年長者の言葉って奴は有り難迷惑というのが一番近いのかもしれない。 大事なのかもしれないけど、鬱陶しい痛みを寄越してくるんだ。 Phantom Magician、141 パチっと。 その日は驚くことに、電気のスイッチを切り替えたかのように目が覚めた。 こんなにスッキリ爽やかな目覚め、という物はあたしにしては中々に珍しい。 「んー……っ」 外は小鳥のさえずりさえ聞こえそうな、素敵な陽気だった。 が、ベッドの中で猫のように伸びをして、すでに慣れてきた腕の痛みに眉を顰める。 気を抜いてる時にくるんだわ、このツッキーンって痛み。 と、その瞬間、 シャッ 「ミスター 。起きたのですか?」 「っ!」 その「いってぇーな、もう」って表情を、しっかりばっちりガッツリとマダム ポンフリーに目撃された。 「ミスター !あれほど、傷はいじってはいけないと!!」 「うあぁぁあ、すすすすすみません!ついうっかり!!」 「うっかり!?」 そう、あたしはなにしろ重症患者様なので、未だに医務室の住人だったりする。 もう一体何日この真っ白清潔空間で目を覚ましたか分からない。 しかも、面会謝絶。 「え、あたし全然元気ですけど」と、思ったっていうか、ポロっと口にしたのだが、 その時のマダムの迫力たるや、もうマジ夢に見るレベルだった。 間違いなく、過去の記憶を攫ってもあそこまで怖い怒られ方をしたことがない。 ジェームズの阿呆はこの間よくマダムの目を盗んでここまで来たなって思ったよ。 (『いや、そのジェームズ身代わりにして脱走図った人の言うことじゃないよね、それ』) まぁ、マダムの言い分としては、端的に言ってしまえば、 狼人間に付けられた傷を甘く見てんじゃねぇぞゴルァ!ってことらしい。 いや、あたしとしては咬まれなかったから良かったんじゃん?と思ったんだけど。 そこで告げられた驚愕の真実が一つ。 人狼って、咬まれなくてもなるらしいよ? メカニズムはよく知らんが、バイ○ハザードのゾンビとかを思い出して欲しい。 あれも、感染者の体液が血液に入る血液感染でガンガン広がっていくものなのだが、 どうやら、人狼もそういうものなんだそうな。 (まぁ、グレイバックなんかは手っ取り早くかじって唾液を移しているっぽいが) さて、ここで問題です。 リーマスに腕をひっかかれてー、まさにかじりつかれそうな感じで唾液ダーラダラ浴びてたあたし。 感染のリスクは低い。○か×か!? 『まぁ、○な訳ないよね』 はい、ということでマダムの監視超厳しいッス。 あたしが感染して苦しんで大暴れ的な展開を警戒してるっぽいです。 『まぁ、大丈夫だと思うけどね』 だよねー? 別に今のところレア肉食べたい気分でもないし……。 『うん。っていうか、感染してたら君もう死んでるから』 え、そうなの?じゃあ、生きてるから感染してないよね、なんだそうなんだぁー……って。 …………。 …………………………。 い ま な ん つ っ た ? 『だから、感染してたら君もう死んでるって』 なんか、いつも通りの適当な相槌かと思いきや、 ちょっとやそっとじゃ聞き流せないようなことを平然とのたまうスティアさんだった。 うんうん。うん、えーと、うん! ちょっと、今の言葉おさらいしてみよっか! えっと、カンセンシテタラキミモウシンデル? …………。 …………………………。 なに怖いことサラっとぬかしとんじゃ、おのれはぁあぁぁぁぁっぁあっぁぁ!? マダムだってそこまで怖いこと言ってなかったんですけど、ちょっと! 『いや、だって、それはマダム ポンフリーは君がマグルだって知らないから』 「へ?」 『魔法使いなら感染しても狼人間になるだけで済む。まぁ、かみ殺されることもあるけど。 でも、マグルなら感染したらほぼ確実に死んでしまうんだよ』 「り、りありー?」 マジかよと思いながらも念のため確認してみると、 スティアはどこか憮然とした声と表情で、こっくりと頷いた。 嗚呼、だから、コイツはあたしが噛まれようとした時あんなにブチ切れて……って、ん? え、すみません、君、大層情熱的にあたしが人狼になった時の仮定を話してなかった!? 『……いや、冷静に考えたら、君が狼人間になれる訳ないなーと』 ……つまり、あたしを散々マグルマグル言ってたくせに、 肝心な時には忘れてた、と?そういうこと?? 『…………』 頼れるはずの相棒はそっとあたしから目を逸らした。 目 を 逸 ら し た ! 今更ながらに、自分が足を踏み入れた危機的状況にガタブルである。 リーマスと人狼になるなら、それも良いなって、思ってた。 でも。 あたしは、マグルで。 人狼には、なれなくて。 つい数日前にした決意も、なにも、全てはただの喜劇だった。 そう思ってしまうと……。 『……』 「……さ」 『え?なに、よく聞こえな――』 先に言っとけやぁあぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ! 『煩っ!』 器用に耳を前足で抑えたスティアが文句たらたらの目を向けてくるが、 そんなこと知ったこっちゃなかった。 っていうか、寧ろ文句言いたいのはあたしだよ、馬鹿野郎っ!! なんだよ、それ! リアルに九死に一生スペシャルだったじゃんか!! もうマジお前そういう肝心なことなんでうっかり言い忘れてるんだよ!? それだったら、あんな無茶しないよ! っていうか、できないよ! リーマスは大好きだけど、セブじゃないんだから死んでまで愛は貫けないよ!! 怖っ!リアルに怖っ!!鳥肌立って来た……っ 嗚呼、マジで良かった!咬まれてなくて!! 今更ながらにジェームズの株が上がるわ! 主人公体質万歳!!よくぞあそこで良いところ取りしてくれた!! 『……あー、うん。ごめんごめん』 スティアは心配して損した、とでも言いたそうな表情で、棒読みの謝罪をした。 うわー、心に響かねぇー! と、あたしが今更ながらに自分の軽挙妄動に戦慄していると、 怖い表情であたしをじっくりとっぷり観察していたマダムも何故かわなわなと震えていた。 あたしに忘れられていたことに対する怒り……ではないだろうから、えっと、これはなんだろう? 我ながら、疑問符飛ばしまくりの間抜け面でぽけっとマダムを見つめ返すと、 それが更に火に油を注ぐ結果になってしまったのか、キッとマダムの目が吊り上る。 「貴方という人はまだ事の重大さが分かっていないようですねっ?」 「いや、たった今、痛いほど事の重大さっていうか命の大切さを噛みしめてたところなんですけど」 とりあえず、小さく反論を試みてみたあたしだったが、全く、聞く耳持って貰えないっていうね? シリアスな空気が醸し出せないこの身が呪わしい限りである。 そして、あたしの態度が気に入らなかったらしいマダムは、 悲鳴と怒号を足して二乗するという器用な技を発揮した。 「いいえ、まだ分かっていませんっ!!また猫をベッドに入れるなんて!!」 「いやいやいや!入れたっていうか、勝手に入って来ちゃうんですっ 本当に馬鹿猫ですみませんっ」 『君に馬鹿って言われるのって心外すぎるんだけど』 「煩ぇ、今、話に入ってくんな!」 「ミスター !」 「うわわわ、いや、違うんです、マダム!今のはコイツに言ったことで……。 分かってます!自分が重傷患者だってことは重々分かってます!」 あわあわと言い訳をしてはみるものの、マダムの表情をみる限り効果はなさそうだ。 (オイ、手前ぇのせいで今あたしピンチなのに笑ってんじゃねぇよ、そこの黒にゃんこめ!) このままだと、退屈なこの面会謝絶期間が更に伸びそうな気配がするので、 半ば以上必死にマダム ポンフリーを宥めようとするあたし。 すると、天に祈りが通じたのか、そこにひょこっと救世主が現れた。 「こうなれば、貴方の置かれている現状と今後の危険性を再度お話するしか――」 「ふむ。一応も分かってはいるとわしは思うよ。ポピー」 「校長先生!」 流石、出所を心得ている人だ! その素敵すぎるタイミングに、目をキラキラさせながら歓迎すると、 マダム ポンフリーはあからさまに嫌そうな表情をしながら、その場を退出していった。 「さて、。二、三、話をしたいんじゃが、良いかの?」 静寂を旨とする医務室に、カチャカチャと食器の触れ合う軽やかな音が響く。 そこには、ふわりと、馨しい紅茶の香りが漂っていた。 そして。 いつもの如く、空中からティーセット一式を取り出したダンブルドアは、 やっぱりいつも通り意味ありげなブルーの瞳をこちらに向けてきていた。 「…………」 そういえば、目覚めてから何日か経っているものの、校長とは話をしていなかったな、と、 その瞳を見て遅まきながら気付く。 あれだけの騒ぎだったのだ。 ダンブルドアがジェームズ達の話くらいで納得するはずもないというのに。 思えば、さっきのマダムの態度もそうだ。 例え校長といえど、あの人は面会謝絶の人間と理由もなく会わせたりはしないのだ。 というか、理由があってもごねるし、拒否する。 それが彼女の仕事であり、使命である。 だから、さっきのあっさりとした退出は、事前に話が通っていたためだなと察しがついた。 だから、無理にでも深呼吸を一つして、心を落ち着ける。 何を訊かれても、何を言われても、動じないために。 と、あたしが腹を据えたのを見届けた所で、ダンブルドアはおもむろに口を開いた。 「ふむ。どうやら体調は良さそうじゃの?」 「はい。おかげさまで。……あのぅ」 「なんじゃね?」 がしかし、だ。 本題に入る前にこれだけは確認せねばなるまい。 そう心に決めて、恐る恐るあたしはその言葉を口にする。 「そろそろ退院とかさせてもらいたいんですけど、無理ですか?」 勉強は遅れるわ、愛しのリリーに会えないわ、 医務室暮らしにもう本気で嫌気がさしてきてるんだが。 (ちなみに、リーマスのところに行った帰りにリリーとセブセブの所には顔出したよ? すげぇ勢いで心配されて、悪態吐かれて、抱きしめられてで大変だった) と、あたしの不満たらたらな様子がおかしかったのか、 ダンブルドアは少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、首を振った。 「それはわしの権限ではどうにもならんのぅ」 「ええ!?校長なのに!?」 校長って学校で一番偉い立場じゃねぇのか、オイ。 どう考えてもその立場を利用してこの会談をセッティングしているはずのおじいちゃんは、 しかし、「退院はマダム ポンフリーの許可を得てからじゃ」と譲らなかった。 「例え、創設者であったとしても、どうにもならんの」 「っ!」 『創設者』 その、まるで予想していなかった方向から放り込まれた言葉に、 一瞬息をのむ。のんでしまう。 ダラダラと背中に嫌な汗が流れるが、ダンブルドアは相変わらず微笑んだままだった。 えーと、この人は一体なにをどこまで分かってるのかな?かな!? 原作での、超人的な推理力を思い出す限りにおいて、 今更ながらに直接対峙することの無謀さを知ったが、もう後の祭りである。 と、あたしが焦りつつも沈黙を保ったことで、ダンブルドアは自ら動くことにしたのだろう、 まずはジェームズ達からの報告をあたしに話して聞かせた。 「――ということで、ミスター ポッターとミスター スネイプの話を総合すると、 どうやら、今回の件には闇の魔術が関わっていそうだということじゃが。 の目から見て、どうじゃったね?」 「どう、っていうのは?」 相手があたしに何を求めているのかが分からないため、慎重に問いかけの意味を探る。 あたしの魂胆なんて目の前の賢人には御見通しかもしれないが、それしかあたしにはできなかった。 「つまり、ミスター ブラックは何者かに操られていたか、というのがポイントじゃ」 「……あたしの主観で良いんですね?」 「もちろんじゃ」 考える。 何を話して、何を話さないべきかを、慎重に。 もしダンブルドアと向かい合っているのがハリーだったら、 そのブルーの瞳に、なにもかも洗いざらいぶちまけてしまいたい衝動があっただろう。 自分が抱え込んだ物を全部晒して、助けて欲しいとすがりたくなっただろう。 でも。 あたしは、そうじゃない。 思えば、この世界に来てから、ずっとそうだった。 誰かに話してはいけないと言われた訳ではない。 話そうとして、言葉が出てこないという訳でもない。 世界が敵に回ったように次々邪魔が入るという有りがちな展開でもない。 そもそも、あたしには誰かに話して協力してもらうという発想がなかった。 不思議と、それはするべきじゃないと、今も思っている。 それが宇宙意志のなせる技なのか、それとも単なる人間不信なのかは知らないが。 あたしは、その直感に従うことにした。 「シリウスは……操られていたかはともかく普通じゃなかったのは確かだと思います」 「ほう……。というのは?」 「なんか言動がおかしかったし、幾ら相手が気に入らないからって、 だまし討ちで殺そうとまではしません。普段のシリウスなら、絶対に」 「ミスター ポッターと同意見じゃな。 して、ミスター ブラックはミスター スネイプを殺そうとしていたと君は感じた、と?」 「……そうですね」 些細な言葉尻を捉えてくる相手の話し方に、思わず舌打ちをしたくなる。 こういう腹の探り合いみたいなことは苦手なのだ。 いっそズバーンと本題直球で聞かれた方がずっと気楽である。 もっとも、それは気楽に答えられる、という意味ではないけれど。 「何故、そう思ったのかね?」 「……満月の夜の人狼の前に、幾ら成績優秀でも子どもが、ですよ? 放り出されたら、普通そう思いません?」 「ふむ……」 と、そこでダンブルドアの目が細まった。 「これは確認じゃが。 そうなると、ミスター ブラックはもちろん、お主もミスター ルーピンが人狼であり、 満月の夜はあの屋敷で過ごすことになっていたことを知っているのが前提になるが、良いかの?」 「……はぁ。まぁ、そうなりますよね」 「参考までに何故気付いたのか教えてもらえるとありがたいのぅ」 「何の参考に、ですか?」 「今回のことはあってはならんことじゃ。 再発防止策を講じる必要があるやもしれん。 なら、まずは原因を知らなければどうにもならんからの」 「…………」 ダンブルドアの言い分はもっともだったが、まさか、原作を読んでいたからです、とも言えないし、 シリウスがリーマスのことに気付いたきっかけなんて知る由もない。 なので、あたしはそれはもう爽やかな笑顔と共に、 「愛、故です!」 と主張した。 ら、ダンブルドアが大げさな位目を丸くしていた。 どうやら、意表を突くことには成功したらしい。 『いや、そんなもの成功されても』 スティアが呆れたようにこっちを見ていたが、まぁ、無視だ。 と、ダンブルドアはくすくすと愉快そうに喉を鳴らすと、 ズバリ、と核心を突くようにこう切り出した。 「愛……なるほど。では、お主らが存在をひた隠しにしているのも、その愛故にかの」 「ひた隠し?」 「『スリザリンの継承者』」 「…………」 「お主は、その人物を知っておるじゃろう?」 確信に満ちた物言いに、これは恍けるのは無理そうだと悟る。 がしかし、だ。 この場合、ダンブルドアが指しているのは……どっちだ? 自らをスリザリンの継承者と呼ぶリドルと。 スリザリンの名をその身に持つスティアと。 ダンブルドアがどちらを指しているのかによって、返答が変わる。今後の展開も、だ。 どうしたらそれが特定できるのか、目まぐるしく頭を働かせながらも、 俯きそうになる頭を無理矢理上げて、なんとか口を開こうとしたあたし。 しかし、そんなあたしに対して、皺の刻まれた手が伸ばされていたので、一気に思考が吹き飛ぶ。 「これは……?」 「っ!」 いや、あたしに対してというよりも、あたしがするカフスに対して、という方が正しい。 おそらく、顔をぱっと上げた時に、覗いた耳に輝く物が見えたのだろう。 ケーからもらった、お守り代わりのそれ。 凝った意匠のカフスは確かに一見の価値があるが、 ダンブルドアの反応は綺麗な細工を見た人間の反応とは少しばかり違っていた。 それよりも、もっと不思議そうな。 なにかを思い出しそうで、思い出せないとでもいうような。 そんな、反応。 だが、その手がカフスに届く前に、行く手を塞いだ白い影があった。 肩にふと、重みがかかる。 「気安く触らないでもらおうか」 「っ!ケー!!」 「は病み上がりなんでね。これ以上の詰問はお断りする」 いつの間に姿を変えたのか、人型になったスティアがあたしの肩に手を置いていた。 その温かみにほっとすると同時に、焦りが浮かぶ。 どうして、よりにもよって、こんな時に!? と、話題の当人が出てきてしまったことで、顔色を変えたあたしだったが、 ダンブルドアは、驚くことにケーの登場を予期していたかのような瞳でこちらを見た。 「そこまできつく問い質していた覚えはないんじゃが」 「加害者側の意識など、問題ではない」 「……相変わらずじゃのう。ミスター」 っていうか、寧ろケーと知り合いっぽい?? え、ちょっと、どういうこと?? と、あたしが完全に置いてけぼりをくらっていることに気付いたのか、 ケーは嫌そうな表情でダンブルドアを指差した。 「知り合いっていう程の関係じゃないよ。ただちょっと腹の探り合いをした程度」 「ちょっとで腹の探り合いすんの!?お前ら」 っていうか、それ一体どこで!?どの場面!? お前ら会ったことあるなんてあたし知りませんけど!? 「まぁ、君のいない所で話したからね」 「ケーと校長先生の会話とか、全然想像つかない……」 「大した話はしてないよ?」 「胡散臭っ」 そのツーショットを思い浮かべてみると、とても世間話なんてしてるとは思えない。 しかも、腹の探り合いを少々、って感じなんでしょ? いやいや、絶対大したことのある会話しかしてないだろ。超重要な会話だろ、それ。 わざわざあたしのいないところでしているという点にも、 なにかしらの作為がありそうな気しかしない。 と、あたしがそんな風にケーを疑いの眼差しで見ていると、 それを見ていたダンブルドアは、ふむ、と少し考えるようにした。 「どうやら……進展があったようじゃの?」 「は?進展??」 が、続けられた言葉の意味がいまいち分からない。 と、ケーには意味が通じたらしく、なんとも奇妙な苦々しい表情で溜息を吐いていた。 「語弊があるな……」 「存在を知られていないよりは進んでいるじゃろう。 なにより、お主を取り巻く空気が違う」 「開き直っただけだ」 ……なんか、仲良しっぽい? どうにも、置いてきぼり感が半端なかったので、疎外感に多大な嫌味をこめて心の中でそう呟く。 すると、ケーは爽やかな笑顔で手にがっつりと力を込めた。 「痛っ!痛い痛い痛い!ちょっと、冗談抜きで痛い!肩が潰れる!!」 「ええ?あれが仲が良い会話なら、これも仲の良いコミュニケーションだよ?」 「すみませんごめんなさい、嘘です嘘!ただならぬ緊迫感漂ってました!!」 よっぽど、ダンブルドアと仲良し認定されることが嫌らしい。 真っ白い笑顔のくせに、ケーの目が笑っていなかった。 そして、あたしが痛みに呻いている間に「さて、話を戻すが」とケーはさっさとダンブルドアに向き直る。 どうやら、相手は彼がしてくれるということらしい。 もうちょっと穏便にバトンタッチしてくれると有り難かったんだけどね! 「『スリザリンの継承者』とやらだが……それに対するそちらの見解を聞こう」 「見解、とは?」 「校長。今は腹の探り合いをする気はない。 大幅に譲歩して、そちらが手の内を晒すなら、こっちも相応の物を差し出そう」 「長時間の会話はの負担になるから、かの?」 「そう取ってくれても構わない」 色々な意味で心臓に悪い会話だったが、しばらく見つめ(睨み?)合いをした両者で、 先に譲歩したのは、予想通り賢明なる校長先生だった。 「まず、『スリザリンの継承者』は二人いる。 今回の事件で、最も大きな関係を持つ者じゃ。 一人はおそらくわしのよく知る者……。 そして、もう一人は目の前におる」 ……どっちか、っていうかどっちもバレてた。 校長マジ怖い。エスパーじゃねぇの?マジで。 「……何故二人いると?」 「伊達に校長はしておらんよ。 校内で不穏な動きをしていた生徒を統率する誰かが現れたことには気づいておった。 もっとも、あくまでも一部の不穏分子に対して、じゃがの。 かのスリザリンの末裔であっても、今現在権勢をふるっているヴォルデモート卿の求心力には、 存外苦労をしているようじゃな? じゃがの、『スリザリンの継承者』を名乗る何者かは、40年ほど前にもいたんじゃよ。 素晴らしい頭脳と冴えわたる魔法の腕を持ち、決して表に出ずに様々な暗躍をしていた、影の指導者が」 「今回関係している二人目はそれだと?」 「寧ろ一人目と呼ぶべきじゃろう」 確信に満ちた言葉に、恍けることの無駄を悟ったのだろう、 ケーは極上のルビーのような瞳を細める。 その口調はあたしと話しているときのケーでも、スティアでもなく。 あちらの世界の親友のそれを思わせた。 「その一人目の名前はトム=リドルだと、どうやら確信しているらしいな」 「ホグワーツの長い歴史の中でも、これほど大胆な事件を起こしておきながら、 尻尾を出さぬ手口の持ち主はそうはいないじゃろう?」 「確かにそうはいないかもしれない。だが、絶対にいないとも言い切れないだろう。 ところが、校長はいないと確信している――というよりは、知っているとでも言いたそうな口ぶりだ」 「お前……ジェームズ=ポッターの頭の中身を覗いたな?」 それは、刀の切っ先を思わせるような鋭い言葉だった。 はっとするようにダンブルドアを思わず見るが、超然とした老人はその非難の視線にびくともしない。 「かのサラザール=スリザリンのように、とはいかんがのう。 なにしろ、ミスター スネイプの内心は測りかねたくらいじゃ」 「!」 ゆったりとしたその肯定に、腰が引ける。 それは多分、自分の考えもそうして筒抜けになることへの恐怖からだ。 ただ、そうしたあたしの怯えに対して、ダンブルドアは苦笑するように口の端を歪めた。 「そう心配せずとも、の心を覗こうとは思わんよ。 お主の庇護者がそんなことを許すはずもない」 「賢明な判断だな」 「お褒めにあずかるとは光栄じゃ。 さて、本題に戻るが、ミスター ポッターの記憶の中には何人かの登場人物がおった。 ここにいると、被害者のミスター スネイプ。 そして、ホグワーツ在学中の姿そっくりそのままのトムじゃ」 理由は分からないが、ジェームズ達はリドルの存在も、ケーの存在も隠そうとしていた。 そう、ダンブルドアは語る。 けれど、あたしには分かる。 分かってしまう。 彼らは、庇ったのだ。 ジェームズは、リドルとケーと一緒の所を見ていたから、あたしを。 セブルスは、ケーと知り合いのようだったから、ケーを。 そして、目の前の賢者は、その理由を優しい瞳で見逃した。 重要なのはそこではないと、知っていた。 「故に、今回の事件の背景にはあの者が大きく関わっていたと確信したんじゃよ」 「天下のダンブルドアの目を盗み、防護の魔法を突破してヴォルデモート卿がホグワーツに侵入した、と? それは些か、このホグワーツの防衛体制を軽んじた発言だな。校長」 「いや、事を起こしたのはヴォルデモート卿ではないとわしは考えておるよ」 「ほう?」 ……あのさー、ダンブルドアってさー。 なんかもう、あたしなんかよりよっぽど事態を把握している気がするんだが、気のせいだろうか? 流石にケーも相手の察しの良さには驚いたらしく、珍しく感心するような声が漏れた。 がしかし、そう簡単に及第点はあげたくないのか、意地の悪そうな瞳が笑う。 「これは不思議だな。トム=リドルがヴォルデモート卿であるのは間違いがない。 だが、校長は今回の事件の黒幕はトム=リドルであって、ヴォルデモート卿ではないと言う。 その心は?」 「ふむ。わしもそこで是非ともお主の意見を聞きたいんじゃよ。 一人の人間を、別々の場所に同時に存在させる魔法について、心当たりはないかの?」 きらりと、ブルーの瞳に青い焔が燃えていた。 その気迫に、これが、ダンブルドアの一番聞きたかった問いなのだと気付く。 すると、ケーはまるで「よくできました」と言わんばかりの満足そうな笑みを一つ零した。 「それなら、一つだけあるさ。分霊箱、これしかない」 「「!」」 「お主こそ、確信しているようじゃな?」 「実物を見ているからな。お前とて、実際に目にすればその異質さに気付くだろう」 思わず、自身のローブのポケットを握りしめる。 相変わらず、漆黒のノートは風もないのにざわざわと微かな音を立てていた。 そして、次の瞬間放たれた一言に、ぎくり、と体が緊張する。 「その実物は今どこに?」 探るような瞳が、あたしを見た気がして、声も出ない。 だが、そこは頼れる案内人が太い笑いで、相手のプレッシャーを跳ね除けた。 「くくっ。あいにく、もう消し炭にしてやったさ。 見るのも不愉快だったからな」 「それほど重要な証拠を、かね?」 「どこに提出する訳でもないものをいつまでも抱えていてどうする?」 その堂々とした嘘つきっぷりは、いっそ見事としか言いようがない。 事実を知っていなければ、簡単に騙されそうなほど堂に入った悪役っぷりだった。 それに気づいているのかいないのか、ダンブルドアは至極残念そうに肩を竦める。 「残念じゃ。非常に残念じゃ。 分霊箱を見る機会などそうあるものではないんじゃがな」 「長い人生だ。そう嘆かずとも、すぐに次の機会が来るだろうさ」 「…………」 深紅の瞳と、蒼海の瞳が交差する。 それは、万の言葉をやり取りするよりも、雄弁に相手の言い分を語っていた。 大体聞きたかったことを聞き終えたであろう頃合いを見計らって、 ケーはやがてダンブルドアに退出を促した。 お前は何様だと突っ込みたくなるくらい、その姿は堂々としていて偉そうである。 がしかし、そんな俺様に対して、好々爺然とした笑みを絶やさなかったダンブルドアのメンタルマジでハンパねぇ! 彼は、最後に少しだけあたしと話したいと言い出し、寧ろケーの方を医務室から追い出した。 その際に、なんか見えない火花が散ってた気がするのは、うん、気のせいってことにしよう。 えぇー、この空気の中、あたし校長と二人っきりなの?なんで??どうして!? と、部屋を出て行ったケーには心でヘルプを求めるが、 奴はあっさりと、 (いよいよヤバくなったら助けてあげるよ) と、心の中に生暖かいエールを寄越してきた。(オイィ!) 多分、さっきダンブルドアなりに腹を割って話をしてきたことに対する、 一種の労いの意味があったんだろう。 そして、今度こそ、あたしはダンブルドアと差向いで対峙している。 なんでこうなったんだろう、と現状に対する愚痴しか出てこない。 と、あたしが見るからにビクビクしていたためか、 ダンブルドアは少し苦笑してお茶のお代わりを促してきた。 気づけば喉が渇いてきていたので、お言葉に甘えて頂くことにする……真実薬とか入ってないよね、これ? 「そう心配せずとも、なにも入ってはおらんよ」 「うへぁ!?いやいやいや、別になにも疑ってなんかいません、よ?」 慌ててその言葉を証明しようと、グビっと勢いよく飲み干そうとして……グハッ!喉が焼ける!! ゲホゲホとせき込んでいたあたしは、それはもう分かりやすいくらい挙動不審な姿だっただろう。 がしかし、そんなあたしの様子は置いておくことにしたのか、ダンブルドアはさっさと本題を開始した。 「さて、こうして残って貰ったのは他でもない。 お主の庇護者に関することじゃ」 「あの、結構前から言ってますけど、 『庇護者』って……ひょっとしてケーのこと?ですか?」 「その通り」 会話の流れを読んで確認してみると、ごくごく当たり前のことのようにダンブルドアは首肯した。 すわ、本人を余所に一体何の話をする気だ?と身構えていると、 彼が口にしたのは意外といえば意外、彼らしいと言えば彼らしい話題だった。 「。お主は彼の想いに応えるつもりがあるのかね?」 すなわち、『愛』に関すること。 「…………」 流石に、この訊かれ方では、相手が示しているのが親愛の情でないこと位分かる。 我知らず冷やかに目が細まっていた。 「なにが、言いたいんです?」 「率直に言おう。お主は、あれ程の想いをどうするつもりじゃね? 今は良いじゃろう。互いに思いやり、互いを頼みとして生きていく。 じゃが、お主が彼を選ばなかった時、 彼は第2のヴォルデモート卿――いやそれ以上に強大な闇の魔法使いとなる」 「…………」 「お主が彼を選んだ場合、彼はお主を身命を賭して守りぬくじゃろう。 今、姿を変えてまでお主の傍にいるようにの。彼のなにが不満じゃね?」 まるで、見合いの世話役かなにかのような台詞を平然とのたまうダンブルドア。 あたしが何も言わないせいだろう、彼の演説はなおも続いていく。 「はミスター ルーピンを好いていると言っておるな。 じゃが、それは本当かね?わしには、時にそうでないように見える時があるんじゃよ」 「…………」 嗚呼、ダメだ。 「ちょっと――」 ブチッと自分の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。 「――アンタ黙れ」 あたしは、身を焦がすような激しい怒りに、全身が沸騰しているのを感じていた。 そこにいるのが、ヴォルデモート卿でさえ恐れると言われる稀代の魔法使いであることも忘れて、 あたしは、睨み殺さんばかりの視線を向ける。 「さっきから聞いていれば、好き勝手言いやがって。 あたしが好きにならなきゃ、スティアが闇の魔法使いになる? 大事にしてくれるのに、スティアのどこが不満だ、だ?」 「…………」 「挙句の果てには、お前リーマスのこと別に好きじゃないだろ……? どいつも、こいつも……っ!」 怒りのあまり、手にしていたカップがソーサーに触ってガチャガチャと喧しい音を立てていた。 頭の片隅に追いやられた理性が必死に訴えるので、慎重にカップをサイドテーブルに戻す。 落ち着け、落ち着けあたし! 相手は痴呆始まってても仕方ないくらいの推定1世紀を生きているおじいちゃんだ! まともに相手にするだけ、ホラ、エネルギーの無駄遣いっていうか? と、あたしが深呼吸をしようと躍起になっていたその時、 ダンブルドアはなんとも絶妙のタイミングで口を開いてきた。 「違うのかね?」 「――――っ」 パン、と渇いた音が一つ、医務室に響いた。 「ス、ティアは……」 頭は真っ白で。 スティアに助けを求めることとかも、できなくて。 自分が何故これほどまでに動揺しているのか、 どうして今、これほど泣き出したいのかも分からないまま、唇を震わせる。 でも、これだけは確かだった。 スティアは、あたしをスキなんかじゃ、ない。 そんな簡単に言えるような、恋愛感情なんかじゃ、ない。 もっともっと、複雑で。 でも、本当にあたしのことは大切にしてくれて。 そんなお門違いの疑惑を向けられて良い奴なんかじゃ、ないんだ! 「スティアは……!」 あたしは、あたしの尊厳を守るために奮ったこの手を、後悔しないだろう。 「そんな器の小さい奴じゃない!!」 と、流石にあたしの叫び声が聞こえたんだろう、 それは険しい表情をしたケーが医務室に舞い戻ってきた。 で、その姿を見た瞬間に、あたしもなんかこう……こみ上げるものがあって。 「うぇ……す、てぃあぁ……」 「…………」 再度、ブチッと何かが切れる音がした。 「……アルバス=ダンブルドア。お前、に何を言った……?」 「……ふむ。言わんでももう知っているかと思うたが」 「の内心がこれだけ荒れ果てていて分かる訳がないだろう……っ 一体なにを言ってここまでにした、このクソじじぃ!」 「言葉遣いも荒れているのぅ」 「……よし、そこに直れ。その鈍い頭でも理解できる苦痛をくれてやるっ」 遠くに喧々錚々といがみ合う声を聴きながら、一気に疲れが吹き出したあたしは、 スティアのそれは完全なる悪役のセリフだな、と客観的な感想を漏らすことしかできないのだった。 それは喉に刺さった小骨のように。 ......to be continued
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