なにより聞きたい言葉は、決して聞いてはいけない言葉で。 Phantom Magician、188 ちゅん、ちゅんと、軽やかな鳥の鳴き声がする。 クリスマス当日の朝は、気持ちの良い冬晴れらしく、明るい陽光が窓辺から差し込んでいた。 その光を瞼に感じ、ゆっくりと目を開く。 ……本当だったら、ここで「あー良い天気」だの、 「まだ布団から出たくないよう、しくしく」だの、 まぁ、そんな言葉が漏れるところなのだが。 あたしの口から飛び出したのは、 「ぎゃあっ!」 という、それはそれは残念な悲鳴だった。 「……煩いな」 「いやいやいやいや!そんな文句言われる筋合いないんですけども!?」 普通叫ぶだろう! だって、何故かあたしの布団にリーマスが潜り込んでいる!! ……普通叫ぶだろう!!(大事なことなので二回言いました) あたしの素晴らしい記憶力によれば、昨日はふっつーに「先寝るねおやすみー」と、 シャワーを浴びるリーマスを残し、あたしの方が先に就寝したはずだ。 もちろん、自分の部屋に! なにしろあたしのことなので、眠さのあまりリーマスの部屋に入り込む可能性も0ではないが、 しかし、枕元にいるテディなベアがそれを否定する。 となれば、リーマスが勝手に入ってきたとしか思えない訳で。 え。ひょっとしてリーマスこそ、眠さのあまり間違えた? ……ヤダ、なにそれ!想像するとちょっとときめく!!(え) と、あたしが寝ぼけ眼のリーマスを想像してちょっと身もだえていると、 そんなことは露知らず、自分のベッドのようにくつろいだ体勢のリーマスからご注進があった。 「もう少し、可愛らしい悲鳴は上げられないのかい? さっきのだと、彼氏がいて驚いたっていうより、不審者がいて驚いたって感じなんだけど」 「ベッドに忍び込んでくるのは日本では不審者と呼ぶの(きぱっ)」 いや、まぁ、ラブラブカップルであれば、そういうことももちろんあるんだけどさ。 しかし、リーマス相手にウェルカムな態度を取ろうものなら、その後が怖い。 なんていうか……狼さん的な意味で。 同棲して1年を超えているし、付き合っている年月は更に数年プラスなので、 もちろん、カマトトぶるつもりはあたしもない。 ないが、しかし! 最低限の安全地帯を作っておかないと、あたしの心臓がもたないっていうか! もうね、リーマスってば彼氏モードの時、本当に色気ヤバいのよ!? 完全に空気からして違うっていうか! 普段リーマスが飲んでるココア以上に甘ったるい感じ? リーマスとつき合うようになって「デレ」という言葉を、あたしは身をもって知ったのだ。 「いや、もうあれはもはや『デレ』を超えた『蕩れ』っていうか……」 「は?」 「や、うん。なんでもないっ」 まさか、こんなところで、がはらさんの気持ちが分かろうとは。 「で、なんでいるの?リーマス」 さり気なく着衣の乱れがないことは、最初に叫んだ時点で確認済なので、 そこそこの心の余裕と共に、とりあえず尋ねてみる。 すると、てっきりはぐらかすなりなんなりするだろうと思っていた彼は、 しかし、それはもう天使のような純度百%の笑顔と共にこう言った。 「……うーん?そうだな。が恋しくて?」 「っっっっ」 救心が欲しくなった今日この頃だった。 その後、「これは大きな猫これは大きな猫」と心の中で百回くらい呪文のように唱え、 どうにかこうにか、動悸・息切れが収まったあたしは、 それはもうナチュラルに、服を着替えるから出ていけ☆とリーマスを追い出すことに成功した。 甘えてくるリーマス、マジヤバい!と朝から瀕死状態である。 どうすんだよ、まだクリスマス始まったばっかりだっていうのに。 ちなみに、ここ数日はクリスマスの準備をしながらイチャコラしていたため、 当日にやることと言えば、プレゼント交換くらいのものである。 御馳走も仕込みは終わっているので、のんびり過ごせるというものだ。 スティア曰く、こうしてクリスマスがちゃんと祝えるのは、あと二回あるかないかということだったので、 それはもう、はりきって色々準備したのだ。 この日の為に買っておいた新品のスカートとセーターに袖を通し、 あたしは、リーマスへのプレゼントを片手に、リビングへ向かう。 すると、 『…………』 それはもう冷たい眼差しのスティアさんが、 ソファの上からこっちを睨みつけてお出迎えだった。 「……お、お、お、おはようございます?」 『……おはよう』 がしかし、朝からのラブコメに対して文句が飛び出てくるかと思った小さなお口からは、 至極普通の、朝の挨拶しか出てこなかった。 ……いや、もう、逆に怖いんですけど、それ。 がしかし、藪を突いたら蛇が出てきそうな気もしたので、 あたしはわざとらしく「いやぁ、お腹すいたなぁ」と呟きながら冷蔵庫を漁る。 後は焼くだけのお手軽ピザを発見し、あたしはいそいそとオーブンへそれを放り込んだ。 もちろん、自分で薪に火をつける訳ではなく、つまみをグイっと動かすだけのお手軽電気タイプ。 あれだよね。文明の利器万歳☆ あたしはこの家に住むに当たって、それはもう色々なマグル製品(むしろ日本製品)を持ち込んでいた。 リーマスは純血ではなくても、生粋の魔法族なので、最初こそ不思議そうにしていたが、 あたしが使い方さえ教えれば、あとはもうすっかり順応してしまった。 (未来でこの家に、ナチュラルに電化製品置いてあって、実はちょっと不思議だったんだよねー。 掃除機はなんでかなくなってたけど。……馬鹿犬が壊したのか?) 電気さえ自家発電機を設置してどうにかこうにかしてしまえば、後はもうひたすら便利、の一言である。 もちろん、魔法も便利なんだけど、あれは魔法の腕だの、集中力だの、まぁ、色々いるじゃん? 食材の長期保存とかも、そんな安定して効果出るかっていったら怪しいし。 となれば、マグルのお子さんでも簡単利用できるマグル製品の方が楽だったりする場面もある訳で。 結果、我が家は良い感じに魔法と文明機器が混在していたりする。 まぁ、流石にね?スマートフォンなんて物は存在してないので、携帯的な物は持ててないんだけど。 ついでにいうと、現代じゃ考えられないくらい、レトロ感満載の家電なんだけど。 ないよりは絶対良いって感じ。 で、それを使って、スティアへのミルクをぬるーく温め、そっと献上する。 「えと……なんか、その、ごめん?」 『……はぁ。はいはい』 同じくらいのぬるい謝罪に、スティアは悟りを開いたかのような表情で嘆息した。 な、なんか諦められてるっぽい? なんとはなしに取り繕いたい気分になったあたしは、 いっそのことダッシュで自室へスティアへのプレゼントを取りに行くか、と思案していたが、 当の本人に「出しておいてくれれば勝手に持って行くからいい」と言われてしまったりする。 多分、この後やってくるであろうリーマスに、 プレゼント貰ってウッキウキ☆な姿を見せたくなかったに違いない。 シャイなあんちくしょうである。 『間違ってはいないかもだけど、言い方っ!』 「え、シャイボーイの方が良かった?」 『だから、言葉のチョイスおかしくない、君!?そんな年喰ってないでしょ!』 「え、これってそんな古い感じの言葉だった? おっかしいなー。なんとなく聞き覚えあるんだけどなぁ?」 『古い言葉かどうかはともかく、古いセンスなのは間違いないと思うよ』 演歌ラブな男の分身から、言葉のセンスが古いとか言われた。 時代錯誤な言葉ちょいちょい使う奴の分身から、センス古いってっ! なんだこの、やりきれなさ! と、いっそ首絞めたろか、と物騒なことをエセ関西弁で考えていたあたしに危機感を覚えたのか、 スティアさんは、華麗に今までの話の流れをぶった斬って、 昨日、あたしが散々飾りつけをしまくったクリスマスツリーを前足で指し示した。 『そういえばプレゼント来てるよ。いらないの?』 「そこはせめて『開けないの?』にして!」 今にも捨てられそうだったので、慌ててそっちに飛びつく。 すると、カラフルでファンシーな包装紙から、シックな色合いの包みまで、 それはもうたくさんのプレゼントがツリーの下に山と積まれていた。 ぶっちゃけ、幹が見えないw 去年もそうだったのだが、イギリス人は案外義理堅いのか、 よく分からないホグワーツ生からも「へ」「先輩へ」とクリスマスカードやプレゼントが届くので、 結構な量になってしまうのだ。 (ちなみに、その大量のプレゼント(差出人不明)は笑顔のリーマスに没収された。 正直助かったけど、どうなったのか怖くて聞けない) とりあえず、リーマスの血管を守るためにも、 あたしは大急ぎでプレゼントの仕分けを開始する。 もちろん、このご時世なのでヤバいもんが混ざっていたら、という危険もあるのはあるが、 だったら、先に起きてきていたスティアさんがチェックしているはずだ。 安心して手を出せるというものである。 分類としては「リーマス宛」「あたし宛」「あたし宛の差出人不明」である。 まぁ、差出人不明といっても、あたしがよく知らない名前、というだけで記名があるものが結構あるのだが。 ごめん、ちょっと記憶にないのはパスするわ。 「えーと、これは見知らぬ人、見知らぬ人、一つ飛ばして、見知らぬ人だな。うん」 『彦摩呂かい』 いつの間にか隣にやって来ていたスティアさん。 すると、丁度彼宛のプレゼントがあったので、あたしはひょいっとそれを前に置いてやった。 「はい、リリーからメリクリだって。猫まっしぐらな奴」 『……毎度、有難迷惑だよね、それ。 僕、そういうの食べないってリリーにちゃんと伝えてくれてるの?』 「……えー、あー、うーん?」 すみません、ぶっちゃけ言えてません! だって、リリーが「スティアは気に入ってくれたかしら?」って可愛く訊いてくるんだよ? 一口も口つけません、とか間違っても言えないじゃん! 『それは分かるけど。そこをなんとかしてよ』 「なんともならないんだよ、それは」 ただ、うっかりリーマスに猫感満載の物体を食べないでいるのがバレると、 また七面倒くさいことになりそうなので、あたしはとっとと片づけるように勧めてみる。 すると、それをもっともだと思ったのか、スティアは何故かその缶詰を銜えて、 シュタタっと、リビングから出て行った。 と、それとほぼ間を置かずに、 「君の使い魔、なにか銜えてったけど、大丈夫?」 顔を洗ってさっぱりした顔つきのリーマスが現れた。 (なるほど、スティアさんはこの気配を察したらしい) 「あー、あれはリリーからスティアへのプレゼントだから大丈夫。 どこかに隠しておいて、後で食べるつもりなんじゃない?」 「ふーん?自分で缶詰を開けて?」 「ま、まぁ、人型になれるからっ」 自分で言っておきながら、ケーが猫缶から中身をもぐもぐ食べているのを想像すると、違和感しかない。 キャビアとかなら、まだ似合いそうなんだけど……。 がしかし、他に言いようはなかったので、まぁ、良しとしよう。 そして、あたしがいそいそとプレゼントの仕分けをしていることに気づいたリーマスは、 のしっと、あたしの頭に顎を乗せながら、その作業に参加してきた。 つまりはあれだ。後ろから抱きつかれている格好である。 どうやら、今日のリーマスはスキンシップをしたい気分らしい。 「お〜も〜い〜。じゃ〜ま〜!」 「しょうがないじゃないか。今日はこんなに寒いんだから」 いや、確かにくっついてた方が温かいけど、 作業しにくいったらないよ、この体勢。 が、引きはがそうとする方が、よっぽど体力を使いそうなので、 あたしはやれやれ、とリーマスを背負った状態でプレゼントを引き寄せる。 「もー。はい、これはリーマス宛ね」 「ありがとう」 「これは……誰だろ?知らん」 「じゃあ、それはここに避けようか。 こっちのは……ああ、ジェームズからだ。はい、これが君ので、こっちは私の」 「なんだろ、結構重いね。……あ、これもリーマスの」 「うん」 「こっちのは、リーマスだね」 「はいはい」 「んで、これが……リーマス」 「誰かな?……ああ、エメリーンからだね」 「…………」 エメリーンって誰だよっ! 文字の感じと名前からして、間違いなく女性からのプレゼントに、一瞬手が止まる。 がしかし、束縛系女子だと思われるのも嫌なので、すぐに作業を再開したあたし。 はっきり言って、気づかれないレベルの動揺だったと思う。 ところが、背後から、くすくす、とそれはそれはご機嫌な笑い声が聞こえてきてしまった。 「ふふっ……気になった?」 辛うじて舌打ちを控え、ツンとした態度で次のクリスマスカードに手を伸ばす。 「別に〜?あたしはそんな了見狭くありませんー。って、あ、クィレルぱいせんからだ」 「…………」 何処から送ってきたものか、この真冬に真夏の海が描かれた色鮮やかなカードに、 話題逸らしでない興味を覚えたあたしだったが、 しかし、その素敵カードは、リーマスのしなやかな指に攫われて行ってしまった。 で、慌ててそれを取り返そうと腰を浮かせたものの、 「ちょっとっ」 「悪いけど、私は結構了見が狭いんだよ」 にっこり笑顔のリーマスが腕に力を入れれば、もう抵抗は無意味である。 むっとしながら、手を出してカードの返還を求める。 「リーマス。それ捨てたら、あたし怒るからね」 「君と彼の関係を教えてくれたら、返してあげるよ?」 「ドSな先輩とただの幼気な後輩(きぱっ)」 それ以上でも以下でもなく。 友達以上でも恋人未満でもない。 これほど分かりやすい関係が他にあるだろうか、って位の健全(?)なお付き合いである。 変に勘繰るのをぜひぜひ止めろ、と言外に込め、 あたしはリーマスを睨みつける。 と、その言葉に嘘がないことが分かったのだろう、 リーマスはぽんっと軽くあたしの手にカードを返してきた。 そして、一言。 「私のも、ただの仕事仲間からの物だよ」 「……は?」 「さっきの、エメリーン。だから、君が心配するようなことは何もない」 「…………」 いや、リーマスはそう思ってても向こうはそうじゃないかもしれないじゃないか、とは言えない。 何故なら、今あたしがそう言ってしまうと、その言葉がブーメランのように戻ってきてしまうからである。 なにも、「やきもち焼かなくても君一筋だよ☆」とか言ってくれれば良いだけの話なのに。 これだから頭の良い人間は嫌になる。 なんだかやり込められてしまった感が強くて、 あたしは結局、口をへの字にしながら、作業を再開することしか出来なかった。 で、そんなあたしを見て、当のリーマスはといえば、またもくすくす笑っているのだから、始末に負えない。 気持ち、さっきよりも乱雑にプレゼントをより分け始めたあたし。 が、なにしろその対象がクリスマスプレゼントなんていう、どうしたって嬉しい物なので、 あたしは少しすると、不機嫌でいることの難しさを悟った。 いや、だって本当にこれプレゼントか?って素っ気なさの紙袋とかから、 明らかに手作り感たっぷりのシャンプーセットが出てくるんだぜ? どこかで見たような神経質そうな字でラベル書かれてるし。 幾ら差出人の名前が書いてなくても、不機嫌そうな仏頂面が目に浮かぶようである。 今のご時世、死喰い人からのプレゼントを受け取ってにやにやしてるのは、多分あたし位のものだろう。 で、ある程度分類が終わった後、知人からのプレゼントを開け始めれば、 もうさっきまでの気分の悪さはものの見事に吹き飛んでしまった。 ペアのマグカップやら、魔法界で今話題のファッショングッズ。 はたまたお菓子の詰め合わせだの、バリエーションはとても豊かだ。 リーマスと違って。 「嗚呼、ハニーデュークスの新作チョコだ」だの、 「ここのキャンディ、いつも美味しいんだよね」だの、 そんな独り言が聞こえてくるので、リーマスにはお菓子の山が届いているらしい。 あたしだって、リーマスへのプレゼントと言われれば、真っ先にそれが思い浮かぶ。 ただ、揃いも揃って甘い物ばかりなので、端から聞いていると可笑しくて笑ってしまうのだ。 特に新作チョコは是非とも分けて貰おうと考えながら、 あたしはリリーからのプレゼントに付いていたメッセージカードを取り上げ。 そして、 「……あ」 物語のページをめくる音を聞いた。 思わず、そのカードを持つ手が震える。 なにしろ、不意打ちだった。 心の準備など、なにもしていなかった。 だから。 カードを取り落とさなかっただけ、凄いと思う。 と、あたしが急に体を固くしたことに気づいたのだろう、 リーマスが訝し気な声を上げて、後ろからそのカードを見つめる気配がした。 「?どうかした……えぇ!?」 リーマスでさえ、驚愕するその内容とは。 和やかなクリスマスの挨拶に始まり。 リリーの懐妊を知らせる言葉で締めくくられていた。 「凄いじゃないか!とうとう、あの二人にも子どもが出来たんだね!」 「まったく。ジェームズも一言くらい教えてくれたって良いのにっ」 「そういうところがジェームズに似ないと良いんだけど」 「今頃は、シリウスも大騒ぎだろうね」 「……そう、だね」 珍しくもテンションが高く、喜色満面になったリーマス。 でも、あたしは、そう同意するのが精いっぱいだった。 リリーが妊娠して嬉しい。 ハリーが生まれてきてくれることが、嬉しくて堪らない。 リリーの体が心配だけど、未来を知っているあたしからすれば安泰も良いところだ。 独身のやっかみはなく。 妬み嫉みがあるでもない。 でも。 『でも』という言葉が、頭の中を駆け巡る。 分かっていたことだった。 事前に知らされていたことだった。 でも。 カウントダウンが始まったのが、胸に迫る。 自分でも、こんなに複雑な気持ちになった自分が、不思議だった。 と、流石にあたしの態度がおかしいと思ったのか、 リーマスがあたしを呼ぶ声がした。 「……?」 それはそうだろう、こういう場合、両手放しで大喜びするのがあたしという人間だ。 それなのに。 「す、凄いね!男の子かな!?女の子かな!?」 「急いでお祝い考えなきゃ!あ、でもまずケーキとかかな!?」 「悪阻とかって、いつからなんだっけ!?柑橘系食べたがってないかな!?リリー」 喜びが、空回りする。 満面の笑みを浮かべたはずなのに、頬が引きつる。 声が裏返って、喉に絡まる。 嗚呼、どうして。 どうして、素直に友達を祝えないんだろう。 涙は浮かんでいなくても、あたしの心は泣いていた。 「……」 すると。 そのあたしの戸惑いに、リーマスは困ったような表情をしながらも。 そっとあたしの体を反転させて、正面から抱きしめてくれた。 どくん、どくん、と、静かで規則正しい鼓動が、耳に流れ込んでくる。 「……、落ち着いて」 「う、うん……」 きっと、友達の幸せを素直に喜べない、嫌な奴だと思われたに違いないのに。 リーマスの声はどこまでも穏やかで。 優しくて。 「どうかした?なんだか、凄く変な表情になっているよ?」 「う……」 「恥ずかしくなんかないから。なんでも良いから言ってごらん」 言えない。 リーマスとの別れが見えてしまったのだなんて。 言えるはずがないのに。 あたしは、ぎゅっと、声にならない嘆きを込めて、彼のシャツを握りしめる。 すると、リーマスはあたしの背を宥めるように撫でながら、 小さく小さく溜息を零した。 「やっぱりこれは……ぐずぐずしていた、私が悪いな」 そして、彼は観念したかのように、覚悟を決めるかのように、あたしの体を離し。 どこまでも真っ直ぐな鳶色の瞳をあたしに向ける。 その、いつになく真剣な表情に、心臓が大きく飛び跳ねた。 それは。 まるで。 人生で一番大切な言葉を言うかのようで。 耳をすませたいし。 いっそ耳を塞ぎたい。 そんな気持ちになってしまう、そんな表情。 思わず、それに魅入ってしまう。 「。私とこれからも――『はい、タイムオーバァアアァァアアァー!』 スコーン! がしかし、酷く熱の籠った彼の言葉は、 突然の闖入者によって、完っっっ全に遮られた。 しかも、ただ遮るだけでなく、その声の主はあろうことか、 小さな小箱をリーマスの頭にぶち当てるという、血も涙もないことをしたのである。 もちろん、この家でそんな傍若無人な奴は一匹しかいない。 「スティアっ!?おまっ、えぇっ!?なにやっちゃってんの!?」 『え?心外だなぁ。僕は君がその辺に放っといた彼へのプレゼントを、親切にも届けてあげたんだよ? クロネコヤマ〇の宅急便じゃん。着払いで料金請求したい気分だよ』 お届け物ぶん投げる宅急便があってたまるか!! で、そんなことをされた当人はというと、 大方の人の予想通り、それはもう素晴らしく黒い笑顔でその小箱を掴み、立ち上がっていた。 待って待って!それあたしからのプレゼントなんだけど! 軽くメキメキいってるんだけど!! スティアが血祭りにあげられるのは、自業自得なので、まぁ置いておいて、 あたしが一生懸命に選んだプレゼントが破壊されるのは勘弁ならない! ということで、あたしは全力でリーマスの視界を遮り、 彼がプレゼントを握りつぶさんばかりに持っている右手を、両手で引っ掴んだ。 「りりりり、リーマス!これ、あたしからのプレゼント!」 「…………」 「ホラ、スティアってば所詮、猫だから!いまいち空気読めなかったみたいで!! あたしがいつまでもプレゼント渡さないもんだから、気になっちゃったんだよ、きっと! 散々悩んで決めた奴だから、気に入ってくれると良いなぁ!!!」 ホラホラホラ!と、彼の鼻先に小箱を突きつける。 さっきからコイツらはなにをやっているんだ、と思われるかもしれないが、 生憎、本人達は真剣である。 どうにかして、この殺気を納めさせないと後が怖い。 あたしは、さっきまでのことを完全に忘れて、 それはもう必死にプレゼントをアピールしてみる。 すると、リーマスは凄まじく冷たい表情をしながらも、一応プレゼントの包みに手をかけてくれた。 よっし!これで山場は超えたぜ、ふふふん! がしかし。 安心するのも束の間、そのプレゼントの中身を見た瞬間、 ぴきっと。 リーマスの怒気が復活! 地を這うような、ひっく〜い声で「これなに?」と言われた。 「うえぇえぇ!?え、あの、見たまんまだよ!?」 「私の目には、指輪に見えるんだけど」 「なら良いじゃん!指輪だよ指輪!あたしとのペアリング!!」 「…………」 慌てて、ポケットに入れていた自分用の指輪も取り出し、 彼の手の上の指輪と並べてみる。 基本的には男女でデザインは一緒で、シンプルな物。 ただ、リーマスの方はシルバー、あたしはピンクゴールドで出来ていた。 そんなに変な物を贈ったつもりはないのだが、 しかし、リーマスの表情は益々もって、恐ろしい感じになってしまっている。 はっきりいって、あたしは恐怖のあまりチワワの如く震えっぱなしだ。 いや、もう考えるまでもなく、渡され方が最悪なのは分かっているのだけれど。 なにが、そこまで気に入らないのか。 リーマスの表情は少しも晴れてくれない。 そのことに、嫌な汗をかき始めたその時、リーマスは超特大の溜息を吐いた。 それはもう、「はああぁああぁあぁぁぁぁああぁ」ってくらいの長くて重いものだった。 「……り、リーマス?」 「……なんでこれを?」 「へ!?」 「なんで、ペアリングを選んだの?」 特に詰問しているような、そんな威圧的な態度ではない。 そのことに、ほんの少しの勇気を得て、あたしはおそるおそる、その質問に答える。 「いや、その。離れてても、二人で身につけられる物が欲しいなぁって……」 「…………」 「で、偶々行ったお店で見つけて。これだーっ!ってなって……」 「…………」 「…………」 「…………」 …………。 …………………………。 もうヤダ! なんでこの人しゃべらないの!? あたし、そんなおかしなこと言った!?言ってないよね!!? スティアにぶつけられて切れるのは分かるけど、 なんで、指輪貰って怒ってんの!!?WHY!? いい加減あたしだって泣くぞ、こんちきしょうめ! と、あたしが逆ギレしてきていたところ、リーマスはボソッとなにか呟いた。 「……まさか、被るなんて」 「へ!?ごめん、今なんて言った!?」 「……いや。私からのプレゼントはただのココアなんだけど。 それでも構わないかい?」 「ふぇっ!?」 え、あ、なに? ひょっとして、喧嘩してたから用意してなかったとか、そういう系!? で、あたしだけちゃっかり用意してたから、それで「用意してたのか手前ぇっ」ってお怒り!? 「もももも、もちのろんッスよ!リーマスのココア超嬉しい!!」 結局、あたしはその日、リーマスに甲斐甲斐しくお世話をされることをプレゼントに代え、 一日、至れる尽くせり状態で過ごすこととなった。 もちろん、実はスティアが力いっぱいリーマスの邪魔をしたのには、 気づかないフリをしながら。 「愛している」にさよならを。 ......to be continued
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