自分ではそんなつもりはないんだけれど。





Phantom Magician、160





目を開けると、イケメン×2が目の前にいた。


「……なんだ、ここは天国か?」


ぽろり、と思ったことが口から零れ落ちる。

そして、次に、目に寒々しい雪などはもちろんなく、暖色で統一された室内が目に入ってきて、ほぅっと安堵した。
寝ている場所がふっかふかで温かいのもあって、至極、極楽気分である。
ここは談話室だね。うん。
で、暖炉の前に特等席で、あたしは毛布に包まれてぬっくぬくしている、と。
夏は若干暑苦しいのだが、真冬である現在、赤と黄色のベロア素材が大層目に嬉しい。
視覚効果という奴だろうか。

嗚呼、あたしグリフィンドールで良かった!と再認識していると、 その挙動であたしの覚醒を知ったらしいイケメン連中は、一旦しゃべりを中断して、 向かいのソファからこっちに視線を寄越してきた。
がしかし。


「!お、ようやく起きたのか」
「なにをしてるのかと思えば。近所で遭難するとか、君って器用だね」
「!」


手前ぇ、シリウスこの野郎。
あれだけ言ったのに、お前リーマスに遭難の事バラしやがったなっ?

ほんの一言、二言に現状を悟り、あたしの素敵な夢見心地は一瞬で霧散した。

煌々と焚かれた暖炉が燃える談話室は、いつもの喧騒がなりを潜め、落ち着いた静寂に満ちていた。
もちろん、今がクリスマス休暇だからである。
驚くなかれ!グリフィンドール塔には、あたしとリーマスの他には、 見知らぬ上級生が一人くらいしか存在しないのだ。
ということで、シリウスが増えたところで、いつもの賑わいを取り戻すわけもない。

で、人がいないということは、ある程度羽目を外せるということで。
あたしは、怒りに任せて体を起こし、イケメンに杖を突き付けた。


身体浮上レビコーパス!」
「!!」


しーん。


「……………………?」
「あれ?」


がしかし、杖は残念ながら、うんともすんとも言わなかった!
ししし、しまったっ!?
そういえば今のあたしは魔法が使えないんだった!!
やべぇ、仕返しされる!

と、あたしがきたる報復に身構えていると、しかし、 シリウス達は寧ろ、あたしが魔法に失敗する光景の方が物珍しかったらしく、キョトンと目を丸くするだけだった。


「杖が壊れたのかな?」
「不発なんじゃねぇの?」


いや、うん。
杖が悪いんでも、手の動きが悪いんでもなく、単純に魔力がないんです……。
っていうか、そのせいで、ついさっき遭難しかけたっていうのに、本当、あたし馬鹿!
いい加減、なにかあると杖に訴える癖は直さないといけない気がしてきた……。

で、それは不思議そうに首を捻る二人には、「遭難しかけたせいかなぁ?かなぁ!」と適当に誤魔化し、 あたしは自分がシリウスに攻撃を仕掛けようとした事実をサラッと流すことにした。
(え?流せないだろ、そんなものって? いやいや、これが単純ワンコ相手なら五分の確率で流せちゃうんですよ、実は)


「っていうか、なんでシリウスいるの?クリスマス休暇まだ終わってないけど」


寧ろ、まだクリスマスすら来てないけど。
とりあえず、そんな感じに適当な話題を振ってみる。

だってホラ!本来なら、良いとこのパーティーにでも繰り出しているはずのブラック家のお坊ちゃんだよ?
なんでホグワーツに舞い戻ってきちゃってるの?WHY?

おかげであたしは九死に一生を得たのだが、 「やったー!ラッキー!」で済ませる程、流石に、浅い付き合いではない。
クリスマス休暇という名前からして、これはクリスマス位家族で過ごすように、という意図の休みのはずなのだ。
日本では、とにかく子どもがオモチャを貰える日だの、恋人とイチャコラ過ごす日だのと思われがちなイベントだが、 欧米ではクリスマスというと、家族でゆっくりまったり過ごす日のことである。
それが、こんなに早く戻ってくるなんていうのは、前代未聞だろう。
ハリーを心配していたハーマイオニーだって、クリスマス当日は家族で過ごしていたのだから。
それが、こんなに早いお戻りになる理由というと……、


「あ!」


と、そこであたしは気を失う直前に見た影のことを思い出した。


「ひょっとして、バイクの自慢?なんか凄いのに乗ってたよね?」
「バイク??」


どうやら目撃していないらしいリーマスに、 それはもうゴツくて格好良いバイクにシリウスが乗っていたことを教えるあたし。

なにしろ意識が朦朧としていたので、細かい部分は分からないが、 しかし「シリウスのバイク」というだけでもう、原作ファンにとっては堪らないキーアイテムである。
で、それはもう熱心にあたしが褒め称えるものだから、リーマスも興味がそそられたらしく、 シリウスに微笑みが寄越された。
(おおぅ。黒くない笑顔だっ!)


「へぇ、凄いな。バイクってマグルの乗り物だよね?
いつの間に練習していたんだい??」
「いや。実は練習してなくてな」
「え!?練習なしで乗ったの!?すごっ!」


っていうか、怖っ!
え、バイクだよね?自転車バイセコーじゃないんだよね?
昨今の日本では自転車でさえ免許があるっていうのに、 あんなエンジンのくっついてる鉄の塊を無免許で動かしただと!?
なんて命知らずかつ危ない男なんだっ!

半分引き気味の感想が思わず漏れたあたしだったが、 どうやらシリウスは字面だけで褒められたと勘違いしたらしく、 若干得意そうに鼻を鳴らした。


「まぁ、そんなに難しくなかったぜ。ハグリッドだって乗れたしな」
「嗚呼、ハグリッドはそもそも教習所に通えなさそう……。
っていうか、あたし褒めてないんだけど。無免許自慢されても困るんだけど」
「なんだよ?羨ましいなら素直にそう言えば貸してやるのに」
「いや、バイクの爽快感に興味がないって言ったら嘘になるけど、断じて羨ましくはない(キパッ)」
「なんだと!?」

「…………」


と、あたしの言葉にシリウスのこめかみに血管が浮く。
どうやら全くお気に召さなかったらしい。
褒めたら褒めたで面倒臭いし、褒めなかったら褒めなかったで面倒臭いとか、お前本当なんなの?


「いやだって、無免許は無免許じゃん。危ないし、捕まるよ?」
「俺がマグルのノロマに捕まるとでも思ってるのか!?」
「…………いっそ捕まってしまえ」

「……………………」


善良な警官諸氏になんて言い草だ。
どう考えても悪いのは、職務を全うしようとする方々ではなく、無免許のイケメン野郎である。
そういえば、サイト巡ってて、公式の短編読んだらそんな話だったなぁ。
どこぞの鹿と犬が死喰い人デスイーターとドンパチするのに、警官が巻き込まれちゃった話。
……あれは読んでて気の毒だった。
ただの娘思いのパパさんだったのに!

と、そんな風につらつらと考えていたら、育ちが俺様なのでいちいち発言が上から目線な友人が気の毒になってきた。
これが、ブラック家の御威光関係なしの実力主義社会にでも繰り出したら、 先輩の不興をここぞとばかりに買いそうだ。
ほんのちょっとのミスが許されないところで、古い情報渡されたりなんだり……。
で、失敗するくらいならまだ良いけど、 それが原因で会社を首になったり、取り返しのつかない怪我をしたりして――……!


「〜〜〜〜〜〜〜っ」


どうしよう!原作でセブの嫌がらせのせいで結果的に死んじゃったのとか思い出しちゃったっ!
あれも、シリウスが無駄に偉そうだったのが原因だよね!?

ということで、あたしは彼の将来の為に、心を鬼にして忠告してあげることにする(超上目線)
十数年後?で、シリウスは普通に生きてピンピンしてたことはすっかり忘れ、 あたしは、びしっと人差し指をその高い鼻に向かって突き付けた。


「イケメンだからってなんでも許されると思うなよ!」
「なっ!?」


がしかし、有難い忠告は耳に痛いのが相場というもので。
当然、殊勝に頷く訳のないシリウスは、拳で抗議するつもりらしく、 ふかふかのソファから勢いよく立ち上がった!
ので、


「てやっ!」
「ぶっ!」


手近にあったクッションを至近距離からお見舞いする。
シリウスはこっちに向かってきていたため、流石の反射神経でも避けられなかったらしく、 ぼすっと間抜けな音を立てて、それは顔面にヒットした。


「…………」
「…………」


徐々に重くなる空気に、少しばかり後悔が沸き起こる。
ついいつもの調子でやってしまったが、うん。
繰り返して言うけれど、あたし今魔法使えないんですよ、ええ。

そして、流石にさっきのようには流せないような気がひしひしとしてきて、 あたしはつつっと冷や汗をかきつつ、シリウスの反応を待つ。


「…………」
「…………」
「……オイ」
「い、いやん、シリウスったらお顔が怖いゾ☆」


一瞬の静寂の後、飛び交う怒号と魔法の光で、 グリフィンドール談話室はいつも以上の喧しさを記録した。







「う、ううぅ。死ぬかと思った」
『いっそ死んでしまえ』


なにしろ魔法が使えなかったので、 ひたすらにシリウスへの文句を言いながら、奴の攻撃を避け続けること数分。
いい加減狭い室内で避けるのも限界!というタイミングでやってきた案内人の一撃で、騒ぎは収束した。
どんな感じだったかというと、あれだ。
世界的に超人気な電気ネズミが、ロケットな団体に対してやる電気ショックを思い浮かべるのが一番分かりやすい。
今でこそあまりないようだが、あれは当初、主人公に対して行われることが多かった技である。
まぁ、つまりは、だ。


「あたしにまで十万ボルトしなくたって良いじゃん!」


電撃を喰らったのは当事者二名だったりする。

嗚呼、罰ゲームとかドッキリとかで電気ショックをされて悶える芸人の姿を、 今まで笑って見ていた過去の自分を殴りたいっ。
マジ痛ぇっ!ほんっと、笑っててごめんなさい!

傍から見ていて滑稽でも、される方には堪ったもんじゃない、ということを文字通り痛感してしまった。
我が身をつねって人の痛みを知れ、とは昔の人はよくぞ言ったものである。

と、這う這うの体で自室へ引っ込んだ直後、 力いっぱい抗議したあたしに対して、しかし、スティアの態度はにべもなかった。


『人が奉仕作業に勤しんでいる時に、同年代の男子とイチャイチャしてるからだよ』
「イチャイチャ!?あれのどこが!?」
『足の先から頭の天辺まで?青春ラブコメって感じ』
「お前の目は節穴か!」


一方的に魔法で狙われていたあれが青春ラブコメに見えたなら、相当にスティアの目はヤバイと思う。
最後の方とか、シリウスも蝙蝠鼻糞呪いとか、えげつないのばっかり仕掛けてきてたからね。
例え男友達であったとしても、ドン引きされると思うんだけど、そこのところどうなんだろう……。

と、男子同士のじゃれ合い?の許容範囲について考えを巡らせていたあたしは、 だから、その時スティアが言った言葉をうっかりと聞き逃してしまった。


狼男の目にもそう見えてたと思うんだけどね
「?ごめん、なに??」
の目ほど節穴じゃないよ、って言ったんだよ』
「なにぃ!?」


確かに微妙に抜けてることは否定しないが、どこぞのロンと違って、 見る目と空気読む力はそこそこなのに!


『どこぞのロンも中々に見る目はあると思うけど。よりは』
「あたしロン以下なの!?」


なんて心外なことを、あっさりと言ってのけるんだ、コイツは。
例え腹いせでの一言で、全然本気じゃないとしても、若干以上本気でへこむ言葉である。


『いや、だって天下のハリー=ポッターとハーマイオニーを、 唯一無二の存在にしちゃってるあたり、先見の明がないとは言えないじゃないか。
兄の悪戯専門店も将来的に手伝って、ばっちり生計立ててるし』
「…………」


思いもかけない方面からのフォローに、なんだかロンが凄い奴に思えてくるから不思議だ。
まぁ、先見の明があっても、デリカシーのない時点で色々台無しだけどな!

で、赤毛の方は置いておいて、あたしがしたかったのは、 もう一人のデリカシーなし男こと、シリウスの話である。


「結局、よく分かんなかったけど、なんで戻ってきたんだろうねぇ?」


バイクの自慢は自慢で、したかったようだけど。
談話室に転がっていたトランクを見る限り、なんだかそれだけではなさそうな感じだ。
あれじゃ、本格的にホグワーツに戻ってきた、とでも言い出しそうな……。

と、まさかねーと別の考えを巡らそうとしたあたしを制すように、 スティアはあっさりと答えを提示した。


『家出じゃない?』
「えー?いい歳して、家出ってことはないでしょー」
『いや、君が考えてるのび太くん的な家出じゃなくて。
独立とかそういう形の、正真正銘“家を出る”方の家出だよ』


あたしとしては、すっかりさっぱり忘れていたのだが、 スティアが語るところによると、来年シリウスは本格的に家を出るんだそうな。
で、ジェームズの家に転がり込む、と。
(素朴な疑問だが、それブラック家にバレたら訴訟起こされるんじゃないんだろうか。未成年者略取とかで)


『もしかしたら、そろそろ独立の準備が整ってきたのかもしれないし、 そうでなくても、叔父さんの後押しに了解を得たとか、バイク買ったら勘当されたとか、 家を飛び出るきっかけがなにかあったのかもしれない。考えるだけ無駄さ。
そもそも、家が大嫌いなシリウスは早々に戻ってくるのが慣例かもしれないしね』
「んー、なるほど」


家族が好きな人間としては、俄かには頷きがたいことだが、 しかし、シリウスの実家嫌いは筋金入りだというのは知っている。
少しでも離れていられるなら離れたいのだろう。
そうすれば、



きっと、必要以上に嫌うこともなくなるだろうから。



嫌われるのは、辛い。
でも。
嫌うのだって、辛い。
誰かに対する悪感情――特に怒りや憎しみを持ち続けるのは、本当に辛いことだ。
それだったら、少しでも嫌わない方が楽だとすら思う。

例え、シリウスにその自覚はなくて、 それどころか、あたしの的外れな推測でしかなくても。
そう思いたい。

意図せずに自分の家族を思い出してしまい、しんみりとした空気を振り払うかのように、 あたしはにっと、口の端を持ち上げた。


「まぁ、あたしとしても、正直、ホグワーツにいてくれるなら、助かるっちゃ助かるしね!」
『?なにが??』
「え、だって、幾らスティアがいてくれるって言っても、今日みたいに別行動の時だってあるし。
そうなると、リーマスとほぼ二人っきり状態とか、普通に無理じゃん?」
『…………』


けろっと放った一言に、しかし、スティアは得心いかないとでも言いたげな表情だった。
というか、実際に口に出して、あたしの言葉に疑問を呈す。


『……おかしいな。普通、恋する乙女にとっては念願のシチュエーションのはずだけど』
「……ねぇ?そのはずなんだけど」


だがしかし、考えてもみて欲しい。
これがダンスパーティー前のさんなら「ひゃっほー!これで邪魔者はいないゼイ☆」ってなもんだが、 今のあたしは、リーマスに「女の子ならアリ」とか言われてセクハラされまくった なのである。
…………恥ずかしくね?

ボソッと、心の中でスティアに問いかけると、 スティアはなんとも形容しがたい表情で、急に毛づくろいをし始めた。
(未だかつて、こんな風に会話の途中で、そんな猫っぽい仕草をこいつがしたことはない)
で、まるでコメントしようとしなかったので、あたしはガッとその体を引っ掴んで揺さぶる。


「二人きりとか恥ずかしいよね!?どう考えても!」
『人が全力でスルーしようとしてるのに、何度も繰り返さないでくれる!?』
「だって、何回告白してるか分かんない相手だよ!?
それと、ちょっと進展した途端に二人っきりになんかするスティアが酷くない!?」
『僕が悪いの!?しかもたった半日なんだけど!』


だって!スティアいなかった間、リーマスずぅっと談話室にいたんだもん!
ひとしきり悶えた後、お昼ご飯食べに出て行ったら「やぁ」とか、声かけられてさー!?
必死に避けてたっていうのに、待ち伏せされるとか、心臓が爆発するかと思ったわ!
一目散に逃げたいところだったんだけど、


「また僕を不安にさせる気なの?」


とか、笑顔で言われちゃったらね?逃げられないでしょう、流石に。
体調があんまり良くないって言って逃げようとしたら、 「看病してあげようか」なんて、それはそれは愉しそうに返されるし。
(……あの笑顔は完全にあたしの反応分かって言ってるよね、絶対)

ダンスパーティー以来、なにかに目覚めてしまったらしいリーマスに、 これでもかって位、精神的に甚振られた、あの昼食……!
思い出すだけでも、赤くなるやら青くなるやら、大忙しである。

と、あたしが今日一日を回想していると、 いい加減、宙ぶらりんな体勢が辛かったのか、スティアが一瞬でケーの姿に変わった。
で、その麗しい顔によく似合う、憂い顔で溜め息を吐く。
その様子からすると、どうやら、思考を共有したらしい。


「で、居た堪れなくてホグズミードに逃げ出したら、遭難したって?」
「あー……はい。その通りです」
「それを偶々戻ってきたシリウスが助けてくれた、と」
「…………」
「僕はホグワーツにいてって言わなかった?」
「……ごめんなさい」


返す言葉もなくうなだれる。
色々考えがあっての行動ではあったのだが、やっぱりツメが甘いというかなんというか……。
一人でも大丈夫というアピールをするはずが、最終的には心配をかける結果で終わったようだ。
なんだろう、外見年齢に精神年齢まで引きずられてるのだろうか……。

約束をした覚えはないが、やはりこういう場合は謝るべきだろう、と頭を下げると、 そこにほんの少しの重みがかかる。
心地よい温度のそれは、スティアのしなやかな手だ。


「……まぁ、怪我はしてないみたいだから、許してあげるよ」


困ったように眉を下げながら、麗人は微笑んでいた。
俺様だったり、ひたすらに甘かったりという笑顔は度々目にしているが、 こういう庇護欲をそそる表情を彼がするというのは中々にレアだ。

くっそ、これであと少し年下だったら……っ


「……雰囲気ブチ壊しだよ。ショタコン」
「敢えて壊してるのだよ、スケコマシ」
「人を遊び人みたいに言わないでくれる?」
「所構わず、誘惑テンプテーション発動してくるからだろうが。
イケメンだからってなんでも許されると思うなよ!」
「台詞の使い回しはどうかと思うけど。
しょうがないじゃないか、好きで美形な訳じゃないんだし」
「好きに美形になれるんだったら、誰も苦労しないっつの。
っていうか、台詞の使い回しに何故気づく?お前あの時いなかっただろうが」
「…………」
「……はっ!ま、まさか、お前……っ」
「最近調子に乗ってるし、君は一回痛い目を見た方が良いかなー、と?」
「な ん で す と !?」


中々のピンチをスティア様はROMっていたらしいことが発覚した。
いつから見てやがったんだ、今畜生!

と、あたしが猛抗議をしようと口を開いた瞬間、先手を打つように、 優しくなでてくれていたはずの手を、頬に移動し、 スティアはぐにぐにと皮膚を引っ張りだした。


「ほぉら!ろびひゃぅあろ!(こら!伸びちゃうだろ!!)」
「元々モチみたいなものなんだから、伸ばしたって大差ないよ」
「もひっ!?(モチっ!?)」

「まぁ、モチを焼いてるのは僕たちみたいだけど」


そこにさっきの表情の名残はなく、惜しいことをした気分にならなくもない。
だって、見てみてよ!?
この真っ黒笑顔の生き生きとしてることったら!
見慣れてる分、安心感はあるけど、逆の意味で心臓に悪いんだよ!!


「逆……ねぇ?」


にやり、と悪人真っ青の悪っそうな笑み。
それにしまった!と思っている間に、あたしはとっとと逃げるべきだったのだと思う。
けれど、実際は嫌な予感に体を硬めることしかできず、 あたしは気が付けば、乙女の憧れ「壁ドン」の餌食だった。
うわぃ、繊細な睫毛の一本一本がよく分かるー。


「逆の意味ってことは、つまりこういうことかな?」
「ひぃっ!おまっ、卑怯だぞ!?こんな時だけケーモードだなんて!」


近い!顔近いっ!!
こんなん乙女の憧れでもなんでもねぇよ!ただの犯罪だよ!セクハラだよ!!


「悲しいな。僕が一体いつ性的な嫌がらせをしたっていうんだい?」
「今だよ!NOW!パーソナルスペースに侵入してきた時点でそうなんだよ!
リーマスといい、スティアといい、あたしを甚振ってそんなに楽しいか!?」
「……あの狼男と同列でくくられると非常に不本意だけど、答えは『YES』だね」
「NO THANK YOU だよ、馬鹿野郎!」


くつくつと、喉を鳴らして笑う人外に、 どうしたものかと臍を噛む。
シリウスとかなら殴ったりなんだりして脱出するところなのだけれど、 スティア相手にそれは中々難しい。
いや、どつかれまくってるから仕返しの一発や二発は良い気もするんだけど。
心読まれてる相手に、どうやって攻撃しかけたらいいんだ?実際。


「よくあるのは、頭を空っぽにして攻撃とかだよね」
「そうそう、蔵馬とかは怒りで頭真っ白にして幻覚植物埋め込んだりしてたわ」
「あとは、別のことを考えつつ攻撃っていうのがあるけど、大体は失敗してるよね」
「息をするように殺傷行為に走るとか、どこの零崎だよ?って感じだしね。
人を攻撃しようとしてるのにそれを意識するなとか、普通無理でしょ」
「案外有効なのは、人ごみに紛れるとかかな?単純に心の声が多くなれば、精査は難しいしね」
「なるほど。……ここには二人しかいないんだがね」
「そこはあれだよ。影分身の術とか」
「まぁ、あたしに火影並みの特殊技能はない上に、攻撃相手と相談してる時点で大問題なんだけど」


超至近距離で、心読みくんへの攻撃方法を練る二人組。
ええ、色気皆無ですが、なにか?

そして、その後も話は脱線し続け、漫画について語り合っている内に、 気付けば晩御飯を食べはぐれたりするあたしたちなのであった。





他人から見たら、単なるイチャイチャしてるバカップル。





......to be continued