こんにちは、目の敵。 Phantom Magician、69 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………っ」 「ジェームズ!」 「……僕はもう駄目だ。先に行け、友よ」 「馬鹿野郎!お前を置いて行ける俺だと思うのか!?」 「シリウスっ!」 「喝っ!!」 「「ぎゃっ」」 感動的名シーンとも取れる台詞の数々に、 青筋を浮かべたマクゴナガルからの容赦ない一撃が見舞われる。 その今まで感じたことのない痛みに、不覚にも涙が滲み。 それを一人涼しげな表情で見ていたは、 「…………ハッ」 それはそれはむかつく嘲笑を浮かべた。 鼻で笑いやがったな、この野郎……っ! ことの起こりはそう、マクゴナガルに申し渡された罰則だ。 精々が書き取りかどこかのトイレの掃除だろうと思っていたら、 マクゴナガルの奴が言い出したのは妙に薄っぺらいクッションを指差して『セーザを二時間』というもの。 セーザなんて見たことも聞いたこともないものだったが、 つまりは不自由かつ血行に悪い座り方で二時間耐えろということだった。 『あなた方には、全員揃い次第、正座を始めてもらいます』 『ですが、マクゴナガル女史。セーザってなんですか?』 『そうそう。知らないことをやれって言われても無理ですよ、先生』 『ポッター、私のことを妙な呼び方で呼ぶのはお止めなさい。 ブラックの言葉はもっともですが、それについては心配には及びません。 それをよく知る生徒も一緒に罰則を受けますからね』 それをよく知る生徒?? 俺とジェームズの視線が交差したその時、聞こえてきたあの声! コンコンコン 『失礼します。です。罰則を受けに来ました』 『『!!!』』 『お入りなさい』 嗚呼、思い出しただけで腹が立つ! 神妙そうな声だったが、あいつは間違いなく驚いているこっちを見てにやりと口の端を上げたのだ。 同じ罰則を受ける分際で! おまけに、『セーザを二時間』と言われた後、奴が文句も質問も挟むことなく、 薄いクッションの上に足を折りたたんで座った時! デカデカと「お前らこんなことも出来ねぇの?え、マジで?ありえなくない?」って表情しやがってっ!! マクゴナガルもマクゴナガルでを真似してみろなんて言いやがるし! おお、ムカついたさ! そして、奴の思惑通り、二時間耐えられそうにない現状もムカツク! 「…………くぅっ」 ジェームズと意地になってそのセーザとやらを見よう見真似でやっては見たものの、 日本式の修行の一環だとかいうそれは、見た目以上に過酷だった。 (正直、日本式のそれを罰則に選ぶということにあからさまな贔屓を感じてならない) まず、きちんと座れない。 座れたところで、足が痺れる。 ほんの少しずらしただけで、凄まじい電流が流れる。 いや、痛いとかなんとかはもう通り越した感覚だ。 このままいくと、俺の足は腐り果てるんじゃないかとさえ思う。 がしかし、である。 がなんでもないような表情をして普通にしているのに、俺たちが先に音を上げるなんて冗談じゃないっ! ほとんど忍ぶの一文字で、耐えに耐えた俺たちだったが、何事にも限界はあるもので。 小一時間ほど経った時だろうか、遂にジェームズが音を上げた。 まぁ、普段から耐えるだの忍ぶだのという言葉から最も縁遠い自分たちだ。 当然の帰結といえる。 そして、そんなことを許しはしない鬼教授ことマクゴナガルは、平たい棒を手に仁王立ちしていた。 自分だったら、まず相手にしたくないが、勇敢にもジェームズはそんなマクゴナガルに精一杯抗議する。 どうやら、これ以上の体罰はごめんだと思ったらしい。俺もそう思う。 そのシャクとか言うの、予想以上に痛ぇんだぜ!? 「酷すぎますよ、先生!暴力は駄目だっていつも言ってるじゃないですか!」 「今のは喝です。暴力ではありません」 「だから『カツ』ってなんですか!?」 「気になるのならそこにいるに訊いて御覧なさい。 こちらに不慣れな彼に合わせた罰則ですから」 に訊け、その一言に、自分の表情が歪むのがはっきりと分かった。 最初は、妙な奴が来たから関わらないでおこうといった気持ちだったのだが、 日が経つごとにの株は急落中である。 ことごとくこちらが仕掛けた悪戯をすり抜けるのだから、気に入るワケもない。 気がつけば、寧ろ負かしてやりたいと思うようにさえなってきた。 その、目下のところスニベルスと同じくらい嫌な奴に、些細なこととはいえ教えを請う? この俺たちが? ……マジで? おそらくジェームズも同じことを思ったのだろう、不本意そうながらも口を噤んでいた。 すると、そんなあからさまな俺たちの反応にマクゴナガルははっきりと眉を顰めた。 「まったく、貴方たちときたら。少しは留学生と打ち解ける努力をしないのですか? 今の貴方たちの行動は目に余ります」 「お言葉ですけど、先生。僕たちはそれはもうとの仲に関しては鋭意努力中ですよ?」 「つまらない言い訳も弁解も結構です。 いつまでもこのようなことが続くようならば、寮監としていち教師として、見過ごすわけにはいきません」 いつでも厳しいマクゴナガルの視線が、覚悟を決めるかのように妙な輝きを帯びてくる。 それを見て、ジェームズも同じくらい厳しく瞳を細めた。 「まさか……僕たちを退学にするとでも?」 「「!」」 流石に、いきなりそんなところにまで意識がいくとは思ってもみなかったので、息を呑む。 たかが悪戯だ。 まぁ、一人相手に何人もでかかっている現状に対して思うところがないでもないが、 それにしても、子どものすることだ。 重大な校則を破ったわけでも、ましてや法律に違反したわけでもないというのに、 退学とは幾らなんでも重過ぎる罰である。 まさしく、まさか!という思いだ。 いっそ笑い飛ばした方が良いのかとも思ったが、とてもそんな雰囲気ではない。 そして、そんなこちらは全く気にもせずに、異様な熱気を帯びた二人の会話は続いていく。 「その権限があることは確かです。けれど、私としてはそんなことはしたくはない。分かりますね?」 「もちろんです」 「悪戯程度という人もいることとは思いますが、『程度』で済む内はまだ良いのです。 私もこの職業についてからというもの、多くの生徒を見てきました。 ほとんどの生徒は違いますが、中には些細なことがエスカレートし、やがて身を堕とす者もいました」 そう言いつつ、マクゴナガルの視線が一度、間違いなくを捉えた。 意味深な態度だったが、は少しも気に留めていないようである。 それよりも、思わぬ事態の発展に驚いているようだ。 「私は、自分の生徒にそのようになって欲しくなどありません。 そのためには、当然、最も厳しい処罰もやむを得ないとは思っています」 「…………っ!それはあんまり――」 強引すぎる! 流石に抗議の声を上げかけた俺だったが、それ以上に強い調子の声にそれは押し留められた。 「ですが!それはあくまでも最後の手段としてです。 これは、貴方たちがほんの少し気持ちを改めるだけで回避できる問題です。 今は、多少の気持ちの行き違いがあるようですが、良い機会です。 ここで残りの時間を正座する間、言葉を交わすことを許しましょう」 尊大な物言いでマクゴナガルはそんなことを言い、俺たちから杖を取り上げた上で、 やがて部屋を出て行った。 どうやら邪魔者は消えてやるから、一度頭を冷やして話し合えということらしい。 「「「…………」」」 がしかし、である。 そもそも気持ちの行き違いもなにもねぇよな、というのがその場にいた全員の感想だとは、 マクゴナガルは最後まで気づかなかった。 「……あー、なんか、仲直り?しろってさ」 やがて口火を切ったのは、ダメージの少なかったである。 マクゴナガルの顔を立てる意味もあって、とりあえずは話をしてみないか、とその表情が言っていた。 ちなみに、このダメージとはそのまま肉体的なそれだ。 セーザは続行中である。 途中で体勢を変えたりなんかしたら、無様な醜態を晒す羽目になることが分かりきっているからだ。 確かに、マクゴナガルの言い分にも一理ある。 普段が普段なので、お互いほとんどまともな会話をしたことがないのだ。 冷静になって話してみるのは確かに、悪いことではないだろう。 がしかし、 「仲直り、ねぇ?」 「そもそも、僕たちと君の間に直るような仲があった覚えはないんだけどね」 何度も言うようだが、気持ちに行き違いなどないのである。 これは完全に好き嫌いの問題でしかないので、話し合いに意味があるとも思えない。 それはも重々承知だったのだろう、どこか面倒くさそうな様子で口を開いた。 「それはこっちにだってないけどさ。 実際問題、このままずぅっとつっかかってこられても困るんだよねぇ」 そして、は滔々とこのまま諍いが続くことによるデメリットを語った。 「僕は別に悪戯なんかにひっかからないけど?周りが被害に遭うし。っていうか遭ってるし。 そのせいで、お互いのイメージダウンは避けられない。 おまけに僕は、君たちがちょっかいかけてくるせいで、いまいち他の人たちとも関われない。 君たちにしたって、僕が悪戯にひっかからないからプライドはずたずた。 糞爆弾の無駄遣い、ひいては金と時間と才能の無駄遣いだ」 「なにぃっ!?」 あまりに聞き捨てならない台詞に噛み付くように反論しようとしたが、 ジェームズに目線で制され、とりあえずは口を閉ざす。 この先に続くの言葉は簡単に予想がついたが、それに対するジェームズの対応が気になったのもあった。 「僕としては、そろそろ諦めて、嫌いなら嫌いで関わらないでくれると嬉しいんだけど?」 「それは心外だな。先にうちのリーマスとエバンズにちょっかいをかけたのは君じゃないか。 まぁ、リーマスに至っては相手にもされてないみたいだけど」 あくまでもエバンズも入るのかよ、と口に出してしまいそうになったが、良い攻撃だ。 案の定、痛いところを突かれたらしいは、ガキのように目の色を変えて反応した。 「っ!煩ぇ!お前だってリリーに相手にされてないだろうが!ばーかバーカ馬ぁ鹿!!」 「!」 が、弱みを持っているのはジェームズも同じ。 奴の苦し紛れの言葉にすら、一瞬で喪中のようなどよんとした空気を纏い始める。 悲壮、という言葉がぴったり合いそうな姿で、ぶつぶつとジェームズは言い訳を始めた。 「いや、それは、全部スニベルスの奴のせいで……」 「いやいや、違うだろ。お前が余計なことしまくってるせいだろ。 人のせいにしてるからいつまで経っても、あの心優しく大抵の人に心を開いてるリリーにマダオ認定されてんだろうが」 「……『マダオ』ってなんだよ」 「『まるでだめなおとこ』」 「〜〜〜〜〜っ!リリー!!なんで、僕に振り向いてくれないんだ! くっ!それもこれも、やっぱり馴れ馴れしくちょっかいかけてる君が余計なこと吹き込んでるとしかっ!」 「だから、人のせいにすんの止めろっつの。お前、僕が来る前から嫌われてたじゃねぇか。 リーマスのことはともかく、リリーのことに関しちゃ彼氏でもない奴にんなこと言われたくないね。 リリーとは友達なんだ。ちょっかいもなにもない」 ……その言葉を聞いて、一から十まで、 特にエバンズうんぬんのくだりは確かに、と思ってしまった俺だった。 ジェームズのエバンズ狂いはもはや病気の一種だが、それでも、に関するそれは言いがかりに等しい。 あんな女のどこが良いんだか、と思うが、ジェームズはどうしてもエバンズを振り向かせたくて堪らないらしい。 (攻略が難しい敵ほど燃えるのだろう。その気持ちは理解できる) そして、そのためには、最近周りをちょろちょろしているが邪魔?なのだそうだ。 確かに、毛虫のごとく嫌われているジェームズと違って、とエバンズの仲は至って良好。 寧ろ傍目には、付き合い始めのカップルにしか見えない。 だから、ジェームズがやきもきする気持ちも分からないでもない。 分からないでもないが、しかし。 俺が見たところ、エバンズはともかくが彼女に惹かれている、なんてことはまずないだろう。 あくまでもエバンズは良い友達、である。 めげずにアタックを続ける様子に、いい加減ジェームズの奴も気づけば良いのにと思う。 あれ、本気でリーマスの奴しか眼中にないぜ? 目ぇ見りゃ分かるだろ。普通。 と、そんな風に思っている横で、そんな思いは露知らず。 ジェームズは半ば以上身を乗り出すようにしてを見た。 「エバンズと君、まだ出逢ってから間もないじゃないか! どうやって友達になんかなったんだい!?秘訣を教えて欲しいね」 ジェームズ、それ大分本音漏れてる……。 思わず呆れた視線を向けてしまったが、それはも同じらしく、 いかにもどうでも良さそうにその言葉に応えた。 「その傲慢な態度を改めて、髪をクシャクシャにする鬱陶しい癖を直すところから薦めるよ」 傲慢、とまで言われたジェームズだったが、意外にも神妙にその言葉に聞き入っていた。 こいつは一体なにがしたいんだ、と思った俺はごく普通だと思う。 あー、言いがかりをつけたいのか?それとも助言が欲しいのか?? んなもん、俺が幾らでもくれてやるっていうのに。 こんな奴に頼るようなことを言うなんて、みっともねぇ。 「おい、ジェームズ。こんな日本人の言葉なんて参考にするなよ」 仕方がなくそう忠告してやったが、その途端、部屋の空気が一気に重くなった。 「……日本人、ねぇ?」 「あ?その通りだろうが」 その発生源は言わずもがな、東洋の転入生だった。 さっきまではまったくなかった覇気とでも呼べそうななにかが、から迸るかのようである。 さっきまでは特になんてことのなかったはず瞳が、気がつけば爛々と輝いていた。 それは、人を竦ませる夜の色だ。 漆黒の双眸が、こちらを飲み込まんばかりに深く深く澄んでいく。 が、あまりに唐突な機嫌の急落に、こっちとしては意味が分からない、と視線を送ることしか出来ない。 そして、奴はその心とは正反対のとびっきり優しい声でこう言った。 「君は大層な純血主義嫌いだって聞いてたけど。 人種で差別するなんて、人格も見ないで人を見下すマグル嫌いと何一つ変わらないんだね」 「「!!!!!」」 ぴしっと、その場の空気が一瞬で凍る。 今、こいつは。 俺に向かって、なんと言った? 言うに事欠いて、あの、スリザリンのくだらない連中と、『何一つ変わらない』、だと? それはあまりに侮蔑的で。 それはあまりに屈辱的で。 決して許すことなど出来ない、看過できないほどの侮辱だった。 あまりに挑発的な発言に、さしものジェームズも驚きに目を見開いていた。 がしかし、俺はそんなジェームズも見ていなかった。 見ていたのは、ふざけたことを抜かしていた=、唯一人だ。 いや、見ていたというより、正確には視線で殺そうとしていたのは、だが。 我ながら、一切の感情を排除したような、冷たい声が漏れる。 「……よっぽど俺と決闘がしたいらしいな」 「僕は平和主義者なんだ。勝負が見えている決闘なんてお断りだね」 「上等だ。表へ出ろ」 「断るって言ってんだろ、この坊が。なんでも自分の思い通りになると思うなよ?」 生まれのことさえ持ち出す奴に、とうとう黙っていられなくなり、拳を振り上げる。 「てっめぇっ!」 がしかし、慣れないセーザとやらで血の通わなくなっていた足がまともに立てるワケもなく。 なんてことはないようにさっと身を翻したにまんまと避けられてしまい、 「〜〜〜〜〜〜〜っ」 「シリウスっ!」 空振った俺は勢いもそのままに、その場に倒れ付した。 ぎっとを睨み付ければ、奴は負けず劣らず不機嫌そうに唇を真一文字に結んでいる。 「僕の故郷は、人種問題とか身分の差とか――まぁ、あるところにはあるけれど、あんまりない場所でね。 宗教だって無節操だし。だから、差別的な言葉とか嫌いなんだ。 そういうことを平気で言い出す人間が、差別主義者を嗤ってるのも気分が悪い。 セブルスの態度はもちろんよくないけど、お前はどうなんだって思う。 矛盾したこと言ってないで、早く足の痺れを取る方法でも考えてろよ。 もっとも、一回痺れたら、時間が経たないとしばらく治んないだろうけどね」 時間が来たから、そう言っては俺に一瞥もくれることなく部屋を出て行った。 そこで、俺は今までの認識を改める。 負かせるなんて生温い。 奴には生き恥を晒した上で、地獄に落とすくらいがふさわしい。 この時から、は文字通り俺にとって不倶戴天の敵となった。 別れの日を楽しみにしていてやるよ。 ......to be continued
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