茨の道だろうが。凍てつく夜だろうが。





Phantom Magician、143





……?」


その声に、さっきまでの喧騒が嘘のように、しんと場が静まる。
別になにか奇矯なことをしていた訳でも、奇抜な格好をしている訳でもないのだが、 あたしが一歩室内に入ると、
ある一人は目を丸くして。
別の一人は口元に手をやって。
凄まじい注目が集まってしまった。
夕食後の和やかな時間を狙ったはずなのだが、この妙な緊張感はどうしたものか。

示し合わせたような静寂にばつが悪くなって、頬を掻く。


「えーと……た、ただいま?」


へらっと、とりあえず笑ってみる。
すると、


「「!!」」「「!!」」


わっと、談話室中の少年少女があたしに殺到した!?


「ひぎゃっ!?」
「ああ!!!心配したわ!!」
「怪我は!?もういいのか?」
「先輩がいなくて、私、わたしっ」
「わわわっ!?」


知っている顔から知らない顔まで、大勢の人に囲まれて目を白黒とさせる。
どさくさに紛れて頭ぐしゃぐしゃにされたりなんだりと、突然もみくちゃにされても、あたしとしてはなす術がない。
というのも、この歓迎は完全に想定外の状況だからだ。
まぁ、いきなり大怪我で面会謝絶な奴が戻ってきたので、 「お、もう戻ってこれたのかい?」とか、そんな無難なことは言われるかなーと思ってたんだけど。
なに?この芸能人的な扱い??
原作のハリー??

自分に置き換えてみれば、仲の良い相手ならこんな風になるのもおかしくはないのだが。
クラスメート程度の付き合いで、これほど囲まれるなんて普通ないだろう。
この間リリーとセブセブにも熱烈な歓迎は受けたのだが、 事情もろくに知らない寮の人までこんなウェルカム!な感じとは思わなかった。いや、マジで。


「寂しかったですぅー」
「いやー、良かった良かった!」
「大変だったわねぇ。勉強は大丈夫?なんだったら教えようか?」


口々に掛けられる労りの言葉。
そこには、不自然な位に、どんな風に怪我したー?とか詳しい話を聞かせてくれーっていう言葉がなく。
なんかもう、わざわざ聞くんじゃねぇ!って暗黙の了解があるかのようである。
ボロが出ても困るので、それは有り難いのだが、 当然出てくるであろう問いがないというのも、なにやら不気味だった。


『まぁ、レギュラスの話によれば、加害者シリウスってことになってるみたいだしね』


と、戸惑いまくりのあたしを見るに見かねたのか、 肩でだらだらしていたスティアがあっさりとそんな風に応じてきた。
彼の言わんとするところを考え、小首を傾げる。
(微妙にその瞬間、周囲から呻き声やら黄色い声が聞こえたような気もするが気のせいだろう)

えーと、つまり?
天下のイケメン御曹司のやっちまった事件に対しては、各自口を噤んだってこと??


『そうそう。つついても良いことなんかまるでないでしょ?
一応、君とシリウスが喧嘩してるのは皆に見られていたみたいだから、 後は概要さえ聞けばそれで満足なんだよ』


スティアの解説になるほどと納得はするものの、『満足』の一言には軽い疑問を覚える。
いやに熱烈な期待に満ちた目からすると、 あたしが話しだす分には止める気皆無のように見えるのだが、気のせいだろうか?


「…………」


びしばしと突き刺さる無言の催促は華麗に受け流すことにして、あたしは無難に「心配おかけしましたー」と応えておく。
そして、こうなったら、笑って誤魔化しとけ!とばかりにへらへら適当な対応をしていると、 今までどこにいたのか、ジェームズが大量のお菓子やら料理やらを手に談話室に飛び込んできた。
その大荷物の異様さに、流石に視線がそっちへ移る。
と、自分に注目が集まったことを確信したジェームズは、続いて来たシリウスと共にニカッと屈託なく笑った。


「快気祝いには、食べ物が必要だろう?」


その言葉に、談話室中が沸きかえったのは言うまでもない。
もちろん、夕食食べたばっかりだろお前らっていう当然すぎる突っ込みもない。
その喧騒に巻き込まれながら、浮かんだのは心からの笑み。
事件の後は、何気ない日常がなにより心に沁みた。

ただ。
日常への復帰。
その念願が叶った時には、分からなかった。
まさか、あんな騒動を起こすことになるだなんて、あたしは思ってもみなかったのだ。







はじまりは、寮の部屋に届けられた手紙だった。
それも、1通、2通ではなく、複数。
内容は一つもおかしくはなかったものの、同時に寄越されたそれに、何らかの意図が駆け巡る。


「…………」


で、続いてきたのは、男子生徒からのご紹介。
紹介される人は少しもおかしくはなかったものの、急な話の転換に、そっと距離を置いてみる。


「…………」


そして、今のこの状況だ。
中々に危機的なそれに、溜息を禁じ得ない。

多分、最初はみんなできるだけ遠まわしに、自分の意図するところを伝えようとしたんだと思う。
でも、あたしがあまりにのらりくらりとそれを躱すもんだから……、


「実力行使に出た、と」
「なにか言った!?ミスター!!」
「いやー、女子トイレに(仮にも)男子生徒連れ込むとか、凄いなと」


はぁ、と特大の溜息を吐いて、優しくも相手の愚かな行いを指摘してあげる。
第三者から見ても、字面にしてみても、良いところなんか一つもない。
だというのに、本人たちとっては悪いことでもなんでもないようである。
本日何度目かの寂寥感に、そんなに日頃の行い悪かったっけ?
とあたしが自問自答してしまっても無理はないだろう。

視線の先には、あたしの言葉にやや恥ずかしげな表情で黙り込んでしまう乙女総勢10名前後。
ぱっと見には、大層微笑ましい光景なのだが、あたしの心情的には集団リンチに等しい。
最初は内心にやにや面白がってても、もうここまで来ると「止めてやめて頬染めないで!」と叫びだしたくなる。

だってそうだろ?
なにが悲しくて……連日同性に告白されまくらなきゃならないんだ!!

毎日増えていくラブレターに、お友達紹介。
はたまた唐突な呼び出し、etc――と、数え上げればきりがない。
医務室明けのあたしを待っていたのは、補修地獄ならぬ告白地獄だった。
告白と地獄なんてまるで属性の違うものをくっつけると、 世のモテない男子諸君に恨まれかねないが、でも事実なんだから仕方がない。
補修も確かに中々に厳しいものがあるんだけど、 精神的な苦痛というなら、現状の方が遥かに上回っていた。


「……はぁ」


奇特な人もいるもんだなーと思いながらも、 果たし状でもないのに無視するのもどうかってことで、丁重なお断りをし続けること数日。
……あたし、本当に頑張ったと思うの。
毎日毎日、いや、寧ろ暇を見つけちゃーやってくるそれに、必死に耐えて。
告白ブームなんて皆すぐ飽きるだろうって思ってたのよ。
なのに。
なのに!
なんでか、告白頻度が上昇してるのは一体どういう訳なんだ!?
断ったよな!?
あたし昨日断ったよな!?そこのツインテール!!
なんで、昨日以上にきらっきらした目でこっち見てんの!?ちょっと!

いつもよりワントーン低いあたしの声とテンションに、 一番気の強そうな少女が弁解するように口を開く。


「だって、ったら、すぐにいなくなっちゃうんだもの」


勝手に呼び捨てにしてんじゃねぇー。


「そうよそうよ!だから私たち、仕方なく……っ」
「先輩が待っててくれたら、こんなことしなかったわ」
「ねぇ?」


なんだそれ?あたしのせいか?あたしのせいなのか?このやろー。

ピーチクぱーちく囀る年下の少女たちの言葉は、彼女たちの常識で語るために、 まぁ、はっきり言って自分勝手なそれだった。
それだけ真剣な気持ちなんだと言われてしまうと、 絶賛片思い中のあたしとしては、反論する権利なんて持たないんだけど。
はっきり言って、ただ熱病に浮かされているだけの重傷患者の群れにしか見えない。


「へぇ。仕方なく、トイレに連れ込むんだ?集団で?」
「「!」」


つまりは、迷惑。

強い調子ではないが、批難も露わなあたしの言葉に、少女たちが息を飲んだ。


「だ、だって……話を聞いて欲しくてっ」
「うん。だから、こうして付き合ってあげてるでしょ?
ホラ、早く本題話してよ。……まぁ、付き合ってっていう言葉なら返答は決まってるけどね」
「っ」


彼女たちを見ていると、無性にイライラした。
彼女たちは自己中心的で。
独善的で。
夢見がちで。
打算に満ちている。
それに対する憤懣を押し殺してずっと対応してきたというのに、今度は実力行使に責任転嫁ときたものだ。
いい加減、あたしの丈夫じゃない堪忍袋もぶち破れそうだった。

それにしても。
バレンタインでもないくせに、なんだって急にこんな告白ラッシュが起こっているんだろう。
寒いからか?寒いからなのか??
と、非常に素朴な疑問が頭に浮かんできたが、 覚悟を決めたように顔を見合わせた彼女たちの次の言葉で、それが氷解する。


「……違うわ。今日は、ミスターにお願いがあってきたのよ」
「お願い?」
「そうなの。はまだ今度のダンスのパートナーを決めてないのよね?」
「は?」
「皆玉砕したって言ってたもの。だから、私たち……」
「いや、あのね?パートナーってなんの話……っ」


段々熱の籠る彼女たちの視線に、制止の意味もかねて声を上げる。
がしかし、少女たちは全く聞く耳を持っていないようで、 次の瞬間、綺麗に声を揃えた。


「「「私をダンスに誘って!!」」


…………。
……………………えっと。ぱーどぅん?

告白以上に意味の分からない要請に、怪訝な表情は留まるところを知らない。
と、あたしが全くもって話の流れを理解していないことに彼女たちも気づいたらしく、 口々に教えてくれたところによると、今までの経緯はこうだ。

毎年恒例のクリスマスパーティーには、4〜7学年参加のダンスパーティーがあり。

告知が出るや否や、それぞれ最初のダンスを踊るパートナー探しが始まり。

なにかと話題のと踊りたいが、ダンスの申込みは基本男子。

誘ってもらうためにも、クリスマス前にくっつかなきゃ!


「……マジか」


で、目の前の彼女たちは誘ってもらうことは百歩譲って(?)諦め、 自分から誘うことにした、と。
まぁ、そういう訳なんだそうな。

ダンスパーティーどころかクリスマスパーティーも初耳なあたしにしてみれば、 まぁ、意味なんぞ分かるはずもない。
デカデカと告知されてるのに!と言われたのだが、
退院してからこっち、談話室の掲示版なんて気にもしていなかったのだ。
他ならぬ、告白地獄によって。
他の人にしてみれば、もはや周知の事実な訳だから、わざわざあたしに教えてくれる訳もない。

あー、道理で男連中がこっち見て妙にそわそわしてると思ったよ。
てっきり、あたしが告白されてるのに思春期の好奇心爆発させてんだろ、とか思ってたけど、ちょっと違ったのか。
彼らも彼らなりに、自分の意中の相手の動向伺ってみたりなんだりで忙しかったんだろう。
なるほどなるほど、とようやく一連の原因がわかり、少しだけ溜飲が下がる。
と、あたしが話を飲み込んだのを察した少女たちが、ずいっと前に出てきた。


「先輩?」
「それで、あの、返事は……?」
「へ?あ、ああー……」


彼女たちが切々と訴えてきたところによると、 初めても初めてのダンスパートナー選びは、人生でもかなり重要なそれらしい。
一生記憶に残るし、初恋の相手とかなら、想いが叶わなくてもそれはそれで……!
美しい思い出作りということだ。

でも、そんなお話を聞いてしまうと、だ。


「ごめん。無理(キパッ)」


断る、以外の選択肢があたしにあろうはずもない。

そんな大役、あたしはまっぴらごめんである。
女装男子?が相手だなんて、知らなくても微妙なところだろうし、 それになにより、あたしのパッションが叫んでいる。

あたしだってリーマスと踊りたいよっ!!

と。
まぁ、現実問題としては、男子同士で踊るとかね?
きっと無理に決まってるんだけどね?

ようやくちょっと話せるようになってきたっていうのに、 あるはずもない性別の壁って奴が最近とみにあたしの前に立ち塞がっていた。
もうさー。ジェームズにもリリーにもバレてんだから、 他の人にもバラしてよくない?
せめてあと、シリウスとセブセブとリーマスに位さぁ。
あの人たち口硬いから大丈夫だって!
良いじゃん良いじゃん!言っちゃおうぜ?

そんな感じで、少女たちのことなんてきれいさっぱり忘れて、自分の考えに浸る。
我ながら良い考えだ、と内心ほくそ笑んでいたのだが、 あまりにきっぱりした拒絶の言葉に、少女達は納得がいかなかったらしい。
「そんな!」だの「なんで!?」だの、機関銃の一斉射撃にように口を開きだした。


「だって、まだパートナーはいないんでしょ!?」
「いや、まぁ、そうだけど……」
「だったら、良いじゃないですか!」


さっきまでダンパの存在すら知らなかった奴にパートナーがいたらびっくりだ。
あたしだって、ダンパは参加したいし、そうなるとパートナーが必要っていうのは確かなのだが。
かといって、目の前のこの子たちで間に合わせて良いか、というと、 全っっ然良くないのである。
あたしにだって選ぶ権利位ある。……はずだ。多分。

なんか、つっぱねると余計ややこしくなりそうな子たちだということに、 遅まきながら気付いたあたしは、微妙に後退して距離を取りながら、 さて、どうやって断ろうか?と頭を捻ってみた。
がしかし、その数瞬後、思わぬところから救いの女神は現れるのだった。


は嫌だって言ってるじゃないのよぉおぉぉおぉう!!」


バッシャーン!


「「きゃあ!?」」「わっ!」


陰気臭い割にはキンキンと耳に残る絶叫の後、 あたしの後ろから少女たちを襲ったのは水鉄砲だった。
とっさにそれを避けつつそちらを振り返ってみると、 肩を怒らせてこちらを睨み付ける少女の姿があった。

あまりに予想外の姿に、思わず彼女の名前を呼ぶ。


「マートル!?え、なんでここに??ここ3階じゃないよ?」
「はぁい、。最近あたしのところにちっっとも来てくれないと思ったら、
こんな子たちに捕まってたのね」


いや、普通に関わりたくなかっただけなんだけど。
そんな本音はどうにかこうにか飲み込むことに成功する。

あたしに向かってはハート乱舞の笑顔なのだが、 さっきの表情を見てしまった後なので、そのギャップが非常に恐ろしい。
見てみると、妙な勘違いをしているらしい半透明な彼女の後ろには、 壊されたのかなんなのか、こっちに大量の水を叩きつけてくる蛇口があった。
しかも、その水はマートルの胸も貫通しているので、氷水のようになっていて、本気で冷たい。
少女たちは次々に寒さを訴え、情けない濡れ鼠の姿でマートルに対峙する。


「どういうつもりよ!?マートル!!」
「どういうもこういうもないわ。あたしのにちょっかいかけないで頂戴」
「誰がアンタのなのよ!?」
先輩が優しいからって、付け上がらないでよね!」
「そうよそうよ!」
「付け上がるですってぇええぇぇ!!?」


気が付けば、『下級生10人 VS 嘆きのマートル』という非常に甲乙つけがたいバトルが勃発していた。
迫力、実力、実害、全てがどっこいどっこいである。
どう収拾つけたら良いんだ?これ。

迷ったのは数秒。
あたしはすでに自分を意識の外に追い出してくれた彼女たちの姿に、この場からの撤退を決意する。
心の中でマートルに感謝とお詫びを言うのは、もちろん忘れずに。
だって、こんなところでぐずぐずしてたらさ?


「……フィルチに見つかるじゃん。ねぇ?」


すたこらさっさと逃げ出すあたしに、白熱した彼女たちが気付くことは終ぞなかった。







少女たち程ではなくても、若干かかった水しぶきを払いながら、 あたしはてくてくと家路につく。
本心から「あー、助かった」と呟きながら、後方を何度も振り返らずにはいられない。
かなり距離を取ったとはいえ、後ろから追いかけて来るんじゃないかとビクビクものである。


「忍びの地図返すんじゃなかったかなー、もう」


先日まで手元にあった便利グッズを思い出してしまうと、ひたすらに恋しかった。
不必要に怯える必要もなければ、今みたいなトラブルも事前に回避できていたはずだ。


「……もう一回借りてこようかな。いざとなったら力づくでっ」


小声でそんな不穏なことを呟く。
そして、そんな風に後ろをチラチラ見ながらだったあたしは、
前方で待ち受ける人物にまるで気付いていなかった。


「力づくで敵を排除するのはあまり賢い選択とは言えないな」
「っっっ!?」


心臓が飛び出すかと思うほどの驚愕をしつつも、ぱっと振り返ると、
一体いつからそこにいたのか、またもや予想外の人物が立っていた。
血の気があまりない、どこか神経質な顔。
色素の薄い髪と瞳。
あつらえたように、緑のタイがよく似合う先輩――クィリナス=クィレル先輩だった。

彼は軽く廊下にもたれながら、待ち受けていたかのように腕組みをしている。
とりあえず、こっちにぐいぐい来る気配はなかったので、 あたしは安堵しながら、近寄ってみることにした。


「っっくりしたー!うわー、もう、先輩!驚かさないで下さいよー」
「驚かせるつもりは全くなかったんだがな。
まさか、正面にいたのに気付かなかったのか?」
「気づいてたらこんな驚きませんって」
「それもそうだな」
「でしょー?」


最初の時から考えると、随分打ち解けた会話だと思う。
たまーに、この人はこういう風に人の心臓に悪い登場の仕方をしたり、
あとは嬉しそうに、落ち込んでるあたしに追い打ちをかけてきたりもあるのだが、
実は普通に話している分には面白い話ができる人物だったりするのだ。
ちょこちょことすれ違っては、ちょっとした話をしている内になんとなく慣れてきたのもある。
そのため、今ではちょっと変わった顔見知り、程度の親密さになっていた。

なので、今回もたまたま廊下で会った、とかそんなもんだろうと思っていたのだが。
「ところで、無事女子トイレから脱出はできたのか?」とかなんとか、 彼はまるで核心を突くようなことを言ってきたので、あたしは目を丸くした。


「え?なんで先輩知って……はっ!ま、まさか、先輩ってあたいのファン!?」
「偶々、君が女子トイレに連れ込まれるのを見かけただけだが」
「…………」
「…………」
「……スルーしないで下さいよ、人のボケを」
「その方が面白いだろう?」


あー、ごほん。閑話休題。
話を聞いてみると、あたいのファン云々は置いておいても、 一応彼はあたしをそれなりに気に入ってるらしいので、 妙なことになっているな、と気に留めておいてくれたらしい。


「まず間違いなく面倒事らしかったからな。
のことだから、今までも優しく諭すとか、断るとかで、それこそファンが減らなかったんだろう?
なので、とりあえず、打開策を講じておいた。その分だと上手くいったんだろう」
「はい?打開策??」


うん?なにを言ってるんだこの先輩?と一瞬首を傾げたあたしだったが、 そこではた、とさっきの珍妙な乱入者を思い出した。
さっきのトイレは、マートルの根城になっている場所ではない。
だが、彼女はまるでタイミングを計ったように、あの場に現れた。
それが、『タイミングを計ったように』ではなく、実際に『図られた』のだとしたら?


「ひょっとして、さっきのマートルって……」


半ば以上信じられずに問いかけてみると、それに対してクィレルはあっさりと頷いた。


「ああ。私がけしかけたんだ。あれは君に執心のようだったから」
「……女子トイレ、入ったんですか?」
「入ったのはだろう?」
「いや、あれは不可抗力なんで、勘弁して下さい」
「私は外から声をかけただけだよ。
まぁ、一歩位なら入ったかもしれないが、それこそ不可抗力という奴だな」


キャッチボールのように小気味よく会話を交わすあたしたち。
しかし、驚いた。
まさか、窮地を助けてくれるのがクィレルだとは……っ
ここは普通、悪戯仕掛け人とかスティアとかセブセブとか、そういうメインキャラの役割じゃないんだろうか。
もっとも、あたしがヒロインという時点で普通なんて望むべくもないんだけど。
ああ、でも。普通に救いの手が差し伸べられるとか、あたしって幸せ者だよねぇー。

と、そこであたしはまだ御礼の一つも言っていないことに気付き、 コホン、と咳払いをしつつクィレルに向き直る。


「なにはともあれ、ありがとうございました、先輩。おかげで助かりました」
「…………」


にっこり笑顔のオプション付きで、我ながら非の打ちどころのない感謝の態度だったと思う。
だがしかし、それに対してのクィレルはといえば、見事なまでの無表情かつ無言だった。
(どういたしまして、位言えないのかよ、スリザリン……)

あたしが無反応にどうしたら良いのか分からずにいると、 目を瞬かせたクィレルは「ついでだ」とそこでちょっと笑った。
(……そういう風にしてれば、結構イケメンなのに。なんて残念なんだお前)


「ついでって?」
に話があったからな。追い払うのはついでだ」
「あたしに話ですか?」
「そう」


あれ?なんだろう。
嫌な予感がするよ?

滅多に見られない物を見たせいか、お腹の底がざわざわするような感覚がする。
と、しかし、あたしが逃げ出す前に、彼はなんでもないことのようにそれを口にした。


「一緒にダンスを踊らないか?」


It's a party night ♪ Dancin' with us ♪(ウォウ ウォウ ウォウ)
Everybody don't stop dance Let's go just do it!
茨の道だろうが 凍てつく夜だろうが〜 ♪


「はっ!まずいマズイまずい。ルパン ザ ファイ○ー流れてる場合じゃない」


リアル『Shall we dance?』に思わず現実逃避してしまった。
思わず珍獣を見るような目つきでクィレルを観察してみるが、 困ったことに相手は大真面目に言っているように見える。
結局あたしは「あー」だの「うー」だのと呻いた挙句、「どっきり?」と端的に確認した。


「ドッキリ?」
「もしくは罰ゲームとかで人にやらされてるとか。
まさか本気であたしとダンスが踊りたいとかってことはないですよね?」


とりあえず、あたしの女装姿(笑)は知られているものの、 コイツには本物の女だとは気付かれていない、はずだ。
なのにダンスパーティーに誘うだなんて、普通は正気と思えない。

と、あたしのこんな反応は予想の範疇だったらしく、にやり、と奴の口元が歪んだ(ひぃっ)


「もちろん、本気だ」
「ですよねぇえぇー!?」


なんでだよ!なにが『もちろん』なんだよ!?


「男同士のペアなんて認められてませんよっ」
「いや。規定は全部さらってみたが、そんな記述は認められない。なんの問題もないさ」
「調べたのかよ!いやいやいや、でも男二人のペアって絶対おかしいですよ!?
悪目立ちしかしませんって!面倒事嫌いなんじゃないんですか!?」
「?にそんな話をしていたか?」
「セブセブリンが言ってたんです……って、そんなことはどうでも良いんです!
無理無理無理!ぜーったい無理!」


流されると危険なので、声を大にして拒否する。

あぁぁぁぁあぁもぉおおぉお!
先輩もたまには良いことするじゃないか、グッジョブ!
とか思ってた数分前の自分の頭をぶん殴りたい!
っていうか、寧ろ目の前の形の良い頭をかち割りたい!

いや、もういっそ記憶が飛ぶ位の一撃を入れてやろうか、と杖に手を伸ばす。
すると、そんな不穏な気配に気づいたのか、クィレルは顎に手を当てて首を傾げる。


「男同士なのが問題なのか?細かいことだろうに」
「細かくねぇええぇー!」
「細かくないのか?」
「細かくないでしょうよ!?」


がしかし。
なに言ってんだコイツ!というあたしの非難は華麗なカウンターパンチで叩き落された。


「なら、ルーピンと踊りたくないのか??」
「〜〜〜〜〜〜っ」


見事なカウンターだった。
あたしには口が裂けたって「踊りたくない」だなんて一言は言えない。
ぐぬぬぬぬ、と口をへの字に曲げて睨むと、
クィレルは心底楽しそうに、「ほら。細かいことだろう?」などとほざいた。


「細かく……ない!」


しかし、ここは否定しないではいられない。
と、あたしの振り絞るような言葉に、「どうしても嫌なのか?」と、 クィレルは至極当然のことを訊いてくる。


「どうしても嫌です!
そりゃあ、クィレル先輩が女の子なら大層な美人だろうし、横にいてもウェルカムですけど!
野郎二人でダンスに繰り出すなんてサムい光景はごめんです!」
「…………」


絶対あれだぜ?周囲からひそひそされて後ろ指刺されるんだぜ?
一応モテ期だというのに、なんでよりにもよってリーマスでもない男と、 そんな針の筵に座らなければならないんだ。

ここまで言えば分かってくれただろうか、とクィレルの顔色を伺う。
彼は、無表情で首を傾げていた。
そして、次の瞬間には爆弾発言を投下してくる。


「女なら良いんだな?」
「……へ?」
「今確かに『ウェルカム』という言葉を聞いた。
つまり女なら了承するということだろう。
私が女になれば、確かに野郎二人ではなくなる」
「……えっ!?」


限りなく『げ』に近い『え』という形で口が固まる。
本気で女装したクィレルの姿を想像してしまい、一瞬にして頭が真っ白になった。
しかし、そんなあたしなどすでに奴は眼中にないらしく。
畳み掛けるような言葉を紡いだクィレルは、



「約束したからな。忘れるな?」



と恐ろしい言葉を残して、颯爽とその場をあとにした。









数分後、我に返ったあたしは必死になってクィレルを探したが、時すでに遅く。
奴の特徴的な頭は、すでにどこにも見えなくなっていた。
ついでに言うと、今いる場所がどこかも分からなくなっていた。

半分涙目で彷徨っていたあたしを発見したのは、愛しのレギュラス坊ちゃんである。
彼は校内で迷子になったというあたしに対して、それはもう多大な同情の視線を寄越し。
大変紳士的に、グリフィンドールの談話室までの案内をしてくれた。
ただし。

自分たちの友情が確かなら、是非ぜひ、今度のダンスパーティーのパートナーになって欲しい。

というミネコ宛の手紙付きだったが。


「どうしろっていうんだぁああぁぁぁぁああぁー!!」


グリフィンドール塔に、哀れな少女の慟哭が響き渡る。





不可能が可能になるさ。
君と二人で?






......to be continued