日本のクリスマスとイギリスのクリスマス。 どんな違いがあるか知ってるかな? Phantom Magician、162 「じゃあ、とりあえず今日はホグズミードに行こうか」 「…………」 耳を疑う、という言葉がある。 けれど、あたしはいまだかつて聴力検査でひっかかったことはないので、耳は多分正常だ。 となると、寧ろ誤解、曲解、妄想のオンパレードな脳こそ、信用ならない。 という訳で、あたしは耳ではなく、情報を処理する脳を疑った。 ええと、今ありえない言葉を聞いた気がするんだけど。 まずはうん。文節で区切るんじゃなく、別の言葉に区切れないか考えてみよう、うん。 だってホラ。英語でだって「No where」と「Now Here」じゃ意味が正反対になっちゃうじゃん? 『とりあえずきょうはほぐずみーどにいこうか』 ええと、区切れそうなところを適当に区切ってみるとー。 『とりあえず、共和ホグズミードに移行か』かな? 正直意味分かんないけど、きっとなにかあたしには分からない意味があるに違いない。 だって。 「リーマスに誘われるわけないじゃんよ……っ」 今までの経緯を思い返してみても、そんな素敵イベントが起きるフラグはまるでなかった! 多少は話せるようになったさ。ええ。 でも、だよ? ・見つけた瞬間告白 → 嫌われ度Max ・根気強く話しかける → ガン無視 ・目が合う → 気分が悪くなったと言われる ・コスプレリーマスに感涙 → 何故か会話可能に ・狼リーマスに果敢に挑戦 → 避けられるように ・再度告白 → 嘘だと決めつけられる ・ダンスパーティーで接触 → セクハラの嵐 なにかあってもグッドな結果に繋がってないんだもん! 唯一良さそうなのが「会話可能になった」って奴だけだよ!? あまりに嫌われっぷりに、人生省みちゃったのは一度や二度じゃきかないよ! それが唐突にホグズミードデートに誘われるだと……っ!? 「幻聴か聞き間違いじゃなきゃ、美人局にしか思えない……っ」 「……君は僕を美人局を仕掛けるような人間に思っていたのか」 「はっ!?」 しまった。 うっかり声に出してはいけない言葉が口から漏れていたらしい。 気付けば、あたしは胡乱なリーマスの視線に射抜かれていた。 「い、いや、だって、りりりリーマスからデートのお誘いとかっ! どう考えても担がれてるとか、騙されてるとか、罰ゲームとかじゃないとあり得ないから!」 「……とりあえず、君の自己評価が最悪なのは分かったけど。 というか、そもそもデートじゃないし」 「デートじゃないの!?」 えええぇ、例え片思いでも、異性と二人でおでかけとかデート以外の何物でもなくない!? 「男友達を遊びに誘うことのどこがデートなのかを、寧ろ訊きたいんだけど」 「…………」 そうでした。あたしは今、男の子認定だったんでした。 返す返すも、何故あたしは「男装で転入」というスティアの言葉に、猛然と反対しなかったのかが悔やまれる。 女の子だったら、まだ会っていきなりの告白でも「ちょっと変わった子」程度で済んだ気がするんだよね。 嗚呼、でもそうなると、セブルスと愉快なバブ体験はできなかったか? まぁ、すでに奴には女の子だってバレちゃったんだけどねーあはははー。 と、そこであたしは、さっき激おこぷんぷん丸(笑)状態だったセブセブの姿を思い出した。 怒り具合半端ねぇな!と思ったのだが、あれひょっとして羞恥心やらなにやらも満載だったのか?ひょっとして。 自分の身に置き換えてみれば、異性の、しかも絶対に自分に好意を持っている訳ではない友達に、 下着をプレゼントされたりなんかしたら、悩むどころじゃ済まないだろう。 っていうか、あたし、サラがそんなもん寄越して来たら、間違いなくドン引きだよ。 今更ながらに、セブセブにちょっと悪いことをした気になったあたしだったが、 いや、でもやっぱりセブセブと言えばパンツだろ!ってなっちゃったんだから、しょうがないと思う。 スティアも反対しなかったし。っていうか、率先して手伝ってくれてるし。 これはもう、スティアが止めてくれなかったのが悪いということにする。 すると、責任転嫁のおかげでとても晴れやかな気持ちになった。 がしかし、なにかを忘れているような……? 「……それで?」 「!」 と、そこで素敵に黒い低温ボイスが鼓膜を貫いた。 ししし、しまったぁああぁ! 考えに没頭するあまり、リーマスとの会話がぶつ切り状態だった! 慌てて、リーマスの方へ顔を向けたが、 不満そうな表情の彼は、あたしが返事をしないことに焦れたのだろう、再度お誘いの言葉をくれる。 「デートじゃないけど、ホグズミードに行くの?行かないの? 僕は別に行かなくたって――「いいいい行きます行きます!行かせてくださいお願いします!!」 「!」 千載一遇のチャンスを逃すまいと、前のめりで頷いたあたしは、 勢い余って、ちゃっかりとリーマスの手を握りしめる。 すると、 「…………」 一瞬の沈黙の後、リーマスはその手を容赦なく振り払い、「セクハラ禁止」と口にした。 どの口がそんなことを言うんだ!?というツッコミをしたら命がなさそうなので、 頑張って口を噤んだあたし万歳。 ということで、リーマスの思考の流れがさっぱり分からないながらも、 あたしはまさかのクリスマスデートにこぎつけたのであった。 え?デートじゃないって言われただろって? …………。 …………………………。 あたしがデートだと思ってればそれで良いんだよ……! と、いうことで、あたしは朝食もそこそこに、ダッシュで自室へと戻り、 一仕事終えて戻ってきていたスティアさんに、ひたすら平身低頭することで魔法を解いてもらった。 なんの魔法かって?そりゃあ、もちろん、例の男の子に見えちゃう奴さ。 どこぞの女王様じゃないけど、ありのままのあたしで行きたかったんですー。 ちなみに、リーマスになにか言われた時は、デート気分盛り上げたかったんだ!って主張するつもりだ。 「セクハラされたらどうするの?」 「……フッ。よくぞ訊いてくれました。 そこはこのクリスマスにリリーから貰った素敵な痴漢撃退グッズが火を吹くぜ!」 「流石に人様に火を付けるのはどうかと思うけど……まぁ、僕が許す。ヤってしまえ」 「っ!?や、あの、本当に火が出る訳じゃなくて、慣用句とかそんなんですけども!?」 「そうなんだ……チッ」 「あからさまな舌打ち!?」 リーマスのことがとにかく好きじゃないらしいスティアなので、 まぁ、間違いなく反対するだろうなーとは思っていた。 がしかし、予想に反して、彼はその整ったお顔を渋くさせながらも、 なんとスタイリングまで、きっちりやってくれたりする。 ぽん、と頭を漆黒の杖で叩かれた途端、 ふわもこの、それはそれは可愛らしい冬服コーデを着込んだあたしが出来上がっていたので、 あたしは思わず、ばっと背後のスティアを返り見てしまった。 「あげる」 「…………」 「……なに?」 ぶっすーと、分かりやすく不機嫌。 でも、その瞳はどこか悪戯っぽく煌めいていて。 「えへへ。いや?なんでもないよ?」 あたしは、内心その可愛らしさに悶えていた。 っぎゃぁあぁぁぁぁああぁぁぁ!! なんだ今のなんだ今の! 構ってくれなくて寂しくて相手のことが気に入らなくて でも自分で着せ替えた姿には満足しててあたしが気に入った風なのが嬉しくて だけどそれを素直に表現するのはちょっと癪なんだよねとでも言いそうなあの表情!! やばい!今のはツボに入った!萌え!超萌え! ひさびさの萌え充電ありがとうございます、スティア様! ああん、今の写メ欲しかった〜。待ち受けにしたかったー。 「あはははは。絶対、嫌」 「もう、スティアのツンデレ☆クリスマスプレゼントくれないとかうツンの後に、 こうやってデレ発揮するんだから。もー!」 「いや、プレゼントは後でねって、僕ちゃんと朝言ったじゃないか。 君だって、枕元にはプレゼントくれなかったくせに」 「だって直接渡したかったっていうか、あたしが付けたかったんだもん」 ちらり、とその白い首についた漆黒のチョーカーに目を向ける。 もちろん、あたしからのクリスマスプレゼントである。 挨拶もそこそこに、あたしが猫状態のスティアに朝、直接付けてあげたのだ。 こうして見れば見るほど、スティアに似合っていて、我ながら良い仕事をしたなぁと思う。 (猫につけたのに、なんで人間状態でもついてるんだ?ってつっこみはしちゃいけない) (ちなみに、いつも通り猫スティアは死体状態でベッドに丸まっている。チョーカー付きで) 「洋服をプレゼントとかね!もうイケメンにしか許されない所業だよね! ムートンブーツ、マジ可愛ゆす」 「気に入ったのなら重畳だよ」 しかも、さっきまであたしが着ていた白いセーターはそのままっていう、 セーター生かしのコーディネイトってあたりが、本当に小憎たらしい。 下ろしたてで、結構気に入ってたんだよねー、これ。 その細やかな配慮を、ぜひともシリウスあたりに伝授してやって欲しいものである。 がしかし、あたしの心の中で出された嘆願は、 同じく声に出さないスティアの心の声によって、あっさりと退けられた。 (曰く「人格が変わっても良いなら叩き込むけど?」だそうだ。超怖い) 「じゃあ、行ってきまーす」 「はいはい。行ってらっしゃい」 そして、悪魔な執事にでも身支度されたかのような驚異的な速さで準備が整ったあたしは、 鼻歌でも歌い出しそうに浮かれながら部屋を後にした。 まさか、ホグズミードで待ち受けているのが、 楽しいことばかりではないということに、とうとう気づかないまま。 知っていたはずだった。 分かっていたはずだった。 でも、やっぱり平和な国の平和な時代に生まれたあたしだったから。 根本的なところを、まるで理解できてはいなかったのだ。 時は1975年。 古い年が去り、新しい日が昇るまでの間隙の12月。 名もなき魔法使いは、まだいない。 「おまたせ、リーマス」 「城門で待ち合わせとか、君って本当に勝手――……」 できるだけ殊勝に、かつ可愛らしく首を傾げながら声をかけた先。 リーマスは、流石にあたしが女装(涙)で来ようとは思ってもいなかったらしく、 綺麗な鳶色の瞳がくるりと大きく見開かれる。 デートではない、という言葉通り、着ているのは授業の時となんら変わることのない、 コートにグリフィンドールカラーのマフラーだ。 見慣れてはきていたが、しかし、雪のただ中で見ると味わい深いものがあるなぁ。 (っていうか、リーマスと雪とか神だね。マジ似合う) で、あたしとしては、いきなりセクハラされるのも毒舌を浴びるのも流石に嫌だったので、 「寒いから早く行こ!」とその手を引っ掴んでぐいぐいと歩き出す。 「ちょっ、!?君、なんて恰好して……」 「だってリーマスが男友達と出かけるのはデートじゃないとか言うから」 「いや、そこも気になるけど。なにより僕が問題にしてるのは、 そんな女物の服を一体どこから調達してきたのかってことなんだけど」 「!」 「まさか、女子寮から盗んできたとか言わないよね? それとも、君、ダンスパーティーの時も随分堂々としてたし、女装趣味なの?」 うわぁい、ゲイなだけじゃなくて女装疑惑まで出ちゃったー☆ 不名誉極まりないリーマスの言葉に、あたしは脳味噌をフル回転させる。 確かに、ゲイであっても男子生徒が女物の服を持っているのは怪しい。 となれば、あたしの物じゃないことにしてしまえば良いのだが、 生憎と頼みの綱のリリーは帰省中だ。 となると、別のルートで調達してきたことになる訳で……。 考えること約3秒。 あたしはにっこり笑顔で、全てをホグワーツの創始者さまにぶん投げることにした。 「えーっとー。実はホグワーツには、必要な物がなんでも揃うっていう変な部屋があってね? そこに行ったら女物の服もいっぱいあってさー。あはははー」 「必要な物がなんでも揃う?」 「そうそう。屋敷しもべ妖精なんかが『あったりなかったり部屋』とか呼んでるところ。 凄いんだよー。トイレ行きたいとか思ってると、おまるだらけになっちゃったりするし」 「それは確かに……凄い光景だね。見たくはないけど」 うん。あたしもぶっちゃけ見たくはない。 正直、あの部屋を作るに至った経緯とかが気になるが、 「創始者が変人だったから」の一言で片づけられそうな気もする……。 というか、実際に「ホグワーツの創始者って変だよね」と巧みに話題を逸らし、 あたしは自分の女装疑惑については、有耶無耶にすることに成功した。 出鼻をくじいたせいか、その後のリーマスとの会話は特にセクハラが入るでもなく、 それはもう、驚くほどにスムーズに進んだ。 まぁ、と言っても、どっちかっていうとあたしばっかりしゃべってた感じなんだけどね。 やれ、クリスマスのディナーは豪華だった、だの。 雪が冷たくてメッチャ寒い、だの。 他愛もない話ばかり。 でも。 そんな益体もない話でも、リーマスは普通に応じてくれて。 嗚呼、なんて素敵なクリスマスなんだろう、とあたしは幸せ気分を満喫していた。 昨日も見たはずのホグズミードが、まるで別物に見えるくらいに。 「ふわー……」 マグルの常識からすると考えられない、曲がりくねった建物。 屋根に粉砂糖のようにまぶされた、青白い雪。 建物の温かさが垣間見える、窓にぶら下がる氷柱の列。 色の少ない世界を鮮やかに見せるのは、七色のイルミネーションで。 昨日より格段に少ない人の姿は、寒さに頬が上気して、どこか愉しげだ。 それはまるで、スノードームの中に迷い込んだかのような、幻想的な風景だった。 きらきら、きらきらと。 そんな音さえ聞こえてきそうなくらい、綺麗な幻。 と、思わず見惚れてしまう素敵な街の様子ではあるが、 そこで吹き抜けた寒風に、あたしはふと我に返る。 「えっと、じゃあ、まずはどこに行こっか?」 定番としては体を温めるために、3本の箒でバタービールというところなのだろうが、 ぶっちゃけ、あたしあれ好きじゃないんだよねぇ。 大阪の某テーマパークでは、口に泡々を付けたくて親友のぐりと一緒に飲んでみたが、 いやぁ、うん。酷い目にあった。 美味しいって言ってる人たちには悪いけど、親友曰く「咳止め薬を炭酸水にぶち込んだ感じ」である。 夏だったからね。フローズンとソーダ的なの二人で二種類頼んだんだけど。 特にソーダが、筆舌に尽くしがたかった……! 最終的に「減点されても良い……。ごめんなさい!」って排水口にグッバイした思い出がある。 いや、あたしはちゃんと自分の分全部飲んだし、親友の分も半分近く飲んだんだけど! 気持ち悪い、吐く!って言ってる子に無理に飲ませられないからさー。 頑張っちゃったら、あたしも気持ち悪くなるっていうね? あたしはもう、紅茶で良いよ。っていうか、紅茶が良いよ。 勧められたら、さりげなく全力でご遠慮しよう、と決意を固めていると、 しかし、当の本人はきょとん、とそれは不思議そうな表情をしていた。 「まずって言っても……行けるところなんてほぼないじゃないか」 「へ?」 いやいや、色々あるじゃん? あたしだってそんなに詳しくないけど、ゾンコの悪戯専門店だの、郵便局だの。 嗚呼、流石にパディフットの店とかはふりっふりだから嫌だと思うけど。 あたしは、あそこの乙女趣味嫌いじゃないんだけど、フリル好きじゃないと色々キツイよね。 と、思いつく限りに店の名前を挙げようとしたあたしだったが、 それより早くリーマスが口にした言葉に、奈落の底へと叩き落された。 「だって今日はクリスマスだよ?店がやってる訳ないじゃない」 「!!」 「それなのにクリスマスにホグズミードに行きたいとか言うから。変わってるよね、君。 まぁ、そうでもなかったら、僕だって人目があるし行こうだなんて言わなかったけど」 「!!!!!」 エクスクラメーションマーク×5くらいの勢いで驚いたあたし。 あまりの出来事に、顔がもはやムンクの「叫び」である。 よくよくリーマスに話を聞いてみれば、イギリスで25日に働くなんて馬鹿はいないとのこと。 結果、店はおろか、電車からタクシーに至るまで、全てがお休み。 まぁ、生誕祭だからね?宗教的なあれだしね? 日本だって元旦は休みだろうと言われちゃうとぐうの音も出ないんだけれども! 現代日本で生まれ育ったあたしは、クリスマスなんて稼ぎ時としか考えていなかったのである。 だって!少女漫画でクリスマスとか、間違いなくショッピングだの、デートだのだし! カップル誕生のフラグにしか思えない! うああぁあぁ、どうりで、やけにあっさりスティアが見送った訳だよ! それも、ポケットにたっぷりホッカイロを詰め込みながら!! あの野郎、知ってて黙ってたな!? ふるふる、と怒りのあまり握りしめた拳が震える。 すると、それを寒さによるものと勘違いしたのか、 リーマスは少しだけ同情するような目をあたしに向けた後、城の方へと戻ろうとした。 「っ待って!」 「!」 ので、あたしはさっきから手をつなぎっ放しなのを良いことに、 その手を掴んで引き留める。 「なに?」 「ええぇぇえーっとぉお。も、もうちょっといたいなーって」 「……いや、寒いでしょ?というか、僕は寒い」 「!さ、寒いけども!あとちょっと!ほんの少し!……駄目?」 「…………」 わがままなのは百も承知で食い下がるあたしに、目を細めるリーマス。 うあああぁあぁ、また好感度下がったらどうしよう。 でもでも!クリスマスにデートだなんて、そんなチャンス逃せるはずが! 寒いはずなのに、変な汗さえ出てきた気がする。 と、いっぱいいっぱいなあたしに、リーマスは、はぁっと一度大きな溜め息を吐いた後、 ばしっとあたしの手を振り払った! (しょ、ショックがデカい) がしかし。 まぁ、そりゃあそうだよね、としょんぼりうなだれていると、 ずいっと、目の前に肘が突きだされる。 「エルボー!?」 「なんでそうなるの」 うわん、DV反対!と叫ぼうとしたあたしだったが、呆れ顔のリーマスにかろうじてそれを踏みとどまる。 あたしが俯いていたせいで、顔面ジャストミートコースだったが、 顔を上げてみればそれは丁度あたしの腕の位置で。 顔を破壊しようというには勢いがなく、どころかそれはあたしの手前10cmのところで静止していた。 「???」 ?意味が分からない。 どうしてリーマスの肘が目の前にあるんだろうか?と、ぼけっとそれを凝視していると、 さっきを上回る大きな溜め息が聞こえ、あたしはリーマスに腕を引っ掴まれた。 で、あれよあれよと言う間に、その腕を脇に挟まれ…… 「!?」 「……まぁ、女の子の格好だから。特別サービス」 まさかのリーマスとの腕組みの完成である。 まるで恋人のような近距離に、感じる体温に、 一気に耳まで血の気がめぐる。 「り、り、り、リーマすぅ?」 「ぷっ。変な声」 「え、や、だって、え?なん、えぇ!?」 「煩いな。挙動不審すぎ」 「だって!あの、その……」 「……だから煩い。君が言ったんだろう?」 「なにを!?」 「これは『デートだ』って」 ふぅっと、吐息と共に流し込まれた言葉に、 全身が沸騰しているかのような錯覚を覚えた。 思わず足から力が抜けそうになったが、組んだ腕がここでへたり込むことを許してくれない。 と、あたしがホットチョコのようにどろっどろになったことを確認したリーマスは、 悪戯仕掛け人の名にふさわしい、それは悪どい笑みを口元ににじませた。 「ホラ。ぐずぐずしてないで、行くよ」 「〜〜〜〜〜っう、うぁい」 「!ここって……」 正直、酩酊しているのかってくらいの千鳥足を雪にとられながら、 あたしは気づけばリーマスにエスコートされるまま、そこにやってきていた。 ホグズミードから少し外れた、森の中。 まだ新しい柵に凭れ掛かって見るその姿は、遠巻きであるのに酷く重苦しい。 「そう、叫びの屋敷」 なんでもないことのように言うリーマスの声に、 さっきまで熱かったはずの頬が、急激に冷まされていく。 それは、心霊スポットに思いがけず来てしまったという恐怖からではなく、 別のことに頭が占められたから。 唐突に訪れたその機会に、あたしはリーマスを見ることができない。 馬鹿みたいに突っ立って、雪に埋もれるブーツのつま先ばかり、あたしは見ていた。 「ど……して……」 尋ねる言葉は、渇いてひび割れていた。 ここは……リーマスの檻だ。 見れば、否応なしに孤独を思い出す、象徴で。 例え、今が昼間でも、見たいような場所じゃあ、ないはずで。 頭が、混乱する。 「うん?いや、外から見たらどんなものなのかな、と思って。 なんていうか、想像よりおどろおどろしくて驚いたよ。くす。見事な幽霊屋敷だ」 だって、ここに連れて来たのはリーマスで。 「見事って……っ」 「……僕はね、」 分からない。 どうして、そんなに穏やかな声をしていられるのか、分からない。 分からないから、視線を上げて。 そして、その横顔を目にした途端、あたしは息を飲んだ。 「ここが嫌いじゃ、ないんだよ」 「!」 ここで独り過ごす夜が、嫌いだった。 でも。 ここに一人いられる夜は、心安らかだった。 ある日、ここで出会った青い小鳥に幸せを貰って。 ある日、ここに素晴らしい友人が集って。 君を傷つけた場所だけれど。 それでも、僕は、やっぱりここから離れられなくて。 離れたくも、なくて。 「なんでだろうね?だから、君にも嫌って欲しくないな、って思ったんだ」 昼間だったら、君もきっと怖くないだろうと、画策して。 「まぁ、明るいところで見ても、結局酷い見た目だったから、アテが外れちゃったけどね」 静かで優しく、それでいて狂おしい程の激しさを秘めた瞳で、 リーマスは、訥々とそう語った。 多分、問えば、思いついただけだとか、なんとなくだと答えるだろうけれど。 そこに、あたしをここに連れてきた意図が見える。 気まぐれなんかじゃなくて、熟考の結果、あたしたちがここにいるということが、分かってしまう。 「…………っ」 その危うい美しさに、目が離せない。 自分は今彼を見ているのか、それとも見せられているのか、分からなくなる。 嗚呼、いや。きっと。 「嫌ってなんか……ない」 これを人は魅せられている、と言うんだろう。 「そう?でも、ここはお世辞にも見ていて楽しい場所じゃないし、 君に取ったら、狼人間に襲われた、恐ろしい場所だろう? 嫌う要素しかないじゃないか」 「それでも……嫌ってなんか、ないよ」 そう、ここはリーマスの檻だ。 でも、彼にはその檻が必要で。 それは彼を縛る物ではなく、寧ろ守る為の物だった。 なら、あたしが嫌う理由なんて、一つもない。 実を言えば、今でも、あの夜のことを思い出せば震えが起きる。 間近に迫った牙が怖かったし。 リドルの残酷な笑みが、言葉が、痛かったけれど。 でも、ここにあるのが、それだけじゃないのも、知っている。 ただ、ぐちゃぐちゃになってしまった頭の中の想いを、 耳触りの良い言葉に、急に変換することなんて、できなくて。 あたしはただ、伝われば良いと願いながら、馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返す。 「嫌いじゃ、ない」 「……そう」 やがて、そうした問答に飽きたのかなんなのか、 リーマスはそのまま口を噤んだ。 「…………」 穏やかな沈黙が訪れる。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 って、携帯もないのに、こんな沈黙耐えられるかぁあぁぁぁー!! 穏やかな沈黙ってなんだよ! ないよ、そんなもん! 仮にあったとしたって、 心霊スポット遠巻きに見ながら、そんなもん訪れる訳ないじゃんか! っていうか、本当にお化け出そうなくらい不吉な見た目だな、あの屋敷! ガラス戸全部打ち付けてあるって、どんだけだよ! 幽霊の正体見たり枯れ尾花、じゃないけど、 唸り声の正体がリーマスだって知ってるから全然怖くないけど、 なにも知らないで見たら、ちょっとした物音にも大げさに飛び上がるレベルだよ! なにやら、アルバムを見つめているかのように思い出に浸っているリーマスには悪いが、 廃墟を見ていても、あたしはちっとも面白くはない。 かといって、このしんみりした空気の中、おもむろに歩き出して、 ホグワーツに向かって家路に着く、というのも、中々に難しい気がした。 いや、それ自体はできる気がするけど、なんかこの湿った空気まで台風の如く運びそうだ。 流石に、長時間このノリに付き合うのはキツイ。 何故って、あたしが根っからのギャグ体質だから! 大人リーマスの時も思ったけど、共感のできないしんみり程疎外感のある物はないと思う。 ということで、内心頭を抱えて苦しんだあたしは、 色々考えた結果、もう開き直って、この空気をぶち壊すという結論に至る。 思い立ったが吉日、ということで、あたしはすっとしゃがみこみ。 リーマスが疑問に思う間もなく。 「でやっ!」 その場の雪をざっと丸めた物を、リーマスへ向けて放り投げた。 「っ!?」 当然、あたしの奇行に付いて来れなかったリーマスは、 その肩口に雪を被る羽目に陥った。 ただ、なにしろ、雪を固めている時間はなかったので、ほぼノーダメージである。 痛くも痒くもない、とはこのことだ。 がしかし、痛くも痒くもなくても、冷たい物は冷たくて。 「……いい度胸だね?」 リーマスから怒気が迸っていた(いやんw) 「だだだ、だって、ホラ!雪って言ったら雪合戦じゃん!?」 「へぇ?僕の知ってる雪合戦だと、ルールも決めずに合図もなしに雪玉をぶつけるのは、 反則って言われるんだけど。君のところでは違うんだ?」 「いや、それ明らかに反則だけど」 「けど?」 「でも、あたしの国にはこういう言葉もあるんだよね。『油断大敵』って!」 ひゅん、と。 言うが早いか、あたしは第2弾の雪玉を、リーマスへと放る。 と、あたしが距離を取るべく1、2歩下がっていたので、 さっきより滞空時間があったためだろう、今度はさっと避けられてしまった。 で、しかも、いつの間にか彼の手には、あたしが持っていたよりも大きめの雪玉が一つ。 ぼすっ 「ひぎゃっ!」 当然のことながら、それはあたしの顔面へと吸い込まれていった。 「顔面は反則だよ!?」 「不意打ちをしてきた人には言われたくないなっと!」 「うわっ!?ちょっ、待っ!だって、ホラ、イギリスって言ったらレディファーストでしょ!?」 「君は男だしっ日本人だろうっ」 しゃべりながらも、お互いの手元は忙しなく動き続け、 ひっきりなしに雪玉が行き交う。 もはや、自分でもなにをしているのか分からないくらい、馬鹿馬鹿しい応酬だった。 「今は女の子ですーっ!さっきはあったかく腕まで組んでくれたのに、酷いっ」 「それはさっきまでは可愛かったからだよっ!っ」 「さらっと可愛かったとか言われた!ひゃっほー! っ冷たっ!〜〜〜服の中に雪入ったっ!」 「自業、自得、だろうっ」 「これであたしが風邪引いたら、看病させてやるかんな、こんにゃろう!」 「!そもそも、君がそんな足を出してるから悪いんだろう!」 「出してないもん!タイツ履いてるもんっ!」 「ズボンを履いたら良いじゃないか!」 「ショートパンツのが可愛いじゃんか!」 ぎゃいぎゃいと、聖夜にはまるで相応しくない、不毛なやり取り。 ただ、その馬鹿げた行為に、いつしかお互いの口元は緩んでいて。 「とどめだっ」 「甘いっ!」 最後は、二人で雪まみれになりながら、その場に転がっていた。 「……あは」 「はは」 「あはは」 「ははは」 「「あっはははははは!」」 そして、零れたのは、単純な笑い声。 どちらが先かも分からないけれど、あたし達は、気づけば笑っていた。 高らかなそれは、真っ白な天に昇って。 やがて、雪へと吸い込まれていった。 そして、ひとしきり笑った後は、余韻はそのままに立ち上がる。 「あー、馬鹿馬鹿しい」 「あはは!本当にね!っていうか、マジで冷たい」 「そりゃあ、そんな恰好で寝っころがったら寒いよ」 「リーマスもびっちょびちょだよ。うあー、本当に風邪引きそうっ」 が、そうなるとスティアにお小言を貰うだけじゃ済まなそうだったので、 あたしはぱたぱたと洋服を払うことで、お互いの水気やら雪の粒やらを落っことす。 正直、指先は赤いし、冷たいし、沁み込んでくる水気が冷たいし。 失った熱を取り戻すこともできないけど。 でも、何故だろう。 心の中は、酷く温かいままだった。 「言っておくけど、僕が熱を出したら、君に付きっきりで看病してもらうからね」 「え?なに、その素敵イベント!寧ろ風邪引いてくれて何の問題もないよ?」 「ただし、には女の子の格好で、抱き枕になってもらう感じね」 「っリーマスさん、それだと看病できませんけど!?」 「看病だよ。ホラ、風邪は人に移すと治るって言うだろう?」 「身の危険しか感じないわ!」 叫びの屋敷は、怖くて、恐ろしくて。 でも、多分次にそこを思い出す時は、 リーマスの無邪気な笑顔が一番に来るのだと、そう思う。 どっちでも、大切な人と過ごす日には違いない。 ......to be continued
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