困った時は人に相談してみると良いでしょう。





Phantom Magician、174





さて、ジェームズがその後どうなったかっていうと。
まぁ、どうにかこうにかリリーに謝り、その誠意を伝えられた、というところだろうか。
元々、リリーは相手がきちんと反省していれば、ねちねち根に持つタイプではない。
ジェームズがまともな謝罪をしさえすれば、大丈夫だと踏んではいた。
もちろん、大イカ未満になってしまった好感度が、その謝罪程度で急上昇するはずはないが、 それでも、大イカと同じくらいのところまでは上がったのではないだろうか。
一歩前進である(そうか?)

少なくとも、今回のことで奴には『相手の気持ちになって考えてみましょう』という、 人付き合いの基本を教えることができたので、徐々に人徳も上がっていくはずだ。
多分。いや、きっと。……願わくば?
なので、今あたしが直面しなければいけない問題はといえば、


「リーマスおはよう!」
「…………」
「良い天気だね!」
「…………」
「今日の朝食にはチョコレートワッフルが出るらしいよ!」
「…………」


もちろん、リーマスの全スルー解除である。

ということで、前回貸しを作ったジェームズと、 ついでにジェームズだけを呼び出したはずが何故かついてきてしまったシリウスに、 あたしは泣きついてみることにした。

突然の呼び出しにも関わらず、「ギブ アンド テイクさ」と爽やかに応じてくれたジェームズ。
持つべきものは友達だな!と密かに喜んだのも束の間、 かくかくしかじかとここ最近のリーマスの態度を挙げ連ね、助言を求めたあたしに対し、 二人の反応は実に、にべがなかった。


「ということで、リーマスと楽しくおしゃべりするにはどうしたら良い?」
「……楽しくおしゃべりってハードル高くねぇか」
「元々出来ていたか怪しいね」


おかしい。
シリウスは兎も角として、味方のはずのジェームズまで辛口だ。

ちなみに、場所は必要の部屋なので、無駄に快適かつ防音もばっちりだ。
つまりは、どこからもフォローの一声は上がらないということである。

あたしは不満も露わに、手近なクッションを胸に抱えた。


「出来てたじゃん。最後の方は」
「え、あれって、君が一方的にからかわれてたんじゃないの?」
「あれで楽しくとか……ドン引きだぜ?」


言いつつ、シリウスが生粋の変態を見るような目であたしを見た。心外すぎる。
まぁ、確かにセクハラの嵐かつ、いつも真っ黒光線を浴びていた気はするが。
それでも、めっちゃ嫌われてた最初に比べたら、 ハバネロからマンゴーくらい糖度の差があると思う。

とりあえず、そんなようなことをしおしおと訴えると、 流石に「最初よりは確かに嫌われてなくなった」と衆目の意見が一致した。
それでも「好かれた」じゃないところが悲しいが。


「お前が偉そうに説教するからじゃねぇの?
今からでも遅くないぜ。俺やリーマスへの説教を撤回するっていうんなら協力してやるよ」
「アイデンティティーの崩壊を招くから、絶対嫌だね」


っていうか、まだ自分は悪くないとか思ってんのか。
ジェームズ以上に分からせるのが面倒くさそうだな、お前。

ということで、目線で「お前が後で教えろよ」とジェームズに言い渡し、 あたしは、説教を撤回しない方向で、現状の改善に頭を巡らせる。
がしかし、そんなあたしの姿に、ジェームズは思いもよらないことを言ってきた。


「……というか、そもそも、リーマスが君を避けてるのって、説教が原因なの?」
「「は?」」


そりゃあ、説教の後からガン無視が始まったんだから、 原因なんて他に考えられないんだけど。
え、なに?違うの??


「いや、僕が見たところ、リーマスが君に怒ってる様子とか、特にないんだけど」
「えぇ!?」
「そんな訳……っあー……?そういえば、そうか?
怒ってるって感じじゃ、確かにないかもな?」


え、絶対「頭が高い!控えおろう!!」ってことでお怒りなんだと思ってたのに!
お前にだけは説教されたくねぇんだよ、この適当人間め!とかじゃないの?

だがしかし、言われてみれば、説教の時、リーマスは確かに「その通りだ」と頷いたのだ。
反発するでもなく、痛みに耐えるように、小さく。
確かに、あの態度の後に、説教タイムに対して怒りを覚えるのは変な感じがする。


「ってことは、えーと……どういうこと?」


が、現実には目も合わせてもらえないあたしがいる訳ですよ、奥さん。
なにも原因がなくて、人を完全無視するなんて非道なこと出来ると思います?


「どういうって言われても、本人じゃないから難しいけど。そうだな。じゃあ、

可能性@ 同級生に説教されて気恥ずかしい。
可能性A O.W.Lふくろう試験が思わしくなかったので、八つ当たり。
可能性B とにかくを無視していじめたい気分だった」


…………。
…………………………。
……うん!どれも嫌だな!!
敢えて選べるなら、一番@がマシな気がするけど、結局どれも解決策皆無じゃん!

うあぁああぁぁぁ!と呻くことしか出来ないあたしだったが、 そんな時に助け舟を出してくれたのは、意外や意外、シリウスだった。


「とりあえず、のせいってことはない……ジェームズはそう思うんだな?」
「!」
「まぁね。に対して以外にだったら、ちょっと怒ってるような気もするんだけど。
少なくとも、には怒ってないような気がするよ?」
以外に怒っている……?オイ、それまさか俺とかじゃないよな?」
「ないと思うけど……。ああ、ちなみに僕でもないからね。
直で怒りの矛先を向けられたら、リーマスの顔を正視する自信ないよ、僕」
「じゃあ、なにに怒ってるんだ?っていうか、そもそも本当に怒っているのか?」
「んー……僕もちょっと分からないんだけど。
なんていうか、リーマスの雰囲気がちょっとおかしいんだよね。
ピリピリしたり、うじうじしたり、かと思えばふわふわしてるし」


思った以上に、きちんと考察してくれている二人だが、しかし、言っている意味がいまいち分からない。
ふわふわってなにさ??
そういうのは、世間では情緒不安定って言うんだが。

満月近かったからじゃ、という疑問は、しかし、さっさと二人に却下される。
まぁ、あたし以上に満月の近い時のリーマスを見てきた二人なので、 違うと言われれば、きっとそうなのだろう。

女子であれば、まだ「生理近いとか?」と、他の可能性も浮かぶのだが。
しかし、如何に綺麗な顔をしていても、リーマスは立派な男子なので、 言ったらまず間違いなく、その人間が血の池に沈むことになる。
そして、あたしたちの中の誰も、そんな無謀なことを口にするつもりはない。


「満月でも、説教でもない原因で、リーマスが情緒不安定……?」


まぁ、微妙にメンタル弱い部分あるから、ないとは言わないけど。
でも、多少のことなら、リーマスってポーカーフェイスの裏側の隠しちゃいそうなんだよねぇ。
となると、誤魔化せないほど浮き沈みが激しいか、誤魔化す余裕がないかのどちらかになる。
(ちなみに、リーマスの性格上『敢えて誤魔化さないでいる』という選択肢はないと思う)
どっちにしても、尋常ではない。


「これがジェームズなら恋煩いなんだろうって思うんだけどね……」
「!」


ぽつり、となんの気なしに零れた言葉。
あたしはそれに対して、名前の挙がった当人が息をのんだことに、ついぞ気づくことはなかった。







結局、その後も、具体的な解決策はなにも思い浮かばないまま。
まぁ、あたしが嫌われた訳ではないという二人の言葉を、半信半疑ながら受け入れるとして。
あたしは、急用を思い出したとかいうジェームズに、シリウス共々置き去りにされていた。


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


……気まずっ!

お互い、無言で相手の様子を伺い。
しかし、目が合いそうになれば慌てて逸らす。
思いがけない二人きりに、漂うのは妙な緊張感だった。
もちろん、色気は皆無である。あってたまるか。


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


多分、この沈黙が悪い。
それはもう、重々承知なのだが。
じゃあ、他愛ない話でも、と思っても、 そもそもシリウスとあたしは全然趣味も価値観も合わないのである。
結果、なにを話したら良いのか分からず、二人で途方に暮れていた。
とりあえず、寮に向かって歩き出したものの、そのやり取りさえ「帰るか?」「うん」とかそんな微妙なそれ。

今まで二人になったことはないとは言わないが、それでも会話にここまで困ったことはない。
だって、大体雑談してるどころじゃなかったからね!
っていうか、話ってわざわざするものじゃないよ。うん。
話したいことがあるから口にするもんなんだよ。

そして、ぶっちゃけ居心地は最悪だが、 こうなったらもう無言を貫こう、とあたしが決意したその時。
「そういえば」と、隣を歩く残念イケメンが意を決したらしく口を開いた。


「…………」


……とことん、シリウスとは気が合わないらしい。

心なし、がっかりした気分になりながら、あたしは「なに?」と話を聞く態勢になる。
と、彼は心なし嬉しそうに(何故?)なりながら、


「お前、高い所って平気だよな?別に」
「…………っ」


それはもうピンポイントで人の弱点を抉るようなことを言ってきたっ

リリー&スティアに言われて、あたしが悪戯仕掛け人にひた隠しにしていたのは主に5つ。

@ 性別は女である。(ジェームズにはバレてるけど)
A 虫が苦手である。(これはバレてない。セーフ!)
B 箒も苦手である。(え、えっとセーフ……かな!)
C 特技は迷子である。(……せ、セーフと信じるのは自由だと思うの!)
D 実は異世界からやってきた。
(これはバレたらヤバいけど、信じてもらえない気がする奴)

ぶっちゃけ、仲が悪かった時ならいざ知らず、 そこそこ仲良くなってきた今となっては、D以外はバレても大過ない。
(というか、未来の奴らの反応を思い出すだに、がっつり今後バレるようだ)

大過ないのだが、しかし。
それでもずっと隠してきた習性と言いますか、
あたしは、とうとう箒が苦手なことがシリウスにバレたか!?いつだ!とばかりに身構えてしまった。
自然、答える声もちょっと険の混ざったものになる。


「え、普通に平気ですけど、それがなにか?」


嘘は言っていない。
高い所は平気だ。絶叫系もドンと来い!ってなもんである。
ただし、一人で箒には乗れないというだけで。
スティアなしで箒乗れって言われたら、はっきり言って無理だぜ?泣くぜ?

と、つっけんどんなあたしの態度に、シリウスは片眉を持ち上げた。


「『それがなにか?』ってお前……。なんだ?その他人行儀な口調??」


それは、あたしとお前が他人だからだよ、馬鹿野郎。


「折角、人がバイクに乗せてやろうと思ったのに。
別に嫌なら良いんだけどよ……」
「は?」


まさかのシリウスイベント発生の台詞に、きょとん、と目が丸くなる。
バイクに乗せてくれる?シリウスが?……空耳??


「……えっと、なに?バイク披露会でもやるの??」
「はぁ?『披露会』って、そんな大層なことやらねぇよ。
今度の休みに、乗りたきゃ乗せてやるって言ってんの。
お前、この間、バイクの話にノリノリだっただろ」
「まぁ、そりゃあね。でも、ジェームズ達はもう誘ったんでしょ?
だったら、リーマス嫌がるんじゃ……」
「いや?そうなる気がしたから、あいつらはまだ誘ってねぇし、誘う気もねぇよ」


しかも、悪戯仕掛け人を差し置いて!!?
嘘だろ、オイ!

流石イケメン、攻略イベントの発生率、半端ない。
思えば、リーマスとは碌なイベントが発生していないというのに、 なんでかシリウスとは押し倒されるだの、ダンスに誘われるだの、王道のラインナップである。


「攻略する気皆無なのに……っ」
「は?お前今、なんて言った?」
「え?あたし別になにも言ってないよ??気のせいじゃない?あははは」


とりあえず、訝し気なシリウスの視線を乾いた笑いで誤魔化すと、 あたしの頭はフル回転を始めた。
一体どういう魂胆だ!?と、それはもう失礼なことも思ったが、 よくよく考えれば、答えなんて簡単だ。

この意地っ張りかつプライドがエベレスト並みに高いシリウスなので、 この間のあたし宙づり事件についての謝罪代わりのつもりなのだろう(実は未だに謝られていない)
その証拠に、いつもならさっさと怒り出すところなのに、彼にしては辛抱強くあたしの答えを待っている。
と、いうことで。

あたしは、盛大に溜息をついたり、気乗りしない素振りを散々して焦らした後、 最終的には、大層晴れやかな笑顔でそれを了承した。
ただ、


「分かった。じゃあ、今度の日曜日にね!」
「おう。念のため、酔い止めとか飲んどけよ?
なにしろ、俺もまだ乗り慣れてないから揺れるぜ」
「すみません、来月に延期の方向で!!」


せめて練習後に誘えや!





それなりのリスクは覚悟して。ね?





......to be continued