この選択が間違っているかどうかはどうでも良かった。 Phantom Magician、142 すったもんだの末にダンブルドアから退院許可をもぎ取り、 さて、では静かな授業の間に寮に戻ろうという段階で。 「いや、日常に戻る前にやることがあるでしょ?」 と、は見るからに苦々しい笑みを浮かべて、そう言った。 「…………」 医務室を出て、ほんの少し歩いた先では、あそことは違う静かな喧噪がある。 ゴーストの囁き。 遠くで扉の閉まる音。 何十人もが部屋の中で教科書をめくる音。 廊下はそことは違って未だ寒く、 彼女の吐息も白い靄になって宙に消えていく。 その言葉の意味するところに、自分でも驚くほど心臓が跳ねたのが分かった。 「まぁ、ね」 分霊箱。 ヴォルデモートのアキレス腱とも言うべきものを、僕たちは幾つか持っている。 本来ならさっさと処分すべきだったが、なにぶん、あれは始末の面倒な物だったので、 未だに手元に残ったままだった。 バジリスクの牙でなら破壊できるが、まさかあれに分霊箱全てを齧らせる訳にもいかない。 幾らなんでもバジリスクが可哀想すぎる、となら言うだろう。 だから、僕は先日、にゴドリックの剣でバジリスクの牙を斬って貰ったのだ。 そうすれば、唯一無二の武器ができるから。 本当は凄く凄く、嫌だった。 がその手を汚すことが、嫌だった。 けれど、散々今後の展開を考えた結果、それが最善だと判断するしかなかった。 「面倒だから、今ある奴は全部処分しちゃった方が良いよね」 アナグマのカップなら良い。 スリザリンのロケットだって、別に未練なんてない。 けど。 リドルの日記だけは。 あれだけは、駄目だと反射的に思ったものだった。 あれだけは、に破壊させてはいけない、と。 もっとも、自分には結局、思う以外のことができなかったけれど。 我を通すことはできない。 それが僕に与えられた呪いで。祝福だ。 「どうせやるなら一度にって奴だね」 あまり長々時間をかけて、彼女の決心が鈍るといけないので、 僕は早急に寮の部屋からゴドリックの剣とヘルガのカップを取ってきて、 今では『必要の部屋』と呼ばれている場所へと彼女を誘った。 思えば、ここに彼女を案内するのは初めてだ。 こんな場合でなければ、きっとも瞳を輝かせただろうが、 残念ながらそこにあったのは隠そうともしない沈鬱な表情だった。 「なんで、必要の部屋?他にもっと迷惑かからなそうなところある気がするけど」 「ああ。今ホグワーツにあるもの全部処分しておこうかと思って」 「?」 いまいちピンと来ていないの姿に、ああ、まだ本調子じゃなさそうだな、と思う。 頭にまだ血が通っていないような印象だった。 まぁ、何日も昏睡していて、その後も入院生活だ。 いきなり頭を働かせろと言っても、それは横暴というものだろう。 元々が寝起き最悪のだし。 当の本人が聞いたら珍妙な表情で怒りそうなことを思いながら、仕方がなしに「ロウェナだよ」と答えを口にしてやる。 「ここには、ロウェナの髪飾りがあるだろう?」 「!」 どうやらすっかり失念していたらしいは驚きに目を見張った。 その際「やべぇ、コイツ天才か!?」とかいう思考をうっかり拾った気がするが、まぁ、気のせいということにしておく。 「えっと、でも、ホラ!ハリーも探すの苦労してなかったっけ?」 「まぁ、ここは呼び寄せ呪文が使えないようになっているからね」 仕方がない。 ロウェナがうかつに呼び寄せると大惨事を引き起こす薬だの、 取扱い厳禁の魔法植物だのをここに散々置いておいたせいだ。 まさか、ここが気が付けば生徒たちの黒歴史処分場になっていようとは、 千年前の人間は流石に誰も思わなかった。 そして、必要の部屋に入り、その黒歴史の山を見たはなんとも言えない表情になる。 「んっと、ここから探すんだよね?魔法なしで」 「まぁ、そうだね」 見るからに古くてボロくてカビてる謎の物体Xだの、 元は生きていたに違いない檻の中のなにかの死骸だの、 逆にきんきらきんに輝いているが故に浮きまくってる曰くありげな品だの。 触ることが躊躇われるような代物が、文字通りの山脈を築いていた。 この中からちっぽけなティアラを探すとなると、考えただけでげんなりしてくる。 気分的には「こんにちわ夢の島!」という感じだ。 切実にマスクとゴム手袋の必要性を感じていると、 ぴったり思考がシンクロしたが特大の溜息を着いた。 「どこの無理ゲー?」 「寧ろ推理ゲームじゃないかな? ハリーがぱっと目印にできるくらいだから、そんな奥にはないと思うよ」 「そういうことなら金田一連れてきてよ!」 「そこ、コナ○じゃないんだ?」 「馬鹿野郎、体は子ども頭脳は大人より、体も頭脳も大人の方が良いに決まってるだろうが」 「えー、コ○ンはセスナ飛ばせるんだよ?拳銃も撃てるよ?」 「なんで○ナン押し!?っていうか、この場面でセスナも拳銃も意味ねぇし!」 「まぁね。たださー、ここはイギリスらしくシャーロックホームズ呼ぼうよ」 「やだよ。あたしあいつ別に好きじゃないもん」 「世界のシャーロキアンを敵に回したな……」 「でも、コナンの映画で一番の傑作はベイカー・ストリートだと思う」 「ここでまさかのコナン、シャーロキアン懐柔作戦!?」 「…………」 「…………」 「…………」 「……真面目に探そうか」 「おーイエス」 空元気を出すためか、こういう時ほどテンションのおかしくなるに付き合っては見たものの、 やはりいまいち気分が乗らなかったので、お互い一瞬で熱が冷める。 そして、黙々と目を動かし、目当ての物を探す。 物はなにしろ見たことのあるものなので、どんな形状かは、先に話しておいた。 もっとも、サラザールが作った時からすると大分薄汚れているだろうけど。 「ロウェナ。これを……」 「私に、か?」 あれを渡した時の、ゴドリックの期待に満ち溢れた表情ときたら見物だった。 「…………」 「…………」 「……お前にはないぞ」 「え!?……ヘルガにもロウェナにもプレゼントがあって、私にないっていうのは酷くないかい? 自分の物も作ったんだろう?私だけ仲間外れじゃないか」 「そんな立派な剣の一振りがあるのだから必要ないだろう。 それの作り方を真似たのだから、作業工程はほぼ一緒だ」 「いや、必要だとかそうでないだとか、そういう話ではなくて。 私もサラザールが作った物を持ってお揃いになりたいって話なんだよ。 ロウェナもそれが良いと思うだろう?」 「人に物を強請るにはそれなりの作法という物があろう。 サラザールがないというのだから、仕方がない。貴公が文句を言う筋合いはないだろう」 「うわぁ、他人事だと思って。 小鬼の製法であのサラザール作!絶対欲しいじゃないか!!」 「ああ、そうそう。サラザール。見事な品をありがとう。早速使わせてもらうこととしよう」 「そうしてくれるとありがたい」 「サラザール……!」 「やらん」 「そもそも、それぞれ物が違うのだからお揃いとは言わないのではないだろうか?」 「冷静すぎる指摘をしないでくれないか!ロウェナ」 結局、奴にサラザールがなにかを作ってやることはなかった。 けれど、あの剣以上の物が自分に作れるとも思えなかったし、それで良かったのだと思う。 きっと、作っていたならば。 それもヴォルデモートによって分霊箱に変えられていただろうから。 創設者所縁の品ということで奴はそれを媒体に選んだようだが、流石に目の付け所が良いと思った。 おそらくは、ヘルガのカップも、ロウェナの髪飾りも、サラザールのロケットも。 ノートよりよほど楽に分霊箱にできたことだろう。 なにしろ、祖先がそもそも作った物だったのだから。 渡したきっかけは大した物ではなかった。 ただ、ゴドリックが小鬼に剣を作って貰えることになった、と喜んで。 小鬼製の物が持てるなんて素晴らしい、と他が言っただけだ。 丁度、小鬼が剣を納品に来た時に、その製法が頭の中に流れ込んできたので、 物は試しと作ってみたのが、存外上手くいった。 だから、お守り代わりくらいの軽い気持ちだったのだ。 小鬼の製法であれば長持ちするだろうと、その程度の。 まさか、それが千年もの間、残っているだなんて夢にも思わずに。 大切にそれらを使ってくれていた友の横顔が蘇る。 「大切にするわ。ずっと、ずっと、大切に」 彼女たちが、それを破壊しようとする今の自分を見たら、なんと言うだろうか。 子々孫々に渡るまで受け継がれたものを、あっさりと壊す、自分を。 怒るか、嘆くか、呆れるか。 そんなところだろうとは思うけれど。 「…………」 唯一僕を批判できるのは、製作者たるあの男だけだが。 そんな批難程度で、破壊を止める訳にもいかない。 後で、あの男が怒り狂っても、そこはを矢面に立たせることで乗り切ろうと決めた。 と、髪飾りを捜索しながらも、思考が見果てぬ過去に飛んでいた僕だったが、 「っていうか、あれだね」 「うん?」 次のの一言で見事に現実に引き戻される。 「ケーの姿でおバカな話って違和感パねぇわ」 …………。 …………………………。 とりあえず、叩いておこうと思った。 捜索を始めて、一体どのくらい経っただろうか。 明るい陽射しが徐々に傾き、部屋に差す影の量が増えてきたくらいのことだった。 おぼろげな原作の記憶を頼りに、ようやく僕たちは髪飾りを見つけることができた。 まぁ、雑然とした物の下敷きにはなっていない状態だったので、比較的探し物としては楽な部類だっただろう。 黒ずんでいるティアラをしげしげとは持ち上げる。 「また薄汚れてるねぇ〜」 「いい加減古いしね。間違っても頭に着けないでよ?」 「えーと、それはあれか。呪われている系?」 「そうそう。使用者のライフポイントざくざく減らす上に外れない奴」 「うわぁ、言われなくてもこんな汚いのはごめんだけど、 それ聞いたら、なおさらいらないわー」 そう言いながら、つまむように持ち方を変える。 できる限り腕を伸ばしているところなど、完全に汚い物を持つ手つきである。 製作の記憶があるだけになんとも微妙な気分になったが、 それもこれも全部ヴォルデモートの馬鹿のせいだと、全てを怒りに変換しておく。 とりあえず、目的の物は見つけたので、僕たちは山脈を脱出し、 比較的物の少ない出入口付近に踵を返した。 もっとも、少ないとは言っても、本当に比較的、だ。 道のような物もあったが、不安定に積み上げられた物が何度か崩れているのだろう、 それも、はっきりと床が出るほどではない。 苦心して、物をよけてスペースを作ると、僕たちはそこに分霊箱を並べた。 「分霊箱は6つ……」 「スリザリンのロケットにゴーントの指輪、あとはまだなってないけどナギニだね」 「そして、ここにあるアナグマのカップとリドルの日記、ロウェナの髪飾り?」 「その通り。つまり、手に入れたのは半数だ」 現時点で手に入れられるのは、ゴーントの指輪だけだろう。 村の名前も分かっているので、長期休みに入り次第手に入れるつもりだ。 「あとは……サラのロケットだけど。リドルからまだ聞き出せてないよね……」 当初の計画では、リドルと文通?をしながら、どうにかそれを探り出すはずだった。 だが、存外早く痺れを切らしたリドルが行動を起こしたことにより、計画は頓挫している。 なら、破壊する前に聞き出すしかないのだが、そこでは躊躇を見せた。 当然だろう。これから刑を執行する相手と会話を交わしたい、などという奇特な人間はそういない。 見知った相手を拷問したい人間がそういないように。 だが、僕はそんな彼女の葛藤を和やかな笑顔で一蹴する。 「ああ、それについては問題ない」 「え?」 きょとん、とが不思議そうな表情で僕を見てきたので、 僕は殊更ゆっくりと、噛んで含めるように口を開いた。 「君も気づいていたと思うけど、あの夜、リドルは君の心と繋がっていると勘違いしながら開心術を使った」 「え……?あの夜って……あ、もしかして、リドルがいきなり吐きだした時?」 「そうそう。情報量の多さに体が拒否反応を起こしたんだろうね」 「ごめん。全く気付いてなかった(きりっ)」 いや、そこはそんな格好良い表情をするところじゃない。 「ごほん。……あー。けれど、実際のところ、繋がったのは僕の心だ」 「スティアの?」 「そうさ。その時になにが起こったかっていうと、僕の心をこじ開けて溢れたもの、 僕の中にあるサラザールの記憶――膨大なそれにあいつは耐えられなかった。 つまり、僕と心を繋げて命を絞り取るはずが、 パンクしかけたあいつの魂から、あいつの記憶が僕に逆流してきたんだ」 「!!」 サラザールの時の経験のおかげで自分はその記憶の奔流に流されずにすんだ。 しかも、不幸中の幸いとでもいうべきか、その記憶の中に、洞窟の記憶もしっかりと紛れ込んでいたのだ。 「つまり、スティアはもう、洞窟の場所が分かるの……?」 「そうだよ」 そうだ。 だからもう、リドルを生かしておく必要は、どこにもない。 いっそ優しいとすら思えるような声音で、そう宣告する。 ざっと、の頬から赤みが消えていくのが分かった。 「どうしようか?最初にやる?それとも、最後にする?」 「っ」 息を飲んだに、しかし、畳み掛けるように僕は問う。 ピンと空気が張りつめ、冬の冷たさとはまた違う冷気が漂ったような気がした。 すると、彼女はじっと僕の顔を見つめた後、やがて困ったように苦笑した。 「『ケー』の怖いところはこういうところだよね」 「うん?」 「多分、スティアの時なら、同じ言葉でも伝わり方が違うんだと思う。 でも、ケーはすごく綺麗な顔してるから、そういうことそういう表情で言われると怖い」 「傷つくなぁ」 「褒めてるんだよ?その人外の美貌を」 「人外って……ま、合ってるけどさ」 ひょいっと人間味溢れる仕草で肩を竦めると、目に見えてが安堵した。 散々、ケーの姿の時に脅かしてしまったので、まぁ、仕方のないことなのだろう。 お互いに慣れていくしかないのだ。 そして、はその後数分悩んだ結果、 仕損じても大変なので、破壊に慣れた時にリドルは回すことにした。 つまり、最後だ。 心情的にできるだけ生かしておきたいと思ったのだろう。 「で、カップとティアラならどっちが先の方が良い?」 「大して変わんないよ」 「でも、映画だと破壊する時にすごい抵抗にあってなかったっけ?」 「それ、ロケットでしょ?この二つは……。 まぁ、頭に嵌めたり、それでなにか飲もうとしなければ大丈夫だと思うよ」 僕のお墨付きをもらって、は安心したのだろう、 ゴドリックの剣を構えると、大きく振りかぶってカップを狙った。 スイカ割りがしたいのかと思うスイングだった。 で、まぁ、そんなに大振りをしたのだから、結果としては当然。 ガキンっ! 「いっ〜〜〜〜〜〜〜っ!」 「……まぁ、外すよね」 大事なところでも、はだった。 結局、なんやかんやありながらも僕たちはその後、カップとティアラを真っ二つに破壊した。 分霊箱が破壊された際に、ヴォルデモートの魂やら魔力やらが死霊の軍団のように溢れ出したりもしたが、 詳しくは割愛する。 が「絶対後で夢に見る!」と半泣きになる程度だ。大したことはない。 それよりも、今問題なのは目の前にある黒い日記帳だった。 最初の一撃で学習したは、剣を順手ではなく逆手に持っていた。 地面に剣を突き刺そうとしているかのような格好だ。 そして、その手はさきほどから小刻みに震えていた。 「…………っ」 紛れもない恐怖に、彼女の表情は硬く強張っていた。 倫理を、道徳を日本の教育は高らかに謳っている。 人を傷つけてはいけない。 人を殺すなんて以ての外だ、と。 だが今、が行おうとしているのは正にそれで。 その、もはや本能にまで根付いた価値観に真っ向から反対するような行為なのだ。 その瞳には、激しい苦悩が滲んでいた。 イヤだ。やりたくない。でも、やらなきゃ。私が。なぜ? 怖い。ニゲタイ。駄目だ。痛い?痛いにキマッテル。でも。 でも。でも。でも。でも。でも。でも。でも。でも。でも! 「自分で、決めたことなんだ……!」 祈るように組んだ手を掲げ、一思いに振り下ろす。 不穏な気配を察して、日記帳がざわざわとページを蠢かせる。 は、目を瞑っていた。 だが。 その瞬間だった。 「あ、あれ?、き、君こんなところで、何をしてるんだいっ?」 「!!!」 酷く言葉に不自由していそうな、少し甲高い耳障りな声がそれを邪魔した。 剣を振り上げた状態で、はばっと出入口を見る。 と、そこには、予想通り、思わぬ凶器に目を丸くしながら、 おどおどとこちらを伺うピーターの姿があった。 の眼差しが自然きついものになり、詰問するようにそちらを見る。 「そっちこそ、こんなところに何しに来た!?」 「ひっ!?い、いや、あの、その、ぼぼぼ、ぼくは、あの……っ」 慌てて後ろに隠した奴の手には、なにかの魔法植物が見えた。 中々に貴重な種類のものだったので、おそらく悪戯かなにかを目的にして失敬してきたのだろう。 測ったようなそのタイミングに、思わず舌打ちが漏れる。 「……忘却」 よっぽど「失せろ」とでも言ってやりたいところだったが、 がグリフィンドールの剣を持っているところを吹聴されてはかなわないので、 仕方なしに忘却術をかけてやる。 一直線に飛んできた光線に、おどおどとした表情そのままのピーターはあっさりと崩れ落ちた。 途中、その足が近くに積んであった物を蹴り飛ばし、ガラガラと物が更に散乱する。 だが、瓦礫に奴の体が埋もれそうになっても、少しも同情の念は起きなかった。 必死に固めた決意を台無しにされたとしては、一つ二つ毒づくだけでは到底足りないことだろう。 ぶつぶつと、ピーターに対する悪口雑言を呟いていた。 だが、それも、地面に視線を戻すまでだった。 「リドル!!?」 あってはならないことを見つけてしまって、は叫ぶ。 あるべきものを見つけることができなくて、は喘ぐ。 リドルの日記が、なくなっていた。 「嘘っ!?や、なんで!?」 半狂乱になりながら、はおろおろと周囲を見回す。 さっきまで目の前に確かにあったはずの黒い日記帳は、しかし、どこにも見当たらない。 どころか、他の分霊箱の残骸ですら、ぱっと見にはないように見えた。 さっき、二人でガラクタをどかして作ったはずの空間に、ガラクタが雪崩こんでいる。 即座に事態を把握し、無意識に舌が鳴る。 「ちっ……今の音か」 と僕がピーターに気を取られた瞬間、リドルの日記は力を振り絞って僅かに動いたのだ。 近くのガラクタがバランスを崩す程度に。 あの日記帳にはまだ僕の大量の魔力や、リリーの魔力が僅かに残っている。 それを、僕は自分の血で封じて、外に魔力が漏れださないようにした訳だが、 リリーの魔力だけなら、おそらくはまだ使うことができる。 もちろん、僅かな魔力を無理やり使うのだからリスクもあるが、 このままだと確実な消滅が待っているのだ。 一か八かやらないよりはマシというものだろう。 元々、スリザリンのロケットといい、リドルといい、 窮地に陥ると勝手に動くようなところが分霊箱にはあるのだ。 そして、崩れたガラクタの下敷きになった後は、 同じ要領で動いて、できるだけ奥に逃げ込んでしまえばいい。 まだ、下敷きになった直後なら簡単に捕まえられただろうが、 ピーターが別のガラクタを蹴り飛ばした音で、見事リドルの方の音はかき消されていた。 そのタイムラグは非常に大きなものだ。 ……悪運が強いとしか言いようがない。 「リドル!リドル!!どうしよう、スティア!?」 「どうしようも、こうしようもないけどさ……」 ふぅっと、そこで僕は溜息を吐いた。 というのも、これで色々なことが一気に分かってしまったからだ。 現在も。 過去も。 未来も。 全てが全て。 そして、自分が果たす役割も。 嗚呼、最っ高に憂鬱な気分だ。 「分かった。ここは僕に任せて」 「任せてって……!?」 「大丈夫。君に黙ってリドルを殺っちゃいました☆てへぺろ。とか言わないから」 「いや、てへぺろはその表情で生涯言わないで欲しいんだけど、そうじゃなくて! 事後報告とかも駄目だよ!?見つけたら、あたしに言ってよ!? あたしのに黙って分霊箱破壊とかしちゃ駄目なんだからね!?」 「はいはい。分かってるよ。自分で殺るつもりだったら、 そもそも封じるなんて面倒なことしないで、さくっと燃やしてるから」 「……お、おぅ。さくっと怖いこと言ってるけど、まぁ、そうだね」 そう、殺るつもりなら。 心の中でそっと呟き、僕はピーターを部屋の外まで出してくれるよう、に頼んだ。 は嫌そうな表情をしつつも、邪魔者をさっさと片付けるのが大切だと分かっているので、 身体浮上で踵を釣り上げた奴を連れて行く。 元々が出入口近くだったので、扉が見えない辺りに捨ててくるにしても、それほど時間は掛からないだろう。 バタン、と重々しい音を立てて扉が閉まったのを確認し、僕はガラクタの山をふり仰ぐ。 「…………」 ふむ。と、剣を片手に首を傾げ、自分の魔力が固まっている場所をおもむろに目指し。 ザシュッ 力いっぱい、その山に剣を突き刺した。 “――――っ” 音にならない悲鳴が、下の方から響いてくる。 もっとも、断末魔の叫びには遠く及ばない。 何故ならそう、僕はまだ日記帳の真上で剣を縫い止めていたから。 さっきので、リリーの魔力は使い切ったはずなので、もうこれ以上逃げられる心配はない。 ほんの少し体重をかければ、すぐに刺さるけれど。 「聞こえているか?トム=リドル」 少なくとも、今こいつを殺す気は、僕にはなかった。 だって。 さっきからこいつが逃げ出した時、僕は悟ってしまったのだ。 自分が、こいつを殺したくない、という事実を。 広い広いこの世界で、ただ一人の同類。 本物になれず、かといって偽物でもなく。 哀れな分霊箱の化身。 ヴォルデモートは大嫌いだ。 本当はそうならない方法があったのに、自分で台無しにしている馬鹿だと思う。 殺せる機会があったら、100ぺんだって殺してやるくらい、嫌いだ。 でも、『リドル』は。 クソ生意気で可愛くなくて、底意地も悪い馬鹿だけど。 どうしても、心底嫌いにはなれなかった。 いつでも殺せると思っていたし、実際殺す力はある。 でも、それをできるだけ先延ばしにしたかったのは、ではなく僕の方だった。 殺したくない。 けれど、殺さなければならない。 その一念で、さっきはがすることを黙って見ていたけれど。 そこで、脳裏をよぎったのは、現代であった出来事だった。 金庫から消えた賢者の石。 4階の廊下に三つ首の番犬がいた訳。 くすり、と口元が勝手に弧を描くのを、僕は止められなかった。 「ここは、君を見逃してやろう」 ただし、それは君を助けるということじゃあない。 寧ろ、君はきっと何故殺さなかったのか、と僕を呪うことになるだろう。 これは僕のエゴだよ。 ......to be continued
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