頑張った、だなんて言葉は、なんの慰めにもならない。





Phantom Magician、206





生徒や教師、はたまたゴーストから絵画の住人まで。
私は『あの子』と、その傍にいたはずの使い魔について、執拗に話を聞いて回った。
最初は興味深そうにしていた人々も、 やがて数日も経つと、私を気味の悪いものでも見るような表情になったが。
気でも狂ったと思われたのだろう。
生徒に至っては、声を掛けると逃げ出す始末だ。

そのことに自嘲さえ浮かんでくるものの、しかし、私は聞き込みを止めなかった。
フィルチさんの所になど、もう何十回行ったか分からない。
しかし、それほど必死に探し回っても、情報はほとんど得られなかった。

空き教室は見た。
日頃使われない隠し扉も、通路も。
学生時代に培った知識を総動員して、探し回った。
どうしても足が動かない時は、ウィーズリーの双子から借り受けた『忍びの地図』で、 使い魔の名前を探し続けた。
それでも、手がかり一つ、見つけられない。


「……くそっ」


酷使したせいで痛む目を揉みほぐし、私は階段の一郭で呻き声を上げる。
と、その時、背後から背筋を凍らせるような冷気を感じた。


「ルーピン教授」
「!」
「お若い方。ようやっと見つけました!」


とっさに振り向くと、そこには銀色に輝くひだ襟服が見えた。


「ニック……」


ゴーストに対してはおかしい形容かもしれないが、 彼――ほとんど首なしニックはホグワーツの中で最も生気ある霊の一つである。
(一番はもちろん、ピーブズだが)
今も、彼は喜色を満面に顔に貼り付け、私の元へ駆けつけて(?)きた。
その、明らかに嬉しそうな様子に、良い知らせがあったのかと腰が自然と浮き上がる。


「なにか、あったのかい?」
「ええ、ええ!もちろんですとも。
実は懇意にしている血みどろ男爵が、気になることを申していたのですよ」
「血みどろ男爵が?」


ニックの話によると、なんでもしばらく使われていない空き教室。
そこに気になる足跡があった、ということだった。


「数日前のことですが、その教室の傍で誰かを見かけた気がしたそうです。
それで、気になってその周囲の教室を見たところ――>部屋の中央に鏡のある部屋・・・・・・・・・・・・なのですがね?
鏡に向かう小さな子どもの足跡と猫のそれを見つけた、というのです」
「!い、や……でも、ホグワーツじゃあそんなもの、珍しくもなんともない、だろう?」
「いえいえ。もちろん、珍しいことだからこそ、彼も私に教えてくれたのですよ。
なんでも、その足跡……行きの物はあっても、>帰りがない・・・・・とかで」
「!!」


しばらく使われていないならば、その部屋には埃が降り積もっている。
だから、誰かが歩いたなら、それはくっきりと痕跡を残す。
部屋から部屋へ抜けたのならともかく、部屋の中央に向かった足跡の帰りがない?
そんなことは、ありえない。


「ニック。場所は分かるかい?」


疲れていたはずの体に一気に力が満ちることを自覚しながら、私の足はすでに立ち上がっていた。


「ええ、もちろんです。さ、参りましょう」


最初からそのつもりだったのだろう。
快く応じてくれたニックの透けた体を通して、私は進む道をしっかりと見据えた。







その教室は、本当に長いこと使われていなかったらしく、床に白く埃が積もっていた。
日光の下であれば、見るに堪えない光景のはずだが、 雪明かりに照らされているせいか、寧ろその光景はある種の不可思議な美しさをたたえていて。
教室に一歩踏み出す事に、僅かな躊躇いが生まれる。

けれど、そこに。
ずっとずっと、探し続けたものが、あったから。
私は、気づけばそれに足を向けていた。


「    …――


小さな、本当に小さな子どもの足跡と、それに寄り添う猫の足跡だった。


『リーマス』


軽やかに歩く、少女の姿がまるで目に見えるかのようだ。


「や……っと……」


やっと、見つけた。
君の、いた証。

抱きしめることも、触れることもできないけれど。
それは、確かにそこに存在していた。


「…………」


ニックは私を案内すると、邪魔はしないとばかりに引き返していった。
そのことに感謝しながら、私は手がかりとなる物がこの部屋にないか、目を皿のようにして見る。
中央には確かに、年代物の鏡がこの部屋の主の如く鎮座している。
そして、幾つかある足跡は真っ直ぐにその鏡を目指していた。
足跡は、確かに奇妙だった。
少女は二度ここを訪れたのか、往復の物が一つ。
そして、鏡の前で、途切れている物が一つ。

そのことを目を細めて確認し、ゆっくりとその豪奢な鏡に近づいていく。

最初は、ごく普通の鏡に見えた。
歴史ある城に相応しい、酷く古めかしく背の高い、鏡。
金の装飾も鮮やかで、埃さえ被っていなければ、それは見事な物だろう。

と、二本のかぎ爪上状の装飾を見て取ったところで、その枠になにかあることを知る。


「?文字が彫ってあるのか?」


『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』?
まるで意味の通じない言葉だ。
ほんの少しの間首を捻って。
嗚呼、これは反対から読めば良いのか、と合点がいく。

しかし、望みを映す鏡?
どこかでそんな道具があると聞いたことはある気がするが……。


「そんな物があるなら、『あの子』に会わせてくれないか」


半ば以上睨み付けるように、その文字を見つめる。
がしかし、睨み付けたところで、文字になにか変化がある訳もなく。
はぁ、と溜息を吐きながら、視線を下に下ろして。
そこで。


「っ!!!!!」


私は、『あの子』を見つけた。

愛らしくも知的な、漆黒の瞳。
艶やかな黒髪。
象牙色の肌は滑らかで、血色も良く。
綻んだ唇は、花びらのようだ。

そして、その唇は嬉しそうに、楽しそうに笑みを刻みながら。


『リーマス』


声にならない声で、私を呼んだ。





頑張った成果がないと、やっていられない。





......to be continued