世界に一人なことは変わらない。 Phantom Magician、100 凄まじく泣かされたその日から、この世界に来て初めて、熱を出した。 夢か現実かはよく分からないけれど、枕元でスティアが 「張り詰めていた物が切れたんだろう」とかなんとかごちゃごちゃ言っていた気もする。 あまりに熱が高くて、それがいつなのか、今がいつなのか定かではないが。 薄ぼんやりとした意識で、あたしは何日も過ごした。 その間に、綺麗な赤毛とか、不景気そうな表情とか、なんだかたくさん見た気もするけれど。 その意味するところを、その時のあたしはうまく認識することができなかった。 何度も何度も、意識が浮上して、混濁して、沈み込んで。 正直、昼も夜も何度過ぎ去ったか分からないくらい時間が経ったある日。 ふと、なんだか隣に人の気配を感じて、重い瞼を持ち上げてみる。 暗くて。 自分の輪郭もよく分からないようなそこなのに、一人の男が座っているのが見えた。 サラサラと、男にしておくには勿体ないような絹の髪。 見慣れた、顔。 「――…… 」 そして、潤んだ視界に映った人間の名前を呼ぼうとして、 しかし、潰れた喉は掠れた音しか生み出さなかった。 思わず咳き込むと、それであたしが起きていることに気づいたのか、 精緻な美貌を心配そうに歪めて、彼はあたしの口元にコップを差し出してきた。 上手く動かない体でもぞもぞとしていると、見かねたように体を引き起こされる。 中々に至れり尽くせりである。 と、まるで甘露のようにおいしい水をごくごく勢いよく飲むと、困ったように苦笑された。 「そんなに慌てると、咽せる」 「……げほっ、ごほ」 「ホラ」 トントン、と大きな手が背中を宥めるように叩いた。 ふわふわした感覚に、嗚呼、これも夢か、と思う。 相手が馬鹿みたいに大きく感じるのも、現実味がない。 最近、こんなのばっかりだ。 ある程度咳も収まったところで、改めて、人外の美貌に目を向けてみる。 と、その瞬間、 相手の体が。 顔が。 輪郭が、ぼやけた。 「!?」 いや、ぼやけるというと語弊が生じる。 それより、寧ろ、今見ている誰かに別の誰かの姿が混ざり込んだような。 視界に、金色の光が揺れた。 ごしごしと目をこすると、その歪みは消えたが、違和感は拭えなかった。 「……分かりやすく言えば混線状態って感じ?」 ぽろっと思わず心の声が漏れる。 すると、その言葉に、奴は世界の理を説くように頷いた。 「なるほど、それは言い得て妙だな。 存在が固定されている訳ではないから、簡単にぶれてしまうんだろう。 認識というものは歪みやすいものだ。 だから、印象も姿も、ほんの少し気を抜いただけで混ざり合ってしまうし、 主となる存在に引きずられてしまう……」 「うん、ごめん。なに言ってるかさっぱり分かんない」 スラスラとまるで淀みのない言葉をとりあえず遮る。 でも、頭の良い人間は頭の悪い人間にも理解できるように話ができるはずだと思うの、あたし。 ってことは、小難しく話すってことはそいつの怠慢だよね、ホント。 整合性が取れないのが普通の夢の中で、常識的な対応を求める女。 なにを隠そうこのあたしである。 がしかし、そんな理不尽な要求にもまるで怒る気配はなく、 奴は「つまり、偶に別人に見えることがあるかもしれないが、本人ということだ」などと、 要約っぽいことを言うのだった。やっぱり意味分からなかったが。 えーと、つまり僕偽物臭いけど違いますよーってことで良いのだろうか?? とりあえず、なにを言われているのかちんぷんかんぷんだったので、 こうなればさっさと話題を変えようと、とりあえず適当に同意しておくことにする。 「ああ、だからやたらと偉そうででっかく見えるのか」 「いや、それはが小さいだけだ」 「……ガーン!過去に来てからチビって言われたことなかったのにっ」 「チビじゃなくて小さい、だ。もしくは幼い、と言った方が良いか?」 「うぇ?」 指摘されて初めて、自分の手の平をまじまじと見つめてみる。 なんだか数ヶ月ぶりに見る、小学生のような紅葉色の手の平だった。 体も見てみる。 一言で言えばぷにぷにっとした、素敵にメリハリのないお子様体型だった。 「…………」 夢の中って精神年齢が反映される、とか聞いたことがあるような、ないような? 「……見なかったことにしよう」 考えると泥沼にはまりそうだったので、自分という名の現実から目を背ける。 すると、一部始終を見ていた宝石色とばちっと目が合った。 「…………」 「…………」 こいつを見ていると、熱を出す前のあの出来事を思い出してしまい、なんだか気恥ずかしい。 天使っていうより、魔王様って感じなのに、紅くなる頬が恨めしすぎる。 いや、だってあれはケーが悪いと思うのね? 美形が跪いて全肯定とか、あたしは一体どこの姫なんだ。 そりゃ赤面だってなんだってするっつの。 がしかし、すでに熱で顔は真っ赤なので、気づかれることはないだろう。 そう高をくくっていると、「顔が紅いな」と頬に手を添えられた。 …………。 ……………………。 「〜〜〜〜〜そういうことはあたし以外にしろっ!」 ばっとその手を振り払うと、それは心外そうな表情をされた。 が、あたしが心の底から言ったことが分かるらしく、 やれやれと肩を竦めるだけで反論はされなかった。 「っていうか、なんでいるの」 「が誕生日だから……かな」 「……もう過ぎたって」 なんだか適当な言葉に、脱力する。 だが、不思議なことに起きてすぐのような倦怠感や喉の痛みはもう感じなかった。 夢様々である。 と、自分の言葉になにか思うところがあったのか、彼はあたしの右耳に触れた。 丁度、ケーから貰ったイヤーカフが填っている、その場所を。 「……似合わない?」 あまりに凝視されるので、なんだか不安になってくる。 大きなものではないがそれなりに存在感のあるそれは、一目見た瞬間、気に入ったものだ。 だから、できることなら付けていたいと思うのだが、 あまりに似合わない物を付けているのもどうかと思う。 すると、恐る恐る問いかけた言葉に、彼は緩やかに首を振った。 「いや、よく似合っている。とても可愛い」 「……素でそういうこと言われると反応に困るんだけど」 「可愛いのだから仕方がないじゃないか。ただ……」 「ただ?」 「これには魔法が掛かっている」 「魔法?」 魔法。 魔法とか言い出しちゃったよ、この人。 寧ろ呪いとかの方がよっぽど似合う風貌してるのに。 「……今、なにか失礼なことを考えただろう」 「え、イヤ、ゼンゼン?」 美人が怒ると怖いのですっとぼけるあたし。 すると、もう完璧にそういう態度はスルーすることにしたのだろう、 耳に触れた手はそのままに、何故かその魔法とやらの説明をし始める。 「ある日、ある時、ある場所で、災いから遠ざかる魔法だ。 だから、ずっと外さない方が良いな。死にたくないのなら」 「不吉なこと言うなよ!え、っていうか寧ろそれ呪いのアイテムじゃねぇ!?」 真顔で恐ろしいことを言われた。ガタブルだ。 が、あたしの抗議なんてまるで気にせずに、「元気そうじゃないか」などと奴は笑った。 「なに、あたしのこと心配してくれてたの?」 「それはまぁ。でも、なら大丈夫だろうとも思っていた」 蕩けるような、優しくて、甘い眼差し。 彼が全幅の信頼を寄せる相手にだけ向けるもの。 でも、あたしはそれを見返すことができず、ベッドの上で足を抱えた。 「全然、大丈夫なんかじゃないよ……」 この間もストレス爆発させちゃったし。 シリウスには喧嘩売られるし。 なんか最近よく眠れないし。 ストーカーされてるし。 ゲームできないし。 勉強難しいし。 リドル怖いし。 携帯いじれないし。 箒一人で乗れないし。 ピーブズに攻撃されるし。 フィルチに目の敵にされてるし。 ダンブルドアにはなんか探られるし。 ピーター、マジムカツクし。 小説も漫画も読めないし。 カラオケ行けないし。 お洒落できないし。 料理油っこいし。 酒飲めないし。 「でも、戻らないんだろう?」 ストレスを何度爆発させても。 やたらに喧嘩を売られても。 ぐっすり眠れなくても。 ストーカーされても。 ゲームが全然できなくても。 勉強が難しくてついていけなくても。 誰かが怖くて怯えるしかなくても。 常に携帯がいじれなくても。 箒に一人で乗れなくても。 誰かに攻撃されても。 目の敵にされても。 痛くもない腹を探られても。 顔も見たくない位むかついても。 小説も漫画も読めなくても。 カラオケに行けなくても。 着飾って出かけられなくても。 料理が油っこくて胃がもたれても。 酒が飲めず陽気になれなくても。 「誰に褒められなくとも、やり通したいんだろう」 全てを見透かすような、綺麗な瞳に。 あたしはただ、こっくりと頷くだけだった。 相手が相手なので、今更取り繕うのも馬鹿馬鹿しく、 開き直ったあたしはそれから何十分も、それはもう嫌ってほど愚痴を吐きまくった。 自分だったら、ものの5分で根を上げるところなのだが、 奴はまったく自然体で、あたしのぐちぐちとした言葉の数々を受け止める。 時折頷いて。 微笑んで。 それだけで、あたしの心はちょっとずつ軽くなっていく。 それは、絶対的な安心感だった。 ここにはないと思っていた、羽を休められる場所が実はずっと側にあったことに気づいたような。 そんな、なんともいえないほどの充足。 あたしがどれほどに傷つき果てても、彼はきっと笑って迎えてくれるんだろう。 いつもと、変わらずに。 だから。 「あたしなんていなくなれば良いのにって、言われたんだぁ……」 「…………」 みっともなくも情けない姿だって、晒せる。 シリウスの冷たい瞳と、苛立ち、言葉を思い出すと、それだけで泣きそうだ。 好きな相手に、友達になりたい相手にあそこまで言われて、辛くなかったはずがないじゃないか。 だって、あたしは弱いんだ。 聖人君子でもなんでもないんだよ。 過去で出会ったシリウスは現代以上に独善的で偏見ばりばりでムカツクけど。 でも、友達のために熱くなれるところとかはとても良いと、そう思う。 だから、あんな風に拒絶されたら泣き叫ぶほど辛い。 だって、その笑顔の先に、自分も混ざりたいと願っているのに。 シリウスだけじゃない。 ジェームズも、セブルスも、親世代の中で、あたしは一緒に笑いたい。 「一緒に、いたいよ」 流石にもう涙は出ないけれど、今度は逆に渇いた瞳で虚空を見つめる。 すると、その頭にポスっと骨張った手が置かれた。 重くもなく、軽くもなく。 掛かる重みが、心地よかった。 「じゃあ、一緒にいれば良い。少し妬けるが」 「だから、いなくなって欲しいって言われちゃったんだってば」 「いなくなって欲しいと言われて大人しく従うような性格だったか?」 「確かにそういう性格じゃないけど。でも、それじゃ……」 ――虚しいよ。 ただ同じ空間にいるだけじゃ、嫌なんだ。 それじゃ、今と変わらない。 無理矢理じゃ、意味がない。 でも、拒絶されるほどの相手に、一緒にいてもらう方法があたしには分からない。 「……なら、必要なのは現実逃避だな」 「は?」 真面目に話していたというのに、突然この場にそぐわない言葉が聞こえて、変な声が出る。 いきなり何を言い出すんだこの男は……?と疑問符たっぷりに隣を見てみる。 すると、頭やら背中やらを撫でていた手を止めて、青年はやがて柔らかく「なにかしたいことはあるか」と訊いてきた。 どうやら、まだまだあたしを甘やかしてくれるつもりらしい。 彼にそう言われると、なんでもしてくれそうな気がするから不思議だ。 もちろん、やりたいことなんてたくさんありすぎて決められないくらいだったけれど、 あたしは気がつけば、 「空を飛びたい」 と、我ながら中二かって突っ込みたくなるような台詞を零していた。 「分かった」 そして、大きな手があたしの瞼を覆う。 「」 囁くような美声が聞こえたかと思えば、あたしは次の瞬間、北の塔の屋上に立っていた。 ばたばたと、来ていたパジャマの裾が風に煽られる。 そこは、リーマスと初めて空を飛んだ場所。 十数年後と変わらず、降るような星空が輝くとてもとても美しい風景。 一瞬で場面が変わるとか、うん、良いな。ご都合主義万歳。 でも、流石にパジャマ姿はちょっとないと思う。 ムードぶち壊し。 と、ぽけっと突っ立っていたのが悪かったのだろうか、 気がつけばあたしは、ひょいっといとも気軽に抱え上げられ、 あれよあれよという間に、敷物の上に腰を下ろした彼の足の間に座らされていた。 で、奴はシートベルトよろしく、片手であたしのぷにぷにした腹をホールドする。 「さて行くか」 「おわっ!?」 そして、動き出す敷物――もとい、魔法の絨毯。 お前もっと病人労れやあたしこれでも高熱出して苦しんでたんだぞこの野郎。 と、文句を言ってやろうと後ろを見上げる。 がしかし、それはもう愛おしそうに目を細めてあたしを見下ろしている奴の表情を、 うっかりと直視してしまったために。 「……はぁ」 結局、のど元まで出かかった言葉は、あたしのお腹の中に逆戻りしていった。 ……美形は反則だ。畜生。 月明かりをバックに背負った彼は、文句なしに格好良かったことは、ここに記しておく。 と、あたしから文句が上がらなかったことに気をよくしたのだろう、 魔法の絨毯はその後、グリンゴッツのトロッコも真っ青な勢いで縦横無尽にホグワーツ中を飛び回った。 「ちょっ、おま……!吐く!吐くよあたし!!」 「ぎゃー!止めてぶつかる怖い怖い!」 「速い!速いって!」 「お前絶対面白がってるだろちょっとぉおおぉおおおぉー!!」 「うっきゃああぁああぁっぁああぁー!!」 絶叫マシンの絶叫の意味が凄く分かった一夜である。 地面に対して直角に落ちていった瞬間なんか、本気で殺されると思った、あたし。 けれど、なんだろう。 体中空っぽになるくらい叫んだ後に残ったのは、 「〜〜〜〜〜〜っ」 不思議なほどの清涼感だった。 嗚呼、もう、本気であたしなにやってんの? 熱出して寝込んで、問題なんか一個も解決してなんかいないのに。 「ぷっ」 心の底から、笑いたくてたまらない。 「あははははははは!」 「ようやく慣れてきたのか?」 「あははは!違っ、ちがくて……! なんかもう、なにもかも馬鹿馬鹿しくって!」 世界はこんなに美しくて。 自分はこんなにちっぽけで。 それなのに、なにをそんな深刻に考えてたんだろう。 「……そうだな。馬鹿馬鹿しい」 と、あたしの滅茶苦茶な言葉に、律儀に反応が返ってくる。 「は難しく考えすぎなんじゃないのか? 案外、頑張らなくてもなんとかなるかもしれないぞ?」 「ふふっ!流石にそれは無理でしょー」 「いや、まだまだ考えすぎなんだ。もっと気楽に構えた方が上手くいく。 なんとかなるさ。というより、周りがなんとかする」 「やっばいねー。それ、超他人任せじゃん」 「別に良いじゃないか。他人任せで」 にこり、と友人が笑う。 いつだって、必要以上に頼りがいのある、あの笑みで。 「失敗に備えるのは良いが、失敗を恐れて前に踏み出さないのでは意味がない。 けれど、無理ばかりすると、壊れてしまう。 だから、はらしく、ええ格好しいを止めた方が良い。 無理にテンションを上げる必要も、シリアスぶる必要もない。 取りこぼしたものも、見落としたものも、私たちが拾っていくさ」 好きなようにして良いよ、とそれは言外に言われたも同然だった。 それは、前にリリーからも、スティアからも言われた言葉。 尻ぬぐいはしてやる。だから、やりたいようにやれ、と。 ……やりたいことはやっていたと思う。 でも、彼が言っているのは行動だけじゃなくて、その心もなのだ。 皆が繰り返し教えてくれたことだったのに、あたしはまた目の前に手一杯で忘れかけていた。 「……良いの?」 「ああ」 「ぶっちゃけ、今でも結構なことしてるよ? それ以上にやっちゃって良いの?」 「もちろん」 あたしを甘やかす声。 本来、コイツに許可を得ることは筋違いもいいところなのだが、 あたしは何故だか、それで全てを許されたような気分になった。 まるで。 まるで、全ての責任も罪も、彼が背負ってくれるとでもいうように。 あたしよりも大切なものがある彼。 その彼に、あたしを最優先にしろだなんて言えないけれど。 でも、そう言ってくれて。 たとえそれが夢で。 自分自身の願望が見せた幻であったとしても。 「ありがとう。その言葉だけであたしは十分だよ」 そう言って、あたしは久しぶりに、心の底から笑った。 「どういたしまして?ふふ……」 「むぅ。こっちは真面目にお礼言ったのに、笑うことないじゃんか」 「いや、違うんだ。ただ、こんなところ見られたら、多分怒られるなと思って」 まぁ、病人を夜中に外に連れ出してドライブ、なんて大方の人間に怒られる気がするが。 多分、一緒に思い浮かべたのは、どこか過保護なところのある可愛い猫目だった。 幾らあたしを元気づけるためだからといって、こんな風邪を悪化させかねないところにいる時点で、 まず間違いなく怒られるだろう。 「あー、アウトだね。確実に」 「心配性だからな。間違いなく目を釣り上げて怒るぞ」 「なに他人事みたいに言ってんの。一緒に怒られるんだからね」 「一緒に?」 「そ。一緒に。だって、あたしら親友でしょ?」 「まぁ、違いない」 予定調和のような会話にくすくすと二人揃って笑みを深めた。 その後、夜遊びをし終わって帰る途中っぽいシリウスを発見し、奴が蜂刺しの呪いをかけたり。 (すげぇ、生き生きとした良い笑顔だった) 湖の中のクラーケン呼び出して、からかって遊んだり。 あたしたちは楽しく愉しく、遊び倒した。 だからだろう、あたしはいつも通りベッドで目を覚ました瞬間、< 夢と現実の境が分からず、しばらくきょろきょろと周囲を見渡してしまった。 ここは……あたしが普段使ってる、寮の部屋だ。 見慣れた家具に見慣れた天井。 枕元には、トイレ水没事件でちょっとよれよれになったリドルの日記と、 朝食の時間を告げるお気に入りの目覚まし時計が置いてあって。 それになにより、椅子の上には天使な小生意気ことスティアがくるんと丸まって寝ていた。 ふむ。これは、流石に病人のベッドに潜り込むのは気が引けて、 ベッドサイドを陣取った、とそういうことか。 今まで熱に浮かされて朦朧としていたとは思えないほど、 妙に頭がすっきりとしていた。 「せめてバイバイとかおやすみくらい言って欲しかったところだけど。 まぁ、夢なんてそんなもんか」 夢と同じく、十歳前後の見た目でくぁっと欠伸をかみ殺す。 これがあたしの正体もしくは精神年齢――なんてことはもちろんなく、 現実的に考えれば、まぁ、単純な老け薬の効果切れだ。 何日も高熱出して寝込んでたんだから、そりゃあ、一日一回飲まなきゃいけない薬だって飲めるはずがないだろう。 (なんで基本年齢が十歳前後なのか大いに疑問だが) と、あたしの視線を感じたのか、んーっと伸びをしながら、金色の双眸がこちらを見る。 「なにこの子かわええ」 『……うん。この惚けた感じ、間違いなくだね』 はぁ、っと呆れたような。 それでいて、どこかほっとしたような息がスティアから漏れる。 多分、素直じゃないから認めたりなんかしないのだろうけれど、 あたしを心配していてくれたのだろう。 夢で笑った、彼のように。 「えへへへへ。ありがとう、スティア」 なんて自分は幸せ者なんだろう、そう思いながら素直に感謝をすれば、 照れ隠しのように軽い猫パンチが繰り出された。 『ここはお礼言うより謝るところな気がするけど。 もう、体は良いの?』 「うん。もうばっちり」 『あっそう』 なんだ、こいつ本気で可愛いなオイ。 そっけない感じとか、え、ツンデレ?ツンデレ?? 『…………』 嗚呼、抱きしめたいなーと思っていると、なんとも珍しいことに、 スティアの方からぴょんっとあたしの膝に来てくれた。 「え、これは抱きしめOKってことですかスティアさん」 『良いってことにしといてあげるから、僕からのありがたい忠告を拝聴しろ』 「……うわぁ俺様だ」 『違う、僕様だ』 僕様ってなんやねん、と突っ込みつつ、真面目な表情をする案内人を真っ直ぐに見返す。 嗚呼、そういえば、こいつとこうやってしゃべるの、久しぶりかも。 なんていうか、それは凄く、嬉しいことだった。 「で、なに?」 『君は……馬鹿だ』 「うおい。いきなりそれかい」 『君は馬鹿で間抜けでお人好しで、魔法も使えないくせに厄介ごとに突っ込んでいく変人だ』 「……うぅ。そこまで言うか」 ちょっと感動してたのに……久々の毒舌にちょっと泣きそう。 でも。 『だから、ちょっとポカするのなんて予想済みなんだから、そんな気を張る必要ないんだよ』 これでいて、あたしを浮上させるのが上手いのだから、敵わないなぁと思う。 「それ……」 『うん?』 「夢でも言われたよ」 あたしの知る中で一番夜の似合う、友達に。 『……どうしよう、僕、今凄く気分が悪くなった』 「なんでやねん」 『折角用意したへのプレゼント燃やして憂さ晴らししようかな。 日本の漫画・小説各種』 「……スティア愛してるっ!!」 その後、人とカブったことが気に入らなかったらしいスティアの機嫌をどうにか直し、 あたしは後ればせながら朝食へ降りていった。 すると、どういう訳だか大勢の人から快気祝いだの、誕生日おめでとうだの、 プレゼントやらお祝いの言葉やらがシャワーのように振り掛けられた。 と、なんじゃこりゃ、と訳の分からないあたしが周囲を見回すと、 ニッと悪戯が成功したような表情で笑うジェームズと、目が合う。 「…………っ」 ウインクまでされてしまっては、この状況を生み出した張本人を悟らざるを得ない。 嗚呼もう、本当に。 「敵わないなぁ……」 でも、それは孤独とイコールではなかった。 ......to be continued
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