思いつく限り、お互いの第一印象は、最悪だ。
がしかし。






Phantom Magician、63





「あ、おかえり、リリー」
「お待たせ。遅くなってしまってごめんなさい。
ついでに監督生の打ち合わせにも出てきたものだから」
「いいよいいよ。僕は気にしてないし」
「ありがとう、。ああ、そうそう。セブを連れて来たわ」
「…………」


彼女に連れてこられたコンパートメントへと足を踏み入れ、まずしたことと言えば。
ひらひらと手を振る、いかにも軟派そうな男を射殺すかの如く睨みつけることだった。


「……怖っ」


すると、男はそれに対して、怯えたように身を固くする。
思った通り、軟弱そうで、軽そうな男のようだ。
なんでも今年、家の事情で転入してきたのだそうだが、どこまでが本当だか……。
リリーは優しいから、こういう阿呆な人間の戯言を信じてしまうことがある。
詳しいことはプライバシーだからと、彼女が教えてくれなかったが、 この男は何やらそれなりの事情を抱えているということだった。
が、リリーの気を引くために、小さなことを大げさに語った可能性も否定できない。
まぁ、なんにしろ、自分の目を盗んでリリーに取り入ろうとする人間など、自分には敵以外の何者でもない。


「…………」


何故こんなことになってしまったのか、思い返してみても訳が分からない。
当初、自分が思い描いていたのは、 リリーと一緒のコンパートメントで、グリンゴッツのドラゴン騒動について語っている姿だったというのに。
(なんでも、特別な金庫を守っていたドラゴンが、銀行の一部を破壊しつつ逃亡したらしい。
小鬼はやっきになって探したらしいが徒労だろう。器具の確認を怠るからそんなことになるのだ)

最近気付いたことなのだが、自分は、素直な彼女の意見を聞くのが殊のほか好きなのだ。
そう、自分と違い、リリーは素直に自分の想いを言葉にできる。
そんな彼女だからこそ、銀行側の不手際を責める言葉しか浮かばない自分とは違う言葉を紡いでくれることだろう。
別の視点を持つ彼女とは、話をしていて気付かされることが多く、いつでも有意義な話ができる。
いつも、そうだ。

まぁ、もっとも。
もしかしたら、これは彼女となんでも良いから話がしたい、という気持ちの現れ以外の何物でもないのかもしれないが。


と、そんなことを考えつつ、思考は数十分前に遡る。

いつも時間に正確で、余裕を持ってホグワーツ特急に乗りこむリリーを探して、 コンパートメントを覗き込むこと十数件。
とうとう最後のひとつにも彼女が居らず、もしや乗り遅れたのではないか、と危惧していたその時、


『セブ!』


弾むようにして駆けて来てくれた彼女と、再会することができた。
僅かに上気した頬や、輝く瞳、久しぶりに面と向かった彼女は酷く眩しく、直視できないほどだった。


『リリー……。一体どこに?』


けれど、自分から出てきたのはそんな一言。
ここで、ブラック程、とは言わないまでも、 せめて「しばらく見ない内にまた綺麗になった」と素直に自分を表現できれば良いものを。
天の邪鬼な自分は、そんな気の利かない言葉しか吐くことができなかった。


『ああ、そのことね?そのことを説明する前に、まずは監督生のコンパートメントに行って来ても良い?』
『は?』
『私、今年から監督生になったの!』
『それは……おめでとう。きっと、君ならなれると思っていた』


嗚呼、本当に気が利かない。
もっと言いたいことも言うべきこともあるはずなのに、ありふれたことしか言えないなんて。
けれど、リリーはそんなありふれた言葉にも嬉しそうに顔を綻ばせてくれるのだ。


『ありがとう、セブ』


まるで大輪の薔薇が咲き誇るように、鮮やかに笑うリリー。
優しくも、彼女の芯の強さが窺える瞳の輝き。
いつ見ても心惹かれるその笑顔に、思わず見蕩れてしまった。


『…………』
『セブ?』
『……あ、ああ。いや、お礼を言われるようなことは何も』
『?あ、そうだわ、セブ。貴方に是非紹介したい人がいるの。後で良いかしら?』
『ああ……』


だからこその、気もそぞろな返事。
嗚呼、そうだ。
それで、その紹介したい人間とやらのいるコンパートメントに連れてこられたのだ。

リリーを探していた僕にはまだ決まったコンパートメントがないだろうから、 その人と一緒に過ごせば良い、良い子だから、と。
正直、リリー以外の人間と一緒だなんて虫唾が走るのだが、 彼女が絶賛するほどだ。
そこまで救いようのない、それこそ悪戯仕掛け人の馬鹿共とは違うだろう、と思っていた。
また、自身が編入生、という耳慣れない単語に興味を抱いたこともある。
が、リリーに連れられて来たそこに待っていたのは、まさかの軟派男だった。
これで睨みつけるな、という方が無理である。

がしかし、怯える男の様子に、彼女は情けなさを感じるより先に、僕に対して怒りを感じたらしい。
「ッセブ!」と、どこか叱責するような声を出された。
……何で、僕が怒られなきゃいけないんだ。


「ごめんなさい、。セブはちょっと人見知りが激しいのよ」


待て、リリー。
それだと僕が思春期真っ盛りの馬鹿なガキみたいじゃないか?


「ああ、うん。なんとなくそうだろうなと思ってたからダイジョーブ」


そして、そこの軟弱男も、同意するな!
なんだ、その生暖かい微妙な視線は!何に対する同情だ、それは!?

細身の男を、苛々と睨みつけるが、奴は僕を一瞥した後、 リリーとの会話に夢中になってしまい、こちらを見ようともしなかった。
そう、夢中なのだ。
容姿はもちろんだが、リリーの言葉、リリーの態度。
その全てを、目の前の男はニコニコと幸せそうに見つめている。
僕には分かる。
それは、リリーに対して明らかな好意を持つ人間の姿だった。
短時間で馬鹿な、と思いはすれど、この手の気持ちには時間はあまり関係ないらしい。

思わず僕は、はぁ、と小さく溜め息を吐いた。
僕が愛してやまない幼馴染の少女は、その生来の魅力のせいでこうして余計な恋敵を量産してしまうのだ。
(もちろんその筆頭はいけすかない眼鏡の馬鹿だが、あれはリリーも嫌っているので勘定に入れない)
隣りでその邪魔者を排除している僕の気持ちも少しは察してほしい。
嗚呼、いや、察せられるとそれはそれで、反応に困るのだけれど。

と、僕が悶々と唸っていると、リリーが「ね!セブ!」と同意を求めてきた。


「貴方ももちろん協力してくれるでしょう?」
「……は?」
「駄目だよ、リリー。リリーの魅力にクラクラだったセブルス君は話なんて聞いてないよ」
「っ!?」


あっさりと自分の気持ちを見透かされ、おまけに本人の前でそれを言われた為に、思わず絶句する。
鈍そうな男だと思ったが、意外とそうでもないらしかった。
いや、もしかしたらカマをかけているだけかも……。
初対面でそんなすぐに僕の気持ちに気付かれるはずが……。
大体、本人にさえ気付かれていないのに、逢ってすぐの人間が気づく道理があるだろうか?
…………。
……………………。
いや、ない。ないはずだ。
その割には心の底から呆れたというような声色だった気がするが、気のせいだろう。

心の安定を図るために、頭がフル回転する。
と、理屈をきちんと組み立てたところで、僕はリリーを誤魔化すことついて思い当たった。
リリーの魅力にク、クラクラだなんて、直接的な言葉すぎる。
もしこの言葉のせいで僕の気持ちがリリーにバレたらと考えると、一気に血の気が失せてしまう。
とにかく何でも良いから言葉を発しようと、必死に口を開こうとしたが、 戦々恐々とする僕とは裏腹に、リリーはそれは落ち着いた様子で男を窘めた。


「まぁ、ったら。セブが凄い顔色になっちゃったじゃない。
彼はそういう風にからかわれるのに慣れてないんだから、ほどほどにしてあげて?」
「えー。どう考えてもセブルス君はいじられキャラだと思うんだけどなぁ。陰険教授と違って可愛げあるし
「そうかしら?」


どうやら、ただの軽口だったらしい。
その事実に安堵すると同時に、凄まじい怒りが吹き上げて来るのを感じた。
この僕を?
見ず知らずの男が?
からかう?
そんなこと……許してたまるものか。

リリーが紹介してきた人間だということも頭の隅に追いやって、僕は杖を構える。


「セブっ!?」
麻痺せよステューピファイ!」


が、しかし。
この時の僕は知らなかった。
目の前にいる人物がという、 実技だけで言えばダンブルドアにさえ匹敵するほどの腕前の持ち主だということに。


『……馬鹿が』


パァン!と見えない壁に阻まれたように、男の手前で魔法が弾かれる。


「なっ!?」


考えられるのは、無言魔法。
優秀な魔法使いや魔女にしか扱いきれない、高度な術だ。
少なくとも、5年生に上がったばかりの僕らにできるほど簡単なものではない。
それをいとも簡単にやってのけた人間に、僕は目を見開くことしかできなかった。
そして、その男は驚愕に支配され無防備になった僕に向かって杖を振りあげ――……


「……うわぁぁぁあぁあぁん!なにこいつ、超怖ぇ!?
いきなり麻痺呪文ステューピファイとか!短気にも程があるだろ、実際!
からかわれたと思ったら実力行使!?危険思考すぎるっ!」
『いきなり初対面の人間をからかうも悪いと思うよ、僕は』


――なかった。
どころか、一気に僕から距離を取り、頭を抱え出すという軟弱っぷり。
いや、もうこれは軟弱なんてレベルじゃない。惰弱だ。

あまりの取り乱しように思わず茫然と相手を眺めやる。
……今、自分で防いでいた、と思うのだが?
まさか、まぐれ……?

行使された魔法の高度さと、男の印象とのあまりのギャップに混乱する。
と、そんな僕に対し、息を呑んで成り行きを見守っていたリリーが手を振りあげた。
自分の頬目がけて振り下ろされる白い手を、僕はただ見ていることしかできず。
そして、頬が打たれるその刹那。


「うわ、駄目だよ、リリー!」


リリーの細い腕を止める、少年がいた。


「放して、!」
「駄目だって。リリーがセブルスを叩くのはおかしいよ」


ほんの少し気弱そうに。
けれど、決して逸らされることのない視線がリリーを射抜く。
それは、さっきまで慄いていた人物とは似ても似つかないほど落ち着いた姿だった。


「やられた人間がやるのは間違ってるけど、おかしくない。
でも、やられていない人間がやるのは大間違いで、おかしいことだよ。
人のことは・・・・・言えないけど・・・・・・
「でも、セブはやってはいけないことをしたのよ!」
「そうだね。でも、リリーがそこに責任を感じる必要はない」


そして、そこで少年は花咲くように笑った。
リリーを安心させるように。
幼い妹を案じる、年の離れた兄のように。





「僕はこの通り無事だから。ね?」





その笑顔にリリーはおろか、僕でさえ絶句する。
他人にいきなり攻撃されて、取り乱して。
それでいながら、その直後に他人のために笑顔を浮かべて見せる人間。
それが、だった。

そして、それからホグワーツに着くまでの道中。
僕が結局どこのコンパートメントにいたかは、僕の恋する少女と、東洋からの編入生だけが知っていた。





第一印象が覆らないという保証はない。





......to be continued