協力してくれた相手に文句を言うのは人としてどうかと思う。 Phantom Magician、106 人選をミスった。 これ以上ないってくらい、壊滅的にミスった。 現状を鑑みて、浮かんでくるのはその言葉ばかり。 思えば、あの自称天才が謎の段ボールを担いで戻ってきた時点で、そのことに気づくべきだったんだ。 とはいえ、もうすでに状況は手遅れ。 「……シリ、ウス?」 目をおっことさんばかりに見開いているに、後戻りは不可能だと悟る。 ここまで驚いた奴を見るのは初めてだった。 いつかコイツにギャフンと言わせてやりたいとは思っていたが、 笑い飛ばされるとか、罵声を浴びせられるとか、その方がよっぽどマシだったかもしれない。 後でジェームズに聞いたところによると、こういうのを奴の国では因果応報、というらしい。 もしくは、自業自得、と。 「ねぇねぇ、シリウス!僕良いことを考えたんだよ」 「あぁ?んだよ、突然」 あれは確か、まだが部屋で寝込んでいる時だった。 俺は、結局に謝ることもできず、その時期を完全に逸してしまったがために、 鬱々と談話室の寮で特になにをすることもなく過ごしていた。 罪悪感という物は厄介で、あの後の俺はなにをやっても愉しい気分になれず、 その内にはなにをする気もなくなっていったのだ。 と、そんな時に、それはもうタチの悪い悪戯を考えついた時に浮かべる満面の笑みで、 ジェームズが、ずいっとこちらに顔を突き出して来た。 「実は、のことなんだけどね? そろそろ、彼も回復してくる頃だと思うんだよ」 「……で?」 「うん。でも、シリウスのことだから、きっかけが〜とか言っていつまでも謝れない気がするんだよね」 「お前失礼だなっ」 自分でもなんとなくそんな気はしていたが、他人に改めて言われるとそれはもう、ムカツク。 がしかし、噛みつくような俺の文句などどこ吹風で、ジェームズは嬉々として言葉を続ける。 「で、だ!そこで僕は考えたんだ。きっかけがないなら、作れば良い! 謝れる雰囲気じゃないなら、そういう雰囲気を作ってしまえば良い! シリウスが誰かに謝るようなキャラじゃないなら、シリウスじゃなくなってしまえば良いんだよ!!」 「はぁ!?お前言ってることが無茶苦茶だぞ!?」 力強く宣言したジェームズ。 だが、言っている意味が全然分からない。 前半はまだ良いとしよう。 だが、後半の「シリウスが〜」の下りが全く分からない……っ! 俺が俺じゃなくなるって、それどういうことだよ!? 「え?ひょっとして、今ので分からないのかい?」 「寧ろ、分かる奴を今この場に連れてこい。分かったら電波じゃねぇか、そいつ」 そんな不思議なことを言われた、みたいな表情をされても。 大方の人間は今のじゃ話が通じないと思う。 断じて俺の勘違いとか、能力不足じゃなくて。 「なんだよ。ポリジュース薬でも使って、別人になって謝れってのか?」 「いやいや、ポリジュース薬なんて物、作るのに何ヶ月もかかるって分かってるじゃないか。 それにシリウスっぽくないけど、間違いなくシリウスだって分からなきゃ、だって混乱するよ。 だから、それよりはもう少し準備に時間が掛からなくて、でも大々的なことをするのさ。 逃げようがないように、ね」 だから、それはなんだってんだ。 勿体ぶらずに言えよ! 生来の短気が顔を覗かせ、苛々とジェームズに非難の眼差しを送る。 すると、ジェームズはそんな俺に苦笑した後、ぴっと人差し指を突きつけてきた。 「いや、もうすぐハロウィンだろう?」 「……まぁ、そうだな」 ちらりとカレンダーに目を向けると、確かにもうそんな時期だった。 がしかし、それとこれと一体どういう関係が……? そう首を傾げていると、ジェームズはしたり顔でなおを説明を続ける。 「で、ハロウィンって言えば、悪魔とかと区別が付かないようにするために仮装をするってのが定番じゃないか。 まぁ、ホグワーツだと魔法使いがうじゃうじゃいるワケだし、 仮装とかよりカボチャの料理を食べて歌を聴いたり、外部の人たちを呼んで騒いだりって感じだけど」 「………って、まさか」 段々話の流れが読めてきて、顔が引きつる。 すると、ジェームズはそんな俺の様子にはまるで気づかず、ニッと口の端を歪めた。 「そう!ここはもう、全校生徒を巻き込んで、仮装パーティーなんかをやったら良いんじゃないかと思って!」 「仮装パーティぃ?」 高らかに謳われたその言葉に、微妙な声しか出てこない。 ジェームズの話すところによると、すでに校長やらなにやらへの根回しは完了しているとのことだった。 その無駄に溢れる行動力にはいつも脱帽だ。 がしかし、仮装と一口に言っても、学校側はいつも通りに用意するだけだから良いとして、 仮装する側の生徒はといえば、その用意が今からでは大変じゃないだろうか。 特にスリザリンとか、ノリ悪いのに大丈夫なのか?その企画。 その旨を伝えてはみたものの、返ってきたのは自信満々なジェームズの笑顔。 「あはは!それについては心配ご無用さ☆ 思いついたその日に、各寮の談話室に仮装の用意をするように掲示しておいたからね! 特に女子なんか目の色を変えてカタログとか取り寄せてたみたいだよ。寮関係なく、ね?」 「……あえて、その方法は問わないけどな。っていうか、いつの間に。 それで、ダンブルドアの許可が出なかったらどうする気だったんだよ?」 「そこは生徒の自主性を最大限に主張する、聖戦をすることも吝かじゃなかったよ?」 「……つくづく、ぶっとんだこと言い出すな、お前」 淀みなく返ってくる答えの数々に、ふむ、と腕を組んで考えを巡らせる。 もはや仮装パーティをすることはジェームズの言葉を聞く限り、確定しているらしい。 (その根回しの良さに、学校側としても無碍に断り切れなかったと見た) 確かに、いつもと違う格好をすれば気分も変わるし。 面と向かって謝るのが嫌なら、顔が隠れるような格好をすれば良い訳だ。 奴の表情がよく見えない状態なら、幾ら自分でもいきなり悪態を吐くこともないだろう。 そう考えると、気が重かった今までの日々が嘘のように、少し気分が浮上する。 さて。では、となると、自分も衣装が必要、か? 「で、そこまで言うからには、なにか仮装についても考えがあるんだな?」 「もちろんさ!手先が器用な女の子たちにもうすでに構想は伝えてあるんだ。 大船に乗った気持ちで、当日を楽しみにしておいておくれよ」 「おう」 魔女が作る衣装なので、なんだか色々と凝った作りになりそうだ。 そんなことを思いながら、俺はその後、衣装のためということで、同級生の女子に体の寸法をあちこち測られ、 すっかりと衣装について考えを巡らせるのを止めた。 それが、悲劇の始まりだとは夢にも思わずに……。 そして、ジェームズは当日まで、今までを尾けるのに費やしていた時間を全て注ぎ込んで、 ハロウィンに向けてあちこちを奔走した。 が良い気分であれば、謝罪もそこそこ上手くいくだろうと、 学校の連中にあいつが寝込んだ日が誕生日だったことを言いふらしたり、 殊更俺を悪者にして、同情を集めてやったり。 (そのことについて、思うことがないでもなかったが、 今回悪いのは確かに自分なので、そこはぐっと出かかった文句を飲み込んだ) 驚いたのは、を元気づける、という今回のハロウィンの目的に、 なんとあのリーマスの協力をこぎ着けたところだろうか。 絶対に無理だと思っていたのだが、一体どうやって口説き落としたのだろう?チョコ一年分とか?(ないな) まさか、リーマスの奴に対する思いが変わった訳でもあるまいし、 なんらかの密約を交わした、というのが真相だとは思うが。 とにかく、ジェームズは、気づけば今年のハロウィンの企画者、ということで、 多忙な日々を送っていたようだ。 本当なら、当事者である俺も一緒になって忙しく駆けずり回るはずだったのだが、 しかし、ここでハプニングが発生した。 ちょっっと、諸事情で夜の校舎内をうろついていたら、なんと顔面を蜂に刺されてしまったのだ。 正直、刺された時の前後の記憶があまりないのだが、 パンパンに腫れた顔は見るも無惨だったという他ない。 (我ながら、人生であそこまで不細工な顔になったことはなかったので、地味にショックだった) 結局、医務室で2、3日休養して、戻ってみたら、そこにはがいた。 ショックを受けていたことなど、忘れてしまったように。 晴れやかに。 鮮やかに笑う、奴が。 それは、今まで散々見てきたはずなのに、なんだか初めて見るような、表情で。 胸の奥が、少しだけもやもやとした。 で、それからは、俺も出逢ったら謝る前にまた喧嘩をふっかけかねないということで、 神出鬼没すぎるを悉く避けて回ったり、 アヒル口事件で怒髪天を突いたマクゴナガルに罰則を言い渡されたりしたせいで忙しく。 つまり、ハロウィンのことはジェームズに任せっきりになってしまっていた。 「……その結果がこれか」 「うん?なにか言ったかい?シリウス」 ハロウィン当日。 自分たちの部屋で俺は自分の拳を握り込んだ。 脳天気にへらへらと笑う、今まで親友だと信じて疑わなかった男を、 今すぐ、力の限り殴り飛ばしたくて……! 「一つ訊くが……お前は俺になにか恨みでもあるのか?」 「えぇ!?君のためにこんなに色々やってる僕に、そんなことを訊くのかい?」 「……これのどこが俺のためなんだっっ!」 それはもう満面の笑顔の同寮生の女子連中に着せられた、仮装のための衣装。 あれよあれよという間にすっかり着せられてしまったそれの裾を掴んで、怒りのあまりぷるぷると体が震える。 目の前のジェームズの格好も目に痛い感じで、大概イカレているとは思うが、 それにしたって、俺の衣装とはまるで比べものにならないだろう。 嫌がらせか。嫌がらせなのか! 最近、お前と仲良かったもんなぁ!? 「そりゃあ、もちろん一から十までだよ。 大丈夫だいじょうぶ。よく似合ってるって」 「それじゃ問題だろうが!!」 こんな、こんな体張って笑いを取る芸人みたいな真似を、なんで俺がしなくちゃいけないんだ……。 とりあえず、他の人間に見られないように、自分のベッドのシーツをしっかりと体に巻き付けているが。 「こんな格好、他の奴に見られたら俺は死ぬ……!」 身悶えしながら、頭を抱える俺に対して、ジェームズは思わずといったように苦笑した。 「大げさだなぁ、シリウスは」 「大げさ!?どこがだよ!! よりによって脱げないように細工までしやがって!」 「だって、鏡見たら絶対脱いじゃうと思ったからさ」 「〜〜〜〜〜ふざけんなっ!」 「えぇ〜?ちゃんと、別人に見えるようにしてあげたんだから、良いじゃないか」 違うっ!俺が望んでいたのはこういうことじゃない……っ!! こうなったら、ジェームズの奴をこの部屋から追い出し、このまま自室に引きこもるのが正解な気がしてくる。 っていうか、間違いなく、それが正解だ。 もう良い。俺が悪かった。 には、後で格好悪かろうがなんだろうが、正々堂々と呼び出して謝るから! この格好で外に出ることに比べたら、そんなことなんでもないような気がする……! そうと決まれば、ジェームズを力尽くで!とこっそり杖を構えた瞬間、 バタン、と扉が開く音がした。 「ジェームズ?僕たちの準備は終わったけど、そっちはどう?」 「!!」 ギクッと悪いことなんてなにもしていないはずなのに、一気に汗が噴き出る。 そして、これ以上の恥を晒すなんて嫌すぎる!と思ってこっそり振り返った先には、 見慣れない格好をしたリーマスがいた。 俺やジェームズと同じく、赤を基調とした衣装の目に痛いことといったらない。 がしかし、俺のと違って形自体はそこそこまともだし、案外に鳶色の髪と瞳には、それが似合っていたりなんかした。 「…………」 ……交換してくれ、マジで。 「ばっちりさ☆リーマスも似合ってるねぇ」 「赤すぎるけどね。これって結局なんの仮装なの?」 「うーんと、多分剣士?みんなの漫画に出てきたキャラクターだから、喜ぶと思うんだよね。 やたらと笑顔が似合うキャラだったから、リーマスにぴったりだと思って。 あ、そうそう、一応剣も用意しておいたんだよ。はい、これ」 「……また随分と本格的な奴を用意したんだね」 「ふふん。まぁね!やっぱり、リアリティって奴は大切だよ。 後は僕の髪の毛を白くしたら完璧かな!」 もはや当初の目的はすっかり忘れて、楽しむことしかジェームズは考えていない気がする……。 そのことに俺は最大級の溜め息を吐くと、額を抑えた。 「俺、もう頭痛くなってきたから、お前ら先行けよ」 リーマスがいる以上、実力行使は危険と判断し、どうにか部屋から口だけで追い出そうとする俺。 追い出してしまいさえすれば、後は魔法で徹底的に部屋を封鎖して今日という日を乗り切ることができるだろう。 ここまでお膳立てしてもらってるくせに!と、言いたい奴は言えばいい! そのお膳立てがそもそも問題大ありなんだ。 ここでの撤退は戦術的(?)にもまったくおかしくはない!! 「……え、シリウス、君なに言っているの?」 「まったくだね。見損なっちゃうよ、シリウス」 がしかし、世の中そう上手くいかないというのが、お約束だった。 「まさか、僕にこんな格好をさせておいて、自分だけ逃げようだなんて思ってないよね?」 「そうそう。僕も、かなり頑張ったんだよ〜?それなのに、今更、ねぇ?」 「!!」 目の前には、凄まじく恐ろしい笑顔が二つ。 俺は身の危険を感じて逃亡を図ったが……。 「待て!だって、この格好だぞ!?流石にこれは酷すぎるだろ!? 後で埋め合わせは幾らでもするから!な!?な!!」 「「問答無用!」」 「ひ……ぎゃああぁぁぁぁぁぁああああぁー!!」 呪いを掛けられ縛られ担がれ引きずられ。 必死の抵抗も虚しく、俺はパーティ会場である大広間へと連行されていくのだった。 それでも、これだけは言わせて欲しい。 お前、馬鹿だろう!?と。 ......to be continued
|