普段との相違に、戸惑わざるを得ない。 Phantom Magician、149 「ふぅ……」 クリスマス休暇初日の朝は、重苦しい溜め息から始まった。 というのも、とうとう今日がダンスパーティー本番だからである。 本当だったら、そこに用意してあるドレスを見てにっこりと一日が始まるはずが、 あたしの顔には笑みの欠片も見られなかった。 「折角、スティアとリリーが選んでくれたのになー……」 思い出すのは、もう遠い昔のようになってしまったパジャマパーティーの夜。 どうしても決めあぐねていたあたしとリリーを見るに見かねたのか、 スティアがいい加減にしろ!とばかり、その小さな前足でカタログを踏みつけた姿だ。 『……えーと、スティアさん?』 バンッ 『足どかしてくんないとページ捲れないんだけど』 バンッ 『いや、“バンッ”じゃねぇよ。邪魔だよ。 なんでそんなドヤ顔なんだよ』 『……ひょっとして、これが良いって言ってるんじゃないかしら?』 バン バン バンッ 『あ、ほら。やっぱりそうだわ!』 『えぇえぇ〜?だって、このページ普通のドレス紹介ページじゃないよ? こう、見開きでドーンって載ってる、ケタが大分違う感じの高級ラインなんだよ?』 バン バン バン バン バン バンッ 『煩ぇー!』 『そうねぇ……値段は凄いけど、でも、その分確かに凄く綺麗なドレスだわ。 にとっても似合いそう』 『……え、あ、そう?いや、確かに綺麗だなーとは思うけど』 『このドレスだったら、こっちのカタログに載っていた髪飾りが良いんじゃないかしら? えーと……あ、あったわ!ね?刺繍の色とも合っていて素敵でしょう?』 『あー、うん。確かに誂えたみたいだし、あたしもその髪飾り良いなーっては思ってたけど、値段がね? ドレスとセットにすると一番高い箒を遥かに凌ぐっていうかね?』 『後は靴とバッグよね……。アクセサリーも……ここまで来ると、妥協したくないわ』 『あのー、リリー?』 バンッ 『あら、スティア。そっちのカタログがお勧めなの? じゃあ、貸して頂戴?……ドレスがあの色だから……靴は……これなんてどうかしら?』 ブンブンッ 『やっぱりちょっと違うわよね。シンプルすぎるし……』 『もしもーし?リリーさーん?スティアさーん?』 『あ!これなんてどう?ドレスの雰囲気にも合っていると思うんだけど』 ブンブンッ 『ええ?どうして?』 ちょい ちょい 『?どこを指して……あら。“ご注文から1ヶ月程度でお届けします”ですって。 残念だわ。これじゃ間に合わないわねぇ』 『すみません、あたしの声聞こえてます?無視されると寂しいんですけども。 ねぇ、ちょっと。オーイ』 『大丈夫。聞こえているわ、。でもちょっと静かにしていて』 『!』 『スティアのお勧めはどれなの?ページは私が捲るから教えて頂戴。 センスが良いから、一緒に色々見て欲しいわ』 『……あの、あたしのドレス選んでるんじゃなかったんだっけ?』 まさかの本人スルーできゃっきゃっうふふと盛り上がった二人。 で、出来上がったトータルコーディネートは、可愛らしくも美しく、 あたしの好みもばっちり抑えているという、大変素晴らしい物だった。 が、「だから、たかだか一回のパーティーでこんな値段払えるかい!」っていう、 ちょっと気が遠くなるような値段でもあった。 ところが、名残惜しいが却下しようとしたあたしに対して、 散々、人を無視しまくってくれた黒猫様が一言、『レンタル可って書いてあるよ』と囁き。 なんやかんやで、ゴージャスな一揃いができちゃった、と。 「……はぁ」 本当だったら、それを着る期待で胸が高鳴っていなければおかしい。 でも、あたしの胸はぽっかり穴が開いてしまったかのように空虚だった。 もちろん、その原因は不慣れなダンス――ではない。 色々な人と練習をしたり、ダンスを見せてもらったりした結果、 なんと、あたしのダンス技術はかなりの向上を見せていたのだ。 最後の仕上げとばかりに踊ってくれたスティアから、お墨付きをもらったくらいである。 ダンスに関しては、大きな不安はない。 だったら、なにが悪いのか? 普通に考えたら、レギュラスとも踊れるし、初めてのダンスパーティーだし、 公然とお洒落して、おいしいもの食べて、で、凄く楽しい夜なのに。 『のスキな相手は、ルーピンではなく、それに似た誰かだろう?』 あの日から、楽しさの裏側に、不思議なほどの憂鬱さがあった。 誰か、じゃない。 あたしがスキになったのは、『リーマス』だ。 でも、それは。 『同じ』なのに『違う』人。 あれだけ、『リーマスがスキだ。その気持ちは変わらない』と豪語していたくせに、この体たらくだ。 過去のあたしが、今の自分を見たら罵声を浴びせるだけでは済まないだろう。 でも。 あたしは、『誰』がスキなの? 思考はすっかり迷走し、自分の立ち位置さえ判然としない。 元々、なにかあるとすぐに考え込んでしまう性分なのだ。 そこから脱却するのは、一朝一夕では難しい。 だから、とうとう訪れた行事にも、頭が切り替えられることなどなかったのだろう。 昨日も、一昨日も、クリスマス休暇前ということで、パーティー本番かと思うほどの豪勢な食事が提供され、 3年生以下の生徒達がごっそりと消えたにも関わらず、大した感想がない自分がいた。 「まぁ、知り合いも大していないし、しょうがないのかな……」 本当はベッドから出たくなどなかったが、仕方がない。 4年生以上は今日のダンスパーティーが終わると、明後日一番の列車で帰省してしまうので、 友達連中とゆっくり会うなら今日しかないのだ。(パーティー中には碌に会話もできないに違いない) 最後にぎゅっと目を瞑ると、気合いと共に体を起こす。 と、あたしの覚醒を悟ったのだろう、スティアがケーの姿でカーテンを引いた。 「おはよう、。と言っても、少しも早くないけどね」 「……なんか、気軽に人型取るようになったね。スティア」 「だって、君この顔好きだろう?」 「っいや、うん。まぁ、好きだけど?」 「だからだよ?」 「……悪いんだけど、さっぱり意味が分からないっ」 「つまり、女装男と踊るテンションだだ下がりの君を慮ってみたんだよ」 「…………」 嗚呼、うん。 それも憂鬱の種の一つっちゃ一つかな。 実はとっくの昔に朝食の時間が過ぎ去っていたことに気付いたあたしは、 その後、スティアにサンドイッチやらなにやらのテイクアウトを貰って食べ、 リリーの部屋に突撃訪問をしたりしながら時間を潰そうとした。 がしかし、その目論見はあえなく失敗することになる。 未成年者を考慮したのだろう、クリスマスパーティーは夕方から始まる予定だ。 本来なら慌てて用意する必要などない。 ところが、である。 女子の支度には時間がかかるものだと古今東西決まっているもの。 どんなに遅くてもおやつタイムには準備に取り掛かる必要があった女の子たちは、 リリー同様、夕方が近づけば近づくほどに、あたしの相手をしてくれなくなっていった。 早々に彼女たちの部屋から追い払われたあの疎外感といったら……! クリスマスって団らんの行事じゃねぇのかよ! ぼっち感半端なかったよ……っ リア充爆発しろ……!(違) 本当は談話室でジェームズやシリウスとも楽しく話したかったのだが、 なにしろ、そこにはリーマスという鉄壁の障害がいた。 一旦頭の隅に追いやったあれこれが復活してきても困るし、 なによりあたしがどう接したら良いのか分からなくなってしまったので、 臆病者なあたしには、とても近寄ることなどできなかったのである。 よくよく考えてみれば、ジェームズとシリウスが駄目となると、 あと仲が良い人間なんてセブセブなどのスリザリンメンバーである。 休みの日にスリザリンの談話室やら寮やらに侵入して怒られる訳にもいかないので、 いっそ部屋に引きこもっているべきだったかもしれない、と流石のあたしでも後悔した。 で、そんなこんなで亀の歩みのように時間は流れ。 「……まぁ、こんなもんかな?」 夕方には、ドレスローブを着こんだあたしの姿があったりする。 ちなみに、『男に見えるけど、実は女の子』っていうんじゃなく、 しっかり、ばっちりと今回は性別を魔法で変えている状態だ。 ただでさえそうなのに、ドレスアップして髪もきっちりオールバックにしているため、 鏡に映る人物がもはや自分とは到底思えなかった。 「……はぁー。すっごいなー。 男になるのなんか初めてだけど、うん。なんか色々感覚違うね」 「まぁ、重心から脳の構造まで違うしね。どう?感想は?」 「んー……我ながら、結構なイケメンなんじゃない?」 寧ろ、本来の女の子の時より美形度が増しているのは何故だ。 服装のせいだけじゃない気がひしひしとするんだけれども。 そうか、他の人たちにはこの少年が転入してきたように見えていたのか。 普段よりも精悍な顔つきに、すっきりした立ち姿。 確かに、東洋人に夢見ちゃってる人が見たら、これは好感を持つかもしれない。 「しかも、声は憧れのイケメンボイス!良いね。後で録音したい!」 「金の卵がいるね。そうしたら」 どこから聞いても阿呆なあたしの言葉に、ふふっと、黒髪の少女が笑った。 その、穏やかな笑い声に、思わず後ろを振り返る。 「うん?なに??」 「…………」 少女も、ダンスパーティに相応しく、とても似合うドレスを身につけていた。 こてん、と首を傾げる度に桜の髪飾りが揺れ、その姿に、あたしは思わず身悶えしそうになる。 可愛くて? いや…… ひたすら恥ずかしくて。 「あのさー……スティア」 「だからなに?」 「頼むから、あたしの姿でそういう可愛らしい仕草すんの止めてよ……っ!」 見てて気持ち悪いっていうか、居た堪れないっていうか……っ とにかく、むきーっと頭を掻き毟りたいこの衝動を、どうしてくれよう!? と、拳を握る性別男なあたしの前で、性別女なあたしがふっと笑みを深くした。 それはもう、鏡で見慣れた自分以外の何物でもないのだが、 なんか、その笑い方すっげぇ見ててムカツクな、オイ。と思った。 そして、あたし――に変身したスティアは、悪戯っぽく片目を瞑って見せる。 「ええぇ〜?普段美少女とかなんとか自分で言ってるくせに、 可愛らしい仕草は駄目とか、意味が分からないんですけどー?」 「わざとか?わざとだな?……しな作ってんじゃねぇよっ」 「いやん、ったら顔が怖いゾ☆」 「『ゾ☆』じゃねぇええぇぇぇー!!」 あたしは断じてそんなふざけた口調と態度をしたことはない! そう高らかに言い放ったが、「いや、セブルスに対しては大体こんな感じだよ?君」と、 真顔で言われてしまったので、結構なダメージを食らうあたしだった。 「ううぅぅ。嘘だ。そんな馬鹿な……! 奴の中であたしはハートフルでチャーミングな女の子のはずなのに」 「あれだけ馬鹿馬鹿言われ続けてるのに、よくそんなこと思えるね。 なんなら、一字一句、前にセブルスに言ってた言葉言ってあげようか? 丁度、今の僕は『』だからね」 「目的が変わってるんですけど、ちょっと!」 そう、なんでスティアがあたしに化けているのかといえば、 そもそもあたしがこのダンスで一人二役をやることに起因している。 男の姿で踊った後、女の子にへーんしん☆しないといけないあたしなのだが、 細かい理屈はよく分からないながら、どうもその魔法にはイメージ力が大事なんだそうな。 まぁ、他の女子がおやつ時から準備にかかりきりになっていることを思えば、 テクマクマヤコ○で早着替え、だなんてそう簡単にはいかないようだ。 なので、細部に渡って変身後の姿がイメージできるように、 スティアがまさかのポリジュース薬を披露する羽目になった、と。 二人で髪の毛のセットやらなにやらをあーだこーだ考えられたのは良いのだが、 目の前に自分が座っている、というのもなにやら微妙な気分だった。 おまけに、自分も普段と違う姿ときているのだ。 気分は『俺があいつで あ○つが俺で』である。 うっかり体が入れ替わっちゃうと、きっとこんな気持ちになるのだろう。 「もうホラ!目的果たしたんだから、ケーの姿に戻ってよ。 もちろん、スティアでも良いけどさ」 折角男女揃っているんだから、と、その姿を網膜に焼き付けるだけでなく、 すでにダンスのステップまで確認してしまったので、もう女の子のあたしは必要がない。 これ以上おちょくられる前に、と、そんな風に元の姿に戻るよう促したわけだが、 彼(彼女??)から返ってきた答えはにべもなかった。 「え?無理だよ(あっさり)」 「は?」 「ポリジュース薬の効果が切れるまではこのままなんだ」 「なにぃっ!?じゃ、ずっとスティアはあたしの姿な訳!?」 「まぁ、ポリジュースは効果が強い薬だからねぇ。大丈夫、大丈夫。 この姿でダンブルドアに喧嘩売ったり、闇の魔法使いに喧嘩売ったりしないから」 「〜〜〜〜〜〜!」 ドッペルゲンガーの恐怖を別の意味で味わってしまったあたしだった。 くれぐれも勝手な行動はしないようにスティアに言い含め、(効果があったかは謎だが) あたしは煌びやかに飾り付けをされてたホグワーツへと足を踏み出した。 クリスマス休暇が近づいたある日、突然学校中にリースが飾られ、 大広間を巨大ツリーが埋め尽くし、ダンブルドアが派手目ローブを着るようになったのを見て、 あたしは文化の違いというものをつくづく実感させられたものである。 いや、確かに日本でも商業施設はクリスマス商戦に向けて、飾り付けすっごいよ? 某ネズミの国でもネズミの海でも、昨日までかぼちゃだらけだったのが、 一気にクリスマス一色になったりするのには感動さえ覚えるよ? でも、ここ学校だろ……!? こんなに浮かれちゃってて良いの?学び舎が! 日本で同じことをやってる学校があったら、間違いなく白い目で見られるだろうに。 流石、キリスト圏!と言ったところだろうか。 (っていうか、怪しいもの代表の魔女やら魔法使いがキリストの誕生祝うってどうなんだろうか??) 談話室にまでツリーがあって、7年生もプレゼントでわくわくしてるのを見たら、 クリスマスがどうした、なんて間違っても言えない雰囲気である。 「日本人にしてみたら、恋人とイチャコラしたり、 プレゼント強奪したりする日以外の何物でもないんだけどねぇ」 バレンタインデーと同じくらいあたし、女の子でつくづく良かった!と思う日だ。 だって2倍3倍返しが基本とか、普通に男子不利すぎるだろう。 その点、女子は普通にプレゼント用意したり、友達とチョコを堪能したりで気楽な物だ。 と、そんな風に、死ぬほど悩んでいる女子が聞いたら呪われそうなことを考えながら、 そういえばプレゼントまだ用意してないなーなんて呟いていると、数メートル先に大広間の扉が見えてきた。 待ち合わせはここなのだが、どうやらまだ女装系男子の姿はないようだ。 先日の一件以来顔合わせるのも微妙な気分だったので、そのことにほっとしつつ、 いやいや、この後会うんだから(っていうか踊るんだから)、腹を括らなきゃとも思う。 まだ、この前の問いに。 答えていないけれど。 「……はぁー」 気分を落ちつけようと、見るともなしに扉を見つめ、改めてその装飾の豪華さにため息が出た。 色とりどりのオーナメントに電飾、艶やかな柊の葉に、巨大なリース。 マグルの世界にあったら一躍、観光スポット間違いなしである。 もちろん、パーティ会場入り口であるここからは、金色に輝く会場の様子もばっちり視界に入り、 気合が入ったドレスやドレスローブが翻る様も一瞥できる場所なので、 手元にデジカメがないのが悔やまれた。 「でも、装飾に本物の妖精使うとか、非人道的じゃないんだろうか」 「一応、後でアルバイト料は入るらしいが?」 独り言のつもりが、素朴な疑問に、涼やかな女性の声で返答があった。 聞き覚えのない声に首を傾げるところだが、 しかし、それよりもその内容にあたしは驚愕せざるを得なかった。 「え、マジで!?バイトなの、これ!? ウソだろ、時給幾らなんだよ、この扱い!?」 っていうか、バイト代って金貨なの?現物支給なの……っ!? 我らがハー子はどうして普通の妖精の雇用には口出さなかったの!? 雇用主はきっと同じダンブルドアだろうに! ダンブルドアの妖精遣いの荒さにドン引きしつつ、 やけに物知りな言葉にお礼を言おうと、声のした方へ振り返る。 すると、 「時給までは知らないが……常識だろう?」 きょとん、と大きな瞳を丸くしながら首を傾げていたのは、 寧ろ、お前が妖精だろ、と言いたくなるような、美女だった。 銀粉をちりばめた髪は、複雑に編み込まれ、まるで古代の女神のようでもある。 両手の中指のリングでつながっているショールはふんわりと細い首に巻かれ、 踊ればさぞ映えることだろう。 スパンコールで同じく銀色に輝くマーメイドドレスが、それはもうお似合いで、 大広間に向かうパートナー付きの男子生徒も思わず振り返ってしまっている。 そりゃあ、そうだ。 あたしだって、こんな美女が立ってたら二度見どころかガン見する。 そして、あわよくばお近づきになろうとさえしたかもしれない。 しかし。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 その男口調も相まって、浮世離れした雰囲気のその美女は、間違いなく初対面だったが。 「…………」 「……どうした?」 「……いや、その……常識じゃないです。クィレル先輩」 悲しいかな、その独特の髪と瞳の色は、間違いなく見たことのあるものだった。 しかも、あたしの呼びかけに満足したのか、その美女はにぃっと、 昼ドラの主役がはれるレベルの悪女然とした笑みを浮かべる。(ヒィッ) 「誰ですか?などと言われたらどうしようかと思ったが、流石に分かったようだな」 「……いやぁー、ドレスの色知らなかったら、全力でスルーしてたかもしれません。 でも、前に聞いてた銀のドレスだし、髪と瞳は菫色?だし。 ホグワーツでこんな綺麗な髪の色、先輩しか見たことありませんしね。 で、あたしにわざわざ話しかけてくるだなんて、先輩しかいないだろうな、と」 「…………」 「?どうかしました??」 「いや……天然だな、これは。知り合いには誰一人気付かれなかったぞ?」 ひらひらとショールを靡かせながら、自分の姿を見聞するクィレル先輩。 それを遠い目で見守りつつ、これに見惚れていた皆様(特に野郎ども)に同情を禁じ得ない。 そりゃあ、気付けって方が無茶でしょうよ……! この俺様な性格で、スリザリンの監督生がだよ? あろうことか薬で性別変えてドレスアップしてくるだなんて、事前情報なかったら看破できないって! 下手したらヴィーラさん紛れ込んでますよ、位な気持ちだって! 微妙に冷たい真顔な辺りが、すっごくそんな雰囲気を醸し出していることに本人は気づいていないらしい。 が、これでにっこり笑われてしまった日には、気の毒な青少年が続出しそうな気もするので、 笑っても精々悪女笑い位が丁度良いのかもしれないとも思い直すあたしだった。 で、最初の衝撃が去ったあたりで、あたしがまじまじと見つめていることが面白かったのだろう、 クィレル先輩は優雅に腕を組みながら、口の端を歪めた。 「で?感想は?」 「いやぁー……女装じゃなくて女体化で良かったです」 「は?」 「や……っそ、想像以上に美人さんですね!ぶっちゃけ衝撃的でした。 っていうか、睫毛ばっさばさですねー、先輩」 「そうか?睫毛の長さは特に変わっていない気もするが、 まぁ、確かに今日は視界に異物が入っていて鬱陶しいな」 「マジすか!?あー、先輩睫毛の色素薄いから、普段目立たないんですかね。 今はマスカラつけてるし、アイラインは引いてるしで特にそう感じるのかもしれないです」 「やけに詳しいな?」 「へ!?……いやー、あの、従姉がよくそんな話してるんで、あはは!」 男が化粧を語るという凡ミスに内心冷や汗をかきながら、 あたしはそれを誤魔化すために、クィレル先輩に腕を差し出した。 「ええと、じゃあ、行きましょうか?先輩」 「……こういう場合は『喜んで』と言うべきかな?」 「あー……寧ろ『構わんよ』の方が個人的にツボです」 「ふむ。構わんよ?」 「〜〜〜〜〜なんだ、こいつ可愛いな」 会ったら表情引き攣りそう、とか思ってた数分前の自分が嘘のようだった。 男女問わず、美形はいるだけで場が華やぐものである。 これが世の真理という奴だ! 手の平を返したように、ころっとその美貌に気分を良くしながら、 あたし達はとうとう、パーティ会場へと足を踏み入れる。 「嗚呼、そうだ。、一つ忠告しておくが」 「はい?」 「その姿の時は一人称を『僕』に統一しておくことをお勧めする」 「!!!」 なんで、先に後悔できないんだろう! ......to be continued
|