蛇の好物は鼠、小鳥、蛙など。 なら、大蛇の好物は、さてなんだ? Phantom Magician、118 「!!!!!ピーター!!」 俺たちが気づいた時には、すでに遅すぎた。 妙な物音がするなと思ったら、その直後、 少し離れたところにいたピーターの前に、それは現れていたのである。 必死の呼びかけに顔を上げたピーターの表情が、恐怖のあまり一瞬にして凍ったのが見えた。 化け物――巨大な蛇が口をぱっくりと目の前で開いていたのだから、 死の恐怖を感じたとしてもなんら不思議はない。 とっさに杖を向けるが、この馬鹿デカイ奴に俺の失神呪文が効くだろうか、とわずかに臆病風が吹く。 それに、下手に刺激して、ピーターの奴に攻撃されたらまずいんじゃないか? すると、その考えをあざ笑うかのようには奴はその長い舌でベロリとピーターを舐め上げた。 「〜〜〜〜〜〜〜っ」 「串刺しにしてやれないのが残念だ。俺様の牙では、毒が回る。 ……ゆっくりといたぶってくれよう」 声にならない悲鳴を上げるピーター。 と、次の瞬間、大蛇はその口を閉ざし、その鼻面でもって、ピーターを横様にぶん殴った。 「ぐげぇっ!!」 「「「ピーター!!」」」 運良く俺の方に吹っ飛んできた小柄な体を受け止める。 げほげほと咳き込んではいるものの、特に骨を折ったりはしていなさそうなことに安堵した俺だったが、 しかし、間髪入れずにやってきた尻尾によるボディブローに慌てて伏せる。 「シリウス!」 「麻痺せよ!!」 と、視界に真紅の光が閃いた。 ジェームズは俺とは違い、牽制でもなんでも魔法を使う方が良いと判断したらしい。 俺としても、ピーターが自分の傍にいるので、遠慮無く魔法が使える。 守りながらの戦いなんて正直、俺には向いていないと思うが、やらざるを得ないだろう。 そして、そうこう思っている間に、ぶんと空気を切るような音が聞こえた。 片手でピーターの首根っこをひっつかみ、とっさに背後に飛び退る。 すると、さっきまで俺たちがいたその場所を、大蛇の鼻面が通過していった。 またその頭でこっちを殴り飛ばそうとしたらしい。 遠心力も加わって、当たればかなりの衝撃だろう。 逃げるにしろ、倒すにしろ、まず動きを封じる必要があるか……。 「「石になれ!」」 と、俺とは別の方向からも青い閃光が大蛇に直撃した。 一瞬だけ目を向けると、リーマスが傍目にも厳しい表情で杖を構えていることが伺える。 ではジェームズはというと、命が惜しくはないのか、 大蛇の背後、かなり近くまで接近して失神呪文を放っていた。 がしかし、複雑な色で輝く蛇の鱗が俺たちの魔法を物の見事に弾いていく。 「チッ!おい、蛇の弱点ってなんだ!?」 「知らないよ!スリザリンの弱点なら知ってるけどさ!」 「あぁ!?」 「挫折と権力!これだね!!」 「『これだね!』じゃねぇよ!!」 「……ジェームズ。真面目にやってくれる?」 なんでお前そんなに余裕あるんだよ。 ピーターやられてんのに、なんで微妙に愉しそうなんだ。 虚勢だろうがなんだろうが、こんな時にそんな余裕いらねぇよ。 っていうか、寧ろ凄まじくむかつくわ。 阿呆なことを言っているジェームズはもはや捨て置き、 リーマスと二人で頭を捻ることにする。 蛇。 蛇の弱点? 「蛇っていったら、鼠とか蛙喰って、木の上上ったりして……、 あー、あとなんかあったか!?」 「天敵は鳥とかかな……?でも、こんな大きな蛇じゃ逆に食べられちゃうよね。 まさかピーターを囮にして逃げる訳にも行かないし」 …………。 ……………………。 今、すごいサラッと怖いこと言わなかったか?お前。 一瞬、状況も忘れて大魔王に渇いた笑いを向けてしまいそうになったが、 しかし、俺たちのやり取りなんて化け物にとっては関係ないようで、 今度は尻尾がこっちに向かって飛んでくる。 今度は先の方ではなかったので飛んで避けることは難しそうだったため、 リーマスと二人で盾の呪文を繰り出す。 「「護れ!!」」 「……フン、こざかしい」 しかし、一瞬だけ勢いを殺すことには成功したものの、 子ども二人では魔力が足りないのかすぐに呪文は粉々に破られ、俺たちはまともに攻撃を喰らった。 脇腹に凄まじく重い衝撃が響く。 「がっ!」「ぐぅっ!」 杖だけは手放さないようにしっかりと握りこんで、とっさに受け身を取った。 地面に体がこすれて、あちこちを擦りむくのが分かる。 詰まった息をどうにか吐き出し、咳き込みながらも起き上がって怪我の程度を確認してみた。 幸いにも、肋骨やら内蔵やらは無事らしい。 が。 このままじゃマズイ……! どういう訳だか俺たちをターゲットにしているらしいこの蛇に対して、 まともに相手にするのは、どう考えてもジリ貧になるだけだ。 こっちは蛇に用などないのだから、どうにか気を逸らしてここは一旦離れた方が……。 と、そんな風に考えを巡らせたその時、 「リーマス……っ!」 いつの間に起きたのかピーターの悲鳴のような叫びが聞こえた。 はっとして視線を上げれば、先ほどの尻尾に巻き込まれたのか、リーマスが蛇に締め上げられるのが見えた。 蛇は獲物を締め上げて潰してから飲み込むのだと言ったのは、一体誰だっただろう。 「手前ぇっ!」 目の前が真っ赤になり、手の中の杖が火傷しそうな程の熱を帯びる。 「麻痺せよ!」「武器よ去れ!」 とっさに放った俺の魔法と、ジェームズの魔法で、僅かに蛇が態勢を崩す。 がしかし、奴がリーマスを離すことはなく、寧ろ、さっきよりもその胴体はきつくしまっていた。 「う……あっ!」 ミシミシと骨が軋む音が聞こえてきそうなほどのしめつけ。 それにリーマスが呻き声を上げた瞬間、 「妨害せよ!!」 「ぐっ!」 俺たちとは比較にならない程強烈な魔法が大蛇を襲う。 と、化け物は新しく現れた敵に向かうべくリーマスを離し、鎌首をもたげた。 睨み合うのは、漆黒の影一つ。 「何故邪魔をなされます。小さきお人」 「バジリスク……」 そいつは、銀に輝く剣を左手に。 水色の残光を灯す杖を右手に。 いつもと変わらず黒猫を供として。 紛れもない怒りを宿した表情を浮かべながら、そこに立っていた。 突然の闖入者。 その登場に、場の空気が一気に緊張した。 元々こいつを探しに来た森だ。 これだけの大騒ぎをしたのだから、あっちから俺たちを見つけてもなんの不自然さもない。 が、あまりのタイミングの良さに作為を感じたのも、ある意味自然なことだった。 まるで、今まで様子を窺っていたような。 そんな絶妙なタイミング。 創作物のようなご都合主義に、これは現実のことかを一瞬視線が厳しくなる。 しかし、堂々と現れたはそれを気にしていないようで、キッと大蛇を睨み付ける。 そして、そもそものことの発端でもある男は、滲む感情を無理矢理抑えつけたかのような声で唸った。 「…… ぼ く の リーマスになにしてんだ手前ぇ?」 『大混乱の挙げ句に出て来た台詞がそれか』 ……いや、お前のじゃねえし。 間違いなく、リーマスが満身創痍でなければ呪文の一つも飛んで来かねない台詞をのたまうに、 心の中でつっこみを入れる。(あまりに本人が本気で怒っているため言えなかったが) 「我が主の命です。貴女様を害したものを、どうして許すことができましょう?」 と、大蛇はまるでそれに答えるかのようにシューシューと息を吐き出したが、 あいにく、俺にも、ましてやにもそんなものは伝わらず。 は大音声で大蛇を一喝した。 「リーマスを抱きしめて良いのは僕だけなんだよ!馬鹿野郎!!」 …………。 ……………………。 『え、そこ?』 「……」 「……もう死ねばいいのに」 「……ここまで来るといっそ清々しいよね」 ……あー、死ななきゃ治らない馬鹿っているよな。うん。 とんでもない理屈を持ち出して来た真性の馬鹿に、閉口せざるを得ない。 悪戯仕掛け人全員(+α)に遠い目を向けられるなんて快挙を成し遂げたのは、後にも先にもだけだろう。 お前、猫にまで変な目で見られてんぞ。 嗚呼、本当に、こいつ誰かどうにかしてくれないだろうか。 「なるほど?だから殺してはいけない、と。主も人が悪い」 と、そんな祈りがうっかり天に通じてしまったのか、 さっきまで睨み合いをしていたはずの大蛇が驚くほど俊敏な動作で動き出し、 「仕方がない。……主、小さきお人。お許し下さい」 『うん?……げ』 ぱっくん。 「「「「あ」」」」 を喰った。 勇者のごとく颯爽と現れた彼が、まるで雑魚のように一瞬で消えた一連の流れに、 しばらく頭が働かない。 コントのようなやりとりだったからだろうか。 けれど、これは決してコントでも笑い事でもなく。 ……今。 今、あいつ、喰われ……? 「「!!!!!」」 そして、ようやく事態が頭に入ってくると、一気に血の気が引いた。 と、そんな絶妙のタイミングでジェームズの指示が飛ぶ。 「リーマス!君はを!!シリウス、君は僕とあっちだ!」 「「!」」 言うが早いか、ジェームズの体が溶けるようにして形を変える。 胴は太く、足はたくましく。 なによりその角は雄々しく。 見る間に立派な牡鹿へと変貌したジェームズは脇目も振らずに大蛇に向かって突進していく。 その意図することを悟り、俺も獣としての本能を呼び起こした。 んなもん喰って無事に済むと思うなよ!? ......to be continued
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