欲しい。ホシイ。全てがほしい。 Phantom Magician、112 「セブが最近……変なの」 それは何度目かになるリリーとの密会の時のことだった。 『セブ』――それはリリーとの共通の友人だとかいうスリザリン生だ。 僕もこの部屋でつい最近、を見舞う仏頂面を見たばかりである。 陰気そうで、短気そうで、これが僕と同じスリザリン生かと、嘆きたくなったくらいだ。 『へぇ?どんな風に?』 寧ろ変なのはいつものことじゃないだろうか、などと、 グリフィンドールに構いつける男の姿を思い浮かべながら言うと、 リリーはぎゅっと眉根を寄せながら、うろうろと視線をさまよわせた。 「なんだか、その……ああっでも、こんなことリドルに相談してもしょうがないのにっ!」 『分からないよ?話すことで楽になることもあるし、助言だってできるじゃないか。 リリーがそんなに悩むなんて気になるね。セブルスがどうしたんだい?』 珍しくも葛藤する姿に、僕は同じく苦悩するようなゆっくりとした様子で先を促す。 諭すように。 相手に不信を抱かれない程度に、熱心に。 執拗さは捨て置いて。 すると、リリーは少し言葉を選んだものの、やがて自分の悩みを。 心の内をさらけ出した。 「……セブ、最近危ない人たちと関わっているみたいで心配なのよ」 「え?あ、ごめんね。これからリーマスの所に行くこと考えてたから、よく聞いてなかった☆」 僕の笑顔に見惚れているのかと思ったら、呑気にあははと笑いかけられて、 自分の額に青筋がくっきり盛り上がったことを感じた。 ま た リ ー マ ス か ・・・! が倒れてからはや幾日経ったある日――ハロウィン。 毎日毎日、やりたくもない優しい気遣いやらあからさまなアプローチをしていたというのに、 目の前の少女にはまるで効果が現れなかったことを、僕は認めざるを得なかった。 眼中にないというか、なんというか。 は僕が抱き寄せようが微笑みかけようが、少しもこちらに靡かない。 普通、どんなに鈍い人間でもそろそろ僕の魅力に惹きつけられてくるものなのに。 (これは自慢でもなんでもなく、単なる事実である) 幾ら、相手に好いた男がいようが婚約者がいようが、 こんなに相手の気を惹こうとして、手応えがなかったのは初めてである。 かといって、の恋愛中枢が麻痺している訳ではもちろんない。 というのも、彼女には好きで好きで仕方がない相手がいるのを、僕は嫌になるほど知っている。 口を開けばやれリーマスリーマスリーマス……。 いい加減、もう耳にたこができるくらい聞かされたその名前に、 この僕が殺意を覚えてもなんら不思議はないだろう。 あんな優柔不断でひょろい頭の足らなさそうなもやし男のどこが良いって言うんだっ! と、僕から漏れ出した不穏な空気を察したのか、は表情を引きつらせながら、 「あ、もう朝ご飯行かないとー……」とわざとらしく時計を見て部屋から出て行った。 もちろん、あの馬鹿猫を伴って。 軽い音を立ててドアが閉まったのを確認して、僕は舌打ちを漏らす。 「……ちっ。そんなところばかり鋭いんだな。 まぁでも、あの様子なら、就寝時間前になるまで部屋に戻ってくることはないだろう」 今日の予定を考えると、それは好都合だった。 そう。今日はハロウィンにかこつけて、リリーと初めて逢う日なのだ。 から魔力を相変わらず搾り取ることができず。 さてどうしたものか、と思案していた矢先に自ら飛び込んできた少女。 あの時ばかりはその幸運に心からの感謝を捧げたものだ。 と違って会話の成立する彼女からの情報は大変有意義で。 流れ込んでくる魔力は、マグルとも思えないほど上質。 これで喜ぶなという方が難しい。 「嗚呼、本当に。彼女がくれた情報は興味深い」 そのことを思い返すだけで、気分が良くなった。 ああ、そうだ。 しばらくはに構っている場合なんかじゃなかったんだ。 それよりももっと、優先すべきものができてしまったのだから。 そうなると、色々準備をしないといけないな。 わくわくと、クリスマスを待つ子どものように心が浮き立つのを感じた。 リリーの言葉を思い出す。 彼女は言った。 『セブルス=スネイプは最近、危険な連中と一緒にいる』と。 正直、エイブリーだかキンブリーだとかいう名前の連中にはこれっぽっちも興味がわかなかったが。 続けて飛び出した、セブルスに魔法を教えているとかいう『スリザリンの継承者』――。 その言葉には大いに覚えがあった。 “スリザリンの継承者……?” 『ええ。誰かは分からないけれど、その人を一部のスリザリン生がそう呼んでいるらしいの。 崇拝って言っても良いくらいらしくて。馬鹿げているでしょう? でも、その人、魔法の腕は確からしいわ。あと……』 “あと?” 『この世のものとも思えないほど美しい――ですって』 “!!” これだけのピースが揃っていて、分からないはずもない。 『スリザリンの継承者』。 それはつまり、あの金髪の化け物のことだ。 間近であの化け物と対峙したことのある僕が言うのだから間違いない。 僕と似ていて。 僕とは違う生き物。 その差はどこなのか、まだ分からないけれど……。 スリザリンの学生を虜にするなんて奴にとっては朝飯前だったことだろう。 (それにしても、僕が名乗った呼び名を敢えて使ったのだとしたら腹立たしい限りである) そして、そんな奴が特別に構う相手など、おそらくいても一人か二人、その程度だ。 その貴重な一人が、セブルス=スネイプであるとするならば、 奴が言っていた『あの子』と結びつけるのは容易い。 「ようやく、見つけた……」 探していた、化け物のアキレス腱。 僕の危険性を知る、誰か。 なるほど、スリザリン生で闇の魔術に傾倒している人間であれば、 日記帳の危険性に気づくこともあるかもしれない。 しかも、セブルスは僕と同じで半純血であるらしい。 並外れた知識と能力があったならば、と交流する内に僕の存在を看破することもあり得るのだろう。 奴の弱点を手に入れたという実感を得た僕は、心の底からの笑みを浮かべた。 相手が分からなければどうしようもなかったが、 それが分かるならば、幾らでも傷つける算段は付けられる……。 執着するものがなくなった時、奴はどんな風に表情を歪めることだろう? その様は想像すると、口の端が上がって上がって仕方がない。 その後、僕は巧みにリリーからセブルスの情報を聞き出し、 やがてくるハロウィンの日に、の部屋で直接逢おうという話をして彼女とは別れた。 (どういう訳だか、は男子寮で生活しているので、僕がいてもなんら問題はない) 部外者がそうホイホイと寮に侵入できるはずはないのだが、 その不自然さも、僕に心を奪われたリリーでは気づかない。 彼女は僕の誘いに大いに喜び、に秘密で僕と逢うことに罪悪感も抱いていないようだった。 そして、リリーの心、行動を掌握できたことは、 若干心配していた、日記帳に掛かっている魔法の類がきちんと機能していることの証明にもなった。 「……つまり、やっぱりがおかしいんだ」 うんうん。と、敢えてその事実を口にする。 この僕が魔力を搾り取れない? この僕が相手を魅了できない? そんなはずがあるわけがなかったのだ。 となると、やはりおかしいのは=。 東洋人だという、あの少女の方だろう。 言動も行動も俗っぽいようでいて、しかし、他者から明らかに隔絶している彼女が、やはり全ての元凶だ。 は、やはり変な女だった。 特に魂や心、魔力などに敏感になっている今の自分だから気づく、違和感。 彼女自身にはなにもないのに、周りから浮いてしまっている異分子で。 同じようでいて、決定的になにかが違う。 そんな、ある意味特別な彼女。 本人に計算しているような様子は見受けられないので、おそらくは先天的ななにかか。 「僕とは相性が最悪なのかもしれないな……」 恐らく、さっさと見切りを付けて諦めるのが一番楽な手段なのだろう。 すでに手中に収めているリリーの命と魔力を吸収し尽くして、 完全な状態であの化け物と対峙すれば良い。 だが、一度目を付けた獲物を、そう簡単に諦められるかといえばそうではなく。 魔力は無理でも、その命は絶対に奪ってやる、そう決めていた。 諦めるとは、すなわち白旗をあげることだ。 に負けを認めるなど、冗談ではない。 ……邪魔なのは、やはりリーマスとかいう監督生だろう。 猫は物理的な邪魔者だが、リーマスは心理的に邪魔だ。 そいつがいる限り、が僕に心を移すことはどうもなさそうである。 「……直接手を下す方が手っ取り早いんだけどね」 だが、なにをどうしようにも、やはり全てにおいて魔力が必要だった。 完全に実体化するために命はから奪うとしても、 それまでの間、彼女から魔力は期待できないだろう。 化け物に与えられた魔力を消費しきってしまえば、実体化も不可能だ。 ならばどうするか? まだ魔力のある内に、他人から奪ってしまえばいい。 正直、マグル生まれの穢れた血なんかの魔力は嫌だったのだが、 下手な魔法族より優れたそれに僕は妥協することにした。 早く、彼女と約束した時間にならないかと、待ち焦がれる。 嗚呼、リリー。 本当に君は真っ直ぐで聡明で。 それでいて騙されやすくて、素晴らしいね。 もっともっと。 僕に魔力を注ぎ込んで? 「僕がちゃんと有効利用してあげるから」 それは、貪欲という魔物。 ......to be continued
|