変わらないね、と君は言う。





Phantom Magician、192





その日、私は間違いなく、かなり不機嫌だった。

がシリウスに会いたいと言ったのは良い。
彼女の騎士団入りを阻止した身としては、偶に級友に会いたいという要請を、無下に断れなかったし。
その相手が学生時代特に仲の良かったリリーやジェームズじゃなかったという点も、 子育てで忙しいだろうからという彼女の言葉は尤もだから、問題ない。

では、なにがそんなに気に入らないのかと言えば、 彼女がいつも以上にしっかり気合いを入れた格好をしていて、 彼氏である自分と逢う時以上の緊張を見せるからだ。

に限って浮気なんてしないとは思うのだが、 なにしろ、彼女は極度の面食いである。
しかも、シリウスも女関係に関する信頼はかなり低い人間だ。

本当は二人だけで出かけた方が、闇の陣営等のことを考えると良いのだろうが、 私は変装をした上で、二人と一緒に遊ぶことにした。


「心配しなくても、シリウスとどうのこうのなんてあり得ないのにー」


待ち合わせ場所の叫びの屋敷の前の柵に凭れながら、はけらけらと軽く笑う。
以前出会った、美しい青い鳥を思わせるような、綺麗なワンピースが、風に吹かれていた。
その姿は彼氏の欲目を抜きにしても、とても可愛い。
心配にもなろうというものである。


「……嫉妬深くて悪かったね」
「いやぁ、寧ろ、ここで嫉妬してもらえなかったら、それはそれで悲しいから無問題モウマンタイ!」


にこにこと愉し気に笑う彼女は、いつもよりテンションが高かった。
いっそ・・・不自然なくらいに・・・・・・・・
そんなにシリウスに会いたかったのか、と思うと、こちらのテンションはだだ下がりなのだが。

シリウスは性格に若干の難があるものの、良い男である。
容姿、家柄等々、自分にはまるでない物でいっぱいな彼に、嫉妬しても仕方がないのは分かっているのだが、 やっぱり女性はそういう物を気にするだろうかと考えてしまう。
もちろん、はそんな物より私が良いと言ってくれるのだが、 それはそれで、「そんな彼女を信じられない自分」に対して自己嫌悪が沸き起こり、 最終的には落ち込むのだ。
なんという負のスパイラルだろう。
自分が明るい性格でないのは百も承知だが、が関わるとそれに拍車がかかる気がする。
多分、それを彼女に言えば「あたしのせいかい!?」と盛大に喚くことだろうが。

そして、そんな風につらつらと余計なことばかり考えていると、 不意に、背後から「ムーニー?」と訝し気な声が聞こえた。
それに反射的に振り返るものの、私は最初、それがシリウスの声だとは到底思えなかった。

なにしろ、その声というのが、


「ひゃっほぉっぉおおおおぉー!やだ、もう!シーちゃんマジ超美女!!」
「……シーちゃんってなんだ」


そう、どう聞いても女性だったからである。

…………。
……………………。
…………いや、確かに変装して来いとは言ったけどさ。


「……まさか女装で来るとは思わなかったな」
「俺も、お前の金髪姿が拝めるとは思ってなかったぜ。
ちなみに女装っていうか、完全に女になってるんだけどな?胸揉んでみるか?」
「え、良いの!?」
「いや、なんでそこでが喰いつくんだい?」


自分の彼女が別の女性の胸を揉む姿なんて、そうそう拝みたいものではない。
私は、狂喜乱舞するに若干以上引きつつも、やんわりと暴走を制止する。

……の面食いはどうやら異性に限った話ではなかったようだ。

止められて不満げなは、口を尖らせながら「リーマスが揉んだら問題じゃん」と言うので、 とりあえず、その空っぽそうな頭を叩いておいた。
(ついでに、阿呆なことをそもそも言いだした黒髪の美女にも同じように一撃を加える)


「……っ酷い!DVだわ!!」
「これはどっちかっていうと教育的指導だよ」
「なんで俺まで……」


ぼやくシーちゃんに、とりあえずもう一発お見舞いし、 私はとりあえず、三本の箒辺りを目指そうかと話を進める。
特になにをするとも決めていなかったので、まずは腰を落ち着けようといったところだ。

二人はその提案にあっさりと同意し、三人で連れ立って歩き出す。
……もの凄くどうでも良い話なんだけど、今の私達は端から見たらどういう集団なんだろう。
美女二人に男一人だなんて、言葉だけだと修羅場が待ち受けていそうだが。


「ハリーが本当に可愛くてなー。この間なんか――……」
「うわ、ずるい!あたしだってハリーと戯れたいのに――……」
「そうそう、それでジェームズがハリーを――……」
「マジで!?うわ、それ見たかったー!ハリーには多分――……」


女性陣(?)を見る限り、殺伐とした雰囲気は皆無である。
シリウスがハリーの話となると目を輝かせるところを考えると、 「楽しい話題で盛り上がる美女二人と荷物持ち」の構図か。

今も、いっそロンドンに繰り出してハリーの服を……なんて二人が相談しているので、 予想は大きく外れない気がする。
(にしても、シリウスはともかく、は一度しかポッター家に行っていないはずなのだが。
どうして、そんなにハリーの性格云々にまで言及しているのだろう?あ、妄想か)

まぁ、自分はお邪魔虫としてついてきたのだから、 二人が楽しんでいるなら、後は野となれ山となれ、だ。

そして、過剰なスキンシップ以外は、基本黙認するつもりで、 二人の会話になんとなく耳を傾けていると、その内、お目当ての三本の箒に辿り着くことが出来た。


「さあ、楽しいグループデートの始まりだ!」







「……ありえない」


高らかに宣言しながら入店した時とは打って変わって、 はげんなりした声でダイアゴン横町の通りの隅に蹲っていた。
その悲壮感たるや、背後に黒妖犬グリム吸魂鬼ディメンターでもいるんじゃないかというくらい重苦しい。


「いや、私はなにかあるのは予想の範囲内だったけどね」
「……じゃあ、止めてよ!頼むから!!」


の非難がましい声、その原因はというと、


「……あー、さっぱりした!」


晴れやかに腕をハンカチで拭う黒髪美女だった。

から、少しも晴れやかでない視線を送られても、 シリウスはまるで意にかえさないらしく、 やれやれと、他人事のよう肩をすくめて見せる。


「しかし、まさかベラと間違われるとは・・・・・・・・・・・・・なー。俺、あんなに化粧濃くないんだが」
「従姉と雰囲気似てるの自覚して、この美女が!」
「後半悪口じゃなくないかい?」


そう、私は一度もお目にかかったことがないので分からなかったが、 今のシリウスは女性に変身した結果、図らずも、
従姉であるベラトリックス=レストレンジと似てしまった、ということらしい。
ベラトリックスといえば、例のあの人の狂信者というのが、専らの評判だ。

で、幾ら美人とはいえ、そんな人間が、 賑やかで人も多い大衆食堂のような場所に行けばどうなるか……。

一言でいえば、ハチの巣をつついたような騒ぎになった。

いや、私もシリウスがあんなに迫力美人になっていた時点で、 その辺の教養のなさそうな連中からナンパされたりなんだり、 騒ぎが起きるかもしれないとは思った。
そうなると面倒だが、シリウスやは喜びそうだな、と。
だが、死喰い人デスイーターの幹部の一人に間違われるとは、流石に思ってもみなかったのである。

よく見れば分かりそうなものだが、 正義感の強そうな、どう見ても単細胞そうな男に、シリウスが腕を掴まれたのを皮切りに、 悲鳴やら怒号やらが入り乱れるそれは酷い惨状に、私達は巻き込まれる羽目に陥ったのだ。
咄嗟にを庇って、店から即座に撤退したのは良いものの、 突然の喧騒&いきなりの姿現しで、は軽く瀕死である。
どうやら、どさくさで軽く暴れてきたらしいシリウスとは正反対に。


「大丈夫かい、?」
「ありがと……うー……胃がムカムカする……っ」
「なんだ、具合悪いのか?お前」
「OMAE NO SEI DA YO!」


とりあえず、適当にその辺で買ってきた飲みものを手渡したが、 シリウスに噛みついている様子を見てみれば、まぁ、すぐ回復しそうではあった。
なので、とりあえず、シリウスの髪をどこにでもいそうな茶色に変え、 私達は、手近にあったアイスクリームパーラーで一旦休憩することにした。

オープンスペースでの飲食なので、少しばかり背中が心もとないが、 まぁ、逆に言えば、背後にさえ気をつけていれば、周囲を見回し放題ということだ。
死喰い人デスイーターも、まさか騎士団の人間がこんなところで、 暢気にアイスをぱくついているとは思わないだろうから、 ある意味、変装の甲斐があった、というところだろう。


は?なにか食べるかい?」
「チョコミントー」
「俺は良いわ。なんか飲みもの頼む」
「はいはい」


本当であれば、彼氏彼女である私とが残るところなのだろうが、 私がアイスを好きなだけ選ぶのを知っている二人は、 付き合っていられないとばかりに、手を振った。

美女二人が取り残された図に、今度こそナンパが心配ではあったが、 まぁ、気分の悪くなっているの手前、シーちゃんが力いっぱい撃退してくれるだろう。
という訳で、私は心置きなくレジの方へと向かい、 散々悩んだ挙句、店主に無理をいってクアドラプルアイスを作ってもらった。
(店主はそのバランスの悪さに苦笑しきりだったが、 ちょっとしたタワーのようなその四段重ねには、自分で自分を賞賛していたりする)

いやだって、二つだとか三つだとかに絞れないじゃないか。
これだって、流石に自重しての四段だったんだよ?

折角だから、のチョコミントも一口貰おう、そう思いながら二人のところへ行くと、 がシリウスになにかの包みを渡したところに遭遇した。


「…………」


大きさは手の平サイズで、中にはなにか柔らかい物が入っているのか、 少し全体がしなっとしている。
プレゼントというには素っ気なく、白い紙で包まれたそれは、軽く犯罪臭い。


「えっと、薬物ドラッグ?」
「どらっ!?ちょ、リーマス!人聞き悪いこと言わないでよ!?」
「なんだよ、違うのかよ」
「違うわ!」


ついでに言えば、賄賂でもない!とは絶叫した。
うん、私達よりも君の声の方がよほど大きくて人聞きが悪いんだけど、 まぁ、そこにはそっと目を瞑ってあげよう。

では、私のいないところで何をこそこそ渡していたのかといえば、 時季外れではあるが、ハロウィンで使えそうな悪戯グッズを貰ったので、
そのおすそわけということである。


「普通に自分で使えよ、それ」
「っいっぱい貰ったんだよ!
んでもって、悪戯グッズ使いそうな人間、周りにいないんだよ!!」
「にしたって、なぁ?」


「俺だってそんな悪戯なんかしてるほど、暇じゃない」とでも言いたそうなシリウス。
まぁ、不死鳥の騎士団なんてものに所属していて、 こうして変装でもしないと出かけづらい身の上では、当然の反応である。
が、そんなことはだって百も承知のはずだ。
それでもわざわざ渡すというのは、一体、どんな悪戯グッズなのだろうと思っていると、 シリウスも同じく気になったのだろう、無造作に包みを開けようとして、


「開 け ん な ?」


コンマ1秒の素早い動きで、に手を押さえつけられた。
しかも、かなりドスのきいた声と共に。
あまりの過剰反応に、二人で揃って目が丸くなってしまう。


「なんで開けちゃいけないんだい?」
「お前、俺になに押し付けたんだよ?」


シリウスの目は、完全に危険物を見るそれになっていた。
すると、は私達からの当然の疑問に対し、 「いや、あの、えーと」と、どこかしどろもどろになる。
で、挙句に出てきた言葉が、


「ま、万が一暴発すると、被害が甚大になるから……?」


という、なんとも物騒なものだった。
(いや、もう本当に何を渡したんだろう?)


「おまっ!それ厄介ごと俺に押し付けたって言わないか!?」
「……あー、そうとも言う?」


開き直ったのか、にっこり笑った彼女は、 無情にも「受け取った瞬間から、半径50m以上離れると暴発します☆」と爽やかに言い放った。
それを聞いた時のシリウスの表情ときたらそれは見物だった、とだけ言っておこう。


「……それ、身につけておけ・・・・・・・ってことじゃねぇか」
「うん。簡単に言えばそうだね。あ、そうそう――……」



がっくり項垂れるシリウス。
しかし、彼の受難はなおも終わらない。

は笑顔のままで、杖を取り出し、あっという間にその謎の包み紙に向けて魔法を放つ。
慌ててシリウスが手を放したおかげで、包みはパーラーのテーブルの上で、の魔法を受けた。
すわ暴発するか!?と若干テーブルと距離を取った私だが、


「「?」」


包みには、特になんの変化も訪れなかった。
思わず、問いかけるような表情で彼女を見つめると、 それを受けて、はぐっと親指を立てる。


「安心して!これで、十月になるまで・・・・・・・、包み開けられないから!」
「「!!」」


良い笑顔だった。
良い仕事をした職人が浮かべるような、満足気なそれである。

がしかし、私には今後の展開がばっちり読めてしまい、 アイスと共に若干彼らと距離を取ることにする。
……ホラ。だってアイスを避難させないといけないだろう?
嗚呼、のチョコミントが溶けてきちゃったな。
仕方がない、私が食べてしまおう。

そして、私がきっかり3m彼らから離れた直後、 ぷるぷると拳を震わせていた茶髪の美女は絶叫して、に杖を向けた。


「ふざけんなああぁああぁぁぁあぁあぁあぁー!!」
「ぎゃああぁあぁあぁぁぁあぁあぁあぁぁぁー!!」








その後、三本の箒はおろか、アイスクリームパーラーからも出禁をくらった私達は、 大人しくハリーの服を見繕って、解散する運びとなった。
あまりに、変わらない二人のやり取りも。
馬鹿げた顛末も、懐かしくて。
今日、こうして会えて良かったと、最後にはそう思った。

どうやら、それはシリウスも同じようで、


「これからしばらく、騎士団の方の都合で会えなくなるんでな。
まぁ、お前らが相変わらず馬鹿みたいに元気そうで安心した」


どこかほっとしたような。
どこか切なくなるような。
そんな表情で、最後に笑った。

私も騎士団に所属はしているけれど、一人一人の細かい動きなんてものは分からない。
それを把握するのは、ダンブルドア唯一人で十分だからだ。
しかし、それでもシリウスが、どこか危険な行動を取りそうなのは、分かった。


「…………っ」


も、それを悟ってしまったのだろう、 普段の彼女からは考えられないことに、 無言で、シリウスを力いっぱい抱きしめる。

まるで今生の別れのように・・・・・・・・・・・・

その、あまりに重苦しい雰囲気に、流石のシリウスでさえ苦笑し、 どこか戸惑ったように、の頭を撫でた。



「あー……大丈夫か?
「…………」
「幾ら俺の胸が立派だからって、そこに顔埋めてたら窒息するぞ、オイ」


え、そこ?

他にもっと言いようがあるだろう、と私が突っ込むか否か思案していると、 が小さく「シリウスの阿呆」と呟いた。
(私もそう思う)


もうちょい感動的に別れさせてくれたって良いじゃんか。
ばーか、ばーか、ばーか!」
「オイ」



流石に目の前で馬鹿と連呼されて、いい気分にはなれないらしく、 シリウスが軽く咎めるような声を出す。
すると、はまるでなにかを踏んぎるかのように、ぱっとその身を翻し、 杖を握った。

そして、私が帰るのかと声を掛けようとした、その瞬間だった。


「シリウス!」


彼女が、傍らに立つ親友の名前を呼んだ。
その表情カオは、夕陽を背にしているせいで、よく分からない。

きっと、そのことをシリウスはずっと気にかけることだろう。
だって、それが彼女との最後・・・・・・・・・だったから。



「大好きだったよ!死ぬな、馬鹿!!」



言い逃げるように、彼女はすぐさまそこで姿くらましを行った。

後に、シリウスが受け取ったのは小さなブランケットの切れ端で。
ロングボトム家が危ないと知らせる手紙が付いていて。
悪戯グッズでもなんでもないことが発覚するけれど。

それが、分かった時には、もう、彼女はどこにもいなかった。



――今までありがとう。ごめんね。



最期、彼女が私に別れを告げた時に、 その体を、抱きしめていればなにかが変わっただろうか。

行かないでと叫べば、君はまだここにいた?

今更の問いに、答える声はなく。
その問い自体に意味はない。

全ては、もう終わってしまった物語だから。





変わりたくなかったんだと、私は言った。





......to be continued