予め語ること。それが予言。 Phantom Magician、170 「そもそも、あんな、人に向かって『穢れた血』だとか言う奴と友達なんてなれる訳がないんだよ」 「え?」 「まったく。まぁ、これでお前もようやく肩の荷が――……」 ぺらぺらと、珍しく饒舌に語るシリウスの言葉を、 あたしは信じられない思いで遮った。 この日、この時に。 『セブルスが誰かを“穢れた血”と呼んだ』 そんな話題が挙がってくる時点で、あたしは完全に出遅れたことを理解する。 「今、お前なんて言った?」 「?だから、肩の荷が下りるなって……」 「その前!誰が!誰に『穢れた血』なんて言ったって……っ?」 「リリーにだよ。スニベリーの奴は、こともあろうに僕のリリーにそんな侮辱的な発言をしたのさ。 逆さ吊りにされたって仕方のないことだろう?」 「〜〜〜〜〜〜っ」 失敗した、と思う。 確か、セブルスは逆さ吊りにされてから、リリーに庇われて、 そのことを恥じたせいで、そういった発言に繋がったのだと、あたしは記憶していたのだ。 だから、逆さ吊りは防げなかったけれど、仲違いだけは避けられたと、そう思っていたのに。 あたしが来るまでの間に、リリーがいて。 そして、もういなくなった……? 自分の記憶が間違っていたのか、それともそこまでの流れが変わったのかは知らないが、 返すがえすも、自分の失態が招いた事態に、目の前が暗くなる。 そして。 その後、悪戯仕掛け人達から事の経緯を聞かされたあたしは、 大体のセブルスの心情が手に取るように読めてしまった。 男子が女子に庇われるのが恥ずかしい? いいや。 それも多少はあるだろうけど、問題はそこじゃない。 問題だったのは、グリフィンドールに庇われている、という唯一点。 なんでも、セブルスは今、スティアに言われて闇の陣営入りを目指しているらしい。 だから、そんなことをされてはマズイなんてもんじゃない。 しかも、だ。 ただ庇われるだけなら、セブルスの心象が著しく下がって、闇の陣営入りできないくらいで済むだろうが。 庇われる程、彼女と仲が良いのだと、気づかれてしまったら? 思い出すのはそう、ついこの間、自分に杖を向けていたスリザリンの二人組。 連中なら、恐らく躊躇することもなく、リリーにも同じように呪いをかけるだろう。 シリウス達にしてみれば、セブルスが悪い虫だろうが、 逆の立場からすれば、リリーこそ、セブルスにとっての悪い虫なのだろうから。 だから、セブルスはリリーを傷つけるしかなかった。 もっとも効果的な、『穢れた血』なんて言葉を使って。 呪いを掛けるまでもなく彼女は報復を受けたのだ、と、言わずとも知れるように。 ――あいつの立場を考えるなら、気安く話しかけるな。 まさに、クィレル先輩が危惧した通りの結末だ。 忠告を事前にされていたにも関わらず、それを生かせなかったことが悔やまれる。 これ幸いと、さっき絶交宣言をしたが、それは少しばかり遅すぎた。 「…………」 実際に聞いた訳ではなくても、彼の絞り出すような声が聞こえてきそうだった。 そして、そこまでセブルスを追い詰めた、目の前の連中を。 「……んの、馬鹿共が!!」 あたしは怒りのままにぶん殴る。 「った!」「いっ」「っ」「ひっ!」 「「なにするんだよ(だい)!?」」 「見てわかんないの?殴ってるんだよ!」 自分の拳も大層痛いが、知ったことか。 セブルスも、リリーも、もっともっと痛いんだ! あたしは、この現状に対して、火山のように怒りを爆発させ、 いい歳してるくせに子どもっぽい連中に対した。 (お前と比べるなって?知るか、そんなもん!) そして、何人かの人間が、あたしの豹変っぷりに何歩か後退するのを感じながら、 あたしはまず、一番手近にいた阿呆へ向かって指を突きつける。 「シリウス!喧嘩の口実をわざわざ見つけて言いがかりをつけるなんて、 お前恥ずかしくないのか!?しかも、一人を寄ってたかって!」 「なっ!お前、またあんな奴を庇って……っ」 「 庇 っ て ね ぇ だろうが!話聞けよ、マジで!! あたしが今言ってんのは、わざわざ喧嘩吹っかけるお前の根性についてだろ! 嫌いならそもそも関わるんじゃねぇよ! 見ろ、お前が喧嘩吹っかけたせいでジェームズ血塗れだろうが!ああ!?」 「ぐっ」 「いや、それはスネイプの奴がそんな攻撃してきたのが悪いんだよ」 「いけしゃあしゃあ煩いわ!だから、お前らが言いがかりつけたり、 人の借り物ぶんどったりしたから、向こうだって攻撃してきたんだろうが! 結果的に怪我したからって被害者面してんじゃねぇよ、タコ! そんなもん自業自得だわ!リリーが同罪扱いすんのも当然だろ! 精々、マダムに痛い薬でも塗ってもらうがいいわ!」 「……あー。あれ、ほんっと痛いんだよね。嫌だなぁ」 論理でシリウスとジェームズを叩きつけるように叱る。 すると、シリウスは「友達に怪我をさせた」という点で。 ジェームズは「リリーに同罪扱いされた」という点で、それぞれ口をつぐんだ。 まぁ、冷静になって考えてみれば、如何にネジが何本か飛んでるような頭でも、 多少のやりすぎ感については自覚できることだろう。 なので、この二人はまぁ、この位で良いとして。 でも、あたしは主犯格のこの二人だけで説教を終えるつもりは毛頭なかった。 正直、こんな嫌われそうなことしたくないんだけど。 心の底から、これで終わりにしたいところなんだけど! あたしは、すでにあたしの言葉を待っている鳶色の瞳を、見ないふりは出来なかったのだ。 「で、リーマス」 「……なんだい?」 「なんで止めないの?」 「…………っ」 「この場で、この二人の行き過ぎ止められたのって、リーマスだけでしょ? なんで止めないの?なんの為の監督生なの? やっちゃいけないことを友達がやってたら、それを注意するのが、本当の友達って奴でしょ!? どんなに恩があろうがなかろうが、間違ってることは間違ってるんだよ」 少なくとも、あたしはずっとそう教わってきたし、実際そうだと思う。 友達であることと。 相手のすることを全肯定することは、別物だ。 「リーマスは?違うの?」 「…………」 リーマスにとって、悪戯仕掛け人が、本当の本当に大切で、手放したくない存在なのは知ってる。 でも。 だからって、これは、違うでしょう? 今まで、リーマスには一度も向けたことのない批判的な視線で、彼の返答を待っていると、 やがてリーマスは「うん。そうだね。その、通りだ」と、小さく頷いた。 多分、リーマスはあたしなんかに言われなくても、その位分かっていたのだ。 分かっていて。 でも、どうにもできなくて。 歯がゆい気持ちさえ、あったかもしれない。 でも。 そんなリーマスなりの葛藤を、しかし、あたしは切って捨てた。 動かないなら、そんなもの、あってもなくても同じだと。 偉そうに。 痛みを堪えるような彼の表情に、胸の奥が痛んだが、 あたしは、その姿に目を瞑って、見なかったことにした。 そして、その後、物見高い連中に対しても、この勢いのまま大音声で訴える。 「アンタらも、見てんじゃない!」 「「「!」」」 「試験でストレス溜まってるのは知ってるよ!あたしだってしんどいわ! でも、だからって、嫌いな奴で憂さ晴らして良い訳!? おまけに人が逆さ吊りになってるのを喜んで見てるとか、最悪だろ!」 「い、いや、僕らはただ見てただけで……なぁ?」 「そうそう、酷いとは思ってて、そろそろ止めようかと……」 がしかし、彼ら彼女らは、あくまでも、無関係を装いたいらしい。 あたしは、リリーを探さなきゃいけないという焦りを感じながらも、 言うなら今しかないと腹をくくる。 でないと、こいつ等には一生、分からない。 「そろそろっていつ?死人が出るまで?」 「「「っ」」」 案の定、思ってもみなかったであろう言葉に、全員が息を飲んだ。 「あたし、『そんなつもりはなかった』とか『誰かが止めると思って』とか、 他人面するくせに、その場にいる連中って最低だと思うよ。 怪我人が出ても止められない連中が、それ以上のことを止められる訳ないでしょ。 ねぇ、分かってるの?いつか自分が同じことされるかもしれないってこと」 「「「!」」」 「自分は悪いことしてないから大丈夫?嫌われ者じゃない? へぇ、じゃあ、全員に好かれている自信があるんだね。 凄いね。グリフィンドールでもスリザリンと仲良くやってるんだ?」 「っ」 「学力は非の打ちどころがなくて、運動もばっちりなんだろうね」 「!」 「で、もちろんスリザリンが崇め奉る純血の名家で、 お金に困ったことなんて一度もないんでしょ?いやー、凄いね、皆さん」 「っっっ」 もちろん、そんな人間いるはずがない。 ヴォルデモート卿だって、そんな存在には、なれなかった。 偉そうなこと言ってるあたしだって、完璧じゃあない。 でも。 「……別に、お金がなくたって、運動できなくたって。 試験で良い点が取れなくて、特定の人としか仲良くできなくても、立派な人はたくさんいるよ。 そんなことはあたしだって分かってる。 でも、ここにこうして、ただの傍観者でいる君たちは、間違いなく『立派な人』なんかじゃない」 しん、と。 あたしが言葉を切る頃には、周囲は皆一様に、罰が悪そうな表情で押し黙っていた。 当然だろう。あたしが振りかざしたのは正論で、向こうには抗う術なんてないのだ。 ある意味で、一番卑怯なのはあたしなのかもしれない。 人を非難することで、自分の罪を軽くしているだけなのかもしれない。 でも、それが分かっていながら、どうしてもあたしは、言わずにはいられなかった……。 そして、あたしは、奇妙に期待に満ちた表情であたしを見つめてくる鼠野郎を、 「以下、略!」と切り捨て。 シリウスから忍びの地図を強奪すると、一目散にリリーの元へと走り出した。 なんのかんのと時間を喰ってしまったので、このままだとほぼ確実に昼食は抜きだが、 まさかこの最悪な心情のまま試験に突入する訳にもいかないし、 ましてや、普段の授業のように、人生のかかった試験をリリーにサボらせる訳にもいかない。 (え?説教喰らった連中もコンディション最悪だろうって?知らないよ、あんな人達) 「即行でリリーを見つけて、慰めなきゃ!」 日頃、セブルスを気にかけているリリーのこと、 『穢れた血』だなどと、自分ではどうにもならないことで拒絶されたら、 きっと、張り裂けそうな心の痛みがあったに違いない。 彼女の現在地を地図で確かめながら向かっているのだが、 トイレからリリーの名前は一歩も動いていなかった。 もしかしたら、気丈な彼女のことだ。 人目を避けて泣いているのかもしれない。 (しかし、ホグワーツのトイレは、悪巧みしている奴か泣いている人間とばかり縁があるな) セブルスのことはスティアに完全に任せてある(現場から連れ去ったのも実は奴だ)ので、 あたしはリリーにだけ集中しようと心に決め、ラストスパートを掛ける。 そして、その勢いのままに、辿り着いたトイレのドアをバーン!と開け放った。 「リリー!」 「きゃっ!?」 が、ごめん。勢い良すぎた。 リリーの鼻先すれすれだった。 多分、あたしが開けるのがもう少し遅かったり、もしくはリリーがもう少し早く歩いていたら、 なんとグリフィンドールの麗しき監督生の顔面を傷つけていたところである。 あたしはざっと顔を青くしながら、思わずリリーの顔をマジマジと観察する。 「ごめん、リリー!?怪我、どっか怪我しなかった!?」 すると、失意のどん底にあるはずのリリーが、 「…………ふふっ」 うふふと 笑 っ た 。 …………。 …………………………。 ……やべぇ!音しなかったと思うけど、絶対これ頭打ってる! すぐ医務室に……っ って、あれ!?頭打った時って動かしちゃ駄目なんだっけ!? どどどどどうしようと、ぐるぐる頭を巡らし、 そういえばかつてクィレル(ティーチャー.ver)が担架を出してくれたな、と思い出したあたしは、 腕まくりをしながら早速杖を振ろうとした。 が、しかし。 ぱっと目に入ったリリーの表情に動きを止める。 「ふ、ふふっ。もう、やだ。ったら。おかし……っ」 笑っている。 でも、その瞳は張りつめていて。 「あはは。嗚呼、もう、お腹痛いわ」 滲む涙を、笑みに紛れさせようとしている、それだった。 「リリー……」 気付かない振りをしてあげるべきか、 それとも、見て見ぬふりを止めるべきか。 あたしが迷いながら、それでも名前を呼ばずにはいられないでいると、 リリーはその葛藤を見抜いたのだろう、困ったように眉根を寄せながら、口を開く。 「あのね。私、分かっているのよ?」 「え?」 「セブルスが、本当はあんな酷いこと思ってないって、分かってるの」 「!」 それは、予想外の告白だった。 驚くあたしを尻目に、彼女はぽつぽつと、小さく言葉を続ける。 「セブは確かに純血主義よ。でも、マグル生まれの私を蔑んだことは一度だってなかったわ」 「……でも。じゃあ、どうして……?」 どうして、泣いているのか。 言葉にしない問いに、リリーは儚く微笑んだ。 「悲しくて」 「悲しい?」 「ええ。そう、彼がそう口にしなければならない、今の世の中が、悲しい。 知ってる?日刊預言者新聞にはね。毎日のように誰かの名前が載っているの。 闇の帝王に殺された、人達の……」 「!」 「それだけじゃないわ。操られて、死んでしまった人や、死喰い人の名前も……っ」 しかし、こらえきれなかったのか、一粒だけ、涙が転がり落ちる。 ぽろり、と。 「セブ、最近、危ない人達と関わっているの……っ 彼がもし、変なことに巻き込まれたらって思ったら、私、わたし……っ」 「リリー……」 ごめん。 その言葉を、あたしは必死になって飲みこんだ。 スティアがやらせなくても、セブルスは闇の陣営に入り込む。 なにもしないでいたら、リリーを闇の帝王に差し出す形になって、一生を贖罪に捧げることになるのだ。 でも。 だからといって、あたしたちの罪が軽くなる訳じゃない。 謝ることがきっと正しいけれど。 謝られても、リリーには意味が通じないし、 謝っても、結局、セブを闇の陣営から引き戻すことはない。 それでは、意味がないのだ。 だから、あたしに出来たのは、精々、彼女の為に肩を貸す位のことだった。 縋りつくように。 でも、どこか申し訳なさそうに。 そっと肩口のローブを握り、リリーはそこに顔を埋める。 「ごめんなさい……っ。貴女が、湖には行くなって言ってくれたのに」 じんわりと、ローブに彼女の涙が沁み込んだ。 少しでも悲しみが一緒に流れ出てしまえば良い、そう思う。 「……こっちも、気になる言い方しちゃったから。ごめん。ごめんね、リリー」 「いいえ……っでも、どうして?」 「え?」 「どうして、貴方はああなるって分かったの?予言が……できるの?」 「……もし、そうだって言ったら?」 「ふふっ。嘘つきって、言ってあげるわ。そうだったら、もっと賢く立ち回っているもの」 予言はできない。だから、嘘つきなのは本当。 でもね?リリー。 あたし、未来をちょっと知ってるんだよ。 「えぇ〜?でも、ホラ。敢えてボケてるとか、 都合よく予言ができない、とか色々可能性としたらあるじゃん?」 「まぁ。ったら、そんなに予言者にしてほしいの?」 「うん。ほしいね」 「?」 だから。 「だってそうしたら、『セブルスは大丈夫だ』って、リリーに言ってあげられるでしょ?」 「!」 だから、君の望む言葉をかけてあげられる。 セブルスは大丈夫。 そうじゃない状況には、あたしも、スティアも、絶対にさせない。 持てる全てに賭けて。 「……」 「セブルスは大丈夫だよ。リリーも、ジェームズも、シリウスも。 もちろん、リーマスだって、なにかあったらあたしが駆け付けてみせるから」 「っ」 自分に言い聞かせるように。 あたしは厳かな決意を、口にした。 すると、あたしが本気で言ってることが分かったのだろう、 リリーに張りつめていたものが、ふっと消える。 そして、さっきと同じようでまるで違う笑みで、彼女はくすくすと笑った。 「………ふふ。そこにピーターの名前はないのね?」 「そこだけは、ごめん。あたしも人間だしさー。保障しないわ。 でも、殺させもしない、かな……?」 自分で言っておきながら、ピーターに関しては自信はない。 がしかし、それでもその言葉だけで十分だったようで、 彼女はそっと一度だけ頷くと、 「なにか摘まめるものを厨房で貰ってきましょう?」と促してきた。 すると、トイレの外から『ヤマトなクロネコのデリバリーサービスでーす』という、 それはもう、呑気な声が、頭の中に響いてくる。 場所が場所なので入るのを遠慮しているんだろうが、 その準備の良さには、毎度のことながら脱帽だ。 (ただ、ヤマトなクロネコはデリバリーしない。これは後で主張する!) 「はーい。今行きまーす」 「?どうしたの?」 「うん?ああ、スティアがね?あたし達にお届け物らしいよ」 「スティアが??」 不思議そうなリリーの表情はきっと、 この後、愛らしい猫の宅急便によって、明るい物へと変えられるのだろう。 手柄を横取りされたような気もするが、彼女の笑みが見れるなら、それだけで良いか、と。 この時、後で待ち受けているあれこれを知る由もないあたしは、呑気に思っていた。 『臭い飯食べたくなきゃ早く出てこーい』 「……うっさいわぁー!!」 君が望むなら、あたしはまだ見ぬ先をも確定する。 ......to be continued
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