 お前が望んだから、あれはお前をあちらには行かせなかった」 「そ、れって……」 思い浮かべたのは、漆黒の毛並みを持つ、天使な小生意気。 「願え、。夢はまだ終わっていない」 「!」 その言葉に、あたしはもう、店を飛び出していた。 「…ぜ……はっ……っつ……はぁ…」 息が苦しい。 けれど、立ち止まることの方が余程苦しいのは何故だろう。 「……ア」 あたしは、すれ違う人達が目を丸くするのもお構いなしに、 がむしゃらに足を動かし続ける。 今がいつで、ここが何処なのかなんて些事は気にならない。 ただ、あたしは必死だった。 必死に、闇に目を凝らしていた。 「……ぃあ」 探しているのは、暗闇に浮かぶ漆黒。 誰よりも近くにいて、誰よりも不器用なあたしの案内人。 「スティア!!」 喉を痛めるほどの大声で彼を呼ぶと、ひくついた喉が噎せ返る。 けれど、そんなことはお構いなしに、もう一度深く息を吸ったその瞬間。 『やっと呼んだね。』 魂に響く、彼の声が聞こえた。 君の幸せだけを、皆が願う。 ......to be continued
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