自分のやりたいようにしているはずなのに。 Phantom Magician、208 「 ……――」 くすくす、と声も立てずに笑う少女が、私の肩にじゃれつく。 そんな彼女に微笑みながら、彼女の手が触れているはずの場所に自分の手を重ねる。 当然のことながら、そこに温もりはない。 だが、私は不思議と幸せだった。 そこに、確かに『あの子』の存在を感じていた。 どれほどの時間、そうしていたのだろう。 気づけば夜は更け、白み、明け。 私は、うとうとと、まどろみの中に、浸っていた。 『……情けない』 すると、声が。 年若い少年のような声が、耳元を擽った。 それに釣られて、重い瞼を持ち上げる。 そこには、鏡があった。 しかし、映るのは、幼い少女ではなく、金色の瞳が一対。 『くくっ。ズタボロじゃないか。リーマス=J=ルーピン』 「嗚呼……君か」 チェシャー猫のように、その瞳が三日月型に変わった。 少女の声は聞こえなかったのに、『彼』の声は驚くほどに鮮明だ。 そのことに、しかし露ほどの疑問も抱かず、 私はうっそりと口元を持ち上げる。 「私は、なにも変わってはいないさ。君と同じように」 『一緒にされるのは心外だな。それに、貴様は変わったさ。 安定したと同時に、どこか危うくなった。 はおそらく、それを望まないだろうに』 「…………」 きっと、このまま行けばお前は壊れるのだろうよ。 そう、断言する彼に、やんわりと首を振る。 私もまた、迷わなかった。 「それは、ないよ」 『何故?』 何故? 何故、だって? そんなことは、訊くまでもないことだろう? 「私が壊れたりなんかしたら、『あの子』が悲しむじゃないか」 『…………』 私は、あの子に笑っていて欲しいんだよ。 そう微笑めば、彼は心底呆れたようなぞんざいな口調になった。 『青白い顔をしておいて、よく言う……』 「顔色が悪いのは、元々なんだ」 『抜かせ』 乱雑な話しぶりだが、まるで私を案じるかのような言葉に、思わず笑ってしまう。 そして、私はうとうとと、一度覚醒した頭が、ゆっくりと深淵へとこぎ出すのを感じた。 すると、それを見て取ったのか、彼は僅かな逡巡の後、改まった声で私の名前を呼んだ。 『リーマス=J=ルーピン』 「……う、ん?……なんだい?」 『 に笑っていて欲しい、と貴様は確かにそう言ったな?』 「……ああ。言った、よ」 『その為なら、貴様のその命、差し出せるか?』 「い、のち……?わたし、の……?」 『ああ。そうだ』 意味も意図も分からない。 けれど、その質問に答えること自体は酷く簡単だった。 私は、ぼやける視界と思考の中。 「私なら……――」 『…………っ!』 その瞳が真紅に染まる様を、見た気がした。 「……ん……っ」 びきびきと、床に転がっていたせいで軋む体の音を聞きながら、私はその場で起き上がった。 喉が、埃を吸ったのか随分といがらっぽい。 鏡を見れば、床に接していた場所が白い部分は黒く、黒い部分は白く薄汚れている。 くすくす、と、愉快そうに瞳を細めた少女が、床の跡の着いた私のこけた頬を指差し笑った。 「嗚呼、これは、酷いな……」 気づけば、日は沈んでいた。 どこか、虚しさが横たわる。 ......to be continued
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