告げることも告げないことも、全ては唯一人のために。 Phantom Magician、88 カツカツと靴音が石造りの廊下を反響する中、と二人でそぞろ歩く。 そして、ガーゴイルの前で合言葉を言えば、彼らは恭しく礼をして道を開けてくれた。 「爆弾ボンボン」 ゆっくりとせりあがってくる階段に乗り、見慣れた校長室に着くと、 「ピルルルル」 我々をフォークスが嬉しげに迎えてくれた。 くりくりと輝く瞳が、興味深そうにわしとそれに続くを見つめる。 がしかし、驚いたせいかはわしの影に隠れてしまい、フォークスは困ったように身を縮こまらせた。 怖がらなくても大丈夫だと伝えたものの、フォークス以上に小さくなっていたに聞こえていたかは怪しい。 そして、その場にふかふかのソファを出現させ、向かい合わせに座る。 緊張で身を固くしている少年――いや、少女と視線は交わらなかった。 「さて、こうして話すのも久しぶりじゃな」 「は、はい……」 所在なさげにしている彼女の姿をゆっくりと見つめる。 我ながら探るようなものになってしまったのは致し方ない。 なにしろ、他の人間の話に出てくる彼女はもっと不敵で。 剽軽でありながらも謎に満ち。 機知に富んでいる。 だが、こうしてただ目の前にいる少女は、 「もっと早くに話したかったんじゃが、がホグワーツに慣れてからの方が良いかと思うてのう」 「はい……」 「…………」 「…………」 ごく普通の大人しい一般生徒だった。 「……そう固くならんでも良いんじゃよ?」 「はいぃ……」 秋の陽光眩しい校長室だったが、そこに佇む少女の表情は凄まじく悲壮だった。 (座るよう促したが、は判決を待つ敬虔な罪人のように頑なに立ち続けている) まぁ、呼び出した経緯が経緯だったので、いつ罰則を食らうかと気が気でないのだろう。 そういえば、これから話すことに気を取られて、ここまでの道中は無言だったような気がする。 「ふむ」 大広間での騒動は、あくまでもこうして呼び出す上での口実にすぎなかったのだが、 あまりにも緊張している姿を見て、ここでふと悪戯心がわき起こる。 「ここに呼び出された理由は分かっておろうの?」 「……はい」 「マクゴナガル先生からも何度か話を聞いておったが、 ミスターポッターとミスターブラックと、いつもあのように衝突しているのかね?」 「……いや、あの、あそこまでじゃあ」 バツが悪そうに視線を彷徨わせる。 言葉尻を濁してはいるものの、その反論は酷く弱々しかった。 「ほう?では寮の談話室が全面泥まみれになったというのは、実はそこまで酷くなかったんじゃな」 「……えーと」 「食事が全て作り物に変えられて、歯を折る者18名、喉に詰まらせる者7名、 うっかり飲み込んで医務室送りになってしまったもの5名というのも聞き違いかのう」 「それは〜……」 「そういえば、この間、お主らに煽られた女生徒が暴動を起こしかけた、 とフリットウィック先生が言っておった気がするんじゃが、 それもきっとわしの記憶違いじゃな」 「……すみませんでしたぁー!!」 はその言葉にバッと立ち上がり、勢いよく謝罪をした。 近年稀にみる、腰を直角に曲げた美しい謝罪だった。 そのあまりに早い対応に、思わずくすくすと笑みが零れる。 「ふむ。では、その美しい角度に免じて許そうかの」 「え!?そんなんで良いの!?マジで?ってか角度??」 パッと頭を上げて、表情を綻ばせた少女に、思わず眉根を下げる。 ……そんなに嬉しそうにされると困るのぅ。なにしろ、 「そもそも、わしはお主を罰する気などなかったんじゃよ。 それを決めるのは寮監であるマクゴナガル先生じゃ」 「……うあ〜」 その言葉に、は一瞬にして表情を曇らせた。 まぁ、ミネルバのことなので、わしが許したと言えば、大した罰則にはしないだろう。 精々がマグル式の皿洗いくらいだろうか。 もっとも、この少女の場合、屋敷しもべ妖精と仲良くなった挙句に寧ろ楽しんでやりそうな気もするが。 それを告げるのは、先に罰則を喰らっているであろう二人組に悪いので、黙っておくこととした。 「教育者として不平等はよくないからの」 「は?」 「こっちの話じゃよ」 と、最初は殊勝にしていたも、罰する気がないという言葉に、 だったらどうして呼び出されたんだ、とでも言いたそうな怪訝な瞳をこちらに向けてきていた。 ので、再度座るように促しつつ、「なに、ただの近況報告じゃよ」と告げる。 「近況報告、ですか?」 「そうじゃ。なにしろ、転入生などわしも初めてじゃからの。 しばらく暮らしてみて分かる不便さもあるじゃろう」 がしかし、呼び出しの理由を告げても、案の定、彼女は怪訝そうな表情を崩さなかった。 彼女と自分には教師と生徒以上の大したつながりがないのだから当然だろう。 通常、校長が一生徒の動向を気にすることなどはない。 (もっとも、自分は少々通常の校長から逸脱しているというのは否めないが) だがしかし、彼女には報告の義務がなくとも、 校長である自分には彼女から近況を聞き出す義務があった。 彼女と、彼に関する情報を知る必要が。 「はぁ。でも、特に思い当ることとかないです。快適ですよ?」 「そうかの?日本とでは色々と違うものもあるのではないかね?」 「……いやぁ、あると思いますけど今ぱっとは浮かばないです」 と、は突然の申し出に戸惑ったような表情をしつつ、首を振った。 そんな彼女に、特に構えたところはない。 がしかし、具体的な話をしようとしないところは、以前ここで話した時と同じだった。 教授方の話を聞いても、他の生徒の話を聞いても。 存外用心深い性格なのか。彼女は過去の詳細を語らない。 一体、なにがあるのかと勘繰りたくなってしまうほどに。 ……遠まわしに聞いてもダメならば仕方がない。 丁度口実もあることなので、杖をふるってそれを出しつつ、口を開く。 「では、なにか思い当ったらいつでも言いにくると良いじゃろう。 さて、ところで。今度のホグズミード休暇は利用するのかね?」 「?はい。もちろん」 「ホグズミードに行くにはこの保護者からの許可証がいるんじゃが、それも知っておるかの?」 「へ?あ、はい」 「じゃが、お主のところにフクロウが来た様子はまだないのぅ。 このままじゃと、許可証は間に合わないのではないかね?」 「!!!?」 その言葉に、少女は分かりやすすぎるくらい狼狽えた。 実を言えば、フクロウが来ていなくとも、事前に許可証を貰って来ていれば、なにひとつ慌てる必要はない。 がしかし、彼女は一瞬で顔色を変えた。 変えてしまった。 それはつまり、彼女の手に現在許可証がないということを証左している……。 許可証は新年度の学用品一覧と共に送っていた。 だから、彼女がその手紙を保護者のいる場所で開けていればすぐに許可を得られただろう。 そう、彼女の故郷である日本であれば。 だがしかし、学校のフクロウの中にそんな遠出をしたものはいない。 ならば、彼女は手紙をどこで受け取ったのか? 当然、夏の間中、滞在していたという漏れ鍋だろう。 では、彼女は漏れ鍋から日本へ許可証を送った? 応えはNoだ。 彼女はフクロウを持っていない。 そして、郵便フクロウで日本などという東の果てまで行けるものは存在しない。 ならば、保護者は漏れ鍋にいたのか? 異国で暮らそうとする少女を心配してやってきていた? 否。それも、トムの話からすればないだろう。 つまり、少女は保護者からの許可を得ておらず、また得るはずもないということになる。 だが、しかし。 はわしの言葉に慌てたそぶりを見せつつも、はっきりと首を横に振った。 「え、や、あの、えっと、今送ってもらってるところで。だから、多分、大丈夫かと……っ」 ……少女の学費の一切は、彼女名義の口座から出ている。 この年齢で。 親の名義ではなく。 そこにどのような事情があるかは分からない。 しかし、漏れ鍋に一人で滞在していたことといい、そのことはわしに一つの可能性を提示した。 「ほう?そうじゃったか」 「ええと、はい、まぁっ!」 少女は、親を頼らないのではなく、頼れないのではないかと。 では、一体誰を頼る?誰を頼みの綱とする? 得られないはずの許可を、得られるはずだと信じることのできる、存在。 それは、ただ一人ではないのか。 絶対の信頼を勝ち得ている、誰か。 が、彼の名前を知っているかは別としても。 「余計な心配じゃったのぅ。 まぁ、お主の庇護者の性格を考えれば当然じゃな」 「あ、はははは。庇護者ってなんだー保護者じゃねぇのかー」 『庇護者』という言葉に、は困ったように苦笑した。 まるで、仕様のない身内の話題が出た時のように。 と、そんな彼女と目が合った瞬間、切り込むように放った一言で部屋の空気が変わる。 「最近は逢っておるのかの?」 「へ?」 「お主の庇護者じゃよ。見事な金髪の、のぅ?」 「?金髪??いや、あたしの親は黒髪ですけど……」 わしの言葉にきょとん、と少女は不思議そうに首を傾げた。 張りつめた空間で、そこだけがまるで緩く、空気がたわむようだ。 そして、その、まるで偽りの感じられない姿に、自身の中にあった仮説が、いよいよ固まっていく。 「おお、そうじゃったか。ふむ、わしももう歳かの。別人と勘違いをしておったようじゃ」 「?」 「もミスターも黒髪じゃというのにの。困ったものじゃ。 おお、そういえばこの間来たという親戚も黒髪という話じゃったかの?」 「っ……や、猫の場合は毛ですけど!え、えーと、そんなことより校長お幾つなんです?」 「そろそろ94、5かのう?いまいち数えてないから分からんのじゃが」 「ほぼ一世紀っ!?マジすか!」 「いやいや、ホグワーツや魔法族の長い歴史と比べれば、わしなど赤子のようなものじゃよ」 「それ、比べる対象間違ってる上に、話が矛盾してきているような……?」 少女は、なにも知らない。 自身を入学させた庇護者がどのような存在かということも。 その庇護者が己の使い魔に扮していることも、なにも。 と、話が過ぎたのだろう、部屋に満ちる空気がゾクリとするほど容赦なく色を変えていく。 「おお、もうこんな時間じゃな。ビンズ先生にはわしから話をしてあるから、 今からでも授業を受けてくると良いじゃろう」 「はぁ、分かりました??」 少女の背中が扉の向こうへと消えた瞬間、ふっと吐息が漏れた。 これまではほんの前哨戦であり、本番は、ここからだ。 決して後ろを見ることなく、背後に佇む存在へと声を放る。 「さて……そろそろ、杖を下ろしてもらえるとありがたいのぅ」 「…………」 と、ほどなくしてじりじりと焼けるような首筋の熱さが強まる。 射殺すほどの瞳をこちらに向けつつ、彼はそこに立っていた。 「下ろして貰えると、思うのか?」 聞こえたのは、以前にも聞いたどこまでも冷たい声。 触れれば、凍傷を起こしそうなほどの。 感じた殺気などから鑑みるに、おそらくをこの部屋に招いた時に、彼も入り込んでいたのだろう。 透明になる魔法など、さして難しくもないのだから。 そして入り込んでしまえば、首筋に杖を突きつけるなどいとも容易いこと。 がしかし、こちらも伊達に長生きはしていない。 彼にその気がないことくらい、分かっていた。 「もちろんじゃよ。お主は、わしを害さない。 何故なら、わしは彼女の大切な『先生』だから、じゃ」 「……フン。やはり、喰えないな」 ふっと、部屋中を圧迫していた威圧感が消える。 そして、声の主は杖を下ろすと、先ほどまでが座っていた場所にどっかりと腰を下ろした。 それは一部の隙もなく整えられている格好からはおよそ似つかわしくない行動である。 と、彼がわしから離れると同時に、 それまで息を詰めていたフォークスがわしの肩へと収まり、きっと青年を睨みつける。 賢い彼のことなので無闇に飛びかかったりはしないだろうが、一応宥めるためにも口を開いた。 「良いんじゃよ、フォークス」 「……クェー」 「……良い使い魔だな」 と、思わぬことに、青年から声がかかる。 僅かに驚きつつ視線を送れば、彼は曇りのない美しい瞳でフォークスを見つめていた。 邪気もなければ他意もない、ぽつりとした独白。 だからこそ、そこになんらかの郷愁が滲む……。 「使い魔というよりは、大切なパートナーじゃよ。 お主にはおらんのかね?」 「いた……ああ、いや、違うな。 あれは、僕のじゃない……」 小さな声。 がしかし、それをわしの耳が拾うほんの僅かな間に、ふっと青年を取り巻く空気が変わった。 茫洋とした雰囲気がまるで嘘のように、一瞬で校長室に彼の存在感が充満する。 その口元には、全てを見透かしたような笑みが乗っていた。 「それで?一体何の用だ?」 「うむ?」 「何か訊きたいことがあったんだろう?」 「に用があったのは確かじゃがの。何故、お主にもあると?」 「白々しい言葉は止めにしないか。分かっているはずだ。 そうでもなければ、なにも知らないに探りを入れたりなどしないだろう」 「…………」 わしの思考を読むような青年の言葉に、やれやれと肩を竦める。 「……そうじゃな。はなにも知らない。分かっておるよ。 じゃが、こうでもしなければミスターとは話ができないじゃろう?」 分かっている。 いや、分かってしまった。 それはもう、痛いほどに。 「する気がないからな。 が関わっていなければ、こうしてわざわざ出てくることもなかった」 「じゃろう?しかし、わしも立場上、お主らを完全に放っておくわけにはいかん。 そこも、お主なら理解してくれると思うての」 「……理解しているさ。だからこそ、こうして茶番にも付き合っている」 言葉通り酷く面倒くさそうに肩をすくめる青年。 本来ならば、彼女と片時も離れたくはないのだろう。 「で?」 その表情が、この会合に時間をかけることは許さないと語っていた。 「……では、単刀直入に訊こうかの」 「お主、なにが目的じゃ?」 真っ直ぐに、一つの挙動も見逃すまいと彼を見つめる。 彼の漆黒の双眸は、どこまでも謎めいていた。 「……また随分と範囲の広い質問だな」 「そうかの?じゃが、具体的じゃよ」 「そうだな。そして、アンタにしては珍しくも直接的だ。 何故、そんなことを問う?」 どこか面白がる響きの声色。 それは、次の言葉が彼の意に沿わなければ、一瞬で変わる空気を感じさせるものだった。 だが、こちらも何の切り札も持たずにを呼び出したワケではない。 「お主の行動の意図が見えぬ。それだけじゃよ」 「行動?それを全て把握してるとでも?」 「いいや。じゃが、ある程度は知っておるとも」 が学校に来てから早1ヵ月。 大体、今から2週間程度前だっただろうか。 スリザリン生が、何者かを囲むサロンのようなものを開き始めたのは。 「はじめはヴォルデモート卿のファン……とでも言えばよいかの。 そのようなものじゃったと思う。少なくとも、前年度までは」 わしとしても彼らの動向には人並み以上の関心を向け、注意をしていたはずだった。 だが、徐々に。少しずつではあるものの、彼らのヴォルデモートに対する憧れは薄れていっていた。 歳を重ねるにつれ、トムが他を圧するにつれ、強まることはあっても弱まることはないであろうそれ。 がしかし、寧ろ彼らの口調には彼を軽んじるようなものが混じっていった。 「元々、類まれな純血主義の者たちじゃ。 半純血であるヴォルデモートを軽んじる気持ちはゼロではなかったじゃろう。 がしかし、それ以上にヴォルデモートは魅力的で、圧倒的な強さを誇った。 魅せられておったはずなのじゃ。それ以上の存在に出会うことさえなければ」 「…………」 わしのその言葉に、青年の瞳がチェシャ猫のように細まる。 愉快そうに。感心したように。 彼は無言でその先を促した。 「存在しないはずのスリザリンの血統。 遠く触れることもできない者よりも、 身近にいる者の方が遥かに彼らに対する影響力は大きいじゃろうの?」 史実によれば、スリザリンという家名はすでに存在しない。 長い長い時の流れの中で、彼の血脈は続こうともその名は消えてしまっていた。 だがしかし。 自動筆記羽ペンが偽りを綴るはずもない。 「彼らを集めて、なにをするつもりじゃ?」 そして、お主は一体……。 「……ふぅ。なに、と言われてもな。 ただ、あの男の取り巻きを引きはがしたら面白いかと思った。それだけだよ?」 くすり、と酷薄に笑いながら彼はそう告げた。 まるで意味がないとでも言いたそうな、適当な言葉で。 それはつまり、彼にこれ以上話すつもりがないことを示している。 そう、彼女になにも告げないのと同じように。 そして、そのことに思い当ると、口に出さずにはいられなかった。 「お主はそうやってにも全てを隠すのかね?」 「?」 「あの子は、お主が姿を変え傍で見守っていることも、それほどの想いも知らぬ。 ただ健やかに。傷つけず。真綿で包むように守って、それであの子は満足できるのじゃろうか? 告げぬことの全てが悪いとは言わぬ。誰にもそれは言えぬことじゃ。 じゃが、なにも知らされずに後で知ってしまうこと程、相手を傷つけることもない。 あの子は優しく、聡い子じゃ。お主が隠すことにもやがて気づくことじゃろう。 それでも、お主はこのままあの子になにも告げぬつもりなのかね?」 言葉を挟ませることなく一息に言い放つ。 雑談から一歩踏み込んだ、ギリギリの会話。 おそらくこれ以上は彼の触れてはいけないものに触れてしまう。 いや、もしかしたら僅かに踏み越えてしまっているかもしれない。 けれど、それでも。 言わずにはいられなかった。 秘密を持つが故に、愛する者を傷つけてしまうことがあることを知っているから、なおさら。 と、わしの言葉をゆっくりと咀嚼していた青年は、やがてふっと表情を消した。 「……なにか勘違いをしているらしいな」 「なに?」 「あんな奴と同一視されるとは、僕も堕ちたものだ。 いや、まぁ、しかし見当違いでもないのか。あれと僕はどうしたって近しい……」 「一体、なんのことじゃ?」 作り物のように整った唇が僅かに呟いた言葉の意味は、わしにもはかりかねた。 しかし、やはり問いかけに答える気はないのだろう、青年はゆっくりと首を振る。 「……少し話しすぎたようだ」 「ミスター スリザリンっ!」 今にも立ち去ろうとする彼を制止するべく青年の名前を呼ぶ。 すると、彼は一瞬酷く危うげな瞳でこちらを見た。 「これだけは教えておこう。アルバス=ダンブルドア。 僕の生きる目的など、たった一つしかありえない。 だから、僕がヴォルデモートのようになるだとか。 奴と手を組むだとか、そんなくだらない心配など杞憂だ。 僕は、ただ――…」 そして、青年は音にならない言葉をそっと紡ぐと、空気に紛れ込むようにその場から姿を消した。 ゴーストのように壁を通り抜けるでもなく。 姿現しをするワケでもなく。 もちろん、黒猫に姿を変えるワケでもなく。 ただただ、その場から掻き消えた。 「……トムとお主の違いは、そこじゃな」 何故だろう。 彼の最後の笑みは酷く悲しく、儚げで。 あまりにも彼女の笑い方と似ていて。 目頭が熱くなった。 『ただ、に笑っていて欲しいだけなんだ』 唯、君を想う。 ......to be continued
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