僕の運命を変えるものは、いつだって窓から現れた。
そして。






Phantom Magician、139





暗い暗い部屋の中。
更に暗い、自分のベッドの上で。
僕はもう、何回目になるか分からない自問自答を繰り返していた。

ホグワーツを去るか、否か。

すでに答えは出ていなければならないのに、その問題がぐるぐると頭の中を支配する。


――僕は」


他の人間のことを考えるなら、前者が正しく、後者は間違いだ。
やっぱり、狼人間なんて危険な存在は、無垢な子どもばかりの学校になんているべきじゃない。
知られれば石を投げられ、排除される罪深いもの、それが僕だ。
でも、理性がここから消えろと勧めても、感情がそれを否定する。


「僕はここにいたい」


初めて出来た、友達の居る場所。
理解者のいる温かい世界。
それを失うことに、体は恐怖で動きもしない。

両親は、素晴らしい人たちで、こんな自分を大切に大切に育ててくれた。
息子が狼人間だとばれたら、大変だというのに見捨てもせず。
定住すら許されないというのに。
それでも、それは僕のせいじゃないんだ、と一生懸命話してくれた姿が、今でも忘れられない。

でも。
それほど素晴らしい両親と暮らしていても。
家族と他人とでは、違うのだ。
無条件で愛情をくれた家族と、望んで傍にいてくれる友人とでは、全然。
両親が好きだ。
それはもう、何度だって、誰にだって、胸を張って言うことが出来る。
でも、それでも、いつもどこか寂しくて。
苦しくて申し訳なくて。
けれど、やっぱり、淋しくて。
ましてや、狼人間である僕を受け入れてくれる他人を知ってしまった今。
あの孤独に戻ることが、僕にできるのか?


「ジェームズ、ピーター……シリウス」


瞼を閉じれば、危険な魔法を習得してまで、僕の傍にいてくれようとした友達の姿が目に浮かぶ。
分かってはいるのだ。
その友人の一人が、今こうして僕の出て行く原因を作ったのだ、ということは。
けれど。
裏切られた、という想いは当然あるのだけれど、でも、嗚呼やっぱり、という諦めも同時に生まれて。
それに、受け入れられた嬉しさを足してしまえば、批難なんてできるはずもなくて。
結果、僕はどろどろとした想いを一人で抱えて、こうして引きこもっている。

ダンブルドア先生は、一連の流れをジェームズとセブルスから聞いたらしく、 全てなんとかするから安心しなさい、と言ってくれた。
言いつけを守っていた僕には、なんの落ち度もないのだ、と。


「でも、違うんです。先生」


落ち度がない、だなんてそんなことは、絶対にない。
セブルスとシリウスがお互いに悪感情を抱いていても、 友達に見放されることを恐れて放置していたのは僕だし。
そもそも、僕という存在自体が、全ての元凶だ。

僕さえいなければ。
こんなことには。

でも、これほど明確に自分という存在を否定するのに、 僕は先生の言葉に甘えて、まだここにいる。
ぐだぐだと悩んだ振りをしながら、友達が引きずり出してくれることを望んでいる。
誰かに、僕という存在をまるごと受け入れて欲しかった。
汚らしい、病気と一緒に。
なんて。


「なんて、卑怯者なんだろう」


シリウスが、僕も巻き添えにこんなことをしたのは、 僕の中に彼の嫌いな卑怯さがこんな風にあるからだったんじゃないだろうか?
そんな、もっともな結論さえ、頭をもたげそうだった。

そして、もう何日になるのか考えるのも馬鹿馬鹿しいほど悩んでから。
寝てばかりで節々を痛めながらも、なおも意地になって転がっていたベッドで。

ガタガタガタ

僕は、いつもと違う、窓枠の揺れる音を聞いた。







「!」


期待とどうしようもない罪悪感で、心臓が早鐘を打つ。

友人達は普段、窓からだって平気で出入りをする。
でも、僕がこんな状態になってからは気を遣っているのか、 いつも彼らは神妙に部屋で過ごし、出入りも扉だけで静かにするようになっていた。
悪戯だって、どうやら大した物はしていないようだ。
していない、というよりはできない、の方が正しいのだろう。
リリーは無神経だのなんだのと彼らを評するが、彼らだってデリカシーを発揮できないわけじゃない。
(まぁ、普段あまりしないからそういう評価もありえるのだけれど)

でも、そろそろ痺れを切らす頃だとは、思っていた。
だから、これはもう確信だった。
友人達が、自分の態度を怒るなり、呆れるなり、いっそ笑うなりの行動に移そうとしているのだ、と。

そして、一瞬喜びを浮かべてしまった表情筋を叱咤し、 僕は、まるでノックされているかのようにガタガタと規則的に音を立てる窓枠の方を見た。
ベッドのカーテンで、窓は見えない。
でも、夕日に照らされたシルエットが、そこには映し出されていた。
体格からピーターではなさそうだ。
となると、ジェームズか、シリウスか。
嗚呼、でもこういう場合はジェームズが来る可能性の方が高いな。なにしろ箒に乗っているようだし。
そう予想を立てながら、「誰?」と突き放すような声で尋ねてみる。


「…………」
「……誰だい?煩いんだけど」


しばらく人と話さなかったせいで声は掠れていた。
反応がないのは聞こえなかったせいかと、再度問いかけをしてみると、


……ぐはっ!やべぇ、リーマスの掠れ声とか色っぽすぎるっっ
「っ!」


小さくてなにを言っているかは分からないものの、どこか興奮したようなの声が聞こえた。
あまりに予想外の人物の登場に、僕としたことが、完全に頭が真っ白になる。


……?」


あり得ない。
あり得ないアリエナイありえない。

ジェームズは言った。
は僕が狼男であることを知っていながら、僕を好いていたのだ、と。

でも、そんなこと、あり得ないのだ。
確かに、は(あれでも)そこら辺の人間よりよっぽど頭の回転が速くて。
僕の正体に気づくことも、あるかもしれない。
でも、それでも態度を変えることなく、僕に接する?
大好きだと。
傍にいたいと公言する?



そんな人間、いるはずがないじゃないか。



僕だって自分がそうだから、狼人間という物を仕方なく受け入れているけれど。
他人がそうだとして受け入れられる、はずがない。
自分を傷つける存在なんて嫌だ。怖い。近寄りたくない。
それが、普通だ。
それが、当たり前だ。

父の知り合いだって、どんなに出来た人で、僕を可愛がってくれたとしても、 僕が狼人間かもしれないと気づけば、手の平を返したように僕を蔑んだ。

ましてやは僕と同学年の所謂子どもで。
出来た人間なんかじゃ、とてもなくて。
しかも、しかも。
狼の時の僕に出逢って、あんなに、ボロボロになって、いたのに……っ!


「〜〜〜〜〜〜〜っ」


詳しい経緯は知らないけれど、は、セブルスを庇って僕と対峙したのだそうだ。
大人の魔法使いでさえ恐ろしいとする、理性のない化け物と。
たった、一人で。

そして、その証拠とでも言うように、医務室で見た彼は見事なまでに傷だらけだった。
擦り傷、切り傷、打撲 etc...
僕が見たのはあらかたの治療が終わり、マダムの魔法で小綺麗にされた後だったけれど。
それでも、普段の元気な姿を知っている分、目を背けたくなるほど痛々しい姿。
全体的な怪我からすれば、の怪我はセブルスに次いで軽い物だ。
骨が折れている訳でもないし、散々魔法を浴びせられた訳でもない。
けれど、何しろ一番酷い腕の傷が、悲惨だった。
あと少し抉られていれば、二度と動くことはなかったとさえ、言われるほどに。
それに、予後も最悪だ。
傷口は綺麗に塞がったそうだが、けれど、傷口が塞がっても跡が残らない訳ではない。
狼人間から受けた傷は、咬まれた物でなくても後に響く。
癒者の綺麗と、常人の綺麗はまるで感覚が違うのだ。
彼の腕には、一生消えない傷跡が残ってしまった。

彼は、その傷を見る度に化け物に――僕に襲われた記憶を思い出すだろう。
だから、がここに来るなんてあり得ない。
あり得ない、はずなのに。


『こいつは、貴様が人狼でも逃げなかった』


セブルスの言葉と、今の声がそれを否定する。

本当は、カーテンを開けて真実を知らなければと思うのに、 カタカタと震える指はカーテンに触れる手前で停止した。
すると、僕がいつまでも動かないことに気づいたのか、窓の向こうの彼はこちらに話しかけてくる。
僕がいるのを確信した、力強い声で。


「リーマス!」
「!」
「リーマスに、笑顔を持ってきた!寒いから……ってか怖いから入れてくれ!!」
……良い歌が台無しだなぁ


怖い?怖いのは、僕だ。
君が怖い。
君がどうするのかが怖い。
笑顔を持ってきた、だなんて嘘だ。
君は僕を排除しに、来たんだろう?
君だって、僕が怖いんだろう?


「……嫌だ」
「?ごめん、リーマスよく聞こえな……「嫌だ!!」
「!」


そして、感情が弾けた。


「嫌だ!君になんか会いたくない! 大嫌いだ!大嫌いだだいきらいだ!君なんて、知らない! 僕のことなんてスキでもないくせに! 怖くて恐くて仕方がないくせに!! 偽善者面で、僕を騙そうとする君なんか、いなくなれば良い!!」

ぜぇはぁと、息が切れる。
全部言い切ってしまった後、しまったと思うけれど、全部全部、僕の本音で。
すでに転がり出た言葉は、もう戻せない。

ただ、手遅れでもなんでも、僕は言わないといけないことがあった。
そのことを思いだし、ぐちゃぐちゃの頭を抱えながら、僕は必死に言葉を探す。


「……ごめん。違う。そうじゃないっ」
「…………」
「僕は、君に、謝らなくちゃ……」


と、しかし、僕が考えをまとめる前に、静かに静かに問い返された。


「なにを?」


なに?なにを??


「リーマスが、僕になにを謝るって言うの?
謝るのは、僕の方なのに……」
「っ!?」


思いがけないそれに、がばっと顔を上げる。
カーテンが邪魔で、彼の表情は分からない。
けれど不思議と、彼は今優しく微笑んでいるのではないか、そう感じさせる声だった。


「き、みが……?
ちがう、謝るのは、僕で……」
「うん。リーマスがそう思っているのは分かった。でも、なにを謝るの?」


分からなかった。
心底不思議そうにそう訊いてくるという人間が、僕には分からなかった。


「だって、僕は、君を……っ」
「傷つけたって?でもそれって不可抗力だと思うけど」
「っそ、れに……皆を騙して、学校に……」
「あー、人狼だって言わなかったってこと?いや、そりゃ言うワケないじゃん。
持病をわざわざ言いふらす人間なんて『構ってちゃん』でロクなのいないよ。
不利な話をしないのなんて当たり前じゃないかな。
騙すっていっても『僕は人狼じゃありません』って公言してた訳でもあるまいし」
「っっっっ」


の態度は、こんなことがあったにも関わらず、驚くほど平常運転だった。
その表情が心の底から見てみたいと思うし、絶対に見たくない、とも思う。


「君は」
「うん?」


君は、僕が恐くないの?

そう訊く代わりに、僕の口から飛び出したのは、別の言葉だった。


「君は、怒っていないのかい?あれだけ理不尽な目にあったのに」
「いや、まぁ……厳密には理不尽っては言えないしねぇ」
「え?」



「だって僕、知ってたもん。リーマスが人狼だって」



「っ!!!!」


「だから、リーマスが騙してたってなると、僕もそうなっちゃうんだよねー」と、 話とはかけ離れた呑気さで出された言葉は、しかし、僕の耳を素通りする。
知っていた?
知っていた、だって?


「い……いつ、から?」
「えー……まぁ、最初から?」
「!!!」


あり得ないと思っていたことが立て続けに発覚し、僕はもう息を呑むことしかできない。
身体中の血液が沸騰しそうだった。
確かな足場は崩れ、世界が根底から覆されたかのようだ。
最初から、だなんて。
だったら、なんで。どうして。


「な、んで……」
「……リーマス?」
「なんで、僕に近づいた!!!?」


最初からだって!?
なら、君は満月が近くなる度に、僕を嘲笑っていたのか!?
いや、それとも、同情?憐れみ??
スキだ好きだと言いながら。
可哀想な化け物を構ってやってたとでも言うつもりなのか!

生まれて初めてという程、僕は後先も考えずに叫び続ける。
カーテンを開けなくて良かった、と心から思った。
きっと僕達は。
お互いに醜い表情を晒しているに、違いない。

すると、そんな僕の予想をまるで歯牙にも掛けず、
「今日のリーマスは間違いだらけだね」との涼やかな声がした。
彼は語る。
僕の『間違い』とやらを。


「まず、リーマスに同情って点だけど。
うん、近いかもしれないけどしてないって僕は言うよ。
同情なんかで……一緒に人狼になろうとしないよ」
「……なっ!?」


密やかな溜め息と共に、はとんでもないことを告白した。
『一緒に人狼になろうとした』だなんて。
嘘だ!そんなこと、誰だってするはずがない。
僕があの時の記憶を鮮明に持っていないからって、適当な事を言うなんて……!

最低だ。今まで話した中で、間違いなく最低な人間だ。
彼の言葉を聞いていたら耳が腐る。耳を塞ぐべきだとすら、思う。
けれど、僕に否定の言葉を言わせないためなのか、の言葉は続いていく。
淀みなく。歪みなく。


「そして、最大の間違いだけど――


そこには、僅かな躊躇いさえ、なかった。


「僕は、リーマスがスキだよ。本当に、大好きなんだよ……っ」


「!」
「なんで嘘だなんて言うんだよ……!
こんなにスキなのに。大好きなのに……」


彼の声に、涙が混じる。


「僕はずっと……大好きなのにっ」


信じて。
信じてよ。と幼い声で、彼は泣く。
それは、まるで理不尽な疑いをかけられた子どもが、 弁解する術も言葉も持たずにする訴えそのもので。


「リーマスっ」
「っ」
「リーマス、リーマス、りーます!」
「…………」
「嫌い、なんて……言わないで……よぉっ!」


そして、やがて彼が本格的に泣き出したその瞬間、 ガッシャーンと、それはそれは甲高い音を立てて、窓ガラスが割れる音がした。


「!!」


そして、クリアになったその声。


「う、ぇ……ふっ……う……!」

それに、とうとう、僕は僕達を隔てる布を引いた。


「…………」
「う……ぇ……っく……ふ…」


バタバタと、急に吹き込んできた風に、カーテンが揺れる。
そして、粉々になった窓枠の外で、は泣きじゃくっていた。
杖も持たずにどうやってガラスを割ったのかは分からないが、 そんなことは今の彼の表情と比べてしまうと些細なことだと思った。
ボタボタとそれはもう大粒の涙のせいで、精悍なはずの顔はぐしゃぐしゃで。
彼はひっきりなしに溢れる涙を、両手で必死に拭っていた。
最初は小憎らしいほど落ち着いた、飄々とした態度だったのに。
今では見る影もないほどだ。

……これが演技?


「ひっく……う……えぇええぇ」


弱くて、脆くて、無様に過ぎる、この姿が?
嗚呼、だとしたら……。



「っ!」


彼は、天性の役者だよ。

僕には、外聞もなにもなく泣く人間と接した経験なんてないので、 を泣き止ませるにはどうしたら良いかなんて、まるで分からない。
でも、いつまでも不安定な箒の上に、今の彼をいさせることは躊躇われた。
だから、すっと、手を差し伸べる。
がそのことにビックリして目を見開いたけれど、知ったことか。


「とりあえず、中に入ったらどう?そこは……寒いんだろう」





僕には抗うことなんて出来ないんだ。





......to be continued