人付き合いをしていく上で、対等が一番心地良い。 Phantom Magician、161 クリスマス当日の朝、僕はふぅっと小さな溜め息と共に起床した。 いつもと違って独りではないクリスマスが嬉しいはずだが、 しかし、喜びがある反面、不満も残る。 というのも、本当は、をからかい倒して遊ぶはずだったのに、そこにシリウスが帰って来てしまったからだ。 独りが三人になったのだし、もっと楽しい気分になっても良いのに、 なんだか邪魔が入ったようで、釈然としない。 が、大方の予想通り、家で爆発して飛び出して来たらしいシリウスに、 家に帰った方が良いだなんて、言えるはずもないし。 なにより、純粋に「リーマスとクリスマスとか、初めてだよな!」と笑っている親友の姿に、 文句を付けるだなんて、去年の僕が見たら贅沢の極みという奴だろう。 愉しげに話すとシリウスの姿に、どれほど心がざわついたとしても。 「……君といると、僕はどんどん欲張りになるみたいだ」 独りじゃなくなって。 友達にも受け入れて貰えて。 それさえあれば、なにもいらないと思っていたのに。 君を受け入れるつもりもないのに。 君が他の人といるのが、嫌なんだ。 思い出すのはそう、この間の魔法が暴走して、シリウスと彼が黒焦げになった後のこと。 自室に引っ込んでしまった彼を、一応気遣って部屋に行った時の光景だ。 一人部屋の彼の部屋から話し声がするな、とノックもせずに覗きこんでしまったのが運のツキだった。 「――いな。僕が一体いつ性的な嫌がらせをしたっていうんだい?」 「今だよ!NOW!パーソナルスペースに侵入してきた時点でそうなんだよ! リーマスといい、スティアといい、僕を甚振ってそんなに楽しいか!?」 「……あの狼男と同列でくくられると非常に不本意だけど、答えは『YES』だね」 「NO THANK YOU だよ、馬鹿野郎!」 いつか見たことのある、金髪の青年とベタベタべたべた……。 僕にソウの交友関係について口を出す権利は全くないのは分かっているんだけど、 それでも、一言物申したくなった瞬間だった。 君、僕が好きなんだよね!?と。 なんなんだ、あの距離感。 いや、友達と仲が良いのはとても良いことだと思うんだけど。 ただの友達っていうのを遥かに超越した親密さだよね。あれ。 シリウスとイチャイチャしてたかと思えば、すぐにこんな風に他の相手と引っ付いてるなんて。 というか、 「……そもそも、彼は誰なんだ」 ぽつり、と虚空に向けて呟いた声は、そのまま宙に溶けて消えた。 「?なんか言ったかー??」 と、僕の声で覚醒したらしいシリウスの、酷く眠そうな声が静寂を破る。 僕はそれに対し、今まで考えていたあれこれを消して「なんでもないよ」と返し、朝の挨拶をした。 顔を洗い、身支度を整えた上で、シリウスと共に談話室へと降りて行く。 すると、丁度入れ違いになる形で、同寮の先輩がプレセントを手に階段を上ってきた。 卒業を間近に控えて忙しいはずの7年生なので、食事以外で顔を合わせたのは久しぶりだ。 「やぁ、シリウス。リーマス。メリークリスマス」 「メリークリスマス。それ、クリスマスのプレゼント?」 「その気合いの入りようからすると、彼女からとか?」 「あはは、だと良いんだけど。 ああ。君たちの分もツリーのところについていたみたいだよ」 どうやら、彼は一旦、プレゼントを部屋に置きに戻るところらしい。 入ったばかりの1年生ではないので、ツリーのところで盛大に包装紙を破る、 なんてことはしなかったようだ。 ……まぁ、シリウスがいるので、僕たちは多分その場で開封になる気がするけれど。 もしかしたら、それも見越して彼は場所を開けてくれたのかもしれない。 騒がしくても、気の良い人間が多いのがこの寮の良いところだ。 そして、談話室のツリーの下には、さっきの先輩が仕分けてくれたのか、 3つの小山ができあがっていた。 言わずもがな、僕とシリウス、そしての分だ。 「お?俺の分もちゃんとこっち来てるな。すげぇすげぇ」 一人だけ随分と大きい山を見て、しかし、その量に関してはなんの感慨もないようで、 シリウスは早速一番上のプレゼントと、そのメッセージカードを確認する。 そして、にべもなく、そのプレゼントを、室内の開いている場所に適当に放った。 その、あまりの無造作さに息を飲む。 「!どうしたんだい?」 「ん?ああ、知らねぇ奴からだったから。結構来んだよな、ブラック家の長男宛ての奴」 「……そう」 元々、物に囲まれた生活をしているシリウスのことだ。 物を大切にしろ、だなんて言われても、きっとなんのことだか分からないことだろう。 それも、見知らぬ他人から贈られた物なんて、価値の一つも見いだせないに違いない。 そのことは憐れとも思えるけれど、貧しい生活を送る僕からしてみれば、贅沢な話だ。 複雑な心境がしたけれど、ここでそのことを口に出してしまうと泥沼にはまりかねないので、 僕はそれについては言及を避ける。 「なんつーか、知り合い以外の奴からは、届けないでもらうサービスとかねぇのかな」 「残念だけど、聞いたことはないね」 あれば、無駄に捨てられる憐れな品物はなかったと思うけどね。 しかし、ないものは仕方がない。 で、僕がぽいぽいと選別される品物を遣る瀬無く見つめていたその時、 「ふわ〜ぁ」と大きなあくびと共に、のんびりとした足音がした。 「おはよー。二人とも」 「おう、メリークリスマス。相変わらず眠そうだな」 「だって、休みの日に早起きするとか、マジ意味分かんねぇもん」 「いや、少しも早くねぇけど」 「7時台に起きたら早起きだろうが。っていうか、なに人様のプレゼント投げてんだ手前ぇ」 「知らない奴からのプレゼントなんて気持ち悪ぃだろうが」 「真心こめて贈ってくれた人がいたら失礼だって話だよ。少なくとも投げるの止めろ。 僕とかリーマス宛ての荷物が混ざってたらどうするつもりだ」 「っるせぇな。分かったよ」 寒いのか、やたらともふもふとしたセーターを着込んだ。 私服姿を見るのはあまりないので、中々に新鮮である。 まぁ、和服を着ている訳でもないので、ごく普通の格好でしかないのだが。 それでも普段の彼より、どこか可愛げがあった。 と、そんな風にぼんやりを見ていたため、気が付けばと目が合う。 「え、ええぇと、メリークリスマス。リーマス」 「うん。メリークリスマス。」 「?」 もっとも、すぐさま彼の目が泳いだために、それは一瞬の出来事だったけれど。 ダンスパーティーでかなりイジったせいか、あれだけ毎日めげもせずに僕に向かってきていたが、 パーティー前以上に、露骨に僕を避けだしたのは記憶に新しい。 最初は普通に訝しんだものだが、僕と目が合うだけで顔を真っ赤に染めて逃げる姿を見れば、 ああ、恥ずかしくて逃げてるんだな、というのが一目で分かった。 僕だって、彼と同じ状況だったら、まず逃げるだろう。 少しばかりやりすぎたかな?という気がしなくもないが、 しかし、逃げるの顔をわざと覗きこんだりするのは大層楽しかったので、仕方がない。 ここに僕らしかいない状況であれば、「どうして目を逸らすのかな?」と追いつめる展開もあったが、 シリウスがいるこの場で、そんな風に遊ぶ気にはなれなかった。 という訳で、僕はごくごく和やかに挨拶を返し、 自分のプレゼントの開封作業に取りかかる。 シリウスと違って、僕の場合は知り合いからしか来ないので、選別の必要はない。 一つ一つ、丁寧に誰からのプレゼントか確認し、僕はまず両親の物から封を切っていく。 添えられたメッセージカードには「遅くなってすまなかった」と父の几帳面な字で書かれていた。 「?ちゃんとクリスマス当日に届いているけど…………あ」 疑問は、プレゼントを紐解いた瞬間に、氷解した。 さらさらと、手触りの良い紺色の布は、僅かに光沢を交え、 普段使うローブとは微妙に形も違う。 けれど、それは、つい最近、僕も着たことのある物だった。 「……来年は、リリーも気にしなくて良いみたいだね」 そう、それは今年、可愛らしい監督生の彼女が用意してくれた物――ドレスローブだった。 大体のホグワーツ生は、4年のダンスパーティーの時に用意することが多いから、 さっきのメッセージはそれに対する侘びだろう。 もしくは、今年のダンスパーティーに間に合わなかった、という意味か。 もっとも、どちらの意味でも、僕にはあまり関係なかった。 僕の為に、なにを買ったら良いか両親が悩んで、選んで。 こうして、プレゼントしてくれた……。 その心だけで、十分だった。 僕はそっと、そのドレスローブをたたみ直すと、 あたたかい気持ちで満たされた胸を抱えながら、次の包みへと手を伸ばす。 友人たちからは、悪戯グッズやら図鑑やら、僕の好みを反映したような物品が届いていた。 「あ、それ俺の奴な!お前、最近羽ペンの調子悪いとか言ってただろ? だから、新しい羽ペンとインク壺。そのインク書きやすいんだぜ」 「ありがとう、シリウス。大切に使わせてもらうよ」 おそらくはブラック家御用達の高級文具なのだろう、 細かい意匠も美しい書き物セットが、ビロード張りの小箱から出てきたことにそっと目を瞑りながら、 僕は笑顔でお礼を言った。 値段は気にしない。した方が負けだから。 ただ、間違いなく商品の価値に格差が生じていることは確かだったので、 僕は丁度シリウスが僕からのプレゼントに手をかけた時に、「大した物じゃなくてごめん」と謝っておいた。 もちろん、気前の良いシリウスは「お前の場合しょうがないだろ」と、若干失礼な言葉ではあったものの、 鷹揚にそれに対して笑う。 まぁ、なにしろ少ない持ち金の中からやりくりして捻出したプレゼント代なので、 豪華な物をプレゼントするという人間の方が実は稀なのだ。 ホグワーツは全寮制だから、アルバイトをするにしても夏休みの短期間だけだしね。 それよりは、どちらかというと手作りの品やら、調達の容易なお菓子などの物が多い。 という訳で、僕はホグズミードで売られている悪戯グッズをシリウスとジェームズにはプレゼントしていた。 ピーターは、どちらかというとお菓子の方が喜びそうだったので、ハニーデュークスの新作のチョコで、 リリー含む色々お世話になっている監督生仲間にも同じものを。 悩みどころは両親へのそれだったが、近況報告もかねて、手作りの写真立てと学校の写真を大量に送っておいた。 よくボランティアの人が僕たちの写真を撮ってくれるんだよねぇ。 え?現像代はどうしたのかって?? それはもちろん、ボランティアの人たちが無料でくれたに決まってるじゃないか。 ボランティアってつまりは奉仕の心が大切だもんね? そうして、自分の送った物と送られてきた人を照らし合わせていくと、 偶に意外な人からの物があったりした。 そう、例えば、差出人不明の誰かから来た、塗り薬とかね? 入っている入れ物からして、きっとこれは手作りに違いない。 そっけないくせに世話焼きの同級生の姿が目に浮かび、思わず笑みが零れる。 彼は甘い物がそんなに好きそうじゃないから、今度魔法薬の材料でも探して持って行こうかな。 と、大体のプレゼントの開封が終わった頃、隣の方から凄まじい圧力を感じたので、 ちらり、とそちらを見る。 すると、目が合いそうになったためか、が急に窓の外の天気を気にし出した。 「いやぁ、良い天気だなぁ、あははは」 「思いっきり曇ってるじゃねぇか。お前、頭大丈夫?」 「煩い。黙れ、KY」 まぁ、そんな風にあからさまに視線を外されたら、嫌でも気づくという物なのだけれど。 さっきから、僕がプレゼントに手を伸ばす毎に、食い入るような視線を送ってきてたし。 そして、僕はがシリウスと話しているその隙に、 先ほどからずっと開封を避けていたプレゼントの包みに手を伸ばした。 差出人には、もちろん――=の文字。 彼のことだから、多分贈ってくるだろうな、とは思ったんだ。 なにが来るかは分からないけど、きっと気合いの入ったなにかトンチンカンな物を。 だけど、僕は彼にはなにも用意しなかった。 だって、僕は彼の好意に応えるつもりなど、ないのだから。 でも。 そのプレゼントを開いた時、僕はもっとちゃんと用意しておけば良かった、と後悔した。 「……オルゴール?」 それは、透かし彫りの、とても綺麗なオルゴールだった。 中はどうやら小物入れになっているらしく、開くと真新しい木の良い香りがして。 そして。 「っ」 そこに、小さな。 けれど、確かな存在感を持って。 作り物の色鮮やかな鳥が、隠れていた。 その、目の覚めるようなブルーの色に、僕はずっと逢いたかったのだ。 オルゴールを止める役割の金具の代わりなのだろう、 その小鳥は、蓋を開けたその時だけオルゴールの縁に現れる。 その控えめさは、まさしく満月の夜に出会えた『彼』そのもののようだった。 ジェームズかシリウスあたりに、聞いたのか? 『彼』の話をにした覚えなんてないのに。 それなのに。 まるで、このオルゴールは僕の為だけに誂えたかのようで。 これ以上のプレゼントはきっと二度とない。 そう、思えるくらいのそれだった。 と、そんな風に小鳥にばかり気を取られていると、急にオルゴールの曲調が変わる。 さっきまでの穏やかな曲から一変し、軽快な音楽が流れだしたところで、 ようやく自分のプレゼントを見て貰えたことに気付いたが、それについて解説を始めた。 待ちに待った!と言わんばかりの晴れ晴れとした笑顔だった。 「その時の気分でいろんな曲が流れるようになってるんだよ。 大体10曲くらいかな?僕的、リーマスのテーマソング!」 僕の……テーマソング? 予想外の言葉に目が丸くなる。 が、そうか。 の中で、僕はこんな明るい雰囲気なのか。 どうやら本人は気づいていないようだが、 それはまるで声なき賞賛のようで。 どこかこそばゆい気持ちになった。 「なんつーか、やたらと女っぽい物寄越したな、お前」 「えっ!?いや、え?そそそ、そうかな!?そんなこともないんじゃないかな!」 「いや、どう見たって女の趣味だろ、それ。 リーマス、お前に女々しいと思われてるんじゃねぇの?」 「って、そっちかよ!」 「なんだよ、図星だろ?」 「!!!ばっ!ばっか、お前!そんなことある訳ないだろ!」 「…………」 ぎゃいぎゃい、と外野が喧しい。 が、僕はそれには構わず、とりあえず一旦プレゼントを片づけるべく寮の部屋へと向かうことにした。 嬉しい、と思った反面、込み上げた罪悪感に身を焦がしながら。 そして、僕に続いてシリウスもプレゼントを部屋に運び込んだところで、 僕たちは大広間で食事を取ることにした。 クリスマスの間はなにしろ残っている人数が少ないので、 一つのテーブルに寮関係なしで座ることになる為、 普段の食事と違って、集合時間が決まっているのだ。 それほど遅くなったつもりはないが、早くもない時間になってしまったので、 少しばかり小走りで朝食へ向かう。 途中、故意に置いてきたはずのが追い付いてきてしまったが、 僕はそちらの目を向けることができなかった。 と、僕より足の長いシリウスが一番に大広間に入り、 僕も続こうとしたその時、僕より若干後ろにいたはずのの方で、 ダンッとなにかを叩きつけるような音がした。 流石に驚いて、扉にかけた手をそのままにそちらへ目を向ける。 すると、 「貴様どういうつもりでなにがしたいのか30字以内で簡潔に述べてみろ!」 「うわぃ、セブセブが陰険教授モードになってる〜」 首をしめんばかりの勢いで、セブルスがを壁に押し付けていた。 一人がゲイであることを考えれば、驚くほどの距離感なのだが、 そこに甘やかな雰囲気などは皆無である。 セブルスの目は血走り、こめかみには、くっきりと血管が浮き出てしまっていた。 まぁ、一目で激怒していることが分かる表情である。 ……は一体なにをやらかしたんだろう、と見ていると、 その答えは、セブルスの口から聞くことが出来た。 「ちょっと待って!セブセブ!セブルスくん、落ち着こうっ!」 「落ち着くだと……?これが落ち着いていられると思うのか貴様!」 「いやいやいや、うん。まず落ち着いてくれないと会話が成り立たないって! なんでこの聖なる日に怒髪天ついてるの?」 「な・ん・で・だと……っ貴様、身に覚えはないのか!?」 「えぇ〜、あったらこんなに驚く訳ないじゃん。っていうか、ダッシュで逃げてるよ」 どうやらとぼけている訳でもなさそうな、あっけらかんとしたの姿に。 ぶちっと。 セブルスの血管が切れる音がした気がした。 「……そうか。貴様の中でクリスマスにプレゼントで下着を寄越すのは普通のことなんだな?」 「!」 …………。 ……………………。 駄目だ。なにをどう解釈しても『変態』以外の言葉が浮かばないっ! えええぇぇ?何度でも言うけど、君、僕のことが好きだったんじゃないの?? いや、僕へのプレゼントが仮に下着だったら、今までのありとあらゆる好感情を忘れて、 心身共に絶対の距離を置くけれども! でも、下着を贈るとかって、所謂カップルのやることだよね? 寧ろカップルだって、よっぽどじゃないとそんなことやらないよね? 君たちそんな関係だった……嗚呼、いや、違うからこれだけセブルスが怒り狂っているのか。 まぁ、友達(ゲイ)から下着なんか贈られたら、怒る以外の反応しようがないよね。 僕が思わず同情の視線を送っても、怒りで以外見えていないらしいセブルスが気づくことはなかった。 で、もほとんど首を絞められているような状態で周囲を見る余裕はないようで、 僕の目の前で、なんとも馬鹿馬鹿しいやりとりが続いていく。 「あっはっは!そんな訳ないじゃん!あれは特別だって」 「ほーぅ?なにが特別なんだ?言ってみろ」 「えぇ〜、だから、セブセブのパンツがクソダサいって話を耳にしたんでね? これはもう、僕がスタイリッシュな物をプレゼントするしかないな!と」 「一体どこから人の下着について情報を得たんだ!?」 「情報提供者については一切お答えできないことになっていまして」 「言え。言わないと無理矢理吐かせるぞ」 「いやぁ、破れぬ誓い交わしちゃってるんで無理矢理でも無理だわ」 「!!お前は、そんなくだらないことで破れぬ誓いをっ!?どこまで馬鹿なんだ!!」 「馬鹿って言うな、馬鹿!」 「貴様なんぞ、馬鹿で十分だ!」 「……えー、ちなみに、今頃ケーさんが今までのセブセブのダッセェ下着を、 全て焼却処分してますので、あしからず」 「!!!!!」 と、話が一段落したのか、セブルスの顔が赤から青に変わったその時、 僕らがいつまでも入った来ないことに気付いたシリウスが、ひょっこりと廊下に顔を出してきた。 「オイ?リーマス、どうし……っ!」 「!」 最初、訝しげだった秀麗な顔が、 セブルスを見つけた瞬間、見るだけで嫌な感じの凶悪面に変わっていく。 と、声だけでドアを開けた人間を察したセブルスは、 それまで詰め寄っていたのことなど忘れたように、素早く杖を構えていた。 そして、二人はお互いに杖を突き付けあう。 あろうことか、僕を挟んで! 「っ!!」 危機感に突き動かされるのがあと1秒遅ければ、 僕は彼らの決闘紛いの魔法の応酬に巻き込まれていたことだろう。 が、幸いにも僕は反射神経に恵まれていたらしく、 前方に飛び込むことで、なんとか魔法の直撃を喰らうのは避けることが出来た。 「麻痺せよっ!」 「妨害せよっ!」 しかし、ここでグズグズしていると、巻き込まれるのは必至である。 なので、僕は未だセブルスの傍でぽけっと突っ立っていたの腕を掴み、 その場をあとにした。 それから5分ほど走った頃だろうか、そろそろ目的地が近づいたというあたりで、 僕はから手を放した。 唐突な全力ダッシュに体力が限界を迎えていたらしく、彼からはゼェゼェと苦しそうな息しか聞こえない。 「……っ、はぁ…ぜ……はぁ……」 「……とりあえず訊くけど、大丈夫?」 「……っは、……う、うん……だい、じ……」 訊くまでもなく、大丈夫じゃないようだった。 「リーマス……はや……っ……」 「僕は割と平均的だと思うけど」 僕も流石に息が切れたが、しかし、程酷くはなかったので、ごく普通に応じる。 とそんな足の速さに違いはなかった気がするのだけれど、どうしてこんなに差が出ているんだろう? ひょっとして、満月が近くなって身体能力でも上がったのかな?? その格好のせいも相まって、なんだか女子を無理矢理引っ張りまわしたような罪悪感が込み上げる。 今日はに感じてばかりの感情だ。 僕は、少しばかりバツの悪い思いを感じながらも、 巻き込まれるよりはマシだろうと、考え直す。 (ちなみに、大広間に飛び込まなかったのは、変な風に騒ぎの首謀者に混ぜられては、かなわないからだ) と、僕が黙ってしまったので、は話題を変えるように、息を整えながら、 「そういえば、どこ行こうとしてるの?」と口にした。 「行けば分かるよ」 「?」 ただ、素直に口にすることはできなかったので、そのまま黙ってついてくるように指示をすると、 は親の後をついてくる子どものように、ごくごく自然に後ろを歩き出した。 (……自分で言っておいてなんだけど、こう素直に従われると、なんか安全面とか心配になってくるな) そして、ほんの少し歩いて目当ての絵が見えてきた時に、 どうやら合点がいったらしいがたたっと先回りするかのように駆け出した。 「厨房だねっ」 「まぁ、そうだね。本当は、後で来る予定だったんだけど」 なにがそんなに楽しいのか、彼は嬉々として絵の中に数ある果物の中から、梨をくすぐる。 と、梨が震えた途端に、ぱっと厨房への道が開かれた。 クリスマスなので、城同様ここも閑散としているかと思いきや、 驚いたことに、ここは普段と同じようにたくさんの屋敷しもべ妖精で溢れていた。 で、僕たちの姿を見つけた一人は、飛び上がるようにしてこちらへと走ってくる。 「お坊ちゃま方!お早いお着きですね!」 「ただいまお持ちします!もう少々お待ちください!」 「お待たせして申し訳ありません!」 「待っている間にサンドイッチなど如何ですか!?」 一人が寄ってくれば、それが十倍にもなるのが、この厨房だ。 ぴょんぴょんと、僕らの役に立とうと屋敷しもべ妖精がこぞってやってきてしまった。 その有様には、あまり慣れてもいないので流石に目を丸くすることしかできないでいた僕だったが、 は慣れているのか、「じゃあ、サンドイッチ頂戴」だの「コンソメスープ飲みたい」だの、 次々になにかしら要求をして、屋敷しもべ妖精を散らしていく。 そして、ちゃっかり厨房の隅に腰を落ち着けると、忠告するかのように指を立てた。 「駄目だよ、リーマス。じっくり話聞く態勢とっちゃ」 「いや、だけど……」 「向こうの勢いをまず削がないと、会話なんて無理なんだから。 最初になにか頼んじゃえば、一応は落ち着くから。話するならその後が良いよ」 「へぇ」 屋敷しもべ妖精の献身を当然のように思っているのかと思ったが、 どうやら、そうでもなさそうな。 これは、ジェームズ達のように単純に慣れているだけのことのようだ。 そのことに少しほっとしながら、僕はどこかそわそわと視線を彷徨わせる。 「?どうしたの、リーマス。ひょっとして、ごはん食いっぱぐれるから来た訳じゃなかった??」 「……いや、それはそうなんだけど」 「??」 大広間で食べられなかったから、厨房に直接来たのだろうという、 至極自然な考えに至ったらしいだったが、しかし、僕がここに来たのは、別の理由もあるのだ。 それを考えると、若干頭を抱えたくなる衝動があったが、ぐっとこらえる。 そして、できるだけ早く!と屋敷しもべ妖精が頑張った成果だろう、 事前に頼んでおいたそれは、白い湯気をあげながら、そっと僕たちの前に姿を現した。 「お待たせしました!ご要望頂いていたのは、こちらでお間違いないでしょうか!?」 「うん。合ってるよ。ありがとう」 「え?リーマス、これって……」 自分が頼んだ物でなく、僕が事前に頼んでおいたらしいことに彼が戸惑ったのが分かった。 と、僕がそれに答えるより早く、それを運んできた屋敷しもべ妖精が元気に口を開く。 「生クリーム入りのホットチョコでございます!火傷にご注意ください」 「分かった。ありがとう」 僕は、自分の前にあった分に口を付け、の反応を待つ。 すると、は、顔中にハテナマークを貼りつけながらも、僕にならってそれを飲む。 「アチッ」 「今、気をつけるように言われたばかりじゃないか」 「いや、予想以上の熱さだったから……」 「で?」 「……うん?」 「感想は?」 「へ?」 ふくろうに百味ビーンズをぶつけたら、きっとこういう表情になるに違いない、という表情で、 は不思議そうに目を瞬かせた。 が、口は相変わらずカップについたままなので、きっと気には入ったのだろう。 そのことが、自分のことのように、少し嬉しい。 「感想…………甘い?」 「甘い?そんなに?」 「いや、僕甘いの平気だから良いけど、他の人だとちょっと甘いんじゃないかなーと」 「ふーん。……なら良いや」 「は?」 「君が良いなら、それで良いんだよ。君へのプレゼントなんだから」 「!?」 君のことだから、多分贈ってくるだろうな、とは思ったんだ。 なにが来るかは分からないけど、きっと気合いの入ったなにかトンチンカンな物を。 僕は彼にはなにも用意しなかった。 自分では、なにも。 でも、想いに応える気がなくたって、お礼くらいはするのが当然だ。 だから、と。 もし、彼がトンチンカンな物じゃなくて、ちゃんとしたプレゼントを、もし、くれたなら。 その時は、僕のホットチョコをあげよう、と。 そう、思って、屋敷しもべ妖精にレシピを渡してお願いだけはしておいたのだ。 と、流石のも、僕が金も手間もかけないプレゼントを寄越したので呆れているだろうと、 半ば以上覚悟して、彼の方を見る。 すると、 「……へへっ」 は、それは幸せそうに笑み崩れていた。 「!」 まるで、ずっと欲しかった物を手に入れた子どものように、頬を染めて。 「嬉しい。ありがとう、リーマス」 「……君、欲がないね」 あまりにそれが無垢な笑顔だったから、直視することができなくて。 僕は苦し紛れにそんな悪態を吐いてみる。 「えぇ〜。僕ほど欲張りな人間、中々いないと思うけどなー」 「どこが?」 「だって、クリスマスに好きな人といれて、好きな人からプレゼント貰ってー。 それでもまだ足りないんだもん。欲張りでしょう?人間、幸せには貪欲なものなんだよ」 「!」 その言葉は、まるで自分に向けられたようで。 ――でも、幸せになりたいって前向きな欲求だから、良いんじゃない? 全てを許されたような、そんな気がした。 「……へぇ。まだ足りないんだ?」 「そりゃあね。リリーともショッピングしたいとか、クリスマスディナーで七面鳥食べたいとか。 リーマスとホグズミードデートも捨てがたいし、皆で雪合戦も楽しそうとか、やりたいことばっかりだよ」 「じゃあ、とりあえず今日はホグズミードに行こうか」 「良いね良いね!…………って、はい?」 プレゼントであっても、対等でいたいんだよ。 ......to be continued
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