居心地の良い場所が、自分の居場所とは限らない。 Phantom Magician、182 ぎゅっと、生きていることを再確認するかのように、ミネコさんの柔らかい体を抱きしめ返す。 会っていなかったのは、それほど長い期間ではないはずなのに、 自分が成長したせいだろうか、ダンスの時と違い、彼女をすっぽり覆えてしまう。 なんだか、随分遠い未来まで来てしまったかのようだった。 と、そんな風に感慨にふけっていると、 「そろそろ、感動の再会は終わりにしてくれないかな」と、どこか不機嫌そうな声が聞こえた。 「!」 その紅い瞳が一瞬、闇の帝王のそれに見えて、全身が緊張する。 けれど、その声の主に応じるミネコさんの態度はどこまでも平常通りで、 僕は、それが彼の人とはまるで別人だということを、知った。 「良いじゃん、馬鹿!あたいのレギュが生きてたんだから!」 「いや、のじゃないし「!」 「危うく、水底のシリウスならぬ水底のレグルスになりかかってたんだよ? 全身で喜びを表してなにが悪いんだ!」 「君、ただそれ言いたいだけだよね、絶対。地上の星を探さないでくださいー」 改めて見れば、呆れたような声も、口調も、似通ったところはなく。 周囲の焔の光を弾く金糸の髪は、どこか優美な一角獣を思い起こさせる。 見たこともない位美しく、神秘的な青年が炎を噴出する杖を片手に、そこに立っていた。 「っていうか、周りまだ亡者だらけなんだよ?分かってるの?」 「スティアの焔で退散してるから大丈夫☆」 「……ちなみに、そこの千切れた手首が虎視眈々と君たちの首を狙ってるよ?」 「へ?……って、ぎゃぁああぁぁぁぁあぁ!」 まぁ、そんな神秘的な雰囲気も、この人にかかれば瞬きの間に霧散するのだけれど。 僕を引きずりこもうとしていた腕の一部が残っていたのだろう、 隙を伺っていた亡者の手首が、青年の指摘を受けた途端、女性の首に向かって飛びかかってきた。 ので、半狂乱になった彼女は、反射的に取り出した杖で、その手首を叩き落す(何故) 「って近づいてくるぅううぅううぅ!?いっやぁぁあぁ、悪霊退散、悪霊退散!!」 だから、何故、その杖を使わない。 ぶんぶん、と音がなるほどの勢いで杖を振ることしかしてくれない彼女の姿に、 僕はそっとその手から杖を取り上げ「粉々」と呪文を唱えた。 ばーん、と大きな音がして、亡者の肉片が周囲に飛び散る。 ……しまった。石化呪文にすべきだったな。 まぁ、とっくの昔に血液もなくなったような死体なので、スプラッタにならなかったことをよしとしよう。 ただ、生ものが腐った強烈な匂いは消しようがなく、女性は半泣きで僕から杖を受け取る。 「うぅ……っゾンビ怖い。もうやだ」 「だから、さっさとここを出ようって言ってるんじゃないか」 やれやれ、とでも言いたそうに首を振った青年は、 周囲に亡者がいないことを確認すると、問答無用で僕らの腕を掴み、姿くらましを行った。 ぎゅっと、体が無理矢理縮められたかのような不快感が過ぎた後、 僕たちは、洞窟を横目に見ることのできる海岸に立つ。 そこには、雲の切れ間から明るい日差しが降り注いでいて。 まるで、地獄から天国へでも来たかのような。 生まれ変わったかのような、そんな感覚を僕に与えた。 「…………」 世界が、輝いて見える。 がしかし、 「ぶえっくしょいっ!うあー、潮風寒っ」 「「…………」」 雰囲気ぶち壊しの、色気のないくしゃみが静寂を切り裂いた。 確かに、美しいドレスが濡れた為に体にまとわりついている様子は、見ていて痛々しいほどだ。 がしかし。 神は僕が余韻に浸っている時間すら、もったいないとでも思っているのだろうか。 金髪の青年と無言で顔を見合わせた後、彼は特大の溜息をつきながら、 僕と彼女の服から水気を吹き飛ばした。 さっき亡者を退けていた焔といい、今の魔法といい、 どうやら、かなり魔法に熟達している人物らしい。 そして、どうやら人心地ついたらしい女性のほっとした表情を見て、僕は心を決める。 多分、このまま気付かなかったフリをし続けることもできたけれど、 そうすると、きっと自分は後で悔やんでしまうに違いないから。 この人を、疑いの目で見るに決まっているから。 それだけは、したくない。 それならいっそ、と。僕は目の前の命の恩人に向き直り、深々と頭を下げる。 「助けて下さり、ありがとうございました。先輩」 「!」 「へへっ。ちゃんと助けるって言ったでしょ?」 にこり、と、僕の言葉になんの反応も示さない彼女。 それは、さっきの言葉が僕の聞き間違いではないことを示していて。 なんだか、今までふわふわとしていたものが、すとん、と落ち着いたような気分になった。 「一つだけ、訊いてもよろしいですか?」 「うん?なぁに?」 「先輩の性別は女性、ということでよろしいでしょうか? それとも……まぁ、ないとは思いますが、今の姿が偽りですか?」 「?いや、あたしは最初から女……って、え?」 きょとん、と漆黒の瞳が大きく見開かれる。 そして、僕の見ている目の前で、彼女の顔色はくるくると何度も様変わりする。 「え?あ?あれ?なん?え?『先輩』……?」 「……あーあ。バレちゃった」 「ばっ!?スティア!!」 「そして、そちらの方はいつも先輩の傍にいた使い魔、ということですね」 「〜〜〜〜〜っ」 わたわた、と意味もなく腕をバタつかせながら、 ミネコさん――改め、先輩はしどろもどろで「違うの!騙そうとしたんじゃないの!」と弁明する。 一人二役を演じていたのだから、僕が責めるとでも思ったのだろう。 普通に考えれば、確かにその通りなのだが。 「……良いんです」 「へ?」 「ブラック家の人間に、そうそう素性は明かせないでしょう。こんなご時世ですから」 「っ!!」 不思議と、怒りは湧いてこなかった。 =という人は、嫌になる位、優しい人で。 その細やかな気遣いが、女性的な人だと、ずっと思っていた。 ミネコさんとの接触を絶った後も、卒業するまでなにかと僕を気にかけてくれた、お人よし。 そして、僕はそんな彼が、ミネコさんほどとは言わないけれど、嫌いじゃ、なかったのだ。 感謝こそすれ、怒るなど、とんでもない。 同一人物だと分かってしまえば、なおさらだ。 と、どこかすっきりとした気分で放った言葉だったが、 どうやら彼女はそう捉えなかったようで、怒ったような表情が眼前に迫っていた。 「!」 「違う!ブラック家とか、そんなの関係ない!」 「っ…………」 その言葉を、声を聞いて。 この人は、きっと、それが僕にどんな影響を及ぼすのか、まるで無自覚なんだろうな、と思った。 ルーピン先輩が最終的に絆された理由が、よく分かる。 この気持ちは恋じゃない。 愛でもない。 でも、とても温かで。 大切にしたいと、思う物。 そして、あまり自然に、なんの気なしに発せられた言葉だというのが少し悔しくて、 僕は彼女を殊更煽るように、言葉を重ねる。 「では、僕自身が信用できなかった、とそういうことでしょうか?」 「〜〜〜〜〜っ馬鹿!」 先輩は、どうやら上手い言葉を探したようだったけれど、 すぐには浮かばなかったらしく、僕に罵声を浴びせた。 なんだかそれは、就学前の幼い子どものようで、少し微笑ましい。 「くす。冗談ですよ」 「なっ!?」 「意趣返しというところです。他意はありません」 「〜〜〜〜〜っ」 敢えて言うなら、そう。 きちんとお礼を言いたかったのに、それをブチ壊した先輩が悪い。 そういうことにしておこう。 僕は、不満げにこちらを睥睨してくる彼女が文句を言い募る前に、と、 今までの空気を断ち切るように、再度姿勢を正して、頭を下げる。 「本当に、助けていただいて、ありがとうございました。 ……これで、僕はまだ動ける」 「!」 「僕には、まだやらなければならないことがあります。 家族を守る為に、できることが」 ここで死んでしまっていれば、分霊箱の存在を他の誰にも伝えられないままだった。 そう、思う。 詳しく確かめれば、あれが間違いなく分霊箱であることが分かるはず。 そうであれば、それを手土産にアルバス=ダンブルドアへ協力を仰ぐことも可能だ。 僕が元々跡取りではなく、まだほんの若造であることから舐めきっている死喰い人の連中は、 きっと僕がそんな大それたことをするとは夢にも思わないだろう。 と、そこで目の前の彼女があちらの陣営に加わっていることを思い出す。 不死鳥の騎士団にこそ入っていないが、それでも、彼女の想い人はルーピン先輩だ。 また、性格からいっても、あちら側に協力していることは想像に難くない。 「こうして助けて頂いたのも、なにかの縁でしょう。厚かましいお願いとは百も承知ですが、 どうか、アルバス=ダンブルドアに取り次いで頂けないでしょうか?」 僕はまだ退学にこそなっていないものの、死喰い人になったことは少し調べれば分かることだ。 他のスリザリン生の目もあることだし、 学校で幾ら機会を探ってみても、秘密裏に接触、というのはできないだろう。 そうなれば、学校外で直接会う機会を作るしかない。 もちろん、死喰い人の呼び出しに応じることのリスクから断られることも、 場合によっては真実薬を飲まされることもあり得る。 僕が闇の帝王を裏切っている保証は、どこにもないのだ。 だが、目の前の彼女なら。 それらの可能性にも目を瞑って、僕の連絡を取り次いでくれるのではないかと、そう期待した。 そして、彼女の返答は。 「断る」 この、一言だった。 「っ」 予想外の、しかし当然の言葉。 だがしかし、この程度で諦める訳にはいかない。 再度、勢い込んで頼もうとした僕だったが、 そんな僕を制するように、彼女は今まで見たこともない位真剣な表情で口を開いた。 「それについてだけど、あたしからもお願いがあるんだ。 レギュラスには悪いんだけど、死んでくれないかな?」 数時間後、ふらりと、まるでゴーストのような姿で帰宅した僕を、 しかし、クリーチャーは両手放しで大層喜んでくれた。 彼が最後に見たのは、湖に沈む僕だっただろうから、無理もない。 「よくぞ……っよくぞ、ご無事でっ」 「すまない。クリーチャー」 本当は、どれだけ時間がかかっても彼の労を労い、 言葉を尽くして礼を言わなければならない場面だ。 だがしかし、今の僕には時間がなかった。 だから、彼と目を合わせることで返事に代え、僕は勇気を振り絞って居間へと向かう。 「ただいま戻りました」 「ああ、レギュラス。お勤めご苦労さまです……? まぁ、その顔色は一体どうしたことなのです?」 正確に言えば……母の元へ。 母は、僕が死地から舞い戻ってきたことなど知らず、いつも通り優雅にソファに腰かけていた。 もし、自分が戻らなければ、この女性が一体どうなっていたかと想像すると、口中に苦い味が拡がる。 「母上。お話があります」 「なんです?帰って来るなり。まずはお座りなさい」 「……失礼します」 向かいに座るまでの僅かな時間に、どう切り出したものかと逡巡する。 がしかし、なにをどう言っても、母の態度が変わるとは思えなかったので、 僕は単刀直入に話すことに決めた。 「こうしてホグワーツから離れているということは、なにか重要なお役目を担ったのですね? それでこそ、ブラック家の次期当主です。貴方が使われるのは業腹ですが、いずれ貴方が――「母上」 「なんです?話を遮るとは不躾な」 「失礼は重々承知しております。ですが、今日私がここにいるのは、その件なのです」 「……良いでしょう。一体この母になにを話そうというのです?」 圧倒的な、威圧感。 母は、生粋の貴人だった。 だから、彼女を説得できるか、それこそが、ブラック家の進退を決める。 ほんの少し挫けそうになる心。 だが、そんな弱気になった瞬間に、まるで魔法のように蘇る、声がある。 『大丈夫。レギュラスならできるよ』 『だって、名前に勇気、入ってるじゃない』 『知らない?レグルスって――獅子座の一等星なんだよ』 『獅子寮は、勇気ある者の住まう寮なんでしょ?』 スリザリン色の宝石が嵌っているくせに、後ろに獅子の彫られた、ネクタイピン。 それが、僕だ。 ならその勇気を、狡猾さを、ここで使わないでどうする。 ぐっと、全身に力を入れ、僕はあらゆる全てを受け入れる覚悟を決めながら、 とうとう口を開いた。 「私は……死喰い人から撤退いたします」 「なっ!?」 色を失い、振り上げられた手。 それを、避けることなく、頬で受け止め、激昂する母とは対象に、静かに僕は話し続ける。 「なんということをっ!お前はっ!恥を知りなさいっこの後に及んで……っ」 「いえ、母上。それは逆です。抜けるなら今しかないのです」 「これ以上、ブラック家の者が、汚らわしい半純血如きに使われる訳には参りません」 「っ!?」 滅多にない、僕の強い口調に、流石の母も一瞬、押し黙る。 僕はそれを逃さないよう、畳み掛けるように口を開く。 「先日、我が家のしもべが闇の帝王の伴をしたことは覚えておられますね?」 「……え、ええ。とても名誉なことだと、貴方が言ったのでしたね」 「それは間違いでした」 「……?どういう意味です」 「そのままの意味です。名誉など、どこにもなかった。 クリーチャーは、語るのも汚らわしい所業をさせられ、殺されかけたのですよ」 「!」 母は、屋敷しもべ妖精を大切になど、思ってはいない。 それでも、彼らはとても便利で。 いるのが、当たり前の存在で。 そしてなにより。 このブラック家の者だ。 愛さずとも、それを蔑ろにされるなど、我慢出来ようはずがない。 予想通り、そのほっそりとした頬に怒りで朱が差すのを確認し、 僕はここに来るまでに考えた説得の手順に従って、次の一手を示す。 「母上は、分霊箱についてご存じですか?」 そして、僕は語る。 分霊箱は、己の魂の一部を別の物体に移し、 ゴースト以下の醜い姿でも生きられるようになるための禁術ですよ、と。 「!!まさか……彼の者は、それを?」 「ええ、そうです。すでに一つ確認いたしました」 「一つ?その言い方では……まるで……」 「複数あると考えられます。おそらく、反抗した魔法族を殺した際にでも作ったのでしょう」 「!」 「あの男が望むのは、純血による魔法族の支配などではない。 自分だけが、醜くとも生き永らえ、支配することのできる世界の創造。それだけです。 そこに、マグルも、穢れた血も、純血も、全て関係はない」 「っ!」 俄かには信じがたい言葉の数々に、母の瞳が揺れる。 夢にまでみた『魔法族の支配』と、それを行ってくれる存在。 それが、一度に消えようとしているのだから、無理もない。 だが、そんな母だからこそ、効く言葉があるのも事実だった。 「そうでなければ、何故このブラック家のしもべを使い捨てにできるのです? 何故、純血であるブラック家の私を、マルフォイ家の人間を、ベラトリックス家の人間を! 半分マグルの血が入った穢れた血が従えることができるのですか!」 「!!!」 かのスリザリンの血が半分流れていようとも。 半分は完全なマグルである、闇の帝王。 母がなによりも気に入らなかった、その業績のために目を瞑った部分を、敢えて強調する。 「あの者は、純血に対して敬意など欠片も持ち合わせてはおりません。 いずれ、分霊箱の存在を知った私のことを、これ幸いと消しにやってくるでしょう」 「っ!だから、抜けるというのですか? 彼の者は裏切り者に対して容赦がないと聞きます。抜けたところで、同じなのではないですか?」 「ええ。ですので、正確に言えば、私は抜けるのではなく、世間的に死んだことにしたいと思うのです」 「!」 そう、今なら、行方をくらませてしまえば、闇の陣営に少し入り込んだお坊ちゃんが、 怖気づいて逃げ出した、とでも世間は思ってくれる。 もしくは、仲間割れの末に殺された、とでも。 誰が味方で、誰が敵かも分からないこの時代だ。 一人が推測を口にすれば、それが真実として浸透するのは、たやすい。 実際に死にかけた身だ。 説得力があるに決まっている。 「……それはつまり、ブラック家は次期当主を失う、ということですね」 「……はい。一時的に、ですが」 「闇の帝王が失脚しない限り、日の目は見れないとみて良いでしょう。 本当に、それは一時的ですか?」 すっと、自分と同じ青灰色の瞳が、こちらを見つめる。 一切の虚偽偽りを許さない強さだった。 それについて、確証はない。 ただ、彼女が、信じてくれと言っただけ。 3年耐えてくれ。それで全てが終わるから、と。 なにか根拠があるようではあったが、僕はそれを開示してもらえなかったので、 母が具体的な証拠を求めてきても、僕には差し出すことが出来ない。 出来ないが、しかし。 「はい。闇の帝王は失脚します」 まるでそれが運命であるかのように、僕は言い切った。 「…………」 「…………」 長い沈黙が訪れる。 ひんやりとした空気に、背中に冷たい汗が伝う。 一体どれほど経ったことだろう、 母は、無機質な人形のように黙り込んでいたかと思えば、 やがて、ぱちん、と手にしていた扇を折りたたむ。 「クリーチャー!」 「はいっ奥様!」 突然呼ばれたしもべの名前に、自分の鼓動が激しく跳ねる。 一体、なにを言うつもりかと、僅かに腰を浮かせたところで、 しかし、母はこう言った。 「これより、我が家に来る郵便は全て私に最優先で渡しなさい。 それから、あらゆる新聞、雑誌の購読の手配を。 良いですか?金銭面での糸目は付けないと強調なさい」 「かしこまりました!」 「母上!?」 突然なにを言い出すのか、と目が丸くなる。 すると、僕が察していないことに、少しだけ呆れたような表情をしながら、 彼女はすっくと立ち上がる。 「愛しい息子がいなくなったのですよ? 手紙を待ち望んだり、情報収集を行ったりすることのなにがおかしいのです。 嗚呼、それから、闇の帝王が失脚するその日まで、来客は拒否しましょう。 私は今から、床に伏せることになりますからね」 「!」 てきぱき、とクリーチャー以外の屋敷しもべ妖精を呼び出し、指示を与える母。 その姿に、胸が熱くなる。 信じて貰えるか、分からなかった。 正直、僕の提案なんて、受け入れてくれないだろうと、思っていた。 でも、実際はこうして、僕の言葉に向き合ってくれた。 兄は悪くしか言わないけれど、でも、自分はこの家に生まれて良かった。 心から、そう思えた。 「良いですか?レギュラス。 貴方は闇の帝王の弱点を握っているのです。 ならば、立ち回り次第で、ダンブルドアに取り入ることもできるでしょう。 不幸中の幸いと言えますが、そちらに早くから迎合していた者もいることですし」 「……利用したら、シリウスはきっと煩いですよ?」 「我が家は蛇を戴く家ですよ?利用できるものを利用しないなど、ただの愚か者のすることです」 狡猾であれ。 それが、我らが出身寮の金科玉条。 「分かりました。闇の帝王失脚後の地位を盤石の物といたしましょう」 闇の帝王を失脚させる方法だけでなく、その先を。 このブラック家を存続させるだけでなく、繁栄させる方法を。 時勢を読み切り、その波を我が物とする。 それこそが、今、僕たちが行わなければならないことだった。 分霊箱の件は、全面的に先輩に任せてしまったので、 とりあえずは、まず僕が姿を晦ますところからだ。 また、闇の帝王が破壊したような物や、人に対して援助するための資金繰りも必要だろう。 嗚呼、いや。その前に、家の中にある物で、後々魔法省が眉を顰めそうな物はどこかへ隠す必要がある。 たくさんあるから、まずは危険度別に仕分けをして…… と、僕が今後のことを目まぐるしく考えていると、 そんな僕の姿をいつの間にか見つめていた母が、小さく、微笑んだ。 「……立派になられました」 「っ」 満足げな、笑み。 どこか嬉しげで、誇らしげで。 自慢の、息子を見るような。 「上手くおやりなさい」 「――……はいっ!」 それさえあれば、僕はもう二度と迷わないだろうと。 そう、思えた。 ここが、僕の居場所だ。 ......to be continued
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