彼女と関わってから、私はいつも振り回されてばかり。 Phantom Magician、68 「リリー!あなた、転入生と付き合ってるって本当?」 「え?」 ぼんやりとしていたところにかけられた言葉に、いまいち反応できず首を傾げる。 すると、足を動かすのももどかしいといった様子で、他寮の少女たちが廊下を大股に近づいてきていた。 なにも、そんな遠くから叫ばなくても近くに来てから話しかければ良いのに……。 そうすれば、何事かとこっちに注目してくる生徒はいなかったことだろうと、そう思う。 がしかし、そんなことをされれば、適当な口実でその場から逃げ出すに違いないので、 案外それを考えての行動かもしれないとも思う。 そして、私も周囲の人たちのように傍観者を気取りたいわ、といったこちらの心の声に気づくことなく、 少女たちはとうとう目の前にやってくるのだった。 「だから、=と付き合ってるのかって訊いてるの!」 「婚約者っていう話は本当!?」 「……いいえ、付き合っていないわ。婚約者でもないし。 一体どこからそんな話が出てきたって言うの?」 突然の、しかし当然の疑問に淀みなく答えた。 本当は彼女たちと特別仲が良いわけではない(寧ろWho are you?と言いたい)ので、 そんないきなりの質問(割と失礼)に答えたくなどなかったのだが、そうせざるをえなかったのだ。 特に同年代の少女たちは、ゴシップに関することならば抜群の記憶力を誇る上に、大層口が軽い。 下手な対応、もしくは下手な態度を取ろうものなら、たちどころにホグワーツ中を宜しくない噂が席巻することだろう。 それは、自分はもちろんにとってもありがたくない話である。 が、少女たちもその程度の反応は予想済みだったのか、眉を引き上げて私の言葉を否定した。 「嘘吐かないでよ!あんなにベタベタしてるじゃないの!」 「ベタベタって……、キスをしたワケでもあるまいし。ただのスキンシップよ? 本当に私たち付き合っていないの」 「ただのスキンシップにしたら、お互いくっつきすぎだと思うけど。 大体、会ってまだちょっとしか経ってないのに、なんでそんなに仲良くなるの? 絶対!怪しいわ!!誰にも言わないから、白状しちゃいなさいよ、リリー」 「そうよ、そうよ。素敵な彼がいるなんて、自慢するところじゃない」 いやいや、それに似た台詞はかなり聞いたことがあるけど、 同じくらい、いや、それ以上の頻度で「ここだけの話なんだけどね」を聞いてるのよ?私。 というか、私、貴女たちの名前がとっさに思い出せないくらいなんだけど。 貴女たち、レイブンクローとハッフルパフよね? そりゃあ、同学年の子はほとんど覚えているけど、流石に私も一個下とか上の子の顔と名前は全部分からないわよ? 貴女たちだって、私と直接話したことなんてほとんどないでしょうに。 どうしてそれで私がそんなことを正直に話すと思っているのかしら?? 今までの人生で、正直、彼女たちほど秘密の打ち明け話の相手として不適格な人間は見たことがない。 ので、私はその言葉に、なんの邪気もないような笑顔を作りながら応じた。 「ホグワーツ特急に乗っている間中、話をしていたからじゃないかしら」 「でも〜」 が、彼女たちも諦めない。 ぐりぐりとした好奇心旺盛な瞳が、こちらを油断なく見つめながらなおも食い下がってくる。 何度訊かれようと、答えはNOだ。 確かには見た目も性格も、彼氏とするのに申し分がない。 が、しかし、である。 「のことは友達以上には見れないの」 どれだけ条件が整っていようと、恋する女の子と付き合う趣味は私にはない。 彼女はれっきとした女の子だ。それも可愛い、の一言がつく。 どこまでいっても、お互いに友達以上にはなりようがない。 「のどこが不満なの?」 「彼、素敵じゃない。優しいし」 「……………」 とはいえ、彼女の特殊な事情は公にできないので、答えに詰まってしまう。 これでの気に入らない点が即座に思い浮かべばそれを口実にできるのだが……。 が男だったら……なんて、馬鹿なことを考えてしまうくらい、格好良いのよね、あの子……。 まだホグワーツに慣れきっていないというのに、 着々と女性陣の好感度を稼いでいる友人の姿を思い出すと、溜め息を禁じえない。 は女の子に対する気遣いが素晴らしいと専らの評判なのだ。 元が女の子なのだから、そんなものは当然だが。 嗚呼、本当に何故あんな子がルーピンなんかに惹かれているのかしら? ポッターやブラックよりはマシだが、あれも同じ穴のムジナ、同類だ。 はあんな連中と係わり合いにならない方が絶対良いというのに。 はぁ、と思わずため息が漏れる。 すると、すっかり存在を忘れられていた少女の一人が、つまらなさそうに口を開いた。 「やっぱり……ゲイだから嫌なの?」 「は?」 が、思いがけない言葉に、間の抜けた声が漏れる。 すると、私がいまいち意味を掴みかねていることがわかったのだろう、 少女は焦れたように苛々と腕を組んだ。 「だぁから!がゲイだから付き合わないの?って言ってるのよ」 「…………ああっ!」 しばしその意味を考えて。 あ、そっかは男の子のはずだから、ルーピンが好きってことはゲイってことになるわよね、と気づいた瞬間。 先ほどは思い浮かばなかった『付き合っていない理由』を向こうからもたらしてくれたことに歓喜の声を上げた。 自分では、『=女の子』なので、そんな考え方があったとは思いもよらなかったのだ。 がしかし、周囲からすれば、理由などその一言で集約できる。 私だって、普通であればゲイの男子を彼氏にしたいだなどと考えないだろう。 なので、私は不自然にならない程度に「ごめんなさいね。よく聞こえなかったものなのだから」と前置きをしつつ、 彼女の言葉を借りて、との関係を否定することにした。 「は確かに素敵だけど、ゲイだとちょっと、ねぇ?」 「……そうねぇ」 「うーん。まぁ、分かるけど」 「でしょう?」 と、そこで今まで一言も言葉を発していなかった、ハッフルパフの少女がおずおずと口を開いた。 「そこで、『私が目を覚まさせてあげる!』とはならないの?」 「特にはならないわねぇ」 目を覚ますもなにも、寧ろそれは別の道にを引きずり込む一言である。 まったくもって自分はに対して恋愛感情なんて持ちようがないことを伝えると、 気弱そうにしていた少女はあからさまにほっと安堵の息を吐いていた。 注意して見ていると、他の少女はしきりに「良かったね」だのなんだのと彼女を元気付けているようだった。 それを見て、なるほど、事の次第が見えてきた。 ようするに、このハッフルパフの彼女がに惹かれていて、他の子はその応援団なのだ。 内心、不毛すぎる……と少女が可哀想に思えてもくるが、 例えばブラックなどに初恋を捧げるより何百倍もマシだろうと思い直す。 なら、きっと相手を傷つけずにやんわりと断りを入れるだろうし、 ブラックのように据え膳に手を出すこともないわよね。 彼女の将来を考えるならば、あの子には悪いけど、良いことだわ。 そして、うんうん、と人知れず頷いていると、 どうやら使命を果たしたことで、好奇心を満たすことにも気が回るようになったのだろう、 最初に私を叫んで止めた少女が、それは輝く瞳でこちらを見てきた。 「あ、じゃあ、リリーはどういう人なら良いの?」 「え?」 「あなた、男子から人気高いの、知ってた?でも、まだフリーって聞くし。 じゃ駄目なら、どんなタイプなら良いの?」 「あ、それ私も訊きたいわ!」 「私も私も!」 思わぬ矛先が向いてきたわね、と思いつつ、 彼女たちの関心がから離れたことに対しての安堵感も手伝ってか、 私の口はするり、と紛れもない本音を漏らしていた。 「そうね……眼鏡じゃなくて、髪はきちんと整っていて、 周りに迷惑を掛けなくて、悪いことは悪いって注意ができて。 人の顔色を伺ったりしない、それでいて努力家な人かしら?」 「……随分とまぁ、具体的ねぇ」 「っていうか、それってあの人たちのことじゃ……?」 「ふふっ。ご想像にお任せするわ」 つまりはポッターたち以外である。 もうすぐ授業が始まるから、とどうにか少女たちを振り切り、 やや遅れ気味で魔法薬学の地下教室へ飛び込むと、そこに死体があった。 「…………っ!」 「…………」 ……ごほん、失礼。 死体のように凄まじい負のオーラを漂わせたがいた、だ。 彼女は、教科書を開けるでも突っ伏すでも寝るでもなく、 ただただ机に、のんべんだらりと上体を預けている。 「ええと……?」 「…………」 「どうかした、の?」 「…………」 いつもは優しく微笑んでいるだが、今の表情は見るべくもない。 というか、普通に死んだ瞳をしている……っ!? 「!?貴女、本当に一体どうしたって言うの!」 尋常でないその様子に慌ててその肩を揺さぶると、のろりと光のない漆黒がこちらを見た。 深い深い、絶望の色。 底のない、闇のような。 ただただ、深く。 昏い両眼。 それに背筋がゾクリと粟立つ。 「……?」 「……リリー」 掠れた、見た目どおり弱々しい声で、彼女は言った。 「いっぱい話しかけたんだけど、リーマスがなんの反応も示してくれないから、 無言の肯定かなって思って抱きつこうとしたんだけど、 よりにもよってピのつく鼠野郎身代わりにされてさ。 もう少しであれに抱きつくところだったんだ……」 「…………」 「危うく回避したんだけど。マジねぇわ。本気でないわ、あの鼠公」 「……………………」 一瞬、その形良い頭を本気で殴りたくなった。 彼女の言葉を使うならば、目の前の彼女こそ「マジねぇわ」である。 真剣に案じた私の真心を今からでも良いわ。返してくれないかしら? ルーピンが最初の一件以来、を徹頭徹尾、無視し続けているのはいつものことだし、 どういう訳だか彼女が嫌っているペティグリューにしても、 結局は抱きつかなかったのだから良いじゃないの、と声を大にして言いたくなった。 がしかし、好きな人に無視されているのは、客観的に見てもかなりの悲劇だし、 に悪気がある訳でもないので、そこはぐっとこらえる。 「そう。大変だったわね」 「……うん。そう言ってくれるのはリリーだけだよ」 多分、がこんなことをぽろっと言うのも我慢の原因のひとつだ。 感激したようにこちらを見てくるにこそばゆいものを感じながら、 話題を変えるべく、先ほどの少女たち(特にハッフルパフの彼女)に関する注意を述べようとした私だったが、 口を開こうとしたその瞬間に教室の扉が開き、セイウチ然とした口髭が覗いたため、おしゃべりはお開きとなった。 「さてさて、今日は普通魔法レベル試験――通称、O.W.Lでも、 度々課題となる『安らぎの水薬』を調合していこうと思う」 いつも通り、特徴的な笑い声を響かせて教室にやってきたホラス先生は、 一度こちらに思わせぶりな眼差しを注いだ。 「もっとも、このクラスの何人かの生徒にはほとんど教えることもないくらいだがね」 その言葉に、私はにっこりと笑みを返した。 言ってはなんだが、私は魔法薬学が得意だ。 というのも、私以上に得意なセブと一緒に、予習復習を欠かさないからだが、 ホラス先生はそのことで私たちによく目を掛けてくれている。 血筋にもある程度の重きを置くが、スリザリン出身とは思えないほど、 マグル生まれに対しても能力自体を高く評価してくれる先生だ。 今も、あちらの方で真面目に先生の方を見つめているセブに対して、彼は満足そうに微笑みかけていた。 そして、先生はお気に入りの生徒たちに同じように親しげに声を掛けつつ、黒板を示した。 「手順などはここに書いてあるので、熟読してから行うように。では、はじめ!」 今回の魔法薬はO.W.L試験の対策でもあるので、ペアではなく、完全に個人で行わなければならない。 なにしろ、正確な手順が要求される調合なので、 私はまだホグワーツに慣れていないに注意を促すべく、彼女を振り返る。 「、この前よりも手順が複雑だから気をつけて……??? そんなに怖い表情してどうしたの?」 「……コガネムシってあのコガネムシだよね。虫だよね」 「ええ、そりゃあ、もちろん……って、?まさか、貴女……」 「……ふっ。安心してよ、リリー。 あたしはこれでも、貸切かってくらいガラッガラの電車が通る田舎出身だよ? 虫くらい……虫くらい、ねぇ?さささ触るくらいどうってことないさっ! サソリじゃあるまいし……やってやんよ。おお、俺やってやんよ。 生物の実験を思い出せ、あたし!負けるな、あたし!!」 ぷるぷると自分の腕を抱え込んで、しまいには自身へエールを送り出した、 あからさまに、どうってことがありそうな様子のだった。 実技においてトップの成績を誇る彼女なので、 こんなに余裕のなさそうな表情をしているのは初めて見た気がする。 虫が苦手だったとは知らなかったが、それで今まで困らなかったのだろうか? まぁ、マグルの女の子としては微笑ましい限りだと思うけれど……。 (チュニーもカエルやら虫は大嫌いで、平気で触れる私を信じられない瞳をして見ていた) なにしろ彼女は留学してきているわけだし、日本の事情は分からないので、なんとも言えないが。 魔女としてはなかなか、虫が苦手だなどと言ってはいられないわけで……。 と、そこまで考えて、私ははっと、周囲を見回した。 「!」 「?リリー??」 「しっ!」 と、少し離れた席で、セブの方を指差して笑っているポッターたちを発見する。 連中は私が見ていることに気づいていないらしく、それは下品な笑いを顔中にひらめかせていた。 どうやら、こちらのやりとりは聞こえていないようだ。 そのことにほっとしつつ、私はまるで状況が分かっていないらしいの肩をがしっと掴んだ。 「!貴女が苦手なもののことを、ポッターたちに気づかれちゃ駄目よ。 嗚呼、連中だけじゃ駄目ね。他の人には誰も気づかれてはいけないわ」 「へ?あ、いや、ホラ、あたしは別に苦手なものとか、ないこともないような気がしなくも……。 それになんで他の人も駄目とか……?」 「連中に伝わるとまずいし、それになにより……」 「なにより?」 「乙女の夢が壊れるわ」 「は?」 「変な逆恨みされても怖いし、とにかく気づかれちゃ駄目。良い?」 「いやぁ、それはなかなかに難しいような……」 「 良 い ?」 「……ふぁい」 虫に慄く想い人の姿にショックを受ける少女が溢れかえるのは問題だ。 下手をすると、そんなを見たくないとばかりに呪いの手紙が届く可能性もある。 そして、彼女を目の敵にしている奴らのことである。 そんな絶好の弱点を知ったら、の部屋が害虫で溢れかえるくらいのことはしかねない。 どちらにしても、には百害あって一利もない。 そのことを指摘すると、彼女はそれは神妙な表情になって、こっくりと頷いた。 「うー、分かった」 「そう。良かった。くれぐれも気をつけてね。連中に隙を見せないように」 「うん。もし仮にそんなことになったら、あたし悪霊の火を放ちかねないからね。気をつけるよ」 「そうよ、そんなことになったら大変……?」 どうやら、大変なことになるのはではなく、このホグワーツらしい。 日本人ってここまで過激だったかしら……? その、どこまで真剣な彼女の瞳を見て、僅かに表情を引きつらせる私だった。 そして、その日の授業は、いっそ不気味なくらい順調に進んでいった。 まぁ、いつも通り、セブの鍋にポッターがなにかを入れようとしていたが、 あらかじめ先生にそういった可能性を指摘してあるおかげで、さりげない邪魔が入り、未遂で終わったし。 まったく!魔法薬学はふざけたことをするととんでもなく危険な教科だと、どうして分からないのかしら。 もちろん、他の教科でもまかり間違えば危険には違いないのだが、魔法薬学のそれは群を抜く。 ……そんなことばかりしているから、私は連中が嫌いなのよ。 知識が幾らあっても、馬鹿じゃまるで意味がないわ。 まぁ、変なものを入れられることが多いせいか、セブの魔法薬学の成績は着実に上がっているけれど。 こういうのを、の国では怪我の功名、っていうのよね、確か。 と、話がずれた。 とにかく、魔法薬学だけでなく、今日の授業や休み時間では、 どういうわけだか、の周囲はごくごく静かで、拍子抜けするほど平和だった。 普段であれば、かならず一度や二度は呪いが飛んできたりするのだけれど……。 トラブルなど、影も形もない。 そのことを不思議に思っていると、から思いもかけない言葉が飛び出してきた。 「ああ、今日一緒に罰則受けるから、体力温存してるんじゃない?」 「……は?」 罰則……は分かるとして。 一緒に?受ける?……誰と誰が? 「あれ?言ってなかったっけ?あたし今日、初罰則受けるんだよ。 それがすっごい理不尽でさぁ。連中にやり返しただけで正当防衛なのに〜」 「嘘!?初めて聞いたわ。大丈夫なの?」 正当防衛……かは置いておいて、確かにそれは理不尽だと思う。 だが、罰則が決まっているのなら、そのこと幾ら嘆いたところで無意味だ。 なので、現実的な問題として、私はに連中がなにかしでかさないかと不安を覚えた。 が、しかし、私の心配を当の彼女は快活に笑って否定した。 「大丈夫だと思うよ〜?だって、罰則見守るの、マクゴナガル先生だし。 それに、あの二人にあたしになにかする元気が残ってるかっていったら怪しいしね」 「?どういうこと??」 まるで、これから行われる罰則が分かっているかのようなその言葉に、思わず疑問符が浮かぶ。 すると、はそれは愉快そうに片目を瞑った。 「いや、マクゴナガル先生がちらっと言ってたんだけどね。 今度の罰則はなんと、あたしに合わせて古式ゆかしい日本式らしいんだ」 「????」 「くっくっく。西洋人が果たして長時間耐久正座レースに生き残れるか、あー、楽しみ☆」 一番振り回されているのは、どこかの誰かさんたちだけれどね。 ......to be continued
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