初めて見た異国の魔法はなるほど、とても興味深いものだった。 Phantom Magician、65 「……はぁ」 僕は今、非常に悩んでいた。 それもこれも、今日出会ったばかりの人間の奇妙奇天烈な行動のせいである。 ホグワーツ特急の中で多少(あくまでも多少、だ)話したことでも十分に分かっていたことなのだが、 =という人間は非常に変わっていた。 思考も、並はずれた魔法の技術も、言動も、全てがちぐはぐで。 まるで噛み合わない。 妙な人間、というのがもっとも相応しい形容だ。 奴は……生きている世界が違うかのように、全てが全て僕の予想の範疇を超える。 神聖な儀式を、さながら朝礼のように適当にこなす姿もそうだが、 それより、なにより直後に行ったルーピンへの告白(?)が何よりも謎すぎる。 あの、声が広間中に響いた瞬間、僕を含め誰もが耳を疑った。 あまりの馬鹿馬鹿しさに、僕の脳が理解を放棄しても、まるでおかしくはないだろう。 だが、しかし。 「……はぁー」 「そう気を落とさないで、。まだ挽回は……できなくもないはずよ」 「いや、もう絶望的なくらい無理だよ、リリー。 障害がありすぎて、もう何から手を着けて良いやらって感じだよ」 『……くすくすくす』 僕の恋する少女が、一生懸命奴に関わろうとするのだから、放っておくワケにもいかないのだ。 茫洋とした眼差しでリリーに応じる男は、生ける屍のようだった。 告白後の一瞬の沈黙の後、大広間は学期末の成績発表の如く沸いた。 特に渦中にあったグリフィンドールなど阿鼻叫喚だ。 飛び交う女子の耳障りな黄色い声や、男子の忌避する呻き声、野太い怒号、どれを思い返しても気分が悪くなる。 その凄まじい喧騒の中、リリーは蒼白になっていた奴の腕を問答無用で掴み、 この誰もいない廊下まで引っ張ってきた。 なんとなく彼女の制止の声が聞こえた時にそれは予想が付いたので、なんとか僕はその姿を追うことが出来たのだ。 幸い、ピーブズは近くにいないようで、ここはさっきの喧騒が嘘のように静寂が支配している。 どうやら追ってくる野次馬も、とりあえずはいないようだ。 そして、辺りを見回していた視線を、事件の犯人に向けてみる。 は、この世の地獄を見た、とでも言いたそうな表情で、 ぶつぶつとリリーと会話とも言えないような会話を交わしていた。 「あの凄まじい笑顔見た?あれ、絶対、今後一切口なんか聞いてくれなさそうだったんだけど。 っていうか、名前すら覚える気皆無だったんだけど」 「私も、あそこまで敵意むき出しのルーピンは初めて見たわ。ある意味、印象には残ったと思うけど」 「まっくろくろ○けもビックリの黒さだったよ。 でもさ、でもさ?あんな可愛いショタリーマス見てこの迸るパトスを抑えるとかなにその無理ゲーって感じじゃね? そりゃ、告るっしょ。寧ろ抱きつかなかった自分はまだ理性があった方だと――……」 若干以上意味の分からない言葉を発する。 正直、本気であんな告白をする人間がいるはずもないので、あれは何かのポーズ、 もしくは、悪戯仕掛け人に対する捨て身の攻撃かなにかで。 (未だかつて、あれほどまでに悪戯仕掛け人に赤っ恥をかかせた人間はいないだろう) そうであれば、僕の同志、とまではいかないまでも、天晴れな男だと思わなくもなかったのだが。 どうも、あれは掛け値なく本気だったらしい。 それだけは、その土気色の顔から、かろうじて僕にも分かる事実だった。 いや、しかし、それにしても。 普通に考えて、あんな告白を、美少女でもなんでもない、 おまけに同性に出逢い頭にされて上手くいくはずがないだろう。 コイツ……頭が悪いのか? 「いや、寧ろ頭が弱いのか……」 「セブルス!」 僕の暴言をうっかり聞いてしまったらしいリリーに小声で窘められる。 慌てたように彼女はを顧みるが、奴は現在進行形で現実逃避をしているので、聞かれた心配はない。 そもそも、聞かれたところで大した問題にはならないだろう。なにしろ事実である。 リリーは僕を眼中にも入れていないの様子に一度ほっと安堵の息を漏らすと、 きっとこちらを強い視線で見てきた。 「は今、傷心なのよ?傷を抉るようなことは言わないで」 「だが、リリー……。あれは自殺行為以外の何物でもなかっただろう」 「それは……そうかもしれないけれど」 流石に否定はできなかったらしく、リリーも言い淀む。 それを見て、この隙にどうにかして奴から距離を取らせようと、僕は畳みかけることにした。 「だろう?こんな状況判断もできないような人間を君が気にかける必要はない。 こんな風に話しているところを見られたら、君にまで妙な憶測が飛び交うに決まっている。 だから、早く寮に戻った方が良い。そして、この男には極力近づかないんだ」 こんな男、リリーには百害あって一利もないに決まっている。 その意識も手伝って、どうにか彼女を言い包められないかと発した一言。 けれど、誰よりも正義感に溢れる彼女は、寧ろその一言に頑なに反発した。 「それは、に関わるな、ということ? 必要がないですって?私は必要なんかで友達を選んだことは一度もないつもりよ」 「リリー……」 「私には、こんな風に意気消沈しているを置いて行くなんてできないわ。 はね、熱い子なの。だから、さっきはちょっと暴走してしまっただけなのよ。 セブだって、が悪い子じゃないことくらい分かるでしょう?」 「それは……」 まるで、年下の少女について語るようなリリーの口調に、どう返して良いか迷う。 確かに、は一般に言う悪い人間からはかけ離れた男だろう。 それよりも、寧ろ悪い人間に良いように操られて騙される側の人間だと思う。 だがしかし。 は年下の少女などではなく、同い年の男なのである。それも同性愛者の。 それをフォローするなど、僕の沽券にかかわるではないか。 というか、普通に嫌だ。 だがしかし、恋する少女の言葉を無碍に否定することも憚られる。 彼女との信頼関係はその程度のことで揺るぎはしないと思いつつも、 最近彼女から白い視線を向けられることも多くなってきた自分だ。 僅かなことから亀裂が入らないとも限らない。 よって、僕はどのように返答するのが一番良いのか分からず、困ったように視線を彷徨わせた。 すると、その瞬間、が苛々と猫を怒鳴りつける声が聞こえた。 『……くすくすくす。ぷっくくっあーっはっはっはっは!』 「笑うんじゃねぇっそこ!」 『だ、だって……くくくっ。君、あれはないよ。あれは。 あー、本当に君って子は!あんまり愉快なことしてくれるから腹が捩れて仕方がない』 その言葉に、思わず視線が床に移る。 笑う、という表現で合っているかは分からないが、 確かに猫は機嫌よさそうにごろごろと喉を鳴らしながら、床を転げまわっていた。 人間で言うなら、腹を抱えて大爆笑、といったところだろうか。 飼い猫にまで笑われるとは、本当に情けない男である。(今も涙目だ) と、その猫の態度に思うところがあったのだろう、リリーは転がる猫を掴んで止め、 それは真面目な表情でそれを窘め始めた。 「スティア、は悲しんでいるのよ?それを笑ってはいけないわ」 『フン。君に忠告を受ける筋合いも、そう呼ばれる覚えもないね』 すると、途端に猫は不機嫌そうににゃーと唸った。 嗚呼、猫にまできちんと対応するなんて。 リリーはやっぱり優しすぎる。 こんな男にそこまで心を砕いてやる価値などないというのに。 と、どうにか奴から引き離そうとする僕とは裏腹に、はその言葉にいたく感動したらしく、 それは嬉しそうにリリーに向かって腕を広げた。 「リリー……っ!」 ぶちっと。 その瞬間を見てしまった僕は、自分の頭の血管が切れる音を確かに聞いた気がした。 「どうしよう、僕リリーに惚れそう!」 「そうね。あんな腹黒よりは私の方がを幸せにしてあげられると思うわ」 「うわん、リリー大好き!愛してる!」 「ふふっ、私もよ」 がばっと抱きつくに、猫を放りだしつつそれを笑って受け入れるリリー。 ニコニコと笑い合う彼女たちは、嗚呼、まるで付き合いたてのカップルのようだ。 ……自分で思った形容に思わず吐き気がした。 「、貴様――っ!!「エバンズ!!?」 が、しかしその気持ちの悪いやり取りを止めさせようとした僕の怒号は、 廊下の向こうから聞こえてきた悲鳴じみた声にかき消された。 「……ポッター」 を見ていた時とはまるで違う温度の呟きがリリーから洩れる。 それも当然だろう。 彼女の視線の先には、彼女も僕も毛虫の如く嫌う、眼鏡の男が立っていたのだから。 だが、奴はリリーのその苦虫を噛み潰したような表情にはまるでとりあわず、 血の気の失せた顔でこちらを指さしてきた。 「どうして君が留学生と!?そいつはリーマスに告白するような奴だよ!? はっ!まさか……っ!」 泡を喰った様なその態度が滑稽だと思う。 そして、奴は彼女たちの隣にいる僕にはまるで目もくれず、 まるで気づいてはいけないことに気付いたかのように頭を抱え出した。 「あああああああ!同性愛者を装ったのはリリーの気を引くためっ!? な、なんてことだ!そんなまさか!? いや、でもスリザリンにされそうになってたワケだし考えられなくもっ!? このままじゃ僕のリリーが……!?いやまて落ち着くんだジェームズ=ポッター! 僕はリリーにふさわしいできる男だ!今ならまだ悲劇は回避できるはず!!」 色々突っ込みたい所が多かったが、(誰が『貴様の』だ。誰が) その思考の一足飛びには呆れを通り越して関心が先に立つ。 なるほど、そういう見方もあるのか、と。 そう考えてみれば、確かに今の状況は危機的なそれだ。 何しろ、それが本当だとしたら、まんまと奴はリリーの華奢な体を抱きしめているのだから。 と、リリーはしかしそんな見方は頭の隅にでも浮かんでいないらしく、分かりやすいくらい憤慨していた。 「……本当に失礼ねっ!自分を一体何様だと思ってるのかしら!?」 少々、その怒り具合が不自然なくらいだったが、 彼女の奴への思い入れはどういうワケだか相当なもののようだから、 まぁそこまで不思議でもないのだろう。 彼女が実はホグワーツ特急で同じ発想をしていたことなんて考えも及ばない僕は、そんなことを思う。 「エバンズ!今すぐその男から離れるんだ!君は今狙われている!!」 と、こちらへと駆け寄りながらそんなことをのたまうポッター。 リリーが心配ならば、僕も奴のように声を荒げてから彼女の身を救出すべきなのだろう。 実際、先ほどはそこまで考えていなかったものの、彼女にベタベタとする奴を引きはがそうとしたのだ。 インドア派の自分以上に華奢なのこと、簡単にそれはできるだろう。 がしかし。 「分かっていたことだけれど、ポッターの頭のネジは何本か飛んでいるようね」 「それも、かなり大事そうなのが、だねぇ。 リリー、心の底から同情するよ。あんなのに付きまとわれるなんて恐ろしすぎる」 「っ!分かってくれるのね、」 「いやぁ、知ってたけどさぁ。あれはなんていうかドン引きっていうか。 しかもあれ素でしょ?限りなくオーバーリアクションが素って、ありえねぇだろ」 白けた瞳をする奴に、そんな大層な思惑があるようにはとうてい思えないのも事実だった。 リリーに抱きついているのも、なんというか、下心があるとかそういう感じではなく。 そう、ホグワーツ特急でも感じた、家族に対するような。 同性にするような。 そんな不思議な、妙な気易さ。 もちろん、これは単なる直感であり、彼女の安全を保証するようなものでは全くない。 けれど。 普段の自分ではありえないことに、僕は奴が彼女に手を出すことはないと、半ば以上確信していた。 だからだろう、僕はこの事態に静観する立場を取った。 ポッターがリリーを助け出す(?)も良し。 逆にポッターが撃退されるも良し。 どちらに転んでも、僕にとって不利な展開にはなりえない。 そして、そんな僕の目の前で、ポッターはに向かって杖を向けたっ!? 「エバンズ、伏せてっ!!」 「ポッターっ!?」 「麻痺せよ!」 そして、繰り出される赤い閃光。 咄嗟に魔法を出そうとするが、杖をローブの中に仕舞っていた僕ではまるで反応できない。 「きゃあっ!」「リリー!」 『護れ!』 悲鳴のような声が僕からも、彼女からも漏れる。 だがしかし、その閃光は、僕たちの見ている目の前で、まるで妨害でも喰らったかのように弾かれた。 驚きに目を見開く反面、嗚呼、そういえば僕の魔法もこうしてかき消されたのだ、と頭の片隅が理解する。 そして、同時に現れた彼女の無事な姿に酷い安堵が溢れた。 思わず、それをなしたであろうを見る。 奴は、リリーを懐に抱え込んでいた。 まるで、とっさに身を呈して呪いから守ろうとしたかのように。 そう、どういうワケだか、この男、防御には酷く長けているようなのだ。 日常で攻防戦を繰り広げているワケでもあるまいに、その反応の速さ、魔法の正確さは驚嘆に値するものだ。 そのことに、内心感謝している自分がいた。 「「「…………」」」 ポッターも、相手が一筋縄ではいかないことを悟ったらしい。 一気に詰めて来ていた足を緩め、様子を窺うかのように彼女たちと距離を取る。 がしかし、結論から言えば、それは悪手。 リリーを抱きしめていた男は、ふつふつと、その形相を悪魔のように変貌させてポッターを睨みつけた。 「ふ……ふふ……」 「?」 「僕を攻撃するのは百歩譲っても許せないが、リリーも巻き込むなんて万歩譲っても許せない!」 「……っ」 『それ、結局は許さないんじゃないか……』 「この僕に攻撃してきた愚かさをその身で思い知れっ!」 「!?」 そして、繰り出される魔法の数々。 正直、見たことも聞いたこともない呪文や魔法だったが、あれは恐らく奴の故郷の魔法なのだろう。 とても興味深かったので、ここに書き留めておく。 「ファイヤー!」 「熱っ!?うわ、ローブに火がっ!?」 「アイスストーム!」 「冷たっ!?なんだこの魔法!!?」 「ダイアキュート!」 「ひぃっ!?がちがちがちがち」 「ブレインダムド!」 「むぎゃっ!?ひ、ひみははにをっ!?(き、きみは何を!?)」 「じゅげむ!」 ボンッ 「ぎゃっ!!」 効果のほどを説明しよう。 まずポッターのローブが燃え。 吹雪が襲い。 下半身氷漬けの人間が出来上がり。 人語を解せなくさせられ。 小規模な爆発に巻き込まれた上で。 (いつもわざとらしくくしゃくしゃの奴の髪が、大層愉快なことになった) 「ばよえ〜ん!!」 「ぐああぁぁあぁあぁー!!?」 トドメとばかりに降ってきた大量のスライムによって奴はその場から消失した。 スライム、というのは、所謂、魔法生物の中でも下等な存在である。 話すこともできなければ、臆病で、森の奥深くから決して出てこない、大変弱い生き物だ。 がしかし、奴らは分裂のスピードが尋常ではないという特性を持つ。 自身に危機を感じれば、奴らはその身を守るために大量の同族を生み出すのだ。 そのため、好奇心旺盛な子どもが家にスライムを持ち帰り、 その家がスライムによって破壊された、という逸話も残るほどである。 つまりは、弱いけれど取り扱い厳禁の危険生物。 それが大量に降ってきて、どんどん増殖するのだ。 すると、見る間にスライムの山に埋もれる人間の完成である。 初めて見る召喚魔法だが、なるほど、確かにあれは効果的だ。 あくまでも、こちらも圧迫されないほど広さのある空間でなら、という注釈付きだが。 あれではポッターはしばらく動けまい。 リリーに杖を向けたことは万死に値するが、まぁ、この見るからに間抜けな姿に少しは溜飲が下がる。 そして、その召喚を行った当の本人はといえば、その効果に満足そうな笑みを浮かべているのだった。 「うーん。対ピーブズ用に考えていたのがこんなところで役に立つとは……。 なんか想像以上におじゃま○よが可愛くないけど、まぁ良しとしよう!」 『……良いんだ、それで』 ……訂正しよう。 奴が長けているのは、どうやら防御よりも攻撃の方だ。 教えを請うのは気が進まないので、後でこっそり真似でもしてみるか。 ......to be continued
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