イベント事は準備が一番楽しいのです。 Phantom Magician、145 女の子の姿でレギュラスと。 男の子の姿でクィレルと。 それぞれダンスすることになった、と告げた時のリリーの表情は見物だった。 「今、なんて……?」 麗しき才媛にあるまじき、口が開きっぱなしで目が点って感じ? 顔文字で言うと( ゜Д゜)ぽかーん。 自分が聞いた言葉が意味として変換されず、右から左に流れていってしまったようだった。 ぱちぱち、と翡翠の大きな瞳が瞬く。 そんな姿を見てしまうと「嗚呼、リリーはすっぴんでも超美人!」なんて上がりまくっていたテンションも、 今ではもう過去の物だった。 本来なら今頃、二人でカタログを見ながら微笑みあってるところだったのだが、 さっきまで和やかだったはずの空気が、それはもう見事に凍り付いている。 おかしい。 何故こうなった? 窓から覗くお星さまに心の中で問いかけるが、もちろんそこに返答なんてものはない。 がしかし、お星さまならぬスティア様からのお答えはあった。 『全部、君の言動が原因だよね』 ぐっ!リリーの「今日はずっと一緒に過ごしましょう?」っていう、超絶きゃわいいおねだりに即答し、 うきゃうきゃ始まったパジャマパーティー(in マイルーム)のはずだったのに。 緋色の重厚な布団がかかるベッドの中で、額を寄せ合うように他愛ない相談事をするはずだったのに! そのために、わざわざリリーにも忍んで来てもらったっていうのに、なに?言葉のチョイスがいけなかったの!? いや、だって、他に言いようもないじゃん。オブラートに包んだら意味分かんなくなりそうだし。 『そもそもの内容がもう絶望的なんだよ』 リリーの珍しすぎる表情に耐え切れず、暖を求めて生きた湯たんぽを抱き寄せる。 (もっふもふのその湯たんぽは、腕の中でふぅーと溜め息を吐いていた) まぁ、そりゃあそういう反応にもなるわな、と遠い目で納得しながら、 あたしは再度、リリーが自分の耳を疑うようなセリフを口にした。 「だからね……?パーティーの衣装はレギュ用に1つと、クィレル先輩用に1つ。 つまりは男女それぞれ1つ必要なんだって」 「…………」 沈黙は、凄まじく重かった。 時間は十数分前に遡る。 我らがアイドル、リリーが「ダンスのパートナーは決まった?」と爽やかに訊いてきたことがきっかけだった。 彼女としては、あたしが女であることを知る唯一の友達として、 男の姿で踊るのか。 それとも、流石にちゃんとした格好で踊れないのは嫌だから、参加しないのか。 その辺りをきちんと確認しなくちゃ!という使命感があったのだろう。 なにしろ、告白ラッシュを受けまくっていたあたしだ。 下手をすると嫌々踊る羽目になりかねない。 で、それに対するあたしの返答っていうのが、また見事に煮え切らない物言いだった。 「決まったっていうか、決められたっていうか……」 「あら、積極的な人がいたのね?のことだから、 どうしてもって頼まれたら断れないんじゃないかとは思っていたけれど」 「ご明察だよ、リリー。かなり強引な感じだったんだ……」 「まぁ!……それで、良いの?」 「うん、まぁ、嫌いな人達じゃないし。日頃癒されてるし。 それに、ダンスパーティー自体は初めてだから、ちょっと行ってみたいんだよね」 ぶっちゃけ、踊れないんだけどさ? 恥ずかしながらもそう自白すると、リリーは「他の人なんて大して見ないから大丈夫よ」と請け合った。 イギリスだから!英国紳士の国だから!と怯えていたあたしに対して、 彼女は校内の人がほとんどだから、そこまで格式ばった物ではないと教えてくれた。 確かにダンスは嗜みとして基本くらい抑えているが、誰も彼もが完璧に踊れる訳ではないらしい。 中央で監督生だけは模範演技をするらしいものの、それも最初の1曲のみ。 下手をすると、一度も踊らない、なんて人もいるとのことだった。 まぁ、大体は場の雰囲気に呑まれて、踊らない宣言してたのが踊るってパターンらしいけど。 義務を果たしたら、おしゃべりするも良し、食い倒れるも良し、もちろん踊り明かすも良し。 三大魔法学校対抗試合のダンパとは、やっぱりイメージが違うようで、先生達ももっとゆるーい感じ? 寧ろ、このクリスマスダンパは、そうした場の練習台としての意味合いが強いそうだ。 (それを聞いて、あたしが大いに胸を撫で下ろしたのは言うまでもない) ただ、本番でパートナーに恥をかかせる訳にもいかないから、練習しなきゃだなーと練習相手を見繕っていると、 あたしがそこそこ乗り気なことに安堵したリリーが、 にっこり笑顔で手元にダンス衣装のカタログを引き寄せてきた。 「となると、やっぱり衣装が必要だわ。 私はまだ迷っているんだけれど、はもう決まってるの?男物、よね?」 「いや、実はドレスもドレスローブも必要なんだ。女の子としてレギュと踊るし。 あ!そうそう。女装したクィレル先輩とも踊ることになっちゃってさー」 「え……?今、なんて……?」 で、冒頭に至る、と。 あたしだって、常々阿呆な子だなーって思ってる子がよ? 男女2役で好きな相手以外と踊るっつったら反応に困る。 目の前で、目を泳がせているリリーより、露骨に困る。 ホグワーツ期待の才女は散々頭を働かせた結果、上手い言葉も見つからなかったらしく、 もそもそと寝転がっていた体勢を整え、「どういうことなの?」と率直に質問してきた。 なので、あたしはレギュラスとは素敵なペンフレンド(=の従姉)であり、 家柄的な問題で誰と踊っても角が立ちそうなため、ヘルプ要員を頼まれたこと。 そして、クィレル先輩からは強引なお誘いがあって、 いつのまにか約束を取り付けられてしまっていたことを話した。 「……なんだか、凄くややこしいわね」 「うん。あたしもそう思う」 本気で「何故こうなった!?」っていう言葉以外見つからない現状に、 リリーも頭を抱えてしまった。 で、それはもう不満そうに、血色の良い唇を尖らせる。 「まだ相手が決まっていなかったらと踊りたかったのに。残念だわ」 「〜〜〜〜〜〜っ」 ぐはっ!やべぇ、なにこの美人が茶目っ気だした時の可愛さ!? ジェームズが見たら身悶えること間違いなしだね!今度自慢しよう!!(え) リリーのパジャマは素敵なミントグリーンだったぜ☆って自慢しよう! 「あたしも男だったらリリーを真っ先に口説くのに!」 「ふふ。相思相愛ね?」 「でも残念。あたしのパートナーってクィレル先輩(女装.ver)なんだよ」 「そこまでして踊りたいと思われるなんて、女、いえ男冥利に尽きるのかしら?」 「いやー、どっちかっていうとあたしの気力が尽きそうだわ。 ってことで、リリー=エバンズ。あたしの癒しの為にも当日は踊って頂けますか?」 「まぁ、。もちろん、喜んで」 『……。君って子はどうして本命以外とばっかりイチャついているんだ』 ボソッとスティアが耳に痛い小言を言ってくるけど、まぁ、そんなことはスルーだ。 例え、本命以外とばっかりデートしてようが、ハグしようがじゃれつこうが、 うっかり押し倒されようが、そんなものはあたしの勝手である。 ……言ってて虚しくなってきたけどな! もうこれは考えるのを放棄することにして、あたしは話題を変えるべくリリーに話を振ってみた。 「リリーのことだから、申し込み殺到でしょ?まだ相手決まってなかったの?」 「殺到だなんて……そんなにはないわよ?ただ、よく知らない人も多くて」 「またまたー、謙遜しちゃって。あ、じゃあセブセブとかは? 今時なんだし、女の子から誘っちゃっても良いんじゃない?」 あっちからは誘う気がないらしかったので、試しとばかりにセブセブに水を向けてみる。 と、リリーはそれに対して、微妙に困ったような表情で首を振った。 「セブルスはああいった席が好きじゃないのよ」 「えー、でも、ほら?踊らなくたって、隅っこにいるだけでも楽しめ……ないな。 うん。セブセブは楽しめなさそう。寧ろ魔法薬作ってる方が有意義とか言っちゃいそう」 「でしょう?それに悪目立ちしてしまうもの」 「悪目立ちって……え、セブセブそんな芸術的にダンスの才能ないの??」 すげぇ。さっき他の人なんて大して気にしてないってリリーが言ってた位の緩い席で、 注目浴びちゃうレベルの下手くそなの? ステップ踏む度に相手から悲鳴が上がるとか?? すげぇ!逆にそれ見たい! ただ、それはダンス嫌がるだろうなぁ、と、 なんだかセブセブに対して憐みすら浮かんできたあたしだったが、 なんとなくその気配を察したのか、リリーが慌ててその考えを否定した。 「いえ、セブのダンスがそんなに酷いとかってことじゃないのよ? ただ、私達は寮も違うでしょう?それなのに、一番手で踊るのは凄く目立つじゃない」 「へ?あー、そっか。リリー監督生だもんねぇ」 グリフィンドールのアイドル監督生が地味目のスリザリン生と踊る……。 そりゃあ、悪目立ちも良いところだ。 いかんいかん!下手すると暴動が起きるっ! いや、セブも小奇麗にしてればやっぱりね、整ったお顔はしてるんだけど。 なにしろ、醸し出す雰囲気がね、華やかなリリーの対局っていうか? そりゃあ、皆さんガン見するでしょうよ。 ただでさえ、セブセブはリリーと仲良くしてるの極力隠してるみたいだし。 と、今まであたしたちの話を黙って聞いていたスティアは、 『本当に、妙な確執が育っちゃったよねぇ』とのんびりした声で会話に混ざってきた。 『なんだってグリフィンドールとスリザリンが仲悪くなったんだか。 というか、スリザリンのみ悪役って今の風潮はどうかと思うよ』 「昔ってグリフィンドールとスリザリン仲良かったの?」 「どうなのかしら?少なくとも、寮の話となると、仲が良かったなんてことは聞いたことがないわ。 ただ、創始者は親友だったんじゃなかったかしら?」 『んー。まぁ、そうと言えなくもない、かな? とりあえず、寄ると触ると喧嘩する!なんて殺伐とした関係じゃなかったのは確かだよ』 「やっぱ、二人が決闘?したのが原因かなぁ?」 詳しいことはスティアにも、あっちにいる親友にも聞いたことがないが、 確か、原作でもマグル支持と不支持でもめて、その二人は決闘したとか書いてあったし、 ビンズ先生(10年後.ver)も話していた気がする。 一回こじれた関係は修復するのが面倒、というのは魔法界でも一緒かと、 悟りすましたようなことを考えていると、リリーが可愛らしく首を捻りながら口を開いたので、 あたしもスティアも彼女に注目することになった。 「というより、その結果、スリザリンが出て行ったのが原因じゃないかしら?」 「『うん?』」 「つまり、形としてはスリザリンはグリフィンドールに追い出されたことになるでしょう? カリスマ性はあった人みたいだから、残されたスリザリン生はグリフィンドールを恨んだんだと思うわ」 憧れの人を。 大切な人を、追い出した男。 それは、相手が先生だろうが、学校の責任者だろうが、恨む気持ちがなくなるはずはなくて。 悲しみよりも、時間が経過する頃には、恨みだけが残る。 全ては、ただ愛情があったが故に。 それは。 それは、なんというやりきれなさ。 思わず、スティアの顔色を窺うようにしてしまうあたし。 すると、さっきまで綺麗な金色の瞳を伏せていた彼は、そんなあたしと目を合わせ。 『あー、だから喧嘩を売ったり、意地悪をしたりしてたら、 グリフィンドール生も血の気が多いから応戦しちゃった、とか? で、やったりやられたりで関係悪化のまま現在に至る、みたいな?』 「軽っ!」 もの凄い他人事みたいなコメントを発した。 いや、他人事なんだけど! スティアとサラザール=スリザリンは別物だって分かってはいるんだけど!! でもやっぱり、サラザール=スリザリンはスティアでもある訳で……! なんでそんな昼ドラ解説してますーみたいな、乾いた態度なんだよ!? あるだろ!もっとしんみりするとかウェットな反応が! 慮ったあたしがなんか馬鹿みたいじゃねぇか!! と、そんな風に地団太を踏むあたしの様子に、 リリーがそれは微妙な瞳を向けていたのだが、それに気付くのは1分後のことだった。 リリーはあたしの奇矯な言動には、深くつっこまないことにしたのだろう、 「さぁ、どれにしましょうか?」と今までの話をさっぱりなくしたように、ドレスのカタログを広げだした。 表紙にはティーンとはとても思えない大人びた少女が、なんでかドレスローブを着ながらポーズを決めている物で、 特集のタイトルは「他と差を付けたい貴女!あえてのドレスローブは如何?」だそうだ。 ……ボーイズファッションの一種なのだろうか。 パラパラとリリーが捲ったのは、カタログの中でも前の方のページで、 ほんの少しの時間でお目当てを見つけたのだろう、リリーは華やかな笑顔で顔を上げた。(超可愛え) 「ああ、これ!実は、このドレスとこっちのとで迷っているの。 だったらどっちが良いと思う?」 「え、どれどれ?」 そして、リリーの細い指が示してしたのは、中々に対照的な色の二つのドレスだった。 一つ目は、クリスマスツリーを連想するような、深い緑のサテンのドレスで、 体の中心に向かうように施されたシャーリングと、 ウエスト部分を区切っているスパンコールの太い帯?が目を引く大人っぽいデザインの物。 二つ目は、一見すると凄くシンプルなものの、袖口がラッパかって位広がっている深紅のドレスで、 背中がざっくり開いているところに、リボンの編み上げがあるデザインの物。 「どっちもダンス用って訳じゃないけど、踊れないことはなさそうでしょう? 相手が決まらない内に決めるのはどうかと思ってたんだけれど、 そろそろ頼まないと間に合わないじゃない?どうかしら?」 「大丈夫だよ。民族衣装でも着ない限り、男の人の衣装なんて皆似たようなもんなんだから。 それにしても、どっちも凄く格好良いね!大人っぽい!!」 「ふふ。ありがとう」 「うーん、どっちも凄く似合いそうだけど、 んー、んー……強いてあげるなら、赤い方?」 クリスマスって思うと、緑の方も綺麗な色なので捨てがたいが、 踊る、という要素が加わった時に、よりリリーを引き立ててくれるのはこちらな気がした。 「やっぱりそう?でも、ちょっと派手じゃないかしら?」 「いやいや、寧ろリリー以外の誰がこんなに真っ赤なドレス着れるっていうのさ? よっぽどはっきりした華やか美人じゃないと、絶対負けるよ?ドレスに。 あとは、このでっかい袖が踊った時にひらひらして焔っぽくなる気がするから是非見たい!」 赤銅色に輝く髪とはまた違う、はっきりとした赤い色のドレスを来たリリー。 良いなぁ……!考えるだけで素敵すぎる……! 正面からはシンプルに。 後ろからはセクシーに。 踊った時は華やかに、だなんて一粒で三度もおいしいじゃないか! 想像するだにうっとりとしてしまう立ち姿に、思わず笑み崩れていると、 リリーも嬉しそうに「もう、ったら……」なんて言いつつ、いそいそとカタログの端を折り曲げる。 元々こっちが気になっていたようだし、あたしの後押しもあってこれに決まったらしい。 「じゃあ、次は小物だね!えーと、髪飾りとヒールとバッグと……どこまで新調するの?」 「そうね。今ある手持ちの物より気に入ったのがあれば買おうかしら。 でも、次に探すのは小物じゃなくて、のドレスよ?」 「ふぇ!?」 「だって、あのブラックの弟と踊るんでしょう?注目度は抜群よ? だったら、もちろん気合いを入れなくちゃ!」 自分のドレスを見ていた時以上にうっきうきと瞳をきらめかせるリリーだった。 それからしばらく、リリーが事前に目を付けていたらしいドレスを幾つか紹介されるが、 どれもこれもそれぞれが可愛かったり、綺麗だったりで甲乙が付けがたかった。 ので、リリーズチョイスを見終わった後に、改めてカタログの最初に戻り、 ドレスを一つ一つ丁寧に見ていくことにする。 ドレスと一緒にある小物も 中々見ごたえがあるので、見ていくスピードはゆっくりだ。 おまけにこのモデルさん可愛いだの、この写真の雰囲気が好きだの、関係ない話もしていて、 最初の興奮が冷めると、後にはどこか停滞した空気ばかりが残っていた。 そして、そんなまったりとした雰囲気が漂う中、 あたしはさっき話が変わってしまって訊けなかったことを、何気なしに口にした。 「そういえばさー……」 「なあに?」 「ジェームズってダンス申し込んできたりしちゃったり……した?」 「!」 リリーの機嫌が悪くなるかもしれない、と思いはしたものの、 どうしても気になって仕方がなかった、それ。 いや、本人に訊くっていう手もあったんだけど、十中八九断られているだろうからなぁ。 そうなると、どう慰めて良いのやら。 それに、ジェームズもセブセブも友達なあたしとしては、 この件に関してだけはできるだけ平等にいきたいのだ。 セブセブのことは訊いて、ジェームズの話は振らない、というのも不公平というものだろう。 と、あたしの疑問に対し、リリーはそれはそれは奇妙な表情で、 取り上げようとしていた別のカタログを取り落した。 今手にしているものよりも薄いその冊子は、ベッドからも転がり落ち、バサッと床に広がる。 「あ、ごめんなさい!」 慌ててリリーがベッドから飛び降り、不自然な位のスローペースでそれを拾う。 いや、不自然な位っていうか、超不自然。 できる限り返答までの時間を伸ばそうー、って態度にも見える。 それに、ピンと来るものがあって、思わずガバッとリリーに詰め寄る。 「え……まさかっオッケーしたの!!?」 「っ違うわ!」 がしかし、どうやらそれは見当違いだったらしく、リリーが若干青ざめながら即行否定する。 そこまで嫌がらなくても、と思うのは友達の欲目なのだろうか。 ジェームズ、変に調子に乗らなければ、案外良い男だよ?うん。 『だったら、口に出して言ってあげれば良いのに』 いやぁ、それはセブセブに悪いじゃん。 それに、あたしの言葉でうっかり皆の将来が決まっちゃったら嫌だし。 心の中でそう返答すると、『今さらな気がするけど……』と、 スティアは唐突に話しかけてきたくせに、やはり唐突に言葉を切ってしまう。 聞いてないようで聞いてるし、聞いてるようで聞いてないんだよなー、コイツ。 なんとも都合の良い耳をうりゃうりゃ、といじっていると、 「あら?」 と、リリーがなんだか素っ頓狂な声を上げた。 どうやら彼女は全力で話題を逸らそうとしているようだ。 『いや、どっちかっていうと、さっき君が考えてたみたいに、 時間稼ぎの方がしっくりくる態度だと思うけど。 ところでさー、』 うん? 『どうやら見つかっちゃったみたいだよ?』 うん???? スティアの言葉に、今度はなんだ!?と、そちらに目を戻すと、 リリーは雑誌を持ち上げた微妙な中腰の姿勢で止まってしまっている。 それは、なんだか知り合いの部屋でうっかり、 見てはいけない物(アダルティーな物体とか)を見つけてしまったかのような仕草だ。 いやいや、あたしそんな物ベッドの下に隠してなんか……と、一瞬でそこを思い浮かべ。 「〜〜〜〜〜〜っ」 隠すように置いてあった物体をようやく思い出した。 それは、片手で抱えられる位の小さな籠で。 蓋はついていたものの、空気が籠るだろうと外したままで。 「ねぇ、。この蛇一体どうしたの!?」 絶賛冬眠中のバジリスクがそこにいた。 ええ。皆さん、言われて今「あ!」って思ったでしょ? そういえばアイツ、リドルやっちまった事件の後見てない!と。 それもそのはず。あたしだって、あの日以来まともなコミュニケーションは取っていないのだから。 スティアの話によると、バジリスク君はあたしが怪我をしたことと、 雄鶏の鳴き声(録音)を聞かされたことに心身ともに大層なショックを受け、 意気消沈したまま、冬眠を開始してしまったんだそうな。 元々、冬眠の時期になっていたというのにあたしに巻きつくことで無理に起きていたらしいので、 あたしの回復を待つだけの気力はなくなってしまっていたようだ。 で、医務室から部屋に帰ると、すっかりおやすみ状態のバジリスク君がいた、と。 そうだよね。この子蛇だったよね。 いやもう、どっから見たって蛇以外のなにものでもないんだけど! 『バジリスク』というネームバリューと、漂う特別感に、冬眠なんて考えてもみなかったのだ。 (なんでも、秘密の部屋で寝てたのも、冬眠とかの原理らしいよ?) で、温度変化が極力少ない方が良いってことで、スティアが保温(保冷?)の魔法をかけ、 眠っているのに眩しいところに置いておく訳にもいかなかろうと、 ベッド下に入れておいたのが今まさに発見されちゃった、的な? 「あー……」 恐る恐る籠を差し出すリリーに、どう答えようか非常に迷う。 「蛇も飼ってるの☆」と言うのが簡単なのは分かるのだが、 お前はスリザリンか!ってつっこみが容易に想像できる。 っていうか、あたしのペットでも友達でもないっちゃないんだよね、バジリスク君。 強いて言うなら、友達の友達というところだろう。 しかも、小さいから大丈夫だろうが、これでこの子が伝説のバジリスクだとばれたら……。 そんな超一級危険指定生物を無造作に飼っている時点で、闇の魔法使い認定されてもおかしくはない。 が、かと言って今さら知らないと恍けるのはわざとらしすぎる。 ということで、あたしは背中にだらっだらと冷や汗をかきながらも、 無難に「友達から預かってるの☆」と爽やかに告げた。 (嘘は言ってない!嘘は言ってないぞ!!) 「友達から……?まさかセブ?」 「いやいやいや!セブセブじゃないよ! っていうか、セブセブなら嬉々として魔法薬の材料にしかねないから、蛇なんて飼わないって!」 「それもそうね……」 「えっと、あの、ホラ!リリーも前に一回あったことあるでしょ?金髪の超美人!」 「え!?あの人から……預かったの?」 「そうそう。寝てるだけだから、餌もやらないし」 「……大丈夫なの?」 「へ?」 「その……例えば毒とか?」 「っだ、だだだ大丈夫だよ!?やだなぁ、リリー! そんな毒蛇なんかその辺に放ってある訳ないじゃないっ。 そうそう、実はね。蛇って案外可愛いんだよ!例えばねー……っ」 実際の大きさだと大層大きいのでそうは思わないが、小さくなったバジリスク君はそれはもう可愛い。 つぶらな瞳とか、きらきら輝く鱗とか、二股に分かれた舌ですら、ちょろちょろっとしてラブリーだと思う。 ええ、如何に噛まれたら即死の超猛毒持ちでも! 直視すると死んじゃう、即死ビームが出る瞳でも! 自分を襲ってこない、と太鼓判を貰った状態なら、絆されても仕方がないだろう。 図らずも、親友が蛇を愛でていた気持ちに共感してしまったあたしである。 と、あたしが毒蛇云々を誤魔化そうと、蛇の可愛らしさについて語り出そうとしたので、 流石にそれは避けたかったのか、リリーはさっさとバジリスク君を元の場所に仕舞ってしまった。 まぁ、あたしだって、遊びに来た先で、 延々ペット自慢(それも自分じゃ可愛いと思えない)について熱く話されたくはない。 だから、それは良いのだが。 リリーは今度こそ雑誌を回収し、ベッドに上った後、すっかり押し黙ってしまった。 そんなにあたしが友達から蛇を預かったことが気に入らないのか、とも思ったが、 どうやら彼女の頭を支配していたのはそのことではなかったようだ。 散々目を泳がせた挙句に、リリーは「話は戻るけれど」と、唸るような声で前の話題に戻る。 それは、なんだか、変なものを飲み込んでしまったような。 酷く煮え切らない態度だった。 「は、ポッターに誘われたかって訊いたわよね。さっき」 「え、あ、うん」 「実はオッケーしたとかじゃなくて……そもそも、誘われてないのよ」 「えっ!!?」 で、言われた言葉に、驚きのあまり、変に裏返った声が出る。 あのジェームズが!? あの、リリーとのラブイベントなら、40℃の熱があったって這って来そうなジェームズが、 よりによって、クリスマスのダンスパーティーでリリーをまだ誘ってない、だと!? 他の人に先を越される前にって、告知が出た瞬間に隠蔽してでも一番手を狙いそうなジェームズが!? 「やっぱり驚くわよね……。私も驚いているくらいだもの。 あのポッターが申し込んでこないだなんて」 大いに目を丸くしながら、とりあえずあたしは、無言でリリーに続きを促す。 「自意識過剰って言われても良いんだけれど、どうも私に気がある感じでしょう? で、去年もしつこく誘われたし、絶対今年も来るだろうって身構えてたのよ」 「なのに、来なかったの?」 そう問えば、リリーはかっと目を見開いたかと思うと、 ばふっと、勢いよく自分の分の枕をベッドに叩きつけた。 「そう!そうなの!!来たらすぐさま断ってしまおうと思ってたのに!! 全然話しかけても来ないのよ、あの男! おかげで、なんだか私が告白してほしいみたいな感じになっちゃって……っ」 二度、三度と、枕を叩く様は、まるでままならないことに対して抗議しているかのようだ。 これまたなんとも珍しい、荒ぶるリリーである。 思いつくままに言い募ったらしく、その顔も段々と紅潮していって。 なんだか、やきもきしている、という表現が一番正しい気がした。 「あー、分かる分かる。期待なんてしてないけど、 されないとされないで困るっていうか、寂しいっていうか? 『なんだよ、来ないのかよ!』って感じね?」 「そうなのよ!なんだか凄くもやもやするの」 「来るならさっさと来てほしいよねー、そういうの」 中には駆け引きでそういうことをする輩もいるって聞くけど、 ジェームズが果たしてそんな高度な恋愛テクニックを使えるかというと疑問が残る。 ただ、いつもの落ち着いた態度を見慣れているあたしとしては、 年相応なリリーの姿が垣間見られて、なんにしろ、ジェームズグッジョブ!という賞賛を送らずにはいられない。 前よりはなんだかジェームズへの当たりが柔らかくなっている感じもするし、 唐突に、その内もしかしたらもしかすることもあるかもしれないな、なんて予感がした。 きゃいきゃいとようやくパジャマパーティーという名の女子会っぽくなってきたまま、 こうして夜は更けていった。 駆け引きも下準備って呼べるかもね。 ......to be continued
|