嵐の前には静けさがあって。





Phantom Magician、125





「嗚呼……」


茶が、美味い。

どこぞの帽子屋のようなことをしみじみと呟きながら、 芳醇な香りを醸し出す紅色の液体をゆっくり嚥下する。
朝からの喧噪が嘘のように静まりかえった城内には、優しい小鳥の鳴き声が響き。
輝く陽光が、教室の中に見事な影とのコントラストを生み出していた。
朝から、真紅とロイヤルブルーを目に叩き付けられていた身としては、自然の柔らかな色合いが酷く嬉しい。
知らず知らずの内に、ほっと息が漏れる。
心休む間もないような日々が続いていた中、今は間違いなくあたしにとって安息の時間だった。
と、そのまったりのんびりしたあたしの様子がおかしかったのか、正面からふふっと密やかな笑い声が響く。


「……本当に美味しそうに飲んでくれるんですね。ミネコさんは」
「だって、レギュラスの煎れてくれた紅茶、すっごい美味しいんだもん」
「ミネコさんが持ってきて下さったブリオッシュも美味しいですよ」


にやり、でもにっこりでもなく、緩やかにお互いの口の端が上がった。

……これだよ!
あたしが求めてたのは、こういう穏やかな時間!!
訳分かんない授業聞いたり、悪戯仕掛け人のすることハラハラ見てたり、 取り扱い厳禁の超絶美形の顔色窺ったり、芸達者な案内人とコントしてたり。
そういうの、もう良いです。お腹いっぱいです。
偶には良いけど、毎日だと疲れます。


「……さん」


ハリーたちの時代は、良かったなぁ。
色々やらなきゃ!な精神的な負担ももちろん少なかったけど、なにより皆もうちょい大人だったもんなぁっ
ぴかぴかの1年生である子世代に精神的に負けてるってどうなんだ、5年の親世代。
いや、リリーは間違いなくぶっちぎりでハーマイオニーより大人なんだが。
お と こ れ ん ち ゅ う!
ハリー見習えよ、マジで。
ジェームズ、お前半分はDNA同じはずだろ?もっと、頑張れよ!


「……ネコさん?」


ハリーだったら、嫌がるあたしを箒に乗せようとなんかしないはずだ。
あ、いや、箒一緒に選んでくれたのは、正直、素敵イベントだったんだけど。
っていうか、後からスティアに「あれ、ほぼデートじゃない?」とか言われて固まったんだけど。

うあ〜〜〜〜〜やばい。
思い出したらなんか恥ずかしくなってきた……っ
デートはデートでも、少女漫画に出て来そうな超健全デートだよね。
ん?でも、あっちはあたしを男だと思ってるんだから、客観的にはデートじゃないのか?
向こうにしたら、きっとサボりの共犯くらいの感じだよね?きっと。
……なんだ!焦って損したぁ。
そうだよね。デートって行ったら、もうちょい、こう……恋愛要素的な物があるよね。
ショッピングしたり、お茶したりだとか。
あれ、ショッピングっていうより、買い出し、の方が合ってるもん。
今みたいにお茶飲んでもいない……し……。

…………。
…………………………。
ってことは、これこそデートなのか!?
男女で仲良く紅茶嗜むとか!?
いやいや、でも出かけてないし!ホグワーツだし!!
あ、でもお宅デートとかあるよな……。


「…………くす」


そして、あたしの思考がいい加減、暴走気味になった時。
さっきと違って、思わず漏れてしまった、とでもいうようにレギュラスの笑い声が聞こえた。
そっちに目を向けてみて。
その、柔らかく笑みを含んだ表情カオに、目が釘付けになる。
……顔の造りはほぼ同じはずなのに、何故兄と違ってこんなに品が宜しいのだろう。
長いまつげも、すっと通った鼻筋も、全てが全てガラス細工のように繊細で優美だ。
と、次の瞬間。
ぼけっと見惚れていたあたしの顔が、彼の青灰色の瞳に映り込む。


「僕の顔に何かついていますか?」
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


目が合った、と認識するより早く、必死になって視線を彷徨わせる。
(まさか、面と向かって、テライケメンwとか言えない)


「いや、あの、えーと……れ、レギュラスは本当にクィディッチ観なくて良かったのかな、と思って!?」


一気に熱くなった頭から察するに、今のあたしは羞恥のあまり全身真っ赤になっていることだろう。
がしかし、兄と違って空気の読めるレギュラスはそんなことを微塵も指摘せず、 「ええ。後で他の人から色々と話は聞けますから」と爽やかに頷いた。

そう、現時刻は、所謂クィディッチの試合真っ最中、という奴だった。
流石に寮対抗杯の初日ってことで、皆朝からテンションすげぇの!
普段クールなレイブンクロー生が、寮のシンボルマークをフェイスペイントしてたの見た時は衝撃だったね。
もちろん、お祭り好きのグリフィンドール生なんて言わずもがな。
どっから持ってきたんだ、っていう赤と黄色のタオルを振り回してる奴がいたり、 中には、なにを思ったのか全身赤と黄色の全身タイツで固めてた奴もいたし。
(流石にそれは、女子が悲鳴と共に排除していたが)

そんなこんなで、学校中で注目するイベントであるクィディッチは、 ある意味なにかを隠れて行うには、格好の隠れ蓑だった。
部外者であるということになっている、フジ ミネコさんも堂々と入ってこれちゃうという訳です。ええ。
それに、『』を知ってる人は皆いなくなってるっていう都合の良さ。

え?お前、そもそも試合はどうしたんだって??
いやぁ、あたしも引き受けちゃったから、練習風景とか観たり、スティアと箒乗ったりして考えてはみたんよ。
で、結論。

普通に無理w

スティアさえいれば、なんとか箒乗れるようにはなったんだけどね?
でも、それって普通に飛ぶレベルで、試合の選手になれるようなもんじゃ間違ってもない訳さ。
あたし昔バレーボールやってたもんだから、あたしにとって、 ボールって掴んだり投げたりするもんじゃないし。スパイクするもんだし。
ってことで、いつものように助けてスティえもーんっと叫び。
盛大な溜め息吐いた黒猫さんが、まぁ、なんとかして下さいました。


“ようは、シーカーがいれば良いんでしょ?”
『え、あ、うん。え、ひょっとしてスティアさんがあたしの姿に……!?』
“やってあげても良いけど。つまり、君は今後ともあの暑苦しいキャプテンに付きまとわれる、 ってことになるんだけど、それでも……『良くないです。別の方法でお願いします』
“でしょ?まぁ、つまりは本来のシーカーの彼さえ回復すれば問題ないってことさ”


なにをどうしたのかは知らないけど、スティアは熟成期間をすっとばして魔法薬を作成し。
ええ、なんとか試合ぎりぎりでシーカー君は完全回復してくれましたとも。
……顔は緑色だったけど。
体調は万全だけど、色だけはどうにもならなかった、らしい。
もはやハ○クだろ、と思ったけど、超人的な筋肉じゃないからドーピングとかはとられまい。
んで、その彼を敵チームに観られないように透明にして、競技場に連れて行き。
グリフィンドールチームの面々には、シーカー君から事情を話して貰うことにして、 あたしはさっさと城にUターン。
レギュとのお茶会の約束を果たすべく、空き教室に忍び込んで現在に至る、と。
(人に見つかると嫌だから温室通ってきたけど、なんかマンドラゴラ脱走しててマジびびった)


「しかし、先輩が試合に出ていらっしゃらなくて残念でしたね」


そして、レギュラスは話の流れからふと思い出したかのようにそう言って、こてん、と小首を傾げた。
なんだかその仕草はロボットとかみたいで可愛い。
だが、ふと思い出した、なんてことがある訳はなく。
さっきまでと違って無表情に近いものになっている彼の瞳はどこか不安そうだった。

口に出さなくても、なんとなく、彼の心に巣くっているものが分かる。
そう。用もないのに、呼び出したことに対する、罪悪感だ。
レギュラスにしてみれば、身内の試合を観に来たあたしを、ついでとばかりに誘った、という認識で。
その身内が試合に出ないとなれば、ついで、とは言えなくなってしまう。
それを口実に使ってのお茶会のお誘いだったから、彼がそこを気に掛けるのは当然かもしれない。

ので、あたしはことさらなんでもないことのように、彼の杞憂を笑い飛ばした。


「いや?寧ろ、危ないことしないでくれてほっとしてるよー。
今頃はあたしたちみたいに優雅に紅茶でも飲んでるんじゃない?
他の人に見つかったら大変だから、きっと試合終わるまでは姿くらましてるよ」
「ですが、折角お忙しい中いらっしゃったのに……」
「まぁ、確かに忙しいのは忙しいけど、メインはレギュラスのお誘いだもん。
だから、全然残念じゃないよ?」
「え?」
「試合観てるよりレギュラスとおしゃべりしてる方があたしは何倍も楽しい」
「!」


っていうか、返事の手紙にそのこともしたためていたつもりなんだけどなぁ。
「実はは試合に出ないらしいけど、折角だからレギュラスには逢いに行きます」って。

スリザリンの選手であるレギュラスも、今後の試合のためにグリフィンドールVSレイブンクロー戦を観たいだろうから、 当初、あたしとしては試合後に適当な場所で落ち合うつもりだったのだ。
でも、それなら寧ろ試合中の方がゆっくり逢えるから、とこの時間を指定してきたのはレギュラスである。
そうなると、どっからどう考えても、メインはお茶会になるだろう。

その時間で了承した時点で、そのことはお互い承知のはずと思っていたあたしだったが、 しかし、やはり直接聞かないと微妙な心配の種は消えて無くならなかったのだろう、 レギュラスはどこかほっとしたように溜め息を吐いた。


「そう、ですか……」
「あ、でも、レギュラスの試合の日も観に来るからね!
実はあんまりクィディッチってちゃんと観たことないんだ」
「そうなんですか?珍しいですね」
「アジアじゃ、あんまりやってないからじゃない?一応チームはあるっぽいんだけど」


余談だが、トヨハシ・テングとかいう、なんとも微妙な名前の愛知チームらしい。
設定上、日本にもチームがあるって聞いて喜んで調べたわりには、 凄まじくテンション下がることしか解説されてなくて凹んだ覚えがある。


「ああ。負けた試合では自分達の箒を燃やす伝統を持っているっていう?」
「らしいね。日本人のもったいない精神と真逆を行く発想で、同じ日本人としてはありえねぇって感じだけど」


だから、観たことがない。
そう、適当なことを言い放つと、それに対してレギュラスは一瞬黙り込んだ後、 珍しくも、どこか威圧的な空気を纏った。


「では……」


そうしていると、シリウスとどこか共通するものが確かにあって。
どうしたんだろう、と見つめるあたしに向かって、彼は厳かに宣誓した。


「次の試合はミネコさんに勝利を捧げましょう」
「ごふっ!!」


真顔で言われた衝撃的台詞のせいで、紅茶が気管に入る。
ものごっつい気障な台詞だ。
同じ台詞をシリウスが言ったら大爆笑する自信がある。
がしかし、目の前にいるのはレギュラスだ。


「?ミネコさん?大丈夫ですか??」


そして、不思議なことにそんな台詞が似合ってしまう、という恐るべきキャパシティを誇っていたりもする。


「げほ……ごほっ…げほっ!」


結果、あたしはなんとも情けない表情でひたすら咳をすることしかできなかった。







それからしばらくして。
レギュラスとの楽しくも苦しいお茶会も、試合終了を告げる放送が遠くから響いてきたあたりでお開きとなった。
少しでも従兄弟と話をしてきたらどうか、というレギュラスの心優しき気遣いである。
いや、ぶっちゃけ、そんな従兄弟、実際にはいないんですけど。
まぁ、でもここで無碍に断るのもおかしいので、あたしは爽やかーにレギュラスと別れ、 適当に校内を散策することにした。
興奮冷めやらない競技場の人々は恐らく、まだしばらくあそこに留まるだろうから、 あと少しの間だったら、この静寂を独り占めできる。
それはなんとも贅沢な時間に感じた。


「あ、そうだ。セブルスに逢いに行ってみようかな」


と、不意に仏頂面で試合の激励(?)に来てくれた友人の姿を思い出した。
どうやら、レギュラス同様、あたしが試合に出るとどこぞで聞き及んだらしく、 無謀だありえないズタボロになるのがオチだ、と忠告しに来てくれたのである。
まぁ、あたしが「いや、試合なんぞ出んわ」と言った途端、真っ赤に顔染めて怒っちゃったんだが。
手にはハナハッカのエキス装備で。
いやんwもうこのツンデレさんめ!と思ったあたしはなにも間違っていないとそう思う。


「確か、リリー曰く、試合なんて絶対観に行かないと断言してたんだそうな。
ってことはきっと校内で引きこもって魔法薬作ったり闇の魔術の練習をしてるに違いない」


こんなに良い天気の日に、それはなんとも根暗な過ごし方だ。
ってことで、目指せリア充!とばかりに、リリーのお見舞いに誘おう。そうしよう。
嗚呼、いや、寧ろ自分から行ってる可能性もありそうだな、それ。

グリフィンドールとスリザリンが仲良く、なんておおっぴらには中々できないから、 そこのところ、セブセブはきっちりと人目のないのを確認している節がある。
となれば、クィディッチに皆が夢中の今は、絶好の機会なのではないだろうか。
しかも、今マダム ポンフリーは医務室にいない・・・・ ・・・・・・・・・・・・・はずだし、丁度良くない?

スリザリン寮の方へ向けようとしていた足を、くるり、と変え、 あたしは急いで医務室を目指すことにした。
(試合が終わってしまったなら、早くしないとセブルスが医務室からいなくなってしまう)
がしかし、次の瞬間。


「……、か?」
「!」


突然、なんとも心臓に悪い声がした。


「く、クィレル先輩……」


条件反射のように引きつる頬。
別に危害を加えられている訳でもなんでもないんだけどさ。
ファーストインパクトが強すぎて、どうしても未だにこの人とは気軽な挨拶ができないあたしだった。
自分でもどうにかした方が良い気はするんだよ?
でも、こればっかりはなぁ……。
多少話している内には慣れてくるから、会話自体はもうちょいスムーズにできるんだけど。

と、あたしが足を止めている間にも、右手の通路から、すらりと背の高いシルエットが姿を現す。


が何故……」


クィレルは手に分厚い本を抱えていた。
そういえば、図書館からスリザリンへの最短経路にこの通路が入っていたような気もする。
が、いきなり現れるなよっ!心臓に悪いっつの。

と、そんな小動物のようなあたしの反応に、いつもなら楽しそうな笑みを浮かべるクィレルだったが、 今日はどうやら、それよりよっぽど気になるなにかがあるらしい。
彼は眉間に皺を寄せながら、何故、と言った。

が、何故?なにが?
あ、ひょっとして、あたしが噂通り試合に出ると思ってたのかな?
まぁ、もう試合も終わりだから、出ないことがばれても特に問題はないんだけど。

そして、あたしは弁解というか、一応の説明をすべく口を開こうとした。
ところが。


「何故、が女になっているんだ?」
「…………」


クィレルの疑問はそんなところじゃなかった。


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


しまっったぁあぁぁぁぁあぁー!!!
あたし、レギュとお茶会した後だから、がっつり魔法解いたままだったよ!!
うあー、うあー、うあぁぁぁぁああぁあぁー!!
やべぇ、もうちょっとでこの格好のままセブルスにヤッホーって言うところだった!
いや、でも、まだ大丈夫。
として話しかけたわけじゃないから、まだごまかせるはずっっっ!


「えっと、あの、私、の従姉妹でミネコ=フジって言います☆」
「……そうか。つまりは初対面、と」
「ええ、そうですそうです」
「その割には、私のことを『クィレル先輩』と呼んだ気がするが」
「っ!や、あの、手紙!そう、手紙で話を聞いてて!!」
「なるほど」
「ホラ、先輩の髪の色珍しいし、そうかなーって!」
「確かにそうだな」


自分でも分かるほど冷や汗をだらっだらと流したものの、どうにかこうにかクィレルを説得できたらしい。
相変わらずのなにを考えているのか微妙に分からない無表情で、奴は頷いていた。


「従姉妹か……。確かによく似ている」
「そ、そうなんですよぉ。親戚にもよく言われててー」
「顔じゃない。私を見て怯えるところが特に、だ」
「!!」


くすり、と、それは恐ろしい笑みが段々近づいてくる。
今すぐ踵を返して逃げ出したい……っ
いや、でも、マルチと違ってこの人の視線って卑猥さがないから、どう反応したら良いものかっ

と、そんなことをぐるぐる考えている内に、クィレルの骨張った指が、あたしの髪を捉えた。
そして、一言。


、だろう?」


にやり、と確信に満ちた問い。
それを見た瞬間、あたしは観念せざるを得ない現状を悟った。


「……はぁ〜〜〜〜〜。なんで、ばれるんすか」
「他人というには、あまりにも細部にわたる行動パターンが一緒だったからな。
なにより、あんな挙動不審な人間の嘘が見破れないはずがないだろう」


しれっと言い放ち、クィレルは途端に興味を失ったかのようにあたしを解放した。
こういう、妙にあっさりした態度がどこぞの貴族様と違うところである。
と、パーソナルスペースの外にきっちり出たクィレルは、ここで予想外のことを言い出した。


「実は探していたんだ」
「はい?」


良いよ良いよ探さなくてっていうか寧ろ探さないで下さいお願いします。
心の中でそんなことを返したあたしだったが、続けられた言葉に、すぐさまそれを撤回する。


「グリフィンドールのシーカーを襲った人間を偶々知ってしまったからな。
折角なので教えてやろうかと」
「……っ今ほど先輩が先輩らしく見えたことってありません!」


何気に失礼なことを言いながらクィレルに笑顔を向けたのは、なにを隠そうこのあたしだった。
現金とか言われたって良い!
今、それ滅茶苦茶知りたかった情報!!
そいつらのせいであたし、また面倒なことに巻き込まれかけたんだから、
絶対シーカー君の分も割り増しで仕返ししてやろうと思ってたんだよね。マジで。


「ありがとうございます!」


我ながら良い表情で、クィレルから告げられるスリザリン生の名前をメモする。
正直、これってスリザリンに対する裏切りなんじゃ?っていう気もちょっとしたけど、 本人淡々としてるし、まるで気にしてなさそうだから良いんだろう。
我が道を征くタイプだよね、この人。
あれ、でもそれって、


「『スリザリン生』としてはどうなんだろう?」
「?なにがだ」


うぉう!?声に出してたー!


「や、えーと。実はスリザリン生の特性に疑問が少々?」
「どういう意味だ?」


適当にお茶を濁したかったが、全然そうさせてくれそうにない気配のクィレル。
まぁ、情報料じゃないけど、わざわざ良いことを教えてくれた相手なので、 偶には真面目に相手をするのも良いかもしれない。
ようは気が向いたので、あたしはぽろっと、考えるともなしに思っていたことを口にしていた。


「んっと、スリザリンって狡猾な人のいく寮なんですよね?」
「組み分け帽子はそう歌っているな」
「でも、それって本当なのかなーって」
「?」


思い出すのは、可愛らしいマルコやら阿呆のクラッブ、ゴイル。
美人なくせに性格どぎついパンジー。
そして、なによりもツンデレなセブルス。


「あたしの知ってるスリザリン生で本当に狡猾、って思ったの二人くらいしかいないんですよね」
「…………」


もちろん、その一人は黒髪赤目の彼。
あたしはなにしろ真実を知っているので、滑稽だと思っていられるけれど。
それを知らなければ、あいつのやり口は本当に巧妙で。
あのダンブルドアでさえも、リドル在学中は決定的な証拠を見つけることができなかったほどだと聞く。
(ハリーとの対決後はなんかことごとくやることにケチがついてるけど)

そして、もう一人。
人とは思えない美貌と、輝く金糸の髪の彼。
恐ろしい人だと、そうに違いないと思うのに。
決定打が、見いだせないあの人。

と、あたしの言葉に、クィレルはひたとあたしを見つめた。


「それは、にとって、狡猾の定義がどの程度かという問題もあるな」
「定義ですか……」


思い出すのは、この世界にはいない親友の言葉。


「本当に狡猾な人は、もっと『良い人』だと思うんです」
「?どういう意味だ??」
「そのままですよ」


彼女は言っていた。
それこそ、ハリーポッターの最新刊を読んだ後に、至極つまらなさそうに。


『スリザリンってさ。こんな分かりやすく悪役してて、どこが狡猾なんだろうね??』


本当に狡猾な人間は、傍目から見ると、最高に優しくて良い人を装うだろう、と。
腹黒、とでも言えば良いのか。
こいつらはただ性悪なだけで。
その黒さを隠すことも出来ない、ただの間抜けじゃあないのか、と。
散々な言い草だと思ったが、同時になるほど、と納得したのも確かだった。


「多少悪いことをしでかしても、日頃の行いが良く見えれば庇ってくれる人とか、 もしくはなにかの間違いだって勘違いしてくれる人もいるでしょう?
なのに、今回のことでもそうですけど、スリザリンの人ってあからさまに『悪い人』なんですよねぇ」
「……否定はしないな」
「で、それって個人的にはなんか、要領悪いなって思うんですよ」


リドルほど、とは言わないけれど、もっと愛想良くしていれば、 上手く立ち回ることもできるだろうに。
スリザリンの人間はプライドが邪魔するのか、それができない。
大事なのがなにか、という問題にもなるので一概には言えないけれど。
それは目的の為には手段を選ばない、なんてキャッチコピーと矛盾しているように感じる。


「クィレル先輩も人のこととかあんまり気にしない性格だったりするじゃないですか。
でも、それって結局行きたい場所に行くのを邪魔する時もあるんじゃないかなーって、ふと思ったんです」
「…………」


気分的にはあれだ。
切り札は先に見せるな、見せるなら更に奥の手を持て。って感じ?(え、ちょっと違う?)

と、視線を感じたのでそちらを見ると、 あたしのとりとめもない言葉に、クィレルの眉間の皺はなんか凄いことになっていた。
……そんな深刻に考えるようなこと言ってないんだけど、あたし!
それともあれか?偉そうだった!?
まぁ、年下から寮の人全否定な言葉言われたら、確かに不興を買うかもだけど!
え、や、なんかすみません!


「な、生言ってすみません!!」
「…………」
「あれですよね。つまらない話しちゃって、退屈でしたよね!
いやぁ、すみません、ちょっとコミュニケーション能力低くて、あたし!」
「……いや、有意義な話だった」


難しい問題に取り組むように。
でも、なんだか、やりがいのあるなにかを見つけたかのように。
クィレルは至極不可解で複雑な表情のまま、笑った。

あたしは知らない。
この数分間のやり取りで、未来版の良い人クィレルが出来上がるなんて、 ホグワーツ卒業後の彼が性格まるっと別人を装うようになるだなんて、 この時は微塵も知らなかったのだ。





静けさの後には、嵐が来る。





......to be continued