為せば成る。為せねばならぬ何事も!





Phantom Magician、138





記憶にある限り、地元の友人Sは、まぁ変わり者だった。

特定の人間以外は人を人とも思っていない、というのはもちろんのこと。
妙に常識に疎いところがあったり。
かと思えば、お前はどこの教授だ?と聞きたくなるくらい専門的っぽいことを言い出したり。
凄まじい俺様であるくせに、何故だかあたしと親友には激甘だったりもする。

間違いなく自分が未だかつて見たことのないほどの美形で。
限りなく紅に近い瞳で、いつもあたしたちを見守っていた、愛すべき暴君。
それが、サラ。
蛇野 サラ。


「君にとって、『サラ』はどんな存在?」


そう、スティアに問われて。
あたしの頭に浮かんだのは、なんの変哲もない日常だった。

一緒に学食に行って、人の食事を見ては「また山菜うどんか?」って言われたことも。
(煩い。好きなんだから仕方がないじゃないか。だったら、親友ぐりにこそ「またきつねうどんか?」って言えよ)
大学で離れちゃっても、逢う度にいつもの調子で「少し化粧が濃くないか?」とか言いやがったことも。
(失礼な話だ。でも、確かにあの頃は濃かった。マジで)
中学の時に黒板に黒板消しを投げつけて破壊したとかいう逸話を聞いて笑ったことも。
(『破壊者クラッシャー』ってあだ名付けられてたとかどんだけだよ)

全部が全部、楽しくて優しい思い出だ。
そこには命のやり取りだとか闇の魔術だのといったものが入り込む余地はない。
(まぁ、お調子者のクラスメートに対して形容しがたい表情で「死ね」って言ってる姿もあったけど)

あれがあるから、今のあたしがいる。
例え、今は逢えなくても、この胸にあるそれはあたしにとってかけがえのない宝物で。
いつでも、アイツはあたしの傍にいた。
猫目が愛らしい、もう一人の親友と共に。


「あたしにとってサラは――


だから、ね?スティア。
そんな心配そうな表情すること、ないんだよ。


「じゃがいも好きで腹黒でやたらと偉そうで。
そのくせ一人の女の子に絶賛片思い中の、あたしの親友だよ」


――異世界の人間で闇の魔法使い?
嗚呼、奴ならそのくらい言われても仕方ない。だって、腹黒いもん。
なんていうか次元が違うとは常々思ってたんだ。うん。
――ヴォルデモート卿のご先祖様?
なるほど、これで奴がひたすらに蛇を愛でてる謎が解けたわ。
っていうか、『蛇野』って名字そのまますぎだろ。ドン引きだっつの。
――心が読める?
……便利じゃね?



「あたしにとったら、そんなことより……、 奴がバツイチ子持ちの年齢詐称男だってことの方が問題だってーの。
それで、小学生の時からぐりに付きまとってるとか犯罪だろ?」



にっこり、ととびきりの笑顔を浮かべたら、ケーの顔をしたスティアは、


「…………」


完全に沈黙した。
…………。
……………………。
え、あれ?
スティアさーん?もしもーし?
なんだよ、そんな信じられないもの見た!って感じの表情カオしなくても良くない?
そんな人を珍獣みたいにさ。

いつの間にやら拗ねたような口元になっているのを自覚しつつ、 あたしは目線だけで、スティアに文句をぶつける。
すると彼は、つま先から頭の天辺まであたしをマジマジと見つめると、 はあぁああぁあぁーと、長くてひたすらに重い溜め息を吐いた。


「……珍獣の方がマシな気がしてきたよ、僕」
「……なぁ、お前さ。いい加減人の繊細な心傷つけるようなこと言うの止めろよ」
「君のどこが繊細なの?」
「触れば砕けるガラスのハートだろうが」
「いや、君のハートはガラスはガラスでもきっと防弾ガラスとかそんなんだよ。
マシンガン喰らってもヒビしか入らない系だよ」
「ヒビ入ったら問題だろ、どう考えても」


言うに事欠いてなんてこと言いやがる、この猫もどき!
ケーの姿に対して罵るのはなんとも変な居心地の悪さがあるのだが、この際気にはしていられない。
色々溜め込んでいたら胃がやられるのは、最近とみに実感していることなのだ。
ということで、声に出さないまでも囂々と非難していると、あたしの微妙な心持ちを察したのか、 ぱちり、とあたしが瞬きした瞬間を狙って、スティアは元の黒にゃんこの姿に変わっていた。


『まぁ、あんまり体放っておくとマズイしね』
「?あ、そういえば、その体どうなってんの?なんかリドルと違くない?」


と、あたしの疑問に対してスティアは、 なんだ、そんなことか、と器用に片眉を上げた状態で答えてくれた。

彼曰く、違うのは当然で、リドルにとっての日記帳がスティアにとっての猫の体なのだ、と。


「はい?」


が、正直に言って、ごめんよく分かんない、というのが感想だった。
すると、スティアは盛大な溜め息と共に、さらなる解説を加えてくる。
(ご親切にも、体を宙に浮かせた状態で、目線を合わせて、だ。
嗚呼、なんだか一番最初に逢った時みたいだ、と思う反面、 やっぱり浮けるんじゃねぇか、この嘘つき野郎!と叩き落としたい衝動がこみ上げる……)


『そういちいち怒らないでよ……。恐いな。
だからね?人間版リドルがイコールでケーであって、今の僕は奴が日記帳に引きこもってる状態なわけ』
「??んっと、でもケーが透けてたことってない、よね?」
『ないね。僕はあいつと違ってすでに完全だから』


完全。不完全。
結論のようでいて曖昧な言葉だな、と思ったあたしだったが、 残念なことに次の瞬間には、その意味するところを悟ってしまった。


「…………っ」


リドルは、ジニーの命と魔力を奪って、実体を得るのだと原作で言っていた。
けど、それをハリーに邪魔されて。
でも、邪魔が入らなかったら?
彼は、第2のヴォルデモート卿になっていたのじゃないか?
歳も取らない、あの姿で。

なら。
なら、スティアは?
完全に実体と化しているスティアは、どうやって?


「〜〜〜〜〜」


そのことに思い当たった瞬間、目の前が真っ白になった気がした。
指先からも一気に血の気が失せて、氷のように冷たくなっていく。

どうしよう。
どうしよう。
今、あたし、泣きそうだ。

スティアが怖くて?
――違う。
サラが怖くて?
――似ているけど、それも違う。

ただ。
ただ、ひたすらに、嫌なだけだ。

『スティアは誰かの犠牲の上に、目の前に立っている』

本当にそうだとしたら、きっとその事実に対して、あたしは嫌悪感しか、抱けないからだ。
あたしの大好きな人にそんなもの、持ちたくないのに。
しかも、それがあたしのためだとかいうなら、なおさら。


『違うよ、


がしかし、重力と重苦しい気分に従って蹲りそうだったその時、柔らかな声が耳朶を打つ。
本当に、こいつは。
あたしが最悪の気分になった時にばかり、こんな声を出すな、と思った。


『大丈夫。流石にあいつも、君の為に罪もない人間を殺すほどとち狂ってはいない』
「でも、だって……!」


分霊箱ホークラックスを作るには、人を殺さないといけなくて。
あれ、でも、その分霊箱ホークラックスが完全になるにも人の命が必要で?
合わせると、二人分のそれが必要になってくるのか??

考えても、頭は混乱するばかり。
そんなあたしを気の毒そうに一瞬見た後、スティアはこっくりと一度首肯した。


『混乱するのも無理はないけどね。うん。確かに人を殺すほどの経験は必要だ。
でも、なにもその瞬間である必要性は、ない。本当に殺す必要も』
「?よく……?」
『ヴォルデモートはハリーを殺そうとして。
でも実際にできなかったにも関わらず、彼を分霊箱ホークラックスにしているだろう?
原理としてはそれと同じことだよ。人を殺さなくても、人を殺そうとするだけで・・・・・・・・・・・、魂は壊れる』


サラザールのいた時代。
それは今みたいな考え方じゃなかったし、人は兵器なんかじゃなく自分の手で敵を倒した。

『それだけだよ』と何でもないことのように猫は嘯く。

その言葉に、嗚呼、そうか。と思う。
年齢だけでなく、世相もなにも、アイツは全然違う所で生きていたんだ。
あたしが全然想像もできないような、そんな所で。
なんでもないように、あたし達に混ざっていたけれど。
きっと、内心戸惑うことだらけだったんだろう。
(……繰り返して言うが、とてもそうは見えなかったけど!)


『もちろん、やりたくてやったワケじゃなくて、大体が正当防衛みたいな物だった。
なにしろ、“力”のせいで、人と関わるのが大の苦手だったからね。
わざわざ諍いを起こしたくもなかったんだよ。でも、世の中にはままならないこともあった』
「…………」
『だから、あの男の魂は君と出逢った最初からバキバキのボロボロだった。
それこそ、ヒビ割れたガラス玉みたいに、ね』
「……でも、それだけじゃ、スティアは実体化できない。でしょ?」


そんな分かりやすくも簡単なスティアの説明に、しかし、あたしは最後まで話せと、圧力を掛ける。
それが解決しない限り、あたしは今後きっとスティアに対して、変なことを考える。
それが確信であり、事実だった。
そしてあたしは、そんなもの、 心の底から欲しくはない。

縋るようなあたしの視線を受けて開いたスティアの口元が、やけにゆっくり動いた気がした。


『その通りだね。でも、それもやっぱり人の命である必要はない』
「!!!」
『つまり、あの男は、今にも死にそうな憐れな黒猫に自分の魂をぶち込んで僕を生み出した・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、そういうこと』
「っ!」


だから、君はアイツを嫌わなくても良い、とスティアはそう微笑んだ。







『まぁ、嫌ってくれても良いと言えば良いんだけどね?』
「……どっちだよ」
『だから、僕あいつ嫌いなんだって言ってるじゃん』


と、まぁ、あたし達はそんなこんないつも通りの適当感溢れる会話をした。
あたしはいい加減疲れてきたので、噴水の縁に腰を下ろし、 片手はスティアの背に、もう片方の手はふむ、と顎に添えて、今までのことを整理する。


「えーっと、とにかくスティアはケーと同一人物で。
サラザール=スリザリン――サラの分霊箱ホークラックス、つまりあたしの味方であって。
今回の事件もなんやかんや色々あったけど、 ヴォルデモート卿を倒すための一歩ってことで良いのかな?」
『あまりにざっくりしすぎてるけど、まぁ、そんなところで良いんじゃない?
ちなみに、体を放っておくとマズイ理由はさっき言った通りだよ』
「うん?」
『簡単な話、あんまり放っておくと死後硬直が起こるんだ。魂が入っていないからね』
「…………」
『…………』


死 後 硬 直 て。
怖ぇよ。なにサラッと推理小説で出そうなこと言ってんの?この黒にゃんこ。

その後も、スティアはその後もごちゃごちゃ説明してくれたが、いまいちよく分からなかった。
えっと?スティアのにゃんこ体を基本として、ケーの体ができていて?
普段はにゃんこ体の中に収納されている、とか??
(人間の姿の方が猫の中に入っているとか、質量保存の法則(物理学)どこいった)
でもって、魔力の核だか魂だかは、ケーの体の方に移っているので、 ケーの姿の時は、元本体のにゃんこ体だけ取り残されるとかなんとか……。

魔法の世界での常識はあたしにとっての非常識って認識でもう良いんじゃないかと思う。
で、あたしは、完全に理解を諦めて、さっさと話題を転換すべく口を開いた。


「……つまりはスティアはあたしを護りたいってサラの想いが一人歩きした、 月影の騎士ナイトサマ的な存在なんだね、うん!」
『月影の騎士ナイトって……タキシード仮面は分かってもそれ分かる人少ないよ、今時』
「実はあたしも面白いこと言おうとして思い出した」
『いや、大して面白くもない(キパッ)』


それなら、タキシード仮面とかの変態っぷりの方ずっと面白い。
そう言うスティアに、コイツもいい加減オタクだよなぁ、と思う。
サラがあたし達に付き合ってアニメとか観ていたのは知っていたが、ここまでとは。
っていうか、スティアとサラの記憶とか意識とかどうなってんだろ。繋がってんのか??

個人的には非常に気になることだが、そこを突っ込んでいるといつまでもリーマスの所にいけないことを悟り、 あたしはとりあえず、重要な点だけを確認することにした。
本当は、これも避けて通りたかった話題なのだけれど。
逃げた途端に、あたしを襲う悪夢になるに違いない厄介なそれだから、避けることもできはしない。

すっと、あたしが纏う空気を変えたことに気づいたのだろう、 スティアがあたしの膝の上から、あたしを見上げる。
小さいくせに心強いその瞳に背を押されるように、あたしは深呼吸と共に、ある名前を口にした。


「ねぇ、スティア。リドル、どうしたの?」


ぽつり、と。
我ながら、どこか、寂しげに聞こえる声だった。
断末魔の悲鳴を上げながら。
怨嗟の呪いを吐きながら。
満月の夜に消えた、もう一人の分霊箱ホークラックス
生きてはいないと、半ば以上想像していての問いに、力が入ろうはずもない。

スティアがなんと言ってくれても。
リドルを殺したのは、あたしだ。
あたしが、殺させたのだ。

と、決意とは裏腹に俯いていた頭に、ぽん、とそれは軽い感触がした。


『残念。それもまた大外れ』


何か、酷く軽い物が頭の上に乗っている感覚。
そのことに目を見開いて、慌てて手を伸ばすと、 バサリ、とその紙の束はあたしの手をすり抜けて地面に転がり落ちてきた。


「っリドル……!」


夥しい血で仰々しい模様が描かれているものの、それは確かにリドルの日記帳だった。
インクでベタベタになっているというわけでも、バジリスクの牙で大穴が開いているわけでもなく。
ページを広げれば、いつもと同じ白いページが広がる、というような、それが。
思わずそのことに、あたしは黒猫を上から見下ろす。
スティアは、あたしの膝から下りて、日記帳の横にふて腐れたように丸くなったところだった。


『ルーンと僕の血で封じてあるけどね。まだ生きているよ』
「スティアっ」
『僕が手を下した方が遙かに簡単なんだけど……それだとは僕に後悔を抱き続ける。
これから長いこと付き合う相手にそんな物持たれるなんて僕だって嫌なんだ』



だから、大丈夫。
これで、君が・・リドルを殺せるよ。



「…………」


どこか憂鬱そうに、誰よりも、あたしの心が読める案内人はそう言った。
その言葉に恐怖を覚えたかのように、日記帳が風もないのにかさかさと動く。


「……ごめんね、スティア」
『謝罪はいらない』
「なら、ありがとう」
『…………』
「ありがとう、スティア」


万感の想いを込めて、あたしはそう呟いた。
彼があたしをただただ甘やかすのではなく、責任を肩代わりしないでくれた。
その事実に対し、スティアにばれないよう祈りつつ、ほっと安堵の息を漏らす。

彼の言葉に一から十まで納得したワケではなかったが、それでも。
それでも、おかげで一つ、確信したものがあったから。

嗚呼、そうだ。
やっぱり。



スティアは、別にあたしのことをスキなんかじゃ、ないのだ、と。



好意は持ってくれているだろう。
けれど、それは多分、あたしがリーマスに抱いている感情とは、違う物なのだ。
だって。
あたしだったら、スキな相手の嫌な気分を肩代わりしてしまうだろうから。

だから、良かった。

たくさんたくさん、想いを貰って。
でも、それが恋愛感情だったなら、あたしには同じ物は、返せないから。
本当に、良かった。

スティアがあたしを護ってくれるのは、よくは分からないが、あたしが恩人だからだ。
サラが、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい優しい瞳を向けてくれるのと、同様に。
恩人で。生まれた理由で。
だから、あんなに護ってくれたんだ。
だから、あたしは特別だったんだ。

そう、何度も何度も心の中で念押しして、あたしはそっと小さな切なさに蓋をする。
ちょっとだけ、自分が愛されているのかもしれないと思って、嬉しかったから。
ちょっとだけ、それが、唯の勘違いだと知って、寂しかったから。
応えられもしないくせに自分勝手な、その思考をしまい込む。
それは、多分、スティアでものぞき込めない、深淵に。

サラに初めて逢った時にした、勘違いと一緒に、沈めよう。


『あ、さん。あの人がひょっとして蛇野くん?』
『え?あ、本当だ。そうそう、そうなんですよー。あれが噂の“蛇野くん”です』



あれは、高校1年の時だっただろうか。
扉の所で、教室をのぞき込んでいた銀髪の外人さんにあたしが気づくと、 その友人だと言う少女は、まだ他人行儀だった敬語で、サラを紹介してくれた。


『サラ、前に言ってたさん。逢ってみたいって言ってたで……しょ……?』


けれど、その紹介が終わる前に。


『…………っ』


あいつは、あたしを見てはらはらと涙を流したのだ。
呆然と。
自分になにが起こっているのかも、分からなさそうに。


『蛇野くん!?』『サラ!?』


そして、あいつは一瞬で氷と化した教室の空気にも気づかず、 流れる涙もそのままに、あたしをぎゅっと抱きしめた。


『『『!!?』』』


その時、教室にいた全ての人間が声なき声で絶叫した。
今だに、あの驚天動地な心境を覆す出来事には中々お目に掛からない。
いや、だってさ?
仏頂面がデフォルトで、ぐり以外にまともな返答すら返ってこないっていう噂の超絶美形が、 初対面のこの地味子を泣きながら抱きしめるとか何事よ?


『へへへへ、蛇野くん!?一体、どどど、どうし!?』


こう問い質したつもりだったが、驚愕のあまり、まともにしゃべれていたかも怪しい。
がしかし、意味は通じたらしく、奴はこの時、一応返答をしてくれていた。


『分からない……』
『へぁ!?』
『分からない、んだ……』



本当に嬉しそうに、感激のあまり声も震わせて。
奴はかなり 電 波 な こ と を呟いた。
(いや、だって、分かんないとかこっちが分かんねぇよ)

あの時は全っっく意味が通じなかったが、 きっとあれはあたしの心が分からない、そういう意味だったのだろう。
そのことに凄まじい衝撃を受けて。
アイツは人目も憚らずに、うら若き乙女に抱きついたワケだ。



スティアの言葉によれば、アイツは――サラは。
このハリポタ世界からあたしの世界に来るくらい、それを求めていたらしいから。



正直、心が読めて云々〜ってあたりは、いまいち理屈もなにも理解できない。
が、心が読めて苦しんだ、とかは、まぁ何しろ漫画でよくあるネタなので、
大変なんだろうなってことくらいは漠然と理解している。
だから、例えあたしがなにかしたワケでもなくても、 あたしとの出逢いでサラが救われたというなら、言うべきことなんてなにもない。
感謝の言葉を貰って、こうして護られるというのは、なにやら変な気分だけれど。

しかし、考えてもみて欲しい。
電波なことを呟きつつも、そこは美形。
それも、なんかこう、同じ生物だって言うのが憚られるレベルの美形が、だ。
涙を流しつつ、自分を放すまいと力強く抱きしめてくるのだ!
それも、「仏頂面?なにそれ、美味しいの?」ってな満面の笑みで!!
こいつあたしに惚れたんじゃ?とかうっかり勘違いしても、そうおかしくはないだろう。

もっとも、そんなあたしのウキドキ体験は、 猫目の少女が慌てて割り込んできた瞬間、見事に崩れ去ったのだが。
(あたしの純情な心を弄んだアイツを、実は結構根深く恨んでいる)

そう、あの時と同じ、勘違いだ。
そのことに、あたしは心の底から安堵し、それ以上の思考を放棄した。
それが、後に彼にある決断をさせるきっかけになるとも、思わずに。







そして、あたしは、薄汚れたリドルの日記から土埃を払うと、 自分のローブのポケットへと突っ込んで、おもむろに立ち上がった。


「……でも、とりあえず今は先にやることがあるかな」
『うん?……ああ。また行くのかい?引きこもりを連れ出しに?』
「いえす、あい、どぅー!」


「いい加減に引きこもる癖どうにかしろこんちくしょー!」と叫ぶあたしの後を引き取ってくれたのは、 「あいつ狼なんだから畜生なのはどうにもならないんじゃない?」と嘯く、黒猫さんだけだった。





成らぬは人の為さぬなりけり?





......to be continued