さぁ、最後の戯れを。 Phantom Magician、198 抱きしめた体は温かくて、あたしはボロボロとひたすらに涙を流していた。 心の底から、良かった、と思う。 スティアが生きていて、良かった、と。 そう思ったのに。 「セクハラ呼ばわりとか、どういうつもりだこの野郎!!」 あたしの真心と寿命を返せっ!! 涙目で睨んでも迫力なんて皆無なのは知りながら、 あたしはスティアを怒鳴ることしか出来なかった。 で、対するスティアはといえば、 「はぁー。あー……煩い」 殊更面倒臭そうに、秀麗なお顔を歪めていらっしゃるっ! どうせなら素敵な笑顔でお礼を言って欲しいところなのに、 まるでそんなこととんでもない!とでも言いたげに、スティアは嫌〜な表情をしていた。 わざわざ!敢えて!そんな表情をしている気がする。 正直、あたしは途中からヴォルデモートの打倒なんかよりも、 スティア救出の方に重きがいっていたというのに。 なんて助け甲斐のない奴だろう……。 がしかし、なにはともあれ、彼が無事なのは良いことだ。 あたしは無理矢理に自分をそう納得させることにした。 ところが、そこでめでたしめでたしーとしようとしているあたしとは違い、 現実主義なスティアはひょいっと、自分を救った物体を拾い上げる。 そう、あたしが咄嗟に投げつけた、クマのぬいぐるみだ。 「えっと……なんだか、よく分からないんだけど。 ヴォルデモ―ト何処行った??」 「……今更だね。」 記憶にある限りでは、スティアに杖を突きつけていたのしか分からないんだが。 あたしが強烈な閃光に目をやられている内に、闇の帝王はいなくなっていた。 周囲にあるのは、ボロボロにされたポッター家の内装くらいのものだ。 と、あたしが周りをきょろきょろと見回していると、 スティアはごくごく短い調子で「ヴォルデモートは、もういないよ」とだけいった。 「もう、いない?」 「そう。もう、ここにはいない」 これ以上は、何も言う気がない。 スティアからはその雰囲気が濃厚に漂っていたので、あたしも口を噤む。 「…………」 本人ではないとはいえ、自分の子孫のような存在だったのだ。 それがいなくなったことに、複雑な想いもあるのだろう。 多分、本人は決して認めようとはしないだろうけれど。 そして、スティアはクマの人形をこれでもかってくらいに、矯めつ眇めつし。 やがて、労うかのようにぐりぐりとその頭を撫で回す。 ふわふわの毛が、見るからに気持ち良さそうだ。 だがしかし。 今、この状況で、そのクマを撫で回す、その神経があたしには理解できないっ 「……素朴な質問して良い?」 「うん?」 「投げといてなんなんだけど……そのクマ、なに??」 「なにって……君の四次元ポ〇ット??」 「いや、そうじゃなくて!」 ぶっちゃけて言うと、ヴォルデモート倒したのがそれな気がしてならないんだけど!? 「……あー」 「あたしがそれ投げた瞬間だよね!?あの強烈なバルス並みの光が溢れたのって! なにそれ、閃光弾!?スタングレネード!?」 なにが怖いって、そんなものとは知らずにぞんざいに扱ってた自分だよ! 闇の帝王退けるとか、一家に一匹欲しいわ!! がしかし、そんな戦慄するあたしに対し、スティアは軽く首を捻った後、 ひょいっと気軽な感じで、そのクマを投げて寄こした。 「って、うぉおおぉい!!?」 避けたら、またなにか爆発しそうな気がして、 あたしは慌ててそのクマに手を伸ばす。 (受け取った後に、この距離で爆発したらあたしヤバくね?っていうのには、後から気づいた) がしかし。 ボスッ 「〜〜〜〜〜〜〜っ……あれ?」 クマは、あたしが結構な衝撃で受け止めた後も、沈黙していた。 にっこりと、可愛らしく上がった口角も、そのままだ。 と、あたしが間抜けのように口をぽかんと開けているのを見て、 スティアはそれは楽しそうに口の端を歪める。 「心配しなくても、それはただの収納付きのぬいぐるみだよ。 もっとも、そこに『対魔法防御』っていうオプションが付くけどね」 「ま、魔法防御??」 「うん。多分、これ魔法族が作った物じゃないんじゃないかな? 小鬼とかもそうだけど、魔法生物が作った物には特殊な加工をするのが多いからね。 魔法やら呪いやらを弾く布製品、だなんて、如何にも魔法嫌いの連中が作りそうなものだ」 「え、じゃあ、なに? これ、さっき闇の帝王の魔法やら呪いやらを弾いたってこと?」 「うん。死の呪文を」 「な に そ の、ハ イ ス ペ ッ ク !!?」 アバダるのって、そんな簡単に防げるものじゃなかったよね!? 「ぷっ!アバダるって……なに、その造語??」 「違うっ!今注目すべきはそこじゃない……っ」 「いやぁ、考えうる限り、最強の盾だったね。もっと早く気づけば良かったよ。 まぁ、純血主義は魔法生物を軽んじる傾向が強いから、因果応報、自業自得だね」 けろり、となんでもないことのように言うスティア。 結構どえらいもんを、初期装備で持っていた点については、特に言及しないらしい。 あれ、どうやって手に入れたんだっけな……? 気が付いたらずっと持ってたんだけど。 なにしろ、時系列があたしと世間では違うので、ややこしいのだ。 とりあえず、あたしが最初、ダンブルドアにあのクマを貰った時点では、 あの中には色々な物が入っていて…… 「って、あ!」 「うん?」 「しまった!あたし、このクマ、ダンブルドアに渡さないといけないんだ!」 でないと、未来のあたしが一文無しになってしまう。 そう、色々なことを総合するに、あのクマのぬいぐるみは、この世界に来たばかりのあたしが困らないように、 あたし自身が準備していたものなのだろう、という結論に達したのだ。 なので、このテディベアの中には自分の今までの持ち物はもちろん、 こまごまとした日常品も収納してあった。 (ええ。もちろん、あのいちご柄パンツも入れましたとも) (だって、日常品買いに行ったら売ってたんだもん。そっくり同じのが) ところが、このテディベアは何故だか分からないけど、移動の魔法が使えないのだ。 なので、パッと送ってしまう、ということが出来ず、人間がどうにかこうにか運ぶしかない。 がしかし、あたし達には実はそんなに時間がないのである。 なぜならば、 「うーん。流石にピーター探すのに時間がいるからねぇ。そんな時間はないかな」 あたしにとって、ヴォルデモートを倒せばそれで終わり!ではないからだ。 ピーター=ペティグリュー。 あいつを捕まえないと。 あたしの旅は終わらない。 「正直、スティアとふざけてる時間もなかったんだよね!?」 「うん。まぁ、なかったけど。しょうがないよ。 自分を立て直す時間は必要だからね」 そして、どうしたものかと慌てるあたしに、スティアはにっこりと笑みを浮かべて上を指さした。 なんだかとっても嫌な予感を覚える、それは輝く良い笑顔だった。 「こういう時こそ、フクロウ便だろう?」 ズタボロのポッター家の階段を慎重に上り、 辿り着いた部屋にいた茶フクロウは、 「ギャーっ!ギャーッ!!」 はっきりいって、狂ったように叫んでいた。 発狂ってこういうのをいうんだろうな、と他人事ながら思ってしまったくらいである。 で、そんな奴に郵便をお願いするという、完全なる罰ゲームをあたしは敢行し。 結果、ポッター家は倒壊した。 「〜〜〜〜〜っ」 「いやぁ、まさか君がずっこけた衝撃で家が崩れるとは……。 、いつの間にそんなに太ったの??……いてっ!」 「全部、お前らがドンパチやってたせいだろうが……っ」 新居を破壊してしまったという事実に打ちひしがれる間もなく、 失礼なことを宣うスティアの頭を引っぱたく。 例え、崩れる壁やらなにやらから守ってくれたとしても、到底看過することは出来ない暴言だった。 そりゃあ、そうだよね。 あんな、壁やら柱やらにダメージがあって、普通に建ってられるはずないよ。 断じて!あたしの体重云々は関係なくっ! 寧ろ、二階に向かってる最中でなくて、不幸中の幸いだったよっ で、まぁ、流石にクロースも自分が騒いだ結果、家が壊れ。 且つ、生き埋めから助けられたという事実は認識したらしく。 あたしの方を極力見ないようにしながら、スティアからクマと手紙を受け取る。 (手紙は事前に用意してあった物で、ダンブルドアに後始末を色々頼む内容だ) (ちなみに、もちろん受け取り拒否は不可である) くれぐれもダンブルドアに直接届けるように念押しし、 スティアはクロースを星の輝く夜空へと放った。 その背中が、段々と遠ざかっていくのを、二人で静かに見送る。 「――さて。うっかり家が壊れちゃったから、急がないといけないね」 そして。 今後の為に、なによりも大切な魔法をスティアにかけて貰った後。 スティアは、そう言って周囲を見回した。 彼の予想によると、ピーターはこの近くで経緯を見守っているとのことだった。 「前もそう言ってたけど、ところで、なんでそんなこと分かるの??」 「だって、原作ではシリウスがハグリッドにバイクをあげちゃってただろう?」 「うん??」 「あの時、ピーターの裏切りを知っていたのはシリウスだけだった。 で、奴の性格上、周囲に相談なんかせず、単身ピーターの制裁に乗り出したはずだ」 そうなると、バイクなんて便利な乗り物を、普通は手放さない。 それなのに、ハグリッドには「もう必要ない」と言って、バイクを渡してしまった。 「なんでだと思う?」 「……んー。バイクがいらない、つまり近場を探すつもりだったから?」 「それだと多分、点数的には50点だろうね。 近場を探すつもりでも、近場にいなかったら結局は移動するだろう? だからね。僕はシリウスはその時、 自分と同じようにショックを受けているピーターを見つけたんだと思うんだよ」 「!」 確かに、ピーターの立場になってみれば、裏切り者としての華々しいデビューだ。 出来るだけ近くでそれを見ていたい、というのが心情のはず。 「なら……ポッター家が崩れたら、ピーターはここにやってくる?」 自分の、成果を知るために。 その心なんて計り知れないし、知りたくもないけれど。 得意げなアイツの表情を思い浮かべてしまい、反吐が出そうな気分になる。 「多分ね。でも、それだとまだ弱いから、出来れば彼に来て欲しいんだけど」 「?『彼』??」 「そう。来てるんでしょ?君と一緒に」 「!」 それって、まさか……と、あたしがその人物の名前を挙げる、まさにその直前だった。 ふっと、頭上に黒い影がかかり、「これは……っ」と震える声が聞こえてくる。 ばさり、とローブをはためかせて、セブルスがあたし達の背後に立っていた。 「り、りー?」 その顔色は蝋燭のように白い。 血の気は失せて、唇は青く染まり、 見開かれた目は、異様な輝きを放っている。 そして、あたしが現状を説明しようとしたその瞬間、 彼は鬼気迫る表情であたしの肩を鷲掴みにし、その唇を戦慄かせた。 「リリーは……っリリーはどうした!?まさかっまさか……っ!!」 「いやいやいやいや!リリーは無事だから!大丈夫だから!!」 「大丈夫!?なにがどう大丈夫なんだ!!? お前の大丈夫ほど当てにならないものはないだろう!!」 「ひどっ!?」 「彼女は何処だ!?何処にやった!!」 もはや軽くパニックである。 が、気持ちはもちろん分かるので、あたしも懸命に宥めようとするが、 なにしろ、この教授様は基本、人の話を聞いてくれないっ 掴まれた肩も痛いし、どうしようかと困っていると、 「煩い」 ばっさりと。 彼の焦燥を切り捨てたスティアが、あたしにするようにセブルスの頭をひっぱたいた! 仮にも、自分のことを心配してくれていた相手に対し、酷い仕打ちである。 突然のことに目を白黒させるセブルス。 (多分、そんなぞんざいに扱われたことがあまりないのだろう) それに対し、スティアは、にっこり笑ってこう言った。 「待ってたよ。セブルス」 あ、これ、さっき見たヤバイ笑顔だ。 その一分後、セブルスはスティアからの要請という名の強制によって、 その杖腕を高々と天に向かって突き上げることになる。 「……闇の印を!!」 もう、昨日には戻れない。 ......to be continued
|