酷く自虐的なヒロイズムだと思う。





Phantom Magician、128





風の鳴る音を聞き続けて、もうどれくらいになるだろうか。
まだ30分も経っていないような気がするし、 逆に何時間も経っているような気がした。

空気が澄み切って、月明かりが今まで見たことがないくらい眩しい夜。
人工の明かりもない、暗い森の上で、あたしは必死にジェームズの腹部に回した腕に力を込める。
タンデムであるにも関わらず、前に競技場で飛んだ以上のスピードで、景色が流れていく。
そのことに、嫌な思い出が頭をかすめた。
少しでも力を緩めたら、あの時みたいに簡単に宙に放り投げられそうだ。


「……大丈夫かい?
「……だ、だい、じょぶ」


もっとも、そんなこと、このクィディッチ狂が許すはずはないのだが。
暗視の魔法を掛けて飛び始めてからはひたすら無言だったジェームズだったが、 流石に腕がガタガタと震えているあたしの様子になにかを察したらしい。
こんなスピードではあるまじきことだが、上から視線を感じた。


「リーマスのこと……だけじゃなさそうなんだけど。
顔、青いよ?ひょっとして、二人乗りが怖いのかい?」
「違……そう、じゃなくて。
あ、たし……前、凄い速さの箒から、落ちたこと、あってっ」
「!」


だから、こんな速いのに乗ってしまうと、否応なしにあの時の気持ちが蘇ってくる。

声も出ないまま。
宙に投げ出され。
スローモーションのように吹っ飛んでいく箒が目に焼きついた、あの瞬間。
大好きな人との出会いと、相手にされない寂しさを噛みしめて、死を覚悟したあの時。
そうだ。全ては多分、あの時に始まっていた。
その時には、とてもとても、気づけなかったけれど。

と、あたしのカミングアウトに、ジェームズは一度息を飲んだ後、凄まじく長い溜め息を吐いた。


「……はぁああぁぁぁぁー。、それなのに君、僕と箒で対決したの? あんなに無茶苦茶な方法で?」
「だって。あの時は、皆テンションおかしかったから。 やらないとなに言われるか分かんなかったし……それに……」


一緒にやるのがジェームズだから、なんかあったら助けてくれるかなって。


「…………」
「…………?」
「…………はああぁあぁぁぁぁあああぁあぁぁ〜」


さっき以上に深く重い溜め息がジェームズから漏れる。
その様子はなんていうか、凄まじく馬鹿にされているような気がするのだが何故だろう。
ほとんど開けていなかった目で彼の背中を伺い見るが、 こんな状況だというのに肩をがっくり落としているようにしか見えなかった。


、君さぁ……地元で実はモテてたでしょ」
「は?いや、今も結構モテてるけど」
「いや、男としてじゃなくて……嗚呼、もう!」
「?」


なにに苛立ったのか知らないが、髪の毛を滅茶苦茶にかき乱すジェームズ。
さっきから、超スピードで飛んでいるというのに器用な男である。
っていうか、なんかまだ余裕あるんじゃないだろうか、コイツ。
本当は余裕が無くても、余裕たっぷりです、という振る舞いをしている可能性の方が強かったが、 ジェームズを見ていると、不思議と無駄に入っていた力が抜ける気がした。


「ただ、普通に箒に乗ってるだけなら良かったのに……」


ぽつり、と。
手を握りしめて、呟く。
これからのことが不安で。
不安で、仕方が無くて。
どうしても、言わないではいられなかった。
こうしてる今も、実は自分は見当違いのことをしている気がして、心臓が痛い。

すると、そんなあたしとは裏腹に、ジェームズは酷く楽しそうな声を上げた。


「そうだね!それならもっと面白い飛び方をしてあげたし、もっともっと高くまで飛べたよ」
「いや、そんな高いのも速いのも嫌なんだが」


正直、今も自分は頑張って一杯いっぱいなのだ。
曲乗りなんてされたら吐く自信がある。

嫌そうに彼の言葉を拒否すると、ジェームズは急に優しい響きで頷いた。
ぽんぽん、と手の甲を叩かれる。
まるで、宥めるかのように。


「でも、君のことだからスピード緩めてくれとかは言わないんだろう?」
「……うん。全力でお願い」


冷や汗で滑る手を何度か組み直し、あたしはこん、とジェームズの背中におでこを当てる。
緊張で胃がムカムカしてきたし、指先は力を入れすぎて真っ白。
それでも、できる限りの速さで、あたしたちは進まなければならなかった。


「人の命掛かってるのに、手加減とか、なしだよ。ジェームズ」
「……あは!そうこなくっちゃあ!!」


ジェームズは腹部に回ったあたしの両手首をぐっと左手で握りしめると、 箒の、己の限界を掛けてスピードを上げた。







「見えたっ!」
「え!?」


自分たちでなく景色が後ろへ吹っ飛んでいくような感覚を、更に10分くらい経験した後だろうか。
不意に、息を詰めていたジェームズが声を上げた。
正直、風の音が煩すぎて、なにを言っているか分からなかったのだが、
その声の響きに慌ててジェームズの背中から顔を出す。


「わっぷ…!」


が、空気抵抗に負けてすぐにジェームズの背中に逆戻り。
しかし、目にホグズミードのまち明かりがひっそりと映り込んだのは確かだった。
(あれ、ホグズミード村だから村明かりか?)

そして、ジェームズはその灯火を余裕で飛び越え、村外れにある開けた空間を目指す。
やがて、あたしたちは叫びの屋敷の真上で静止した。
さっきまで轟音を聞き続けていたせいで、一瞬、そこは痛いくらいの静寂が横たわっているようだった。
がしかし、


「!やばい!!」


よくよく耳を済ませれば、がらがらと物が崩れるような音が立て続けに響く。


「この音……確実に襲われてるね、スネイプの奴」
「冷静に言うなよっ!!」
「しょうがないじゃないか!下手に乱入したらこっちも危ないんだから、ちゃんと分析しないとっ」
「だからって……!そうしてる内にセブルス噛まれてたらどうすんの!?」


分かってる。ジェームズの言うことの方がいちいち正しい。
でも、あたしはそんな風に落ち着いているジェームズが嫌だった。
彼らが反目し合っていることを知っているからこそ、一見平静に見えるその態度が嫌だった。

あたしたちはお互い早口で言い争いながら、目を皿のようにして屋敷を見つめる。
音の方向からして、2階以上にいるということはなさそうだ。
がしかし、音が反響するのか、
いまいちどこから聞こえてくる、ということは完全に把握しきれない。
そのことに、あたしたちの苛立ちがピークに達し、ジェームズが叫び声を上げたその時だった。


「嗚呼、もう!どの部屋にいるのか分からないじゃないか!!」
「ジェームズ!良いから早く……って、その部屋!今光った!!」


経った今、通り過ぎようとした壁の中で、赤い光が踊ったのだ。
その明らかに魔法と思しき光に、いよいよ考えている余裕がないことを知る。
だが、あたしの腕は長時間同じ状態で固めていたせいで、今はまともに動く気配がなかった。
そのことを懇願する声の響きで悟ったのだろう、 ジェームズは、あたしが急かしたことで、それはもう嫌そうにしながら杖を取り出して魔法を放った。


「…くっそっ!粉々レダクトッ!!」


狙ったのは、恐らくもっとも強度が低いと思われる窓だった。
木の板がびっしり打ち付けられてはいるものの、木材が足りなかったのか、一部は薄いベニヤだ。
あっさりと木の板は砕け散り、あたしたちは今できたばかりの穴に箒もろとも飛び込む。
と、そこで目に飛び込んできたのは、今まさにリーマスに襲われんとしているセブルスの姿だった。

物音に反応してしまったのだろう、こちらを眩しそうに見る彼と、目が合う。
あたしは、でも、あまりの恐ろしさに声も出せなかった。


武装解除エクスペリアームズッ!!」


がしかし、ジェームズは流石だった。
ほんの瞬きの間の出来事だったというのに、飛び込んだ勢いはそのまま、杖先をリーマスへと向けていたのだ。
強烈な魔法がリーマスを壁に叩き付ける。


「ぎゃうんっ!!」


武装解除呪文は、武器に当たれば武器を吹き飛ばし、生き物に当たればそれ自体を吹き飛ばす。
一撃必殺の魔法ではないが、敵と距離を取りたいときにはうってつけの呪文だった。
あたしは倒れ伏すリーマスを泣きたい気持ちで見つめるが、 ジェームズが彼に杖を向けたままあたしを見た瞬間、弾かれるように本来の目的のため走り出す。

そして、床に手を着いたままでいるセブルスの腕を、引き上げるようにして掴んだ。


「立って!セブ!!」
「っ」


見たところ、彼は大きなケガを負っていなかった。
あたしが引っ張れば、なんとか足も前に進む。
そのことを確認し、あたしは外へと逃げるべく、木の棘だらけの窓枠に手を掛ける。


「いっつ……」


ガラスも破ったせいで、鋭い痛みが手のひらを襲う。
日本だったら室内から飛び出してきた今は確実に素足だっただろうから、今だけは欧米の土足文化万歳だ。
正直、体重を掛けたら指がちぎれるんじゃないかとも思ったが、 後ろからジェームズの切迫した声が背中を押す。


!早く!!あ、マズ……っ!妨害せよインペディメンタっ」
「分かってるよ!!ホラ!セブルス早く!!」


背後から漏れる眩しい光にリーマスが起き上がったことを悟り、 あたしは無理矢理、自身を奮い立たせて窓枠を上りきった。
そして、反対の手で掴んだセブルスを、同じように引っ張り上げて、月光の下へと飛び出す。
ジェームズはそんなあたしの後に続きながら、油断無く魔法を繰り出し、 全員が窓の外へ出たことを確認するや否や、驚くような行動に出た。


直れレパロ!」
「!」


攻撃呪文なら分かるが、なんでそんな……そう思ったあたしだったが、 一気にふさがっていく窓を見て、得心がいった。
ジェームズはリーマスをあの屋敷に封じ込めようとしているのだ。
普段、彼自身が自主的にそうしているように。
確かに、あの状態のリーマスを野に放つだなんて、考えるだけでぞっとする。

あの鋭そうな牙も、爪もだけど。
なにより、人を傷つけることをなにより厭う彼が、人を襲うだなんて。

あたしはもはや祈るように、木の板が、ガラスが、修復される様を見ていた。






もう少し。あとちょっと。
がしかし、あと数センチで全てが元通り、という段階で、凄まじい咆吼が屋敷から聞こえてきた。


「が、ああぁぁあぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁー!!」
「「「っ!!」」」


そして、目の前で再度砕ける木の板。
飛び散る窓ガラス。
それにとっさに顔を覆うが、 勢い余ったのか、見事な体躯が芝生の上を踊るように駆けて離れる。


「くっ……まずい。また押し込めないとっ」


歯がみするように、ジェームズがそんなリーマスを睨み付けた。
幸いにして、狼はあたしたちを獲物と定めているのか、 数十メートル先でこちらを睨み付けながら、顔を芝生にこすりつけている。
至近距離で顔に魔法が当たったせいだろうか。どこか必死な仕草だ。
とにかく、今のままであれば、ホグズミードの村を襲撃、なんてことにはならなそうである。
なら、どうにかするのは、今しかなかった。
あたしは、これまで自分が出した中で一番鋭い声でジェームズを呼ぶ。


「ジェームズ!セブルスを連れてって!!」
「はぁ!?君、なに言って……!?」
「あたしじゃ、箒ですぐ逃がして戻るなんて無理!ここは時間稼ぐから!!早く!!」


所謂、適材適所という奴だ。
あたしは杖を引っ掴み、恐怖に顔を青ざめさせながらもセブルスの体をジェームズの方へ押しやる。
後ろが叫びの屋敷だと、動きが制限されてやりにくい。
リーマスから目を離さないようにしながら、あたしはゆっくりと建物から距離を取った。
と、そのあんまりな言葉には、今まで怒濤の展開に口を挟めなかったのか沈黙を保っていたセブルスも、 流石に、冗談じゃないとばかりの勢いで噛みついてくる。


「僕だけ逃がすつもりか!?人を馬鹿にするのも大概に……っ」
「煩い!杖もない奴は黙ってろ!!」
「杖がないだと!?どこに目を付けて……!?」


憤慨したセブルスが見せつけるように杖を上げるが、それは、途中から不自然なシルエットを描いていた。
本来であれば優美な曲線を描くはずの木肌に、縦の裂け目が入り、 中からきらきらとしたなにかが顔を覗かせている。

セブルスの杖は、壊れていた。

そのことに一気に血の気をなくし、驚愕も露わなセブルスを見て、 ジェームズも彼を戦線離脱させる必要性を痛感したらしい。
舌打ちをすると、その細い腕を無理矢理掴んで、自分の箒の上へと押し上げる。
一瞬あたしに向いたその表情は、どこまでも不本意だと、言っていた。


「すぐ戻るからっ!!」


だが、ジェームズは決断したら即行動の人だ。
微妙に暴れるセブルスをクィディッチ仕込みの腕力で押さえつけ、一気に箒でその場を離れる。

と、離れた場所でこちらを見ていたリーマスは、獲物が減ったことで危機感を増したのだろう。


――アォオオォォォオォォォオォオォオォォオォン


一度月に向かって吠えると、
その大きな体が嘘のように、見る者が目を疑うような速さでこっちに向かってきた。
その凄まじいまでの威圧感に、あたしの生き物としての本能がけたたましく警鐘を鳴らす。

だいじょうぶ。
大丈夫だ。
あたしは今まで、こんなピンチの時には、 ピーブズだってなんだって、吹っ飛ばしてきたじゃないか。

冷たい杖を手に、あたしは外さないよう慎重に狙いを付けて、失神呪文を放つ。
ごめん、リーマス。
後でお詫びは幾らだってするからっ!


麻痺せよステューピファイッ!!」


がしかし。


「あ、れ……?」


漆黒の杖はなんの反応も示さなかった。
火花は散らず、空気をそよとも揺らすことはない。
こんなことは初めてで、だから、迫り来るリーマスに、対処が遅れる。


「っ」


気がつけば、逃れようのないところまで、茶と灰の混じった毛並みが近づいていた。
そして、灼熱があたしを襲う。


「ゃあっ!!」


ざりっと。
自分の腕の肉が削り取られる感触がした。
左腕が熱いようで、冷たく。
痛いようで、痺れる。
今までに経験したことのないその感覚が、激痛というものだと知ったのは、いつだったか。

とっさに身を引けたのだろう、心臓を狙っていたはずのその爪は、あたしの左上腕部を切り裂いていた。
あたしは、その衝撃で、後ろに仰け反るようにして倒れ込む。
無意識に触れた傷口からはどろりと粘着質な液体がしたたり落ちた。

一方、リーマスはといえば、飛びかかった勢いそのままに、草原の奥へそのまま走って行く。
どうやら、あの体は一度勢いが着くと中々止まれない代物であるらしい。
そんなことに気づいても、痛みに呻き声を上げることしかできない自分には、どうしようもないことだけれど。


「ぐぅううぅうううぅ……っ」


あまりの痛みに。
恐怖に。
噛みしめた歯は音を鳴らし。
唇の隙間から、唸り声が漏れる。
頬は生理的な涙でしとどに濡れていた。

赤。紅。朱。あか。アカ。

芝生が、生命の色に染まっていく。
あたしの生命が、流れ落ちる。

今、致命傷を避けられたのは、偶然だ。
近くには投げられる物も、なにもない。

魔法も、使えない。

今まで夢中で気づかなかったが、あたしは、こんな時になによりも大切な物を、人を。
ホグワーツに置いてきてしまったのだ。


「……ごめっ、…すてぃあ!」


一人で危ないことはするなと言ってくれた小さな相棒。
彼がいなければあたしなんて、浮遊呪文も使えやしないのに。
彼は、あたしがいないことに気づいただろうか。
気づいても、もう遅いけれど。

と、あたしが必死に遠くからこっちへと駆けてくるリーマスの姿を見つめていると、 その視界に、伸びゆく金鎖が飛び込んできた。


おのれ……!
「っ!ダメ!バジリスク!!」


右腕に巻き付いていたはずの彼が、あたしを守るように前へと飛び出していく。
きっと次の瞬間に彼は本性を現し、黄金色だというその瞳で、リーマスを睨み付けるだろう。
それか、その毒の牙でもって、リーマスの体を引き裂くのかもしれない。
どちらにしても、そんなのはダメだっ!

あたしは無事な方の手を伸ばしてバジリスクを自分の体の下に引きずり込みながら、彼の動きを必死に止める。


なにを……!?
「止めて!バジリスク!!あたし、リーマスが死んだらきっと生きていけない!!」
!?


渾身の力で、暴れるバジリスクを抑える。
その口に、無理矢理杖を突っ込むと、流石の彼でも動けない。
すると、あたしが逃げないことを知ったのか、リーマスの歩みが途端に鈍る。
それは、獲物の様子を窺うようでもあり。
なにかを逡巡しているかのようでもあった。
きっと、そんなの、希望的観測でしか、ないのだけれど。
でも。
彼が、なにかを必死に葛藤しているみたいで。

ザァ

風が、吹く。


――がああぁあぁあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁー!!


風に乗って、彼の苦悩する声がした。


――危険だから、君は早くお逃げ。


いつかどこかで、言われた言葉。
優しい君が、あたしでないあたしに言ってくれた言葉。
いつだって、君はそうやって寂しそうな瞳をしながら、 綺麗に綺麗に微笑んでくれたね。
でも、あたしはわがままだから。


「無理だよ。リーマス」


同じ言葉で、君の優しさを踏みにじろう。


「リーマスを置いてなんて、行けない」


そして、言葉に出した瞬間。
すとん、と。
あたしの中でふわふわとしていた覚悟が決まる。



あたしは、気づけば微笑んでいた。



さま――…!?


ぎょっとするように、バジリスクが暴れるのを止める。
その視線を受けながら、あたしは血に塗れた腕を伸ばした。


「大丈夫だよ。リーマス」


腕からは止めどなく血が流れ落ちていて、貧血を起こしても良い位なのに。
あたしの頭はどこまでもクリアだ。
自分のするべきことも。
自分のしたいことも。
全ての道筋が見えていた。

そして、その手に応えたのか、狼の太い足が地を蹴る。
ドン、と肩口に両前足がかかり、あたしは芝生の上に、星空を見上げるようにして倒されていた。

ハッハッハッハッ

荒い息が、目の前でする。
濃厚な獣の匂いに、息が詰まりそうだ。
びちゃり、と粘着性のある唾液がだらりと下がった舌から垂れ、首元を濡らす。

バジリスクのようにびっしり、ではないけれど、一本一本研ぎ澄まされた牙が、こちらを向いていて。
嗚呼、咬まれる。
そう確信できてしまう。
でも。
それでも。


「大好きだよ、リーマス」
っ!!!!


あたしを見ているようで、まるで映していないその獣の瞳が、綺麗だと思う。

この想いが届かなくても良いんだ。
ただ、知っててくれればそれで。
この広い広い世界には。
君のことが大好きだと言う人間がいることを。
どうか、忘れないで。
そして。
どうか、泣かないで欲しい。
あたしは、きっと、後で悔やむに違いないけれど。
それでも、絶対に文句なんて言わないから。


獣の君に、精一杯の愛を。



あたしは微笑んだまま、目を閉じた。



来いアクシオっ!リーマス・・・・ルーピン・・・・!!」
「きゃん!?」



だが、その時。
凜とした呪文が、あたしとリーマスを引き離した。
そして、とっさに目を開いたあたしの前で。
あたしを襲うはずだった牙は空を切り。

バキィッ

銀色の軌跡が、引き寄せる勢いそのままにリーマスの顎を直撃する。
それは魔法ではない。
完全なる物理的な攻撃だ。


「……ど、して。それ……」


いや、寧ろそれは特攻と呼ぶのが、一番相応しい。


「どうして、だって……?」


目の前にあったのは、あたしの寮の部屋に置いてあったはずの、一本の箒だった。
リーマスの顎の骨を砕いた凶器。
それを手に、青年はそこにふわりと降り立つ。


「昔から、化け物退治は“銀の矢”と決まっている」


そして、まるで燃え上がる火の粉のように、その金の髪を風に巻かせた彼――ケーは、 役目を果たした乗り物を、その場に投げ捨てた。





人はそれをエゴイスティックと呼ぶけれど。





......to be continued