本人が願うのならば是非もない。 Phantom Magician、67 爽やかな陽光降り注ぐ天蓋が広がる、朝の大広間。 普段であれば、眠そうな表情をした下級生や、目を充血させた勤勉者、 はては和やかに会話を交わす少年少女の、軽やかな声が響くはずのそこで。 「それで……」 自身の米神が盛大に引き攣るのを感じた。 「何をどのようにして、このような事態を引き起こしたのか、 説明して頂けますね?ミスター ポッター、ミスター ブラック」 「ええ……」 目の前には、この惨状を作り出した張本人である、自寮の生徒がいた。 現在のホグワーツで何か騒動があった際には、9割以上彼らが関わっていると言っても過言ではないであろう、 そのくらい厄介で、手を焼かされる生徒たち――自称、悪戯仕掛け人。 とりあえず、この場にいるのは呼びかけた二人だけだったが、 姿の見えない残りの二人も一体何をしていることやら。 これからの後始末を思うと、嗚呼、頭痛がしてきそうだ。 普段であれば、というのは、今が普段とは及びもつかない状態だからこそ出てくる言葉である。 「もちろんです。マクゴナガル女史」 神妙な表情で請け合うポッターだったが、その表情が寧ろ胡散臭い。 長年、彼らの寮監として過ごしてきた自分の直感がそう告げている。 そもそも、きちんと反省するような子どもが、 こう何度も何度も、こちらが嫌になるくらい事件を勃発させるはずがない。 そう、多くの生徒が集まる大広間で、 グリフィンドール寮のテーブルの食事を全てイミテーションに変えるなんて馬鹿なことをしでかすはずがないのである。 そのせいで、そうと気付かずチキンをかじった少年の歯が欠けたり、 嫌いな野菜を丸のみしようとして、少女がそれを喉に詰まらせるなどの惨事が起こることもなかったはずだ。 一体何を思ってこのような訳の分からない悪戯を自寮に仕掛けたのかは分からないが、 恐らく碌なことではないだろう。 なので、話半分に聞くつもりで、とりあえず彼らの言い分に耳を傾けた。 「実はですね、僕たちが悪戯を仕掛けたかったのはただ一人なんです。 僕たちは、親愛なる友人に恥をかかせたに、どうにかしてそのことを反省させたかった! それこそが、グリフィンドール寮生たる僕たちの役目だと、そう思ったのです」 「……それで?」 「ところが、彼が座る席がどこか、僕たちにはまるで見当がつかない! おまけに、一体何時に彼が来るかも分からなかったんです!」 「…………なるほど?」 「だからですね。他の生徒には悪いけれど、 彼が来たその瞬間に、寮の料理を全て変えるしか方法がなかったと、 そういうことなのです!」 「………………そうですか」 聞けば聞くほどに頭を襲ってくる鈍痛は恐らく気のせいではあるまい。 ポッターからは、まるで反省する様子は見られないどころか、 寧ろ褒められてしかるべきだ、というような視線すら感じる。 悪いということはしっかり認識した上で、それでも自分は悪くないと主張するようなものだ。 頭が痛くなってきても当然だろう。 いつも思っていたのだが、目の前の少年は明らかに騎士道のなんたるかが分かっていない。 勇猛果敢を猪突猛進と勘違いしてやしないだろうか。 周囲で様子を窺っていた一年生の中には、うんうんと頷いているものまでいる始末だ。 これは忌々しき事態である。 伝統あるホグワーツで、自覚のないままに阿呆な事件を引き起こす人材が大量発生しそうだ。 この、妙に弁の立つ、舌と頭の回転だけは速い少年のせいで。 そのことに眩暈が起こるのを感じながら、ぎゅっと拳に力を入れてその場に踏み留まる。 「ポッター、ブラック……」 「「はい、なんでしょう?先生」」 言葉だけ聞くならば優等生然とした台詞に、自分はどこで指導を間違えたのかと思う。 いや、まだ卒業まで二年ある。 まだ間に合うはずだ。 そして、私は心を鬼にして、目の前で純真無垢を装う少年たちに、特大の雷を落とした。 「貴方がたに罰則を与えますっ!!」 その声が金切り声であり、悲鳴に近いそれだったことを、どうか気付いてほしい。 事の発端はそう、彼の話にも出てきた=。 東洋からの急な留学生、それが全ての元凶である。 いや、彼自身のことを言えば、愛嬌があり社交的で魔法力も申し分なし。 問題という問題は見受けられないのだ。 (敢えて言うならば、筆記が恐ろしくできないことだが、それは言語の問題だろう) だがしかし、なんというか、彼自身には問題がないのだが。 趣味嗜好が常人と異なり、また恐ろしく間が悪い人間だということが周囲との関係を破綻させていた。 いや、周囲というか、ある特定の人間と、なのだが。 そう、件の悪戯仕掛け人、彼らと。 神聖な組み分けの儀式での暴挙でも、立ちくらみを起こしかけたが、 その後の大広間での大胆すぎる告白には、流石の自分でも言葉がでなかった。 色々な問題児を相手にしてきたが、過去これほどまでに派手なことを仕出かした人間はほとんどいない。 しかも、本人には悪気が皆無なのである。 一応、騒ぎを起こしてしまったことに対して謝罪はしていたが、 告白自体はどうも悪いとは思っていなさそうな様子だった気がする……。 『えと……なんだか、すみません』 『…………っ』 傷心の身でありながら、それは殊勝に頭を下げてみせた子どもに、一体何が言えるというのか。 毒気を抜かれるとは正にああいうことを言うのだ。 なるほど、確かに愛の告白に悪いも何もなかろう。 寧ろ、愛を奨励するダンブルドアのことだ。 下手をしたら、諸手を振って応援したに違いない。 (実際、の突然の告白に初めこそ目を丸くしていたものの、すぐに温かい眼差しを少年少女に向けていた) だがしかし、悪かったのは、場所だ。TPOだ。 そう、世の中にはTPO――時と場所と場合というものがあるのである。 嗚呼、そして、相手も、か。 普段はよく言えば穏やかで、悪く言えば覇気の薄い空気を纏う鳶色の少年を思い浮かべる。 彼はあの悪戯仕掛け人の一人だ。 基本的には、ユーモアを解し、 行き過ぎた悪戯だって、率先とはやらないまでも愉しむだけの余裕がある。 だがしかし、だ。 流石に公衆の面前で初対面の少年に大声で告白されて、 その余裕を保つことができるほど成熟もしていなかった。 相手を見て物を言えとはよくぞ言ったものだ。 「はぁ。ポッターと違ってあんなに素直そうな子だというのに」 いや、寧ろ素直すぎるから、か? 頭を抱えそうになるのを寸でで押さえながら、そう思う。 「…………はぁ」 廊下の向こう、偶々目に入った光景は目に優しいものではなく、大きく溜め息がこぼれた。 初めてと出逢った時のことが思い出される。 『はじめまして。これからお世話になります、=です。 御手数お掛けします』 留学生が編入してくる話など、副校長である自分でさえも当日まで知らなかった。 (アルバスの独断は今に始まったことではないのだが、それにしても、もっと早く言って欲しいものだ) そして、校長から急な編入の話を受け、慌てて迎えに行った先で出逢った少年は、 育ちがよほど良いのだろう、声を掛けてきた自分に対して丁寧に頭を下げたのだった。 涼しげな目元は理知的で、嗚呼、ホグワーツにも良い意味で新しい刺激がありそうだと喜んだのも束の間。 大広間でのあの一件に、私はさきほどまでの彼の姿に見事に騙された、と思った。 確かにアルバスは少年の様子をほんの少し訝しんでいる様子であったというのに。 それに気づかなった自分は、なんと至らないことだろう。 『君が、かね?』 『……?はい。=です。宜しくお願いします』 『その姿は……いや、なんでもない。 わしはアルバス=ダンブルドア。ここで校長をしておるただの老人じゃよ。 庇護者から、君のことはくれぐれもよろしく頼むと言われておる』 『?ひごしゃ??』 『そうじゃ。ここまでの道中、特に変わったことはなかったかね?随分遠いところから来たようじゃのう』 『お気遣いありがとうございます。特に何事もなく、快適でした』 『そうかね。それは良かった。ところで……』 『はい?』 『その猫は君の猫かの?それとも、誰かから託されたものかね?』 『僕の?うーん、どうなんだろ、なんかちょっと違うんだけど。 敢えて言うなら、スティアは、誰のものでもありませんよ』 『……スティア?』 『ああ。この猫の名前ですよ。でも、そう呼ぶと怒るんで注意して下さいね』 『ほう……?』 『?それが、なにか??』 『いや、もっと別の名前かと思っただけじゃよ。スティア、のう』 ふしゃーっ! 『あ、ホラ、怒っちゃったじゃないですか』 『おお、すまんの。今後はもう呼ばんので勘弁して欲しい』 『……にゃーお』 『なんか凄い不機嫌だけど、良いっぽいです』 『それは良かった。通訳をしてくれて助かるのぅ。はミスターの言葉が分かるんじゃな』 『ミス……?ああ、スティアですか。ええまぁ、スティアのだけ、ですけどね』 『フム。猫というのも少し意外じゃの。お主ならば、蛇も有りかと思ったが』 『蛇!?いやいやいや、僕どんなイメージなんですか、それ!?』 『……ふぉっふぉ。いや、失礼した。 マクゴナガル先生、を大広間まで頼む。組み分けをせねばならないからのう』 ……あの時、アルバスは一体なにをそんなに探っていたのだろう? 例のあの人の仲間かどうか、考えていた、とでも? 彼が蛇を連れていることは周知の事実だ。 確かに、例のあの人も在学中は優等生然として、周囲の人間を惹きつけてやまなかった。 おまけには組み分け帽子がスリザリンに入れようとするのを無理矢理変えたくらいだ。 考えれば考えるほど、怪しい。 がしかし、公衆の面前で同性に告白をしでかし、これでもかと目立ってしまった人間が? スパイ……? 悪い冗談、もしくは、例のあの人を逆に心配してしまいかねない人選である。 (まぁ、心配なんてするわけはないのだけれど) 状況的には、限りなく怪しいというのに、心情的には「それはないだろう」となる人物、それがだ。 が、怪しい以上、完全に信用して放ってもおけないわけで。 嗚呼、考えるだけで頭痛がしてきそうだ。 「ミスター 。元気出してね」 「そうよ。一度や二度で諦めちゃ駄目!」 「私たちは応援しているから。ね?」 「……ありがとう、皆、優しいね」 「「「っっ!!」」」 が、目の前のこの現実にも頭痛がしてきて、少し挫けそうだった。 件のが、自寮の女子に切々と慰められ、おまけにその笑顔で一気に女生徒の頬を染めている、現実に。 ……しかも、は間違いなく計算ではなく天然でやっている。 なんだ、あの優しげな笑みは。 15の男子生徒が浮かべる表情じゃないだろう、あれは。 組み分け帽子に対して啖呵を切った人物と同じとはまるで思えない。 優しげで、悲しげで、儚げで。 それでいながら、微笑ましげに笑う少年に、どっちかにしてくれ、と思う。 でないとこっちも怒るに怒れない。 はぁ、ともう一度大きな溜め息が漏れる。 溜め息を吐くと幸せが逃げるというが、知ったことか。 「何をしているのです?」 「「「っマクゴナガル先生!」」」 「もうすぐ授業が始まってしまいますよ。さぁ、早く教室にお行きなさい!」 とりあえず、蜘蛛の子を散らすように、その場にいた女生徒を追い払う。 すると、彼女たちはそれに逆らわず、出遅れたらしいだけがその場に残されていた。 「わわっ!すみません、マクゴナガル先生!すぐに……」 「ミスター 」 「?はい?」 慌てて駆け出そうとしたを思わず呼び止め、その姿を頭のてっぺんからつま先まで観察してみる。 きょとん、と不思議そうにこちらを見上げる様は、愛らしい動物のようだ。 なるほど、女生徒が気にかけるくらい整った容姿をしている。 多分、彼女たちを惹きつけたのはそれだけではないのだろうけれど。 「?先生??」 そう。目の前の少年は告白の際、見事なまでのお断りを返され、 一気に男子生徒から忌避された。 まぁ、その手の趣味がない人間からしてみれば、傷心の同性愛者に好かれたくはないのだろう。 では、女子はというと、これが面白い。 失恋をした彼を、女子生徒は一般に受け入れ、尚且つ励ましたのである。 同情も多分に含まれているだろうが、なんというか、この子は、拒絶しにくいのだ。 人好きのしそうな笑みも、丁寧な物腰も、どうにも決定的に排除する対象にはできない。 男子生徒も近づかないまでも、迫害しようという気はなさそうだ。 やっぱり、あくまでも、一部を除いて、だが。 「最近、ポッターたちになにかされてはいませんか?」 「……あー、えーと、なにかって言いますと?」 「具体的には悪質な嫌がらせや悪戯等です」 丁度良い機会なのでそう問えば、の目は面白いくらい右に左にと泳いだ。 否定をするには、ポッターたちの行動はあからさまだし、 肯定をするのは、告げ口をするようで気が引ける、といったところだろうか。 案の定、はその話題を避けるようにお茶を濁した。 「あー……それなら、まぁ、ええと、大丈夫です。 マクゴナガル先生にご心配をおかけするようなことじゃないですし」 「しかし、寮監としてはいじめを見逃すわけにはいきません」 「でも、本当に大丈夫ですよ。撃退してますから」 「……撃退?」 がしかし。 その穏やかそうな顔立ちとはまるで似合わない単語が聞こえてきたため、 思わず待ったをかける。 すると、は、特になんの感慨もなさそうに、その意味を説明し出した。 「はい。もうこれでもかってくらい、おじゃ○ぷよ降らせたり――」 『おじゃま○よ』?なんだろう、それは。 それは、もしかして、言葉の響きからして、 あの廊下を埋め尽くしていたスライムの山のことだったりするのだろうか。 幾ら消失呪文をかけても少しも減る気配を見せなかった、あの? 「糞爆弾打ち返したり――」 糞爆弾……? それは、もしかして、もしかしなくとも、先日寮の談話室を台無しにした、あれのことだろうか。 あの、やたらと臭くてぐしょぐしょで、一般生徒からブーイングの嵐だった? どういうワケだか、魔法を二度三度かけてもなかなか汚れが落ちなかった? ペティグリューが見るも無残な姿になっていた、あの? そんな幼稚な悪戯を仕掛ける方も仕掛ける方だが、 それを返してしまう方も返してしまう方だと思った私には罪がないだろう。 そして、湧き上がる衝動を懸命に抑えながら、少年を呼ぶ。 少年がどれほど邪気のない純真な(ポッターと違って本物の)表情でこちらを見てきたところで、絆されるものか! 「……ミスター 」 「?はい」 「あれは、貴方の仕業でしたか」 「……っ!」 流石に私の声の意味するところを理解したのだろう、 の顔から一気に血の気が引く。 がしかし、これも教師の務めなのだ。 自寮の生徒によって溜められたストレスを、発散しようとしているのではない。断じて。 それに、少年がスパイであった場合、 何故か最初から執着を見せているルーピンの友人と一緒になればなにかしらの行動を起こすだろう。 ……きっと。 おそらく。 えーと、多分? 「いや、あの、それはですね、えーと、正当防衛という奴でして」 「私には過剰防衛に思えましたが」 「いや、でも、あの!命の危機を感じましたので!!」 「そうですか。が、それは理由にはなりません。 貴方にも、罰則を与えます!」 「そんな殺生なっ!!?」 機会を与えるのも、教師の役目だ。 ......to be continued
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