すっかりさっぱりすっきりと存在を忘れてしまうことってあると思う。 Phantom Magician、186 漏れ鍋での日々は、正直、退屈の一言に尽きた。 いや、もちろん、久々に賭博場を荒らしに行ったり、 同じように引きこもりになっているレギュラスとお茶をして気晴らししたり、 ポッター宅建造予定地であるゴドリックの谷に行ったりはしたから、何もしてない訳じゃないんだけど。 (新婚だというのに二人は、ジェームズの実家の皆様が一挙にお亡くなりになったため、 その遺品整理等で忙しいようで、まだ家を建てていなかった) でも、毎日てんやわんやだった学生時代と比べると、今はぶっちゃけ暇だ。 働いていないため、生産性も皆無である。 「……ハッ!これって、ニートって奴じゃ!?」 「今頃気づいたの?君」 「そ、それかよくてギャンブラー!?」 ごろごろしていたベッドから体を起こし、頭を抱えるあたしに対し、 「人生ゲームかよ」という的確な突っ込みを入れるスティアさんだった。 人型になってなにをしているのかと思いきや、その手元にあったのは、まさかの数独である。 ……どうやら、流石のスティアでさえ暇を持て余しているようだ。 あたしはそれを横から適当に掻っ攫い、二人揃って机の上でかりかりかりかりと無言でペンを走らせる。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「……だあぁああぁぁぁぁあっぁあぁぁぁあぁー!!」 うわん、リーマスが足りないリーマスが足りないリーマスがた〜り〜な〜い〜っ!! 「煩っ!ちょっと、突然発狂しないでよ。君、いつから李徴になったの?」 「ならないよ!あたしあんな自信家じゃないし!!」 って、そうじゃなくて。 「リーマスに逢えないなんて、あたしがこの世界にいる意義はどこ!?なくない!?」 「あー、はいはい。ないない。意義ないねー」 「てっめ!?なんだ、その投げやりな感じは!」 いつかどこかでしたようなやり取りをして、いつかどこかでしたような怒りが湧くあたしだった。 あれ?これってデジャブ?? 「っていうか、ジャメビュだね。まごうことなく、君、前にも一言一句同じことで発狂してたよ。 あんなに盛大に喚いてたのに覚えてないの?嗚呼、ご愁傷様。 もうボケが始まったなんて可哀そうにね。ププッ」 「あー……あの時、未消化だった殺意がぶり返してきたわ」 適当に混ぜっかえしてくるスティアに、思わず拳を握ったあたしは何も間違っていないと思う。 だって、よりにもよって李徴だぜ?山月記だぜ? うろ覚えだけど、俺は一介の公務員じゃ満足できねぇんだ、詩人を目指すぜ! って超難関の試験で受かった官吏を辞めたものの、 詩では全然食っていけなくて、発狂して人食い虎になった奴なんだぜ!? それと一緒にした挙句に、最終的にはボケが始まったとかっっ なんだ、お前喧嘩売ってんのか!? この二人しかいない状況で喧嘩なんてしたら、未曽有の居心地悪さを味わうだろうけど、分かってんのか、それ! 「心配するところがそれって辺りが、本当にらしいよね」 「あたしらしいの、これ!?」 やれやれ、とでも言いたそうなスティアの中で、あたしは一体どういう認識のされ方をしているんだろう。 俄かに、その頭の中身を開心術で見たい気分に駆られるが、 逆にあたしの頭の中身見放題なスティアは、やれるもんならやってみろとばかりに鼻で笑った。(きぃっ!) で、ヒートアップしかけたあたしだったが、 キリのいいところまで数独を終わらせたスティアは、ぴっと顔の前に突きつけることであたしを黙らせる。 「まぁ、ここから先はそんな余裕がなくなるだろうから、 そんな君に素敵な問題解決方法を教えてあげよう」 「……ここから先?」 「そう。時系列的に言えば、もうすぐトレローニー先生が予言をするだろうから」 「!」 あたし以上に原作をしっかり読み込んでいたサラの記憶は、 どうやらスティアへ受け継がれているらしく、彼は数独の裏に今後起こりうることを書き出した。 1 ホグワーツの占い学の面接が行われ、シビル・トレローニーが1回目の予言をする。 2 セブルスがそれを立ち聞きし、中途半端な予言を闇の帝王へ教える。 3 セブルスがダンブルドアへ助けを求め、闇の帝王を裏切る。 4 ハリー・ポッター誕生。 5 秘密の守り人がシリウスに。 6 秘密の守り人がシリウスからピーターへ。 7 闇の帝王がポッター一家襲撃。 リーマスのこと以外だと記憶力の悪いあたしとしては、 こうして、節々で確認を取ってくれるのは本当にありがたい。 「この後は、大体こんな流れがあるんだけど。 これらが2年以内に全部起こる訳だよ」 「……思ったより、時間ない!」 「うん、そう。っていうか、波がある感じだよね。 忙しい時はめっちゃ忙しいけど、暇な時は暇って感じ。で、今は――」 「暇ってこと?」 「そう。で、ここから先は忙しくなるってこと。分かった?」 うん、まぁ、リーマスとのことに頭を悩ませている場合じゃなくなるのは理解した。 がしかし、である。 問題っていうと……リーマスが足りないことだよね。 それを解決っていったら、リーマスと逢うしかないんだけど……。 あんな風に担架切って飛び出したのに、のこのこ戻るのはちょっと……いや、かなり嫌だ。 それじゃあ、まるであたしが悪かったみたいじゃん。 あたしは、まだ全然、リーマスがすげなくあたしの提案を却下したことを許していない。 すると、そんなことは分かっているとでも言いたげに頷いたスティアが、 にっこりとうさん臭くなるほどの爽やか笑顔でこう言った。 「ヒント@ その解決策は魔法です」 「……ま、まさか、スティアがリーマスに変身を!?」 「嫌だよ。そんな気持ち悪いの」 「ばっ!お前、さり気に今リーマスのこと気持ち悪いとか言ったな!?」 「ヒントA 君はその魔法を使ったことがあります。ただし、最近は全然」 「……えっと、リーマスに攻撃を仕掛けろと?」 「いや、君結構シリウスに最近も攻撃仕掛けてるでしょ。 っていうか、攻撃魔法でどうやって問題を解決する気なの?」 「え、だから、リーマス気絶させて、その間にハグとか??」 「それ犯罪者の考え方だから。怖いなー、もう」 「じゃあ、最後のヒントね。さっきも出たけど『山月記』」 「はぁあ?」 ヒントと言われても、ちっともピンとこない。 つまり、最近使っていない魔法を使って? で、それが山月記にも関係する?? 「山月記に関係するっていうより、山月記と同じようなことになるんだよね、君が」 「え、あたし最終的に虎になっちゃうの!?」 意味分かんねぇよ!というあたしの察しの悪さに対し、 スティアはチッチッチッ!と舌を鳴らしながら、指を横に振った。 ムカつくことに美形なので、それが非常に様になっている。 (でも断言しよう!アニメとかでそういうことやる奴、大体噛ませ犬だからな!?) そして、その見目麗しい唇が、それは愉快そうにこう言った。 「『虎』じゃなくて『鳥』になれば良いんだよ」 で、現在地。 ログハウス間近の、毎度お馴染み切り株スポットである。 時期的に言ってしまえば、花なんて枯れ果てているので、 以前きゃわいいハリーが降り立った時と比べると華やかさに欠けるが、 降り積もった雪と己の青い体が、それはもう素晴らしいコントラストを生み出しているといって過言ではない。 『やっべぇ!一面銀世界の中のあたし超美人じゃね!?インスタ映え最高!!』 「うん、この世界にインスタがあれば良かったね」 あたしを肩に乗せながら、周囲を観察していたらしいスティアは、 ログハウスの方へ向けて歩き始めたようだ。 『らしい』『ようだ』というのは、あたしにはそれを確認する術がないからである。 鳥目、というのももちろんあるのだが、それとは関係なく。 「もっとも、今の状況撮られても、合成にしか見えないだろうけど」 スティアは透明だった。 なので、その肩にいるあたしは、羽ばたきもしないのに一定のリズムを刻みながら前進する奇天烈な鳥……。 や。最初は飛んでこうと思ったんだけどね? 久々すぎるのと、鳥目なので薄闇は見えづらくて、結局飛べないっていう。 (しかし、一瞬、スティアの足跡が雪について、すぐさま消されるっていうのは、軽く超常現象である) なんとはなしに感じた気まずさを誤魔化そうと、あたしは適当に口を開いた。 『なんていうか、全体的に懐かしい感じだよねぇ』 「うん?」 『鳥になるのもそうだけど、鳥目でスティアに運んでもらうのとか。 あの時とまるで変わらないなーって』 「……君は変わったよ?」 『え?なに、美人になったって??』 実は、今のあたしの鳥姿は前と全く同じではない。 何故なら、青いワンピースではなくレギュ曰く蛍火のドレス着用だからである。 あれも青がベースなので、着た状態で変身したらどうなるんだろう? と、やってみたところ、これがまたグラデーションが良い感じに! 前の小鳥ちゃんも愛らしかったが、今の尾羽が少し伸びた姿も美麗だった。 で、これはもうリーマスに見せるしかないだろう!とそのまま家を目指している。 という訳で、それはもう人懐っこい仕草できゃるん♪とスティアの方を見上げたあたしだったが、 奴は一瞬の沈黙の後に、大層失礼なことをのたまった。 「……うん。なんていうか……重くなった?っ痛!」 ので、無言でその白い首筋があるであろう場所を突き刺してやった。 「いったいなー。赤くなったらどうしてくれるの?」 『血を流してしまえっ』 「まぁ、そうなったら、につけられたキスマーク☆っていって、証拠写真残すだけなんだけどね?」 『!!!!』 やだ、なにそれ何に使う気なの!? ふっつーにリーマスとかに送り付けそうで、こっちはガクブル ((((;゚Д゚)))) である。 またもやがっつりと弱みを握られたあたしは、しょんぼりと肩を落とすことしかできなかった。 そして、そんな風に愉快なやり取り(?)を繰り広げながらも、 どうやらスティアは歩みを止めていなかったらしく、 気がつけば、家に続く小道に来ていた。 ここで冬を過ごしたのは一度しかないので、ちょっと自信がないが、このまま何十メートルか進めば、 懐かしの我が家にたどり着けるはずである。 と、その考えを裏付けるように、スティアが道の先を指さした。 「はい。じゃあ、僕はここまで。 このまま真っ直ぐにいけば、ログハウスの灯りが目に入ってくるはずだから、 後は気合で窓を目指してね」 『最後は根性論なの!?』 まさか、アニマ〇浜口のようなノリを期待している訳ではないだろうが、 スティアは驚愕するあたしに、「だって君得意でしょ?」とにべもない。 とりあえず、頑張れあたしの毛様体筋!と必死に前方へ目を凝らす。 うん、まぁ、うっかり眼鏡かけ忘れちゃった視力0.1以下くらいの人の視界にはなるだろうか? 間違っても車の運転はしちゃいけないが、トイレにくらいはいけそうな感じである。 例えが分かりづらい、という微妙なスティアの突っ込みを背に、 あたしは恐る恐る羽ばたくことにした。 が、蝶々と違って、ふわっと舞い上がるとか、鳥の体の構造上できる訳はなく。 予想外に、あたしは結構な速度でログハウスの方へと向かう羽目に陥った。 (ぶっちゃけると、マジ怖い。だから、車の運転しちゃダメなんだよ、この視力で!) まぁ、幾ら見えづらくても、灯りのある方を目指せば良いので、 どうにかこうにか、あたしはログハウスに近づくことに成功した。 そして、リーマスの姿と思しき、茶色の影があったので、それを目指して、翼に力を籠める。 『、いっきまーす!』 某ロボアニメの主人公のような掛け声で一直線だった。 (ちなみに、あたしはコナ〇の安室さんがダントツで好みである。あの報われなさw) がしかし、阿呆なことを考えていたのが悪かったのだろう。 ガツッ! 『ぎゃっ!』 あたしは、ものの見事に窓ガラスへ特攻をかましていた。 感覚的にはあれだ。 しゃがんで物取った後、何の気なしに立ち上がったら、上に机があった、みたいな? 当然、魔法使いのお宅の窓ガラスと、あたしのへちょい頭では勝負になろうはずもなく。 あたしは、そのまま脳震盪を起こして、気を失った。 窓にはガラスが付きものですよね、真冬だもの! ......to be continued
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