それは、きっと僕の背中を押してくれる存在だ。 Phantom Magician、132 一体、いつから見ていたんだ、という思いが一気に頭に血を上らせる。 もっとも、「百面相」なんて言葉を見ると、 見られたくなかった挙動不審な姿はばっちりその視界に収まってしまったのだろうが。 もはや、自分の中にある感情が怒りなのか羞恥心なのかも分からない。 なんで、どうして、今なんだ、ふざけるなと、非常に理不尽な言葉が頭をぐるぐると巡る。 酸素を求めて、口が音もなく開閉するが、はなにも言わない。 まぁ、そうだろう。 質問してきたのはあっちなのだから、普通は答えが返ってくるまでは待つものだ。 この男が普通かと言われれば全力で否定するけれども。 なにか、なにか適当な言葉で誤魔化したい。っていうか誤魔化させろ! もはややけくそで、僕は脳みそをまるで経由していない言葉を吐き出した。 「何故、お前がここに!?」 「…………いや、それ思いっきり僕の台詞じゃねぇの?」 ここは病室。僕は怪我人。 ついでに言うと、さっきまでベッドで寝てた人間に、んなこと訊いてどうする。 淡々と、それはもう呆れ返った様子で正論を突きつけられ、僕はぐっと息を呑む。 勝手に飛び出した台詞なので、どうするなんて訊かれても、答えられるはずはない。 と、少しも窮地を脱していない現状に、我知らず頭を抱えそうになっていると、 はしかし、特に僕をからかうつもりはなかったらしく、あっさりとした態度で視線を外した。 その漆黒の瞳がサイドテーブルを見、ベッド周辺やら床やらをざっと過ぎ去る。 「…………」 そして、一度目を細めた後、ひたと僕に視線を戻すと、「何日?」とごく軽い世間話のように問うた。 もちろん、その質問の意味を察せないワケはない。 僕は、こいつの軽さを批難するように「3日目が終わろうとしているところだ」と答えてやった。 「その間、リリーがどれほど心配したと思う?」 「あー……」 と、途端にの表情が罰の悪そうな物に変わる。 まるで悪戯がばれた時の悪ガキのそれである。 悪いと多少は思っているくせに、少しもそのことを反省してはいなさそうな、間抜け面だ。 この先、似たようなことがあれば、こいつはまた同じことをする。 リリーに、他の誰かに、心配を掛けたとしても。 そのことが分かって、瞼の裏に、金色の背が瞬いた。 嗚呼、なんて性質が悪いのか。 「えっと、うん。後でちゃんと謝るよ。心配掛けてごめんって」 へらり、と苦笑するように顔が崩れる。 到底その言葉に納得はいかないが、更に言い募ろうとした瞬間、 から思いもかけない言葉が聞こえてきた。 「セブセブも心配かけてごめんね。そっちこそ怪我してない?大丈夫??」 心配? 誰が?誰の?? 言葉の意味を悟ると共に、さっきと同じ怖気が足元から這い寄ってくる。 「〜〜〜〜〜〜誰が心配なんてっ」 「……おお。なんてテンプレートなツンデレ台詞。ごっつぁんです」 相も変わらず、意味不明なことを呟きながら、聖人のごとき清らかな笑みを浮かべる。 なにを隠そう僕の命の恩人である。 ……天文台の一番上から飛び降りたくなる現実だった。 と、僕の思考が完全に機能停止したことを受け、はしきり直すかのようにわざとらしい咳払いをした。 「ごほん。まぁ、見たところ元気そうだし、怪我してなさそうだね。良かった良かった」 「……見て分かるだろう。僕のはかすり傷だ。ベッドで寝こけていた貴様と違ってな」 平常心、平常心、と呪文のように唱えながら、これ幸いと話題を全力で変える。 それで、の目が更に生温い温度のそれになったとしても、僕はそれを無視することにした。 「寝こけてたって……酷いな表現」 「事実だろうが」 「そんなこと言われてもなぁ。僕好きで寝てたワケじゃないし」 「殺意を覚えるほど健やかな寝息を聞かされていたこっちの身にもなれ」 「覚えんなよ、そんな殺意。どんな見舞い客だよ……って、ん?」 いつもの馬鹿馬鹿しいやりとりを開始した僕達だったが、 は不意にきょとん、と目を丸くした。 そして、まじまじとこちらを見てきたかと思うと、ぽかんと阿呆のように口を開ける。 「え……ってか、セブルス。僕の見舞いに来てくれてたの??」 改めて、殺意を煽るのが上手い男だった。 あれ、僕そんなにセブセブとハートフルな関係だったっけ? と、そんな声が聞こえてきそうな位、失礼極まりない態度である。 こいつは、一体僕のことをなんだと思っているのだろう。 人でなしか。 それが凄まじく気に入らず、僕は極悪人のように表情を歪めて、鋭い舌打ちを漏らした。 「よりによって、そこを訊くか。この状況で他になにに見えるんだ、貴様は」 「んー。ツンデレなセブだったら、『リリーへの薬を取りに来たついで』とかなんとか言いそうだなぁ、と?」 「…………」 ガスッ! 「痛っ!」 無言でその軽そうな頭を叩く。 後から思えば、怪我人への配慮に欠けた行為だったが、まぁ、仕方がないだろう。 くだらないことを言い出した奴が悪い。 そして、僕はどっかりと足を組んで座ったまま、涙目になったを睨み付けた。 「僕は、お前らと違って恩人に礼儀を忘れるほど無神経じゃない」 「!……えーと、そっか。うん。ごめん」 徐々にニヤけるが気色悪かったが、 流石に、これ以上叩くと更に馬鹿が加速しそうなのですんでで抑える。 そして、気を紛らわせるために、一応見舞いらしい言葉を口にしてみた。 (どうやら、それはタケイのニヤけ面を深めることしかできなかったようだが) 「それで、傷の具合はどうだ?」 「まぁ、ぶっちゃけ超痛い!」 「説得力皆無の表情だが……だろうな」 傷は塞いだものの、失った血の量が多く、また、極度の緊張で精神的にも限界が来たのだろう。 そう、マダム ポンフリーが言っていた言葉をそのまま伝える。 魔法薬で塞いだので、呪文で塞ぐよりはよっぽど予後が良いそうだが、 それでも、怪我をした事実が消えて無くなるワケではなく、幻肢痛のようなものが残る場合もあるらしい。 特にマグル出身者に多いそうだが、凄まじい痛みが急になくなることを脳が認知しないのだ。 そのため、実際怪我が完治するくらいまで傷のあった場所が痛むという話もある。 (痛みがある場合、ポンフリーは退院を許可しないだろうな、と呟いたらタケイが嫌そうな表情をした) また、こいつが一番気にしているであろう、他の人間の怪我なども、包み隠すことなく教えてやった。 ルーピンの奴は顎の骨と鎖骨が1つ。 ブラックは肋骨が2、3本イッた。 しかし、死人は出ていない。 また、人狼になった人間もいない、と。 「…………」 すでに全員退院している旨を伝えると、それを聞き終えた後のは怖いほど静かだった。 てっきり、良かったと安堵を滲ませると思ったのに、それもない。 複雑そうな表情で、ただ深く息を吐き出す。 嬉しいが、嬉しくない。 言葉にすれば、そんな物だろうか。 そして、はやがて問いかけるように視線を僕に向ける。 痛いほどの沈黙と、抜き身の刃を形にしたような瞳。 それが、自分と臆することなく対峙する。 「……悪いが、知らない」 堪えきれず、逸らしたのは僕だった。 ……分かっている。 こいつが今思い浮かべているのが誰なのか。 それは、今、僕が瞼の裏に描く人物と同じだ。 誰よりも酷い怪我をして。 誰よりもの身を案じていた、誰か。 『あ、リ……マス、手当……お願……』 『……ああ。大丈夫。ちゃんと分かってるよ、』 僕に見せるのとはまた違う、好意に満ちた声と視線。 安心したように身を委ねて意識を失ったに、それは向けられていた。 それは、宝物をそっと包み込むような、表情だった。 『っ!』 の体を受け取りながら、僕はあの時、結局、 奴を案じる言葉もなにもかけることができず、体を引きずるようにして去る背中を見ていただけだった。 「……そっか」 やがて、回想に浸る僕を、ぽつりとしたの声が現実に引き戻した。 奴は、妙に静かな表情で僕を見る。 その姿が、さっきまで思い浮かべていた彼と重なって、どきり、と心臓を鳴らした。 「ねぇ、セブ……」 と、はどこか重苦しいその口をゆっくりと開く。 「セブルスは……」 「なんだ」 「今度のこと……許せる?」 許してくれる? まるで、何かを覚悟するように、はそう繰り返した。 「!ルーピンのことを言っているのか?」 「ううん。それもあるけど……」 一瞬の沈黙は、覚悟を決めるための時間だったのかもしれない。 は「言える立場じゃないんだけどさ」と前置きをしてから、微かに笑った。 「ごめんね。今回のことは悪いの、全部僕なんだよ……」 「なっ!?」 自分の瞳が、驚きに見開かれる。 ずきり、と。 傷ついたように胸が軋んだのは、気のせいだと思いたかった。 何故なら、その言葉が意味するのは……。 そしては、その後何十分もかけて、今回の事件の顛末を語る。 闇の魔術で生まれたリドルという男のこと。 理由も動機も分からないが、その男が錯乱の呪文でブラックを利用したこと。 とポッターはそのことを知って、僕の所へ来たこと。 そして。 事件の発端であるリドルをここに連れ込んだのが、だということ。 「リドルが危ないのは分かってたけど。……分かったつもりでしかなかった。 そのせいで、周りの人、皆を巻き込んで。だから、僕がそもそもの原因」 「…………」 に言わせればブラックも、被害者だということだった。 普段の奴だったら、絶対にあんなことはしなかった。 だから、僕が人狼に襲われることもなかったはずなのだ、と。 確信に満ちた強い瞳で、そう断言する。 「だから、恨むなら、僕を恨んでよ。セブルス。 言いたいのは、まぁ、それだけ」 「…………」 僕は、そのあまりに率直な言葉に、視線に、堪えられず目を伏せた。 そして、に気づかれないよう、ずっと詰めていた息をそっと吐き出す。 見れば、自分の指先は緊張のせいか、ずっと握りしめていたせいか、白を通り越して土気色に変わっていた。 「……よかった」 「え?」 思わず、漏れた声。 あまりに小さかったために、どうやらには聞かれずに済んだらしく、 更に僕の中に安堵が広がっていく。 嗚呼、もう良い。 もうたくさんだ。 いい加減認めれば良いんだろう? こいつは、僕の友達だって。 観念したように、僕はとうとうそう思った。 服装改善やら何やら、頼んではいないのに色々気を遣ってくる変な奴。 鬱陶しいと思う反面、いないといないで妙に落ち着かない男。 そんな奴が自分を陥れたのかもしれないと思った、あの空虚感。 今、そうではなかったと知って体中に満ちた安堵に、もはや言い逃れはできなかった。 「ご、ごめん、セブルス。聞こえなかった」 絶対、本人に面と向かっては言わないけれど。 今にも泣きそうなを見て、僕は笑った。 「喜んで恨ませてもらう、と言ったんだ」 数日経って、にはSっ気溢れた最高の表情だったと言われた。(なんのことだ) そして、その後は、散々 「そこは『気にするな』とか『お前のせいじゃない』とかそういうことをもっと素っ気なく デレっぷりを遺憾なく発揮して言ってくれるところじゃない!?」だの 「それか、『この馬鹿がっ!』って怒鳴って叫んで殴ってきたりとかさぁ!?色々あるじゃん、色々」 「すげぇ、頑張ってカミングアウトしたのに!セブの人でなし!鬼畜!!放置プレイ!!」などと、 それはもう喧しく騒ぐを問答無用とばかりに黙らせた。 もちろん、怪我した方の腕を遠慮無く掴んで、だ。 「ひぎゃっ!!」 うん。良い悲鳴だ。 思惑通りが黙ったのを見て、どん底まで一度落ちた気分がやや浮上する。 嗚呼、やっぱり自分はスリザリン生だなぁ、などと実感しながら、 恨みがましくこちらを見てくるに、気になったことを問いかけた。 「しかし、お前は、何故、そうまでしてそのリドルとやらを信じたんだ?」 「はぁ?」 「危ないと思ってはいたんだろう。なら、何故、信じた? 僕だったら、危険な物にわざわざ手を出す気にはなれないな」 「……闇の魔術とか散々試してるくせに」 「貴様と違って呪文だけだ。 それならどうせ失敗しても、僕一人の被害で済むからな。問題ないだろう」 「っ!」 ぶすっと不満顔のの指摘に、僕はなんのことはなくあっさりと答えを返した。 すると、の顔色が面白いくらいに変わる。 そして、言いたいことが上手くまとまらないのか、しどろもどろで僕の言葉を否定する。 「それは、駄目だよ」 「なに?」 「そういう考え方は駄目だ。リリーが、僕だって、そんなの嫌だ」 それは苦々しげな姿だった。 数分前の、僕のように。 「嫌だ、だと?貴様の考え方と何が違う??」 「っっっっ!!?」 悪いと多少は思っているくせに、少しもそのことを反省しない。 この先、似たようなことがあれば、何度でも同じことをする。 リリーに、他の誰かに、心配を掛けたとしても。 「他の誰に言われようと、貴様にだけは止められる筋合いはない」 「っ。そ、んな、でも……」 「くどい!」 なんとか否定の言葉を探そうとするを一喝する。 と、奴は一気に悄然と項垂れた。 哀愁を誘う姿だが、そんなものにほだされる程僕は甘くない。 自分のことしか考えていなかったコイツを。 僕だけは許さない。 それが友達とかいう物だろうから。 「で?」 「……へ?」 「何故、リドルを信じたのか、と僕は聞いているんだが?」 なんとなくずれてしまった話を軌道修正すると、 は、子どものように口をへの字に引き結んだ。 そして、まだこの話を続けるのか、と辟易したように吐き捨てる。 「分かんないよ。だって、ただ、信じたかっただけなんだ」 それはきっと、こいつにしたら、本当に何でもないことなのだろう。 適当な声が、表情が、態度が。 それを現している。 その言葉が、どれほど欲しい人間がいるのかも、知らないで。 闇の魔術から生まれたという存在。 そんなものを、信じたかったと、こいつは臆面もなく言い出す。 こいつのそういうお綺麗な所が、僕は嫌いだ。 でも、だからこそ。 「……奴も」 「うん?」 こいつを護ろうとするのか。 なによりも、誰よりも大切な存在だと、心に決めて。 そして。 その有り様は、どうしようもなく、僕を戸惑わせた。 「奴のことも、お前はそうやって信じるのか」 「!」 ぽつり、とようやく僕はずっと訊きたかったことを口にした。 何日も通い詰めて。 なにを置いても、こいつから直接訊きたかった、疑問。 師とも思える闇の住人。 恐ろしくも魅力的な悪魔。 リスクを覚悟した上で付き合っていくメリットのある存在。 僕にとっても、誰にとっても。 けれど、あの夜を見た、表情が。 絶対的にその考えを間違いだと思わせて。 どうしても、そのままにはしておけなかった。 『奴』で通じるか甚だ不安だったが、 一応頭が悪くないらしいは念押しするようにその名前を口にした。 「……『ケー』のこと?」 「そうだ」 「いつどこでどうやって知り合ったか、是非とも訊きたいところなんだけど、答えてくれないよね?」 「よく分かっているじゃないか。馬鹿のわりに」 「セブセブは僕をいじめてそんなに楽しいの……?」 「なんだってサドが多いんだよ、僕の周り」という呟きには、貴様がマゾだからだろうと言わないでおく。 そして、あーだの、うーだの散々唸った後、観念したのか、は難しそうに腕を組んだ。 「ケーのことは……」 「…………」 「『信じたい』んじゃなくて、『信じてる』が正しいかなぁ」 それは、自分でも確信が持てていないらしく微妙な言い回しだった。 「信じてる、だと?」 「うん。そう、信じられることを、僕は知ってる」 僅かな違いだが、そこに揺るぎのない信頼を感じ、僕は眉根を寄せる。 奴は決して、裏なく信じられるような人間ではない。 嗚呼、いや、そもそも人間ですらないのかもしれない。 それなのに、そうが告げるのは、こいつがただお人好しなだけではない気がした。 「お前は、奴がどんな人間か分かっているのか?」 「……うーん。多分?でも、まぁ、ぶっちゃけ危険思想だし、聖人君子じゃないよね」 というか、多分それに一番遠い人だろう、と何故かそこでは微笑んだ。 優れた知識や教養はあっても、それを他人の為には使わない。 奇妙に老成しているくせに、幼子のようにその人格は安定しない。 不思議と、彼はアンバランスで危うげだ、と。 「奴は、恐ろしい」 「うん」 「闇が人の形を取っているようなものだ」 「うん、僕もそう思う」 でも、そう思いながらも、信じられる。 そんなの言葉が、僕にはあり得ないものだった。 光と闇は、相容れない。 一緒にいるなら、どちらかに行くしかない。 けれど、は明らかに光の側に属しているくせに。 闇の側をその瞳で見つめる。 僕は、の心の奥底まで暴くように真っ直ぐ奴を見た。 「そこまで分かっていて、それでも信じられる、だと? お前にとって、奴は一体なんなんだ」 「……難しい質問だね」 僕の問いに、は一度考え込むように瞳を閉じた。 と、僕はそれを、まるで祈るような気持ちで見つめる自分に気づく。 まるで、の言葉が、自分の人生を左右するとでもいうように。 自分でもあまり自覚しないまま、気づけば僕は二人を自分とリリーに重ねて見ていた。 「…………っ」 そして、それを自覚した瞬間、僕には分かってしまった。 ケーが、に向ける想いも。 その報われなさも。 『ケー……貴様、一体どうして……』 『嗚呼、セブルス。良いところに来た。のこと、お願いできるよね?』 それが、きっと僕がリリーへ向けるものに限りなく近いということも。 多分、違いはそう。 ケーはきっと、いつかの手を放すだろう、ということ。 みっともなくも縋り付く僕と違って。 あっさりではなくても。 身を引き裂かれるようでも。 こいつは、きっとあの時のようにを誰かに委ねることが出来る。 あの時、奴がどんな気持ちだったかなんて分からない。 分かりたくなんて、ない。 そう思うのに。 そうして想われる側の気持ちが知りたいだなんて、矛盾もいいところだ。 自己嫌悪すら湧きながらも、僕は固唾を呑んで次の言葉を待った。 そして、 「一言では言えないんだけど。うん、でも――……」 背中を任せられる人、かなぁ。 「!」 の言葉は、僕の予想を超えたものだった。 「リーマスのこと、大好きで。 ずっと一緒にいたいし、隣を歩きたいけど。 多分、背中を任せたいとは、思わないと思う」 は訥々と自分の思いを吐露する。 そこにふざけた調子は、ほんのわずかもなかった。 だから、嗚呼、そうかと、不思議とその言葉が胸に納まってくる。 僕も、リリーに背中を任せるなんて、きっとできない。 ……リリーの背中は護りたいと思うことがあったとしても。 「……まるで、戦場にでもいるような物言いだな」 「あはは。うん。まぁ、ある意味、そうかもね」 と、そんな自分の思考を否定するように、僕は適当な言葉を吐き。 はそんな僕に付き合ってか、同じく適当な返事をした。 だが、それでも、という人間は、苛立つほどに誠実だった。 終わりにしたい僕にまるで気づかないようなふりをして、奴は話を続ける。 「あのね、セブルス。 『背中を任せる』っていうのは、なにも背中合わせで戦うって意味じゃないんだよ?」 「……なに?」 そして、笑った。 それはもう、鮮やかに。 「そのまんま。前ばっかり向いてる僕の背中を、任せるんだ。 押すことも、引き留めることもできる、そこを。 たとえ、そのせいで後ろから刺されることになったとしても、ね」 「っ!?」 その言葉の内包する意味に、ぞくりと背中が粟立つ。 こいつは、それでも良いというのか。 何故、どうして、あんな危険な存在にそんな無防備なことができる? がしかし、考えてみれば、その答えは酷く単純だった。 「でも、そこにいてくれるから、僕は安心して走っていける」 「!」 信頼、ただ、それだけだ。 「例え、同じ方向を見てなかったとしても、僕は多分、後ろは振り返らない。 だって、そんなの格好悪いじゃないか。 見守ってくれる大事な人に、そんな姿、見せられないよ」 その言葉に、僕は広い世界に羽ばたいていく、華奢な背中を想像した。 青空へその身を躍らせた、彼女。 僕の遙か先で揺れる、輝く赤い髪。 そして、その背に届かない自分の手。 「置いて、いくのか?」 悲しげに。 切なげに。 まるで、飼い主に捨てられた子犬のようだと思う。 ぽつりと漏れた声は、我ながら酷く情けなくて頼りのない声だったが、 はそんな僕を元気づけるよう微笑んだ。 絶対に口にはしないけれど、僕は多分、一生その笑みを忘れないだろうと思う。 「ううん。違うよ、セブルス。置いていくんじゃない。 走らないと、僕が置いていかれちゃうんだ」 その声に、僕が応えることはなかった。 進むが未来なのか、崖の先なのかは、分からないけれど。 それで良いと思う、僕がいるんだよ。 ......to be continued
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