本当のコイツは、どこにいるのだろう。 Phantom Magician、70 「……やっちまった。遂にやっちゃったよ、おい。 なんで、あんな超弩級の喧嘩売ってきたんだ、自分が怖い!勢いって怖いっ! ごめんなさい、マクゴナガル先生!寧ろ悪化しましたっ」 図書室から寮に戻る道すがら、一人壁に話しかける変人を見つけたので、 「…………」 くるっ 一も二もなくUターンする。 あの手の手合いは、係わり合いにならないのが一番だ。 やれやれ、危うく遭遇するところだった、と内心胸を撫で下ろしつつ、 さて、どのルートが一番楽に寮に行けるだろうかと思案を巡らせていると、 すかさず先ほどの鬱陶しさ5割り増しのが、廊下を直角に曲がって駆けてきた。 ちっ。気づかれたか。 「見捨てるなよ、セブルス!!僕と君の仲だろう!?」 「グリフィンドールの分際で、気安くファーストネームで呼ぶな。赤の他人」 「酷い!ホグワーツ特急でのあのフレンドリーさは何処へ!?」 「デマを流すな。デマを」 そして、人の行く手を遮るんじゃない。 無駄に運動能力の高い奴め。 できるだけなんの感情も浮かべないように気をつけながら、さっさと接触を断とうとした僕だったが、 どうやら人恋しかったらしいは目を潤めながら、僕の肩を掴んできた。 ……って、止めろ!あらぬ誤解を受けたらどうしてくれる気だ!? 「自己嫌悪で泣きそうな僕を放っていかないでよ!」 「そんなもの、僕の知ったことか!寄るな触るな懐くんじゃない!」 「知ったことじゃなくても、関係あることなんだよ! シリウスにがっつり喧嘩売ってきちゃったんだよ! 嗚呼、もう僕どうしよう!?」 「……なに?」 思わぬ言葉に、手を振り払おうとしていた動きを止めての顔を凝視する。 恐慌状態、といったところまでは言っていないが、その顔色は大分悪い。 潤んだ瞳も相まって、体調に異常をきたしていそうだった。 が、それよりも、だ。 ブラックの奴に喧嘩を売ってきた、だと? 正直、こいつにそんな度胸があったとは驚きだ。 いかにイギリスの魔法界における情勢などについて疎くとも、 ブラック家の立ち位置くらいは、数日ホグワーツで過ごせば理解できるだろう。 この男は、そこそこ頭が回るようだし。 それなのに、喧嘩を売るとは見上げたものだと、少しばかり心象が上がる。 がしかし、どうやら凄まじく後悔しているらしいので、 こいつも所詮、家柄だけでブラックをちやほやする連中と同じか、と嘲笑を浮かべようとした僕だったが、 続けられた一言にそれが的外れな感想だったと知る。 「正直、シリウスに嫌われるのは、個人的に悲しいけど痛くも痒くもないさ。 だって、十年後とかならいざ知らず、僕の方が今、絶対強いし!」 「……は?」 「でもさ、でもさ!?これでリーマスの印象また悪くなるじゃん! ただでさえどん底なのに、更に下回るってどうよ!? 僕にマントルまで潜れってのか!?耐火呪文で足りんの、それ!?」 「……お前の頭には本気でルーピンしかないんだな」 改めて思う。 嗚呼、こいつ、馬鹿だ、と。 今現在も、そうとう悪戯を仕掛けられていると聞いているのに、 こいつの頭の中には、危険回避とかいう生物的な本能が欠如しているらしかった。 僕が言うのもなんだが、連中は悪辣な手段を用いると、際限なくエスカレートしていくのだが。 もちろん、僕にとっては関係もなにもない話だ。 しかし、それなりの腐れ縁で、あの馬鹿な連中の手口はある程度分かっているつもりである。 少しは、自分の心配をすべきなのではないだろうか。 が、しかし、僕の珍しい心配も他所に、は自分の世界に没頭しだした。 と、聞くともなしにその愚痴めいたものを聞き流していると、ふとそこに自分の名前が登場した。 「いや、でもさ?あれはマジ、シリウスが悪いよね。 僕もちょっと大人気なかったとは思うけど、人種差別とかありえなくない? いや、まぁ、差別なんてどこにでもあるもんだから、あんまり強くも言えないんだけど。 でも、それでセブルスのことどうのこうのって本来言えないっていうか言っちゃいけないっていうか。 寧ろ、唯嫌いなだけのセブルスと、積極的に攻撃してるシリウスだったら、シリウスの方が悪くね? 嫌いなのはどうしようもないことなんだからさ。 でも、嫌いだからってなんでもして良いことには絶対ならないと思うし――……」 「…………」 いまいち断片的でよく分からないが、 どうやら、僕が関わっていることでは喧嘩を売ってしまったらしい。 それは、なんというか……。 「大きなお世話だな」 「あ?」 ぽつり、と心の声が漏れてしまった。 格段大きな声でもなかったはずのそれだったが、他に相手もいないこの場所で耳に届くには十分だったようで、 は怪訝そうに、若干不機嫌そうにこちらを見る。 だが、僕としては偽らざる本音だったので、再度「大きなお世話だと言ったんだ」と親切にも教えてやる。 我ながら人の好いことだ。 「僕は自分のことは自分で出来る。 代わりに喧嘩を売られても迷惑だ」 きっぱりとそう言うと、はその言葉を聞いた後、 困ったような、幼子を見るような奇妙な表情をした。 「うーん。一匹狼っていうと例えが悪いな……」 「なに?」 「いや、こういう態度だから、敵が無駄に出来ちゃうし誤解もされやすいんだろうなぁと思って。セブルスは」 「貴様に僕のなにが分かる?知ったような口をきくな」 「知ってるよ?僕は、君を知っている」 そして、は微笑む。 「まぁ、知識としてだけどね?」そう言って。 今にも泣きそうに。 今にも消えそうに。 それは何故だろう、いつものおちゃらけた雰囲気とはまるで真逆で。 僕が眉を顰める程度には、印象的なそれだった。 「……どういう意味だ?」 こいつは、時々こういう表情をする。 まだ、出逢ってから間もないし、話だって禄にしていない相手だが。 普段の馬鹿げた雰囲気が、まるで虚構のような。 ただの虚勢のような。 本当のこの男は、そんなものなのではないかと思ってしまうような理知的で、底知れない表情。 ここではないどこかを見ているような、それは茫洋としたものを時々覗かせるのだ。 それは瞬きの間に消えてしまうような、そんなものだったけれど。 「うん?さぁね?」 やがて、やはり一瞬で表情を切り替えたは、それは悪戯っぽく話を切り上げる。 しかし、そんな易い話の切り替えが許せるはずもなく、僕は更に詰寄ろうとした。 「とぼけるな!一体どういう……」 「ああ、あとはあれだね。見た目だ」 「……は?」 「いじめってやってる方が全部悪いっていうし、実際にその通りだとも思うけど。 でも、きっかけっていうか、原因っていうかはやられてる方にもある場合が多いんだよねぇ。 んで、セブルスの場合はあれだ。見た目。間違いない」 突然なにを訳の分からないことを……というか、僕は断じていじめられてなんかいない! 低俗な嫌がらせは確かに受けてはいるが、 それは連中が卑怯にも一人で向かってこれない臆病者であるからして……っ と、そのようなことを言い募った僕だったが、そんな僕に対して、 は至極あっさりと杖を向けた。 「縛れ☆」 「っ!!!」 突然、の杖から飛び出した縄によって、一瞬で縛り上げられる。 こんな攻撃をいきなり受けるとは不覚にも思っていなかったので、僕は無様にその場に転がった。 「貴様!どういうつもりだっ!!」 「うん。いや、だからね?」 「『セブルス改造計画〜セブと愉快なバブ体験〜』を敢行しまーす」 その声も表情もあまりに無邪気で。 これっぽっちも自分が今していることが犯罪であるなどと自覚していない性質の悪いものだった。 こうして、がいきなりワケの分からないことを言い出したため、 僕は奴の違和感を、後々まで放っておくこととなる。 何度も。何度も。 が伸ばしてくる手に甘えてばかりで。 僕は、逆にあいつに手を差し伸べたり、しなかったのだ。 それを、10年以上後に後悔するとも知らないで。 そして、十分後。 「離せっ!この馬鹿……っ」 「馬鹿って言う方が馬鹿なんですー。やーい、セブのばーか♪」 「〜〜〜〜〜〜っ!!」 言葉の通じない馬鹿によって、僕は随分な扱いを受けていた。 この、簀巻きにされて、尚且つ馬鹿馬鹿と罵倒される姿を他の人間に見られたら、僕はきっと憤死する。 絶対する。間違いなくする。 に浮遊呪文で浮かされながら廊下を漂い、僕はそんな遠くない未来に絶望していた。 こんな姿をリリーやポッターに見られたらと思うと、それだけで死にそうである。 がしかし、目の前のそれこそ馬鹿は、僕のそんな想いなどまるでお構いなく、 それはそれは愉しげに鼻歌なんぞを歌いだしていた。 「んん〜んんん♪んん〜んんんん♪んん〜んんん〜んんん〜んん♪」 「黙れ!いい加減にしろっ!」 「あー、聞こえない聞こえない。人に対して命令形ばっかの奴の話なんて聞こえませーん。 んん〜んんん〜ん〜んんん〜んん〜ん〜ん〜♪」 「人の話を聞け!」 「なるほど良い意見だ。だが、断ーる! それより良いのかな〜?そんな大声出してると誰かに見つかるけど?」 「!!!!」 もっともな言葉に、思わず一瞬だけ口を噤んでしまう。 が、こんな奴の思い通りになるのも癪なので、反発心から怒鳴りつけてやろうと思った僕だったが。 「もう見つかってぇええるよぉ?」 「「!!」」 軽薄で奇妙なイントネーションの声が頭上から降ってきたため、結局声は出せないままだった。 「ピーブズ……っ!」 実を言えば、スリザリン生はピーブズを面倒で迷惑とは思っているが、 それでも、そこまで出逢って厄介な存在ではない。 それもこれも、寮のゴーストである血みどろ男爵のおかげで、あまり危害を加えられないからである。 が、あくまでもそれは『あまり』で。皆無ではなくて。 しかも、今自分は一人ではなく、ホグワーツ史上初めての転入生と一緒だという事実。 それはそれは嗜虐的な奴の笑みを目にし、確実に巻き込まれる運命を悟った。 ……せめて両手が使えれば、ここまでの不安は覚えなかったのだが。 とりあえず、ぼけっとピーブズを見つめているにさっさと逃げ出すよう促そうとした僕だったが、 それよりも早くピーブズが行く手を遮った。 「見つけた見つけたみぃつけた!」 「うーわー。こいつ十年前でもまるで変わんないでやんの。嫌過ぎるw」 「とうとう逢えたね、ちゃん! 間違って入ってきた、あわれなマグルのおぼっちゃん! こんなところでどおぉおしたのかな?嫌われスニベリースニベルスとなぁにしてるのかな?」 「…………っ」 「……マグル?」 と、自分への侮辱も聞き捨てならないが、それ以上に気になる発言に眉を顰めてしまった。 間違って入ってきた、マグル、だと? 一瞬、がマグル出身だと言いたいのかと思ったが、それにしては文法がおかしい。 これでは、がマグルそのものであるかのようである。 色々と難はありそうだが、はそこそこ魔法の使える正真正銘の魔法使いだ。 (でなければ、この僕がこうも易々と簀巻きにされるものか) それなのに、何故そんな訳の分からないことを言い出すのだろう、この悪霊は。 元々イカレていた頭が更におかしくなったのだろうか? がしかし、そのくだらない言葉に、意外にもは一蹴する訳でもなく、言葉を返した。 「……一体どうしてそう思う?」 「どうして!?どぉ〜してだってぇ!? そんなもの、見れば分かるに決まってるじゃあないか! みぃ〜んな言ってる!魔力のない魔法使い!お前はイィンチキだってさぁ!!」 「「!?」」 いよいよ、意味の分からないことを言い出したピーブズに、共々驚く。 そして、謂れのない中傷を受けたは、 よほどその言葉が心外だったのか、顔色を一瞬失くしてしまった。 まぁ、初対面でいきなりインチキ呼ばわりされれば、顔色くらい変わるだろう。 そして、は先ほどまでのおちゃらけた空気を一掃して、鋭く杖を構えた。 引き締まった表情は、精悍と呼ぶのがふさわしいのかもしれない。 「麻痺せよ!」 「おおおおぉっと!図星かい?図星を指されて怒ったのかい!? インチキ、臆病者のちゃん?」 「……怒ってなんかいないさ。 ただ、お前はここで退治した方が世のため人のためになりそうだと思ってね。 さぁて……」 そして、その後開始された呪いの連撃を見て、僕は今、自分が行った形容に訂正を入れる。 精悍?いやいや、とんでもない。 「悪霊退散悪霊退散妖怪あやかし困ったぁ時は!」 「!!?」 「ドーマン! セーマン! ドーマン!セーマン!直ぐに呼びましょ♪陰陽師!レッツゴーっ!!」 「んぎゃあぁぁあぁああぁぁぁあぁ!!?」 歌いながら攻撃をしまくる奴はあくまでもおちゃらけた馬鹿である。 ……あんなバカスカ、スタミナも考えずに魔法を乱発する奴に魔力がない? そんなワケあるか。 おそらくは別次元の生き物だろうが。 ......to be continued
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