箒に乗ろうと、誘う人がいる。 Phantom Magician、83 「そうだわ。、貴女クィディッチの選手選考会に行く?」 「へ?」 セブに事情を話し、三人仲良く(?)厨房でランチを取っている時、 私はふっと頭に浮かんだ事柄について気が付けば問いかけていた。 が、当のはといえば、忙しく働きまわる屋敷しもべ妖精に食後の紅茶を頼んでいたらしく、 きょとん、と目を丸くしていた。 「ごめん、今なんて言った?」 「だから、選手選考会だと言っただろうが」 「はいはい、リリー煩わせたからって眉間に皺寄せないんだよ、セブルスはー「んなっ!?貴様……っ」 え、なに?クィディッチの選手決めるの?今日??」 「そうよ。確か放課後だったわ。スリザリンはもう終わったのよね?セブ」 「っ……あ、ああ。そもそも、希望者が少ないからポジションが空いた時しかやらないが」 「?グリフィンドールはそうじゃないの??」 少し挙動不審気味だったセブをまるで気にせず、彼女はマカロンを片手に首を傾げる。 からかうのなら、最後までからかわないと可哀想な気もするのだけれど。 でも、その様子が可愛い、なんて思いながら、私も一つおすそ分けを貰って答えた。 「ええ。グリフィンドールはキャプテンの方針で、毎年全選手の選考会を行っているの。 去年選手でも関係なく、その年に一番そのポジションにふさわしい人が試合に出るわ」 「へぇ。まぁ、その方が選手の質は上がりそうだね」 「でしょう?選考会は試合形式で行ったりして、案外見応えもあるのよ。 はあまりクィディッチを見たことがないでしょう? だから、興味あるんじゃないかと思って。ただ……」 「ああ、シリウスね?」 と、は私が言い淀んだことをあっさりと先回りして断言した。 そう、私が懸念しているのは、先ほどが思いっっっきりコケにしたブラックのことである。 現クィディッチ選手であるポッターが選考会に参加しないはずはなく、 そして、奴が現れる場所にブラックが来ないはずもない。 となれば、見に行けば当然、奴と顔を合わせるに決まっていて。 折角なのでにクィディッチを見せてあげたい気持ちが半分、 厄介ごとを避けるために止めた方が良いかもという気持ちが半分だった。 ということで、これはもうの意思に任せるしかないと思ったのだが、 どうやら案の定、彼女も興味があるらしく、どうしたものかと眉根を寄せた。 「うーん、変装、いや、ポリジュースを使うとか……」 「駄目よ。煮込むのに時間がかかりすぎるもの」 「……というか、ポリジュースなんて作ったら校則をざっと100は破ることになるぞ」 「「それはそれ、これはこれ」」 「……はぁ」 常識人のセブが嫌そうな表情をしてたが、私たちはそれを力いっぱい無視した。 (最近私がから悪影響を受けている、なんて彼がぼやくのはきっとこういうことが原因だろう) 「でも、シリウスもさ、選考会に出てたらあたしにちょっかいかけてる余裕ないんじゃないかな?」 「まぁ、。ブラックが選考会になんて出るはずがないじゃない」 「え、何で?クィディッチって男子の憧れじゃないの?」 「それはそうだけれど。あの格好付けのブラックが汗と泥に塗れた練習に参加したがると思う?」 「……あー」 私の言葉に合点がいったらしく、なんとも微妙な表情になる。 我ながら、とても説得力のある言葉だったと思う。 普段の態度を見ていてもそうだが、あの男は人が必死に練習している横であっさりとそれを行って、 「練習をしてもこんなこともできないのか、ご愁傷様」とでも思っていそうな人間である。 おそらく、努力というそれ自体を馬鹿にし、嫌っているのだろう。 天才肌とでも言えば聞こえは良いかもしれないが、ポッターともども嫌味な男だ。 (もっとも、ポッターもクィディッチだけは例外的にきちんと練習をしているが) 「なるほど。じゃあ、やっぱりシリウスは応援席あたりに出没する、と。面倒臭ぇー」 「まぁ、選考会は皆が注目しているから、そこまで大きな騒ぎは流石に起こさないと思うんだけど」 「頭に血が上ると、なにしでかすか分かんないもんねー、シリウスは。 ちょっと顔を隠しながら様子を伺って、離れた席とかに行こうか」 「そうね。例えば上級生の傍なら迂闊には呪文も使えないでしょうし……」 本当はマクゴナガル先生あたりが観に来て下さると良いのだけれど。 贔屓をしないために先生方はあまり関わらないことが慣例になっているので、望みは薄いだろう。 (もっとも、大っぴらでなければ、先生方もこっそり贔屓をしていたりするのだが) と、私たちが結局、目立たないように観に行くという方向で話をまとめたその時、 成り行きを見守っていたセブがそれは怪訝そうに口を開いた。 「……オイ、さっきから、選考会を観に行く、という話ばかりだが。 お前は選考会に出ないのか?」 が、それに対する私たちの答えは揃ってこうだった。 「え?それは無理じゃない?(だってはまだこっちに慣れていないもの)」 「え?それは無理でしょ(だってあたしが箒に乗れるはずないもん)」 「で、どうしてこうなるのかしら?」 「……いや、それは寧ろあたしが聞きたい」 それは爽やかな秋晴れの午後、それとは正反対の空気を醸し出したは箒を片手に眉根を寄せた。 そう、箒を片手に。 クィディッチ競技場のド真ん中で。 もちろん、彼女は自身の箒を持っていないので、それは学校で使われているボロ箒だ。 「準備はできたかい?」 と、こちらの様子にはまるで気づかない様子で、気軽な足取りで近づいてくるポッター。 彼の手にあるのも、彼愛用の箒とはまるで似つかない、が持つのと大差ない学校の箒である。 彼がに向かってフレンドリーに手を振ると、観衆はそれを待ちわびたかのような歓声を上げた。 正直、そのお祭り騒ぎ、といった様子に頭が痛くなってくる。 嗚呼、本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。 がポッターと箒で鬼ごっこをするだなんて。 何故、そんな馬鹿げたことをしなければいけなくなってしまったのか。 「いやぁ。それにしても、エバンズが審判役だなんて……燃えるね」 「そのまま消し炭にでもなれば良いと思うわ。ポッター」 全ての元凶は、この男だった。 選考会を観ようと競技場を訪れ、上級生に紛れたところは良い。 ブラックに見つかりはしたが、どうやら事前に誰かから言い含められていたらしく、 睨み殺さんばかりの視線を向けられただけで済んだのだ。 ポッターが選考会を行っている時も、まだ良かった。 なにしろ、悪戯仕掛け人たちの興味関心は全部ポッターのものだったのだから。 がしかし、チェイサーの選考が無事終了し、余裕の出たあの男がを見つけてしまったのが、まずかった。 ポッターは箒、つまりどうにも逃げようのない上空から、私たちに声をかけてきたのである。 「やぁ、!エバンズ!僕の活躍を見ててくれたみたいだね」 「いや、別にそれだけを観に来たワケじゃないけど。まぁ、スタメンおめでとー」 「?スタメン??」 「あー、正選手って意味?雰囲気で分かれ」 「ふーん?あ、それより、どうして君は選考会に出てないんだい? 今からでも良いから、出てみたらどうかな?まだシーカーの選考が残ってるよ」 「いやいや。なんであたしが出ると思ってんだよ。出ねぇよ」 「えぇ!?なんで!?どうして!?日本でも魔法使いは箒に乗るだろう!? だったら異文化交流とかそんな感じで、折角だからやってみたら良いじゃないか!」 「……なんだ、そのふわっふわの適当な勧誘」 至極残念、といった様子のポッターには溜め息を禁じ得なかった。 どう見ても面白そうだから、という深い考えもまるでなさそうな発言と表情だったので、 のやる気がまるで起こらないのも当然である。 もっとも、私としては、少しくらいだったらやってみるのも、確かに良い経験だとは思うけれど。 「……ちなみにはクィディッチのルールは分かるのよね?」 「まぁ、おおまかにだけどね。なんで?」 「ちょっとが箒に乗る姿も見てみたい気がしただけ。 ああ、でも、勘違いはしないでね? シーカーはやっぱり危ないし、無理に出て欲しいワケじゃないの。 ただ、少しでもに出る気があるのなら、私は応援するわ」 「リリー……」 にっこりと笑顔を向けると、もそれは可愛らしく口の端を持ち上げた。 がしかし、「ありがとう。でも、ケガしたら大変だから」と彼女は微笑みながら口にする。 その表情に無理をしたところはまるでなく、本当にそう思っていることが伝わってきた。 どうやら、特に空を飛ぶことに深い感慨があるワケではないようだ。 それならわざわざこんな場で乗る必要があるワケでもないし、仕方がないだろう。 少しばかり、私が残念な気がするだけだ。 ところが、私が「分かったわ」と頷くその前に、気が付けば力強く差し出された手があった。 「ケガだなんて!選考会くらい全然余裕だよ。 エバンズも見たいって言ってただろう?どうだい?ちょっとくらい……」 「煩ぇ、美しい友情に水を差すな。出ないっつってんだろ」 とりあえず、ポッターには空気を読めと言いたい。 がしかし、彼はにべもなく一蹴したの言葉にもまるでへこたれず、 「じゃあ、選考会は良いから、僕と勝負しよう!」などとワケの分からないことをのたまい始めた。 「はぁ?なんであたしが勝負なんかしなくちゃいけないんだよ」 「いけないってことじゃないけどさ。君とだったら面白い勝負ができそうじゃないか!」 「あたしは面白くもなんともないっつの」 心底面倒臭そうな。 普段であれば、ポッターも無理強いをするタイプではないので、このまま話は終わったことだろう。 がしかし。 「なに!?ポッターとタケイが箒で勝負する!!?」 「「「!」」」 この場合は、場所が悪かった。最悪と言って良いほどに。 そう、ここは騒ぎが大好きなグリフィンドール寮生のまっただ中。 そんな場所で、勝負などという単語を発すればどうなるか。 また、選考会がほぼ終わりかけだった、というタイミングもまずかったのだろう。 上級生が上げた声は電流のように一気に周囲に広まり、 気が付けば興奮した声があちらこちらから上がってしまっていたのだった。 あとはあっという間に、担ぎ出されて、おしまいである。 特に協調性を重んじる日本人であるに、その空気は抗いがたいものだったに違いない。 「……はぁ。なんであたしが」 と、私はの切なげな溜め息で回想を打ち切った。 元々やる気のなかったところに、無理矢理話を持っていかれて、元気を出せという方が難しい。 がしかし、この様子ではポッターに簡単に負けてしまうことだろう。 癪だが、あの男は、本当にクィディッチの腕だけは確かなのだ。 あまりに完敗だと、やはり後で悔しい思いをすることになるだろう。 私は、どうにか彼女を浮上させるべく口を開いた。 「こうなったら、もうやるしかないわ、。頑張って!」 が、彼女は本当にやる気がないらしく、焦点の合わない瞳で遠くを見ていた。 「いや、もう不戦敗で良いよ、あたし」 「えぇ!?流石にそれは酷くないかい?せめて戦ってほしいんだけど」 「だって、あたしに戦うメリットないじゃん。デメリットはあるけど。 箒に乗るデメリットと乗らないデメリットだったら、乗らない方がマシ」 「…………」 どうも頑なに勝負をする気がないらしいに、ポッターは珍しく渋面を作った。 箒も勝負も好きで仕方がないポッターにしてみれば、彼女の言い分は納得がまるでできないことなのだろう。 もそれは想像ができていたらしく、「とにかく!」と声を大にした。 「仕方がないからフィールドには出たけど、勝負する気なんかないから。 もうあれだ。しっぽ巻いて逃げちゃったことにしといてよ、リリー」 「、でも……」 他の寮生の手前、勝負をするフリくらいはした方が良いんじゃないかしら? そう言おうとした私だったが、それを制してポッターの声がした。 「……メリットがないのが問題なのかい?」 「じゃあ、僕と賭けをしよう、」 「……はぁ?賭け?」 「そう。それも、君にはノーリスクの賭けさ。 僕が負けたら、君が例え今後どんな荒唐無稽なことを言い出しても。 ほとんどの人間が君を糾弾したとしても。 君を信じて、君に協力すると誓うよ。どうだい?」 「「!」」 その言葉に、と二人で息をのむ。 まるでそれはの恋に協力を申し出ているようでもあったけれど。 でも、それ以上に。 には秘密があることを知っているような。 そして、その秘密がどんなものか理解しているような、そんな、言葉だった。 まさか。 まさかポッターは、が女の子だと気づいて……? いや、でもそれなら、こんな風にその秘密を明かすように促すのではなく、声高に指摘するはず。 なら、一体どうしてこんな提案を……? まるで意図の読めないポッターの表情を、睨みつけるようにして観察する。 がしかし、警戒する私とは裏腹に、隣に立つはその言葉に、 「へぇ?」 思いもよらぬ悪戯が成功したように酷く嬉しげで。 それでいて、愉快で仕方がない、とでもいいたげな笑みを浮かべていた。 「ちなみに、ノーリスクってのはどういう意味?」 「もちろん、君が負けた場合のペナルティーはなしって意味さ。 賭けって言っても、僕が勝つか、僕が負けるかしかない。 まぁ。無理に勝負を受けてもらうワケだし、当然だろう?」 「ふーん。随分気前が良いんだね」 「まぁね。だって、この僕が負けるなんてあるワケないからさ。 どうだい?少しはやる気が出たかな?」 その返答は、言葉より先に表情に表れていた。 「まぁね」 その手を取るのに言葉はいらない。 ......to be continued
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