運命へのカウントダウン。 Phantom Magician、176 自分はこんなに要領が悪かっただろうか。 「……はぁ」 一週間がまたも無為に終わってしまい、僕はベッドに入るなり、深い溜息を吐いた。 というか、頭を抱えた。 「〜〜〜〜〜〜」 髪の毛がぼさぼさになるのも構わず、ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜる。 思い出すのは、そう。 が、僕に無視される度にする悲しそうな表情だ。 そんなものをここ数日、何度見たことか。 まるで、彼女がやってきたばかりの時のような状態だが、 それを見た時の僕の心境は、180度違うものだった。 そんなもの、見たくもないのに。 そんな表情をさせているのは自分だという、圧倒的な矛盾。 自分自身に腹さえ立ってくる。 「くそ……っ」 でも、だからといって。 男だと思っていた相手が実は可愛らしい女の子だっただなんて、どう対応しろっていうんだ? 態度を変えるに決まっているじゃないか、そんなもの。 最初はなにかの間違いだと思った。 でも、どうしても僕の目には女の子が映っていて。 それなのに、周囲はを男として扱う。 奇妙だった。 不思議だった。 やっぱりなにかの間違いだと思った。 だから。 『君は、のことでなにか隠していることがあるんじゃないかい?』 僕はとうとう、何日か前に、ジェームズに尋ねてしまったのだ。 と仲の良いリリーではなく。 をどこか慮るところのある、ジェームズに。 もっとも、そんなことを言われた彼は、 僕とは違って、余裕たっぷりであったけれど。 『うん?なにかって、なにかな??』 振り返りざまに浮かべられた笑顔が、あれほど憎らしく思えたことはない。 『しらばっくれないでくれ』 『“しらばっくれないでくれ”と言われてもね……』 周囲に誰もいない廊下での出来事。 他に聞く人間もいないというのに、ジェームズははぐらかそうという態度を隠しもしなかった。 大げさに肩をすくめて、首を傾げる。 『そもそも、なんで僕にそんなこと訊くんだい? に関することが知りたいなら、本人に訊けば良いじゃないか』 『もっともな話だけどね。僕が君に訊く理由も、君には分かってるはずじゃないのかな』 『いやいや。期待はありがたいんだけどね。 僕にも分かることと分からないことがあるんだよ?』 『まぁ、もっとも。これは“分かる”ことなんだけどね』 『!』 『ただ、かと言って、素直にリーマスの質問に答えてあげるかといえば、そういうことでもない。 もしかしたら、鎌をかけられているだけなのかも?なんて疑問もあるわけさ』 『…………』 『だとしたら、に不利益を与えかねないからね。そりゃあ、しらばっくれるよ』 『…………』 『でも、親友のたっての頼みとあらば致し方ない。 君がクローズドクエスチョンをしてくれるなら、僕もそれに誠実な答えを返そう! “なにか?”なんてオープンクエスチョンじゃなければ、ね』 疑問があるなら、それをそのまま声に出せ。 駆け引きなんかには、決して応じるつもりはない。 そう、梃でも動きそうにないジェームズの強い視線に、僕は内心嘆息した。 本当に、僕の親友はお人よしだ。 敵わないな、と、いつも思う。 だから、僕は。 『は本当に男なのかい?』 彼に敬意を表して、簡潔に、一言で、問いかける。 すると、それに対するジェームズの答えも、たったの一言だった。 『と呼ぶ君が、望むなら』 ……は? いやいやいや、意味が分からない。 YESかNOで答えられる質問をしてこいっていうからしたのに、 それのどこが誠実な返答なんだ!? そこまで焦らしておいて、更に思わせぶりなことを言うとかっ 君の血は何色だ!? 普通に答えてくれれば良いんだよ。 ここで奇を衒われても困るんだよ! あれかい?僕はそんなに余裕があるように見えるのかい? 悪いけど、もういっぱい一杯だよ! これはもう、問答無用で首を締めあげるべきか、真剣に悩んでしまった僕。 もっとも、ジェームズが同じくらい真剣な表情をしていたから、 結局、未遂で終わってしまったけれど。 「僕が望むなら…?」 まるで、の性別が思うまま変えられるかのような言い様だ。 ……は七変化なのか? けれど、それだと人によって見える性別が違うことへの説明がつかない。 分からない。 わからない。 「僕が望まなければ……どうなる?」 ワカラナイ。 結局僕は、悶々とした状態で過ごす羽目に陥った。 「おはよう、リーマス!絶好の箒日和だね!」 「……そうだね」 授業もなくなった土曜日の夜。 あまりに僕が冴えない表情をしていたせいか、 ジェームズは「明日、空いているよね?」と、僕を空へと誘った。 で、朝も早くから妙に元気いっぱいで、そのテンションにはとてもついていけそうにない。 正直な話、ベッドに逆戻りしたいくらいの心境だったのだけれど、 しかし、今自室の居心地が良いかといえば、そんなことはまるでない。 というのも、今頃部屋ではピーターがすすり泣きをしながら、反省レポートの真っ最中だからだ。 最近、色々と上の空だった僕は知らなかったのだが、 金曜日の夜にジェームズ達は城中に悪戯を仕掛けて回ったらしく、 昨日それの被害者が多数出現。 で、それが悪戯仕掛け人の仕業だとバレるまでに半日かかり、 全てを押し付けられたピーターにマクゴナガル先生の雷が落ちた、と。 同情はとてもするし、助けてはあげたいところなのだが、 しくしくとべそをかきながら、恨みつらみを言ってくるピーターの相手をするのは中々にしんどい。 どうやら、責任を押し付けられた時に僕が庇えなかったこともあり、 彼は僕に対しても思うところがあるらしい。 普段あれだけフォローしているというのに……うん。友情って儚いね。 人狼の呪いにも裂けなかったものが、たかだか罰則ごときで裂かれていくよ……。 ということで、僕は遠い目になりながらも、偶には良いかと屋外へと繰り出していた。 ちなみに、こういう時真っ先にジェームズと同調するはずのシリウスはこの場にいない。 なんでも、先約がすでにあるということだった。 早朝から一体なんの約束があるのか、まぁ、不明だったが、 彼の女癖の悪さについてはすでに皆諦めがついているので、どこかへ遠出でもするのだろうと解釈した。 まぁ、今まで刃傷沙汰になったこともないしね。 一応、そこは遊び人の手際なのかなんなのか、シリウスは今のところ恋人連中とは綺麗に別れているらしい。 見習いたいわけではないが、そこのところは密かに感心する。 と、僕が全然違うことを考えているのを悟ったのだろう、 ジェームズはにこにこと、邪気の欠片もない笑顔で天を仰いだ。 「いやぁ、天気が良くて本当に良かったよね。 一昨日、占い学の子たちが雨とか言ってたからどうしようかと思ったよ」 「?ひょっとして、一昨日から箒をするつもりだったのかい??」 「うん?ああ、前から誘うつもりだったよ?」 だったら、何故金曜日に悪戯なんて仕掛けるんだ……。 複雑な隠避工作をしている訳でもないのだから、 その後の週末は罰則だのなんだのを喰らうのは、経験上分かり切ってたはずだろうに。 考えがあるのかないのか、本当によく分からない時があるよね。ジェームズって。 「それなら、シリウスにも事前に予定を確認しておけば良かったのに。 僕と二人じゃ、物足りないんじゃない?」 別に下手とは言わないが、寮の選手に選ばれるほど僕は上手くない。 その点、シリウスは面倒くさがりという一点を除けば、 運動神経抜群なので良い競争相手になったことだろう。 と、またネガティブな方向に思考が逸れそうになったその時、ジェームズはそんな僕を軽く笑い飛ばした。 「そんなことはないさ!リーマスと飛んでいると、細かいところまで観察できて面白いよ。 植生だのなんだの、色々教えてもらえるしね。 禁断の森を上から見たって、僕とシリウスじゃなにも見つけられないさ」 「……それなら良いんだけど」 そう、ただ飛ぶのも面白くないので、 僕たちはクィディッチ競技場の方へは向かわず、禁断の森の上を飛ぶつもりでいた。 ほとんどは木に隠れてしまって見えないのだが、 もしかしたら、森にいるという大蜘蛛の巣なんかが見つけられるかもしれない。 そう考えれば探検のようで、少しわくわくする。 自分持ちの箒なんて贅沢な物はないので、もちろん手にしているのは学校のボロ箒だ。 このコンディションでクィディッチ選手のジェームズ(もちろん自前の箒を装備している)と、 一緒に飛ぼうというのだから、我ながら無謀だとは思う。 と、何気なくジェームズご自慢の箒に目を移した僕は、 そこに黄色いぬいぐるみが括りつけられているのを発見した。 「……それは、まさか、ふなっ……」 「ん?なんだい?なにかついてる??」 「……いや、なんでもない」 もう動きはしない。動きはしないが、しかし……! もう見たくないっていうか、燃やしたいっていうか……っ とりあえず、心の中で、君たちのセンスはおかしいとだけ言っておこう。 「…………」 僕は10秒ほど記憶を抹消して、さっさと箒を構える。 まずは軽く、準備運動がてら二人で校舎の周りを回ることにした。 徐々に明るさを増してきた陽光と、いまだにひんやりとした風が頬を撫でて、酷く心地よい。 飛ぶのが久々なので、箒に集中していると、 確かに今まで悩んでいたあれこれが頭から抜け落ちて、 ここしばらくの鬱屈とした気持ちが晴れていくような気がした。 がしかし、まだ大して飛んでいないにも関わらず、 ジェームズは何故か禁断の森の手前の芝生へ下りてしまった。 「どうしたんだい?」 「…… ら い」 「?」 「いや、ちょっとつまらないなーと」 準備運動につまる、つまらないもないと思うけど。 なにきっかけかは分からないが、なにかのスイッチが入ってしまったらしいジェームズは、 うんうんと首を捻った挙句に、やがて僕と箒を交換しようなどと言い出した。 あまりに突飛な申し出に、僕はといえば、「は?」と疑問符を口にするくらいしか反応できない。 「なんで、箒を取り換えないといけないんだい?ひょっとして箒の調子が悪いの?」 だとしたら、余計僕が使ったら悪化しそうだ。 謹んで遠慮しようとした僕だったが、ジェームズの答えは相変わらず僕の予想の斜め上をいった。 「調子は絶好調さ!だからこそ、つまらないんだよ!」 「……ごめん、ジェームズ意味が分からない」 「えーと、つまり、端的に言えば、いつもの箒じゃなくて、 メンテナンス不足の学校のボロ箒でスリルを味わいたい?」 「……確かに端的だ」 つまり、自分の箒は自分の言うことをばっちり聞いてくれるので、少し物足りないということだろうか。 技量的にごく普通の僕としたら、良い箒の方が良いに決まっていると思うのだけれど、 普段から乗り慣れているジェームズはまた少し違う考えなのかもしれない。 常人にはさっぱり理解できないが。 さっきジェームズが乗っていたことからして、特に悪戯が仕掛けられている訳ではなさそうだ。 そう判断し、僕は折角なので、彼愛用の一品を有難く借りることにした。 僕にしてみれば、悪い話じゃないからね。 偶には良い箒で気持ち良く飛びたいじゃないか。 ああ、もちろん、黄色い物体はボロ箒に付け替えさせてもらったけどね? そして、箒で飛び回ること数十分。 木立の影に、ユニコーンの光る鬣を見た気がして、二人で下に目をこらしていると、 突然、空にけたたましい轟音が響き渡った。 「っ!?雷!?」 「……いや、違うんじゃないかな」 雨が降っていないから否定した、という訳ではなさそうな、ジェームズの確信に満ちた声。 (他所ではどうだか知らないが、雨が降っていなくても、空が明るくてもこの辺りでは雷が鳴る) 一体どうして、とジェームズの方へ顔を向けた僕は、 ハグリッドの小屋のある方向から黒い影が飛び出してきたのを見た。 「!今のはまさか……死喰い人!?」 「は!!?何言っ…………ななな、なんだってぇ!?」 一瞬、凄く不可解そうな表情をしたジェームズは、しかし次の瞬間、 わざとらしいといって過言でないくらい大げさに驚いていた。 (彼がピーターのようにどもるのなんて初めて聞いた) そして、頭を切り替えたのか、彼にしては珍しいくらいの余裕のない態度で、 反転してその後――城へと向かう影を追いかける。 「大変だ!それなら急いで追いかけないと!」 「っ」 僕も釣られてジェームズの後につくが、なにしろ、ジェームズが乗っているのはボロ箒だ。 彼としてはあるまじきことに、僕よりも遅いスピードしか出ない。 「ジェームズ!」 「悪い、リーマス!箒が疲れてきてるみたいだ!先に行ってくれ!!」 「そんな変なぬいぐるみつけてるからっ!」 「ふ〇っしーは今、関係ないだろう!?」 「くっ…乗り換えれば……っ」 僕とジェームズなら、ジェームズの方が遥かに速い。 一刻も早く追いかけなければいけない状況なら、誰を速い箒に乗せるべきかなんて考えるまでもないのだ。 ところが、そんな僕の申し出を、ジェームズは鬼気迫る表情で一蹴した。 「馬鹿!そんな時間も場所もないよ!早く!!」 未だかつて見たことのないジェームズの気迫に、僕は事態の深刻さを悟る。 そして、送り出してくれた親友に「ごめんっ」と捨て置くと、箒を持つ手に力を込めた。 「くそっ!」 どうして、さっき箒を交換なんてしてしまったのか、過去の行いが悔やまれる。 そもそも、どうして、こんな早朝から死喰い人がホグワーツに? こっそり入り込むならまだしも、あんな爆音を立てながら。 あれじゃ見つけてくれと言っているようなものじゃ……。 「まさか……?」 あれは陽動なのか!? となれば、別動隊がどこかで暗躍しているはず……! 必死に城の方へと向かいながら、僕は周囲にも目を凝らす。 黒い影はやはり人を引き付けるのを目的としているらしく、 さっき飛び出した時とは比べ物にならないくらい遅いスピードで城の上空を旋回していた。 優雅に城の観光をしているかのようだったが、まさかそんなはずもない。 僕は、どうにか他の仲間を見つけてやろうとしたが、 少しも見つからないそれに焦りばかりが募っていく。 こうなったら、城に入ってダンブルドアにこのことを伝えるべきか……? いや、もしかしたら、そういう人間がいないか見張る役目があの影にはあるのかもしれない。 となれば、寧ろ打って出るのが得策か……? 幸い、死喰い人は僕に気づいていないようだった。 当然だろう、普通、こんな時間に箒に乗っている輩がいるとは夢にも思わない。 僕はその影よりも高い位置から、慎重に狙いを付けるべく、少しずつ距離を詰めていく。 そして、近づいたことで、それが真っ黒な乗り物のような物であることに、僕は気づいた。 ような物、というのは、なにしろ今まで僕が見たことのない物だったので、確証がもてなかったからだ。 一番近いのはホグワーツ特急な気がしたが、それにしては随分小さい。 ただ、横向きの煙突のようなものから煙を吹いているところはよく似ている。 乗組員はどうやら二人のようだった。 大きな塊に一人と、中くらいの塊に一人乗っている。 一体、なんの種族なのか、頭がやたらと丸くて大きかった。 が、まぁ、生物である以上、頭は急所だろうと狙いをつける。 お互いに飛んでいる為に、中々杖の先が合わない。 危険は承知で、更に近づいてみると、 「 ?」 「! 、 」 死喰い人は話し込んでいるようだった。 そして、今のうちにと、僕が覚悟を決めたその時、 「エクス――「裂けよ!」――!?」 凜とした声と共に、目も眩むような閃光が、吹き上げるように死喰い人を襲った。 もちろん、それは僕が発したものではない。 結果、奴らの乗っていた乗り物は分断され、中くらいの方に乗っていた死喰い人が宙へと投げ出される。 なす術もなく。 無防備に。 そして、 「っ!!!!!」 悲鳴のような、シリウスの声がした。 0になったら、さぁどうなる? ......to be continued
|