分かっていても、身に染みていないからこそ、格言が生まれる。





Phantom Magician、167





新しいスリザリン生の登場というところで、本来なら危機感が倍増するはずの場面だが、 しかしあたしは、知り合いの顔が見れたというその一点だけで、酷く安心した。
と、あたしのそんなほっとした表情を見たクィレル先輩は、 酷く気だるげにあたしを杖で横に退ける(酷)


「どういうつもりだ?マルシベール、エイブリー」
「……そっちこそ、どういうつもりだ?クィリナス。
グリフィンドールの肩を持つとは……お前も血を裏切る気か?」
「ふっ。馬鹿げたことを言うな?私が?血を裏切る?」


『血を裏切る者』って、確か純血とかでマグル贔屓な人達に対する蔑称とかだったっけ?
いや、あたし確かにマグルだけど、こっちでは純血って自称してるはず……。
ってことは、マグル贔屓のグリフィンドール贔屓っていう意味で取ったら良いのかな?
嗚呼、でもクィレルってマグル学取ってたっていうか、将来的に先生になってたし。
マグル贔屓も間違ってはいないのか……。スリザリンでも実は浮いてる、とか?

スリザリン勢が会話している内にと、ひっそり手の中に杖を隠し持ちながら、 あたしはこの場を切り抜ける為の糸口を探る。


「血を貶めている輩にそんなことを言われる筋合いはない」
「なっ!?貴様っ」
「普通に呪うならともかく、よりによって『許されざる呪文』とは……。
見つかったのが教師連中だった場合、どう釈明するつもりだった?
そんな物を使ったのがバレたが最後、退学どころかアズカバン行きだ。
誉ある『聖28一族』のエイブリー家の者が、まさかそのような愚行は犯すまい?」
「……確かに、軽率だった」
「減点でもするつもりかい?監督生さま」
「まさか。そんなことをしたら、減点の理由を訊かれた時にわざわざ嘘を吐かなければならないだろう。
何故、私がそんな面倒なことをしなければならないんだ?」


とりあえず、襲ってきたスリザリン生達は血を裏切る〜とか言っているから、純血主義者。
ついでに言うと、エイブリーとかいうのは名門かなにか。
で、減点されるということは、監督生ではない、と。

……駄目だ。情報が少なすぎて、なんでこんなことになってるのか分からない。
エイブリーだのなんだのって、聞き覚えはなんとなくある気がするんだけど。
ただ、唯一分かっているのは自分が今ピンチで、 クィレル先輩と協力して乗り切る必要がありそうってこと。

心の中でスティアに呼びかけてはみるが、まるで反応のない現状、 あたしは目線だけで、クィレル先輩に助けを求めてみる。
すると、その視線で気持ちが通じたらしく、先輩はそこで不敵な笑みを浮かべた。


「とりあえず、まずは隠蔽工作が必要だな」


おお、まずはこんな事件なかったように装うつもりか!
ってことは、まず相手を気絶させるなりなんなりしてから、忘却魔法ってところだろうか。

加勢するぜ!とばかりに杖をスリザリン生に向けようとしたあたしだったが、 それよりも早く聞こえた『忘却せよオブリビエイト』の言葉と、 後頭部・・・になにかがぶつかるような衝撃に意識を手離した。







蘇生せよリナベイト


ぱちっと。
耳元で囁くように言われた言葉に、一気に意識が覚醒する。
と、同時に、頭の後ろの鋭い痛みを感じて、思わず頭を抱え込んでしまった。


「っ〜〜〜〜〜」
「加減が出来なかったからな。すまない」


そして、完全に涙目で、自分を抱き起してくれている人物を見上げる。
それは、さっきよりもどこか険の抜けた表情をした、いつものクィレル先輩で。
周りにはもう、さっきのスリザリン生はおろか、誰もいなくて。


「う、ううううぅ、うぅぅぅうぅぅー!」


あたしはぼろぼろ涙を流しながら、声にならない抗議を上げた。
あたしはスリザリン生の方を向いたのだから、後頭部に攻撃できるのはこの人しかいない。
しかも、謝罪までされたとなれば、犯人は決定的だ。
助けてくれると思いきや、まさかの襲撃にもう、人間不信一直線である。どうしてくれよう。

と、流石にあたしが泣き出すとは思っていなかったらしく、その細い眉を器用に跳ね上げると、 先輩はあっさりとあたしの頭に狙いを定め(ひぃっ!)、『巻けフェルーラ』と唱えた。
くるくると包帯がひとりでにあたしの頭に巻きだす。


「磔の呪文を掛けられるよりはマシだろうに。
少しは感謝くらいしてくれても良いだろう」
「確かに磔の呪文より良いですけど、信じ切ってる後輩に魔法掛けるとか、良心咎めないんですか!
ってか、なにしたんですか!?頭すっげぇ痛いってか、瘤できてるんですけど!?」
「単純な物理攻撃だ。別の魔法ではバレそうだったからな」
「物理……っ!?なんでいきなり攻撃!?」
「仕方がないだろう。私だって、死喰い人デスイーターを一度に二人も相手にしたくはない」
「仕方なくなんかっ……って、え?」


今、なんて?


デス喰い人イーター?」


心の片隅に浮かんでいた言葉では、あった。
それでも、学生であるという一点で考えないようにしていたものであって。
あたしは、受けた衝撃を隠すことも出来ず、呆然と菫色の静かな瞳を見つめる。


「ああ。知らないのも無理はないが、奴らは最近死喰い人デスイーターに参加したらしい。
親がそうなら、子も避けがたい流れだからな」



そうして、呆れ果てているような、怒っているような、そんな微妙な声のトーンで、 クィレル先輩はさっきの事の顛末を教えてくれた。

明らかに不穏な気配がしたので、助けてはみたものの、 あのままではお互いに無傷では済まない大騒ぎに発展する可能性があった。
しかも、奴らから『血を裏切る者』だなんて言われてしまうと、先輩が今後スリザリンで孤立してしまう。
ならばということで、あたしに忘却術を使ったフリをしつつ、持っていたチェスの駒を、 魔法の光に紛れてあたしの頭に叩きつけた、と。
(レーザービームかよ。いっそ甲子園行って来い)


「失神術は赤い光線で分かりやすいからな。とても使えなかったんだ」


で、スリザリン生が警戒を緩めたのに付け込んで、あたしに開心術を使った演技をしたんだそうな。
幸い、開心術に長けていたのはクィレル先輩だけだったので、 「東洋人の女は記憶にないな」と嘘八百を並べ立てて、あの場を収めてしまった、と。
聞けば中々に危ない橋を渡ってあたしを助けてくれたようだった。

感謝の気持ちが沸き起こるが、しかし、続けられた驚きの台詞に、あたしはお礼をうっかり言い損ねる。


「だから、次にあいつらと接する機会があった時も、変に怯えるような動作は控えろ。
お前はあいつらに『許されざる呪文』を使われそうになったという事実を知らない設定だからな」
「うぇっ!?」


あたし、そんな危ないことしなきゃいけないの!?
気軽に呪いぶっ放してくる奴、相手に!?

これはもう、スティアさんになにか、リコの花飾り的な防御アイテム貰うしかなくない!?
と、今後のカツアゲ計画を練っている間も、クィレルはぶちぶちとあたしに文句を挙げ連ねる。
どうやら、大変におかんむりなようだ。


「まったく。私達の気も知らないで、どうしてあんな連中に絡まれているんだ?お前は」
「私『達』?」
「……お前が危ないと報せてきた男だ。自分は行けないから、と死にそうな表情カオをしていたぞ」
「え、誰かが助けを呼んでくれたってことですか?誰です?」


死にそうな表情、とかいうあたり、まさかのピーターとか言わないよな?
まぁ、でも、奴にスリザリンの監督生に話しかける勇気はないと思うけど。
となると、あたしとクィレル先輩の共通の知り合い……?
どう考えても、そんな人はたった一人しか浮かばないけれど。


「ひょっとして、セブ……?」
「そうだ。だが、そう気安く呼んでやるな。あいつも難しいところにいるからな」
「え?」


思わず、喜色を満面に表そうとしたあたしだったが、 クィレル先輩の存外真面目な表情に、それを引っ込める。


「どういう意味です?それ」
「あいつの立場を考えるなら、気安く話しかけるな、と言っている。
さっきお前を攻撃した二人は、セブルスの同室だ」
「!」
「まだセブルス自体は死喰い人デスイーター入りしてはいないが、それも時間の問題だろう。
なにしろ、あのルシウスも奴の才能は買っているからな。
ただ、そうなった時に、マグルも純血も気にしないグリフィンドール生が友人では都合が悪いんだ。
例えそれがお前でも、エバンズでも、な」
「っ!」


そんなまさか、と思いながらも、そういえば、ひたすらに彼がクリスマスのダンスパーティーを嫌がったことを思い出す。
本当だったら、意中の相手であるリリーと踊れたかもしれない、そんな夜。
ダンスが踊れない訳でもないのに、頑なに出ないと、そう言っていたセブルス。
あれは……そういう意味だったの?


「あまり近づいてしまえば、あれもお前達を拒絶せざるをえなくなる。
そうなる位なら、最初からある程度の距離を保っていた方がお互い良いだろう」
「……随分、セブルスの肩を持ちますね?」
「あれは才能があるし、なによりからかいがいもあるからな」


お前と同じで、そこそこ気に入っている。
そう告げたクィレルの表情はSっ気たっぷりなくせに、どこか温かく。
どうせなら、あの妖精さんバージョンで見たかったな、なんて阿呆な感想が浮かんだ。







さて、セブセブとクィレル先輩の案外ハートフルな関係にほっこりして、 めでたしめでたしーとその場を締めくくろうとしたあたしだったが、そうは問屋が卸さない。
お礼もそこそこに大広間に行こうとしたあたしの腕を、しっかりと先輩の手が掴んでいた。


「で、クリスマスになにがあった?奴らはしきりに東洋人の女を気にしていたようだが」
「っそれは……」


どうにか有耶無耶にしたい話題だが、しかし、クィレル先輩の様子からすると、 「逃がさねぇぞゴルぁ!」っていう気迫さえ漂ってきて、あたしは逃げる無駄を悟る。

クリスマスにホグズミードの襲撃があったことは、一般生徒に恐怖を与えることのないよう、 各所に対して報道規制がかかっていた。
なにしろ、一応犯人は捕まえたし、近々でホグワーツになにか被害があるわけでもなかったから。
(ちなみに、スティアさんやらあたしやらが伸した奴を、 スティアの打ち上げた謎の発光に駆け付けたダンブルドアが、無事、魔法省に引き渡してくれたそうな)
(ぶっ倒れてた死喰い人デスイーターにさぞかし驚いたに違いない)
(あれ?それで忠告してきたんだとしたら、死喰い人デスイーター退治したのあたし達ってバレてる……っ?)

だから、クリスマスにホグワーツに残っていた人間しか、一応そのことは知らないことになっている。
まぁ、ジェームズなんかは、シリウスが早々にばらしてしまったので、例外に当たるが。

だから、そのことをクィレル先輩に話していいものか、迷う。
この人は、後でヴォルデモートに与する人だ。
死喰い人デスイーターを敵に回したくないとも言った人だ。
できるなら、隠しておく方が絶対に良いと、誰もが言うだろう。


「…………」


でも。
でも、この人は、多分。
あたしの敵には、ならないでいてくれるんじゃないだろうか。

後でスティアから『甘い』とか『馬鹿』とか言われそうな気もしたけれど、 少しばかり接してみた、クィリナス=クィレルという人を、あたしは信じたかった。

はぁっと、肺の中の空気を出し切った後、あたしは覚悟を決めるように、彼の瞳を見つめる。


「!」
「これは休暇中にホグワーツにいた人間しか知らないことなんですが」


それは、とても澄んだ、綺麗な瞳だった。


「実はクリスマスの日に、ホグズミードで死喰い人デスイーターによる襲撃事件があったそうです」
「!なに?」
「一応、その死喰い人デスイーターは全部校長が捕まえたみたいですけど。
あの人達が死喰い人デスイーターだっていうなら、その時のことで誰か探してたんじゃないでしょうか?」


誰か――死喰い人デスイーターを陥れた、女を。

不死鳥の騎士団だって、守護霊を使った独自の連絡方法があるのだ。
死喰い人デスイーターも、なにかお互いに連絡を取る方法を持っていておかしくはない。
もしくは、連絡はできなくても、メッセージを残すとか。
それで、きっと「東洋の少女に邪魔された」だとかそんなことを伝えたのではないだろうか。
で、丁度その時のホグワーツには、東洋人のが残っていた……。


「なるほど。つまり、ホグズミード襲撃時の関係者が東洋人で、 それを探す過程で、探りを入れられていた訳か」
「こっちで東洋の人って本当に少ないですからねぇ。ダメ元で訊いてみたんでしょう」
「一応訊いておくが、その女のことは本当に知らないのか?
まさかとは思うが、女装してホグズミードにいた……なんてことはないだろうな?」
「っまさか!店もやってないのに、あんな所行かないですよー」


微妙に引き攣りながらもにっこりと笑みを浮かべる。
流石に、死喰い人デスイーターと対峙したことまでは教えられない。
自分の為にも、先輩の為にも。

と、そんなあたしの気持ちが通じたのか、クィレル先輩はあたしがもう大丈夫そうなのを確認すると、 「一応、医務室には行っておけ」とだけ言って、いなくなった。

ぽつん、と残されたあたしは、冷たいホグワーツの気温に肌を震わせる。


「……闇の、帝王」


知っていた。
闇の時代、ホグワーツの外は暗く、恐ろしい物が蠢いていることを。
でも、それはどこか他人事で。
ホグワーツにさえいれば、関係なく過ごせるような気がしていた。

そんなこと、あるはずがないのに。

ホグワーツにいる子どもは無事……かもしれない。
でも、その親は?兄弟は?
もしかしたらマグル生まれなら、友達が襲われることだってある。
そんなことがあって、ホグワーツにいる子の心はどうなる?


「……まず、セブルスが死喰い人デスイーターになって」


レギュラスが学生の内に死喰い人デスイーターになって、やがて死亡。
トレローニーの占いをセブルスが聞いたことによって、 ポッター夫妻が狙われるようになり、セブルスが死喰い人デスイーターを裏切る。
守護の呪文でシリウスが秘密の守り人に一度なるが、 あまりに二人の仲が良いことで狙われるのを防ぐため、 守り人をピーターに変更。
しかし、ピーターはすでに裏切っていたため、闇の帝王にポッター夫妻の居場所を教える、と。

先のことを思えば、二人の結婚やらハリー誕生くらいしか、嬉しい話題がない。


「分かってた、はずなんだけど」


ここが、あまりに平和な箱庭で。
忘れてしまいそうになる。
でも、危険は何時だって、隣にぱっくりと口を開けて待っていたのだった。

そのことが身に染みた、ある日の出来事。







ちなみに、晩御飯を食べ損ねた挙句、 でっかいたんこぶを拵えて帰ってきたあたしに、スティアさんが仰天したのは言うまでもない。


「えっと、ホグワーツ在学中の死喰い人デスイーターでスリザリンの奴?」
「え、あ、うん。そう」
「……ふーん。そう」
「…………」
「…………」
「……えっと、スティアさん?闇討ちとかそういうのは止めてね?」
「そうだね。どこぞの誰かがシリウスにしたみたいに蜂刺しの呪い程度じゃ収まりそうもないからね。
ヤる時は徹底的に叩き潰せる時にするよ」
「どこぞの誰かって誰!?え、なにそれいつの出来事!?」





灯台下暗し。明りの足元には、闇がある。





......to be continued