理解できないことを無理に理解すべきだとは思わない。 でも。 Phantom Magician、74 その日、彼女は思い人がいないためか、いつもより元気がなかったように思う。 いや、まぁ、悪戯仕掛け人を撃破したり、にこにこ笑ってピーブズに攻撃を仕掛けてみたりとかはしていたけれど。 それでも、やっぱり普段より、どこか沈んでいて。 どうかしたの?と訊いても、笑ってなにが?と問い返される始末。 「……私じゃ、頼りないのかしら」 ため息を吐きたい気持ちになりながら、ぐっと顔を上げる。 留学生ということもあり、はいつもどこか私たちと距離を置いているようなところがある気がする。 けれど、それは私が距離を置く理由には、ならないわ。 そして、私は目の前の扉――=とプレートのかかった扉をノックした。 こんこんこん 「?まだ起きている?」 こんこんこんっ 「?」 がしかし、何度か呼びかけても、部屋から反応が返ってくることはついになかった。 元気付けてあげたいと思って、チョコを片手に部屋を訪ねてみたものの。 流石に、談話室も閉まる時間に、なんてまずかったかしら? しかし、男子寮に入るのは本来、とても褒められたものではないし。 人に見咎められない時間となると、どうしてもこんな時間になってしまうのだが。 「もう寝ちゃったのかしら……?」 「いいや?彼はどうやら部屋にいないみたいだよ」 「!!!」 聞き覚えのありすぎる声に、思わず杖を構えながら振り返る。 「こんばんは、エバンズ。満月の夜の君はまるで妖精か月の女神のようだね」 「ポッター……!」 口から歯が残らず浮いてなくなってしまいそうな台詞を平然と言いながら、 ポッターは壁に寄りかかってそこに立っていた。 おそらくは、危害を加えない意思の表れなのだろう、その手には愛用の杖はない。 がしかし、ニヤつくこの男の危険さと性質の悪さはよく分かっているつもりだ。 決して油断しないように肝に銘じながら、対峙する。 「でも、同じグリフィンドール生を惑わすのはいただけないな。 まぁ、他寮だったらもっと駄目だけれど。 こんな時間に、男子寮に一体なんの用だい?」 「貴方には関係ないわ」 よりにもよって嫌な男に見つかったものだと思う。 これを弱みとして握られたらと思うと……あら?特に問題ないわね。 特に意中の相手もいない私が、夜中に男と逢引〜なんて勘違いされて困るワケでもないし。 (敢えてあげるならば、ポッターに騒がれると面倒なので知られると困るが、 なにしろ本人が目の前なので問題はないだろう) 日頃、それなりに優等生で通っていることもあって、 が心配で、と本当のことを言えば皆納得してくれそうだ。 その意識もあって、やや強気にポッターの言葉を無視して横をすり抜けようとするが、 流石に、そんな物言いで見逃してもらえるはずもなく、進行方向にポッターの腕が突き出された。 「おっと。まだ話は終わっていないよ」 「どきなさい、ポッター。大声を出されたいの?」 「別に構わないけれど。この場合、地の利は僕にあるよ?」 「…………」 まぁ、確かに。 ここが男子寮である以上、本来私がこんな時間にいるべきではない。 珍しくも一理ある言葉に、自分より高い位置にある眼鏡面を睨みつける。 「私は、が元気がなかったから様子を見に来ただけよ」 「へぇ、が?そうは見えなかったけれど。 今日もホラ、シリウスが投げた糞爆弾を見事に消失させてたし。 今もこうして平気で門限破りしてるし……」 「は優しいから、周りに心配させないために空元気を出してたに決まってるでしょ!」 ポッターの言葉に噛み付くように反論をした私だったが、そこでひっかかる部分を見つけて、 思わず、訝しげな表情になってしまう。 「……門限破り、ですって?」 は、普段どこかふざけたフリをする所があるものの、基本的に常識人だ。 門限破りなど、よほどの理由がない限り、まずやろうとしないだろう。 が、そんな私の疑問に、ポッターは軽く肩を竦めてあっさりと答えた。 「そう。夕食で見かけたっきり、談話室には戻っていない。 じゃあ、図書室か何かにいたかといえば、 今日最後まで図書室にいたって子の話にもまるで出てこない」 「……まさか、どこかで迷っているんじゃ?」 実は涼しい表情をして、部屋を間違えまくっていることの多いのことだ。 ありえないことではない。 けれど、そんなわたしの心配する姿に、ポッターは一瞬キョトン、と不思議そうな瞳をした。 そして、どこか微笑ましげにポッターは相好を崩した。 「流石に、幾ら留学生で慣れていないっていっても、いい歳した男が迷ったりはしないと思うよ?」 「っ!そ、それは……そう、ね」 「そうそう。エバンズは心配性だね。そこがまた可愛いんだけど」 「はいはい。それより、だったらはどこに行っちゃったのかしら」 ……危なかった。 にやにやと笑うポッターの様子からいって、 どうも悪戯仕掛け人はが類まれなる方向音痴だということに気づいていないらしい。 ばれてどう、ということもないような気はするが、弱点とも呼べるものは極力隠しておいた方が賢明だろう。 ポッターたちのことだから、変な隠し通路にを閉じ込めたりとか、しそうだし。 と、不自然にならない程度に話を元の軌道へ戻した私だったが、 それに対して、ポッターは何故かにやにや笑いを引っ込めて、どこかつまらなさそうな、シニカルな表情を浮かべた。 「予想は、まぁ、付くけどね」 「なんですって?」 「今日、彼の大好きな人間がどこにいるか考えたら、自然と分かることだと思うけど?」 「……まさか、医務室に?」 どう考えてもマダム ポンフリーがこんな時間に病人と面会をさせてくれるとは思えないし、 のことだから、非常識な時間にそもそも面会を求めるとも思えないのだが。 しかし、心配するあまり、できるだけ傍にいようとして、 廊下に座り込んでいるの姿がなんとなく浮かんでしまった私である。 場所が分かったのは良いが、それだとどうやって連れ戻したら良いのだろう? ひとつ問題が解決したと思ったら別の問題が浮上してくる現状に、頭を抱えたい気分だった。 と、私が目まぐるしく頭を巡らせる横で、ポッターはどこか皮肉気に口元を歪める。 「医務室、かどうかは分からないけれど、まぁ、十中八九リーマスのところだろうね」 「?だったら、医務室に決まってるじゃない」 「…………」 妙なことを言い出すポッター。 どこかその態度もいつもと違う気がして、私はその後、彼が発した言葉を何故かそのまま聞くこととなる。 「エバンズ……。僕はね、友達が大切なんだよ」 「?そんなのは当たり前でしょう」 「そう、そうだね。でも、大切だけど……籠の鳥みたいになってるのは、いくら安全でも嫌なんだよ」 「?」 「僕は、もしかしたら、がその鳥籠を壊してくれるかもしれないって思ってるんだ。 最初から本性曝け出して見せている、彼だったらって」 「それは……リーマスのこと?」 確かに、リーマスも人を寄せ付けないようなところがある。 けれど、それは他者に対しててであって、ポッターたちに対してはそうではないはずなのに。 問いかける私に、しかし、ポッターは意味深な笑みしか返さない。 「…………」 どうして、ポッターは、こんな寂しそうな表情をしているのだろう。 その珍しい表情に、一瞬だけ鼓動がはねる。 「僕たちは、多分近すぎるんだ。 近すぎて、今の関係を崩せない。 けれど、なら。 崩すもなにも、なんの関係も築いていないだったら、できる気がする。 少し……妬けるけれどね」 「……他力本願ね」 自分の動揺を悟られないようにと、毒舌が口から零れた。 そして、零れた後に、今のは流石に言いすぎだっただろうか、と罪悪感と共にポッターを見る。 すると、ポッターは私の予想に反して、何故か機嫌よくなっていた。 「いいや?僕たちは僕たちで、リーマスの壁をぶち壊すべく計画中だよ。 結果は見ての御覧じろ、ってね」 「……なに、そのワケの分からない言葉は?」 「の国の言葉らしいよ?いやぁ、まずは彼のことをよく知らなきゃと思って、 日本のことが書いてある本を色々読んだりしてたんだけど、彼の故郷は本当にユニークで面白いね。 のあの神出鬼没さは、きっと彼がニンジャの末裔だからに違いないよ」 嬉々として語ってくるポッター。 なんだか、を嫌ってる、という態度ではもはやない気がして、私は仕方がなく問いかけた。 「貴方……のことが嫌いなんじゃなかったの?」 「うん?いいや?は見てて面白いから、別に嫌いってことはないよ?」 「ならどうして……っ!!」 あんな風に毎日毎日、低レベルな嫌がらせをしてくるのよ!? 「そりゃあ、まぁ、色々と。 ただね、最近、シリウスの方がどうもご執心で。 段々、手段を選ばなくなってきてるし、なんだか面白くないな、と思って」 「……なんですって?」 信じられないことを耳にして、思わず問い直す。 がしかし、ポッターはまるでなんでもないことのように、 心底つまらなさそうにこう言い放った。 「面白くないんだよ」 「な……っ」 僕にとって悪戯は退屈な毎日に振り掛けるスパイスみたいなものなのに。 シリウスときたら、熱くなると、どうもその辺りの加減ができなくなってくるみたいでね。 僕としては、の言い分とかは、正直正しい所もあると思ってるんだけど。 スリザリン呼ばわりは許せないけど、シリウスが差別主義な部分があるのは、まぁ、確かだし。 は個人的に面白い奴だから、そろそろ、この状況をどうにかしなくちゃと思ってさ。 そうだ!良かったらエバンズも協力して――と、 ポッターの口から世迷言が漏れてきたのを聞き終わらない内に、私の手は彼の頬を張っていた。 「ふざけないでちょうだい!を貴方の暇つぶしの道具にしないでっ!!」 嗚呼、どうして私はがいないことを知った時点で走り出さなかったのか。 今更後悔したところで、もう遅い。 これ以上下がるはずのなかったポッターの好感度はとうとう地に落ち、私はその場をあとにした。 「……どうして、うまくいかないんだろうなぁ」 赤くなった頬を、独りさするポッターを残して。 そして、次の日の朝。 最悪な気分で目覚めた私は、どうにか気分転換をしようとして城を出て。 湖の近くで、どこか心細そうに立つ、ひとつの人影に気づいた。 「………っ!?」 心配していたのよ、と声を上げようとした私だったが、 不意に、彼女の傍らに見知らぬ誰かが近づいてくるのを見て、言葉を飲み込む。 そして、相手があまりに整った容姿をしていたから、何故だろう、私は近くの木の陰に隠れてしまった。 ええと、に限ってありえないような気はするのだけれど、朝帰り、なんてことはないわよね!? でも、ホラ。なにか立ち入ってほしくない状況かもしれないし……。 というか、あんな顔立ちの整った金髪のスリザリン生、いたかしら? 「こんな朝早くに、どうしたんだい?」 「…………っ!」 「ああ、驚かせてごめん。はじめまして、。 僕のことはKとでも呼んでくれれば良い」 「……はぁ」 「気のない返事だね。 それにしても、若い女の子が、こんな薄暗い時間に歩いていたら、危ないよ?」 「「!」」 その、何気なく紡がれた言葉に、ともども息を呑む。 確か、は常に自身に魔法を掛けていて。 そうと知らなければ、『女の子』だなどと分からない、はずなのに。 その効果は身を持って確認済みだ。 それなのに、何故……っ!! と、しかし、驚愕にしばらく声も出ない私とは違い、 はすぐに思い当たるなにかがあったのか、ふうっと小さく嘆息した。 「……お見通し、か」 「ふふ。まぁね」 「まぁ、それは良いとして。で、なんでわざわざ来てくれたのか訊いても良いのかな?」 「それは君が一番よく分かっていることだろうに。 よりにもよって昨日、あの道を行くなんて、ね?」 意味深な会話に、半分も付いてはいけない私だったが、 しかし、二人の雰囲気に割って入るのも、聞き耳を立て続けることにも抵抗がある。 さて、どうしたものだろう。 が、を女の子だと知っている人物(しかも初対面)と彼女を二人きりにさせておくのも問題だし。 これで、終始和やかな雰囲気でもあれば違うのだが、の表情はどこか硬い。 緊張していると言っても良い態度だ。 そして、声を低めて、彼らはなおも話し続ける。 「……ケーはあんまりよく思ってなさそうだね。それは行動?それとも相手?」 「両方、かな?人を思いやるのは良いことだと思うけれど、それも相手による」 「……ああなったのは、リーマスのせいじゃない」 「そうだね。今現在の彼に限って言えば、善良な一生徒だ。 が、今後もそうであるとは限らない」 「?それは、どういう……」 「彼の悪友たちがなにやら企んでいるらしくてね。 今はあの屋敷に閉じこもっていたとしても、いずれそうじゃなくなる日が来る」 「…………っ!それはっ」 「嗚呼、彼らだけが危険な訳じゃあないね。 君の部屋にも、ここを危険に晒すものが眠っている、か」 「っ!?」 「君がそれをどうするつもりなのかは分からないけれど。 あまり、ここを危険に晒すような場合は、それなりに行動させて貰うよ? ここはね、彼らにとって大切な場所だから」 「ケーは……一体、何を知ってるの?」 「過去を。そして、未来を」 もともと元気があまりなかったように思えるだったが、徐々にその顔色は青白くなっていく。 たまりかねて飛び出そうとした私だったが、それを、青年は視線だけで押しとどめた。 「っ!!」 それは、黒くて。 昏くて。 それでいて、妙に輝きをたたえた、不可思議な瞳だった。 その顔の造りがあまりにも整っていることもあり、それはどこか人間的でないもののようにすら思える。 ……いや、寧ろ、なにかが人間のふりをしているような。 ゾクリと背筋が粟立つが、彼がこちらに視線を向けていることに、俯くは気づかない。 「慎重に行動したほうが良い。 ……彼らを傷つけたくなければ、馬鹿な真似は止めるように言ってくれると嬉しいかな」 そっと彼女の耳元でそう呟いた青年は、 私が瞬きをしたほんの一瞬のうちに、霞のように消え去った。 「っ!」 嗚呼、。 貴女がなにか隠しているのも、事情を抱えているのも、私は気にしないけれど。 貴女一体……なにに憑かれているの? 理解、したいのに。 貴女はそうさせてくれない。 ......to be continued
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