せめて、とアイツは願ったのだろう。





Phantom Magician、147





右のにやにやした女を見て、憤慨し。
左の諦念たっぷりな男を見て、途方に暮れ。
正面から差し伸べられた手を見て、固まる。

この季節にしては随分と温かい日差しの中、心に吹き荒ぶ木枯らしが痛い。
だらだらと背中を流れるのは、脂汗だ。
何故、どうして、こうなった?とすでに何度となく女にした質問が頭に木霊する。


「?セブ?」


と、いつまでも微動だにしない僕の姿に不安を覚えたのだろう、 どこか困ったようにリリーが僕の名前を呼んだ。
彼女を不安にさせるなど、言語道断だ。
だがしかし、かといって、そう簡単に目の前の手を取る訳にはいかない。
そう、自分をダンスに誘うリリーの手など。

そして、葛藤する僕を見かねて、リリーはそっと目を伏せる。


「練習でも私と踊るのは……嫌?」
「っ違う!」


コンマ数秒の速さで否定した僕の姿に、女――が笑みを深くしたのが、
遠く見えた。







「セブセブ、ダンスしようゼ☆」
「は?」


頭に花畑が咲いているんじゃないかと思う位、妙にテンションの高いがそう言ってきたのは、 今朝の朝食前のことだった。
人目も憚らず、スリザリンの席までやってきた馬鹿に、頭が痛くなってくる。
ポッター達のような連中や梟便の時間を避けるために、朝食にはいつも早く来ているので、 その能天気な声を聞いた人間が僕以外にいなかったのは不幸中の幸いと言えよう。
よくよく聞けば、ダンス本番の相手ではなく、練習相手を欲していた、ということらしいが、< 近くに人がいなかったから良かったものの、誰かに聞かれていたら、と思うだけで怖気の走るセリフである。
あのが、セブルス=スネイプにダンスを申し込んだ、だなんて噂が広まったらどうしてくれるんだ。
下手をしたら僕までゲイの仲間入りか……?冗談じゃないっ


「僕はダンスなんて行かないと言っているだろうっ!
もっと他の奴を当たれ!」
「えええぇー?女の子のダンスの相手なんてそう簡単に頼める訳ないじゃんかー」


すげなく断ると、はそう言って口を尖らせる。
と、そこに気になる言葉が出てきたので、思わず僕もそれを問い返した。


「なんだ、お前女子の格好で踊るつもりか……?」
「え?あ、うん。レギュラスと踊るよー」
「なにっ?」


一体全体どういう流れでそんなことになっているんだ。

が実は女だという事実を知ったのはつい先日のこと。
今までの関わりやら態度を考えると、いや絶対嘘だろうと思いつつ、 しかし、視覚的には女以外の何者でもないコイツと、どう接したら良い物かと悩むことで、この週末は潰された。
向こうは全く態度を変えないが、流石に女相手に馬鹿だのなんだのと言って叩く訳にはいかない。
だが、叩かないでいられる自信もない。皆無だ。
ということで、これはもう一旦距離を取るしかないだろうと、 僕がそう決めた直後に、コイツはこうしてにこにことダンスに誘ってきたのである。
空気を読めと言いたくなった。


「……レギュラスはお前が女だと知っているのか?」
「えーと、いやそうじゃなくて、あたしのことをあたしの従姉だと思ってる、みたいな?」
「なんだそれは??」


すでに何度か繰り返した説明であるかのように、 はすらすらと淀みなく今までの経緯を語った。
色々とあってとは別人として女の姿で踊る、と、一言で言えばそんなところだ。

で、全てを聞き終えたところで、脳裏を過ぎったのは、 が女だとうっかり気づいてしまった時のこと。
詳しい事情は伏せられたが、とにかく奴が女だというのは、極秘事項だということだった。


『リリーはこのことを知っているのか?』
『リリー?もちろん知ってるよ。
っていうか、あたしが女だってバラしたのリリーだけだもん』
『……ということは、まさかダンブルドアやマクゴナガルも知らないのか?』
『うん』


校長や教師ですら知らないのだ。
まさかそこらの生徒も知る訳はなく、つまり、そうそう練習相手など頼めるはずもない。
よく知らない相手と踊るなんて、コイツの男女共に高い人気を考えると色々な面で危険すぎるし、 ポッターやらなにやらの仲のそこそこ良い連中と踊るにしても、 何故が女側の練習をしているのかと訝しむことだろう。
その点、が女だと知っている僕は余計な詮索もせず、 大変都合の良い存在なのだった。
万が一にもありえないが、僕がの立場なら、迷うことなく同じ選択をしただろう。

いや、しかしそれでもコイツとダンスの練習なんて嫌だ、と再度断ろうとした僕。
すると、はそれはもう情けのない表情で「一生のお願いだから!」と懇願し続け、 最終的には。


「ダンス練習付き合ってよ、セブルス!
でないと、あたしに押し倒されたってリリーに言いふらしちゃうゾ☆」
「それは脅迫だろう!!」


凄まじく強引な手段で僕の了承をもぎ取っていった。
何故、押し倒した方ではなく押し倒された方が脅迫されなければいけないのだろう。
それも女子に。その上、事故以外の何物でもなかったのに!

誓って、僕はリリーに顔向けできなくなるようないかがわしいことはしていない。
それも、よりにもよって相手にだ。する訳がない。
がしかし、そこは悲しいかな、分け隔て無いリリーの扱いにも性差というものが存在するのである。
そんなことが彼女の耳に入ったが最後、今までの信頼など木端微塵だ。
(しかも、奴のことなので、うっかり自分が押し倒されたとでも言い間違いかねない)
烈火のごとく怒られるならまだしも、応援なんてされた日には、僕は再起不能である。

それはもう苦渋以外の何物でもなかったが、僕は放課後練習することに了承し、


「……


今に至る、と。

リリーの手を取らざるをえなくなったところで、 僕は地を這うような声で奴をその場に縫い止めた。
(用は済んだ、とばかりにいなくなられてはたまったものではない)


「お前が練習するんじゃなかったのか」
「えー、『あたしと』なんて言った覚えないよ?」


がしかし、奴はそんな、そらとぼけたようなことしか言わなかった。
いつもならもっとびくびくしているというのに、この開き直り具合はどうしたことだ。
堂々と僕を見返してくる姿は「文句があるなら言ってみろ!」とでも言わんばかりである。

正直、なにを言っても言い足りないくらいなのだが、 僕は向こうで靴を履きかえているリリーに聞こえないくらいに声を潜めて、を睨んだ。


「一肌脱いだ結果がこれか……?」
「いえす、あい、どぅー!」
「……お前、僕が踊れないと思ってるんだろう。リリーが怪我をしても良いのか?」
「そりゃあ、良くないに決まってるけど。
でも、リリーが言ってたよ?セブセブ普通に踊れるって」
「チッ」


不愉快な勘違いだが、それでちょっかいを出してこないなら、と敢えて訂正しなかったというのに。
ダンスができて、誘えばリリーも受けてくれるかもしれない、という状態でそれを放棄しようとする自分は、 きっとにしてみれば酷く奇妙に映るのだろう。
余計なおせっかいに、頭が痛くなってくる。
親切心からの行動であろうと、僕の邪魔をするなと怒鳴りたい気分だった。

僕は今、スリザリンの中でも、特に闇の魔術に造詣の深い人間達と交流を深めている。
それは、以前ケーから出された、己を鍛える上での交換条件だ。
(あの男もあの男で、色々画策しているらしく、闇の帝王側の情報を欲しているらしい)
で、そんな連中に、僕がリリーやなど、
グリフィンドールの人間と関わっているなどと知られたらどうなるか。
軽いところで、僕との接触を断たれ、重くなれば僕諸共リリーやコイツの身が危うくなるだろう。
特にマルシベールなど、通りすがりに気軽に呪いをかけてくるような男なのだ。
絶対に、友人であるなどという事実は隠し通す必要があった。

…………。
……………………。
本当は、こうして会うことももう控えなければいけないというのに。


「なんでよりによって、お前がバイオリン片手に立っているんだっ!」
「……文句ならに言って欲しいなぁ。巻き込まれたのは僕も一緒だよ?」


ままならない現実に、憤慨して怒鳴ることくらいしか、僕にはできなかった。
なせなら、他人事のような表情で楽器を構えるケーがそこにいたからである。(なんでだ!)
僕がリリー達と距離を置く原因を作った張本人が、 どうしてこんな風に僕を窮地に追い込むようなことに手を貸しているんだ!?

満月の夜の一件で、とこの男の間にはなにかしらの関係と秘密があることは知っていたし、 おそらくケーがに特別な感情を向けているらしいことも察しがついた。
だが、そう軽々に訊いて良いことでもないだろうからと、 怪我の具合が気になろうがなんだろうが、今までその存在に触れずに来たというのに!
こんな、なんの前触れもなく、重要な場面でもなさそうなところでぽっと出てくるだなんて、 一体、誰に予想できたっていうんだ……っ!

と、僕が世の無情に地団太を踏みたくなっているのも露知らず、 はあっけらかんと僕の言葉に答えを返してきた。


「なんでって、もちろんあたしが演奏頼んだからだよ。
やっぱりダンスの練習っていったら、音楽あった方がやりやすいじゃん?
ホグワーツCD使えないしさー」
「〜〜〜〜〜〜!」
「諦めるんだ、セブルス。幾ら怒っても、この子相手には疲れるだけだよ」


ぽん、と存外温かな手に肩を叩かれる。
「一応、人払いもしてあるし、見えないように結界も張ってあげたから、とりあえず安心して?」と、 労われた時には、不覚にも涙が出そうになった。







こうなればもうヤケだ!とばかりに、にこにこしているリリーの手を取って、 踊り始めたのは良いものの、僕は非常にはらはらし通しだった。
だって、そうだろう?
自分は決してダンスが格別に上手い訳でもないし、 こんなに間近にリリーがいたことなんて、数えるほどしかないのだから。

これがポッターやらブラックやらであれば、役得だのなんだのと思うだろうが、 生憎、僕の精神はそこまで図太くない。


「ほら、セブ。リラックス、リラックス!」
「っ、あ、ああ……」


動く度に揺れる髪に、密着しているせいで感じるリリーの体温や息遣い。


「〜〜〜〜〜〜」


新手の拷問かなにかだろうか。

甘い香りに頭はくらくらして、 さっきから、朝もっとしっかりシャワーを浴びれば良かった、だとか。
手にかいた汗が拭きたい、だとか。
こんなに密着したら、心臓の音がリリーにバレやしないだろうか、なんて。
そんなことばかりが浮かんでくる。

嫌われる前に、一刻も早く離れたい。
けれど、楽しそうに踊る彼女とずっとこうしていたい、という相反する想いもあって、 正直、時間の経過もなにも分からないくらいに、僕はアガってしまっていた。

せっかく、妙に上手いバイオリンの生演奏がBGMだというのに、 そんなもの、少しも耳に入ってはこなかった。
五感の全てが、リリーに集中しているので、当然と言えば当然だが。
こんな状態でよく彼女の足を踏まないものだと、我ながら感心してしまう。

と、そんな奇跡のダンスをしている最中、不意にリリーが噴き出した。
くすくす、と鈴を転がすような高い声が耳に心地よい。


「くすくす。もう、セブったら。そんなに緊張しなくても良いじゃない」
「緊張してなんか……っ」
「いるでしょう?」
「〜〜〜〜〜〜〜」


相手がリリーだからこそ、僕はこんなにガチガチになっているのだが、 彼女はどうやらそれをダンスの練習相手なんて大役のせいだと思っているらしく、 「もっと気楽で良いのよ?」なんてこちらを労わってくれた。


「『ステップの確認』なんて言ったけれど、そんなの口実だもの」
「?口実??」
「ええ。セブと踊る口実、って言ったら怒るかしら?」
「!!!」


ちょっと悪戯っぽく笑うリリー。
いや、もう怒るはずがないというか、嬉しさのあまり耳を疑うというか。
一気に顔に血の気が上ったが、リリーは赤い耳には気づかないふりをしたまま、 なおも言葉を続ける。


「ふふ。でも、セブも酷いのよ?
去年も今年も誘ってくれなくて……ちょっと寂しかったわ」
「っ」


……僕は明日にでも死ぬのだろうか?

さっきから、言われる言葉の数々があまりに素晴らしいものばかりなので、 思わず、自分の寿命について思いを馳せる。
隕石が落ちてきて頭に直撃するとか、突然胸の血管が詰まるだとか、 突発的な不幸があるので、最後に少し位良い思いをさせてやろうという、 なにかの思し召しなのかもしれない。

と、僕がそんな風にネガティブに考え込んでいると、 それをどうやら勘違いしたらしいリリーは、少しの間笑みを消して、僕を気遣わしげに見上げた。


「ごめんなさい。少し言い過ぎたわ。
セブが色々考えて、私たちと距離を置いているのは分かっているの」
「っ!!……すまない」
「良いのよ。このご時世ですもの。仕方がない部分ではあるわ」


切なく眉根を寄せるリリーに、 彼女は一体どこまで、なにを分かって、そう言ってくれているのだろうと思う。

僕はスリザリンだ。
それも、頼るべき家柄もなにもない人間だ。
そんな僕が、スリザリンの中でも力のあるグループに所属することは、 悪いことではないとでも思っているのだろうか。
感心することでは、もちろんないだろうけれど。

ただ、彼女はきっと、連中と僕が闇の魔術に手を出していることを知ったら、 こんな優しい言葉はかけてくれなくなるだろう。

できるだけ理由を付けて、人に掛けることは避けているが、それもいつまで保つことか。
別に、人に呪いを掛けることを恐れているのでも、嫌な訳でもない自分。
寧ろ、それが嫌いな人間相手であれば、嬉々としてしまうであろう自分。
ただ、それを避けているのは、一度やってしまったら戻れないと知っているだけだった。

そこで、僕はちらりとバイオリンを弾く男に目を向ける。
彼は、輝く金の髪を靡かせながら、どこか愉しそうに弦をはじいていた。
不思議と無邪気なその様子に、我知らず目を細める。


「…………」


おそらく、人を呪ったことのある彼。
自分に、闇の陣営に入って欲しいと言った、常闇の瞳。
彼のようになれるのならば、自分はきっと、それを望んでしまうことだろう。
光溢れる世界に生きる、彼女に背を向けてでも。

と、僕が視線を送る相手に気付いたのだろう、 リリーも踊りながらケーを見つける。


「セブも知り合いなの?彼」
「あ、ああ……。リリーも知っているのか?」
「いいえ。私はといるのを見かけた位よ。と親しいみたいね。
……彼、スリザリン生ですものね。セブが知っていても不思議じゃないわよね。
どんな人なのか、知ってる?知っていたらなんでも良いから教えてくれないかしら」
「!」


矢継ぎ早にされるリリーの言葉に、戦慄が走った。
興味いっぱい、というどこか熱っぽい彼女の視線に、自分の顔色が変わるのが分かる。

まさか。
まさかリリーの好みはああいう……?

と、僕が明らかに血の気を失ったのを見て、リリーはすっと表情を消した。


「……そんなに、口にするのも憚られるような人なの?」
「っ」


……何故だろう、さっきまで熱っぽかった視線が嘘のように冷たい。
そんなことはないはずなのに、無言で責められているような気分になってくる。

温厚な彼女を怒らせるようななにがあった?と頭をフル回転させた僕だったが、 リリーの視線が、不思議そうな表情でこちらを見ているを見た瞬間、 その言葉の意味するところを悟った。


「リリー……。その、確かにあれは見るからに不吉な人間だが、 少なくともに関しては、心配しなくても良いと思う」
「!」


そう、友達思いな彼女は、あれと関わるを心配しているのだ。

まぁ、こうして見ても、お人よしなとあの男が一緒にいる様は違和感ばかりなのだ。
(偶々目が合うと、はへらりと笑って手を振ってきた。なんて間抜け面なんだろう)
対等な友人関係に思えるはずもないし、 それなら、奴が騙されたり利用されたりしている方がしっくりくる。
だから、僕にその人となりを尋ねてきたのだろう。

しかし、僕が妙な間を開けてしまったせいで、 どうやら、ケーの心証は大変よろしくない方へ傾いてしまったらしい。
怪訝な表情をしたまま、リリーは「どうして?」と端的に理由を問いただしてくる。


「どうして、そう思えるの?」
「それは……」


が、困った。
まさか、第三者であるリリーに「おそらくを好いているから」だなんて言えるはずがない。
まぁ、言ったところで彼女が信じてくれるかは分からないが、それでもそれは言うべきではないだろう。
だが、かと言って適当な言葉がすぐに浮かんでくるはずもなく。

結果、僕は不自然に黙り込んだ挙句、「話してみれば分かると思う」と、 それはもう投げやりな言葉を発してしまった。


「…………」


要領を得ない態度に、彼女が怒るだろうか、と内心冷や汗をかいた僕だったが、 リリーはそこで僕を追及することは諦めたらしく、キリの良いところでダンスを止めた。
思わず、ほっと小さく安堵の溜息が漏れる。

が、しかし。
僕はそこで安心すべきではなかった。
彼女は僕と離れるとスタスタと件の人物の前まで歩いていき。


「セブはまだちょっと緊張しているみたいなの。
良ければ、次は貴方が付き合ってくれないかしら?」
「「!」」


まさかの、本人直撃だった。

予想外の展開に、共々開いた口が塞がらない。
もちろん了承なんてしないだろうな!?と一縷の望みをケーにかけるが、 彼はどうやら挑むようなリリーの態度が面白かったらしく、 「BGMなしで良ければ、喜んで?」と不敵な笑みで彼女に手を差し出すのだった。







「……ねぇ、ちょっとあれ、どういうこと?」
「……僕に訊くなっ」


にこやかに開けた場所に出ていく美男美女の背中を見送りながら、 僕は頭を覆うことしかできなかった。
素晴らしく絵になるツーショットのはずなのに、なんだこの寒々しい空気は。

がしかし、そんな居た堪れない雰囲気にまるで気づいていないらしいは、 珍しい光景にひたすら首を捻っていた。(そのままボキっと折ってしまえっ)


「リリーって初対面の相手と踊るような子じゃないよねぇ??
楽しそうに踊ってたのに、どうしたの?喧嘩でもした??」
「……してない」


その間抜け面を見ていると、どっと疲労が押し寄せたので、 僕はがしているように、校舎に背中を預ける。
と、そんな風に疲れている僕の様子になにを思ったのか、 はどこかぼんやりとした声で、「仲直りは早い方が良いよ」と言った。

最初のハイテンションからすると、天と地ほどの差がある姿だった。
まるで、さっきまでの姿が虚構ででもあるかのように。


「スキな相手と一緒にいれる時間は長い方が良いに決まってるんだから」
「〜〜だからっ!そういうことを軽々しく言うなと……!」


さらっと口にされた言葉に、いつものように怒鳴ろうとした僕だったが、 しかし、の瞳を見た瞬間に、口を噤む。


「?どうしたの?セブルス」
「……どうした、はお前だろう」
「?」


は、どこか虚ろだった。
いつも生気に溢れているはずの漆黒に、光がない。
表情はいつもと変わりないのに、なんだか、泣きそうに見えた。


「……なにかあったのか?」


思わず、労わるような言葉をかけてしまう位に。
もちろん、コイツに元気がないと、リリーが心配するから。
だから、気にしてやっているだけだ。

と、僕が柄にもなく心配していることに気付いたのだろう、 はどこか乾いた笑みを口元に浮かべる。


「別になにも?っていうか、最初からなにもなかったのかもしれないね」
「?なにを言っている?」


意味の分からない言葉に問い返すが、 はおそらく、ここにいるくせに、僕のことが見えていないのだろう。
応えることなくぽつぽつ、とそのまま言葉を続けていく。


「なんかさー、分かんなくなっちゃったんだ。
自分のこと……なのにね」
「お前が訳が分からないのは今更だろう」
「うん……そうだね。
頑張ってたんだけどなぁ」
「なにをだ」
「んー、色々?自分なりに頑張ってた、つもり。
なんの為か、もうよく分からないけど……」


と、そこではしんしんと降る雪のような瞳で、僕を見た。


「最近ね。凄く友達が言ってたこと思い出すんだ」



恋って結局なに?
どうやったら人をスキになれるの?



「その子、人をスキになったことがないんだって。
その時はね、そんな小難しいこと考えてるからできないんだよボケちんが!って思ったんだけど。
改めて考えると、うん。どうやるんだろうなーって。
っていうか、どうやってたんだろうなー、寧ろちゃんとできてたのかなーって」


「思っちゃったんですよ」と、がらんどうの瞳でにこやかに告げるの姿に、 なんともいえない、気持ちの悪さと哀愁を感じた。

コイツはもしかして、ルーピンをダンスに誘うのに失敗でもしたのだろうか?
それで、思考の深みにはまりこんでしまっているのか?
詳細を知らない僕には、推測することしかできないが、
愛だの恋だのと言っていることからみて、そう見当違いではないだろう。
きっと、コイツのことなので些細なことでぐるぐると考え込んでいるに違いない。

半ば呆れながら。
半ば感心しながら。
僕は、慰めにもならないようなことしか言うことができなかった。


「恋愛ごとに『ちゃんと』なんて存在するはずがないだろう」
「…………」


ただ、お前は『ちゃんと』ルーピンがスキだったように見えた。

その言葉は、突如吹いた強風にかき消され、本人に届くことはなかった。





せめて、僕たちだけでも踊って欲しい、と。
その瞳が語っていたんだ。






......to be continued