望むことのためなら、プライドなんていらない。
でも。






Phantom Magician、120





が吹っ飛んだ時、「あ」と思った。
思っただけだった。
この僕としたことが、とっさに動くことができなかったのである。
あまりにそれがあっけなさ過ぎて。
……本当に絶妙なタイミングで外に飛んだものだと後になって思う。

そして、僕は。
慌ててを浮遊させようとして、同じように飛び出したその先に。
両手を伸ばしている狼男の姿を見つけて。


『……やめた』


動きを止める。
そして、重力で加速のついたの体が無事受け止められたのを見届けると、 彼女とはずれた場所に着地した。
視線の先には、信じられないって表情カオで固まると、 きっちりその下敷きになっている奴の二人。


『あーあ……』


なんかもう、色々滅んでしまえば良いのに。


『おっと。うっかりあの子の口癖が移っちゃったかな?』


あの子、というのは、の親友だ。
人が良く、優しく、虫も殺さないようなほんわかした雰囲気と笑顔で。
ふっと「こんな世界滅んでしまえば良いのに」とか言っちゃう、可愛い子である。
(え、それのどこが可愛いのかって?に訊いてよ、そういうことは)


『まぁ、実際逢ったことないんだけど』


でも、あの子の気持ちも理解できなくはない。
こんな時は、本当に。
あ、いや、別にリア充爆発しろとかそういう気持ちじゃないんだけど。
どうにもならないことに直面した時、ふっと、滅びを望んでしまうような。
なんとなく、窓から飛び降りたくなる気持ちっていうか。
実際にそんなことをするつもりはないけれど。
実際にそんなことになったら困り果てるに決まっているけれど。
けれど、思わずにはいられない、そんな空虚感。


『シリウスっ!』


と、そんなアンニュイな僕の思考を切り裂くような怒号が響く。
その言葉につられるようにしてバジリスクの方を見て、 僕は、蛇の首元に牙を立てる黒犬の姿を目撃した。

『ぐぅうううぅううぅっ』
「離せ、小童がっ!!」
は救出した!そのまま抑えててくれっ!』


人の姿と獣の姿を駆使し、縦横無尽に輝く魔法の嵐。
バジリスクの苛立つ叫び。
喧噪の音。
ざわつく空気に、静けさをたたえるはずの森は揺れている……。


…………。
……………………。

ド シ リ ア ス 。


の方からピンク色っていうか桃色片思いっていうか、 そんな甘ったるい空気を感じる僕が、あまりのギャップに思わず戦慄するレベルで、 こっちはガチバトル真っ最中だった。


『…………』


それどころじゃない位一杯いっぱいなには悪いけど、言わせて欲しい。

ほんっと、お願いだから、 こっちで君の為に体張ってる人たち忘れないであげて!
もう本気で!あまりに不憫すぎて、僕ちょっと直視できないっ!!

見てご覧よ、毛皮があるから分かりづらいっていうか分からないけど、 体当たり仕掛けてたせいで、あいつら打ち身と擦り傷まみれだよ!?
いや、僕、悪戯仕掛け人とか正直どうでも良いんだけど、 流石に、きれいさっぱり頭の中から消しちゃってる現状には思うことがないでもないよ。

と、そんな風に憐れみしか浮かんでこない現状を嘆いていた僕だったが、 そこでふと、さっきのバジリスクの言葉がリフレインした。


『貴女様を害したものを、どうして許すことができましょう?』


……ってことは、これは、だ。
どっちもの為に争っているっていう、 ありがちヒロインシチュエーション……っ!


『うわぁ!不憫通り越して、もはや不毛!!』


こんな時は、それこそヒロインが止めに入るのが常道なのだが、 にこっちの惨状が目に入っているはずもなく。

いやいや、でも目に入れようよ、そこは!
君、なんで颯爽と友達を助けに来たのに、逆に助けられて幸せ気分満喫してるんだよ。
気持ちは分かるよ?ようやく人並みに接することができるようになっただけじゃなくて、 君の為に危険を顧みず助けてくれたとか、うん、嬉しいに決まってるよ。
乙女の夢だね。ドリームだね。

でも、世の中には忘れて良いことと悪いこととあると思うんだけどっ!

がしかし、そんな僕のテレパシー的なものも、 脳内麻薬全開のにはまるで聞こえていないようで、彼女からはなんの音沙汰もなかった。


『……これはあれか。僕にどうにかしろっていう丸投げフラグか』


はぁっと、凄まじく重い溜め息と共にバジリスクたちを見る。
そして、その次の瞬間、


『そこまでだ。バジリスク。もう良い』


視界を、金色の光が満たした。







ちらちらと、閉じた瞼の裏さえ浸食するほどの光が収まった時、 その場にいたのは杖を突きつけたまま呆然としているジェームズと、黒犬だけに見えた。
まぁ、実際はそんなことはないのだけれど。
相手を退散させるような呪文も、消すような呪文も放っていないのに、 いきなり敵が目の前からいなくなってくれるなんて、都合が良いにも程がある。

そして、ジェームズもそれは思ったらしく、 辺りを見回した後、念を入れることにしたのだろう、 大鹿の姿になって、周囲をキョロキョロと探索し始めた。
その視線がこちらを向いたので、とりあえず身を伏せてやり過ごす。

で、そんな風に僕さえ見落とす連中に成果が上げられるはずもなく。
微妙に腑に落ちない表情カオをしつつも、二匹の獣はたちの方へと歩んでいく。
嗚呼、いや。


『四匹、だな』


黒犬と鹿の後ろには、慌てて後を追うネズ公と、金色の鎖を思わせる小さな蛇……。
バジリスク(ミニ.ver)がいた。

蛇の王とさえ言われる大蛇の目撃情報が極端に少なかった理由、これがそれである。
すなわち、自身の体の大きさを自在に変える魔法を持つ、ということ。
バジリスクは非常に長命で、基本的にその体は生きた歳月に比例して大きくなるのだが、 しかし、それでは餌からなにから、全てにおいて効率が悪い。
ましてや、個体数も少ないため、その希少さ故に他者から狙われることも多かった生き物だ。
その眼力も、毒も、生まれ持ったものだが、その魔法だけは彼らが選んで会得した能力。
生き残るための進化とも呼ぶべきもの。

悪戯仕掛け人が光に目を眩ましている間に、さっさと大きさを変えたのだろう、 バジリスクは、なんの感慨もなさそうな済ました表情カオをして、ゆったりと奴らの後を追っている。
草にならばあの特徴的な色(なら「金の強い玉虫色??」とか言いそうな、あの色)も 紛れ込んでしまえるのだろう、僕以外にそれに気づくものはいない。
(鼠あたりは気付よ、と思うけれど)

で、え、なに、どうするつもりなんだ一体?と僕が首を捻っている内に、 悪戯仕掛け人はたちに合流し、お決まりのように犬が阿呆な失敗をして、 ついでにが狼男に締め上げられたところで。


「リーマス、ごごごごごめんなさい。許して下さい。
でも、正直あたしのせいじゃなくてそこの馬鹿犬が全て悪いと思………うひゃぅっ!?」
「……?突然、気色悪い声上げてどうしたの、君」


(ひんやり冷たいなにかが下から這い上ってくるぅううぅぅううううぅー!)


蛇はしゅるん、と滑り込むようにの服の中に侵入していた。
変温動物なので、その冷たさはなにをかいわんや、である。
不意打ちを食らうと、あれは本気でびっくりするし、怖いだろう。
やれやれと思いつつ、さてどうしたものかと悩む。
今、の服から追い出しちゃうと、悪戯仕掛け人に見つかるよなぁ。
それだと、まぁ、確実にバジリスクが追い立てられる訳で。
さっきようやくバジリスクについて思い出して凹んでいた彼女にとどめを刺すようで悪い……。

がしかし、そんな僕の思いは杞憂だったようで、 はその謎の感覚からバジリスクをちゃんと感じ取っていた。


(ひぃいぃいい!虫!?虫なの!?いや、でも体を滑るこの感じは前に覚えが……はっ! これって、これってもしかして へ び か !)
『あ、分かったんだ?そうそう、それ蛇っていうかバジリスクだから。
良かったね、死んでなくて。だから、服の上から潰したりしないでよ?』
(いや、だって沖縄のハブ園の時に受けた衝撃と一緒だしさぁ。
っていうか、すげぇくすぐったいんだけど!潰したりはしないけど、上から抑えたい……っ!)
『噛まれてもしらないよ』
(それ死亡フラグじゃねぇかっ!!)


すでにバジリスクの敵意がないことは言及してあるので、どうやら今の危険な状態も、 彼女にとっては危機感のあるものではないらしい。
が、が真に危険を感じるべきなのは別の相手だった。


「……ねぇ。変な声出してフリーズしないでくれるかな。 見てて気持ち悪いんだけど」
「ひぃっ!ごごご、ごめんなさい、リーマス!」


彼女の前には、にっこり笑顔の大魔王が降臨していた。


「いや、ちょっと、うん、あの、ちょっと気色悪い虫が視界に入っただけだから!」
「え、それって君のこと?」
「〜〜〜流石にそれは酷いよ、リーマス!」
「え、だって、許可無く勝手に人のファーストネーム呼び捨ての人とかは、 虫扱いで十分だと思うんだよ」
「〜〜〜〜〜〜〜っ」

「……ムーニー怖ぇ」
「あれはきっと愛情の裏返しって奴だよ、うん」
「それは違うだろ」
「ななななんで、そう、思うの?ジェームズ」
「うん?だってリリーの態度そっくりじゃないか」
「それは望み薄って言うんだよ、普通」


どうやらバジリスクの余韻が去ったようで、 微妙にが涙目になっているものの、なんとも長閑でいつも通りの光景だった。
緊張感のないやり取りは、禁じられた森であろうと変わらないらしい。

……すでに日も暮れて、段々ぎらぎら輝く瞳がこっちを睥睨しつつあるんだけど。
まぁ、森の危険生物も、幾ら小さくなったとはいえバジリスクの存在を感じるだろうから、 襲ってくることもないだろうし、後はさっさと戻れば大丈夫かな。
彼らだけでも。


。そろそろ日も暮れてきたし、続きは城に戻ってからにしなよ。
僕ちょっと用事できたから先に帰っててね。あ、花冠も忘れないこと』
(うぇえ!?ちょっ、この状態で放置とかマジお前なんなの!?)
『嫌だなぁ、知ってるくせに。 SかぁMかと聞かれたならば、即答しましょう♪ドS☆』
(ここでまさかのイー・アル・カンフー!?)


いつものようにお決まりの阿呆なやり取りを終え、 一応、守護の魔法を張り巡らせた後、僕は彼らに背を向けて、 つまりは森の深部へと足を進めた。
もちろん、困ってるを置き去りにして楽しむっていう理由だけじゃなく、 れっきとした用事があってのことだった。

そして、進んだ森の中は、さっきまでの喧噪のせいで、いつもよりざわめき、殺気立っていた。
常より肌を撫でる風は薄ら寒く、それでいてどこか絡みつくものだ。
闇のノクターン横丁とも似ていて、それでいて、もっと激しいむき出しの気配。
ハグリッドがいるせいか落ち着いていた空気が、 僕がいた頃のように・・・・・・・・・変わっていた。


『大蜘蛛の連中は間違いなく奥に逃げているだろうから良いとして、 問題はケンタウルスの連中だな。
奴らは思考回路が人間とは似ているようで違うから、いまいち話が通じない』


まず見つからないのが一番だろう、と判断し、 さっき一瞬だけ感じた魔力の主を捜して突き進む。
そう、僕は逢いに来たのだ。
誇り高く、希少な、かの種族に。
普段は姿を見せないが、森であれほどの騒ぎがあったせいか、それは様子を窺いに来ていた。
その魔力を感じることができた時の歓喜と言ったらない。
本当に、幸運だった。
それは、不幸中の幸い、というものかもしれないけれど。

そして、僅かばかり木々の開けた場所に着いたその時、 彼女は雄大に、尊大に、 他者を圧倒する存在感と共に、そこに現れた。


『わらわを付け回すは、どこの輩か』
『……残念。やっぱり白かったか』


凜と佇むその背に揺れるは九つの尾。
天狐とも称され、その美しさは他者の追随を許さない……。


『お初にお目にかかる。千年狐狸精……とお呼びしても?』
『良い訳がなかろう。その名はわらわを表してはおらぬ』


白面金毛、九尾の狐。
それが、僕の探し人だった。







『はてさて……』


ざわり、と風が吹く。
対峙するのは、二対の金の瞳。
だが、あちらの瞳に浮かぶのは紛れもない嘲笑と、激しい怒りだった。
その苛烈な感情に、流石の僕も息を呑む。


『本来なら口をきくも汚らわしいが……。 ここまで来た褒美として訊いてやろう。 生ける屍よ。わらわに何用か』


汚らわしい。
その一言に、目を細めはするものの、僕は変わらず口を開いた。


『……これは面白いな。 僕は一度として死んだ覚えはないが?』


気圧されることだけは、避けなければならない。
僕は、彼女とどうしても話をしなければならないのだから。
丁重な口調などどこかに投げ打って、僕は凄惨に笑った。

と、そんな僕の虚勢じみた姿に何を思ったのか、 美しき妖狐は、にやりと嗜虐的な笑みを浮かべて、再度問いかけた。


『……ならば、偽りの生を生きる者とでも呼んでくれよう。
わらわに何用じゃ?答えよ』
『……単刀直入に言おう。訊きたいことがある』
『ほう?』

『黒狐を知ってるか。尾の数は九つだ』


その言葉は、おそらく彼女の予想外の言葉だったのだろう、 一瞬だけ、その瞳がぱちりと瞬きをする。
がしかし、真剣な僕の言葉に、彼女の応えはくつくつと笑うことだけだった。


『九尾の黒狐を知らぬか、とはまた面白き問いじゃ。
そなた、今の時勢・・・・を知らぬ訳ではあるまい?』
『知っている。その上で訊いているんだ。 しかし、九尾の狐なんて、同族に訊くしか……』
『黙りゃ!』
『!』


ぴしゃり、と妖狐は笑みを消した。


『かように無礼な輩は初めて見るわ。
名も名乗らず・・・・・・姿も見せず・・・・・物を訊く態度も持ち合わせていない小僧・・・・・・・・・・・・・・・・・・に、 同胞の話をするわらわと思うてか。恥を知るが良い!』


しん、とさっきまでのざわめきが止む。
彼女の矜持にまるで頭を垂れたかのように、空気すら妖狐に追従していた。
世界が、僕という異物に対して牙を剥く。
そして、彼女は話はここまでだ、とでもいうように僕に背を向けた。

拒絶。
半ば以上、覚悟していた通りの結末に唇を噛みしめる。
だが、しかし。


『待てっ!』


かといって大人しく引き下がれるかと言えば、それはできなかった。


『この姿が気に食わないとなれば、なんにでもなろう! 名を名乗れというならば、何度だって名乗ろう!
だから、頼む。話を聞いて欲しい!!』


その為ならば、僕は何度でも頭を下げる!そう言い切った瞬間、 彼女は冷たい眼差しで僕を射貫いた。


『その言葉、真と誓えるか』
『誓う』
『ここより先、わらわに偽りは許さぬ。そう言っても誓えるか』
『誓おう』


と、その言葉に、彼女はくるりとこちらへ向き直ると、 またたきの間に絶世の美女へと姿を変えていた。
そして、音もなく近づいてきたその白い手が、


がっ


『ぐぅっ』


僕の首へと食い込む。
その細さとは裏腹に万力で締め上げるような圧迫を受けて、息が詰まる。


「では、偽りを感じた場合、その首を握りつぶしても良かろうの?」
『……っ、好きにするが良いさ』


艶然と、睦言を囁くように赤い唇が歪む。
おそらくは、一般人であれば、こんな状況でさえその姿に見惚れるのだろう。
傾城の美貌とは、よくぞ言ったものだ。


「では問おう。まず、なぜ黒狐を求める?」


僕としては、こんな毒々しいのごめんだが。


『……貰いたいものがある。うっ』
「はぐらかすでないわ。黒狐になにを求める?言うてみい」


洗いざらい全部を求める彼女の姿に、はぁ、と内心嘆息する。
これは……恐らく真っ向から対峙しなければいけない相手だ。
腹を括らなければ、求める物を返してなど貰えない、厄介な。
……仕方がない。


『毛だ』


これが、僕の選んだ道だ。


「毛……じゃと?」
『ああ。今から六年後、黒狐の毛をオリバンダーの店に届けたい』





僕の毛と一緒に。





「……オリバンダーとは、なんじゃ」
『人の名だ。杖作りを生業としている』
「杖?……なるほど。 確かに我らの毛は甚大な魔力を秘めておるでの。
そなたのそれと合わせれば強力無比な力となろう。
じゃが、それだけに解せんの?力となれば、そなたのそれだけでも十分ではないか。
汚らわしいが、力のみを取ればそれなりのものじゃろう」


演技だけでない、本気の疑問が滲む言葉だった。
確かに、そうできれば、それに越したことはない。
がしかし、だ。


『人間に、得体のしれない毛だけを杖芯に据える度胸はない』


いや、ぶっちゃけ、あのじいさんならやりかねないんだけど。
本人を知らない妖狐にそれで通じる訳はないし。
現実問題、確実に杖芯になるともやはり言い切れないのだ。
その点、九尾の狐ならばなにを考える間もなく杖にしてくれることだろう。
たとえ、そこに若干異なる毛が混じっていたとしても、だ。


『それに、僕はその時にはもう、この世にはいない・・・・・・・・だろうから』


だから、お願いする。
僕と黒狐の毛を、オリバンダーに渡して欲しい。
そうすれば、僕の力を・・・・僕以外が行使することのできる唯一無二の杖・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・が、できあがるんだ。

首を掴まれた、それはもう苦しい態勢ではあったが、 僕は晴れやかに、鮮やかに笑顔を浮かべた。


「…………」


と、その瞬間、妖狐はその手を開いて僕を解放した。
見上げた先にあったのは、感情の伺えない見事なまでの無表情だ。


「……黒狐は」


そして、彼女はその表情のまま、ぽつぽつと語り始める。


「黒狐は、特別な条件の時にしか生まれぬ。 かく言うわらわも目にしたことはない」


その条件については、僕も知っている。
古い伝承曰く、黒狐とは『太平がもたらされたときに姿を現す』神獣である。
だがしかし、未来においてオリバンダーは確かに言ったのだ。
黒狐の尾を使用している、と。
九尾の狐自らがそれを置いていったのだ、と。
ならば、黒狐はこの世界に存在しているはずだ。
だからこそ、僕はそれに逢い、の杖を作らなければいけなかったのだが。

無駄足だったか、と結構な落胆を胸に秘めて溜め息を吐く。
ところが、妖狐が続けた一言に落胆どころの騒ぎじゃなかったということが発覚した。


「というか、九尾の狐自体、わらわは自身しか知らぬ」
『なに……!?』


いや、九尾の狐が希少種なのは知ってたけど!
でも、他には知らないって!!
っていうか、さっき『同胞〜』言ってたの嘘か!

このババァどうしてやろう、とぶっちゃけ不穏な空気を僕が醸し出したところで、 妖狐はなにを思ったのか、腹を抱えて笑い出した。


「ぷ……くっく。なるほど。この時勢だからこそ、か!
となれば、わらわは母御になるのか?くはっ!なんと愉快であることよ!!」


いや、こっちはちっとも愉快じゃないんが。
なにを一人で勝手に納得してウケてるんだ。
母御?じゃないけど、相手もいないのに、どうやって子作りするんだ。
聖母にでもなるつもりか。

そして、ひとしきり笑った後、妖狐はそれは機嫌良さげに僕を見た。


「良かろう。こなたの空気はわらわも不愉快であった。
それが解消された暁には、そなたの望みを叶えよう。
その毛、寄越すがいい」
『…………』


正直、相手の思考の流れがいまいち分かりづらいので、あれだが、 その言葉は、超訳するところ。

『闇の時代が終わる時に黒狐が生まれる』

『九尾の狐は自分しか知らないから、それ産むのは自分』

『めでたい話題だから、もしそうなったら、黒狐の毛と僕の毛を届けてやっても良いよ』??

的な?
多分、そんなところだろうか。
一応、そういう流れで良いか訊いてみたところ、彼女から返ってきたのは紛れもなく肯定。
いや、僕としては目的が達せられればそれで良いんだけど。
それ違った場合、どうしたら良いんだ、オイ。


『その時は、黒狐をわらわが必ず探し当ててくれようぞ。
誓ってやっても良い』


……長年独身だったのに、占いで数年後に結婚してますよって言われた人みたいな満面の笑みだった。
めっちゃ、嬉しそう。
本人が良いなら、まぁ、良いんだけど。

と、なんだか無邪気な感じの妖狐の態度に毒気が抜かれ、 僕は自分の毛を差し出すべく彼女の足元まで行く。
すると、彼女は笑顔のまま僕と目線を合わせるべく体をかがめ、そして。


『ぐっ!?』


僕の首根っこを引っ掴んだ上に、噛みつくように口を合わせてきた。
可愛く言えばキス。
だが、貪り喰らう、という表現がぴったりの、それは口吸いだった。


『〜〜〜〜〜っ』


ごそっと、一気に魔力が奪われる。
抵抗しようと思えばできたが、これも対価かと諦めて大人しくされるがままになる。
やがて、僕の魔力も底が見えようというところで、 女狐は「ふむ。こんなところかの」と僕を解放した。


『げほっごほ……っ』
「この程度で情けのないことよ。やや・・はやはりやや・・ということかの?」
『その赤ん坊に手を出すショタコンに言われる筋合いはないね』


っていうか、さっき散々汚らわしいとかなんとか言ってなかったか、このババァ。


「ほほ。それとこれとは別物じゃ。
良き男の精を喰らうは女性にょしょうの性。光栄に思うが良かろう。
それに、他の女の物ならなおのこと格別じゃの」


ぐったりと、歪む視界の中で、 嗚呼、今、無性にの間抜け面が見たい、と僕は思った。





癒しが欲しい。





......to be continued