君にとびっきりのサプライズを。 Phantom Magician、66 「というワケで、今回の悪戯は転入生にやろうと思うんだけど、何か質問は?」 「いや、質問もなにも前置きなしに『というワケで』とか言われても訳分かんねぇよ」 ズバリ鋭いツッコミがシリウスから入る。 呆れたようなその声と表情からして、あからさまに面倒くさそうだった。 では、他のメンバーはといえば、リーマスは珍しくも分かりやすく表情を顰めているし、 ピーターに至っては、今の僕の言葉を誰か聞きとがめてはいないかと、 心配そうにきょろきょろ辺りを伺っていた。 心配などしなくとも、談話室はおろか、寮に続く階段など見える範囲に人がいないことは確認済みである。 (いるのはソファで丸まる、たかが猫一匹だ。それもその内いなくなるだろう) どうも、ノリ気な人間がいないその状況に、友達甲斐がないなぁ、と冗談で思う。 「僕とリーマスをコケにしてくれたんだよ? これは悪戯仕掛け人に対する挑戦状と見るべきだ!」 が、一人でやるよりも、全員でかかった方が成功の確率が高いし、 なによりも面白いのは確実である。 なので、どうにか無二の友人達を巻き込むべく、熱く拳を握り締めた。 でなければ、ここ数日、愛しのリリーではなく転入生――をわざわざ観察した意味がない。 そして、今日。 が寮が閉まるぎりぎりに戻ってくるという情報を掴んだ苦労も、水の泡となってしまう。 観察していて分かったのだが、はどうやらホグワーツ内を徘徊するのが趣味らしい。 空いた時間や放課後になると、フラフラと当てもなく彷徨いながら、 部屋の位置を確認したり、隠し部屋に入り込んだりと忙しく生活していた。 『おかしくね?これおかしくね?なんでこの階段登れないの?馬鹿なの?死ぬの?』 『うん。それ階段のふりしてるただの壁だから』 『……壁のくせに階段のふりするとか何様のつもりだぁぁああぁー!!』 『だから、壁だってば』 正直、奇天烈な発言やら行動をするは、毎日観察していても飽きなかった。 広大なホグワーツの場所を確認するのは、悪いことではない。 なにしろ、地図もないのだ。 どこかに行きたければ、自分で覚えるしかないのである。 自分もいたいけな新入生の頃にはよくやったものだなぁ、と懐しくなる。 が、自分もそうだったが、探検に夢中になってしまうと、時間などという瑣末なことは忘れてしまうものだ。 もそうらしく、寮の門限ギリギリ、時にはオーバーするなんてことがよくある。 僕が目をつけたのはそこだ。 門限ギリギリならば、他の寮生は自室へと引き返し、監督生の邪魔はなくなる。 その上、歩き回ったワケだから、も多少は疲れていることだろう。 ようやく管理人の影から逃れて辿り着いた談話室でいきなり悪戯を仕掛けられるとは、 流石のも夢にも思っていないに違いない。 そして、ホグワーツに慣れてくれば、普通は夜に出歩くなどということはなくなってくる(自分達は例外だが)ため、 やるなら今しかないのである。 実際、悪戯のターゲットであるに、悪戯仕掛け人に対する害意などはこれっぽっちもなかっただろう。 リーマスは単純に一目ぼれだろうし、 僕をスライムまみれにした一件も、仕掛けたのはこちら側なのだ。 にしてみれば、身を守っただけであって、敵対心なんてあの時点ではあるはずもない。 そもそも、僕たち初対面だったし。 『悪戯仕掛け人』なんて言葉、転入生じゃ知らないよね。うん。 がしかし、そんな僕の内心に気付かなかったらしいシリウスは、その言葉にようやく表情を変えた。 「……挑戦状、か」 気だるげなそれが、怒りの形相へと変わる様はいっそ見事である。 思惑通り、彼が動き出しそうなその気配に、満足げな笑みが思わず浮かぶ。 冷静にしていれば、シリウスは間違いなく頭が良いのだが、どうも友人関係に話が及ぶと、 一気に直情傾向になって深く考えなくなるところがあるのだ。 情に薄い家庭環境への反発心も多分に含まれているのだろうが、 こういう時にのせやすいため、実はとても助かっている。 「売られたケンカは買わないとマズイよな」 友情に熱くなれるのは、彼の良いところだ。 「そうそう!流石シリウス。話が分かるね」 「……で、でも、い、一体、何をする、の?」 シリウスがやる気になったからだろう。 ピーターもおそるおそるではあるが、話の輪に加わってくる。 (いい加減、自分たちに対してもおどおどするのは止めて欲しいものだが、 性分というものがあるので、まぁ、仕方がないだろう) 二人の興味が湧いてきたところで、僕はさっとポケットの中からある物を取り出した。 「今回はシンプルさ。これを使おうと思うんだ」 その、ある物とは。 「って、ただの糞爆弾だろ、ソレ。 前にホグワーツ特急のところで失敗してたじゃねぇか」 「その通り!ただし、今回は前と違って、そう簡単に汚れが落とせなくしてあるのさ。 それと、何個も、それも別の場所から投げようと思うんだ。 こっちは、まだ彼の力量が分からないからね」 前回の廊下でのやり取りを思い浮かべる。 異国の魔法は驚くほど実践的で、なんともユニークなものだった。 スライムを使うアイディアなど脱帽物だ。 そして、魔法を連続使用する手際などからすると、はかなりの使い手と見たほうが良い。 ならば、ただ真正面から向かうのは馬鹿のすること。 まずは、相手がどれほどの腕前か確認し、今後の対策を練るのが先決である。 「つまり?」 「が談話室に戻ってくるところを、狙い撃ちさ」 その言葉に、ニヤリ、と僕たち三人にあくどい笑みが浮かんだ。 がしかし、そんな僕たちを見た瞬間、 その場で唯一言葉を発していなかったリーマスがようやく口を開いた。 「僕は遠慮しておくよ」 もちろん、それは予想されうる言葉だった。 彼と出逢ったその後、僕がをつけまわすのとは反対に、 リーマスは徹底的にを無視することにしたらしい。 挨拶をされようが彼がなにをしようが、完全にだ。 ある意味、嫌悪を示されるよりも辛い仕打ちである。 リリーに同じことをされたらと思うと、考えるだけで泣きたくなるくらいだ。 無視されるたびに項垂れるを何度見たことか。 (が、しかし、それでもめげないもだとは思う) 気分的には同情するし、共感さえしかねないくらいだが、 それでリリーの関心を引き付けているはやっぱり、僕からしてみれば邪魔者である。 積極的に関わってでも、黙らせるべき相手だ。 が、下手にリーマスに関わらせて、彼の不興を買うのは得策ではない。 (機嫌の悪いリーマスの相手なんていう恐ろしい役目、僕は死んでもごめんだ) そのため、僕は爽やかに手を振って彼を見送ろうとしたのだが、 シリウスはそんなリーマスの態度が納得できなかったらしい。 訝しげな様子を隠そうともせず、首を傾げた。 「?馬鹿にされたのはお前だろ。なんでやらない?」 「……そもそも係わり合いになりたくないんだよ。ああいうのと」 心底疲れたような声を出すリーマス。 まぁ、ここ何日か、あの告白事件のせいで、好奇の視線に晒されている彼のこと、 普段は表情に出さないようにしているが、大分焦燥しているらしいから、それも当然だろう。 元々、リーマスは身体が少し弱いのだ。 今は体調の悪くなる時期ではないが、そろそろどうにか騒ぎを収めないと、心身に負担が大きい。 どうやらシリウスもそのことに思い当たったようで、 「分かった。なら、お前は先に休んでろよ」と労わりの声をかける。 「そうさせてもらうよ」 「じゃあ、お、おやすみリーマス」 「うん。ピーターもほどほどにね」 「わかった」 「あ、じゃあ、リーマス。 とりあえず、寮の生徒がこっちにこないように見張りだけ頼んでも良いかい? 透明マントを使って良いからさ」 「……そのくらいならね」 抜け目なくそんなことを頼みつつ、僕らは配置に着く。 その様子をちらりと見上げ、騒ぎはごめんだとばかりに黒猫は優雅に談話室を出て行った。 カチコチ カチコチ コチコチ カチカチ カチコチ カチコチ コチコチ カチカチ 大時計がしんと静まった談話室で自己主張をし続けている。 トントン、とシリウスが苛立たしげに壁を指で叩く音が合間に響く他は、 普段の喧騒が嘘のように静かなものだった。 待ち人は、まだ来ない。 門限は十分ほど前に過ぎてしまったので、これでは規則違反確定だ。 他寮であれば、教授陣にリークするところなのになぁ、と少し残念である。 が、あれほど大胆なことをしでかせる人間が、規則破りなど気にするワケもないし、 そもそも同じ寮なので、減点なんてされてしまうと、自分達の寮対抗杯が遠のくだけなので、 仕方がなく、そのことを追求するのは諦める。 「……オイ。まだか?」 と、苛々と構えていたシリウスが不機嫌そうに唸った。 「そう苛々するなよ相棒。大丈夫、30分以上遅れて戻ることはなかったからさ」 「そうは言ってもな……。まさかもう部屋に戻ってるなんてことはないだろうな?」 「それを僕に言うのかい?」 「……いや、そうだな。ジェームズがそんな凡ミスをするワケがないか」 「まぁね。手はちゃんと打っておいたよ」 「手って?」 「別に難しいことじゃないよ、ピーター。 の部屋のドアに紙を挟んでおいただけさ」 「?手紙かい??」 「まぁね」 ウインクをしながら、暇つぶしがてら、の不在を確認した方法を披露する。 が、宣言通りそれは特に難しいことじゃない。 文字通り、ドアに紙を挟んだだけだ。 もっとも、その紙は「二人の仲を応援している」と書いて手紙のように見せかけたものだが。 が僕よりも早く部屋に戻ったならば、間違いなくその紙に気付いて回収するはずだ。 がしかし、その紙は今だにドアに挟まっている。 転入生で特別扱いをされているせいか、彼は部屋を一人で使っているので、 同室者に取られてしまう可能性もない。 そして、そのことを説明し、ピーターがそれは煌々しい視線を向けてきたその時、 カタン 「「「!!!」」」 肖像画の穴から、誰かが登ってくる気配がした。 瞬時に表情を引き締め、視線を交し合う。 正面の一番距離のある場所からはピーターが。 同士討ちの危険がある両サイドからは僕とシリウスが構える。 これで人違いだった日には大変だということは分かっているので、 あの特徴的な象毛色の肌が見えた瞬間に投擲することは打ち合わせ済みだ。 そして、穴をよじ登ろうと、同い年の少年にしては細い腕が覗いた瞬間。 「今だ!」 「くらえ!」「えいっ!」 糞爆弾の集中砲火が穴から這い出てきた少年、に降り注ぐ。 がしかし。 「…………」 『ホラ、言った通りでしょ?』 の口元は、不敵に釣り上がっていた。 「万全の守り!」 「「「!!?」」」 ベシャッ ベシャベシャベシャッ そして、僕たちが投げた糞爆弾は、まるでバットで打ち返されたかのように、 四方八方、まるで狙いもなく談話室中に飛び散った。 どうにか僕とシリウスの二人はそれを飛び退けたが、 とっさに動けなかったらしいピーターは糞まみれになって、半べそをかいてしまっている。 そして、息も絶え絶えな僕らを見て、はそれは楽しそうに笑った。 「えーと、大丈夫?」 笑い含みに言われて、シリウスなどは完全に怒髪天を突くが、彼はまるでお構いなしである。 「てっめぇ!」 「え、なに?僕自分を守っただけだけど。 それよりさぁ、なんでいきなり糞爆弾が飛んできたのか、君たち知ってるかな?」 「っ!!」 明らかに、自分たちの仕業だと確信していながら、 まるで歯牙にもかけないその態度に、正直感心する。 嫌味にしては、どうも毒気が少ないその様子に、特に彼は怒っていないらしい。 普通、ここは怒ってしかるべき場面だと思うのだが、 この間と違い、その表情は寧ろ楽しげでさえある。 さぁ、どうでる? 漆黒の双眸は、そう問いかけていた。 それならば、と僕も目でシリウスを制し、全力で笑顔を作る。 「ああ、なんだか、下級生が悪戯を仕掛けていたみたいでね。 そこに誰か通ったら、糞爆弾を浴びるようになってたんだ。 僕たちはそれに気付いて、誰か来る前に回収しようとしていたんだけど、 間に合わなかったみたいだね。ごめん」 「へぇ?そのわりには『くらえ』だの『今だ』だの聞こえた気がするけど。 僕の気のせいだったかな?」 「そうじゃないかな?僕たちには聞こえなかったよ。ねぇ、シリウス」 「え、あ、ああ……」 「ね?だからきっと空耳だよ。慣れない環境で疲れているんじゃないかな? 大丈夫かい?僕たちで力になれることがあったら言ってくれて良いからね」 「ありがとう。ジェームズは親切だね」 「なに言ってるんだい。同じグリフィンドール生じゃないか」 まるで予定調和のように、お互いがお互いのセリフに対して笑った。 そして、はひょいひょいと気軽に汚れていない床を進み、 「じゃあ、悪いけどここ片付けておいてくれるかな? 僕慣れない魔法使ったせいでヘトヘトなんだ」 そう言って、男子寮の階段を登っていった。 「「「…………」」」 残されたのは、僕たち三人と、見る影もなくなってしまった談話室だけだった。 「まいったなぁ。相手はかなりの強敵らしい」 口ではそう言ってみる。 がしかし、自分の今の表情が、その言葉とは程遠いそれだということは自覚していた。 とは、出会いが違えばすぐに良い友達になったのだろう。 これからでも、きっと彼は悪戯を仕掛けた僕たちと、 他と変わらずフレンドリーに接してくるに違いない。 「……まさか、諦めるとか言うつもりじゃないだろうな」 そんなことを考えていると、いつの間にか近くに来ていたらしいシリウスから声がかかった。 噛み付くようにこちらを睨んでくるシリウスの様子に、 不謹慎にも笑いがこみ上げる。 「やられっぱなしは、僕の性分じゃないよ」 仲良くなるのは、リベンジを果たした後だよね。 言葉にしなかったその思いは、ピーターのしゃっくりあげる声にかき消された。 さぁ、君は僕をどれほど驚かせてくれるのかな? ......to be continued
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