未知の物を受け入れられるか否か。
それが、器の大きさという奴らしい。
でも。






Phantom Magician、148





もはや、一刻の猶予もない。
それが、彼女の行動を逐一見ていた僕の、偽らざる感触だった。
これでも、自分なりに色々考えてみてはいたのだが、 どうやらぐずぐずしている余裕はもうなさそうだ。

僕は腹を決めると、ぐっと握りしめた拳で、目の前のドアを数回ノックした。


、ちょっと良いかい?」


すぐに返答はなかった。
だが、そんなものは、の部屋に行こうと決めた時点で予想できたことなので、 僕は切羽つまった心を宥めながら、密やかにドアを叩き続ける。

すっかり辺りは暗くなり、しんしんと空気も凍えるこんな時間に女性の部屋を訪問するなんて、 マナー違反なのは百も承知だが、何度か声を掛けると、怪訝そうなの声が返ってきた。


――ジェームズ?なに?どうしたの??」
「ちょっと君に相談したいことがあるんだよ。入れてくれないかい?」
「相談?……ちょっと着替えるから待ってて」



幸いにも、はまだ寝入ってはいなかったらしい。
周囲を気にするように声を潜めながらも、その内には僕を寒い廊下から室内に招いてくれた。
さっきまで白かった息が、急に透明に変わる。
温かみのある配色の内装にほっとしながら、僕は手にしていたバスケットを示した。


「コーンスープとかも持ってきたんだけど、いる?」







「手土産持参とか気が利いてるけど、裏がありそうで怖いなー」


サイドテーブルを引っ張り出してきたは、
ふかふかの椅子に落ち着くと、開口一番、そんなことを言ってきた。
まぁ、夜中、とまでは行かなくても、もう夕食もなにも終わりの時間の訪問な上に、 やってきたのが僕一人で、しかも「相談があって来た」のだから、その言葉は限りなく正しい。


「相談に乗ってもらうんだから、手土産くらいいるかなーって思ってね?」
「まぁ、礼儀からいくと間違ってないと思うし、嬉しいんだけど。
ただ、これが賄賂だと嫌だなーって思ったんだよ」
「人聞きが悪いなぁ」
「だって、ジェームズやりそうなんだもん。日頃の行いが悪いからだよ?」


就寝前だからか、僕がそうだからか、は酷く落ち着いた態度だった。
茶化すでも、ボケるでもなく、淡々とした話し方は、 考えがまとまっていなかった僕さえ、少しずつ整えていくようだ。

年上だとかいう彼女。
その姿に、どこかほっとするような気持ちを抱きながら、僕は早速本題に入ることにする。


「実はその、『日頃の行い』って奴のことなんだよ。相談っていうのは」
「はい?日頃の行いがどうしたって?」


厨房から貰ってきたコーンスープを、ふぅふぅと冷ましながら、は首を傾げる。
そんな彼女の僕が話したのは、大体、次のようなことだった。


「もうすぐダンスがあるのはだって知っているだろう?
で、僕としては当然リリーを誘いたいところだったんだけど、去年見事に断られているからね。
どうにか今年の冬こそは!って彼女の気を引こうとしていたんだけど、どうにも手応えがなくて。
今の状態じゃ、またきっと断られると思うんだよ。
で、リリーと仲の良い君に、是非アドバイスをして貰おうと思ったんだ」
「…………」


つらつらと、そのまま続けて、今までの自分の努力を挙げ連ねてみた僕だったが、 それに対するは、それはもう分かりやすい位の仏頂面だった。
終始無言。
相槌さえなく、手にしたマグカップに口をつけることもない。
だが、真っ直ぐにこちらを見てくる瞳からして、聞いていないということもなく。

十数分経って、流石に話を一段落させた僕は、 なにも言ってくれないに痺れを切らして、「どう思う?」と端的に質問を発した。
もちろん彼女はにこやかに、なんてならず、渋い表情カオのままで口を尖らせる。


「……どうって訊かれてもねぇー。すげぇ言い辛いんだけど」
「なんで!?そんな難しいこと訊いてないだろう!?」
「難しい質問だなんて言ってないじゃん。ただ、言葉を選ぶのが難しいんだって」
「言葉なんて選ばなくて良いよ!僕は率直な意見が聞きたいんだ」


悪戯仕掛け人ではなく、に相談している時点で、 ちょっとキツイ言葉くらいは覚悟の上だ。
なにしろ色々なことに気が付くのことだ。
女性ならではの視点で、色々なことを教えてくれるに違いない。

そう頭の中で計算する僕に、彼女はそれはもう含みのある目を向けてくる。


「……それで良いなら言うけど、後で文句言ったり後悔したりしないでよ?」


そして、彼女は言った。
僕の薄っぺらい覚悟なんか吹き飛ばすくらい、『率直』に。


さっきからなんか色々言ってるけどさー。
ジェームズのやってることって、空回りどころか、逆効果200%って感じなんだよね。
まず、リリーの気を引く為にやってることがセブルスいじめって時点でもう駄目だって。
なに?あたしやリリーが知らないとでも思った?
クィディッチに打ち込んでる時は良かったけど、
シーズン終わった途端に、またちょっかいかけ始めてるでしょ?
え?馬鹿だなぁ。あのプライドの高いセブセブが、そんなことわざわざ言う訳ないでしょ。
目撃者が喜んで話してたんだって。それはもう、胸糞の悪くなる話し方で。


「悪戯仕掛け人が目立たない訳ないんだから、バレないと思ってる方がどうかしてるよ」と、 そう言って、は冷たい瞳を僕に当てた。

彼女は怒っているのだ、とそこで僕はようやくその可能性に思い当たる。
友達思いの彼女が、そんな風に友人をいじめている僕に対して、良い顔をするはずはない。
そんなこと、考えるまでもないことだったのに。


「君は、スネイプの奴を知らないから……っ」


その視線に耐え切れず、振り絞るように出した言葉に、 しかし、はにべもない。


「少なくとも、ジェームズに言われる筋合いはないよ」
「っ!君は、アイツが裏で何をやっているのか知っているのかい!?
あんな奴、君が庇う価値もない!」


の態度があまりに理不尽に感じられて、僕は思わず声を荒げて抗議した。
けれど、おそらくそれが悪かったのだろう、 彼女の瞳に紛れもない険が混ざる。


「価値……?」


暖を取るためか手放さなかったカップを、彼女はそっとテーブルに置いた。
かと思えば、次の瞬間には、その手をぎゅっと握りしめ、 さっきまでと違う感情が混ざった表情で、僕を見つめる。
怒っているくせに悲しそうで。
呆れているくせに辛そうな、表情カオだった。


「そんなこと言ってるからリリーと上手くいかないんだろうが……!」


そして、彼女は語る。

リリーは出会ったばっかりの頃、 セブルスが『奴は怪しいから離れろ。君が気にする価値もない』 ってあたしのことを言ってたのになんて応えたと思う?
『私は価値なんかで友達を選ばない』って言ったんだ、と。


「そんなリリーが!そんな考え方してる奴に惹かれる訳ないだろうが!いい加減気づけよ!!」
「っ」


遣る瀬無い想いを吐き出すように叱咤する
非難のようで、応援のようで。
込められた思いに、返す言葉が出てこない。

がしかし、僕がそのことに明確な感謝を感じる前に、 彼女が発した言葉が僕たちの間に溝を深く穿った。


「大体、価値なんて言ったら、ピーターはどうなるんだ!?」
「!」
「魔法だって下手くそで、器は小さくて、卑怯者じゃないか!」
「…………っ」


のことは好きだ。
破天荒で、お茶目で、でもどこか繊細で。
リリーとは違う意味で、大切だとも思う。

でも。
だけど。
その言葉だけは捨て置けなかった。


「君にピーターのなにが分かるんだ!?最初から彼を毛嫌いしている君に!」
「ジェームズの知らないことだよ!あいつは卑怯者だ!」


がピーターをよく思っていないことは、口にしなくても皆分かっていた。
けれど、叩きつけるような声に、それどころではないことを僕は初めて知った気がする。
よく思っていないどころか、これではまるで親の敵のようだ。

基本的に人当たりの良いだからこそ、 その極端な態度が酷く目立って。

確かにピーターのおどおどしているところなどは、僕もあまり好きではない。
それでも、ピーターがこれほど嫌われるほどのなにを、にしたというのだろう?
それどころか……


「〜〜〜君はっ!あの満月の晩も、ピーターが色々説明して回ってくれたおかげで、 リーマスの事件が隠せたことも知らないくせに!よくもそんなことが言えるね!」
「っ!」


ピーターは多分、のことが嫌いではないのに。
一方的な拒絶は、相手を酷く傷つける。
そんなこと、の方が余程分かっているはずなのに、どうして?

僕の指摘が予想外だったのだろう、は大きく目を見開いた。
けれど、どうしても譲れないことのようで、 ぐっと息を詰めた彼女は、しかし、絞り出すように否定の言葉を続ける。


「……どうせ、保身の為じゃないか。リーマスのことがバレたら、 なし崩しで自分たちが無登録の動物もどきアニメ―ガスだってバレるからでしょ?」
「どうして、素直に感謝できないんだ!?
前だって、ピーターは君のことを心配してたのに、君はそれを拒絶した!」
「〜〜〜〜嫌いな相手に心配されたって、迷惑なんだよ!」
「この分からず屋!」


滅多にしない口喧嘩。
それも、感情的なそれに、僕たちは気付けば椅子を蹴倒して立ち上がっていた。
おそらく、同性同士なら襟首を掴み合うくらいのことはしていたに違いない。

けれど、僕たちは結局、同性ではないから。
間にテーブルを挟んで、激情を叩きつけ合う。
と、段々低レベルな物言いになってきた時、感情が溢れたのだろう、 がまるで悲鳴のような声を出しながら、表情を歪めた。


「そうだよ、あたしは分からず屋だ!そんなの誰よりあたしが知ってるよ!」
「!?」
「駄目なんだ。違うって頭では理解わかってるのに。分からないんだ……っ」
?」


その瞳に盛り上がる涙に、はっとする。
本当にらしくない。
こんな風に、女の子と本気で口論するだなんて、普段の冷静さはどこに行ったっていうんだろう。
しかも、泣かせてしまうなんて……。

罰の悪い思いに、言い争っていたことも忘れて手を伸ばす。
すると、


「あまり興奮させないで貰おうか……。傷に触るだろう」
「!君は……っ」


僕より遥かに早く、彼女の小さな頭を抱き込んだ人間がいた。







物でも見るような無機質な視線で僕を見つめる漆黒の双眸。
直接話したことはないが、忘れるはずもない姿に、思わず杖を取り出す。
がしかし、そんな僕を歯牙にもかけず、その青年はすぐに僕から目を背けると、 の背をあやすように叩きだした。
憎らしいほど、それが絵になってしまうから嫌になる。

そして、彼女自身がそれを許容している姿に、言いようのない苛立ちが起こった。
相棒だとかいう話だが、かといってそんな風に親密にする必要もないじゃないか。
にはリーマスがいるのに……っ。


「君は……ミスター スリザリン?どうして、ここに?」
「情緒不安定なと他の男で二人きりにする程、僕は配慮のない人間じゃないんでね」
「っでも、いつの間に……!」
「最初からいたさ。気付かなかったお前が悪い」


不遜な態度は、前に見たズタボロの姿からは程遠い。
おそらくは、これが彼の通常運転なのだろう。

二言、三言彼はになにか囁くと、どこか幼い仕草で彼女は頷き、 彼の胸に顔を埋めたまま目を閉じてしまった。


耳塞ぎマフリアート
「?」


そんな彼女に魔法を掛ける彼の挙動を、見つめることしかできなかった僕。
やがて、魔法が掛かっていると確信できたらしい青年は、 満足そうに頷きながら、に見せていたのとはまるで違う笑みを僕に向けた。


「さて、これで一応に会話を聞かれることはなくなった訳だが……。
僕になにか訊きたいことがあるんじゃないかな?ジェームズ=ポッター」
「……へぇ。わざわざ話す機会をくれるのかい?お優しいね」


なるほど。さっきのはそういう効果のある魔法だったのか、と思いながら、 気圧されまいと相手を伺う。
うっそりとこちらを見てくる青年は、そんな僕の様子に小さく嗤った。
ぞくり、とそれだけで肌が粟立つ。


「一応、助けられたこともあるからね。そのお礼だよ。他意はない」
「……っどうだかね。まぁ、自分から来てくれたんだ。折角だし色々訊かせてもらうよ」


…………。
……………………。
そうは言ったものの、しかし。



ぶっちゃけ、彼に訊きたいことなんて僕にあったっけ?



の相棒だとかいう存在だから、話してみたかった、というのはある。
(でも、もう今話しちゃったし、気が合う感じは少しもしなかった)
あれだけの大怪我だったので、その後の経過が気になってもいた。
(しかし、見た感じピンピンしてるので、大丈夫だろう)

……特になにを訊けと?

だが、あれだけ勿体ぶって話を振ってきたのだ。
きっと、僕が訊くようななにかがあるに違いない。
……全然思いつかないけど!
なんだなんだ。一体僕は彼になにを訊いたらいいんだ??

頭の中を隅から隅まで見回して、おまけに引っくり返してもみたけれど、 しかし、そもそも得体のしれない彼に訊くことが、即座に思いつくこともなく。
散々悩んだ挙句、僕から出てきたのは、


「なんで君ってそんなに恰好良いんだい?」


という一言だった。


「…………」


当然、阿呆な質問に無言になるミスター スリザリン。

いや、うん。
色々言いたいところはあると思うんだけど、その凍り付いたような瞳は止めよう?
なんか眉間に皺寄せられたり、烈火の如く怒られるよりずっと怖いんだよ、それ。


「……顔の造作については、僕の与り知らぬところだからね。
訊かれても、『そんなもの、僕の生みの親に訊け』って答えるけど?」


そりゃあ、そうだ。


「え、えっと、いや、その立居振舞い……とか?雰囲気が格好良いなぁって」
「……とりあえず、女の子と怒鳴り合うようなことはしないね(大嘘)」
「それはっ!」


これ見よがしにの頭を撫でられて、しかし、 大した反論もできずに、言葉が濁る。


「僕だって、いつもならこんなことはしないけど……。
仕方がないじゃないか。が頑なに人の悪い所しか見ないんだから」
「……へぇ。自分のことは棚に上げてよく言う」
「なっ!?僕がいつそんなことをしたって言うんだ!」


聞き捨てならない一言に、思わず詰め寄るが、 青年は真っ黒な闇色の瞳を細めて、そんな僕を冷ややかに見下した。


「お前、セブルスの良いところなんて、これっぽっちも見ていないじゃないか」
「!!!」
「セブルスは努力家で、友人を大切にしているし、節度もある。
傲慢な部分はなくもないが、全体から見れば僅かだ。
でも、お前はそうは思わないんだろう」
「っ当たり前だ!!」


闇の魔術をこよなく愛しているような奴が努力家で節度があるだって!?
とんでもない誤解をしている相手に、それはもう非難しか起こらない。
が、そんな僕の反応は予想済みだったのか、青年は畳み掛けるように口を動かし続ける。


「ピーター=ペティグリューはじゃあどういう人間か?
臆病、というとマイナスイメージだが、それは慎重ということにもつながる。
己の保身を一番に考える。それはなにも非難されることではない。
誰だって自分が一番大事だし、自身を好いてくれる誰かのためにも大切にすべきものだ。
わざわざ相手を陥れるなら問題だが、そんなことをしている様子もない。
落ちこぼれだと言う人間もいるかもしれないが、そんな奴が悪戯仕掛け人足りうるか?――答えは否、だ。
手助けがあったとしても、たった5年で動物もどきアニメ―ガスの魔法を習得している時点で落ちこぼれとは言えない」


滔々と語られるピーターという存在に、思わずぽかんとしてしまう。
ピーターが悪い奴じゃないことは感覚的に知っていたが、 それでも、の味方らしき人間から彼の話をこんな肯定的にされるなんて思ってもみなかった。

思わず、「なんだ、分かってるじゃないか」と言いそうになった僕だが、話はまだ終わっていなかった。


「そう、ピーターはそう悪い人間じゃない。
接すれば接する程、もそう感じていくだろう。
けれど、はそのことを認めない・・・・認められるはずがない・・・・・・・・・・んだ。
だから、拒絶する。好意なんて欠片も持たないために」
「どうして?」

「過去も、現在も、未来も。全てが『同じ』で『違う』からさ」

「は??」
「どちらかに考えを絞ってしまえれば楽なんだろうけどね。
感情的になっているせいで冷静な判断が難しい。
ピーターのことも、他のことも・・・・・


……さっぱりなにを言っているのか、意味が分からない。
『同じ』で『違う』?なんだそれ??

僕と会話しているようなふりをしながら、青年の意識に僕はまるでいなかった。


「僕としては、それで良いと思うけどね。
本能的に気づいてしまっているんだろう。
拒絶したその先にこそ、『未来』があるということに」


なんとも思わせぶりな言葉に、これも日本の闇払いのようなもの――けーしちょう特務係? の仕事に関わることなのだろうか、と思う。
もしかしたら全然違うのかもしれないが、訊いてもはぐらかされそうな雰囲気がそこにはあった。

と、僕の白けた態度を感じ取ったのだろう、 彼は「まぁ、とにかくがピーターを嫌うのは直しようがないということさ」と話を締めくくった。


「……君は僕に諦めろって言うのかい?」
とピーターを仲良くさせるということなら、答えはイエスだ。
そもそも、自分と仲の良い人間を全員仲良くさせようなんて傲慢だろう?
お前と仲が良いからといって、お前の友達と仲良くなる理由にはならない。
お前がの友人だからといって、の友人のセブルスと仲良くなる理由にならないように」
「…………」


それは、考えてみたこともない話だった。
ピーターもも良い奴だから、仲良くしたら良いと思っていた。
そして、スネイプは嫌な奴だから、離れるべきだとも。
でも、に言わせれば、スネイプは良い奴で、ピーターは嫌な奴。

『グリフィンドールは良くて、スリザリンは悪い』
それが常識で、真実だと思っていたけれど。
実は、そうじゃなかったのか?
常識は常識で。
真実ではない。

簡単だと思っていた世界が、実は複雑に入り組んでいたことに、今、初めて思い至った。

と、僕の顔色が変わったのを見て、 そこで青年は皮肉な笑みを優しい物に変えた。


「!」
「それでも、君がにピーターへの態度を改めろ、と言いたいのなら、 君自身が変わるしかない。できていない相手にやれと言われても説得力がないからね」
「スネイプと仲良くしろって?」
「いいや?別に仲良くしろとまでは言わないさ。
反りが合わない物はどうしたって合わないんだから。
でも、気に入らないからって攻撃したり、に価値観を押し付けたりするのは感心しない」
「…………」


窘めるような言葉に、しかし、僕は「分かった」とも「嫌だ」とも言えなかった。
頭ごなしに言われれば、まだ反発のしようもあったというのに、 青年はそんなことを許してはくれず、僕に新しい見方を考えさせる。

そして、彼は今まで抱き込んでいたの頭を開放すると、 ぽんっと彼女の頭を杖で軽く叩いて魔法を解除し、 にこやかに僕を見た。


「多分、が君に言いたかったのはそういうことだよ」
「「は?」」
「アドバイス。欲しかったんだろう?」


え、あ、うん??

『アドバイス』という言葉に触発されて、 そういえば、僕はと喧嘩をしに来たのでも、 ピーターとの仲を取り持とうとしに来たのでもなく、 リリーをダンスに誘うために、どうすべきかを訊きに来たんだった、と思い出す。

つまりは、なんだ?
『気に入らないからってスネイプを攻撃したり、に価値観を押し付けたりするな』ってこと?
え、そんなことがアドバイス??

それって、仮にそれをやっても、短期間で効果の出る物じゃないんじゃ?と、 ツッコミを入れようとした僕だったが、しかし、僕がなにか言う前に、 青年はぽけっとしたを残し、ヒラリ、とその場から姿を消してしまった。


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……また透明になったのかな?」
「……いやー。多分いない……んじゃないかな」


周囲を見回したは、この部屋に僕と使い魔の猫しかいないことを知ると、 はぁ、と大きなため息を吐きながら僕に視線を戻した。


「えーと……とりあえず、ジェームズ無事?」
「無事だけど……え、どういう意味だい?それ」
「いや、さっき耳塞がれる前に、 『ちょっとヤキ入れるからは耳塞いでた方が良いよね』って言われたから」
「…………」


その一言に対してこっくり頷いていた君ってどうなんだ……。
共々、彼女の相棒は中々に過激なようだ。

まぁ、幸いにもなにかされた訳ではないので、僕は手を振って無事をアピールし、 そろそろお暇することにした。
が、微妙な表情のままこちらを見ているに、これだけは言っておこう、と、 扉を出る直前に振り替える。


「とりあえず、アドバイスありがとう。
こっちからお願いしたのに、大人げなく怒ったりして悪かったね」
「!
え、なにその態度の変わりよう……。スティアなにしたの!?
いや、その、こっちこそ……怒鳴ってごめん」
「それで、最後にもう一個訊いておきたいんだけど」
「うん?」

「手っ取り早くリリーにダンス申し込む方法って、なにかない?」


はぁああぁぁーっと、さっきよりも深く重い溜め息を吐いて脱力した彼女からの答えは、 「パートナーになるのは無理だけど、パーティー当日に申し込むなら雰囲気的に断りづらいんじゃない?」 という、それはそれは有難い(しかし、身も蓋もない)お言葉だった。





器はすぐには大きくなりません。





......to be continued