踊ろう踊ろう、と道化が囁く。 Phantom Magician、146 どこからともなく、あたしはすでにパートナーが決まった、などという話が広まり。 補習もようやく目途がついて、 ようやく平穏とも言える放課後があたしにもたらされた、そんなある日。 「。少し良いか?」 「へ?」 狙いすましたように、一人になった瞬間、あたしはクィレル先輩に拉致された。 拉致、というと凄まじく乱暴に聞こえるかもしれないが、 本人の意志を確認せず(声をかけてきたくせに返答を待たなかったのだ、この男) 痛くない程度の強い力で空き教室に引きずりこまれたのだから、まぁ、拉致でもよかろう。 なんていうか、あたしこんなの多くないか?と我が身を省みてしまうが、 よくよく考えると、自分もやっていないとは言えないので、因果応報という物なのだろう。 「というか、の場合、迂闊なのだと思うがな。 ついでに言うと、押しに弱くて流されやすい」 「!え、あたし口に出してました!?」 「まぁ、そうだな」 したり顔で頷くクィレル先輩だった。 正直、関わり合いも大してない先輩(しかも他寮)のはずなのに、 どうしてそんな訳知り顔なのだろう、この人。 まぁ、訊くと後悔しそうな予感がひしひししたので、 あたしは無難に「何の用ですか?」と問い掛ける。 ざっと見回した教室には特になにもないので、ここで用があった訳ではないだろう。 となると、この時期なので、話題に上るのはあれに違いない。 そして、予想通り、クィレルの用件はダンスパーティーに関わることだった。 「そろそろドレスを選ぶ必要があるからな。どんなドレスローブにしたのか教えてほしい」 「…………」 凄いどうでも良いけど、男の口からドレスのことを言われると反応に困るな……。 つい先日、自分もリリーと楽しくドレス選びをした身ではあるものの、 その一言で初めて、そうだクィレルもドレス選ぶんだった!と驚愕する、今さらなあたしだった。 珍妙な表情になってしまったのを自覚しながら、 あたしはとっさに周囲を警戒し(当然ながら誰もいない)、声を低める。 「えっと……本気で、先輩ドレス着る気ですか?」 っていうか、それサイズあるんですか? いや、うん。探せばオネェ系の皆様御用達のがあるのかもだけど。 クィレルは筋骨隆々、というタイプでこそないけれど、別に女性的、という訳でもない。 男にしては細身であるものの、それがドレスを着る、となると、中々に絵面がヤバイ。 如何に化粧で誤魔化そうとも、え、それの横にあたしが立つの? マジで? 自分でオーケー??しておきながら、なんかもう逃げ出したい気分である。 ところが、多分に非難と懸念を織り交ぜたあたしの問いに、 クィレルは不思議そうな表情で、「当然だろう?」などと抜かしやがった。 なにがどう当然なんだ馬鹿野郎と詰りたいのを、精神力でどうにか抑え、 引き攣った表情のまま、クィレルと対峙する。 「ダンスパーティーでドレスを着ない訳にはいかないだろうに。 だから、どんなドレスローブか訊いているんだろう? 重要なのは色だな。何色だ?グリフィンドールカラーか?あまり似合わないと思うが」 「っ似合わないとか言わないで下さいよ!」 「仕方がないだろう。似合わないのだから」 もう嫌だ、この人……。 きっぱりはっきりと自分の意見を言ってくるクィレルに、 これは多分なにを言っても無駄なんだろうなぁーと悟る。 すでに、彼の中であたしと踊るのは決定事項になっているようなので、 あがけばあがくほど徒労が募るのだろう。 いっそ当日逃げ出したいとも思うが、そうしたら後が怖そうだ。 こうなれば、超協力的に当日を迎え、 目くらましの魔法かなにかで透明になるしかない! (多分この人、あたしと踊れれば周囲が自分たちを見ていようがなんだろうが関係なさそうだし) そう腹を括ると、少しばかり気が楽になったので、 あたしはごくシンプルな深緑色のドレスローブを着るということを告げた。 イメージ的にはあれだ。ハリーが原作で来てたような奴。 (リリーと二人で並べば素敵なクリスマスカラーのできあがりである) メインで踊る相手以外に合わせるとか、我ながら酷いな、と思わなくもなかったのだが、 しかし、あたしのローブの色を訊いたクィレルはどういう訳だか、一気に上機嫌になった。 「なんだ、スリザリンカラーに合わせてくれたのか?気が利くじゃないか」 「っっっ!!!」 な ん で す と !? 全っっ然、思いも寄らなかったことを言われて、愕然とする。 いやいやいや、そんなつもり全くなかったんです!と、自分で自分の株を下げにかかるが、 口の端を歪めたクィレル先輩はまるで聞く耳を持っていなかった。 「グリフィンドールの君にそこまでして貰うんだ。 これは、私も気合を入れて銀色のドレスを着るしかないな」 「っ先輩!そこは無難に行きましょう無難に! カラフルなドレスの中に、そんなウエディングドレスみたいな色あったら目立っちゃいますよ!?」 「ダンスパーティーなんて物は目立った者勝ちだと雑誌に書いてあったぞ?」 「雑誌!?そんな物見るんですか、先輩!?」 「今回の参考にさせて貰った。最近は女子もドレスローブを着るらしいな。興味深かったぞ」 「『他と差をつけたい貴女』!?」 先日見た雑誌が思わぬ所で再登場し、余計なこと書きやがって、と出版社を呪いたくなってくる。 うっすい菫色の髪と瞳に、銀色という色は大層映えるだろうが、 できる限り、姿を魔法で隠すまでの間に衆目を避けたいあたしにとっては、その色のチョイスは全力で避けたい。 がしかし、その後、必死に別の色を勧めてみたものの、クィレル先輩の決意は固く。 あわあわとしている内に、彼から別のことを尋ねられて、 すっかりあたしの頭から銀のドレスのことなんて吹っ飛んでしまった。 「で、ダンスの練習はうまくいっているのか?」 「うぇ!?え、え、えええーと……」 盛大に目が泳ぐ。 いやだって、練習してる時間なんてなかったしー? そもそも、一人じゃ練習なんてできないっていうかー? ぶっちゃけ、なんにもしてないあたしだったが、流石に踊る相手に対してそう言うのは、 不可抗力とはいえ、義務をサボっていたような気分になる。 ので、とりあえず練習中だと口にすると、先輩はそれは真面目な表情をして。 「では、練習の成果を見てやろう」 と応えた。 泣きたくなった。 結局、誤魔化しは通じないと悟り、あたしは半泣きでその場に土下座した。 (多分、魔法史に残るレベルの華麗な土下座だったと思う) すると、その様子を、今まで見た中で一番にこやかな笑顔で見届けたクィレル先輩は、 有無を言わさずこの場で練習開始だ、と告げた。 ドSの真っ黒い気配をひしひし感じたものの、あたしに拒否権なんてあるはずがない。 というか、実際、ダンスの練習相手は決まっていなかったので、この機会を生かさない手はない。 ということで、クィレル先輩の指示の下、あたしは彼の腰をホールドし(ひぃっ)、 ワン、トゥー、スリーという掛け声に合わせて、ゆっくりと足を動かし始めた。 こういうのは確か男性側がリードするはずなのだが、女性役であるはずのクィレルが主導権は握りっぱなしである。 (いや、役割的には、あたしが女の子で、向こうが男子なので何一つ間違っちゃいないのだけれど) 仮にもゲイだなんだと言われてる奴と密着しようだなんて、 コイツのメンタルはどうなっているんだ、と切に問いたかったが、 生憎、ダンス超初心者のあたしにそんな余裕があるはずはなく、 それから小一時間は、ひたすらおっかなびっくり先輩と踊る羽目になった。 「次はこっちに足を運んで……そう、そこだ」 「えっと、となると、次はこっち……?」 「そうなるな。だが、少し遅い。もう少し流れるように」 「な、流れるように……??」 意外にも、クィレル先輩はあたしが足を踏んでも文句も言わず、 ごく丁寧にダンスを教えてくれた。 割となんでも器用にできる、という言葉に嘘偽りはないらしく、 時には男性の足取りを見せてくれたり、女性の足取りで一緒に踊ってくれたりと、 実に動きが目まぐるしい。手取り足取りとはこのことかと思ったくらいだ。 流石、将来教師になるだけのことはある、分かりやすい指導だった。 おかげで、最初は、コイツの企みマジ怖い、な心境だったあたしも、 自分のために時間と労力を割いてくれているなんてありがたいじゃないか、 とポジティブシンキングが頭をもたげる。 リリーに踊ってもらう、という手もあったのだが、なにしろ彼女も女性側なので、 逐一細かい点まで、男性の側の足運びを教えてもらうのは難しかったのだ。 (っていうか、リリーとはできるだけ完璧な状態で踊りたい!スマートにエスコートしたい!!) そう考えると、これは中々に僥倖だったとも言える。 そもそもあたしが男の姿で踊ることになった元凶とはいえ、 そんな感じで、あたしの中には感謝の気持ちが起こってきていた。 と、そんな時、流石に息が切れてきたので、一旦小休止を挟むことにしたあたし達。 これは、なにげなくお礼を言うチャンスなのでは?と思い立ったあたしは、 早速声を出そうとしたが、それより先に、 「誘っておいてなんだが……」 と、クィレル先輩が話し始めてしまったので、 その声に耳を傾けてから言うことにした。 「中々に熱心だな。」 「まぁ、やるからにはちゃんと、ってタイプなんですよ、あたし」 「そうか。まぁ、筋も悪くない」 「!」 褒めて伸ばすタイプか!セブセブと真逆だな!という感想は、 しかし、続けられた言葉に頭から消えてしまう。 「これなら後で意中の相手とも踊れるようになるだろう」 「いやぁー、上手くなっても、多分リーマスが踊ってくれないですよ」 そりゃあ、ようやく話してくれるようになったとはいえ、 一緒にダンスとか、凄まじい抵抗をされそうだ。 ただでさえ、この間の告白もどきから、リーマスがまたあたしから距離を取ってるっていうのに。 最近のリーマスの態度を思うと、はぁ、と盛大に溜め息が漏れる。 そう。前みたいに激しい拒絶こそないし、話しかけて無視されることはないのだが、 あの事件以来、リーマスはこちらをなんとも微妙な目で見ることが多くなった。 それがラブであれば嬉しい限りなのだが、どう好意的に解釈しても、そういう類の視線ではない。 困惑、が一番近そうだが、なんだかそれだけでもない感情を向けられているようなのだ。 まぁ、彼を困らせるのは本意ではないので、あたしはとりあえず、 以前通りの態度を貫くことにしている。よくある『なにもなかったふり』だ。 そして、それを見る度に、リーマスから漂ってくるのは安堵。 あたしからの告白はやっぱり彼にとっては重荷で迷惑にしかならない、という事実を、 明に暗に示されているようで、密かに落ち込んでいたりもする。 と、その気持ちが返答ににじみ出ていたのだろう、 重苦しいあたしの表情に、先輩は眉根を寄せた。 「別にルーピンと踊れなくても良いだろう?」 「?」 うん? なんか、いまいち噛み合わないこと、この人言わなかったか?今。 意中の人と踊れる力量になる。 ↓ でも、意中の人は踊ってくれない。 ↓ 意中の相手と踊れなくて良いじゃないか????? 慰め方としては些か奇異だ。 この場合ベターな慰めというと「その内踊れる日が来るかもしれない」とか、 「相手の気が変わるかもしれないさ」だろう。 遠まわしに、別の相手を好きになってしまえ、という意味だろうか?と、 あたしが眉間に皺を寄せていると、クィレルはさらりととんでもないことを言った。 「意中の相手と踊れればそれで良いじゃないか」 「はい???」 だから、それってリーマスだろう。 さっぱり意味が通じていないあたしの様子に、先輩はほんの少し考えるようにして、 口元に手を当てた。 「まさか……気づいていないのか?」 「はい?」 「ということは……ルーピン云々は意識して隠れ蓑にしているのかと思っていたが。 そうではないということか……。無自覚なんだな」 「すみません、先輩。なに言ってるのかよく……?」 頭良い人との話って、たまにこういう訳分かんない時ってあるよね。 言葉のキャッチボールしてくれよ、という言外の希望を伝えると、 クィレルは、幾分慎重な口ぶりで、自分の考えを披露した。 無自覚だったあたしに、それを避けることはできなかった。 「のスキな相手は、ルーピンではなく、それに似た誰かだろう?」 「!!!!!!」 お前は、リーマスをスキじゃないだろう。 そう言われたことは何度かあった。 リーマス本人にだって、ついこの間、面と向かって嘘つきと言われたこともある。 その度に傷ついて、泣きたくなってきたあたしだったが、 今受けた衝撃は、その比ではなかった。 わなわなと唇が震える。 自分の顔から、血の気が一気に失せたことが分かる。 急に、足元がぐらついて。 呼吸さえ、満足にできない。 「あ、たし……は……」 それは。 それは。 何気ないクィレルの言葉に、どうしようもない位の確信を突かれたからだ。 あたしは、リーマスがスキ。 傍にいられなくても、リーマスさえ幸せならそれで良いって位、スキで。 一緒に人狼になっても構わない位に、愛してる。 それは本当。嘘じゃない。 でも。 デモ。 でも? それって、どの『リーマス』かな? 「っ!」 会いたいと思うのは、いつも貴方。 声が聞きたいと思うのも、いつも貴方だった。 『私はリーマス=J=ルーピン。これからは君の保護者、ということになるのかな?』 大好きだと、その気持ちに嘘はない。 でも、どうなのだろう。 守りたいと、そう願ったのは? 闇の帝王と対峙してでも、助けたいと思ったのは? 遠い未来のリーマスだった。 今、傍にいるのは学生のリーマスなのに。 そこに、貴方の面影を見ていた。 それは、目の前のリーマスに対して、どれ程失礼なことだったのだろう。 好きだスキだと言いながら、その実、『自分』を見てくれない相手に、 腹立たしく、悲しく、感じはしなかっただろうか。 貴方と、学生のリーマスは、違う。 当然だ。二人では積み重ねてきた物が違うのだから。 考え方だって、人生経験だって、その人を構成する重要なパーツである以上、 現在も過去も未来も、全くの同一の存在であるはずなどない。 けど。 あたしは、今までそのことをきちんと理解していたのか? あたしは、今までそのことをきちんと意識していたのか? 答えは、今のあたしの顔色が全てを物語っていた。 そして、あたしの様子から全てを悟ったのだろう、クィレル先輩はそれ以上なにか追及してくることはなく。 なし崩し的に、ダンス練習はお開きになった。 一応、あたしを心配しているのか、先輩はダンス練習ならいつでも付き合うと口にする。 が、あたしが気持ちを整理するまで、先輩の顔を見たくないだろうということも予想がついたらしく、 練習相手にマートルを紹介していく辺り、流石である。 もちろん、そんな彼にあたしがお礼を言うことは終ぞなかった。 道化は一体誰だった? ......to be continued
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