『見直した』
そう思わなかったと言ったら、嘘になる。






Phantom Magician、175





「…………」


就寝時間がとうに過ぎ去り、同室の皆の寝息が聞こえてきたところで、 私はベッドの上で起き上がり、枕の下にそっと隠してあった手紙を再度開いた。

すでにもう何度か目を通しているので、内容は空で言えるくらいだが、 しかし、そこに書いてあることを受け入れられるか、となると話は別だった。


「……どうしたものかしらね」


思わず、苦い溜息が漏れる。

その手紙は、狙いすましたように私が一人になった時に、茶色のフクロウが持ってきたものだ。
いまいち、誰のフクロウだったか思い出せないでいる内に、 その子は私の手に手紙を押し付け、颯爽と飛び立って行ってしまった。
手紙を開いて差出人が分かってから、受け取り拒否をすれば良かった!と嘆いたものの、すでに遅く。
私の手には、ジェームズ=ポッターからの手紙が取り残されていた。

いつもの私であれば、開封もせずに暖炉の灰としてしまうところだったが、 残念ながら、開封時に見えてしまった『』の名前に、読まざるを得なくなってしまったのである。
(こうなることを見越して、封筒には名前を書いていなかったに違いない。嫌な男である)
数秒の葛藤の後に読んだ中身といえば、こうだ。


親愛なるリリー=エバンズへ

やぁ、エバンズ。
こうして手紙でお話というと、なんだか照れてしまうね。
この間、とても大きな氷柱を見たよ。
君みたいにちょっとつんとしていたんだけど、見惚れるぐらい綺麗でね。
その内、僕のフクロウに1ダースほど届けさせるから、ぜひ見てほしいな。
あ、そうそう、それからね……――

(くだらないので以下略)

――……すごいだろ!?もう、本当に最高だよね!
ああ、それで、本題なんだけれどね?
実はとリーマスのことなんだけれど、エバンズに相談に乗って欲しいんだ。
良ければ、○月×日の放課後、妖精の呪文教室に来てくれないかな。
もちろん、その日に都合が悪ければ、別の日でも大丈夫だよ!

ジェームズ=ポッターより愛をこめて



「……なんで、本題より前書きの方が長いのよっ!!」


まぁ、とりあえず怒鳴ったわよね。
だって、別に知りたくもないポッターの長々とした話を、無理やり読まされたのよ?
しかも、本文はたった3行なのに、前書きが便箋3枚分にもなったんだから!
時間と労力の無駄でしかなかったわ。
途中、何度読むのを放り出したくなったか分からないもの。

けれど、何度も人目を避けて、最後の一枚を読み返してしまう私がいるのも、また事実だった。
そして、ルーモスの頼りない明かりの中、ポッターの少し斜めがかった字を、今日もまた私は見つめる。
関わりにならないのが一番なのは、百も承知だ。
先日の一件で一応謝罪はされたものの、感情面で言えば、未だに苦いものが残っているのも間違いない。
がしかし、である。

ポッターがと仲が良いのは、知っている。
あの男が柄にもなく、に対しては優しいことも、分かっている。
だとすれば、流石にを口実にして、私になにかアプローチをしてくることもないはず……。

人となりを考えれば、100%善意とは思えないのだが、 しかし、100%悪意とも考えにくい。
となると、のことを想うならば、ここはこの誘いに乗るべきなのだろう。


「……気乗りはしないけれど」


自分の不快感と(リーマス)との友情を天秤にかければ、どちらに傾くかなど自明のことだった。







そして数日後、約束の日に、ポッターは満面の笑みでやってきた。


「やぁ、エバンズ!来てくれたんだね!」
来ざるをえないような内容にしておいて、よく言えるものね……
「え?なにか言ったかい??」
「いいえ、別に。それで?私は一体なんの相談に乗れば良いのかしら?」


なんのかんのとまた本題を後回しにされては敵わないので、 マナー違反であることは百も承知で、私は出会い頭にズバリとそう切り出した。
単刀直入というより、それは寧ろつっけんどんな態度である。
がしかし、普通なら気分の一つも悪くなるであろう、そんな応対にもポッターはまるでめげず、 にこにこと私に椅子を指し示してきた。


「まぁまぁ。とりあえず、そこに座ってよ。話はそれからさ」
「……椅子に変な細工なんてしてないでしょうね?」
「しまった!その手があったか!」
「なんですって!?」


はっとしたように叫ぶポッターに、思わず降ろしかけた腰を浮かせる。
その際、手に杖を構えてしまったのは不可抗力だ。
すると、杖を向けられたポッターは勢いよく首を振って、手の平を私に見せつける。
いわゆるホールドアップという状態だ。


「ああ、違う、嘘うそ!冗談だよ?僕がエバンズに悪戯を仕掛けるはずがないじゃないか。
嫌だなぁ。来てくれたから、少し位、僕を信用してくれたかと思ったのに」
「貴方は少しは自分の行動を省みるべきだわ」


無害アピールをされて、ここまで信じられないのも珍しい。
が、まぁ、自業自得でしかないので、私は油断なく杖を突きつけたまま、「本題は?」と問いかける。


「エバンズ……目が据わっているよ?」
「貴方が妙な動きさえ見せなければ、私も指一本、杖一振り動かさないわ。
相談するだけなら、この状態でもなんの問題もないはずよね。
それが嫌なら、相談は別の人間に持ちかければいいだけのことよ」
「あー、僕の心情的には問題大有りなんだけど。
それは考慮には入れて――……もらえないよね。うん分かってる。言ってみただけだよ」


どんどん殺気立っていく私の気配に、ポッターが諦めの溜息を吐いた。
(我ながら酷い態度なのに、どうしてこの男は私を嫌ってくれないのだろう。謎すぎる)

お互いに机を一個挟んで対峙したが、流石に立ち話もなんなので、机の上に腰かける。


「さてと……」


冬の淡い夕陽に照らされた教室は、いつもよりも静謐で。
そこにいるポッターでさえ、どこか普段と雰囲気が違った。
鬱陶しい位のテンションの高さがなりを潜めると、どきりとする程、顔つきも変わってしまう。

と、その密かな驚きに既視感があり、私はそこで以前、 ポッターと夜の廊下で出会った時のことを思い出していた。
が夜中に戻らなかった、あの日。
どこか寂しそうに、悲しそうに笑っていた彼に私は酷く驚いたのだ。
今はそんな負の感情は見られないけれど、でも、茶化した雰囲気がないところがよく似ている……。


「じゃあ、お待ちかねの本題だね。実はリーマスなんだけどさ――……」


嗚呼、そういえばあの時は、と仲良くなるのに協力してくれとか言われて、 即答で断ったわよね、なんて、そんな風に思い返していた私は、 だから、次の彼の言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまうことになる。



「どうも、のことがスキになったみたいなんだよね」



…………。
……………………。


「……はぁ!?」


その意味が頭に浸透してくるにつれ、私は自分の表情がそれはもう目まぐるしく変化したのを感じた。
呆然。疑惑。驚愕といった具合だ。
ええと、今、聞き間違いじゃなければ『のことがスキ』って聞こえたのだけれど……っ
冗談にしては少しも笑えない言葉に、思わず突きつけていた杖を下してしまった。
がしかし、ポッターは苦笑しながらも、再度同じ言葉を繰り返す。


「……まぁ、そういう反応になるよね。
でも、リーマスは多分、のことがスキなんだよ。
そこでなんだけど――……「ちょっと待って!そこがまず信じられないわ!」


話を先に持って行こうとするポッターに待ったをかける。
まず前提条件が納得できないのに、その先、だなんて論外だ。
ことがことだけに『多分』なんて曖昧な言葉じゃ、とても協力なんてできない。


「本人がそう言っていたの?」
「いや?リーマスはそんなこと言わないよ」
「確かに、近頃はよく話すようになっていたけれど、 それがどうして急に恋愛感情まで発展するの?
というか、少し前なんて、は無視されたって落ち込んでたのよ?」
「うん。実はその無視された、っていうのがこの話の肝でね?
ねぇ、エバンズ。からかい交じりに構ってた相手を急に無視しだす、なんてどういうことだと思う?」
「え……ええと、そうね。普通は喧嘩したとかだと思うけれど」
の話によれば、喧嘩はしてないらしいよ。
リーマスに対してが説教をしたっていうのはあるらしいけれど」


普通、それならその説教が気に入らなくて虫の居所が悪い、とでもいう話になるのだろうが、 ポッターの口調からすると、それはなさそうだ。
もったいぶった話し方に、やきもきしていると、ポッターはピッと指を立てて話し出す。


「リーマスはの言い分を納得して聞いていた。
多少思うところはあったかもしれないけれど、そのことで怒るなら、その場で言うはずだよ。
後から思い出してしつこく、なんてするタイプじゃない。
となると、原因は別ってことになるけど、以外には普通だから、
に関わるなにかのせいで無視しているってことになる」


「ここまでは良い?」と確認してくるポッターに頷く私。
ここまでは特に矛盾している感じはない。
と、私が特に口を挟む様子がないことを見て取った彼は、滔々と自身の考えを述べる。


「僕もリーマスの様子を観察してたんだけどね。
なんていうか、ここしばらくの間、リーマスはと接する時に挙動不審だったんだよ」
「挙動不審?」
「そう。は無視されたって言ってるし、ある意味それは間違ってないんだけど。
の呼び掛けには応えないし、リーマスから話しかけることはない。
でも、のことは見てるし、話したそうな素振りも実はしてるんだよね」
「どういうこと?」


いまいち要領を得ないポッターの話をまとめると、こうだ。

リーマスはと目が合いそうになると反射的に逸らしてしまうが、のことを見つめていて。
話しかけようともしているけれど、途中思い止まるのか、結局は話せず。
悩んだり落ち込んだりする様が、本人も気づいていないがまさに恋をしているかのような状態なのだ、と。

で、それらを聞いた後の私の感想としては、


「……希望的観測にすぎるんじゃないかしら」


だった。
見つめている、だのなんだのというのは、多分にポッターの私見が入っているようにしか思えない。
同い年の相手に説教をされれば気まずくて目を逸らしたくもなるだろうし、 仲直りのきっかけが掴めなくて、悩んだりもするだろう。

がしかし、ポッターはどうやら自説に確信を持っているらしく、首を振る。


「いやいや。リーマスがあれだけ分かりやすく自分の内面を晒すなんてこと、 今まで一度もなかったことだよ。間近で見てきた僕が言うんだから、間違いない」
「仮に、リーマスが今までと違う様子だとしても、それが即恋愛に結び付くだなんて思えないわ。
リーマスは同性愛自体、あるのは認められても、理解できないようだったし」
「うん。多分、今もできない・・・・・・んじゃないかな。ずっとあった価値観がすぐ変わるはずもないし」
「?だったら、そもそもをスキになるはずなんて……」


ないはずだ。
がしかし、私の言葉に、意味ありげな笑みを浮かべるポッターがいて、息を呑む。

そう、リーマスが同性をスキになることは多分ない。
けれど、ポッターはリーマスがをスキだと言う。
一見矛盾するその言葉だが、それはとリーマスの二人が同性・・・・・という前提さえなければ、矛盾などしない。


「これは、僕の推測なんだけどね?この間、がシリウスに逆さまにされるっていう、 なんとも破廉恥な事件が起こった訳なんだけれど。
そこでリーマスはが女の子だって気づいちゃったのかもしれない。
そうしたらホラ。意識しちゃって、今までみたいに接したりなんてできないだろう?」


……なんですって?

あっさりと告げられた言葉に、耳を疑う。
自分では言葉にしたつもりなどなかったが、おそらく実際に口にしていたのだろう、
私の疑問の声に、勘違いをしたらしいポッターはなおも言葉を続ける。


「いや、その事件で気づいた訳じゃないかもしれないけど、態度が変わったのがその辺りだからね。
まぁ、その事件の前後で気づいたってことでもいいんだけれど。とにかく――……「ジェームズ=ポッター!」


が、そっちがその気なら、私にも考えがある。
私は机から飛び降りて、距離を詰めると、息がかかりそうな位の近さでポッターを睨みつけた。


「!」
「質問は二つよ。が女の子だといつから知っていたのか、
が逆さまにされた事件とは何か。答えなさい」







かくかくしかじか。
問い詰めたポッターから聞かされた話は、私にとって寝耳に水もいいところだった。
なので、私は後で力の限り(の首)を締めあげようと決意する。

だって、随分前にバレてただなんて、これっぽっちも知らなかったのよ?
その位、唯一彼女の秘密を知っていた私には言ってくれても良いんじゃないのかしら。
幸い、ブラック達にはまだバレていないようだけど、でも、よりにもよってポッターよ?
言われてみれば、ある時から急に酷い悪戯をに仕掛けてこなくなった気がするけれど、 他人の気持ちなんてまるで考えられない、理解できないこの男にバレていたのに!
一言くらい相談があって然るべきだと思うのは、当然よね。

しかもなに?セブルスを庇って、ブラックに逆さ吊りにされたですって?
それって、この間私のことを追いかけて来てくれた時のことよね?
そんなこと、ほんの少しでも言っていたかしら?
いいえ。聞いていないわね。うふふふふ。


と、そんな私の危険な気配を察したのか、ポッターは慌てて私を宥めようとする。


に怒るのは駄目だよ!?少なくとも、今は!」
「貴方にそんなことを言われる筋合いはないわ。これは私との問題よ」
「いや、まぁそうなんだけど!
でも、僕がこうしてリリーに相談を持ち掛けたことがバレちゃ不味いんだって!
全部終わったら煮るなり焼くなり好きにして良いから!!」
「全部終わったら?」
「そう!あー、ようやく本題に入れるよ……」


まるで私が話を脱線させたかのような物言いが心外だったが、 しかし、確かにさっきから話が1mmも先に進んでいない。
なので、私は仕方がなしにポッターからの『相談』を傾聴する。


「ポイントとしては、リーマスに恋心を自覚してもらうってことかな。
ということで、今回は『吊り橋作戦』でいこうと思うんだ。
恋心じゃなかったとしても、錯覚してくれれば、それはそれでよし


『吊り橋作戦』とは『吊り橋効果』なるものを利用した、
日本ではかなりメジャーな恋愛テクニック?なのだそうだ。
はっきり言って、その作戦内容を聞いた私としては半信半疑だったけれど。
というか、


を危険な目に合わせる手伝いを私にしろって言うの?貴方は」


の為に一肌脱ぐのは良い。
場合によっては、少しの規則破りくらい許容範囲だ。
でも、それで彼女が傷つくのなら、協力なんてできない。

私は真っ直ぐに、ポッターに向かって抉るような視線を投げかけたが、 対する彼はびくともせずにそれを受け止めた。


「危険な目には合わせないよ。絶対に。
女の子にそんなことをするなんて、騎士道に反するからね」
「…………」


絶対的な自信に満ちた表情だった。
いや、寧ろそれは自負かもしれない。
そんなことにはさせないという、自分に対する強固なまでの誓いだ。

そこにに対する真心のようなものが感じられて。
でも、そんなことをしてはいけないという良識と葛藤していると、 どうやら、その躊躇を別の物として受け取ったらしいポッターは困ったように笑った。


「まぁ、信じてもらえないとは思うけど。なにしろ、今までの行いが行いだし」
「!……多少は自覚があるの?」


この間、ポッターに謝られた時は、一応その謝罪を受け入れつつも、 きっと喉元過ぎれば忘れるのだろうと思っていた。
どうせ、また少ししたらしょうもないことをするのだろう、と。
でも。


「うん。のおかげでね。色々馬鹿なことやってたな、って思ったよ」


どこか罰が悪そうに。
けれど、どこか嬉しそうに。
そういうポッターは不思議と悪くない雰囲気で。


「……反省しても、貴方のやったことはなくならないわ」
「当然だね」
「信じられないっていうのが正直な感想よ」
「仕方がない。これからは信じてもらえるように態度で示すよ」
「…………」


だから。


「いいわ。今回だけ、協力してあげる」


友達の為、を免罪符にして。
私はその賭けにのることにした。





願わくば、どうかこのままで。





......to be continued