『知らない方が良い』 そんなこと、世の中に腐るほどある。 Phantom Magician、183 「急に呼び出して、すまないな……」 「いいや?そろそろかな、と思っていたからね。寧ろ、ようやくって心境だよ」 最近、直接会うことがほぼなくなっていた男との再会は、 相も変わらず意味深な奴の言葉と共に始まった。 お互いに久闊を叙するような間柄ではないが、 かといって、短い付き合いでも、浅い付き合いでもない。 奴は、マジマジと私と部屋の中を見回した後、 その華やかな金の頭を傾げながら、 「えっと……家賃幾らくらい?」 と、大層間の抜けた質問を投げかけてきた。 もう少しまともな言葉は選べなかったのか!?と思うものの、 その物言いが、どこかの馬鹿を思い出させて。 嗚呼、これが毒されるというものか、と納得もする。 「いや、ここは借りているのではなく、持ち家だ」 「へぇー……って、え?二十歳そこそこの若造が家持ちなの?こんな立派な? 一体、どんな悪どいことやって儲けたんだい、君?」 「失礼なことを抜かすな。基本は魔法薬の儲けだ」 「……ふーん。君、魔法薬の販売免許持ってたんだ?いつ取ったの?」 「…………」 「無免許なら、犯罪だよ?一応」 「……そもそも、死喰い人になった時点で現行の法律違反だろう」 「あはは。それはそうだ」 カラカラ、と軽快に喉を鳴らす男。 その容姿も、声も、自分とは違って学生の頃からまるで変わりないように見えた。 この飄々とした姿を見るのは本当に久しぶりで、 知らず肩に入っていた緊張が抜ける。 ダンブルドアに相談した後にも、いつまでも自身を蝕んでいた恐怖が、薄らいだ。 まるで、それこそ魔法のように。 そのあまりの普通さに、泣きたい位の安堵がこみ上げてくる。 すると、その瞬間を狙ったのだろう、 ケーはどこか皮肉気な笑みで、手を叩いた。 パチパチと、無感動な拍手が、部屋に響く。 「嗚呼、そうそう。ホグワーツ魔法魔術学校教授就任、おめでとう」 「!」 「良かったね。まあ少し先の話だけど、これで不正にお金を儲ける必要はどこにもなくなるし、 闇の帝王からの信頼も厚くなる」 ……その情報は、今のところ自分とアルバス=ダンブルドアしか知らないはず。 それなのに、その漆黒の瞳は全てを見透かしているかのようだった。 そして、時間が惜しいとでもいうかのように、その優美な唇が言葉を紡いでいく。 「で?早速本題に入ろう、セブルス。 僕に一体なにをお願いしたいのかな?」 「……もちろん、願うことは変わらない」 ――リリー=ポッターの幸せを。 「守ってくれ。それだけは、なんとしてもっ」 彼は、唇の端を持ち上げながら、頷いた。 死喰い人の誘いを受け、闇の陣営に加わってからもう何年になるだろうか。 決して短くはなく、けれど、本当であればそこまで長くもない年月。 がしかし、自分には永劫の時のようにも感じられた。 何故なら、そこに彼女がいないから。 最も認めてほしい人が傍にいないというのに、力をつけてそれが一体なにになるというのか。 彼女の為に入ったはずの、闇の帝王の支配下で。 彼女の嫌うことばかりをしてしまう自分。 入ったばかりの時は、それでも彼女が幸せならそれで良いと思った。 けれど、理不尽な目にあう度に。 理不尽なことをせざるを得ない度に。 何故、どうしてと心の奥で仄暗い熾火が燃える。 何故、君が笑いかけてくれないのに。 どうして、僕がこんなことを? この男を恨んだこともあった。 『破れぬ誓い』は、その言葉の通り、決して破ることの出来ないものだ。 物理的に、心理的に、絶対的に。 だから、決して安易にそんなものを結んではいけないと、子どもの時から魔法族の子は言って聞かされる。 私のロクでもない両親であっても、それだけは教えたものだ。 けれど、ケーはそれを私と結んだ。 相手だけでなく、自分も縛る、その呪いのような関係を。 そう、これは互いが互いを呪う行為なのだ。 何故、そんなことをしたのか。 何故、私などを選んだのか。 以前に訊きはしたものの、それで納得は出来ていなくて。 心がすり減っていく気がした。 そして、そのすり減った部分には、澱みが溜まる。 ……リリーのことだけではなかったのに。 闇の帝王から守りたかった大切なものは、他にもあったはずなのに。 荘厳な城。 暖かな談話室に、雄大な景色。 鳶色の瞳をした臆病者も。 皮肉気な笑みで、いつも愉快なことを探していた監督生も。 生真面目で誇り高い後輩も。 一途な馬鹿の温かい手も。 もう、朧げにしか思い出せない。 そして、朧げなものに価値など見出せるはずもなく。 気づけば、世界はなんとも味気のないものになっていた。 命のやり取りをしていても。 前の自分なら眉を顰めるような所業を目の当たりにしても。 私の中は空虚だった。 だからだろう。 『闇の帝王を打ち破る力を持つ者が近づいている――』 その言葉に。 闇の帝王の関心を引けるに違いないと、思ってしまったのは。 情報を得るには、それなりの信用を得ている必要がある。 けれど、それは『それなり』でなければならなかった。 決して、絶対的な信頼を求めてはいけなかったのだ。 頭が、働いていなかったとしか、思えない。 ホッグズ・ヘッドに行ったのは、ダンブルドアの動きを知る為。 何日か授業のない週末に私はあそこに通い詰めていた。 普段のダンブルドアであれば、自分がなにか飲みたければマダム・ロスメルタのところへ向かう。 それでも、時折、誰かと会うためにあの薄汚いバーを使うと、死喰い人の一人が突き止めたのだ。 では、それは誰なのか。 特定の個人なのか、それとも、不特定多数の不死鳥の騎士団か。 それを探る為に、私が選ばれたのは偶然でもなんでもない。 地理に明るいホグワーツの出身者で。 しかも、不死鳥の騎士団の若手メンバーを知っているとなれば、自分しかいなかった。 そして、首尾よくダンブルドアが奇妙な女と連れ立って部屋に入るのを見て。 私はその後を追いかけた。 軋む床には防音の呪文を行使し、 ぴったりと扉に耳をつける。 「今日は、よろしくお願いいたしますわ――……」 「……ふむ、では早速じゃが――……」 眼鏡が本体のような、なんともみすぼらしい姿の女だった。 もちろん、人を見た目で判断し油断するような可愛げは自分にはないが、 それでもダンブルドアの立派な体躯と比べると、まるでチグハグな相手だと思った。 が、それが巧妙なフェイクという可能性もある。 頭の中で散々相手の素性を推理しながら、私は部屋の中の言葉を拾おうとした。 がしかし、そこから漏れ聞こえてきた内容は、ただのホグワーツの教授に対する面接だった。 しかも、それが闇の魔術に対する防衛術などならともかく、たかだか占い学希望者。 しかも、女の必死な声と、ダンブルドアの気のない言葉からすると、どう考えても望み薄。 (まぁ、ダンブルドアは元々、占い学が好きではないというのが専らの噂だったしな) せめて、教授になるくらいの人間であれば、操るなり仲間に引き込むなり使いようもあったのだが。 これは、大した報告ができないな、と落胆に肩を落としたその時だった。 「闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている――……」 「「!」」 突然、さっきまでの甲高い女の声でも、ダンブルドアの声でもない掠れた荒々しい声が、部屋から聞こえてきた。 馬鹿な!ここには、さっき入った二人しかいないはず……っ それとも、姿現しを……? いや、それならあの独特の音がしなければおかしい。 恥ずかしい話だが、本物の予言を聞くという経験は滅多にできるものではなく。 私もその例に漏れず、その豹変ぶりにはかなり驚かされてしまったのだ。 もっとも、驚いていたのは私だけでなく、希代の魔法使い、ダンブルドアその人もだったのだが。 そして、突然のことに硬直する私達には構わず、 その怪しい風体の女は、なおも言葉を続ける。 「七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる。 そして闇の帝王は、その者を――……「貴様、俺の店で何をしているっ!?」 「!?」 と、聞き捨てならない言葉の数々に、夢中で扉の中を探っていた私は、 次の瞬間、ドスの効いた声の持ち主によって、首根っこを掴まれてしまった。 驚いて振り返れば、そこにいたのは怒りに顔を歪めた、このバーの主。 目立たないようにしてはいたものの、私の動きに不審を覚えたのだろう、 明らかにそこには警戒心があった。 「食事ならあっちで出来るはずだ! なにを探っていた?コソ泥か?」 「っ、い、いや、トイレを探していたんだ……」 一瞬、その顔が誰かに似ていたような気がしたが、しかし、 この位の年齢の人間にこれほどの激しい視線を向けられたことはないはずだ。 慌てて、適当なことを言い、そそくさとその場をあとにする。 未練がましくそばだてた耳には、 「闇の帝王を打ち破る力を持った者が、七つ目の月が死ぬときに生まれるであろう」 という僅かな声が漏れ聞こえるだけだった。 それを聞いてしまったことを、後で悔いることになるとも思わずに。 知ってしまえば、もう手遅れ。 ......to be continued
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