唱える言葉は嘘八百。 けれど。 Phantom Magician、62 少女は語る。 =と名乗った彼女は、元は東洋の魔女だったのだという。 (何故かは、「極東の魔女だよ」とキメ顔で主張していた) しかし、ある日、自分が暮らしている日本以外の国にも、魔法使いがいることを彼女は両親に聞かされた。 彼女の両親は魔法使いでこそないものの、魔法やそれに関わるものの存在は知っていたのだ。 日本という国は科学も発展していて、魔法使いの数は少ない。 そんな場所で育ってきた彼女は、自分とそう年の変わらない魔法使いがいることも、 たくさんの魔法使いであふれている光景というものも、信じられなかった。 だから、両親に是非、ロンドンにあるダイアゴン横丁へ行ってみたいと頼み込んだ。 マグルであっても、知り合いに魔法使いさえいれば、あそこはいけないこともない。 両親は、可愛い娘の願いを聞き入れることにした。 そして、は家族と一緒にロンドンへやってきたのだそうだ。 しかし、この時の彼女は完全に観光気分で、ホグワーツの存在も何も知らなかったという。 ただ、彼女は目を輝かせて魔法世界にやってきた、まさにその時に。 恋に堕ちてしまった。 可愛らしい少女(苦笑)に嬉々として声をかける少年の連れの、 微笑みを浮かべる鳶色に。 そして、彼女はその瞬間に、ロンドンへ引っ越すことを決めてしまったのだそうだ。 驚くべき行動力だが、その少年達が『ホグワーツ』と言っているのを聞いてそれを調べ、 それが魔法魔術学校だと知るや否や、彼女はどうにか同じ学校に通おうとした。 (両親には「魔法をもっとちゃんと使えるようになりたい」と言ったそうだ) 幸いにも、両親はダンブルドアと知り合いで、その願いは実現されることになったのだという。 魔法猫をお供として、自分を女だと明かさないことを条件として――。 私は、たどたどしく語られるその身の上話を、信じられないこととして聞いていた。 その歳で親元を離れて外国へ留学しにいくのもそうだが、 その理由が好きな人ができたからだというのは、凄すぎる。 日本人というのは控えめな人達だと聞いていたが、どうもそれは嘘のようだ。 寧ろ、激しすぎる。 ああ、でもその一途さは日本人らしいといえば、らしいのかもしれない。 「ええと、だから、その……、怪しいとは自分でも思うんだけど、怪しい者じゃないんだ。 分かってくれる?」 は、おそるおそるといった様子で、そう話を締めくくった。 その上目遣いの可愛らしい姿に、さっきまで警戒していた自分が馬鹿みたいに感じられる。 一度女の子だと認識してしまえば、はとても可愛らしい少女だった。 性格や言動にも、卑しげなところがないし、根が素直な感じを受ける。 今でこそ、不安そうに眉根を寄せているけれど、笑った表情が見たいと思う。 そんな子だった。 「ええ、分かったわ」 だから、私はようやく、全身の緊張を解いて、彼女に笑顔を向けた。 突飛な話ではあるけれど、まず魔法が使えるようになったこと自体が突飛なのだ。 話として、つじつまも合っているし(先日、漏れ鍋でポッター達に絡まれたのは事実だ)、 そこまで警戒する必要のあることもなさそうだった。 なにより、そんな嘘を吐いたところで、彼女が何か得をすることもないだろう。 ほっと息を吐く。 そして、私が笑ったことから同じように安堵したらしいと、 私はそれから他愛のない話に華を咲かせることとなった。 ちゃんとした(?)自己紹介はもとより、お互いの国の話。 それより何より、愉しい恋の話などなど。 私は彼女がそうまでして追いかけてきた、あのリーマスへの想いが知りたかったし、 彼女は彼女で、学校でのリーマスの様子を知りたがった。 「――でね、ルーピンはそれを黙って見ていたのよ? には悪いけれど、正直、幾ら嫌そうな表情をしていても、止めなければ同じことだと思うわ」 「んー、でもさ、仲の良い人たちに注意するのって、 見知らぬ人に注意するのとはまた別の難しさってあるんじゃないかな? あたしだって『嫌われたら』って思うと、なかなか一歩踏み出せなかったり、やっぱりするよ。特に、リーマスは……」 「それは私もあるけれど……。でも、やっぱり、私としては止めて欲しいのよね」 「それはそうだよ。リリーとリーマスじゃ、立ち位置が違う。 だから、お互いになにをしようとそれも自由だし、それをお互いがどう思おうとやっぱり自由だと思うよ」 「……ねぇ、ひとつ訊いても良いかしら?」 「ん?なに??」 「貴女とルーピンは特に話したことはないのよね? なんだか、の話し方を聞いていると、まるでよく知っている人の話をしているみたいに聞こえるの」 「……そうかな?そうかもしれないね」 「よく分からないのだけれど、故郷から飛び出してくるくらいの気持ちってどんなものなの?」 「月並みだけど、言葉にできないくらい、かな? 大好きで、大好きで。一緒にいられるだけで良くて。 でも。たとえ一緒にいられなくても、笑っててくれればそれで良い……」 ――リーマスは、あたしがここにいる、たった一つの理由だから。 そう言って微笑んだ彼女は同世代とは思えないほど大人びて美しく。 けれど、何故だろう。 恋する相手を語る、というには、あまりに胸を締め付けられる瞳をしていた。 そうして、ようやく列車が動きだしたあたりで、 私はしめやかになってしまった雰囲気を払拭するかのように、 不意に気になっていたことを思い出し、「そういえば……」と切り出すことにした。 「でも、どうして女の子だっていうことを内緒にしなくちゃいけないの?」 「へ?」 その質問が少し唐突だったのだろう、彼女はきょとんと目を丸くしていた。 「幾ら、離れるのが不安だからって、性別まで偽るのは行き過ぎだと思うわ。 それに、さっきの様子だと、はそのことを知らなかったのでしょう?」 「あー……うん」 「一体どういうことなのかしらね? それとも、日本ではそういうことがよくあるの? 親元を離れる女の子は男のふりをするとかっていう……」 「うー……偶に?そういう子もいないではないというか……。 男装して男子校に通うとか、喫茶店で働くとか、ホストをするとかは聞いたことあるかな?」 『漫画とドラマじゃないか。しかも一個、日本のじゃないし』 にゃおにゃお、と同意するかのように黒猫が鳴いた。 こっちは何を言っているかまるで分からないけれど、あっちは人間の言葉をしっかり理解しているらしい。 本当に頭の良い子なのね……。 「……日本の人は大変なのね」 「や……そんなに多くないけどね?そういう特殊な子はね?」 自分もその『特殊な子』の一人であるにも関わらず、 はその他大勢の日本人をフォローするかのようなことを言った。 その表情がもの凄く申し訳なさそうな微妙なものだったのは、何故かしら……。 少しそれが気にはなったが、まぁ、大したことではないだろう、と追及は止めておいた。 変なことをつっこんで、この和やかな空気がなくなるのは、とても残念だからだ。 がしかし。 敢えて私が破る前に、その空気は破られることとなる。 他ならぬ、私の親友によって。 「……うわ」 窓を背にするようにして私との会話を楽しんでいたは、不意に私の方を見て声をあげた。 いや、正確に言えば、私の後方を見上げて、だ。 その、見てはいけないものを見てしまったかのような声と表情に、私もふっと後ろを顧みる。 「セブっ!?」 私の後ろに、背後霊よろしく、親友のセブが立っていた。 まるで、何か激しく納得のいかないことがあるかのように、その眉は寄せられ、唇は引き絞られている。 それは、どこか暗い印象を与える黒く長い髪も相まって、不意に見たら心臓に悪そうな姿だった。 せめて、動いてしゃべっていればまた印象が違うと思うのだが、 彼はどういうわけだか、私たちのいるコンパートメントの前で佇むだけだった。 案の定、はそんなセブの姿にかなり不気味なものを感じたらしい。 眉をひそめて、礼儀正しい日本人としてはあるまじきことに、うっかりと彼を指差してしまっていた。 「……セブって、セブルス=スネイプ?」 「そうよ。ってどうして、がセブの名前を知っているの?」 「えっ!?……いや、魔法薬学ですっごい人がいるって聞いてたから!」 驚いた。 セブは部外者にまで名前が知られるほど有名になっていたらしい。 ……ふふっ。なんだか、こそばゆいような、誇らしいような、変な気持ち。 セブのことは小さい頃から知ってるけど、いつも頑張っていたものね。 ポッターたちの妨害にもめげないで、図書館に籠りっきりになったりして。 そういえば、特に魔法薬学とは相性が良いみたいだったわ。 とっても難しい薬作るようにおっしゃった時も、あと少しで完璧だったって話だもの。 それも、ポッターたちの妨害のせいで失敗したって話だったし。 ああ、本当に連中ときたら! 「――リー……」 確かにセブはちょっと物静かで、人付き合いの下手な人だけど、だからってあんなに目の敵にしなくても良いのにっ! 誤解を与えやすいセブもセブだけど、だからって何人もで寄ってたかって……っ。 本当にクィディッチ以外では卑怯だわ。 どうして、そんな人に私が好意を持つだなんて勘違いを――… 「……リー?――リリーってば!」 「え?」 一際大きな声で呼ばれて、私はきょとんとを見る。 「や。考え事に熱中するのはいいけど、行っちゃったよ?」 「?」 「リリーが言うところのセブ。多分、リリーのこと探してたんじゃないのかな」 「何ですって?」 考え事をしながら外してしまった視線を、背後へと戻す。 がしかし、そこにセブはいなかった。 慌ててコンパートメントから顔だけを出してみると、セブは大股にずんずんと遠ざかっていくところだった。 「……セブ!?」 おかしい。 彼ならば、知らない人間と私が話していたらもっと気にするはずなのに。 そう、あれでセブは案外に嫉妬深いところがある。 私が女友達と話している時でさえ、不愉快そうな表情を浮かべて忠告めいたことを言ってくることがあるのだ。 そんなに気にしなくても、一番の親友はセブだというのに。 ああ、もしかしたら、それで気に入らなくて顔を合わせないようにしたのだろうか。 と、驚く私に、しかしは対照的なのんびりとした口調で手を振った。 「ねぇ、ここに呼んでくれば?まだスペース開いてるし」 「……そうね。他は騒がしいでしょうし。 はぁ。それにしても、無視するなんてセブらしくないわ。子どもっぽい」 思わず、溜息が洩れてしまう。 がしかし、そんな私に、は苦笑してセブの行動のワケを教えてくれた。 「いや、無視したんじゃないと思うよ?」 「え?」 「言ったでしょ。ここの声は部屋の外に漏れないって。 しかも、あたしが着替える時にかけた魔法解いてないからさ。外からはここ空っぽに見えるんだって」 「まぁ、そうなの!?」 「うん。だからさ、きっとどこにもいないリリー探してすっごく心配してると思うよ」 「!」 なんてことだろう。 こちらからは見えるから、てっきりあちらからも見えるものだとばかり思い込んでいた。 そして、そこで、セブのあの微妙な表情の意味を知る。 そう、あれは納得のいかないことがあったのではなく、不安そうなそれだったのだ。 「なんて分かりにくい……」 そうは言いつつも、私の口元は綻んでしまっていた。 こういう、可愛げのある感じが本当にポッター達に見習わせたい所だ。 連中ときたら、本当に可愛くない。 「じゃあ、ちょっとセブを呼んでくるわね?」 「うん。ばっちり逆ナンしてきて」 「ふふっ。分かったわ」 足音も軽やかに、私はセブの背中が消えた辺りへと駆け出した。 この気持ちだけは嘘じゃない。 ......to be continued
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