有言実行は良い言葉だと思う。
思うが、しかし。






Phantom Magician、90





チュンチュン、と気の早い鳥たちの鳴き声と共に目を覚ます。
カーテンの向こうの空はきっとまだ薄暗いであろう時間だった。
同室の皆を起こさないようにして、静かに身支度を調えていく。

正直、かなり眠いのだけれど、今日ばかりはそうも言ってはいられないわ。
……昨日あれ・・が発表されたのだから。
誰よりも早く談話室をクリアして、厨房へ行かなければいけない。
がしかし、かといって身支度を疎かにもできないワケで。
いつもが褒めてくれる自慢の赤毛に櫛を入れ終わったところで、私はそっと部屋を抜け出した。

予習復習で元々早起きであることに加えて、更にわざわざ普段より1時間も前に起きた私。
正直、談話室は誰もおらず、肌寒いだろうと覚悟していた。
がしかし。


「やぁ、おはようエバンズ!今日も相変わらず君は美しいね!!
ところで、今度の日曜日空いてるかな?一緒にホグズミードに行こう!」
「…………」


談話室は無駄に暑苦しいポッターに占領されていた。
ああ、もう!去年まではこの時間だったら出会わないですんでいたのに!
ホグズミード休暇の告知がされると、ほぼ100%の確率でこうして誘われるから早起きをしたというのに、 一体どれだけ前から待っていたっていうの?
好きな人にされたのなら嬉しいかもしれないけれど、そうでなければ完全にストーカーよね。
いえ、もうすでにそうかしら?
そろそろマクゴナガル先生にご相談すべきかもしれないわね……。

朝から見たくもない男子の満面の笑みに出くわし、私の機嫌は急降下した。


「……そうね」
「えっ!?そうねってOKってことかい!本当に!?
君もとうとう自分の気持ちに正直になって――っ」
「予定は空いているけれど、貴方と一緒に行くくらいなら鍋でも磨いていた方が有意義だわ」


ので、「お断りよ」と容赦なく言い放つ。
と、ポッターはその言葉に、ぴしゃりと横っ面を張られたような表情カオを見せた。
……何故、そんな信じられない事象を目の当たりにした時のようにショックを受けているのだろう、この男は。
どう考えても、今までの態度、接し方、その他諸々を含めて、私がその申し出を快く受けるワケなどない。
それなのに『君もとうとう自分の気持ちに正直になって――っ』?
自分の気持ちに正直になどなったら、とっくの昔にこの男は私の呪いで痘痕面である。

正直に言って、不愉快以外の何物でもないので、私は固まったポッターを放置することにして、 足音高く男子寮への階段を上って行った。
後ろから「エバンズ待って!」という制止の声が聞こえた気もするけれど、ううん、気のせいよね。
というか、気にしたら負けよ。人として。
が、あんまりポッターがぎゃんぎゃんと騒いでいて、これでは近所迷惑になる気もしたので、 ひっそりと魔法でポッターの口を封じておいた。
と、ポッターは魔法を使われて流石に諦めたのか追いかけてはこなかったので、悠々と目的の部屋の前に立つ。
(きっと、いつまでも追いすがるのが格好悪いと思っているのだろう。大丈夫、とっくの昔に格好悪いわ)


コンコンコン


?朝早くからごめんなさい。少し良いかしら?」
『?エバンズ??』


しん、と扉は沈黙している。
が、まぁ、今まで彼女の部屋から応えが返ってきたことなどないので、気にせずドアノブに手をかける。
すると、本来であれば開くはずのないそれは、なんの抵抗もなくかちゃりと回った。
どういう仕組みかは分からないが、の部屋は人間を選ぶのだ。
彼女が認めた人間であれば、入室を許されるらしい。
(もっとも、先日ブラックは野蛮にもその扉を破壊して入ってきたらしいが) そして、朝が弱い彼女を起こす、という大役を担っている私は、言わずもがな、その『認められた人間』である。


?」


部屋の中はカーテンが閉め切られ、酷く暗かった。
十中八九まだ彼女は夢の中なのだろう、すやすやという寝息しかしない。
と、足音もなく彼女の猫であるスティアが私の足元までやってきて首を傾げた。


『緊急の用件……ってほどでもなさそうだね。ならまだ寝てるよ?』
「朝早くから、ごめんなさいね。ちょっとポッターに朝から絡まれてしまって。
でも、とは今日は早めに朝食に行こうって約束していたのよ?」
『うん?そうなの?じゃあ、僕は散歩にでも行こうかな……?』


と、私の言葉に納得してくれたのか、スティアはすっと体をずらして進行方向を開けてくれた。
そして、邪魔者は退散する、とばかりにスタスタと開いたドアの隙間から廊下へと出ていく。
本当に主人想いの頭の良い猫だ。
私に懐いてくれないのが残念で仕方がないが、それもきっと以外眼中にないせいなのだろう。

パタン、とドアを閉め、私は部屋のカーテンを開けると、 すでに眩しくなっていた日差しを部屋の中いっぱいに入れた。
そして、容赦なく彼女のベッドのカーテンも取り去る。


、朝よ。起きて」
「………う」


突然の明るさに、の眉間に見事な皺が寄る。
かと思えば、彼女はその眩しさから逃れるように、ばふっと勢いよく布団の中に頭を引っ込めた。
これが無意識の行動だというのだから凄い。
がしかし、こんな細やかな拒絶で諦めるワケもなく、彼女の体を力いっぱい揺すった。


、約束したでしょう?今日は早めに厨房に行くって」


まぁ、それもポッターに誘われてしまった以上、あまり意味のない約束になってしまったのだが。
約束は約束だ。
それに、サンドイッチでも作ってもらって、外で朝の散歩をしつつ食べるというのも素敵だろう。
そう思って彼女を起こしにかかるが、うーとかむーとか唸っているはまるで起きる気配がなかった。
いつものことだ。


起きて頂戴」
「……やぁ〜」


やがて、幼子のような甘えた声で拒否される。
これもいつも通り。
毎度毎度、が相部屋でなくて良かったと思う瞬間である。
普段はそこまでではないが、眠い時の彼女は大層ガードが甘くて見ていて微笑ましい。
だからこそ、彼女の部屋には妙な細工がされているのだろう。
(こんな可愛い反応を見たら、そこらの男子が妙な気を起こしそうだ)

もちろん、私としてもこんな可愛いを見たら、このまま寝かせてあげたいという気が起きてくる。
普段ならともかく、今日は私の都合で早起きを強いているのだ。
流石に起こすのは可哀想かと思い、小さく溜息を吐いた私は、
そこでふと彼女の枕元に一冊のノートが置いてあることに気づいた。
色気もなにもない真っ黒な背表紙・・・・・・・のそのノートには、DIARYの文字がある。


「……日記?」


……大変失礼な話だけれど、が日記を書くとは思わなかったので、意外だ。
って、そんな考え方はに失礼よね。
嗚呼、でもなんというか、三日坊主で終わっていそうな気がするわ。

うーん、と日記帳とを交互に見比べてみる。
と、何故だかその日記帳を手にしてみなければいけないような気がして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、私はとうとう手を伸ばした。
人の日記を見るなんていけないことだけれど、普段のの様子からすると書かれているのは日本語だ。
内容を読むことはできないのだし、3日以上書かれているのを確認したら、私は日記を閉じるつもりだった。
本当に、それだけのつもりだったのだ。
けれど、予想外にその日記帳は何一つ書かれてはおらず。


「買ったばかり、なのかしら?」


その白いページにそっと指を這わせる。
そして、次の瞬間。


“君は誰ですか?の友人?”


日記帳に、端正に綴られた文字が躍った。


「!?」


まるで今、見えない誰かがノートに書き込みをしているかのような様子に、息をのむ。
とっさに、周囲を見回してみるが、ここにいるのは私と眠っているだけだ。


「誰……?」


妙な恐怖を覚え、思わず問いかけた言葉。
すると、その問いに答えるように、またもやゆっくりと文字が浮かび上がってきた。


“僕はトム=リドル。の友人ですよ。
君の名前は?”
「私は……リリーよ」
“リリー?ああ、から話は聞いているよ。
頭が良くて可愛い、寮の監督生だね”


文字は人を表すという。
そして、その美しい筆跡も、少し砕けた物言いも、最初の驚愕を嘘のように拭い去った。
くすり、と文字の主が上品に微笑む様が目に浮かびそうだ。
がしかし、奇妙な現状に、首を傾げる。
の日記がひとりでに文字を綴るなど、どう考えてもおかしい。
それでは。
それでは、まるで。





闇の魔術のようではないか・・・・・・・・・・・・――…。





「あの、これはどういう……?」
“……実はね。僕とはこのノートを使って文通のようなものをしているんだよ。
君のことも、それでから聞いていたんだ”
「文通……?」
“そう、このノートに文字を綴って、ね。
ただ、じゃない人がノートを手にしたのなんて初めてだったから、 思わずこうして文字を書いてしまったけれど”


つまり、これは遠く離れた人と交流のできるマジックアイテムのようなものなのだろうか。
確かに、の故郷はとても遠い。
こんな風にリアルタイムで話ができるメールのようなものがあれば、それは便利だろう。
ホグワーツでは、残念ながら電話が使えないのだ。
そういえば、この間チャット云々〜と言っていたような気もする。

内心、なにか大きな見落としをしてしまっているかのような感覚を覚えながらも、私はその言葉に納得した。
なにより、が使っているものなのだ。
危険なものであるはずがない。

と、私がそう考えていると、トムは若干の間を置いた後、言いづらいことを一息に話すように、 さっとノートに文字を書いた。


“ねぇ、以外にホグワーツの人と話すなんて中々ないんだ。
普段のの様子やホグワーツのことを、ここに書いて教えてくれないかな?”


――彼女のことが心配なんだよ。


を案じる、心が籠った言葉。
それを見た瞬間、私は気が付けばの枕元にあった羽ペンを取り、YESと答えていた。
自分がノートに何も書いていないのに、彼との会話が成立してしまっていた、という、 不気味な事実に思い至らないまま。







その後の一時間は、瞬く間に過ぎ去った。
トムとの会話は予想外に面白く、気が付けばいつもとそう変わらない時間になっていたのだ。
なにより、共通の知り合いがいるということが話を大きく弾ませた要因のひとつだろう。
のホグワーツでの様子、共通の友人であるセブの話、魔法の理論など、話のネタは尽きなかった。
と、ひとしきり話した後、トムが「そういえば、そろそろ時間は大丈夫なのかい?」と、こちらを案じてきたので、 私たちはそこで会話を打ち切り、を本格的に起こしにかかることにした。


。いい加減に起きて。遅刻するわ」
「……むー。まだだいじょーぶ」
「もう大丈夫じゃないわ。駄目よ。起きて!」
「ひゃっ!?」


力を入れて思い切り布団をはぐと同時に、魔法で彼女の顔に冷水をかけると、ぱっちりと彼女の目が開いた。
まぁ、ここまでやられて起きないのは流石にないだろう。
毎朝のことではあるが、ここまでされる前にどうして彼女は起きてくれないのかしらと思う。


「おはよう、
「うぅ〜……酷いよ、リリー」
「あら。顔を洗う手間も省けるし丁度良いじゃない?」
「良くない良くない」
「だって、が幾ら起こしても起きないんですもの。
これが一番手っ取り早い方法だって最近学習したのよ」


そう、幾ら怒鳴っても布団をはいでも、彼女がすっきりと起きてくれた試しがない。
ところがある日、いい加減痺れを切らした私が軽く杖を振るったところ、これが効果覿面だったのだ。
それ以来、これを彼女を起こす最後の手段にしている。
おかげで、濡れた布団やら髪の毛やらを乾かす呪文はバッチリだ。


「ちゃんと、普通に声をかけている時に起きてくれれば何の問題もないはずよ?」


にっこりと笑みを浮かべながら、に着替えを促す。
すると、流石に観念したのか、は不承不承それに従おうとし。


「あれ?」


おもむろに首を傾げた。


「リリー、顔色悪くない・・・・・・?大丈夫??」
「え?そうかしら??」
「うん。なんか顔白いよ。生理??」
「まだのはずだけれど……」


そっと自分の頬に手を当ててみるが、いまいち実感は湧かない。
起きた時に鏡を見た限り、特に顔色に変わりはなかったように思うが……。


「久しぶりに早起きをしたせいかしら?」
「早起き?……あ、そういえば、今日朝早めに出るんじゃなかったっけ??」
「ああ、それならもう良いの。さ、私は大丈夫だから朝食にしましょう」
「?うん」


自分でも首を傾げつつ、それ以外は特に異常が見受けられないのでさっさと話を打ち切り、 私は彼女のベッドをあとにした。
ちなみにトムとの会話は、彼のたっての希望で内緒だ。
ふふ。友達が心配だからといって、色々聞いたのが恥ずかしいんですって。
なんとなく、親友に対して可愛い秘密ができ、私はこっそりと笑みを零した。

その後、下りて行った談話室で、ポッターからホグズミードに誘われた話をすると、 はひとしきりポッターの不憫さを嘆いた。
なんでも、断り方ににべがなさすぎるということらしい。
けれど、下手に希望を持たせるのも宜しくない、という話をすると納得してくれたらしく、 切り替えるようにからりと笑って彼女は「なら、あたしとデートしよう」と素敵なお誘いをしてきてくれた。


「ええ、もちろんよ」


それに対して笑顔で即答すると、突然「酷いや、エバンズ!」と喚きだす男がいた。


「「…………」」


思わず、無言でと顔を見合わせた。
てっきり無人だと思っていたのだが、どうやらまだここにいたらしい。
どこから湧いて出たのかしら……。
と、白けた視線を送る私たちにはまるで気づかないらしく、ポッターはなおもやかましく喚き続ける。


「僕のことは考える間もなく断ったのに!
なんでには、そんな笑顔のオプション付きで了承するんだい!?」
「なんでって、当たり前でしょう」
「うん。人徳の差って奴?」
「あら、好感度の差もあるわよ」
「あ、そっかー。あたしも大好きだよ、リリー」
「ふふ。ありがとう、
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」


にこにこと交わされる会話に、ポッターがわなわなと震えだす。
だが、私たちは当然のことしか言っていないのだ。
そこに文句など言わせる気もなかったので、私はの手を引いて、厨房を目指すことにした。


「絶対、君たちにラブラブデートなんてさせないっ!」


という、ポッターの雄叫びを背に。
そして、ホグズミード休暇当日、私はその言葉を嫌でも実感させられることとなる。







その日は爽やかな秋の日差しの輝く、素晴らしいデート日和だった。
何故かは分からないが、に先に行っているように言われ、 悪戯仕掛け人を避けるようにして、校門のところに佇むこと十数分。


「おまたせ!」


弾むような声と共に、一人の少女に声をかけられた。


「え……?まさか、??」
「ふふん。そのまさかだよ。驚いた?」


ヒラヒラとホグズミードの許可証を振る彼女は、いつものように男子の制服を着ていなかった。
どころか、とてもお洒落なヒールの靴を履き、 ひらひらの短いシフォンスカートでその美しい脚線美を惜しげもなく晒している。
そう、彼女は男装をしていなかったのだ。


「驚いたなんてものじゃないわ! まぁ、そんな格好をしても大丈夫なの?」
「うん、まぁね。ようはジェームズたちに見つからなきゃ良いワケだし。
変装だよ、変装!」


悪戯に成功したようににこにこと笑う
ウィッグでも付けているのか、その後頭部にはシュシュでまとめられたポニーテールが揺れる。
可愛い子だとは前々から思っていたが、こうしてしっかりとお洒落をした姿を見ると、 もう男の子には決して見えなかった。
茶目っ気に溢れる瞳も、溌剌と伸びた手足も、どれをとってもチャーミングだ。

と、私もつられて笑みを浮かべるが、不意に、それを邪魔する人間が現れた。


「待て。そこのお前、許可証を見せろ」


男は胡散臭そうにをじろじろと見ると、手を突き出す。
すると、彼の足元で厚い被毛とがっしりとした骨格を持つ猫が同じようにこちらを睥睨してきた。
今年から来た管理人のアーガス=フィルチ氏と愛猫のミセス ノリスだ。
熱心な仕事ぶりだが、神経質そうな瞳と苛々とした口調で生徒からの人気はあまりない。
今も、さもが悪いことをしているかのような詰問口調だ。
思わず眉を寄せそうになったが、はそれに引き攣ったような表情を浮かべつつも、大人しく許可証を示した。
彼女の性格からすると、実力で抗議しそうなものだが、 基本的には常識人なので、よほどのことがなければそんなことはしないのだ。

と、彼女の許可証になんの問題も見受けられなかったのだろう、フィルチは不満そうに鼻をならすと、 彼女の後ろからやってきた別の下級生にまたもや高圧的な態度で迫っていった。
その隙に、私たちはそそくさとその場をあとにする。


「うあ〜……ビビったー」
「もう少し言い方があるわよね」
「うんうん。反射的に逃げ出しそうになっちゃったよ」


大げさに胸を撫で下ろすが面白くて、私たちはそこでしばらくの間にくすくすと笑い合う。
やがて、私もと同じく少し髪型などを変えて変装した後、 私にとっては見慣れた、にとっては初めてのホグズミードを目指した。







そして、しばらく歩いて辿り着いたホグズミードは予想通りホグワーツ生でごった返していた。
流石に6年、7年生ともなるとそこまで熱心にここには来ないのだが、それでも今年初のホグズミード。
許可を貰っている生徒のほとんどがやってきているようだった。


「ふわー……人に酔いそう」
「本当ね」


もその盛況ぶりには驚いたらしく、目を大きく見開いている。
がしかし、これはある意味好都合だ。
これだけ人がいれば、あまり見かけないの姿を見ても気には留めないことだろう。
悪戯仕掛け人も私たちを見つけるのに苦労するに違いない。
まぁ、しかし念には念を入れるに越したことはないので、 ポッターたちが立ち寄りそうなゾンコの店やら3本の箒は避けることにする。
ああ、あと、郵便局も駄目ね。
あそこはフクロウだらけだもの。
にもそのことは告げ、二人で相談した結果、マダム・パディフットの店に行くことにした。
ピンクを基調としたフリルでいっぱいの、いわゆる女の子御用達の喫茶店である。
まかり間違っても男子だけで入ることなどできない店なので、 も女の子らしい格好をしていることだし丁度良いだろう。

道すがら、店の中をあちこち覗きながら私たちは歩いていく。
これぞ、文字通りウインドウショッピングだ。
二人であのペンが可愛い、あそこのケーキは美味しそう、などと話し続ける。


「あ、そういえば、マダム・パディフットのお店の近くに占い師がいるんですって。
恋占いとかもしてくれるそうよ」


と、そこで私は占い好きの友人が話していたことをなんとなく思い出した。
丁度、私たちが通っている道の一本隣の通りだったはずだ。
女の子とは総じてその手の類のものが大好物である。
どうやら、も熱狂的、とは言わないまでも例外ではなかったらしい。
興味を引かれたのか、彼女も占いという言葉に反応を示した。


「へぇ。魔法界の占いじゃ当たりそうだね」
「ところが、これが少し微妙なの。
凄く当たってるっていう人もいれば、全然当たらないっていう人もいるのよ」
「そうなの?」
「ええ。まぁ、魔法界って言っても、本当の予見者は少ないから仕方がないかもしれないわね。
ダンブルドアなんて、占い学が実はあまりお好きでないそうよ?不確かすぎるからって」
「ああ、うん。それありそう。なんか理屈で理解できないもの苦手そうだよね、頭良い人って。
あたしの友達でもさ、学校で一番頭良いんだけど占い大っ嫌いな子がいたよ」
「まぁ、前の学校の友達?」
「うん。あの記憶力には脱帽だよ。ちょっと融通効かないとこあるけど良い子だし」
「素敵ね。今度紹介してくれる?」
「……んー、機会があれば、ね」


と、の表情が僅かに曇る。
特におかしな会話はしていなかったはずだけど、と頭を捻りそうになったその瞬間、 頭に花でも咲いていそうな間の抜けた笑顔が目に飛び込んできた。


「っ!!」


どんっ


「ぎゃっ!?」


ので、とっさに私はを路地裏へと突き飛ばした。
思わず、だったのでそこに気遣いや力加減は一切ない。
女の子らしからぬ悲鳴が聞こえたが、には心の中で謝るとして、 私はきっと前を見据えて気合いを入れる。


「リリーっ?一体なに――…」
「良いから行って!早く!!」


困惑の色濃いを小声で暗がりに追い払う。
説明をしている時間も余裕も私たちには存在しなかった。
と、やがて数瞬後、あちらも私の姿に気づいたのだろう、 気が付けば、目の前ににやにやと笑みを湛えたポッターと不機嫌そうなブラックが立っていた。


「やぁ、エバンズ。奇遇だね」


奇遇?
男子が寄り付かない界隈に待ち構えたように出没することが奇遇ですって?
白々しいにも程があるわ。
見なさいよ、ブラックなんて視界に入るピンクの多さに表情カオを顰めているじゃない。


「……お前、よくこんな雰囲気違うのに分かるな」
「え?当たり前だろう??僕がエバンズを見落とすわけがないじゃないか」


自慢げに頷くポッターにブラックはもういっそ呆れ顔だ。
珍しく私も髪をアップにして変装しているというのに、まるで効果がなかったらしい。

がしかし、そのことを指摘しても面倒くさい答えが返ってくるのがオチなので、 私はできる限り不愉快そうな表情カオを作って踵を返した。


「おっと!無視なんて冷たいじゃないか」
「あいにく、貴方に構っているような暇はないの。
私はこれから・・・・と逢うのよ」
「へぇ。僕たちも実は彼に用があるんだよ。やっぱり奇遇だね!
一緒に彼のところへ行こうじゃないか」
「邪魔しないで頂戴!」


競歩並みのスピードでずんずんと目的の店から遠ざかる。
聡いのことだ。
路地裏できっと私たちの会話を聞いていたことだろう。
……残念ながら、今日のデートはこれで中止だ。

そして、私は結局、ポッターのせいで城までUターンしてしまった。
がポッターたちに絡まれなかったことに胸を撫で下ろしつつも、 せめて彼女が一人でホグズミード村を楽しんでくれるよう青い空に祈る。





ああもう、本当に鬱陶しい!





......to be continued