目をつけられたら運のツキ。 Phantom Magician、72 今日も大して面白くもない授業が終わり、さて、なにをしてこの放課後を潰そうかと思う。 「つまらない、な……」 昨日も今日も明日ですら、代わり映えのしない面子に、代わり映えのしない毎日が続いていく。 別に、そのことに文句があるとか、そういうことではないが。 勉強は普通にしていれば十分理解できるし、魔法とて、ある程度の練習で習得できる。 結構なことだと思う。 中には、それができずにひぃひぃと情けない声を上げている連中もいるくらいなのだ。 できることに対しての不満などではない。 友人もいれば、後輩、先輩、人材も周りには大勢いる。 そのことにも不満はない。 ただ。 なんというか。 この世界は、張り合いがない。 それが、正直に人生十六年を生きてきての、感想だった。 監督生になってみて、少しは忙しく動くようになったが、それも一年もすれば慣れてきてしまう。 嗚呼、自分がマグルであったならば、その不便さから、もっと日々充実してすごせるのだろうか。 このときの自分は、そんな益体もないことを考えるくらい、ようは退屈していた。 と、そのときである。 「…………?」 目の前を、違和感の塊が通り過ぎて行ったのは。 「セブルス?」 サラサラ、と。 艶やかな黒髪を靡かせて歩く後輩を見て、思わずそれに待ったをかける。 そうそう、これは実は最近気になっていたことだった。 「少し、良いか?」 「?」 そして、大層怪訝な表情をして振り向いた青年を、頭の天辺から爪先までさっと一瞥し、一瞬で心を決める。 「最近、君が懇意にしている彼と是非話してみたいのだが、都合をつけて貰えるかな」 「!……誰の、ことだ?」 そういえば、自分はまだあの留学生と話のひとつもしていなかったな、と思ったのだ。 まぁ、寮も学年も違うので接点がまるでなかったことと、当の本人がなにやら忙しくしていたためだが。 丁度、目の前に口実が転がっているのだから、利用しない手はないだろう。 が、しかし、そんな私の提案は、どうやら唐突に過ぎたらしい。 セブルスは、思いもよらなかった要望に、完全に表情を固めてしまった。 「分かりきったことを言わせる気か?」 「っ!」 ぎょっとしたように目を丸くする様を見ても、ああ、変わったなと思う。 つい一ヶ月ほど前までだろうか、それまでカビの生えそうな地下牢教室がそれは似合っていたというのに、 目の前の後輩は、劇的な変貌を遂げていた。 顔色は、良いとは言えなくとも以前の土気色からは遠く。 髪は風に靡いて、さらりと揺れる。 ローブやシャツなども、どうやらアイロンがけまできっちり行われているらしく、清潔感が漂うこと頻りだ。 まぁ、どれもおおむね良い方向だったが。 けれど、 「何故、あの馬鹿と話を?」 自分に対するこの態度は如何なものかと思うのだ。 自分は確かに後輩に好かれる性質ではなかったが。 今まで、頭の良いセブルスはそこそこ従順だったというのに。 監督生の私に逆らおうとする態度も、あけすけな感情の動きも。 このスリザリンらしからぬ姿は一体どうしたことだろう。 言葉少なく、しかし、出来る限りあの留学生と私を近づけたくなさそうな様子のセブルスに口角を上げる。 「可愛い後輩にちょっかいをかけている輩を吟味してみたいだけだが?」 「……あれはっ!」 「嗚呼、もちろん『ちょっかいなんてかけられていない』などと馬鹿なことは言わないだろう? そう心配しなくとも、あの留学生がきちんとした人間であればなにもないさ。なにも、ね。 それとも、彼を紹介したくない理由でも?」 「理由というか……あれは、ただの馬鹿だ。話をするだけ時間の無駄だと思うが」 「成績は優秀だと聞いている」 本当に、変わったものだ。 前はいつでもどこでも誰相手でも一線を画して、まるで近寄らせなかった男が。 無意識かもしれないが、あの留学生を庇っている。 グリフィンドールとはいえ、私が彼になにかするとでも思っているのだろうか。 そうであれば、心外である。 何故、監督生であり多忙を極める私が、そんな厄介事を自ら起こさなければいけないのだろう。 面倒くさい。 まぁ、それはわざわざ話をしに行く、という行為にも言えることなのだが。 「無駄かどうかは、私が判断することだ」 人生には時には刺激が必要だ。 あからさまにしぶしぶ、といった様子で、城の裏手(目立つ場所で話をする気は毛頭ない)に、 件の留学生――=を連れてきたセブルス。 途中、何度か怒鳴り声が遠くから聞こえてきたので、おそらくはなにかしらの忠告を与えていたのだろう。 その苦虫を数十匹噛み潰したような表情からすると、あまり効果は期待できなさそうだが。 そして、セブルスが私を寮の先輩として紹介したところ、彼の不安は見事に的中することとなる。 「え、嘘でしょ?」 「……なに?」 「いやいやいや、それは嘘だって。 んもう、セブセブったらぁ〜、今日は四月一日じゃないぞ☆」 「〜〜〜〜っ!今すぐその気色悪い声と話し方と呼び方を止めろっ!」 「えぇ〜?だってセブセブが妙なこと言うからぁ〜」 「なにが妙なことだ!僕は嘘なんてついていない!!」 「いやいやいや、嘘だよ。そりゃねぇよ。 このあからさまに人のこと見下してそうなThe☆スリザリンって人がクィレルとかないない。 クィレルって言ったら、ドモリか良い人オーラ全開の推定ハッフルパフな人じゃん」 あははは、と朗らかに笑うは、その言葉通り、 セブルスの紹介を全くと言っていいほど信じていない失礼な態度だった。 ……が、私がスリザリン6年のクィリナス=クィレルであることは間違いない。 ハッフルパフに同姓同名がいたような覚えもまったくないのだが、 は一体なにをどのようにしてそんな勘違いを起こしているのだろう。 いきなりの奇天烈な発言に、流石の私も瞬時にどういう反応を返すべきか迷う。 が、私より遥かに沸点が低いらしいセブルスは、自分の言葉を歯牙にもかけないの様子に、 それはそれは素直に怒りを顕わにしていた。 「クィレルは最初から最後までスリザリン生だ!馬鹿が!!」 本当に、スリザリンとしてどうかと思うほどに。 と、セブルスが本気で怒鳴っているその様子に、流石にも彼の言葉を受け止めだしたらしい。 彼は、不躾ともいえるほどマジマジと私とセブルスの顔を見比べ。 「……嘘だろ、オイ」 その場に崩れ落ちた。 しかも、地面に拳を打ち付けるというオーバーリアクション付き。 人違い、もしくは勘違い程度のことでこれほどダメージを受けるとは。 本当に、なにをもってしてそんな勘違いを起こしたのだろう。若干気になるところだ。 「…………」 が、まぁ、予想外の反応はそこそこ興味深かったが、個人に興味が抱けたかといえば、そうでもなく。 正直、本人を目の前にしてみて、もう満足してしまった自分がいた。 なにしろ、こうして見れば見るほど、 自身に頑ななセブルスをどうにかできるほどのなにかがあったワケではなさそうなのだ。 呆然、というのが正しく似合うその姿に、きっと目の前の彼がこんな風に素直すぎるために、 セブルスに悪影響を及ぼしているのだろう、とあたりをつける。 そして、そんな彼と話すことはなにもないとばかりに、今の今まで閉ざしていた口を、別れを告げるために開いた。 「生憎ハッフルパフでなくて悪いが、クィリナス=クィレルだ。 留学生は利発で有意義な会話ができると聞いていたのだが、 妙な勘違いをしているところを見ると、どうやら無駄足だったようだな」 冷笑とともに無機物を見るような視線を送る。 大したことはないと断じた相手に、温度ある視線を送る必要などないからだ。 わざわざ出向いた割には、まるで収穫がなかったことが不満だが、まぁ、こんな日もあるだろう。 早々にに見切りをつけ、 この程度の輩なら放置しておいてもそこまで害はないだろうと判断し、踵を返しかける。 がしかし、その直後背後から聞こえてきた声に、思わずその足が止まった。 「嘘だろ絶対嘘だろ、なにこの劇的すぎるビフォーアフター!? お前の身に一体なにがあったっ!?え、実はこっちが素なの!? こんな、わっかりやすい真っ黒クールビューティーが?? ……僕の感動返せよっ! うっかり癒されちゃったのに!嗚呼、良い人やーとか思ってたのに!! っていうか、スリザリン!?マグル学なのに!?」 「…………」 マグル学、という言葉に、ピンとくるものがあった。 そういえば、先日、マグル学の講義の帰りに、レポートをぶちまけた一年生がいて、 そのレポートを回収してやったのだったか? 別に親切心でやったワケではなく、通行の邪魔だったのと、 魔法の練習がてら気が向いたので、だったのだが。 もしかしたら、はその現場を見たか聞いたかして、勘違いをしたのかもしれなかった。 確かにその場面だけを見れば、自分がそれは親切な人間のように映る気もする。 となれば、まだに見切りをつけるのは時期尚早かもしれない。 くるり、と背を向けたはずの人間にもう一度向き直る。 隣でセブルスが驚いた気配がしたが、それは気にするほどのことでもない。 そして、ぶつぶつ、と一人の世界に没頭するをじっと観察してみた。 「なんだよ、腹黒キャラ説多かったのに、素で黒いのかよ! いや、似合ってるけれども!正直、良い人オーラ全開より、全然似合ってるけれども!! 考えてみればあっち側行くくらいだし、セブルス呼びだったし、寧ろスリザリンの方が納得いくけれども!」 見目形は……まぁ、悪くない。 象毛色の肌が少しばかり妙だが、それは見慣れていないせいだろう。 髪と瞳の色は、平凡だが、セブルスほど暗い印象を与えるものではなく、その肌の色に合っている。 女生徒が色めき立つほどかというと、首を傾げるが、まぁ、整った部類だ。 が、その表情と仕草が全てを台無しにしている気がしてならないのは何故だろう。 こうして見ている間にも、何故かはダンっ!と床に拳を打ち付けている。 「本当、なんでああなったんだよ、意味分かんねぇよ。改心しずぎだよ」 ……意味が分からないのは、私の方だが。 とりあえず、が心底なにか悔しがっているのは分かる。 それが、見ていて酷く面白かったので、とりあえず放置してみることにした。 それによって、更なる彼の奇行が続くとも知らずに。 と、はこちらの視線に気づいたのか、ちろり、とこちらを上目遣いに一瞬見つめてくる。 が、すぐに表情を歪めて、視線は地面に逆戻りした。 よくよく見てみれば、その肩は小刻みに震えている。 声はいまいち聞き取りづらかったものの、なにかを呟いているので、発作などではないだろうが……。 「セブルス、彼はなにか持病でも?」 「……ある意味、死んでも治らない病持ちだ」 「っていうか、あの頭!なんで映画版ではあんな残念極まりないことになっちゃったの!? あるじゃん!ちゃんと今も前もあるじゃん!つるぴかじゃないじゃん……っ! なんていったら良いの、あの若干紫がかった灰色の髪!魔法界仕様!? あんな人類にあるまじき髪の色がこの世からなくなるとか本気でありえないんだけど!」 セブルスが遠い目をしているところから、ふむ、どうやらこれは彼の通常運転らしい。 とりあえず、いい加減まともな会話がしたいものだと思っていると、 不意に彼は猛烈な勢いで立ち上がり、何故だかこちらの手をがしっと握ってきた。 「!?貴様、なにを……っ!」 セブルスが慌てて彼を引き剥がそうとする。 (まぁ、留学生はゲイとのことなので、それは真っ当な判断だと思う) と、はそんな必死なセブルスにまるで構わず、瞳を潤ませつつ口を開いた。 「僕……力になれるかは分からないけど、精一杯頑張ります!」 「「……は?」」 「今度、スカルプ○輸入できないか訊いときますからっ!」 「「スカル○Dってなんだ」」 「大丈夫!お医者さんで治せる時代もすぐ来ますからっ!! だから、だから、気を落とさずに……っ!!」 とりあえず、お前が病院へ行け。主に脳の。 セブルスの声なき声が聞こえた瞬間である。 が、本人はどうやら大真面目のようだ。 その表情と瞳から、それが伺える。 ここですげなく振り払うのも手だが……。 「そうか。それは楽しみだ」 面白そうなので、逆にその手を握り返してみた。 「……ひぃっ!」 と、その後のの態度の変化は劇的だった。 見る見る内に顔から血の気が引き、自分から握ってきたはずの手を、必死に回収する。 自分から近寄るのはありでも、いきなり近寄られるのは駄目らしい。 分かりやすいほどの、腰の引け方である。 それは、身の危険を感じた小動物のようで。 「どうかしたのか?」 「いつの間にか呼びになっている、だと……っ!!?」 まぁ、間違っていない。 こちらは、彼で暇を潰す気がどんどん膨れ上がっているのだから。 見れば見るほど、の反応は斬新で面白い。 その危機察知能力も及第点だ。 いじってみたら、もっと面白い行動を取ってくれそうな気がひしひしとする……。 「どうして逃げるのかな?」 「いやいやいや、寧ろ、どうして今の会話で近寄ってこようって気が起きるのかを是非お訊きしたいっ!」 ずずい、と試しに近寄ってみたら、怯えたように後ずさる。 よほど慌てたのだろう、思わず、といった調子で漏れた本音に、自身の笑みが深まったのを感じる。 「〜〜〜〜〜っ!」 「そうか。やはり、今までの挙動不審な態度は、こちらを遠ざけるための嘘、と。そういうことだな」 「っ!さぁ、セブルス!そろそろ僕たちは他の人との約束の時間だから、もう行かなきゃ! なんのお構いもできませんでしたが、それじゃあ先輩! もうお会いすることもないかとは思いますが、お元気で!!」 それはそれは分かりやすくセブルスの手を引いて逃げ出した彼らを、あっさりと見送る。 特に今わざわざ追いかける必要性を感じなかったからだ。 なにしろ、戻る先は同じ城。 食事時でも図書館ででも、接触しようと思えばその機会は幾らでもある。 と、食堂で待ち構える自分の姿を想像し、思わず笑みが零れる。 嗚呼、これはいい退屈しのぎができたかもしれない。 「嗚呼、もうなんて奴に紹介してくれちゃってるんだよ、セブルスは! 僕、ああいうタイプ苦手なんだよ!察しろよ!!」 「……無茶を言うな。大体、お前に苦手なタイプとかあったのか」 「あるよ!超あるよ! ああいう自分の絶対的優位とか正義とか信じちゃってて逆に誇りもしない、 自分面白ければもう良いやって人間が得意な人って寧ろいんのか!? そこはかとないマルチを思い出させる感じも怖いわ!」 「……お前は、いちいち謎の単語を使いすぎて意味が分からん」 スリザリン生の特徴に書いとけよっ! ......to be continued
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