身だしなみには気をつけましょう。 Phantom Magician、71 は初対面にも関わらずピーブズを完膚なきまでに叩きのめした後、それは機嫌よく風呂場へ直行した。 といっても、寮のではない。 六階の『ボケのボリス』像の左側、四つ目のドアを入ったところにある、妙に豪勢で広い大浴場に、だ。 (曰く監督生とクィディッチのキャプテン専用らしい) (『リリーは入っても女風呂だから、妙な妄想すんなよ?』と言われた。 どこぞの眼鏡じゃあるまいし誰がするか!!) こんなところに、こんな風呂があったとは知らなかったが、 なんで僕がそこに簀巻きにされて無理矢理連れて来られなくちゃならないんだ!? ふざけるな、いい加減にしろと奴の鼓膜を破る勢いで唸ったのだが、はまぁまぁ、と意に介さない。 視線で人が殺せるものなら、はすでに何十回と死んでいる。 がしかし、そんな僕の瞳にはまるで気づかず、はひょこひょこと身軽に風呂の淵を移動し、 次々と蛇口をひねって、色とりどりの湯と泡を湯船に張り始めた。 「うわー、すげぇ、レインボーだね。セブルスに色がないからなんか丁度良い感じ?」 「いきなり失礼なことを言うなっ!」 「やっぱ、甘い匂いとかよりは爽やか系が良いよね。 これとこれは、良いけど。んー、こっちはきついな。好みじゃない」 「貴様の好みなんぞどうでも良い!早くほどけっ!!」 「ごめん、反響しすぎて、なに言ってるか全然分かんないや」 「っ!!!!」 この男、本気でどうしてくれようか、と血走った目で睨み続けていると、 流石に悪いと思ったのか、は再度僕に杖を向け、僕を縛る忌々しい縄を消し去った。 「消えよ――」 「セクタム――「からのー動くな」 「!!!!」 がしかし、開放する気などさらさらないようで、呪いを掛けようとした僕の動きを止めてしまった。 しかもそれだけではない。 気がつけば僕は着ていたローブではなく、魔法で水着姿に変えられていたりもする。 (『新品だからあげるよ』だとか言われた。こいつは、僕を怒らせることしか言えないのだろうか) 良いようにされているこの状況に、もはや怒りで視界は真っ赤である。 が、口は動くので、ここはひらすらに呪詛をつぶやくことにした。 「殺してやる殺してやる殺してやる!」 「……うわぁ、セブルスがキレてる。 いや、でもだって、セブルス絶対普通に言ったら来てくれそうにないからさぁ。 こうなったら拉致しかないかな、と」 「それは犯罪者の発想だ!この馬鹿がっ!!」 出来うる限りの大声で怒鳴ってやると、はビクリと小動物のように身を硬くしたが、 あまりに僕が怒っていることに対して、段々と機嫌を下降させていった。 (お前の機嫌はジェットコースターかと盛大に罵ってやりたいところである) 「なんで僕が怒られなきゃいけないんだよー。 そりゃあ、いきなり縛り上げて連れて来たのは悪かったけどさ。 そもそも、いつも髪をねっとりべったり不潔にしてるセブルスが悪いんじゃないか」 「なんだと!?僕のどこが不潔だ!」 「どこもかしこもだよ、馬鹿野郎! 髪は油で固まっててすえた匂いはするし、油で鼻はてかってるし! お前、思春期の女子をなめてんのか!?こんなんでリリーがときめくワケあるか!!」 「!!!!!!」 ドバシャーっとそれは冷や水を浴びせかけられたかのような一言だった。 「な、な、な、な……っ!」 一気に血の気が下がり、徐々に蒸気で周囲は温かくなってきているはずだというのに、 僕は自分の唇がわなわなと震えていることに気づいた。 はっきりと顔色が変わり果てているのも分かる。 だが、今はそんなことはどうでも良い。 ごくり、と唾を飲み込み、指を突きつけ、どうにかその言葉の意味を問いただそうとする。 がしかし、この数十分で主導権など全く握れなかった僕に、いきなり気の利いた言葉が言えるはずもなく。 結局、僕ができたのは口をパクパクと間抜けのように開閉することだけだった。 すると、そんな僕の様子に、さっきまで激昂していたのが嘘のように、 はこっちを心底案じているとでも言いたそうな表情になった。 「……んと、大丈夫?セブルス。ひきつけ起こしてない? そんなんじゃ、愛しのリリーに心配されるよ?」 「!!!」 が、それは間違いなく逆効果だった。 というか、最初からそうだったが、どうしてお前が僕の気持ちを知ってる!? 今まで誰にも気づかれたことなんてなかったのに!! 一瞬だけ、カマを掛けている可能性も考えたが、 どう見ても、の態度は僕の気持ちがまるで周知の事実であるかのようだ。 「僕はリリーのことなんて……っ!」 「なんてとはなんだ。なんてとは」 「煩いっ!」 「別に、僕はそのことでセブルスを脅すつもりも、懐柔するつもりもないんだよ? それなのに、リリーを貶めるようなこと言うな。それが例えどんな状況でも。 自分の安いプライドを守るために言った、心無い一言で関係が破綻するなんて、よくあることなんだからな!」 「っ!」 ぐっ、とあまりに真直ぐ忠告めいたことを言われたため、反論に窮する。 まるでそんな場面を見てきたかのような、それは重みのある言葉だった。 もしかすると、実体験なのかも知れないが。 の言葉には、真実、心がこもっていた。 セブルスのために言ってるんだ、と。 そんな、言葉すら聞こえてきそうなくらい。 だが、リリーにそんな言葉を言われることはあったとしても、 目の前にいるのは付き合いのごく浅い他人だ。 いくら目の前にいるのがお人好しであろうと、 そんな風に、僕に対して気遣いを見せられても、素直に受け取りようがない。 だが、反論をしなくなった僕の姿に、一応は満足したらしい。 そして、は僕が渋々ながらも奴の言ったことを頭に入れたらしいことを確認し、 やがて、にっこりといつものように無駄に人好きのする笑みを浮かべた。 「と、いうことで、リリーの好印象ゲットのためにも、大人しく僕に遊ばれろ☆」 「なにがということでなんだ!?しかも遊ばれろってなんだ!!」 「え、あ、今のはホラ……言葉の綾?」 「そんなはずがあるか!!」 一瞬でも見直しかけた僕が馬鹿だった。 「大体、こんなことくらいでリリーを惹きつけようなんて馬鹿の発想だ! 彼女は、人の内面を見る人で……っ」 「幾らイケメンで性格良かったって、油ぎとぎとしてる奴なんて千年の恋も冷める生き物なんだよ女子は!」 「だから、なんでお前にそんなことが分かるんだ!」 「えーい!煩い煩い!分かるもんは分かるんだよ! そんなに疑うんなら証拠見せてやる!――マートル!!」 と、は一際大きな声で、本来ここにいるはずのない名前を呼んだ。 まさか、と思っていると、数秒後、ぽっかりと半透明で陰気な表情をした女生徒の姿が現れる。 嘆きのマートル……このホグワーツで最も鬱陶しいゴーストだ。 「……呼んだかしら?あんまり見ない顔ね」 が、そんな鬱陶しい奴に、は至って普通の調子である。 「はじめまして、マートル」 鬱屈した視線でこちらを睥睨してくる女ゴーストと、 まるでそれを意に介さないで笑顔を浮かべる男子生徒。 そして、水着だけしか着ていない状態で呆然とする僕。 風呂場で相対するには、かなり奇妙な面子である。異様と言っても良い。 当然のことながら、なぜここにコイツがいて、しかもそれに呼びかけたのか分からない僕は、 思わず声を潜めて、に向かって口を開いていた。 「オイ。なんでコイツがここに……?」 「ああ、簡単だよ。彼女、ここがお気に入りらしくてね。 そこであんだけ怒鳴り合いしてたんだから、そりゃあ気になって見に来るさ。 だから、絶対そこらへんにいるだろうなーと思って呼んだわけ。ね?マートル」 「馴れ馴れしくしないで頂戴。 私、アンタなんて知らないわ」 馴れ馴れしくするな、と言う割には、興味津々といったぎらぎらとした視線を感じるが。 はそのことには特に触れず、呑気に自己紹介なんぞを始めていた。 「ごめんごめん。僕は=。で、こっちの彼がセブルス=スネイプ。 彼のことは知ってるかな?」 「さぁね。それで、わざわざ私を呼び出してなんの用? 私、アンタたちみたいなのに構ってる暇なんてないんだけど」 嘘を吐け。 いつもいつも女子トイレを水浸しにして暇つぶしをしているくせに。 というか、ここがお気に入りとはどういう意味だ? ここは男子風呂だぞ!? 鬱陶しいだけじゃなく、変態か!最悪だなっ!! がしかし、それを言えばまず間違いなく神経を逆撫ですることが分かりきっているので、 僕はとりあえず、そのまま口を閉じておく。 「うん。実はね。ここにいるセブルスが女の子にどう思われているのか、 ここはもういっそ一思いに、現実を突きつけてあげた方が良いと思って!」 「どういう意味だ!!!!!」 つもりだったが、失敗した。 だが、激昂する僕に対して、あくまでもは真剣そのものだ。 「セブルス……ぶっちゃけ、君、色々やばいよ?」 「〜〜〜〜〜〜っ!?」 「……そうね。猫背なのも格好悪いわ」 くつくつ、と先ほどとは打って変わって愉しそうなマートルの様子にも気づかず、 僕がその言葉にどれほどの衝撃を受けているかも知らないで、奴は一生懸命に言い募る。 「いや、さっきも言ったけどさ。汗っかきでもなんでも、清潔に保とうって意識が見られれば良いんだよ。 なにも、サラサラキューティクルの爽やか系になれなんて言ってないんだし」 「そうよね。そんなの無理だもの。私とおんなじ」 「でも、やっぱり匂いがしちゃ駄目だよ。 正直、リリーはよく友達してるなって、初めて逢った時思っちゃったもん。 夢書いてる人って、スネイプ美化しすぎだよね、実際。 だって、実物これだぜ?造作悪くなくても育ちすぎのこうもりなんだぜ? まず何よりもすべきなのは見た目改善だろ。朝シャンの習慣化だろ」 「そぉおおおぉよ?オリーブ=ホーンビーがいつも言ってたわ。 マートルの匂いは豚の匂い。さっさと水浴びに行って……来い……って。 あぁあああぁっぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあ――!!」 頭を抱えて、マートルが絶叫する。 そして、ざんぶと湯船の中に飛び込み、奴の叫び声の残響だけが取り残された。 「…………」 「…………」 「……オイ。これがまともな女子の意見なのか?」 「うーん。行動は確かにちょっとアレだけど、でも女子の意見には違いないよ?」 「そぉおおおよ!アンタなんて、普通の女の子がよってくるワケないじゃない!」 「「…………」」 マートルが再度現れた。 復活が早すぎやしないだろうか。 というか、そんなことを嬉々として言うな。僕だっていい加減傷つくぞ。 がしかし、抗議しようと進み出た僕を、が押しとどめる。 そして、その瞳がこう言っていた。 「僕に任せろ」と。 あまりにも自信満々のその様子に、仕方がなく足を引いてみる。 すると、は心底悲しげに顔を伏せながら、マートルの触れやしない肩に手を置いた。 「な、なによ?」 マートルの頬が、いつも以上に銀色に輝いているのは見ないフリだ。 「マートル。そんな本当のことを言わないであげてくれ。 セブルスも、苦労しているんだ。 心無い連中にやれ泣きみそだのなんだのと謂れのない中傷をされ、追い掛け回され」 …………。 …………………………。 お前に任せた僕が馬鹿だった。 そう思った僕だったが、続けられた言葉に、怒りの言葉を飲み込んだ。 「……そんなの私には関係ないわ」 「そうだね。関係ない。でも、彼も悪くない、そうは思わないかい? ただちょっとインドア派で、物静かなだけなのに。そう、君と同じように」 「っ!」 ……僕は、忘れていたようだ。 「でも、ちょっと見た目を改善すれば、連中もなにもいえなくなると思うんだ」 「……そう」 「ただ、セブルスってちょっとシャイだから、うーん。 他に人がいるようなお風呂って使わないと思うんだよねぇ」 「?ここを使えば良いじゃない」 「そうだけど、監督生じゃないんだよねぇ。今は特別に来てるんだけど」 「……バレなければ良いんじゃない?」 「えー。でもポリジュース使ったりとか毎回してたら面倒だし辛いと思うよ?」 「……なら、追い払ってあげましょうか」 「?なにを??」 無邪気な様を装っているこの男が、最初に呼ばれた寮の名前を。 「ここを使う人たち。朝だけで良いなら、やってあげる」 その言質をとった時のの表情といったら……。 「ありがとう!マートル」 渾身の笑顔に、マートルは眼を輝かせ、「アンタがまた来てくれるなら、良いわ」などと、 どこの口説き文句かと聞き間違うような言葉を吐いた。 はそれを懇切丁寧に見せかけた適当さでさっさと脱衣所の外に追い出し、やがて。 グッ! ぐっと親指を立ててきた。 僕がそんなものを返すワケはないので、すぐ止めたが。 その様を見て、僕は自身の中にあった確信を口に出す。 「……狙ったな?」 「おおともよ!だって毎回僕が見張るとかなにそれ面倒くさい」 「だからって、あんなのを呼ぶな。あんなのを」 「そんなもん、僕に呼ばせたセブルスが悪い」 「…………」 あまりに身勝手な言葉に絶句する。 ポッターも傲慢で自分勝手な人間だが。 「……?なに?」 コイツは下手をするとそれすら凌ぐのではなかろうか。 だが、それに気づいたとしても、だ。 「……はぁ」 この妙な男と、なんだかんだでこれから付き合いが続いていくような、漠然とした予感がした。 嫌な予感である。 こいつにはまともな文句を言っても無駄というか、 寧ろ、文句を言うだけ時間の無駄というか。 真理とも言うべきものを垣間見た気がして、僕は特大のため息をついた。 気力体力はすでにない。 「……もう、勝手にしろ」 だから、もういい加減僕を解放してくれ。 「アイアイサー☆」 ……その輝かんばかりの笑顔を見る限り、さっさと降参したほうが身のためのようだった。 僕は、とうとう大人しく蛇口の前に置かれた洗面用の椅子に腰掛け、ぐったりと奴に背を向ける。 そして、僕の言葉を受けて嬉々としたが、シャンプー片手に言った一言は。 「ありえねぇ」 だった。 「……なにがだ」 正直、問い返したくなどなかったが、いい加減部屋に戻って本が読みたかった僕は、 重い口を開いた。 すると、それに対して、口元をひくつかせたは小さく答える。 「……シャンプーが泡立たねぇ」 「……不良品か」 「違ぇよ!お前の髪が汚なすぎんだよ! なにこれ、キショイ!うわぁ、触りたくねぇっ!!」 「お前がやりたがったんだろうが!!」 こっちはしぶしぶ頭を貸してやっているというのに、失礼な男である。 がしかし、盛大に表情を顰めつつも、奴は決して手を止めない。 「そんなに嫌ならいっそ止めろ」 「いや、泥んこに塗れた愛犬を洗うと思えば、なんとか……」 「……なんでそこまで僕に構うんだ」 ポツリ、と漏れた本音。 自分で言うのもなんだが、僕は一緒にいて楽しい人間でもなんでもない。 おまけに、こうして、髪もまともに綺麗に保てない人間だ。 それなのに、どうして。 どうして、お前は出会ったばかりで、僕に構う? 分からない。 わからない。 ワカラナクテ、キモチガワルイ。 がしかし、は僕の小さな問いかけを、あっさりと黙殺した。 「良いかー、セブルス。髪ってのは一日洗わないだけでベッタベタになるんだ。 セブルスは人より皮脂の量が多いみたいだから、毎朝きっちり洗うんだぞー」 「……面倒な」 「騙されたと思ってやってみなよ。幸い、ここのシャンプー使い放題っぽいし。 そしたらさ、きっと」 自信が持てるよ。 「大丈夫。セブルスは良い男なんだから。僕が保障する」 「〜〜〜〜〜っ」 貴様に保障されてもなんの意味もない というか寧ろお前のようなゲイにこそ保障されたくない。 そう、思いはしたけれど。 「……シャンプーだけで良いんだな」 「ド阿呆。トリートメントからアイロンがけまでばっちりするに決まってんだろうが」 あまりの阿呆面に、一度くらいだったら騙されてやっても良いか、とも思った。 そして、プロデュースによる見た目を改造された僕は。 「……ミスタースネイプ」 「?」 「〜〜〜〜〜きゃっw目が合っちゃった」 その後から、周囲から妙な熱視線を浴びるようになったりする。 ……やっぱり、なにかおかしいのだろうか。 「あら、セブルス?」 「ああ。おはよう、リリー」 「?今日はなんだかとっても爽やかね。素敵だわ」 「…………っ!!」 女子とは現金な生き物です。 ......to be continued
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