大事だから、手放した。





Phantom Magician、195





人現れよホメナム・レベリオっ」


ヴォルデモートが異変を察知したのは、敵ながら見事と言う他ない。
しかし、隠れた者をあぶり出すのなら、それはこの家に着いた瞬間にすべきだったのだ。


「「!?」」


七つの鐘が鳴り響く中、はほんの一瞬その姿を現し。


カランッ


乾いた音を立てる杖を残して、青い光の中に消えて行った。
驚愕の表情で、僕を見て。
心の中で、悲鳴を上げて。
僕を案じていた。

その声なき声が。
瞳が。
胸に刺さる。


「貴っ様っ!」


すると、ヴォルデモートは、どうやら今の状況を察したらしく、 青い光が収まるとほぼ同時に麻痺呪文をこちらに放っていた。
いつもなら、簡単に避けられた。
でも、の姿を目に焼き付けていた僕は僅かに反応が遅れ。
右腕に、魔法が掠める。


「っ」


直撃にならなかっただけマシだが。
その瞬間、自分が中々に苦しい状況に陥ったことを悟った。
なにしろ、全盛期の闇の帝王相手に、左腕一本で立ち向かわなければならないのだから。
まさか、ヴォルデモートといえど、の姿を現すことに、こんな付加価値が付こうとは思わなかったことだろう。

圧倒的に有利な立場になったことに未だ気づかない奴は、激昂しながら、なおも呪文を連発する。


「言え!女はどこに子どもを連れて行った!?」
「……やれやれ、だ」


どうやら、まだ自分のことをジェームズだと思っているらしい。
それをどうにか利用できないか、頭の中でシミュレートしてみる。
僕がジェームズだとしたら、本当なら、奴にとって一蹴してしまう存在だ。
原作でそうであったように。

でも、ハリーの不在を考えれば?


「さぁ?リリーが何処に行ったかなんて、知らないな……」


ヴォルデモートは、僕を殺せない。
少なくとも、ハリーの居場所を知るまでは。
となれば、やることは一つである。

僕は真っ直ぐに奴の顔へと杖を向けた。


「アバダ・ケダブラ!!」
「っ!?」


緑の閃光が、長身の影に向かって伸びる。
がしかし、不意をついたにも関わらず、ヴォルデモートはそれを飛び退けて回避した。

一発で決まれば、こんな楽なことはなかったんだが。
流石に、そこまでの実力差はない、か。

と、奴は今のやり取りで冷静さを取り戻してしまったらしく、それはもう、心底訝し気に僕を睥睨する。


「許されざる呪文、だと……?」


ああ、まぁ、正義の味方の不死鳥の騎士団はそんなもの使わないよね。
サラザールの時代ではそうじゃなかったけど、現代は人間に使っただけで終身刑だし?
で、お優しく捕まえて、アズカバンにでも入れる、と。
……死なせた方がよっぽど優しいんだけどね。


「別に僕は君がアズカバンで生きる屍になっても構わないんだけど」


サラザールの子孫がどうなろうと、どうでも良い。
子や孫ならともかく、その末裔の末裔だ。
スリザリンの血なんて、発狂しようが、なにをしようが特に思うことはない。
でも。


「少なくとも、一回は死んどいてもらわないと」
「!」

分霊箱ホークラックスを何個も作るようなキチガイだ。
シリウスでさえ脱獄できるような場所に押し込めておくだけなんて、そんな危ないことはない。
そんな生き物、息の根を止めるに限る。

ほら。大好きなサラザール=スリザリンに殺されるなんて、本望だろう?

もっとも、僕はと言えば。


「君のことが大嫌いなんだけどね」


前に、ダンブルドアにも言ったことがあったけれど。
僕と違って、役割に縛られるでもなく、自由で。
紛い物などではなく、本当の命を持っていて。
時間に限りなんてなくて。
やろうと思えば、なんだってやれるくせに。
無い物強請りで、周囲を巻き込むコイツが、僕は嫌いだ。
長くもない人生で、大嫌いな人間ベスト3に入る。
憎らしいと言っても良い。



だから、コイツを倒す役目は、僕のものなんだよ?



いっそ晴れやかと言っても良い位、明るい調子で告白し、 僕は丁度ヴォルデモートの傍にあった趣味の悪い花瓶(多分ペチュニアからの)を、リリーのお望み通り粉砕した。







粉々レダクト!」
苦しめクルーシオ!」
麻痺せよステューピファイ!」
服従せよインペリオ!」
護れプロテゴ!」
爆破エクスパルソ!」
固まれデューロ!」


赤かったり、緑だったり。
極彩色の光が、家中を乱舞する。
その光量からいって、掠っただけで危険なレベルの魔法の応酬だ。
見る見る内に、ポッター家の内装は見るも無残な有様へと変貌する。

花瓶が割れて。
クッションは裂け。
クマのぬいぐるみは吹き飛び。
壁には、風通しの良すぎる穴が開く。

だが、お互いに家具を盾にしたり、魔法で弾いたりで、決定的な攻撃にはならない。

何度攻撃しても、効果がない。
おそらく、そんなやり取りが今までなかったのだろう、 ヴォルデモートは見るからに苛々とした表情を隠そうともしていなかった。
そんなのだから、僕も攻撃が躱せるのだが、そこには思い至らないようだ。


「っく!何故だっ」


人の心を読むことはあっても、 自分の考えを見透かされる経験はあまりないらしい。

あー、でも、分かるわかる。
普通に心を読んでばかりだとさ、 相手の表情だの目線だのって気に留める習慣がないんだよね。そもそも。
そんな必要、まるでないから。
だから、心を読めない相手への対応が、分からない。
分からないと、平静ではいられない。

今も僕に「開心術ばかり使っているからじゃない?」と返され、驚愕に顔が歪む。


「なっ」
「格下ばかり相手にしてるのが悪いんだよ」


その点、サラザールは違った。
閉心術の使える天才が、周囲に三人もいたから。
僅かに漏れる心と、彼らの態度から、人の気持ちを考える力を身に付けたのだ。

ヴォルデモートも、きっとトムの時は違ったんだろうにね。

圧倒的力を付けてしまったが故の慢心。
それが、お前の隙だ。


「だから、勝つのは僕だ」


痺れる腕に、言い聞かせるように呟く。
奴を冷静にさせてしまえば、片手の使えない僕の負けだった。


錯乱せよコンファンド!」
「っ」


ただし、激昂させ続けるのもいけない。
何故ならば、ハリーを倒すことよりも、僕への憎しみが勝ってしまえば、 奴は簡単に「アバダ――」と叫ぶことだろう。

アバダ・ケダブラは唯一、盾の呪文も効かない、絶対不可避の呪いなのだ。
当たれば即座に死亡のチート魔法、文字通りの一撃必殺である。
かなりの魔力を必要とするので、乱発出来ないことだけが弱みだが、 純血を極めた血筋のせいか、魔力が膨大なヴォルデモートはそんなことは気にしない。
間違いなく、当たるまで連射してくることだろう。
となると、腕が痺れて使い物にならない僕では、少し分が悪い。


切り裂けセクタム・センプラ!」
「なっ!?」


かといって、姿くらましで奴と距離を取る、という戦法も無理だ。
この家は、奴が来た時点で姿くらましが出来ないよう、外から結界が張られている。
つまり、ホグワーツと同じで。
ここから移動出来るのは、あらかじめ行先を指定されている移動ポートキーか、 魔法使いが使う以外・・の移動術しかない。

まぁ、そんなことは何年も前から予想出来たから、を逃がせたのだけれど。


怒ってる、だろうな……。


の、泣きながら怒っている姿が、鮮やかに目に浮かぶようだった。
「スティアの馬鹿!」と、事態を察して、ぽろぽろと。

あれで結構、涙もろいから。
人のことを心配してばかりの、お人よしだから。



だからこそ、その手を汚させたくなかった。



は自分と離れてしまえば、魔法は使えない。杖もないから、なおさら。
しかも、彼女はゴドリックの谷の正確な場所も把握していないだろう。
だから、戻ってこれるはずなど、ないのだけれど。
しかし、自分の予想を軽々と超えてくるのが、 という子だ。
長引かせれば、折角引き離したのが無駄になる。
自分の危険も省みないで、戻ってくるに決まっているのだから。

ゴドリックの谷とを飛ばしたホグワーツでは、かなりの距離があるが、 しかし、そこで楽観視するつもりは自分にはない。
全力を持って、最速で闇の帝王を排除する。

僕は、部屋にあった観葉植物を闇の帝王に投げつけ、奴が怯んだ隙に、足元の絨毯を浮遊させる。


浮遊せよウィンガーディアム・レヴィオーサ!!」


そして、目論見通りヴォルデモートはバランスを崩し。


麻痺せよステューピファイ!」


狙いのそれた魔法が、僕の頭上の照明を破壊する。
それは、勝負を急ぎ過ぎたが故の、失敗だった。


「っ!」


ヴォルデモートですら予期していなかった攻撃で。
僕は今まさにトドメを刺そうという体勢だったため、回避に気を取られてしまう。


「チッ!」


咄嗟に前へと飛ぶが、僕とヴォルデモートでは、奴の方が体勢を整えるのが早かった。
視線が、交錯する。


苦しめクルーシオ!」
「ぐぁっ!!」


と、緑の光が、僕の体から自由を奪う。
目の前がチカチカと点滅して。
全身に激しい痛みが、苦しみが、溢れる。


「くっっ……そ……」


またかよっ。
思考できたのは、その位だった。

四肢がバラバラにされるような。
いや、いっそ四肢をバラバラにして体から切り離してしまいたくなるような。
そんな苦痛。

無意識に体を、地面を掻きむしってしまう。
人間は一か所しか痛みを知覚できないなどという話を聞くけれど、そんなのは嘘っぱちだ。
痛まない箇所がない位、全てが痛い。
鈍い痛み、鋭い痛み、継続する痛み、一瞬の痛み。
ありとあらゆる痛みが主張する。


いたい痛いイタイ痛いいたい痛いイタイitai痛い
痛いイタイ痛いいたい痛いイタイいたいイタイ痛い
イタイ痛いいたいitaiイタイ痛いあいたい痛いイタイ


そのあまりの苦しみに、呪いの効果が途切れた後も、しばらくはそれを知覚できなかった。

そして、ヴォルデモートはすっかり己の身支度を整えて、悠然とこちらを見下ろす。
用心してか近づいても来ないので、死力を振り絞っても倒すことも出来ない距離だ。
魔法使いとして、これ以上ない間合い。
投げナイフの一つでも用意しておくべきだったか、と悔やまれる。


「言え。子どもは何処にいる?」
「……知らないね」
「……見かけほど賢くないらしいな。苦しめクルーシオ!」
「っっっっ!!」


僕は嘘など吐いていない。
知らないものは知らないのだ。
それなのに、無駄な拷問をする闇の帝王。


「……はっ……は」


酷く滑稽だな、と頭の片隅で嘲笑する。
がしかし、どうやらそれは表情にも出てしまっていたらしく、 ヴォルデモートの拷問は更にしつこく続けられた。






願うのは、君の笑顔。





......to be continued